ある魔女の人生 作:ネッシーは実在する
入学準備
レギュラスとアリスが洞窟を出て、ブラックの別邸で生活してから2年が経過した頃…アリスは一人の娘を出産し、病気を患い弱っていた事もあって息を引き取った。
余命1年と宣告されていたにも関わらず、アリスは余命を超えて一人娘を授かった。
これは奇跡だ。
死に際にアリスは産声をあげる娘を見てこう言った。
「…エステル、エステルという名前にしましょう。この子には星のように輝きに満ちた人生を歩んで欲しいの。」
「エステル、ですか。ええ、とても良い名ですね。太陽の様なあなたの娘にピッタリの名です。」
アリスは隣で微笑んでいるレギュラスを愛おしそうに見つめ、彼に口付けた。
そして、アリスは息を引き取った。
古びた別邸にレギュラスの衝哭が響き渡る。
屋敷の窓には雨が強く打ち付けられ、まるで主の悲しみに共鳴しているかの様だ。
彼が落ち着いてから数時間が経過した頃、質の良い服に着替え、産まれたばかりの娘であるエステルを抱いて屋敷を出た。
約2年ぶりに本家へと足を踏み入れる。
「レ、レギュラス様?!」
クリーチャーの困惑を他所に、レギュラスは大広間へ続く廊下を真っ直ぐ進んでいく。
広間にはブラック家当主のオリオンが椅子に腰掛け、その横に顔色の悪いヴァルブルガが控えていた。
広間に入ってきたレギュラスを見たオリオンは眉を寄せた。
「レギュラス、2年の間一度も連絡を寄越さずに何をしていたんだい?その腕に抱いた子はまさか…」
「父上、母上、ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「レギュラス!私は謝罪が聞きたい訳では…!」
ヴァルブルガが喚き立てるとオリオンが手を挙げてそれを静止させた。
彼は鋭い視線をレギュラスに向け、静かに言葉の続きを待った。
「僕の勝手な都合で、多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。2年間、一度も連絡をしなかったこと、深く謝罪申し上げます。」
レギュラスはそう言い頭を下げると、オリオンは彼に歩み寄り、小さな赤子をじっと見つめた。
「…名は?名はなんというんだい?」
「え…この子の名前は、エステルです。」
「……レギュラス、お前は本当に私によく似ているな。」
オリオンはそう呟くと、エステルの頭を撫でた。
「良い名前だ。レギュラス、その子を大事に育てなさい。」
「そんな、どこの馬の骨の娘の子とも分からない赤子を、貴方は認めるのですか?オリオン。」
ヴァルブルガはオリオンを鋭く睨みつけたが、彼はふっと笑みを浮かべた。
「ヴァルブルガ、私はこの家を守る為に懸命に働いたレギュラスを、今この場で咎める事は出来ない。エステルの瞳の色はレギュラスと同じだ。」
オリオンの言葉にヴァルブルガは信じられないという表情を浮かべ、レギュラスをじっと睨み付けた。
そして数十秒後、彼女はクリーチャーにとある事を命じた。
「クリーチャー。」
「はい、奥様。何なりとお申し付け下さい。」
クリーチャーはわざとらしいほど、恭しい態度で頭を垂れ、ヴァルブルガの言葉を待つ。
「この赤子の過ごす部屋を用意なさい。これからは、この子の世話を優先させるように。」
彼女が予想外の発言をした事で、レギュラスとクリーチャーは少しの間呆気に取られていた。
「はっ、はい。畏まりました。」
クリーチャーはそう答えると、エステルの部屋を用意する為に広間を飛び出して行った。
オリオンはレギュラスとを呼び寄せると、彼を強く抱き締めた。
そしてヴァルブルガも実の息子である彼を抱き締め、涙を流した。
「父上、母上…」
2人を抱き締めながら、レギュラスも自然と涙を流していた。
今の自分には、エステルを守るという使命がある。
その為にこれからは、懸命に生きていかなければならない。
「ありがとうございます、父上、母上。心から愛しています。」
2人に強く抱擁されながら、レギュラスは心からそう思ったのだった。
レギュラスはエステルの出生や、この子の母親について説明すると、予想通りヴァルブルガは金切り声を上げて怒鳴り始める。
オリオンも良い顔はしなかったが、それでも魔力を持って生まれたエステルを外に放り出す様な事はしなかった。
「レギュラス、この子をブラック家の一員とする事は許可しよう。しかし、この子に家を継がせる訳にはいかない。我が家を継ぐのは、純血の魔法使いでなければならない。」
オリオンの厳しい言葉に、レギュラスは彼の言いたい事をすぐに理解してしまった。
この時ばかりは、優秀な自分の頭脳を心底恨んでいた。
「…再婚…いえ、純血家の娘と結婚をしろと、そう仰っているんですか?」
「…そうだ。如何にマグルの娘を愛していたとしても、お前にはこの家を守る義務がある。それがブラック家の人間として生まれた者の定めだ。」
エステルを認めて貰ったという事実は奇跡だと言える。
ならばブラック家の次期当主として、責任を果たすのも当然だ。
しかし、レギュラスは愛する女性を失ったばかりだった。
別の女性を妻に迎えるなど、到底認められない。
「…嫌です。僕はアリスを愛している。彼女以外の女性との婚姻なんて、考えられません。それに、僕は今の世間に受け入れられる様な人間ではありません。」
「…レギュラス、よく考えなさい。その子を守りたいのであれば、私の言う通りにするんだ。」
「嫌です。僕は生涯アリスだけを愛すると誓ったんです。本来であれば、僕は既に死んでいます。アリスは自分の命すら顧みずに、僕を助けてくれたんです。魔法すら使えない、余命宣告を受けていた少女が亡者の群れの中に飛び込んで僕を…僕を助けてくれたんですよ。だから、僕は生きて我が家に帰ってくる事が出来たんだ。」
レギュラスが涙を流しながら訴えると、オリオンは優しい笑みを浮かべ、彼の肩に手を置いた。
「レギュラス、君の命の恩人である女性を蔑ろにしたいわけじゃないんだ。君がそう言うのであれば、彼女だけを愛せば良い。だが、それと後継者問題は別物なんだ。」
オリオンの真剣な言葉に、レギュラスは返す言葉が見つからなかった。
そんな様子の息子を黙って見つめていたヴァルブルガは、深く溜息を吐き、口を開いた。
「ひとまず、この話はまた後にしましょう。まずはエステルに必要なベビー用品を買いに行かなければ。」
ヴァルブルガはそう言うと、レギュラスの腕の中にいるエステルの頬を優しく撫でた。
「この子がブラック家を継ぐ事は有り得ないでしょうけど、それでもこの屋敷で生活するのであれば、身なりを整えなければなりませんからね。」
ヴァルブルガはそう言い立ち上がると、クリーチャーを再び呼び出し、ベビールームの用意を終えたら、ベビー用品を買いに行くように命じたのだった。
その後、オリオンとヴァルブルガは大広間から去って行った。
大広間にはレギュラスとエステルが取り残され、レギュラスは我が子を優しく抱き締め、涙を流した。
世の中の厳しさを改めて実感し、それと同時に自分が非常に恵まれているという事実を強く噛み締めた。
その後、ヴァルブルガの命令通りエステルの部屋はすぐに用意され、クリーチャーは彼女の身の回りの世話をする事になった。
それから11年という月日が流れ、エステルは11歳になった。
レギュラスとオリオン、ヴァルブルガは度々家の後継問題で衝突したが、エステルの愛らしさのおかげで家族が絶縁する様な事態にはならなかった。
「誕生日おめでとう、エステル。欲しい物はありますか?」
「ありがとう、お父様。」
チョコレートブラウンの髪をふわりと靡かせながら、エステルは大広間にやってくる。
すると肖像画の中から、数年前に亡くなったオリオンが彼女を見て優しく微笑んだ。
「誕生日おめでとう、エステル。また一段と美しくなったね。」
「おめでとう、エステル。後でプレゼントがあるから、私の部屋に来なさい。」
「お爺様、お祖母様、ありがとうございます!プレゼント、とっても楽しみですわ。」
エステルは愛らしい容姿を持つ、可憐な少女だった。
マグルとの混血ではあるが、オリオンとヴァルブルガは大層彼女を可愛がった。
特にヴァルブルガは、自分の娘の様にエステルを大切に育てた。
エステルは家族に愛され、すくすくと成長し、立派な淑女として成長した。
「エステルお嬢様、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう、クリーチャー!今日のディナーとっても楽しみにしているわ。」
「なんと有難いお言葉…クリーチャーは世界一の幸せ者でございます。」
クリーチャーは感極まって、目に涙を浮かべている。
そんな様子にレギュラスは苦笑しながら、屋敷に飾られたアリスの肖像画を眺めた。
この肖像画は、エステルが妊娠する前にロンドンでデートした帰りにマグルの画家に描かせたものだった。
魔法が使われていないので、話す事は出来ないが、それでもレギュラスの心を支えてくれた大切な遺品だった。
11歳の誕生日を迎えたばかりの少女は大広間の椅子に腰掛けると、クリーチャーが用意した紅茶を飲みながら一息吐いた。
「今日は、学用品を揃える為にダイアゴン横丁に行かなければなりません。」
「ダイアゴン横丁?杖や教科書を買わなければならないんですよね?」
「そうですよ。制服を仕立てるついでに、秋服も数着買っておきましょうか。クリーチャー、エステルを頼みましたよ。」
「かしこまりました、レギュラス様。必ずお嬢様をお守り致します。」
新しい洋服を買って貰える事になり、エステルは嬉しくて笑が零れてしまう。
しかし、レギュラスと一緒に出かけられないという事実に少し悲しくなった。
だが、そんな態度を表には出さない。
もう、エステルは小さな子供では無いのだから。
「お父様、ありがとう。私とっても嬉しいわ。」
レギュラスはそんな愛娘の様子を見て、愛おしそうに微笑んだ。
ヴァルブルガは微笑みながら娘の頭を撫でると、クリーチャーに声を掛けた。
「クリーチャー、エステルの支度をお願いね。」
「畏まりました奥様。」
そしてダイアゴン横丁に行く為に外出の準備をする為、大広間を後にしたのだった。
その後、ヴァルブルガとレギュラスに見送られ、エステルとクリーチャーは煙突飛行でダイアゴン横丁へ向かった。
「到着致しましたよ、お嬢様。どちらから行かれますか?」
「…じゃあ、杖を先に買いに行きましょう。魔法使いといったら、やっぱり杖よね!」
エステルは興奮気味にそう言うと、クリーチャーと一緒にオリバーの店に向かった。
「いらっしゃいませ。おや、君は…ホグワーツの新入生だね?」
「よく分かりましたね。その通りです。入学前に自分の杖を買いに来ました。」
エステルは嬉しそうに微笑みながら、店主に挨拶した。
クリーチャーも深くお辞儀をし、そして彼に話しかけた。
「本日はお嬢様が御使用される杖を買いに参りました。」
「なるほど。では、こちらの椅子に座ってお待ち下さい。」
オリバーはそう言うと、杖が収納された棚に向かい、杖の入った箱を幾つか取り出して私の前のカウンターの上に置いた。
「さて、これはどうかな?シカモアの木にユニコーンのたてがみ、27センチで曲げやすい。」
オリバーにそう尋ねられると、エステルはその杖を手に取った。
すると杖はほのかに光り、暖かくなった。
しかし、すぐに光は消えてしまう。
「おお、これは…悪くはありませんが、他の物も見てみましょう。」
そう言い、オリバンダーは別の箱から杖を取り出してエステルに手渡した。
「カエデの木、ユニコーンのたてがみ、26センチでややしなる。さあ、どうかな?」
杖を持って軽く振ると、杖から小さな光が放たれた。
しかし、どうもしっくりこない。
「うーん、これも悪くないけど…なんだかしっくりこないかな。」
エステルがそう答えると、オリバンダーは少し考えてから、棚から新しい箱を取り出して、彼女に手渡した。
「イチイの木に不死鳥の羽根、25センチ、驚くほど振りやすい…さて、これはどうかね?」
すると今度は杖の先から赤と金色の強い光が放たれ、店内を明るく照らした。
「おお!杖はお嬢さんを選んだようですな。こちらの杖はいかがですか?」
持ちやすく、魔力も込めやすい。
どうやら、この杖こそエステルが求めていた物のようだ。
「これにします!」
オリバンダーは杖を箱に戻すと、エステルに手渡した。
「おお!それは良かったです。では、会計に移りましょう。」
会計を済ませ、店主にお礼を述べてエステル達は店を出た。
その後、エステルとクリーチャーは制服と教科書、その他の学用品を買い、必要な買い物を全て終えた。
「他に欲しい物はございませんか?お嬢様。」
「うーん…」
クリーチャーにそう問われた時、私は一つの店が目に入った。
「あっ!ペットショップだ!」
「ペット、でございますか…」
クリーチャーはそう言い、苦虫を噛み潰した様な顔をする。
ホグワーツでは、生徒が動物を飼育する事が認められており、常識の範囲内の生物であれば学校に連れて行く事が出来るのだ。
必要な物は全て買い揃えた今、欲しい物は特に無かったが、たった今ペットが欲しくなってしまった。
「ねぇ、クリーチャー!ペットを飼うのはダメかしら?」
「お嬢様、ペットはダメだとレギュラス、そして奥様から申し付けられております。」
「そう、残念ね。」
エステルは少しがっかりしたが、仕方ないと諦めた。
そしてダイアゴン横丁を後にし、屋敷に戻った。
「ただいま戻りました。」
屋敷に戻ると、ヴァルブルガとレギュラスに迎えられ、強く抱き締められた。
「ああ、ようやく帰ってきましたね。おかえりなさい、エステル。」
「おかえり、エステル。必要な物はすべて買えましたか?」
「はい、全部揃いました。」
そして、沢山の誕生日プレゼントを受け取り、祝福された。
ヴァルブルガからはヒールの付いた可愛らしい青い靴と綺麗な黒いバレッタを、レギュラスからは水色のドレスをプレゼントされた。
「とっても素敵ですね。ありがとうございます!お祖母様、お父様。」
「折角ですし、一度着てみては?」
クリーチャーの提案にレギュラスとヴァルブルガは賛同を示し、エステルは新しい洋服に着替える事になった。
水色のドレスに青い靴を吐き、クリーチャーに黒いバレッタを使ってヘアアレンジをして貰う。
「お嬢様、とてもお美しいです。」
「そうかしら?そう言って貰えると嬉しいわ。」
クリーチャーがそう褒めてくれたので、エステルは嬉しくなった。
新しい洋服に靴とバレッタを身に纏い、大広間に向かうとレギュラスもヴァルブルガも、エステルの姿を見て喜んでくれた。
「とてもよく似合っていますね、エステル。」
レギュラスは顔を綻ばせて、エステルを褒め称えた。
「ええ、そうですね。よく似合っていますよ。エステル、この服装に合った立ち振る舞いを心掛けなさい。」
ヴァルブルガも満足そうに頷きながら、私の頭を撫でた。
普段厳しい彼女の言葉に、エステルは目頭が熱くなった。
その他にも、本や洋服、アクセサリー、大きなクマのぬいぐるみと様々な物をプレゼントされ、生涯忘れられない幸せな日を過ごした。
それから約2ヶ月が経過し、遂にホグワーツの入学式の日がやって来た。
エステルはヴァルブルガに誕生日プレゼントで貰った黒いバレッタを身に付け、大きな不安とほんの少しの期待を胸に、今日ホグワーツに入学する。
「見送りに行けなくて申し訳ないですね…エステル、体に気をつけて、学業に励むんですよ。」
「そうですね。私が行けたら良かったのですが、生憎体調が宜しくないの見送りは出来ません。」
「気にしないで下さい、お父様、お祖母様。そのお気持ちだけで私はとても嬉しいです。それに、クリーチャーが見送ってくれるのですから、寂しくはありません。」
父であるレギュラスは、彼女が生まれるよりも前から闇の帝王の配下として活動して来た。
彼が今から表舞台に戻る事は、魔法界に混乱をもたらしてしまう。
だから、娘であるエステルと外に出る事は出来なかったのだ。
運良く、アズカバン入りを免れただけで、外に出れば何を言われるか分からない。
そして、祖母であるヴァルブルガは体が弱く、体調が悪い為、外に出る事は出来ない。
だから、彼女の見送り役はクリーチャーが務める事になっているのだ。
「レギュラス様、奥様、クリーチャーが責任を持ってお嬢様を見送らせて頂きます。」
「ええ、頼みましたよ。クリーチャー。」
「はい、お任せ下さいませ!」
クリーチャーがそう言うと、レギュラスは安心した様にそっと胸をなで下ろした。
「エステル、学校では"ブラック"という名について、誰かにこころない言葉を掛けられる事もあるかもしれません。もし、辛くなれば別の学校に通う事も出来ます。くれぐれも、無理はしないで下さいね。」
「…はい、分かりました。」
父、レギュラスのいつになく優しい声に、エステルは瞳を潤ませ、泣きそうになってしまった。
父の犯した罪、そして叔父の犯した罪によりブラック家の名声は今や地に落ちたとも言える。
そんな社会に、ブラックの名を持つ少女が現れたらどうなるか。
世間はきっとエステルに対し、厳しい態度を示すだろう。
だが、それでもホグワーツに通いたいと望んだのはエステルなのだ。
「私は、必ずホグワーツを卒業し、お父様やお祖母様、お爺様の様な素敵な魔女になってみせます。ですから、安心して私が帰ってくるのを待っていて下さい。」
エステルはそう言い、もう一度父に抱き着き、頬に口付ける。
「では、行って参ります。」
エステルはクリーチャーの姿くらましによって、ブラ邸からキングスクロス駅に移動した。
彼女はクリーチャーと一緒にホグワーツ特急に乗り込む為、9と4分の3番線に向かった。
柱の中に入ると、そこには大きな汽車が停車しており、ホグワーツ行きの特急である事が分かった。
「エステルお嬢様、足元にお気を付け下さい。」
クリーチャーはそう言うと、エステルを先導して列車の中に入って行った。
そして、空いているコンパートメントを探し出し、荷物を運び入れた。
「色々ありがとう、クリーチャー。お父様とお祖母様に『次に会える日を楽しみにしております』とお伝えして頂戴。」
「かしこまりました。必ずお伝え致します。」
そしてエステルはクリーチャーに別れを告げ、彼は特急を降りて去って行った。