Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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クラシック級の年明けからチューリップ賞まで。

最初はもうちょっとゆっくり進行するつもりでしたが、特にクラシック級は21年と22年の主要レース+夏合宿+友人二人のレースと、とにかくイベントが盛り沢山な訳で……。
なので肝心要な所は抑えつつ、切り詰められる所は詰めるようにしました。
実馬はいわゆる獅子舞のような掛かりが有名ですが、ウマ娘化にあたってはより危険さが分かるように強めにアレンジを加えてます。

ちなみに、作中で出てきたリボンはホライゾネット、加圧シャツは折り返し手綱がモチーフ。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html



クラシック級:前半
The 9th Yells 万里一空のエール


想いよ、願いよ、いつまでも

 元日を迎え、厳かな空気漂う栗東(りっとう)寮の朝。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね、ミロワ」

「明けましておめでとう。こちらこそヨロシクな」

 大晦日ということで少しばかり夜更かしをした二人だが、起きる時間はいつも通り。今年からクラシック級となるものの、特に何かが変わる訳でもない。どちらかというと寝起き直後で頭の中がふんわり加減のため、変化した感覚に疎かった。

 年末年始は地元に帰省する娘も少なくなく、寮はいつもの休日より心なしひっそりとしていた。しかしそのような中において、一際賑わっている場所がある。

 そこは――。

「明けましておめでとうございます! 今年の元日も栗東寮恒例! お節ビュッフェでーす!」

 寮の学生食堂。ここはいつも通り……どころか、いつもより活気に満ち満ちている。

 この期間は寮の調理師が休みに入ってしまう。帰省しない娘達が少しでも正月気分を味わえるように、という有志の粋な計らいだった。

 最初の方こそ、簡単なお節料理を少数名に振る舞う程度のこじんまりとした集まりだった。しかし噂が噂を呼び、料理好きの娘達が我こそはと集った結果、いつしかちょっとしたパーティーの様な盛況に。伝統的な和のお節から洋や中の変わり種、そして何はなくともスイーツまで。

 集めて並べたテーブルの上に所狭しと料理が置かれ、その量は一般的なビュッフェとは桁違い。どれもこれも山が崩れ落ちる限界まで皿に盛られている。

 ――この量をもってしても、おおよそ元日中には綺麗サッパリと無くなってしまうのだ。むしろ最近では、これを目当てに年末年始にあえて帰省しない娘も出てくるほどだった。

「あら、エールとミロワさん。明けましておめでとう」

「明けましておめでとう、お二人さん」

 今年のお節ビュッフェも豪華絢爛の一言。どれを食べようか目移りしているところで、紙皿片手にマシロとベネベネの二人と遭遇した。

「お二人共、明けましておめでとうございます。あの、良かったらご一緒にいかがでしょう?」

「別に構わないわ。偶然四人掛けのテーブルを取ってたから」

「エールさん見かけた瞬間、待ち合わせしてるって嘘で頼み込んでどうにか譲ってもらったんに。なるほど偶然ねえ――」

 マシロの背後でベネベネが意地悪そうに笑い、それを掻き消すかのようにコホンと一つ咳払い。

「まあともかくとしてさ。お雑煮コーナーあるんだと。餅も焼けるってよ」

 全員がミロワダーレの指し示す方に顔を向ける。関東風、関西風と手書きのポップに飾られた巨大な保温鍋がいくつも並んでいた。

 そしてその横に、餅焼き専用のオーブントースターも何台も。

「みんなの分纏めて焼いてくっからさ、エールは何個食う?」

「では――六個で」

「おう。二人は?」

「私は……ななッ」

 マシロが言いかけた瞬間。

 ベネベネの肘が彼女の脇腹に突き刺さった。

「……二個でお願いするわ」

 一瞬身じろいだものの、何事もなかったかのように平然とした様子で答える。

「私も二個で頼むわ、ミロワさん」

「じゃ、オレの分も合わせて十二個か……焼いとくからオレの分の料理も頼むぜ、エール」

「勿論です。それでは、皆さん」

 四人は小さく頷き、目当てのお節料理を狙うべく散開する。色彩豊かなお節料理に彩られ、新年早々どこよりも美味しく活気溢れるパーティーが始まった。

 

 絶品のお節料理に舌鼓を打った後、美浦(みほ)寮のリコンスタと合流して初詣に行くことになった。彼女の話によると、あちらの寮でも有志による飛び入り参加OKの新春歌謡ショーが行われていたらしい。

 普段は規則正しい寮生活でも、こういう時くらいは、ということなのだろう。

「……という訳で、あけおめ〜……」

「何がという訳なのか分かんねぇって」

「……いいのいいの。さぁ行こ行こ」

 今年の元日は生憎の曇り空。冷え込んで突き刺すような朝の寒さに、皆が皆厚手のコートに身を包んでの参戦だった。

 学園から歩いて行ける距離に神社があり、おおよその生徒はそこで初詣を済ませるのが通例となっている。また、生徒以外にも近隣住民も集まってくるため、むしろ祭りの雰囲気に近いのかもしれない。

「――所でさ、ウチの実家って前もってお年玉を仕送りの荷物と一緒に送ってくんだけどさ。皆んトコって毎年どうしてんの?」

 そんな神社への道すがら、ミロワダーレが切り出した。

「私は貴方と同じよ。荷物と一緒に」

「私んとこは事前にお金だけ口座に振り込んでもらっとうよ。九州やけ、荷物送るんにしても送料高かし」

「……ベネさんと同じ〜く、振込……」

 口々に答えるも、メイケイエールだけはずっと笑顔を湛えたまま口を開かなかった。若干眉を顰め、困っているかのようにも。

「……今年はね、デビューしたからいつもより沢山貰えちゃった……懐あったか」

 そして気になるのは他人の懐事情。昨年デビューを果たしたからか、ご祝儀価格ということで昨年よりも皆増額しているという。流石に、具体的な金額まで明かす者はいなかったが。

「……さてここで疑問。さっきからエールが一言も喋ってないのが気になりまぁす」

「あっ、ちょっと……考えごとしてまして」

「別にんな下世話な話良いじゃねえか。皆普段より貰ったってことで」

 リコンスタが鼻を鳴らし、瞳の奥が妖しく光る。こういった時に人一倍嗅覚が利くのが彼女だった。

「……におう。ミロワがはぐらかすってことは……何かある……」

「何もねぇよ。な、エール」

「……レース場運営会社の一人娘、昨年デビューでしかも重賞連勝の大活躍……これで何もない筈もなく」

 異常なまでの喰らいつきを見せてくるリコンスタ。普段ならもう少し引き際を弁えている筈なのだが。もうとにかく、一歩も引かないという姿勢を顕にしてグイグイ詰め寄ってきていた。

 まるでハイエナの如く。獲物に噛み付いたら仕留めるまで離さない。

「エールも困ってっから! な、二人もリコのヤツに諦めるよう言ってくれよ」

 一人だけでは事態を収まりきれそうにない。ミロワダーレは静観していたマシロとベネベネに助け舟を求めた。

 ――しかし、二人は彼女の期待を裏切り、申し訳なさそうに視線を逸らすのみだった。

「ごめんなさい。私も気になるわ……少しだけ」

「社長の娘さんやけ、やっぱりねぇ……」

 アテが外れた。この場に敵は三人。

「……諦めろ……おまえ達は包囲さ〜れ〜て〜い〜る〜」

「……分かりました。でも、ここだけの秘密ですからね……?」

「おけぇい」

 ミロワダーレだけでは三人からの圧に耐えきれず、やがては折れる形に。道路の端に五人で寄り、前屈みの姿勢で頭を突き合わせるように円陣を組んだ。

「……ではでは……お幾らでエールさん……?」

「ええと――」

 ゴニョゴニョと、限りなく声を潜めてメイケイエールが今年のお年玉総額を告げた。その瞬間、リコンスタを始め、マシロとベネベネの尻尾の毛が大きく逆立つ。耳も忙しなく動き、動揺の色を隠せない。視線も定まらず、ひたすら口を動かすも言葉がまるで出てこないようだった。

「……ははっ、見て。わたしがゴミのよう……」

「それは……言わない方が良いわね、確かに」

「そもそも単位が――もう束やぞ」

「あっあの、両親だけでなくお世話になってる様々な方からも頂いてますからね」

「……だからって大概じゃ〜ん……エール様ぁ」

 三人はもはや半分上の空。リコンスタにいたっては瞳孔が開きかけている。そんな様子を、ミロワダーレはただ呆れ顔で眺めるばかりだった。

「だから言わんこっちゃねえ……知らねぇ方が良いものもこの世にはあんだから」

「……あのミロワちゃんに諭される日が来るとは……」

「あのな」

 メイケイエールのルームメイトだけあり、ミロワダーレは多少のことには既に耐性が付いている。中央のトレセン学園は世界でも有数のウマ娘の教育機関であり、入学できた時点で一定以上の家庭水準なのは間違いない。メイケイエールの環境が例外中の例外のようなものだった。

「こんなら、エールさんが中京で走ることになったら大変やな」

 お膝元である中京レース場の出走経験はまだない。直に言われてはいないが、実家から送られてくる年賀状には言外にそれを期待している感じがはっきりと。

「一人だけパドックにレッドカーペット敷かれそうだよな」

「流石にそれはないでしょう。でも控室に沢山のお花はありそうだけど――ねえ、道路でたむろっていても邪魔なだけね。初詣に行きましょう」

「……うぃ〜」

 メイケイエールのお年玉ショックから回復し、五人は気を取り直して目的の神社へ。近づくにつれ徐々に人手が増し、賑やかとなっていく。

 ウマ娘なのだから走ればあっという間に目的地に着けるのだが、不思議なことに専用レーンを走る娘は一人も見かけなかった。遠足ではないが、やはり神社に歩いていくところから初詣は始まっているのかもしれない。

 

「早い時間なのに、もうこんな……」

 真っ白な石畳がひたすらに伸びる参道。普段は人通りもそこそこだが、今日ばかりはビッシリと拝殿まで黒山の人集り。更に参道の両脇には屋台が建ち並び、初詣帰りの参拝客を捕獲せんと躍起になって魅力的な香りを漂わせる。

「いいんじゃない? 特に用事がある訳でもないんだし、これくらいどうってことないわよ」

 マシロが寒さに頬を赤くし、白い息をふうっと吐き出しながら表情を緩ませた。

 ――そうだ。ゆっくりと波間に漂える、限りあるこの時を満喫しなければ。

 メイケイエール達は参道に横一列に並び、周りから白い目で見られない程度に様々に話をした。学園のこと、授業のこと、レースのこと、学園の食堂の限定メニューのこと、近くの食べ放題の店のこと。

 とにもかくにも話は弾み、あっという間に最前列へ。各々お賽銭を優しく投げ入れ二礼二拍手一礼を。

 そして、帰路で話題になるといえば一つだけだった。

「皆さん、どんなことをお願いしたんですか?」

「オレは重賞勝利」

「……わたしは……何が何でも一勝……」

「ずっとハナを取ったまま派手に勝ちたいねぇ!」

「私は――」

 マシロは言葉を止めた。四人の視線が彼女に集中する。

「――桜花賞」

 柔らかな空気に槍が降る。クラシック級に進むとなれば、誰しもが思い描く道だった。

「桜花賞、勝ってみせるわ」

 ミロワダーレが口笛を吹き、ベネベネが歯を見せて笑い、リコンスタは相変わらず薄ぼんやりと。

「――で、エールはどうなの?」

 マシロに問われてメイケイエールは息を飲む。桜花賞を獲りたいと言われた手前、果たして言って良いものかどうかと。

 ほんの僅かに躊躇した後、はにかみながら切り出した。

「私は――皆さんと一緒に、心置きなく走れたらな、と――」

 取るに足らない、ささやかな願い。鼻で笑われてしまうかもしれないが、それが彼女の本心だった。

「――そうやなあ、阪神のアレはほんなこつ楽しかったねえ」

 互いの意地を隠さず、真正面からぶつけ合った阪神ジュべナイルフィリーズ。結果としてはマシロの勝利に終わったが、血湧き肉躍る感覚は今でも鮮明に思い出せる。

「なら、それこそ次は桜花賞じゃない」

「んじゃ、二人には頑張ってもらわんばね!」

 若干居心地悪げにしていたミロワダーレとリコンスタの二人を、後ろからベネベネが抱き寄せる。五人の中でGⅠレースへの出走権を勝ち得ていないのは二人のみだった。

「……わぁ〜……流れ弾がヘッドショット……」

「お、まあ――頑張るよ」

「頼むよ! ふふ、二人ともむぞらしかね!」

 穏やかな風を取り戻した五人組。屋台でちょくちょく摘まみ食いをしながら学園に戻っていった。綿飴とりんご飴を交互に、メイケイエールはいたくご満悦となったのだった。

 

My Dear……

「初詣行ってきたんだ? 神社混んでた?」

 元日から早々、河削はトレーナー室で調べ物をしているということで早速顔を出すことにした。別にリラックスできる服装でも構わないのに、赤いシャツにグレーのスラックスといういつものスタイル。いつもと違って白のネクタイを締めているあたり、少なからず正月を意識しているようだった。

「割とスムーズに行けましたけど、帰る頃には列が大分伸びてましたね」

「あー、そうだよねぇ。初詣はちょっとタイミングずらすかぁ」

 河削は椅子に腰掛け、コーヒーの湯気が立ち上るマグカップを手に取った。一回、二回と息を吹きかけてからそっと一口。

「何はともあれ、明けましておめでとう! 今年も頑張ろうね、エールちゃん!」

「こちらこそよろしくお願いします」

「挨拶だけもアレだから、今年一年のプランと……話したいことがあるんだけど良いかな?」

 少し意表を突かれた。仕事モードに入っている時点で想定できたことかもしれないが。ひとまず、河削の言葉に従って席に着いた。

「あ、コーヒー飲む?」

「いただきます」

「オッケー。お砂糖三杯とクリームだったね」

 甘めのコーヒーを受け取り、しっかりした苦味とその向こうにある甘味をじんわりと堪能する。今年一年のプランといえば、恐らくは……。

 コーヒーを飲み下しながら、メイケイエールはどう答えようか考える。とはいえ回答は二つに一つ、あるいはもう一つというところ。

「多分エールちゃんも予想してると思うけど。やっぱりクラシック戦線ということで……三冠かティアラか、どっちが良いとかあるかな」

 クラシック級における三冠路線――その歴史は古く、GⅠ、GⅡ、GIIIのグレード制が導入される以前の八大競走時代まで遡る。皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三レースを指し、最長距離は菊花賞の三千メートル。

 伝統と格式に彩られた冠を一つでも手中に収めんと誰もが欲する。ましてや、三冠を獲得した暁には歴史にすら名を残せるだろう。それくらいの偉業なのだ。

「エールちゃんはどっちかというと中距離向けだから、三冠でもいけそうな気はするけど……菊花賞が最後の壁になるね」

 皐月賞では最も早いウマ娘が、日本ダービーで最も幸運なウマ娘が、菊花賞では最も強いウマ娘が勝つという。正に、世代の頂点を決める争いと言えよう。

「ティアラ路線なら無理なく狙えるかな。オークスがちょっと気になるけど、エールちゃんの適正なら問題ないと思うよ」

 三冠路線は中長距離が主戦となる一方――ティアラ路線はマイル中距離が主戦となる。桜花賞、オークス、秋華賞の三レースで、最長はオークスの二千四百メートル。

 適正距離が短めのウマ娘を考慮して整備された路線のため、歴史的には三冠路線より若干浅い。だからといって、ティアラの価値がそれで劣るということはない。

 どちらの路線でも、互いの意地とプライドを賭けた鎬を削るレースとなるのは必定だった。

「私は――桜花賞に。ティアラ路線を行かせてもらえませんか……?」

 初詣で横目に見たマシロの横顔を思い出す。迷いの一切ない、鋭い視線。

 メイケイエールの返答に河削は一切動揺しなかった。むしろ小さく頷き、その答えを予測していたかのようだった。

「だよね。マシロちゃんが早々に桜花賞の宣言してたし――リベンジ、したいね」

「――はい!」

 マシロはジュべナイルフィリーズでの勝利者インタビューの時、次走は桜花賞と明言していた。であればティアラ路線は確定的で、メイケイエールがその後を追うのも予想するまでもなかったかもしれない。

「じゃ、ティアラ路線で決まり! まずは桜花賞に向けてくとして……直行も良いけど、どっかで走って状態上げていきたいね」

 うーん、と顎に指を置き、河削が暫し思考を巡らせる。

「単にレースに出るより、リハーサルって感じが良いかも。それなら……同じレース場で同じ距離のがいいよね。ならどうしようかな」

 これで今年の方針が決まった。いや、もはや方針と言うより既定路線と言うべきか。そして、残すは河削が言う話したいことのみとなった。

「あの、トレーナーさん。お話したいことって……」

 今年一年のプランの他に、伝えたいことと言うのは一体何なのか。学科試験の成績も、上位をキープして特に問題なし。メイケイエールには皆目見当もつかなかった。

「……うん、そうね。むしろこっちが本題かな」

 河削の瞳から柔らかな光が消えた。彼女は手にしていたマグカップをデスクに置き、襟元を正してメイケイエールに向き直る。

「いいかな? ちょっとね、大切な話だから」

 今までにない河削の雰囲気に、メイケイエールはゴクリと喉を鳴らし、額から一筋の汗が伝わり落ちた。

 

「――スタートする時に目を瞑ってる!? 私がですか!?」

 トレーナー室にメイケイエールの声高な叫びが響き渡った。自身が目を瞑ったままスタートをしていると言われたら、この反応もやむを得ない。

「うん。そうなんだよね……実は」

 河削は青いファイルから写真を数枚出し、メイケイエールに向けて並べる。

「こっちからジュべナイルフィリーズ、ファンタジーステークス、小倉ジュニアステークス。どう?」

 そのどれもがスタート直後の自身の写真だった。頭を前に突っ伏す姿勢で、目は力を込めて――強く閉じられているようだった。

「全部……ですね。でも良くこんなタイミングの写真を……」

 メイケイエール自身、その衝撃たるや。確かにスタートが得意な方ではなかったが、その実態がこれとは予想すらしていなかった。

 写真を三枚とも手に取り見比べるも、やはり何処からどう見ても瞼がピッタリと閉ざされている。

「高木さんからスタート写真を撮ってたのを連携してもらってね。私もね、最初見た時どうしようかと思ったよ。だって前見てないんだもん。もう凄くて凄くて」

 何と言葉を返せばいいのか、メイケイエールの脳裏には何も浮かんで来なかった。

「申し訳ありません。私……全く気が付かなくて」

 ここ暫く、河削が渋い顔を見せていたのはこの件だろうか。それを気にかけることもせず、よくも桜花賞を目指すと言えたものだと。

 自分自身の不甲斐なさ、無責任さで脚が竦む。河削の顔をまともに直視すらできない。

「ま、こればっかりは癖みたいなもんだし。まだね、私も解決策調べてる状態だけど……ひとまず共有はしておいた方が良いかなって。そうすればエールちゃんでも意識できるようになるし」

 スタート直後の写真を集め、それを河削は目を細めて愛おしく眺めている。果たして彼女の真意はどこにあるのだろうか。底を見せない様子にただ困惑するばかりだった。

「あ、そうそう! ついでにこれも渡しておきたくて!」

 メイケイエールの心境を知ってか知らずか、河削は足元から茶色の紙袋を取り出した。封を開け、中身を手渡す。

「……加圧シャツ?」

 透明の包装に包まれた黒いインナー。二種類の素材から成っているようで、光沢のある黒いラインが幾条も走っている。

「うん、ちょっと広げてもらっていいかな?」

 包装から加圧シャツを取り出し、身体の前で広げてみせる。半袖タイプのようではあるが――明らかに小さい。サイズが二回りかそれ以上小さく、これはまるで子供服のサイズ。

「とても……小さいようですが」

「テーラーの荻野さん覚えてる? あの人にフォームの制動のこと相談してみたら色々カタログ送ってくれて」

 メジャーなスポーツメーカーから、あまり見かけたことのない海外のメーカーのものまで。どれから目を通せばいいか、目移りしてしまう量のカタログが広げられる。

「エールちゃんエキサイトすると脇が開き気味になるから。それならフォームからガッツリ固めた方が良いかなと思って。負荷はかなり強くなるけど、身体ができ始めてる今ならいけるはずだよ」

 河削は自分が勝つために様々なことを考え、実行してくれる。それに比べどうか。勝つという目標ではなく、皆と一緒に走りたいという生半可な目標を。ミロワダーレやリコンスタも勝利を目標に掲げているというのに、これで良いのだろうか。

 考えれば考えるほどメイケイエールの表現が曇り、視界が濁る。

「……ありがとうございます……私なんかのために……」

 頭が重く、視線が上がらない。コツ、コツと河削の足音が前から横、そして後ろへと回ってゆく。

「――もう、水臭いなぁ――」

 柔らかい呟きが聞こえたと同時に、身体が優しい温もりに包まれる。

「私とエールちゃんの二人で頑張ってくんだから、そんな他人行儀なこと言わないの――分かった?」

 背中から抱きかかえてきた河削の腕におずおずと手を添えた。すぐ隣にある彼女の顔からは、飲んだばかりのコーヒーの香りと、すえた感じの体臭が僅かながら。

「――はい」

 子に語りかける親のような、心に沁み入る慈愛の言葉。メイケイエールは鼻の奥がツンと来たのを堪えつつ、鼻をすすった。

 

 二月も後半に迎えたある週末、河削はとある人物と待ち合わせをしていた。場所は学園近くのショッピングモール前の広場。

 お相手はもちろん――。

「トレーナーさん! お待たせしました!」

 パタパタしながら、時間通りにメイケイエール登場。

 裾にファーをあしらったネイビーのロングスカートに、一対となるデザインのジャケット。見た目にも温かな装いかつ漂う上品さ。

 ウマ耳がついているとはいえ、遠巻きでも一目で彼女と分かった。やはりというか、持っているオーラがそもそも違うのだ。

「おー、いつも制服姿だから私服は新鮮だねぇ」

「トレーナーさんこそ――まるで別人みたいですよ? 髪下ろしてますし、お洋服も――」

 河削は仕事の時こそ団子状に髪を結い上げているが、オフになるとストレートに下ろしている。

「あれ? どこか変だった?」

 そして服装はというと、黒いマキシ丈のプリーツスカートに、上は白のタートルネックのニット。アウターにはベージュのダッフルコートを前開きにして羽織っている。

 本人の感覚としてはシンプルめに、至って普通の服装のつもりだった。おかしな所がないか、両手を広げて自身を確認する。色使いも含めて特段おかしくはなさそうだったが。

「――かっ、かわいい……!」

「えっ?」

「トレーナーさん、かわいいです! スカート履くんですね!」

「あ、ああそう? ありがと――私もオフの時くらいスカートも履くよぉ」

「普段スーツで、全然イメージになかったので……かわいい!」

 普段は赤シャツにスーツという派手めな格好をしているからかもしれないが、ただの普段着なのにメイケイエールはやけに食い気味だった。

 特に意識していた訳ではないが、それでも褒められると悪い気はしないもの。

「まあとりあえず、外に立ちっぱなしだと冷えちゃうし――行こうか?」

 河削はおもむろに肘をメイケイエールへ差し出した。その肘を不思議そうにしげしげと眺めていた彼女だが、意図に勘づいたのか耳と尻尾が慌ただしく動き始めた。

「えっと、あの……そ、そうですね。い、いきま、しょう――か……」

 そして、割れ物を扱うかのような丁重さで腕を組み、おっかなびっくり身体を添わせた。そして始まるぎこちなさ全開のデートごっこ。完全な密着ではなく、どことなく遠慮を感じさせる距離感だったが。

 

「エールちゃん、こういうのはまだ慣れてない?」

「あ、当たり前ですよっ。誰かとその、腕を組むだなんて……」

 ショッピングモールで二人、腕を組みつつ様々な店を巡る。

 ――エールちゃんは真面目すぎるきらいがあるからねぇ。

 真面目というのは別に悪いことではない。現に、メイケイエールはトレーニングメニューを着実にこなしているし、学科試験で躓くこともない。品行方正を絵に書いたような娘で、周りのお手本にしたいほどだった。

「そうなの? 小学生の頃とかモテモテだったんじゃ?」

「低学年は男子に混じって遊んでましたし、高学年になると……両親の仕事関係の方とお会いすることが多くなりましたから」

 ただ、真面目すぎるがために、感情の発露というのがいささか苦手のようだというのが河削の見解だった。レースに勝つ分には問題はないが、負けた際の勝者を称える外向きの精神と、敗北を悔しむ内向きの精神。メイケイエールは外向きの精神が強く、内向きの精神とのバランスが歪なのではないかと。

「じゃあ、エールちゃんは小さい頃から大人びてたのかな。それなら周りの男子なんてガキそのものだよね〜」

「そんな、ガキだなんて……いえ、まあ……」

 レースに負けて悔しいと思うのは誰しも同じこと。それを正しい形でトレーニングや次のレースにぶつけられれば問題ない。しかしお行儀の良い彼女は発散が不得手な可能性がある。そのためレースの際の悪癖――特に前進気勢――に繋がっているのかもしれない。変な所でスイッチが入ってしまうのもそれが一因かもしれない。

 とにかく、トレーニングでは何ら問題がないのだ。ならば、トレーニングではない場面でケアしていかなければ。少しでも息抜きができるよう、そして何でも話せるような雰囲気を作り出すために。

「ねえねえ、次はここ見てこうよ! 何か気に入るのがあるかもよ」

 河削はメイケイエールを半ば強引にアクセサリーの専門店に引き入れる。

 今日、このショッピングモールに二人で来たのは目的があってのこと。メイケイエールの気分転換もその一つなのだが、それはあくまで付随する目的に過ぎなかった。

 ――翌週の二十四日は彼女の誕生日。

 ショッピングモールで何か気に入ったものがあれば、それをプレゼントする算段を立てていた。もちろん当人にはサプライズということで。

 

 アクセサリー専門店に入ってかれこれ三十分ほど。メイケイエールはとにかくあれやこれやと悩んでいた。ウマ娘の耳飾りと一様にいっても、耳全体を覆う耳覆いから根本で結ぶリボンタイプ、はたまたイヤリングやピアスタイプと多岐に渡る。

 多種多様なデザインから一つを選び出すにはなかなかの困難を要した。もっとも、今日は彼女のための日なのだから、この程度どうということはない。

「これは――これも――うーん……」

 アクセサリーを取っ替え引っ替えしながら悩むメイケイエール。いくつか気になるデザインが見つかったようだが、決定打としては薄いらしく決めあぐねていた。

「店員さん。この娘向けのアクセサリーってこの棚以外にあります?」

「それでしたら、違うブランドになりますがこちらに……」

 店員に案内されたのは高級感溢れるブランドスペース。飾られている一つ一つが、丁寧に作られていることが一目で分かった。

「あっ――あの。これ……着けてみても良いですか?」

 ここから更に厳選を重ねるかと思いきや、メイケイエールは迷いなく棚から一つ手に取った。

 黒いメッシュ生地の大きなリボン。細身のベルトを用いて耳元で締めるタイプで、金色の丸い留め具でリボンの結び目をしっかり固定している。

 どうぞ、と店員が快諾すると、彼女は鏡を見ながら軽い手つきで自らの耳にリボンを取り付けた。

「これ……良いんじゃない? 勝負服にも合うよね」

 リボン自体は大きいものの、色とメッシュ生地によって落ち着いた魅力を醸し出している。奇遇にも勝負服と同じ色合いで、まさにメイケイエールのために用意されたものかと錯覚してしまうほど、ピッタリの逸品だった。

 彼女自身も満更ではなさそうで、愛おしそうにリボンを撫でている。どうやらいたくお気に入りになったようだ。これで決まりかと思いきや――。

「……あっ」

 値札を見て、小さく声を上げるメイケイエール。そして今までの感動はどこへやら、私は何も知りません、とでも言いたげな顔でリボンをそっと戻す。

「え〜戻しちゃうの? もったいないなぁ、どれどれ……」

 河削がすかさず例のリボンを手に取り、値札を確認する。

「――うん、なるほど」

 デザインが良いとしても、リボンのアクセサリー一つだけということを考えるとなかなかの高級品だった。それだけ品質等にコダワリがあるようだが。

「……まだ、私には分不相応かな、と……」

「でも、デザインはこれが気に入ったんでしょ?」

「……はい」

 彼女の財力なら何ら問題なく買えることだろう。それをあえてせず、自分はまだ身に着けるに値しないという謙遜さ。いじらしいというか、らしいと言うべきか。

「はてさて、誰が言ったか――買う理由が値段なら買うべからず、悩む理由が値段なら買うべし、と……店員さん、これ包んでくれますか? 後、プレゼント用の包装でお願いします」

「あ、はい! ではあちらのレジまで――!」

 リボンをそのまま店員に渡し、有無を言わさず会計へ。

「トレーナーさん!? あのリボン、高いのに……」

「欲しいって思ったんなら、はっきり言っちゃって構わないんだよ。無理矢理に自分自身を納得させて諦めるくらいなら、さ」

 驚いて立ち尽くしているメイケイエールの肩を抱き寄せる。

「それに――誕生日おめでとう、エールちゃん。ちょっと早いけど、これは私からのプレゼントということで」

 メイケイエールは抱き寄せてきた河削に逆らうことなく身体を預けた。嬉しさか、恥ずかしさなのか頬が熱くなっている。

「……ありがとうございます。あのリボン着けて……レースに出ても……良いですか」

「おっ、嬉しいね。服飾規定には反してないはずだから大丈夫なはずだよ」

「何だか、これまでよりもっと速く……走れそうです」

 背中越しに二人の会話を聞いていた店員が、今日はいつも以上に気合を入れてプレゼント用のラッピングを施すのだった。折り目はしっかりと、かつ寸分の狂いもなく、渾身の力作を。

 

如何に咲きしか鬱金香(チューリップ)

 三月上旬、阪神レース場。桜の香りが漂い始め、じき来る春に想いを寄せる。

 そして、一足先にチューリップが花開く。

「――よし、記憶が温かい内に振り返ろう」

「はい……」

 阪神レース場宿舎の会議室の一つ。そこに河削と、左耳の根本にリボンの耳飾りをつけたメイケイエールが足早に飛び込んだ。

 ――チューリップ賞。桜花賞の優先出走権を得られるトライアルレースであり、桜花賞と同じレース場、同じ距離という前哨戦にうってつけのレース。

「端末にモニター繋いで、っと……」

 結論はというと、メイケイエールはチューリップ賞で堂々の一位だった。しかも賞が開始されて以来の同着一位。

 これによって重賞三勝目と、同期の中でもトップクラスの実績となった。

 ただ、会議室の二人の表情は硬く、事情を知らない者から見たら負けた後の反省会と取れてしまうだろう。その証拠にメイケイエールの耳と尻尾は力なく垂れたまま。河削も河削でどことなく険しい目つきとなっていた。

「――よし、点いた」

 河削の端末の内容が会議室のモニターに表示された。関係者から連携してもらった、終わったばかりのレースの動画ファイルを再生する。

 メイケイエールも近くの適当な椅子に座り、モニターを静かに見つめた。

『本日阪神レース場のメインレースはチューリップ賞、グレードII。桜花賞トライアルです』

 映像はメイケイエール達がゲート入りする場面から始まる。メインスタンドからビデオカメラで撮っているため、レースの展開を横から幅広に見ることができた。

『出走者は十二名、一番人気は圧倒的にメイケイエール。ここまで四戦三勝、初めて土がつきました阪神ジュべナイルフィリーズから三ヶ月の休みを経て、さあ反撃なるでしょうか』

 レース出走者が続々とゲート入りしていく。この時、メイケイエールは一枠一番。最内の枠でまずまずといったところだった。

『今日は冷たい風が吹きます、阪神レース場でチューリップ賞。各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!』

 ゲートインからスタートまで、淀みなく進んでいることがメイケイエールには意外だった。実際に中に入って、ゲートが開くのを待つのはあんなにも長かったというのに。

『絶好のスタートを切りましたメイケイエール!』

 先頭に遅れることなく、彼女はスムーズにゲートを飛び出した。今までなら出遅れ気味で苦しい展開となっていただろう。

「ここ! まずここ!」

 いきなり動画を止め、河削が声を上げたものだからメイケイエールがビクリと反応した。

「ここ、今までで一番のスタートだよね。良い感じに前目につけられたし、ちょっと意識できた? バッチリだったね」

「あ、ありがとうございます……なるべく力みすぎないようにとは」

「いいねいいね〜。その調子でいこうか」

 課題だったスタートに改善の兆しが見え、少しばかり場の雰囲気が柔らかくなった。

「でも、問題はこっからで……」

 しかし河削はボソリと重く呟き、動画を再開させた。

 

 スタート後、隣の二番の娘がメイケイエールを制する形で先頭に立つ。それを追いかけるようにして四番手の位置で一旦は落ち着くかと思われた。

 ――が。

『おっと一番メイケイエールが……ちょっと落ち着きを欠いているか!? ペースを上げて――あぁっと! 他の娘と接触しながら強引に上がっていきます!』

 好位置を維持して最後の直線で抜け出す。

 プランとしてはそうであったが、突如としてスイッチが入った彼女は周囲と接触を伴う、強引なペースアップで先頭に迫っていったのだ。

 コーナーに入る前、先頭の娘に迫った所で再び動画が止まった。

「エールちゃん……これはね、良くないよ。いきなりペース上げて体力を使っちゃうのもそうだけど、他の娘にぶつかりながらっていうのは本当にダメ。お互い怪我に繋がりかねないんだから」

「はい……」

 レース直後、接触した娘とそのトレーナーには二人で頭を下げに行っている。幸いにも大事には至らなかったため、謝罪を受け入れてくれた。

 しかしこれが二度、三度と続けば周囲の見方も変わってきてしまうだろう。そうなってしまえば、レース出走どころではなくなってしまう恐れもあった。

「今回はあちらも許してくれたけど……ここはどうしたの? いきなりトんじゃった?」

 メイケイエールはハの字の困り眉にしながら、言葉を選ぶようにゆっくりと絞り出した。

「最初は私も良いスタートが切れて、安心したのですが……他の方が追い抜いていくのを見て、折角良いスタートができたのにって。追い抜かないとってカッとなってしまって……」

「それで、いきなり前に?」

 彼女はただ小さく頷くだけだった。

 普通の気性難とは異なる、根が真面目な故の暴走癖。抜かれてしまうと、それを取り返さんがために前に前にと出てしまう。

 そういった傾向は大なり小なり誰しも持ち合わせているのだが、メイケイエールは特に顕著だった。本来なら堪えるべきところ、堪えきれず衝動が勝ってしまうという。

「うーん、痛し痒しだけども……とりあえず次行こうか」

 無理に抑えつける訳にもいかず、かといって看過する訳にもいかず。まだ河削にも解決点が見出だせていない難問だった。

 そして課題はまた一つ。

『スタートしてから八百メートルは四十七秒です――先頭はいつの間にかメイケイエールに変わっています! 一バ身のリード!』

 とにかく先頭に立とうとするメイケイエール。そして先頭に立つと急に落ち着きを取り戻す。

「ここは――先頭取れたから落ち着いちゃった?」

「誰も……前に見えなくなったので……」

 スイッチが入る条件としてはレース序盤から中盤にかけ、視界前方に誰かの姿が見えること、だろうか。だとすると相当に緩い条件だ。知れば知るほど、彼女は一筋縄ではいかない模様。

 レースはメイケイエール先頭のまま最後の直線へ。道中で体力を使ってしまって不利と誰もが思った。

 ――河削ですらも。

『さぁ最後の直前に入った! 先頭はまだメイケイエール!』

「スパートは本当に凄かったよ。正直、もう厳しいかなって思ってた」

 どれだけ後続が迫ろうと、根性を見せて先頭を一切譲ろうとしない。決して諦めることなく、ただひたすらにゴールを目掛けて大地を疾駆する。

『メイケイエールが粘る! しかし内からダイアナピラーも来ているが……メイケイエールまだ踏ん張る!』

「とにかく無我夢中でした……絶対に、先頭でゴールするんだって必死で」

 気合と気迫。チューリップ賞の出走者で重賞を勝っているのはメイケイエールのみ。最後まで残れたのはそれが要因なのかもしれない。

 この最後の負けん気、間違いなく誰よりも強力だ。ジュべナイルフィリーズで見せた追い上げといい、歯車が噛み合えばGⅠレースの一つや二つは容易いはずだ。

『メイケイエールか、ダイアナピラーか! 最後はどうか!? 二人並んでゴールイン!』

 ――しかし、その歯車を噛み合わせること自体、容易ではないのを河削は実感していた。普通ならざる才覚を持つメイケイエール。そんな彼女だからこそ、乗り越えなければならない壁も普通ならざる高さということか。

『序盤でバタついたメイケイエールてしたが、しかし最後は前で粘り抜きました! チューリップ賞初、同着一位という結果となりました!』

(……ま、そうでなくちゃ面白くないよね)

 いずれにせよ、同着とはいえ立派に一着を勝ち取ったのだ。ここは彼女の頑張りをねぎらうべきだろう。

 レースの動画を終了させると、時間は既に夜の七時を回っていた。今から帰ったのでは東京に着く頃には夜中になってしまう。

「まあ、今日はお疲れ様ということで……桜花賞までできるだけのことはしていこ。連泊申請は出してあるから、今日も泊まって、明日ゆっくり帰ろう。ついでに何か美味しいもの食べて――ね」

「――はい!」

 どこか陰りがあったメイケイエールの表情に、ようやく僅かながらに明るい光が差し込んだ。

 次こそは、こんな中途半端な笑顔でなく……桜花賞で咲き誇る満開の笑顔を見たいものだと、河削は決意を新たにするのであった。

 




次話は桜花賞と京王杯SC。
どちらもメイケイエールを語るにあたっては外せないレースなので色々と考えてます。
でも長すぎにはならないように……。
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