ある魔女の人生 作:ネッシーは実在する
読みたくない人は秘密の部屋までスキップお願いします。
後編の伏線についてはいずれ回収する予定です。
雪が振り持つ公園で楽しそうに笑う子供達を恨めしそうに見ながら、病室から出る事が出来ない自分を呪っていた。
アリスの癌は転移し、全身を少しづつ蝕んでいった。
「アリス、何か欲しいものはある?」
「何も要らない。私、レギュラスさんに会いたい。」
「確か、アリスの病室に毎年来てくれていた男の子よね。とってもハンサムで、優しい人だったわね。」
「お母さん、私、まだ…まだお話が書き終わってないの。このまま死にたくなんてない。」
「ごめんね、アリス…何もしてあげられなくて、ごめんね。」
アリスは布団を頭まで被り、肩を震わせて涙を流した。
死が目前に迫った今、彼女には恐ろしくて堪らなかった。
母親もそんな彼女の背中を撫でながら涙を流す。
母親が病室から出て行ってからどれぐらい時間が経っただろう。
外が暗くなるにつれて、寂しさと苦しさが増すのを感じた。
そんな時だ。
コンコンとノックする音が窓の外から聞こえたのだ。
ふと窓の外に視線を移すと、そこには私が恋い焦がれた、待ち望んでいた青年が黒い服を着て立っていた。
これはきっと夢なんだ。
だってここは3階の病室だ。
窓の外には足場もない。
人間がこんなところに居るわけがない。
「レギュラス、さん?」
夢だとしても、幻だとしても、私にとって唯一の友人である少年に会えた事がこの上なく嬉しかった。
私は窓の外の青年に向かって微笑みかける。
彼は口を動かして何か言っているようだが、何も聞こえない。
暫くすると、窓のロックがひとりでに外れ、ガラリと音を立てて窓が開いた。
「今晩わ、アリス。」
「こ、今晩わ。レギュラスさん。」
私はベッドから立ち上がる為、足に力を入れる。
しかし、足の筋肉が衰えたからか、久しぶりに立ち上がるからかは分からないが、体を支える事が出来なかった。
「…アリス、良かったら僕と一緒に散歩に行きませんか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、私もう自分の力で歩く事も出来ないの。ここ2ヶ月くらい、病室から出る事を禁止されていて、筋力も弱まってしまったみたい。」
彼と一緒に外の世界を見たい。
だけど今の私にはそれを叶えられるだけの力はなかった。
自分の無力さを思い知らされ、泣きそうになる。
「大丈夫ですよ、アリス。君の物語の主人公は空飛ぶ魔法の絨毯を持っていたでしょう?」
確かに、主人公は良い家柄の生まれなので高価な魔法の絨毯を持っていた。
その絨毯に人間の少女を乗せて、学校近くの上空を散歩した。
しかし、ここは現実だ。
魔法なんて存在しない世界なんだ。
私は彼が言っている言葉の意味を心のどこかで知りながら、知らないフリをした。
「君は、僕がどうやってこの窓をノックしたと思っているんですか?どうやって、この窓を解錠したか分かりますか?」
分かっている。
答えはひとつしかない。
「レギュラスさん、貴方は…」
彼は、彼は私とは…私達とは違うんだ。
私の願った世界、私の夢見た世界の住人なんだ。
「魔法使い、なの?」
彼は優しい微笑みを浮かべて頷いた。
「本当は、箒に載せてあげたかったんですよ。でも、もし君を落としたりしたら大変です。ですから、絨毯に乗ってこの近くを散歩しませんか?」
「ゆ、夢見たい。是非、お願いします。」
レギュラスは私の元に跪き、私の体を抱えて立ち上がる。
「わ、わあっ!お、下ろして!恥ずかしいから!」
突然のお姫様抱っこに驚いてしまう。
私はずっと病院で食べて寝てを繰り返していた。
きっと体重が重いはずだ。
彼に重いと思われたくなくて、私は必死に抵抗する。
「おっと、暴れないで下さい。窓の外に絨毯が待機しているので、そこまでエスコートさせてください。」
彼のエスコートという言葉に、私は大人しくする事にした。
まるで自分がお姫様になったかのような錯覚に陥る。
彼はふわりと窓を越え、絨毯に飛び乗った。
外の冷たい空気に触れて肌が栗立つ。
「た、高いよ?!ねぇ、落ちない?これ、落ちないよね?!」
「大丈夫ですよ。保護魔法が掛けられていますから、安心して下さい。あ、少し待っていて下さいね…絨毯の上の温度を調節するので。」
彼がそう言うと、冷たい空気が消え周りが暖かくなった。
「す、すごい。寒さが消えたわ。これも魔法なの?」
「ええ。さぁ、行きましょうか。夜の旅に出ましょう。」
絨毯はどんどん空高く上がっていく。
しかし、その動きは人が歩くより少し早い程度で、私に配慮してくれている事が分かる。
「わあっ!高い、凄い!空の上にいる!星が綺麗だわ、私外で夜空を見るの初めてなの!」
「そうだったんですか。」
夜空には美しい星空が広がっており、降る雪は全て私たちの周りを弾かれるように地面へ落ちていく。
「ねぇ、レギュラスさん。」
「なんですか?アリス。」
「素敵なお誘いをしてくれてありがとう。私、今までの人生の中で一番幸せだわ。」
レギュラスはその言葉に照れくさそうに笑った。
しかし、彼の表情はどこか寂しそうで憂いを帯びていた。
「アリス、なかなか来れずにすみませんでした。」
「ううん、こうして今日、クリスマスの夜に私に会いに来てくれただけで私はとっても嬉しいわ。」
私はどうして彼が来てくれなかったのか、聞くつもりだった。
しかし彼が時折寂しそうな、辛そうな顔をするから何も聞く事が出来なかった。
しかし、彼は私を忘れてなどいなかったのだ。
だから私は、彼に会えなかった時間ではなく、彼と過ごす今を楽しむ事にした。
「ねぇ、あれ見て!とっても大きなクリスマスツリーだわ。」
ピンクのライトアップがされた、大きなクリスマスツリー。
その近くは多くの人で溢れかえっていた。
「あそこはコヴェント・ガーデンですね。商店や娯楽施設が立ち並び、常に人の多い賑やかな場所だと聞いた事があります。」
「そうなんだ。とっても素敵なところね。」
12月25日クリスマスの夜。
私たちは多くの人で賑わうロンドンの空を散歩しながら、ロンドンの美しい街並みを目に焼き付けていったのだった。
夜空の散歩を終えて、病室に戻る。
温かい紅茶を飲みながら、私達は一息ついた。
「今日はありがとう、レギュラスさん。」
「こちらこそ、一緒に空飛ぶ絨毯に乗る事が出来て良かったです。」
彼の眩しい笑顔を見れて良かった。
彼には笑顔が一番似合う。
「あ、そうだ。これを渡しておくわね。12章から14章の話が書かれている原稿用紙よ。良かったら、次会った時感想を聞かせて。」
「ありがとうございます。アリスの紡ぐ物語、ずっと楽しみにしていたんです。」
「そう言って貰えると嬉しいわ。」
「また数日後、ここに伺います。どうか無理をしないでくださいね、アリス。」
彼の言葉に静かに頷く。
「メリークリスマス、アリス。」
「メリークリスマス、レギュラスさん。素敵なクリスマスを過ごしてね。」
彼は窓の外に飛び出ると、絨毯に飛び乗り凄い速さで空を飛んで行った。
どうやら、私に気を遣って相当スピードを落としてくれていたようだ。
それから数日後、レギュラスは約束通り私の元にやって来た。
物語の感想を楽しそうに話してくれた。
私は彼と一緒にいれるだけで幸せだった。
だけど、彼と話す度に、彼に会う度に私は生きたいと願ってしまう。
この世に永遠なんてものは存在しない。魔法使いの世界にはあるのかもしれないが、少なくとも人間である私の世界には存在しない。
私は未来を望むことは許されていないのだ。
彼と過ごす時間ももうきっと長くはない。
「レギュラスさん…レギュラスさん…」
彼に会いたい、ずっと一緒に居たい。
私はようやく自分の気持ちに気付いた。
「私は、貴方の事が好きだったんだ。恋を、しているんだ。」
私は書きかけの原稿用紙をぐしゃりと握り潰した。
きっと私の恋もこの原稿用紙のようにぐしゃりと潰れて消えてしまうのだろう。
それから一月後、私は生死の境をさまよっていた。
癌細胞を取り除く為の手術を受けたのだ。
手術は無事に終わったが、完全に取り除けたわけではないそうだ。
「…苦しいよ。」
「大丈夫よ、きっと良くなるからね。」
母親の前向きな言葉に、不幸な結末を想像して涙が溢れる。
どうして私はこんなに辛い思いをしなければならないのだろうか。
どうして普通の女の子のように生きる事が出来ないのだろうか。
私が一体何をしたと言うのだろうか。
それから数ヶ月後、私の容態は少し良くなり、病院の下にある公園を散歩する許可が降りた。
私は久しぶりに原稿用紙を持って公園に向かった。
公園の花壇に植えられたチューリップが芽を出している。
私はゆっくりと公園を歩いて回る事にした。
見渡す限りのクローバー畑が広がっている。
私が病院に来たばかりの頃、よく四葉のクローバーを探して遊んでいた。
昔を思い出しながらクローバーの中に足を踏み入れ、四葉のクローバーを探していると、頬に水滴が落ちてきた。
上を見上げると真っ黒な雲が空を覆っている。
このままでは雨が降ってしまう。
急いで帰らなければ。
そう思った時、懐かしい匂いがふわりと鼻腔を掠めた。
「…レギュラスさん?」
愛しい彼の名を小さく呟くと強い風が吹いた。
その瞬間、突然目の前にレギュラスが現れ、私を強く抱き締めた。
彼をの温もりを感じていると、ふとよく嗅ぎなれた嫌な匂いがした。
私は彼の背に回した手を下ろし彼の顔を見上げる。
「怪我、してる?レギュラスさん。血の匂いがするわ。」
私がそう尋ねると、彼は今にも泣きそうな顔をして私の体を抱き寄せ、先程より強い力で抱き締められた。
まるで私という存在を自分の中に刻み付けるように。
そして、絞り出すような声で呟いた。
「怪我なんて、していませんよ。大丈夫です。安心して下さい。」
彼の体が震えているのが分かる。
こんな状態なのに、私に心配をかけまいと気丈に振る舞っている。
そんな彼を心から愛おしく思い、私は彼がこれ以上自分を傷つけないように、そっと優しく彼の背に手を回した。
彼はその瞬間小さく震えた後、私を抱き締める力を緩めた。
私は彼に微笑みながら言う。
「アリス、僕は貴方が好きです。異性として、貴方を愛しています。」
私は彼の言葉に嬉しくて嬉しくて、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
返事をしなければ…私も貴方を愛していると伝えたい。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、彼は私にそっと触れるだけの優しいキスをした。
私たちはゆっくりと顔を離し微笑み合う。
幸せだ、私はこの人の事を心から愛しているんだ。
私は彼に向かって愛の言葉を綴る事にした。
しかし、私の口から言葉が発せられるより先に、私の体に異変が起きた。
「っ…」
「アリス!」
体がゆらりと傾いた。
私の体が地面に叩きつけられる寸前で、彼に受け止められる。
「大丈夫ですか?アリス!すぐに病院へ連れていきますから。」
遠くで彼の悲痛な叫び声が聞こえる。
寒い、痛い、苦しい。
こんなはずじゃなかったのに。
まだ一緒に居たかったのに。
私は苦しみに耐え切れず、意識を自ら手放した。
次に目を覚ました時には、私は病室で横になっていた。
母親が私の意識が戻った事に気付き、すぐに担当医の先生を呼びに行った。
数分後、私は様々な検査をした。
どうやら、残っていたがん細胞がまた転移して痛みが出てきたらしい。
「…アリスさん、貴方の寿命は後1年といったところでしょう。」
「1年、しか生きられないんですか?」
余命宣告は幼い頃から受けてきたが、こんな具体的な宣告は初めてだった。
「力になれず、申し訳ありません。」
「…そう、ですか。」
私は下唇を噛みながら、なんとか涙をこらえる。
泣くな、泣きたいのは私じゃない。
愛する人を独り残して先に逝くのだ。
せめて泣いてはならない。
そんな私を母は優しく抱きしめてくれた。
母親の温もりが余計に辛くて私は彼女の背に回した手で白衣をぎゅっと掴む。
それから半月後、病室にノック音が響いた後。
「どうぞ。」
私がそう告げると、私の身長の半分ほどの大きさの不思議な生き物が私をじろりと睨んで口を開いた。
「レギュラス様が、最期に貴方を愛していると、仰られました。」
「最期…?何を言っているのですか?」
この謎の生物はどうやらレギュラスの知り合いのようだ。
「…穢れた血が、どうしてレギュラス様と関わっているんだ。」
ブツブツと小声で何かを呟き、この生き物は私の事をよく思っていないらしい。
「失礼だけど、貴方のお名前は?」
「…クリーチャーでございます。」
相変わらず私の事は嫌っているようだが、話は通じるみたいだ。
私は彼の態度を気にする事なく彼に問いかけた。
「ねぇ、クリーチャー。レギュラスさんに、会わせてくれない?烏滸がましいお願いをしている自覚はあるわ。お願いよ、彼に会わせて。」
クリーチャーは怪訝そうな顔を浮かべ、私をじっと見た。
しばらくしてから諦めたようにため息をつくと、彼は私の手を掴んだ。
次の瞬間、私は薄暗い洞窟の中に立っていた。
辺りを見回すが、クリーチャーの姿は無い。
足に力が入らずその場に崩れ落ちそうになるが、なんとか壁に手を当てて歩き始める。
クリーチャーという生物が私をここに連れてきたのであれば、きっとレギュラスはここに居るはず。
暫く壁伝いに歩いていると、明るい光が差し込んできた。
光に向かって真っ直ぐ進むと、そこには大きな湖があり、異形の怪物がその上を舞っていた。
その怪物が集まる中に彼は、レギュラスはいた。
「レギュラスさん!」
私は服が濡れる事も厭わず、湖の中へ足を踏み入れていく。
足の力が抜けそうになるが、気合いで彼の元まで進んでいく。
ようやく彼の元まで近付いた時、彼は息をしていなかった。
どうしたら、どうしたら良いのだろうか。
ふと、彼が持っている杖が目に入った。
15章の終盤、主人公がピンチに陥る。
魔法族至上主義のリーダーである男性が、邪魔ばかりする主人公を殺そうと刺客を放ったのだ。
刺客は過去にアカデミーを主席で卒業した偉大な魔法使いであり、アカデミー在学中の主人公1人では手も足も出ない。
そして主人公は魔力が底を尽き、死にかけてしまう。
そんな時、主人公と行動を共にしていた人間の少女が彼を助ける為に魔法使いとして覚醒するのだ。
レギュラスは主人公によく似た青年だ。
であれば、そんな彼と仲良くなった人間の私も、もしかしたら魔法使いとして覚醒出来るかもしれない。
そんな未来があるのかもしれない。
私は期待を胸に彼の杖を掴んだ。
魔法の呪文なんて知らないが、私は強く杖を握り締め、彼を襲い続ける異形の怪物に向けて杖を振った。
「レギュラスさんから離れて!」
すると、杖から青い閃光が放たれる。
その光は異形の怪物を追い払い、レギュラスを包んでいく。
数秒後、レギュラスが苦しそうに咳をして、飲んでしまった水を吐き出す。
私は彼に駆け寄り声をかける。
彼はゆっくりと目を開き私を見ると、穏やかに微笑んだ。
「…アリス」
「レギュラスさん、死なないで。私、レギュラスさんの事が大好きなの。きっと、初めて会った時から、貴方に恋をしていたの。」
私が必死にそう訴えると、レギュラスは今まで見た事がないくらい美しい笑顔を私に向け口を開いた。
「ありがとう、アリス。僕の愛しいアリス。」
私は彼の体に抱きつき、彼の唇に自身の唇を重ねた。
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それから13年後、1人の少女がホグワーツ魔法魔術学校に入学する。
「ブラック・エステル」
ブラックという姓に反して、少女は鮮やかなチョコレートブラウンの髪を靡かせながら椅子に座り、組み分け帽子を被った。
そして数分後、帽子は高々に寮を宣言した。
「ハッフルパフ!」
少女は太陽のような眩しい笑顔を見せ、ハッフルパフのテーブルへ向かって歩き出す。
ハッフルパフの生徒は穏やかな表情で誰もが少女を歓迎した。
数日後、ホグワーツから届いた手紙を見て黒髪の男性はこう言った。
「やっぱり、あの子は君によく似ているよ…」
絵画の中の貴婦人は悲しそうな笑顔を男性に向けるだけで、何も話さない。
「…僕の最愛の人に。」
男性は棚から何百枚もの原稿用紙の束を取り出し、綴られた物語を読んで行く。
そして、15章を読み終え、最終章の16章を読むことが出来ないという事実をようやく受けいれた。
「これからは僕が物語を綴る番だ。それが、君の望みなんですよね?アリス。」
そう問掛けるが答える者は誰も居ない。
しかし、彼は宙に向かって太陽のように眩しい笑みを向けた。