どんな仲良しグループも、仲良くなる前の状態はきっとあるんだろうなということで。
一応、この話は読まなくても今後の話には影響はないですが……そこはそれ、伏線的なものは微妙に張っています。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
京王杯スプリングカップ当日、東京レース場の本バ場に向かう通路に三人のウマ娘の影が並ぶ。メイケイエール、ミロワダーレ、リコンスタの仲良しトリオ。
「にしても、本当にこんな日が来るなんてさ。三人で同じレースに出るんだぜ?」
各々のシューズに打ち付けられた蹄鉄が、カツンカツンと硬い路面で鳴り響く。その表情は活き活きと、これから三人でどこかに遊びに行くかのようだ。
「……三年ひとむかし……こうなるとはぜんっぜん……」
「酷かったですね、私達お互いに」
三人は出会った当初の頃に思いを馳せる。
今でこそ仲良しの三人組だが、出会った当初は正反対のいがみ合い。ここまで仲良くなったのが奇跡だと思えるほどだった。
――事の始まりは三年前の三月下旬にまで遡る。メイケイエールとリコンスタら新入生が入学式に備え、少し早めに入寮した日へと。
春はまやかし
人の第一印象は見た目で九割決まってしまうという。正確には視覚と聴覚の情報でその人の印象が決まるらしい。
当然ながらウマ娘もその例に漏れない。入学式を目前に控え、迎える側と迎えられる側のどちらも印象良くしようと様々に気を遣う期間だった。
「本当に来んのか……」
もう少しで中等部二年となるミロワダーレは、新参者が来るのを苦々しく思いながら自室で待っていた。椅子に腰掛け、さして汚れていない机、空っぽの本棚、新しい主を待ち侘びるベッドを眺める。
きっと、新入生は期待に胸を膨らませて来るのだろう。過去の偉大な英雄譚、そして今の華やかなアイドル像。それらを自分の姿と重ね合わせ、綺羅びやかな世界で華々しく活躍する姿を思い描いて。
(……ルームメイトなんて、さ……)
そんな彼女らはやがて思い知る。
憧れていた舞台に登るには、うずたかい壁を乗り越えなければならないということ。そして、思う以上に自らは非力な存在であるということを。
――コン、コンコン。
「――あのっ、どなたか、いらっしゃいますか?」
ピクリと、ミロワダーレの耳がドアの方に向けられる。どうやら新しいルームメイトのお出ましのようだ。若干の煩わしさを感じながらも、席を立って入口に向かう。さすがに放置という訳にもいくまい。
――ガチャ。
「あっ――」
「……
ミロワダーレから見たメイケイエールの第一印象は、何だかひ弱そうなヤツ、というものだった。
背丈は同じくらいだが手足は細め。長く伸ばした栗毛の髪に、前髪に一輪の薔薇の蕾のような白いメッシュが入っている。
「し……失礼します」
一礼し、大型のキャリーケースを引き連れながら部屋に入る。見るからに良いとこのお嬢様という立ち居振る舞い。
「お前が使う家具はこっちな」
「はいっ、ありがとうございます」
ミロワダーレが促され、そそくさとキャリーケースを自分の机の側に置く。
それから背筋を正し、両手は重ねて体の前に下ろす。
「初めまして、私。メイケイエールと申します。これからどうぞ、よろしくお願いいたします!」
「……ミロワダーレ。中等部二年」
「まあ、では先輩なんですね! 色々教えてください、ミロワダーレ先輩!」
育ちの良さがそっくりそのまま現れた、人の良い笑顔。言葉遣いも動作も実に丁寧で、まず間違いなく裕福な家の出だろう。
「ああ、よろしく」
そんな瞳をキラキラと輝かせている彼女を、醒めた目でミロワダーレは静かに眺めた。
(――多分、コイツも……)
世の中の悪意などまるで知らないであろう純真無垢な姿。ちょっとした挫折でピーピー泣き喚くのが関の山だろう。そして、半べそかきながら荷物をまとめて……。
またどうしようもない毎日が始まるかと思うと、ミロワダーレは気が重たくなるばかりだった。
メイケイエールから見たミロワダーレの第一印象は、少し怖そうな人、ということに尽きた。前髪の真ん中三分の一を占める白いメッシュが目を引いたが、それよりもまずじろりと睨みつける鋭い眼差し。どう考えても友好的な人物とは言えないだろう。何か質問しても必要最低限のことしか答えてくれず、自ら壁を作っているかのようだった。
「……ちょっとどけよ。真ん中使うから」
キャリーケースから荷物を取り出す最中、ミロワダーレはおもむろに黒いビニールテープを手にした。そして部屋の真ん中を縦断する形で貼ってゆく。
呆気に取られるメイケイエール。そんな姿を一顧だにせず、出来上がったのは黒い国境線。
「……いいな? この線からこっちがオレのエリアな。絶対入ってくんなよ」
「あ、あの……もし物を落として、先輩の方に転がってしまったらどうすれば……」
メイケイエールがおずおずと質問しても、ミロワダーレは無言の圧力で返答する。
「す、すみません……」
栗東寮の玄関をくぐった先に待つは、優しいルームメイトに親切な先輩、そして希望に溢れる学園生活。これがメイケイエールの想像だった。
それが現実はどうだ。不親切なルームメイトでもある先輩に理不尽を押し付けられ、思っていたのとまるで違う。
とはいえ相手は上級生。上下関係に厳しい人なのかもしれないと、浮き足立っていたことを反省しながら荷物を整理していった。
暗雲、蒼天を隠す
トレセン学園は国内でも有数の教育機関である。それと同時に超一流のアスリート養成機関でもある。
その生徒達は午前中は一般教科、午後からレース関係の座学やダンスにトレーニング、とにかく多忙な毎日を送ることとなる。
「ねぇねえ、あなた怖い先輩と同じ部屋って本当?」
「はい、まあ……怖いと言いますか、気難しいと言いますか……」
一般教科の間のちょっとした休み時間。メイケイエールの机の周りにはクラスメートがたむろする。
学年が一つ異なるミロワダーレとは教室が別なので、こういった時間は正に憩いのひとときであった。
「……ちょっと聞いたんだけどさあ、その例の先輩。前のルームメイトの人をイジメて退学させちゃったらしいよ?」
「それは――」
寮での彼女とは会話がない訳ではなく、事務的ではあるがコミュニケーションは取れている。落とし物が線を越えて転がっていっても、渋々ながら拾って手渡ししてくれる。
「――あくまでも噂だと思いますので……」
「もしさ、イジメられそうになったら教えてね! 私達が力になるから!」
どちらかと言うと、彼女自ら壁を作っているように思える。真意が分からない以上、噂話に右往左往するのは良くない。ましてやルームメイトを疑うなどと。
「ありがとうございます。もしもの時には相談させてくださいね」
「もちろんいいよ! だってお嬢様だもんね! 何かあったら大変だし」
クラスメートの返答にメイケイエールは少々困った様子で笑顔を向けた。
正直な所、ミロワダーレについての問題は些細なものでしかない。それよりも自身の出自――実家が中京レース場運営会社ということが知れ渡り始めていた。
『メイケイエールさん、ご入学おめでとうございます。御父様もきっとお喜びで――』
『御家族の期待に応えられるよう、勉学とレースにしっかり励むよう――』
『なるほど、あのウマ娘が中京の――うちのチームに欲しいな――』
『走りがそこそこでも繋がりさえできれば――』
学園に勤めているトレーナー達には、当然ながら入学当時から情報が連携されている。父親と懇意にしているトレーナー達だけでなく、そうでないトレーナー達からも注目を向けけられていた。
狙いは人それぞれだろうが、誰しもがメイケイエールのその向こうにあるとても大きなモノだけを見ている。自らはただの飾りでしかないことを肌で感じていた。
そしてお年頃の女子は噂が大好物。彼女達に伝わる速度は言わずもがな。注目のお嬢様にお近づきになって、そのついでに自分もスカウトされようと企む者もちらほらと。
「ええ、そうですね――ありがとうございます」
心の内側にモヤモヤする何かを抱え、無性に息苦しさを覚える。ここで思うがままに吐き出してしまえば楽になるのだが、強く言えないのがもどかしいばかり。
顔に染み付いた愛想笑いを浮かべ、ただただメイケイエールは礼を言うのだった。
そしてある日。
トレーナーと未契約のウマ娘が集められて行われる共同トレーニング。いつもなら一クラスのみなのだが、今回は上級生も含めて二、三クラスを纏めての大規模なものとなった。
メイケイエール達は屋外の練習用トラックに集められ、めいめいストレッチを行っている。
「今回から一ヶ月間、他のクラスや上級生と一緒に共同トレーニングを行います。上級生は困ってる後輩を助け、下級生は先輩をお手本にするようにしてくださいね」
メイケイエールのクラスを受け持つ担当教官の言葉。その狙いには彼女も異論はないのだが、不安げに視線を横に向けた。
(……どうしましょう)
その先にはミロワダーレの姿。念入りに屈伸をしたり、脚の筋を伸ばすストレッチに勤しんでいる。
何を考えているのか、やはり苦手な人。彼女と一緒にさえならなければ、後は一ヶ月間しっかりトレーニングに励むのみ。
「よしっ、雑念は捨てませんと!」
メイケイエールは表情を引き締め、身体をぐぐっと上に向かって伸ばす。縮こまっていた背筋が戻り、少しだけ頭の中が晴れやかになった。
折角の大人数の共同トレーニング。色々と勉強になる良い機会を逃す訳にはいかないだろう。
やがて、教官が適当に十人くらいのグループ分けを行い、順々にトラックを右回りで走り始める。一周二千メートル、走るといってもウォーミングアップとして軽いジョグ程度。
後半グループに分けられたメイケイエールは、邪魔とならないよう外周付近で他のグループが走る様子を観察していた。
「ねえねえ見て、ほら芦毛のあのコ……ゆっくりペースなのにもうあんなに遅れちゃってる」
「えーっ? ただのジョグなのに?」
斜め前に並んで座るウマ娘二人組がトラックを指差す。メイケイエールも釣られてその指先の方を追いかけていくと、確かに一人だけ大きく遅れているウマ娘がいた。
グレーの芦毛に、黒いリボンで片側だけサイドテールにしたウマ娘。普通のジョグのはずだが、前から既に十メートルは離れていた。内側の柵寄りギリギリいっぱいをとても窮屈そうに走る。
何か怪我でもしたのかといぶかしんでいると、前の二人に別のウマ娘が近づいてきた。
「あなた達知らないんだ。あの人、まっすぐ走れないんだって。右に右に寄ってくらしいよ」
「まっすぐ走れないのにレース出ようとしてんの!? どうやって入学できたんだろ」
「同じクラスだから何でまっすぐ走れないのか聞いてみたんだけど。嫌そうな顔で何も答えてくれなかったよ」
「うわっ、感じ悪〜」
「だよね。あの分だと、まともに走れないしすぐ退学するんじゃない? アメリカの帰国子女らしいけど」
「ウケる〜! 観光にでも来たんじゃね!? ま、ライバルは一人でも少ないのに越したことないよね〜」
まるで聞くに堪えない。耳を手で伏せてしまおうかとも考えた。しかしながら、もがき苦しみながら走る姿から目を離すことはできなかった。
一緒になりたくない、と思えば思うほどかえってその通りになることはしばしばある。
そして、それは最悪のタイミングで訪れるのが常である。
「あの……メイケイエールです。よろしくお願いします……」
「ミロワダーレ。オマエは知ってるだろうけど」
よりにもよって、メイケイエールはミロワダーレと正面切って対峙する羽目となってしまった。
更に厄介なことにもう一人。
「……リコンスタ……」
話題の、まっすぐ走れない芦毛のウマ娘。不機嫌な様子を隠そうともせず、聞こえるかどうかのか細い声で自分の名前を呟いた。
やつれ気味の顔に陰湿に睨みつける瞳。青白い肌はいかにも不健康で、この状態でよく走れると心配になるほど。
「では、私達三人でチームということで……よろしいでしょうか」
「担当教官のヤツが決めたんだからオレに聞くなよ」
「……別に……」
グループでのジョクが終わった後、交流を深める目的で更に少人数のグループに分けられた。それはランダムでの選出によるものだったはずなのだが。
「ねえねえ、あの二人って……」
「うん、メイケイエールさん可哀想」
周囲から寄せられる
溜息が出そうになるのを堪える。ミロワダーレの言う通り、担当教官が無作為に決めたのだから変えようがないのだ。
そして、ミロワダーレとリコンスタも自発的に動くような人物ではなさそうだった。何はなくとも、場の雰囲気を変えようと手を一つ叩いてトレーニングの提案を試みる。
「えっと、それでは三人でストレッチして、また軽く走りましょうか」
「……いやだ……」
至って普通の提言のつもりだったが。リコンスタは口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまう。とにかく頑なに拒絶して譲らない。
「……帰る。つまんない……」
「えっ!? ま、待ってください!」
あまつさえトレーニング自体を拒否し、そのまま帰ろうとする始末。メイケイエールは引き留めようと大慌てだった。この場を離れようとするリコンスタの手を両手で握って引き留める。
「折角ご一緒できましたし、少し頑張ってはみませんか? せめてトラック一周だけでも……」
相手の気分を損ねないよう、にこやかな笑顔で握る手は柔らかく。しかし、彼女はすぐに答えず、メイケイエールの顔と手を交互に、ゆっくりと眺めるばかりだった。
「……こういうのってさ……ゆうとうせいって言うんだっけ……」
そして静かに口を開く。その声はとても暗く、冷たかった。
「……うっざ。あなた、キライ……」
「ちょっと待っ――!」
強引に手を振りほどき、リコンスタは悪びれる風もなく練習用トラックを後にしてしまう。メイケイエールは引き留めようと腕を伸ばしたが叶わず、虚しく空を切るのみだった。
「追いかけるなんてやめとけよ。まともに走る気がねぇヤツを構ったって良いことねえし」
「ですが……」
「どうしてもってんなら止めねえけど。痛い目見るのはオマエだけどな」
ミロワダーレの態度はあまりにも冷淡だった。メイケイエールはそれにわずかながらに不快感を覚えつつ、かといってどう対処すればいいのかも分からず。リコンスタの背中が小さく遠ざかってゆくのを、ただ呆然と眺めることしかできなかった。
激震の霹靂
それから二週間ほど、メイケイエールはとにかく孤軍奮闘の毎日だった。ミロワダーレはトレーニングには付き合ってくれるものの、自発的に動くことはほぼない。
なにしろ困ったのがリコンスタで、少しでも気に障ることがあれば即帰ろうとしてしまう。例外的に、左回りのランのメニューがある日は走ってはくれるが。それでも変に指図してしまうと、たちまちにへそを曲げて帰ろうとする。
「メイケイエールさん大変だよね……あの二人押し付けられてさ」
「誰か手伝ってあげたらいいのにねぇ……」
周りのクラスメートも積極的に関わろうとしなかった。自らに火の粉が飛んでこない場所で、対岸から見物を決め込んでいる。
「だよねぇ……でもトレーニングの時間減っちゃうし、ヤだなあ」
「厄介事はお嬢様に引き受けてもらってさ、私達はのびのびやらせてもらおうよ」
いかに小さな囁き声も捉える敏感なウマ耳が恨めしい。周囲の無責任な発言は腹に据えかねるものがあったが、それを気にかける余裕は一切なかった。
「リコンスタさん、今日のトレーニングは左回りのチーム対抗千メートル走みたいですよ。頑張りましょうね!」
少しの衝撃で爆発してしまうニトログリセリンのようなリコンスタと、ひたすら不干渉を決め込むミロワダーレ。様々に気を張らねばならず、気苦労ばかりが募っていく。
「……あなたさ、実家がレース場なんだよね……」
トレーニングの準備運動で、メイケイエールから前屈の手伝いを受けながらリコンスタが口を開いた。
「はい、そうですが」
「……ああ、だから……みんなにへらへらできるんだぁ……」
リコンスタの背中を押す手が止まる。発言の意図は分かり兼ねたが、良い内容ではないのは確かだった。
「それはどういう意味ですか……?」
「……お金もってて、ちやほやされて……いいよね。こうやって頑張ってれば……教官からほめられるんでしょ……」
やれ始まったと言わんばかりに、傍らで膝の屈伸をしていたミロワダーレが溜息を漏らした。
「……そんなことないですよ。私も、リコンスタさんも同じ学園の仲間じゃないですか」
「……ふん、何が……知ったふうな顔して。お嬢様は……ラクでいいね……」
背に当たる手を振りほどいてリコンスタが立ち上がる。呆気に取られるメイケイエールを冷たい目で見下ろしながら。
「……だれも……わたしのことなんか……わかってくれないんだし……」
誰に対してでもなく、周囲を見回して吐き捨てるように呟いた。この世の全てに対し、ひたすらに憎悪を燃え上がらせるその瞳。しかし、募るばかりの怒りはどこにも遣り場がなく、リコンスタの顔が苦痛に歪む。
「……もういい。帰る……」
「あっ、待って!」
静止も聞かず、逃げるように走り去るリコンスタ。メイケイエールも彼女を追って駆け出し、ミロワダーレが一人ぽつんとその場に残される形となった。
「――ああもう、言わんこっちゃねぇ……!」
周囲から好奇の視線を振りほどくかのように、彼女は激しく首を振る。反目し合う二人だけにしては何が起こるか分からない。強い疲労感を覚えつつ、ミロワダーレも遅れて二人の後を追った。
「――リコンスタさん! 待って……待ってください!」
逃げるリコンスタを追いかけて、校舎から一番離れている練習用コースに辿り着いた。この時間は誰も使っていないようで、点々に生える雑草がどことなく寂しい雰囲気を漂わせている。
「……なに……? ついてこないで……うざ……」
「どうしても、リコンスタさんにお伝えしたいことがあって……!」
恐らく、ここが正念場。きっとここで彼女を止めなければ、二度と振り返ってくれることはないだろう。確証はないが、メイケイエールは心の片隅で感じるものがあった。
「……へえ……言ってみてよ……」
一定の距離を保ちながら、リコンスタはメイケイエールを見定める。その眼差しは荒み、淀みきっていた。
「私、あなたと――本当にお友達になりたくて――」
――なんてツマラナイのだろう、このヒトも。とでも言いたげに侮蔑の目を向け、リコンスタは鼻で嘲笑った。
しかし。
「――とでも言うと思ってましたか?」
地の底から響いてきたかと思うほどの声。メイケイエールがこれまでにない低音で、怒りに満ち満ちた鋭い眼差しを投投げつける。耳は前から見えないほどに後ろへ引き絞り、完全なる臨戦態勢だった。
「……えっ……」
あまりの変貌具合に、後から駆けつけてきたミロワダーレも途中で脚を止める。
形勢逆転、蛇に睨まれた蛙のごとく。思いがけず受けた強烈な反撃。頰を平手打ちされたような感覚がリコンスタに襲いかかった。
お嬢様で、八方美人で、誰にでも笑顔を振りまく優等生。そんなイメージのメイケイエールだったが、今目の前にいるのは怒髪天を衝く勢いの彼女。
「驚いている、ということは本当に思ってたんですね。ひねくれ口のくせして……」
一歩前に出るメイケイエール。半歩後退りするリコンスタ。完全に気圧され逃げることすら叶わず、たちまちの内に肩を両手でがっしりと捕まえられてしまう。
「……やっ……!」
いくら身を捩っても、メイケイエールの手はびくとも動かない。眼前に迫る彼女の顔を直視することもできず、その顔は恐怖に引きつる。
「……環境に不慣れだということは分かります。色々と事情があるんだということも分かります。ですけど、誰も分かってくれないですって……?」
肩を掴まれたまま、リコンスタは前後に大きく揺さぶられる。痩せ気味の彼女ではいたって健康体のメイケイエールの力に抗いきれず、なすがままにぐわんぐわんと首が振り回されるばかり。
「歩み寄ろうともしないで! 文句ばっかり言って! ワガママばっかり……いいですか!? 自分自身のことを知ってもらおうと努力しない人のことなんか分かる訳もないし、分かりたくもありませんっ!!」
背後でなだめようとミロワダーレが控えていたが、それすらも躊躇させるほどの激昂だった。目は血走り、唾が飛沫のように。この灼熱に燃え盛る怒りはちょっとやそっとでは止められそうにない。
「だいたい何なんですか!? ルームメイトは理不尽で、トレーナーはお父様のことしかなくて、クラスメートはまったくの他人事で! 私を何だと思ってるんですか!? 言いなさい! 言ってみなさい!」
ひたすらに詰問するも、リコンスタは返事すらままならない。むしろ顔面蒼白で、意識がどこか遠くへ飛びそうだった。
「お、おい……もうそのへんで」
あまりの惨状を見かね、ミロワダーレが恐る恐る声をかけた。
「あなたはお黙り!!」
「えっ、いや……ハイ……」
しかしとてつもない剣幕に弾き返される。テレビか漫画の中でしか聞かないような物言いで、意表を突かれてどう反応すれば良いのかも分からなかった。
「それに……ワガママが言えることが……! どんなに自由なのかも分からずに……! 私だって、私だって! 私ワガママ言ってみたいんですから!! どうしてみんな……!」
メイケイエールの声が涙に震え、わずかに上ずる。
「――な、もういいだろ……」
瞳を潤ませてなお追及の手は止めず、しかし相手は生気もなく揺さぶられるがまま。収集が付かなくなる前に、ミロワダーレがメイケイエールの腕をそっと掴む。
「あなたは黙っていてくださいと――!」
「まあその、色々溜まってるモンがあるとは思うけどさ……ホラ。コイツもそれどころじゃなさそうだし」
「……え?」
ふと正気に返るメイケイエール。目の前にいるのは、激しくシェイクされ、糸が切れた操り人形のごとくだらりと項垂れたリコンスタ。顔は青白いを通り越して真っ白で、視線は定まらずにうわ言を呟くのみ。
「ご、ごめんなさいっ!」
抜け殻状態の彼女に驚き、思わず肩を掴んでいた手を離す。無慈悲な暴力からようやくの解放だったが、まともに力が入らずに膝から崩れ落ちてしまった。
「おい、大丈夫かよ――」
――ぐうぅぅぅ……。
慌ててミロワダーレが肩を貸そうと駆け寄ったが、それを制止するかのような
「……おなか……すいた……」
自らの腹を抱えてうずくまるリコンスタ。彼女の切実な腹の虫の声に、メイケイエールとミロワダーレは互いの顔を見合わせるのだった。
近くのベンチにリコンスタを座らせ、ミロワダーレはそのまま売店に走っていった。か細い彼女の手を傍らで握りながら、メイケイエールは後悔の念に襲われていた。感情が爆発するに任せ、なんと酷いことをしてしまったのかと――。
「――おーい! とりあえず買ってきたぞ!」
ミロワダーレが買ってきたのはお握りとペットボトルのお茶。本人のリクエストでツナマヨのおにぎり一つ。
「……ありがとう……おかねは……」
「別に構わねえよ。いいから食えって」
「……うん……」
手渡された売店のビニール袋からツナマヨのお握りを取り出し、丁寧に包みを開けてゆく。海苔と米が分離している厄介なタイプではあったが、リコンスタは海苔を破くことも欠けさすこともなく器用に巻いてのけた。
綺麗な三角形のお握りを両手でちんまく持ち、しげしげと眺めて小さく呟いた。
「……おとといぶりの……ごはんだぁ……」
「えっ、昨日何も食べてないんですか!?」
「……どうして右によれてくのとか……まっすぐ走りなさいとか……そんなのばっかり言われて……何も食べれなくなって……」
考えていたよりも、彼女の置かれている状況は過酷だったようだ。これ以上は聞くまいと、メイケイエールとミロワダーレは耳と尻尾が垂れ下がる思いになる。
「……いただきます……」
ぱくりと、ほんの一口。ゆっくり噛み締め、一粒一粒の甘みを確かめるかのように。両手で大切そうに持ち小さく食べ進めていく様は正に。
(リスみたい……)(リスみてぇ……)
小動物味溢れる食べ方に、今までギスギスしていた空気が嘘のように霧散している。誰しも、好き好んであのような態度になるはずがない。何か理由があってからこそだと、お握りに夢中になっているリコンスタを目の当たりにしてメイケイエールは実感した。
「……ごちそうさま……でした……」
食べ終わると、一つだけとはいえ彼女はは満ち足りて穏やかな顔つきとなった。少し前までの、険のある目つきだった人物と同一とは思えないほどに。
「そういえばトレーニング――サボっちゃいましたね。教官には私から謝っておきますので……」
「待った」
ベンチから立ち上がろうとしたメイケイエールの前を塞ぐように、ミロワダーレが前に立つ。
「その、なんだ――ごめんなさい」
若干の躊躇いを見せつつも、彼女は深々と頭を下げる。ベンチに座る二人は目を丸くしてそれを見るばかりだった。
「あの、何であなたが謝るんですか……?」
「今回さ、オレにも原因があるよなって思って。ほら、オマエに色々と――」
思いのままにすっかり吐き出したので忘れていた。彼女のお陰で、寮の部屋では随分と窮屈な思いを強いられていたことを。
ただ、不思議と怒りの感情は湧かなかった。
「……前のルームメイト……いじめて追い出したって……ホント……?」
「えっあっ」
ここで直球のリコンスタ。この場で聞くのはまずかろうと、あえて不問にしていたメイケイエールは大いに動揺する。
「まぁ……本当だな、半分」
「半分ってどういう――」
ミロワダーレがベンチに座る仕草を見せ、二人して端に寄りスペースを作る。スカートの後ろの裾を抑えつつ、背中を向けるように横向きに腰掛けた。
「多分、オレのせいで退学したっていうのはそうだし、いじめて……っつーのも間違ってないかもな」
彼女は脚を肩幅まで開き、肘を突きながら上体を傾ける。メイケイエールには背中しか見えなかったが、それが好ましい思い出ではないのがありありと見て取れた。
「まーなんて言うか、バカみたいな話だけどさ――前のルームメイト、同じクラスで仲良くやってたんだよ――」
そうして、ミロワダーレは自身が秘めたる記憶を
ひび割れのギルデッドミラー
『そっか、ミロワダーレちゃんっていうんだ! じゃあ、ミロちゃんでいい?』
『いいよ! じゃあアナタはなんて呼べば?』
『えっと、私はね――』
昨年の春。念願のトレセン学園に入学したミロワダーレはこれからの学生生活に心ときめかせていた。濡羽色のような、艷やかな黒鹿毛の三つ編みをお下げにしたルームメイトの娘も同じクラス。それを知るやいなや、たちどころに意気投合し互いをあだ名で呼びあうほどに打ち解けた。
『ミロちゃん、授業どうだった?』
『う〜ん、脚質とかルールとか、色々難しいなぁ……』
『分かんなかったらわたしが教えてあげるね! 私、たっくさーん勉強してきたんだから!』
『ホント!? 凄いなぁ。オレ勉強苦手で――』
彼女は、地元での徒競走ではトップの成績だったらしい。そしてゆくゆくはGⅠウマ娘という期待を背負い、本人もその気で中央のトレセン学園を受験したのだった。
――しかし、現実はそう優しいものではないと気づくのに時間は要さなかった。
『――また、基準タイム届かなかった……』
『オレもやっとだったよ。他の人がさ、凄いだけだから』
『……それでも良いじゃん。私、ビリだったんだよ……? 地元だと一番だったのに……』
『他の皆も自主トレしてるみたいだし、明日からオレ達も頑張ろうよ。一緒にやればきっと大丈夫だよ!』
『うん……』
やがて始まった合同トレーニング。そこで実力のある者とない者、才能がある者とない者が明確に。避けようもない非情な現実を突き付けられようとしていた。
ミロワダーレとルームメイトは共に奮闘した。座学はその日の内に予習と復習。トレーニングに際してはできる限り居残りして人一倍の練習を欠かさなかった。
『……ぜんぜん変わらない……ミロちゃんは良くなってるのに……』
『ほ、ほら。成長は人それぞれだって教官も言ってたし。きっと後からぎゅーんって伸びるタイプなんだよ! だから大丈夫!』
『でも、ずっとビリなんだよ……? 勉強も、この前の小テスト駄目で補習だし……』
『う……』
持つ者と持たざる者。その差が、二人の絆を徐々に引き離していく。
トップクラスとまではいかなくとも、着実に実力を着けているミロワダーレ。方や、無理なトレーニングで負荷をかけすぎてしまい、座学にも支障が生じているルームメイト。疲れで日中うたた寝することが増え、講師から注意を受けてさえいたのだ。
そして冬――。
とびきり冷え込んだ日のことだった。
『――もういやっ! もう走りたくないっ!』
『きょ、今日はたまたまだって。走ってて疲れてたから皆ピリピリしてただけだよ』
合同トレーニングでのトラック走。必死に走っていたルームメイトだったが、トップクラスのウマ娘から周回遅れを食らうという憂き目に遭った。
しかもそれだけではなく、追い抜き際に吐き捨てるように呟かれた。
――邪魔。歩いてんの?
――ちんたら走ってないでさっさとどいてよ。
悪意に塗れたその呟き。ルームメイトの心を打ち壊すには余りあるほどだった。
『知ってるんだから! みんな陰で私のことノロマだとか出来損ないだって言ってるの! どれだけ頑張っても――意味ないじゃない!』
『まだ、まだ大丈夫だよ。オレ達トレセン学園に入学したばっかりじゃない。高等部に上がってからトレーナーと契約できた先輩だって――』
それは事実。中等部で早々に契約を結んだ者がいれば、花開いたのが高等部になってからの者もいる。レースの負荷に耐えうる身体ができるまで――本格化を迎えるまで――には個々人で相当の差がある。
きっとそうだ、焦ることはないと。慰めようとミロワダーレはルームメイトに手を差し伸べようとした。
『――触らないでっ!』
その手を、ルームメイトは打ち払う。
憎悪、
ありとあらゆる負の感情を瞳に灯らせ、ミロワダーレの心を穿つ。
『アンタだって私のことバカにしてたんでしょ!? 一番近くで! 何度やってもできない私をっ!!』
『違う、違うよ……』
ミロワダーレの目の前にいたのは、あの時仲良くなったルームメイトではなかった。怒りと憎しみで髪を振り乱し半狂乱と化した別人がいるばかり。
あまりの変貌ぶりに圧倒され、ただ横に首を振ることしかできなかった。
『嘘だ嘘だっ! 他の皆と一緒に笑ってたんでしょ!? ねぇ楽しかった!? 楽しかったでしょ!? ねぇ!?』
ミロワダーレは何も答えられなかった。一言も発することができなかったのだ。
そして、ルームメイトは大声で泣きじゃくり始める。
『もういやっ! 家に帰りたいっ! お父さんとお母さんに会いたい……会いたいよぅ!!』
大粒の涙を流し、
「――そのルームメイトの方は、どうなったんですか……?」
「少ししたら両親が来て、退学してったよ……どうにかして謝ろうとしたけどさ。でも……一言も話せなかった」
大きく、自らの思いを吐き出すかの如くミロワダーレは息をついた。
「だからさ。変に関わるより少し突っぱねた方が、お互いの為になるんじゃないかって思ってさ……まあ、それも上手くいかなかったけど」
彼女は振り返り、意外なほどに明るく笑ってみせた。しかしそれはどこか哀しく、寂しい色に染まっていた。
「今頃、何してんのかな……元気にやってっかな……」
彼女の声には、後悔と
三人の間に流れる沈黙。乱暴な言葉遣いに粗野な印象があったミロワダーレ。その背後に隠されていた悲しい過去が垣間見えて困惑するしかなかった。
「……皆さん、色々あるんですね……」
やがて絞り出すメイケイエール。
「ハハッ。オレ達が色々ありすぎるだけかもな」
「……かもね……」
それぞれ、大なり小なり胸に秘めたる物があり、それを表に出さないように生きている。自分だけではないのだと、ほっとする反面、恥じ入る気持ちも生じていた。
その中で、メイケイエールがすっくと立ち上がる。
「先輩のお心遣いはとても嬉しいです。ですが――」
そしてゆっくりと振り返る。その瞳には光が強く燃えていた。
「私……走るのは自信があるので心配ご無用です。どうでしょう? 競走、してみませんか?」
視線の先にはミロワダーレ。彼女への挑戦状だった。
「オレと……?」
「はい。私が勝ったら――何でも一つだけ、言うことを聞いてもらいますよ」
呆気に取られていたミロワダーレだったが、やがて歯を見せて笑ってみせる。
「――おもしれぇな。受けてやろうじゃねえか。オレが勝ったらオマエが何でもやるんだぞ?」
「ええ、どうぞ?」
首を竦めながら、リコンスタは急激に動く事の成り行きを見守るしなかった。
青春リフレイム
全周二千メートルの練習用コース。ゴール代わりのポールが立つ反対側の向こう正面に、メイケイエールとミロワダーレがスタンバイしていた。
「良いですか? 距離は千メートルで一本勝負です」
「もちろん。オマエの方こそ走り切れるのかよ?」
「試してみますか?」
ゴールの裁定のため、リコンスタはポールの後ろに座って待機。正真正銘、一騎打ちの勝負だった。
「では、いきます。よーい……」
前傾姿勢でスタートの態勢を取る。
「……スタート!」
合図を皮切りに飛び出す両名。
「上級生の力を見せてやんよ! 付いてきな新入生っ!」
まず先頭に立つは、猛烈な勢いでスタートを決めたミロワダーレ。芝のコースを威勢よく、一年間の積み重ねの差をこれでもかと見せつけた。メイケイエールは少し遅れて背中を追いかける。
そしてそのままコーナーへ。
ミロワダーレの後ろにつけていたメイケイエールだったが、じわじわと外へ広がり始めた。ウマ娘の全力疾走の平均速度はおよそ時速六十キロから七十キロ。速度を維持したまま、アールのきついコーナーに突入するとどうなるか。
(……くっ、外に……!)
とても強力な遠心力がかかり、メイケイエールはコーナーの外へ外へとズレてゆく。それによりミロワダーレとの差も広がる一方だった。
コーナリング技術――トレセン学園で学ぶ技術としては最重要のうちの一つ。いかに速度を殺さずにコーナーを曲がり、効率的な位置取りが行えるか。遠心力に負けず、位置取りを変えずにいかに加速するか。この技術の習得度合いによってレースの勝敗を二分すると言っても過言ではない。
ミロワダーレも完全ではないが、少なくともメイケイエールよりコーナリングはスムーズだった。
一年の差。たった一年、されど一年。この違いは決定的だった。
コーナーを曲がり終える頃には、ミロワダーレとメイケイエールの差は三バ身までに広がっていた。そして、非情にもラストスパートを始めるミロワダーレ。勝敗はもはや決したように見えた。
「はっ!! 相手が悪かったな――」
ミロワダーレは勝利を確信し、後ろを振り返る。歯を食い縛って悔しそうな表情を露わにした、小生意気な後輩がいることを期待して。
(――いねぇ!?)
しかし、後ろには誰もいなかった。
大差がつくような距離ではない。ならば、誰もいないのは何故か――。
一瞬の間に、様々な考えがミロワダーレの頭をよぎる。しかしその最中、内側寄りの空いたコースを一陣の風が通り抜けていった。
「たあぁぁぁぁぁっ!」
――メイケイエール。
コーナリング技術は劣るものの、そのスピードは。
(――はっやっ!? コイツ――!)
ミロワダーレを悠々と凌駕していた。広い歩幅で軽やかに、飛ぶように。走る姿は流麗の一言で、ゴールで待っていたリコンスタもメイケイエールに釘付けとなった。
「……きれい……」
――走るのには自信があるんです。
その言葉に偽りはなかった。
荒削りながらも、一年間の上積みがあるミロワダーレを簡単に追い抜かすほどのスピード。メイケイエールはぐんぐん加速し続けてゴールを駆け抜けた。
ミロワダーレの完敗だった。遠ざかってゆく背中に悔しい思いが湧きつつ、しかし心の片隅にはどこか安堵した気持ちもあった。
「リコンスタさん! 私の勝ち、しっかり見ててくれましたよね?」
「……見たよ……ばっちり……」
ゴールした後、上る息を整えながら自らの勝利を確認するメイケイエール。額に浮かんだ汗をトレーニングウエアの袖で拭い、満足そうに微笑んだ。
「先輩、約束ですよ! 何でも一つだけ!」
「分かってるよ……言えよ、何でも」
大手を振って約束した手前、渋々ながら了承するミロワダーレ。そして、ゴールのポール際にちょこんと座ったままのリコンスタ。
メイケイエールは二人を交互に見やる。
「では……」
そして、ぱんと両手を合わせて自身の右頬に添えた。
「私達、お友達になりませんか?」
それはもう満面の笑みで。
「……は?」
「何といいますか、色々あるもの同士ということで。どうでしょうか?」
「別に構わねえけど……いや、別に、まぁ……」
仕方なく承諾した、という態度を装っているミロワダーレ。だが、裏腹に耳と尻尾は嬉しさと気恥ずかしさでぴょこぴょこ動いていた。
「……わたしも……?」
「もちろんです、私達三人で!」
「……おおぉ〜……!」
恐る恐るなリコンスタも、憑き物が取れたかのように目をまん丸に輝かせた。これが本来の彼女の顔なのだろう。紆余曲折はあったものの、ようやく取り戻すことができたのだ。
「でしたら、お友達になったついでと言ってはなんですが」
メイケイエールは笑顔のまま続ける。
「三人一緒に、教官に謝りに行きましょう? トレーニングをサボってしまってますから」
「――願いごとは一つだけだってホラ、言ったしよ……ノーカンノーカン」
「……
「行きましょうねっ?」
ほんのちょっとばかり黒くなった笑顔は頑として譲らなかった。
翌日、合同トレーニングに戻らなかったメイケイエールはクラスの話題となっていた。
「……ねえねえ、昨日はどうしたの? 何かあったの?」
「心配したよ、急に走って行っちゃったんだもん。教官さんも凄く心配してたよ」
午前の一般教科の終わり、最近仲良くなった黒鹿毛のショートカットと鹿毛のお下げのクラスメート。この二人が我先にと声をかけてきた。
その後、担当教官の元へ三人で謝罪に出向いたのだ。多少のお小言は食らってしまったものの、大きな罰則もなく厳重注意に留まった。
「心配かけて申し訳ありません。でももうこれで――大丈夫ですから」
一体何があったのか、それは三人のみが知るところ。
互いに明かした悩みや秘密、悲しみや苦しみをぐるっと纏めて秘密の小箱へ。他の誰も決して知らないその小箱を、三つに分けてそれぞれの胸の内にしまい込んだ。
――キーンコーンカーンコーン……。
昼休みのチャイムが鳴り、メイケイエールは手早く教科書を片付けた。それが済むのとほぼ同じくして、教室の外から呼ぶ声二つ。
「お〜いエール! 昼飯食いに行こうぜ!」
「……一緒に食べよう……お腹すいたぁ……」
ミロワダーレとリコンスタ。この二人がわざわざ迎えに来てくれたのだった。
「あれっ、あの二人って……」
「ええ、私のお友達ですよ――待っててください! 今行きますから!」
パタパタと二人の元へ急ぐメイケイエール。最初からこうであったかと錯覚する変わりぶりで、刺々しかった雰囲気が嘘のよう。
合流すると、三人して明るく笑いながら食堂へ向かっていった。
「およ、いつの間に……」
「いいなー。なんか楽しそう」
そんな彼女達を、クラスメートの二人は目をパチクリしつつも、手を振って見送るのだった。
――そして。
気がつくとミロワダーレの噂やリコンスタの悪評はすっかり消え去っていた。メイケイエールへ向けられるトレーナーの視線はまだ残っていたものの、強力な友人が常に睨みを効かせてくれた。迂闊に近づけば痛い目に遭うと、無闇なコンタクトは激減することに。
こうして、メイケイエールはようやく、心から学園生活を楽しむことができるようになったのだった。
次話はパラダイスステークスと夏合宿前の小話。
メインはどちらかというとメイケイエールではなく友人二人。なお、新キャラ登場予定です。