Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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パラダイスステークスから夏合宿直前まで。

今回はあえて主人公であるメイケイエールの出番はほぼ無くしてみました。メインで書こうとしていたのがパラダイスステークスと、新キャラ登場だったので。
という訳で、モチーフであるギルデッドミラーを出すにあたっては欠かせないモノ。新キャラはレモンポップがモチーフです。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


The 12th Yells 一進のエール

地点Sから地点Gにおける点Rが通る最適な経路を求めよ

 ウマ娘のレースでもっとも注目されるのは、言うまでもなくGⅠレースだろう。ウマ娘ならば誰もが憧れる頂の地。そこに立つ者は超一級の実力の持ち主であり、周囲の羨望を一身に浴びることとなる。

 そして注目度はGⅠには劣るが、晴れ舞台を目指して鎬を削るGⅡ、GⅢ。次代の新星が集うメイクデビュー戦、緒戦での勝利が叶わずリベンジに燃える未勝利戦。どのレースにおいても、様々な想いが複雑に絡み合っているのだ。

 

『東京レース場、第十一レース――オープンクラス、パラダイスステークス出走者のパドックを開始いたします。一番――』

 

 無事デビューを迎えた娘は一律オープンクラスに昇格し、ここからGⅠ等の重賞レースが狙えるようになる。

 昔は一勝クラス、二勝クラスと細かく分類がされていた。それではクラス毎の管理が煩雑になるのと、一般層へのウマ娘レースの浸透を目的に簡素化し、オープンクラスとして一纏めになった経緯がある。

 将来のための実績作り、長期休養からの復帰、本命レースを見据えての調整。重賞レースほどではないにしても、オープンのレースも熱気渦巻く鉄火場に違いないのだ。

「リコちゃ〜ん! 今日も絶好調だったわねぇ〜!」

「……ま〜た〜ね〜て〜た〜……」

 そうして東京レース場の控室。いくらかふっくらとした中年の女性トレーナーから、入念に肩のマッサージを受けるは芦毛のサイドテールのウマ娘――リコンスタ。

 パドックで寝るという独特なクセを持つ彼女。今日は寝ながら歩くという妙技を披露し、色々な意味でパドックの話題をかっさらっていったのだ。

「いいわいいわ、いつも通りの証拠よ! ばっちりってこと!」

 そんな一癖も二癖もあるリコンスタを担当する白石トレーナー。気の良いおばちゃんという感じで、襟のトレーナーバッジがなければ保険の営業に(いそ)しんでいそうな雰囲気を醸し出している。

 しかしながら彼女もトレーナーの端くれ。河削よりリコンスタについて推薦を受け、右にヨレるという欠点を承知の上で快諾したのだ。

「京王杯で良い感じにスタートできたから今回も同じでいきましょうねっ」

「……あ〜い……」

 グリグリとマッサージを受けながら、とても間延びした返事をする。元々アメリカからの帰国子女であり、環境の変化と自身の身体的特徴もあって入学当初は荒れに荒れきっていた。

 昔の彼女を知る者にとって、今のぽやぽやした姿は正に驚嘆の一言に尽きるだろう。それはメイケイエールを始め友人達の尽力の賜物(たまもの)なのであるが。

「そろそろ本バ場入りかしら――お友達もレース見に来てくれてるから、良いところ見せなきゃ」

「……おっけー……頑張る……」

 ゆるりとリコンスタは立ち上がる。その瞳には気合いが満ち満ちて――いる訳ではなかったが、少なくともやる気があるのは確か。

 尻尾を上向きで左右に振るのは上機嫌の証。

「……あいむお〜ふ(いってきます)……」

「行ってらっしゃい! 私もスタンド前に行ってるわね!」

 白石トレーナーに見送られながら、意気揚々と控室を後にする。

 本バ場へ伸びる地下バ道。蹄鉄を打ちつけたシューズの足音は三方コンクリートの地下通路ではよく響いた。

「お先〜!」

 同じレースを走る娘がリコンスタの脇を足早に駆け抜けていく。足音も千差万別。焦って心乱れた足音、気弱に慎重さを残す足音。

 しかし彼女は――せかせかでもなく、おどおどでもなく。イライラでもなく、ビクビクでもなく、強いて言うのなら――てろてろ。周りに左右されることなく、てろてろと自分のペースで歩みを進める。柔よく剛を制してなお余りあり。

 実力以上に人を惹きつけてやまない魅力がある不思議なウマ娘、それがリコンスタなのだった。

 

 六月後半、梅雨空の合間を縫って太陽が顔を出していた。この時期特有の、足元から立ち昇る熱気と身体に纏わりつく湿気。梅雨が明けるのはもう少し先になりそうだった。

「……眩し……」

 手をかざし、細めた目で空を見上げる。二、三日前まで降り続いていた雨は止み、今日はそこそこのレース日和。コースの芝の状態は良好の発表だった。

 既に先行した何人かはコースの感触を確かめるべく、スタンド前の直線で試走を始めていた。しかしリコンスタにはルーティンがある。

 そのままコースの一番外側、観客席寄りのラインをゆったりと走り始めた。

「……ど〜も、ど〜も……」

 そして観客へ会釈をしながら。まるでファンサービスのようなルーティンだが、これを目当てにリコンスタが出るレースにファンも少なからず存在する。

 今回はオープンレースなので人入りはそこそこ。だからこそ一人一人の声が通る。

「リ〜コ〜!」

「リコ〜! しっかりな〜!」

 メイケイエールとミロワダーレの二人。リコンスタの奮戦する姿を応援すべく駆けつけてくれた。

 フェンスの向こうの二人に手を振る。弾ける笑顔で手を振り返すメイケイエールに、サムズアップをするミロワダーレ。

 この二人の期待には応えねばと、気持ち新たに口元を引き締める。傍目には変わらず抜けているように見えるが、本人的にはかなり力を込めていた。

「リ〜コちゃ〜ん! こっちこっち〜!」

 そしてもう一人、白石トレーナー。手招きされるがままに彼女の下へと歩いてゆく。

「ちょっとね、今日のレースに出てた()の担当に聞いてみたんだけどね……コースの内側、結構ぐちゃぐちゃみたいよ?」

「……ほほう……」

 にやりとほくそ笑む白石トレーナー。芝のコンディションは良好であるが、長雨で緩くなった地面を蹄鉄付きのシューズで走ればどうなるか。

 レースの度に爪先を芝生に突き刺しては掘り返してゆく。そうして繰り返されると、瞬く間に軟弱なコースの出来上がり。適度なクッション性が失われ、走るのに余計にパワーが必要となる。

「……じゃあ、外なら……」

「そういうこと。きっとみんな、スパートの時は外に出てくるはずよ。そうなればリコちゃんとのコース取りの差は少なくなるわ」

 声を潜めて話し合う。作戦と言えるほどの作戦ではないが、この様に会話すると重要な内容のように錯覚してしまう。

 どの道、リコンスタはいつも通り走るだけなのだが。白石トレーナーとささやかなる秘密会議を終え、彼女は出走ゲートへと向かっていった。

 

オペレーション:パラダイス

『さあレース開催最終週を迎えました東京レース場、第十一レース、パラダイスステークス! 芝千四百メートル、十六名の出走です』

 

 ゲート入りの時間となり、早々に収まるリコンスタ。六枠十一番。外目の枠ではあるが、先行策を取る娘にはさしたる問題ではない。

 周囲ではまだ慌ただしく準備が続いている。前後に開閉式の扉、左右は網目の高い衝立。ヒト一人分の小さなスペースの中で、リコンスタは静かに目を瞑って両耳を右側に向けた。

 そして深呼吸と共にーー彼女は音を視る。

 

 ーーすぅ……。

 

『十六番の方ー! ゲートどうぞ!』

『は、はいっ! 今行きます!』

『後ろ閉めます、尻尾気を付けてーー頑張ってください!』

『……ありがとうございます! 頑張ります!』

 

 ーーふぅ……。

 

 真っ暗なスクリーンの下、耳から飛び込んできた音が白線となり、やがて形を成してゆく。

 誘導係に促され、ゲートに収まるウマ娘。係員の激励に、その声に一段と力が宿る。

 更に耳は左側へ。

 

 ーーすぅ……。

 

『……ようやく未勝利抜けれたんだ……トレーナーさんのためにも……!』

『脚は大丈夫、久々のレース……まだ、私は走れる!』

『えっと、東京レース場はラストの直線が長くて登り坂があるから、登ってから勝負……』

 

 ーーふぅ……。

 

 レースに臨む様々な想い。色とりどりの輪郭が脳裏に浮かぶ。それらは等間隔で綺麗に並び、ゲートが開け放たれるのを今か今かと待ちわびる。

 尚も耳は遠くへ。

 

 ーーすぅ……。

 

『スタートまで後何分?』

『残り三分! ゲート入りは後二人で完了です!』

『予定通りか……最終チェック忘れずに! あの娘達に何かあっちゃいけないぞ!』

『了解です!』

 

 ーーふぅ……。

 

 最後の最後まで確認を怠らない係員。決して表舞台に立つことはないが、ウマ娘のレースは彼らによってこそ成り立つ。

 ありとあらゆる努力と情熱の結実。それがレースの一つ一つに詰まっている。

 

 ーーす。

 

 鉄の交わり、空気の揺らぎ。

 透明な波紋がリコンスタの頬をかすかに撫でてゆく。吸う息を止め、おもむろに瞼を開ける。

 同時に明るく放たれる視界。それを認識するよりも前に、リコンスタはゲートから飛び出していった。

 

『各ウマ娘、一斉にスタート! 横並びの展開ですがさあ先頭争いはーー内から八番プロミス、そして外から十一番リコンスタ!』

 

 びゅうと風を切りながら、どどぅと脚でターフを打ち鳴らす。先頭を窺う二、三番手という良い位置につけ、わずかに抑えながら走る。

 リコンスタは意外にもスタート巧者である。ゲートが開いた瞬間、滑らかに飛び出して先頭集団に躍り出る。それは、ゲートに苦手意識のあるメイケイエールがアドバイスを請うほど。

『……スタートはね、ゲートが開く瞬間……ちょっとだけ空気が揺れるの……それを触角で察知して……』

『えぇと……触角ってなんです?』

『……あとは、すぅ、のす、で止めるとゲートが開くから……スタートするだけ……簡単でしょ……?』

『あの……すぅ、のす、って一体……?』

 どうやらリコンスタの理論はメイケイエールには難しかったらしい。一度聞いたきりでそれ以降聞いてくることはなかった。

 

『さあコーナーに差し掛かります! 先頭変わらずプロミス、それを追って同じくリコンスタ』

 

 コーナーを曲がるために内側に寄ると、確かに地面が荒れている。爪先が沈み込むような感覚。コーナーの途中ならまだ良いとして、スパートでは間違いなく悪影響となるだろう。

(コーナーは内側……スパートはいつも通り……)

 体ごと傾けて重心を大きく左に。

 リコンスタは生まれつき脚の骨格の関係で、全力疾走すると右へとヨレる癖がある。かなりの力業ではあるものの、こうすることで癖を相殺しながらコーナーを通過できる。試行錯誤の末導き出した結論だった。

 先頭を走る娘を左手前方に臨む。芦毛のサイドテールと尻尾をたなびかせながら。

 

『さあコーナー回って最後の直線! 各ウマ娘大きく横に広がった!』

 

 東京レース場が誇る二つの観客スタンド、メモリアルスタンドにフジビュースタンドが右手にそびえる。今日は大きいGⅠレースは予定されていないため観客の入りはそこそこだった。

(……いつか、きっと……)

 一面の観客で埋め尽くされる大レース。ウマ娘ならば誰もが一度は味わいたい絶景を。空が割れんばかりにあがる歓声を。リコンスタは強く思い焦がれる。

 そのためにはまず一戦。友、メイケイエールのように派手に重賞レースを勝つことは難しい。しかし一つ一つ、地道でも実績を積み重ねていけば。

 息はまだ上がっていない。脚も問題ない。後方に控えていた娘達の足音が左右から迫ってくる。

 見えた。蹄鉄の形をしたゴール板。坂の上にぽつんと佇み勝者の到着を待っている。

「……たりほ〜(とらえた)……!」

 勝負時。大きく息を吸い、脚に力を込める。鋭い加速で前を走っていた娘を速やかに追い越した。

 

『リコンスタがプロミスをかわして先頭へ! そのまま逃げ切るか!』

 

 走る。

  走る。

   走る。

 

    右へ。

       右へ。

            右へ。

 

 単純に、右へ斜行すればするほど走行距離が長くなり不利となる。

 しかし今日は例外だった。荒れた内側を皆が避け、コースの中程から外へと広く展開している。一人離れてスパートするのが常だったリコンスタが、今回は皆を引っ張るように先頭をひた走る。

 

『後ろから三番ムーンブライトが迫る! 先頭リコンスタ凌ぎきれるか!』

 

 後続の娘達が猛追するなか、リコンスタはなおも譲らない。

「……絶対に……!」

 歯を食いしばり、走る一歩一歩にありったけの心血を。背後から迫りくる荒い息遣い、怒涛の足音。

 しかしその波に飲み込まれる前にゴール板を駆け抜ける。

 

『先頭はリコンスタ! リコンスタ一着でゴールイン! 得意の府中で見事久々の勝利を掴み取りました!』

 

 確定の赤い字が灯る着順掲示板。リコンスタは息が上がった胸に手を置きながら、一位に燦然と輝く自分の番号をじっと菫色の瞳に焼き付ける。

 

【挿絵表示】

 

 ーーようやく、待ち望んでいたーー。

 ふと、彼女は気がついてスタンドの方へ顔を向けた。破顔一笑しながら拍手をする白石トレーナー、腕をまっすぐ伸ばして大きく手を振るメイケイエール、両手をメガホンに全力の賛辞を贈るミロワダーレ。

 大切な人達の姿を認め、胸に当てていた手をしっかり握り締める。そして天高く突き上げてにっこりと笑うのだった。

 

Citrus‘s invitation

 梅雨もいよいよ終りを迎えつつある六月末。トレセン学園のトレーニング用コースにて、トレーニングウエアを着た筋肉質の青年が立っていた。

 片手にストップウォッチ、もう片方にはトレーナー専用端末。スポーツマンらしく短く切り揃えた髪に、その視線はコーナーの向こうへ。

 ーー自らが担当するウマ娘の走る一挙手一投足を注視する。彼、日村はミロワダーレの担当トレーナーだった。

 

 やがてミロワダーレはコーナーを抜けると、得意の末脚を発揮して火がついたような加速を見せた。その勢いのままに日村の眼前を疾駆する。

「ーーどうよトレーナー! 今回は良いタイムだろ!?」

 小走りで戻るなり、得意になりながら尋ねるミロワダーレ。会心の一本だと言わんばかりに耳をピンと高く立てていた。

「いや……」

 しかし日村は表情を崩すことなく、ストップウォッチのタイム表示をミロワダーレに向けた。

「さっきよりも落ちてる」

 途端に垂れ下がる彼女の耳。前に走った時よりもコンマ五秒は落ちていた。

「マジでか……今度こそ自信あったってのに……!」

 悔しそうに歯噛みしながら視線を落とす。京王杯が終わってからというもの、完全にスランプ状態に陥っていた。トレーニングの結果ですら芳しくなく、全力を費やしているのにも関わらず、である。

 これではレースに出たとしても、結果は火を見るよりも明らか。

「……ミロワ。そろそろダートを試してみないか?」

 日村は口数が少なく、寡黙な人物である。とやかくうるさく言われることがないのは都合が良いが、その分一言一言の重みが違う。

 それも含め、ミロワダーレは彼に信を置いているのであるが。

「ダートねぇーー」

 だからこそ、ダート転向という言葉も口から出任せではないのだろうと直感する。現状維持では結果が出せないだろうこともまた事実。

 その場で即答できず、白いメッシュが入ったミロワダーレの前髪が一房、思考の波間に漂う。

「急に答えを出さなくても大丈夫。まずは夏合宿で一段レベルアップを図ろう」

「……おう」

「では今日のトレーニングはここまで。後はゆっくり休むように」

 日村は言葉も短く帰り支度を始める。

「え!? 俺まだイケるって!」

 余力のあるミロワダーレはすかさず抗議をする。しかし日村は静かに首を横に振るのみで取りつく島もない。

「目的もなく、闇雲に走ったところで効果はないよ。それにーー友達が来ているよ」

 その言葉に、日村の視線の向こうを追いかける。同じくトレーニング終りらしく、緋色のトレーニングウエアに身を包んだリコンスタが小さく手を振っている。

「リコ……」

「待たせてはいけない。だから今日はもうおしまい」

 渋々ながらも納得するしかなかった。口では平然としていたものの、走ったところで何かが変わるわけではないということを薄々自覚していた。

 それを知ってか知らずか、リコンスタは実に良いタイミングで来てくれたのだった。

 

 トレーニングを早めに切り上げ、ミロワダーレとリコンスタは二人揃ってベンチに腰かける。

「……これ、どうぞ……」

「ん? ああ、サンキュ」

 ベンチに着くなりリコンスタはレモンスカッシュのペットボトルを手渡す。

 ぷしゅっと炭酸が小気味よく奏でる。その音の余韻に浸る間もなく、ミロワダーレは喉に流し込んだ。弾ける泡が喉を綺麗に洗い流し、次いで酸味と甘味がゆっくり優しく全身に行き渡る。

「ーーぷはっ! トレーニング終わりにこういうのほんっとうに美味いな」

 やり場のない気持ちが炭酸の泡と共に弾けていく。問題自体が消えた訳ではないものの、少なくともこれで引きずらないで済む。

「……よかった……」

「にしてもどうしたんだ? オレに用事なんて珍しいな」

「……用事というか……」

 おもむろにリコンスタはミロワダーレに向き直った。ペットボトルを傾ける手を止め、じっと見つめてくる視線を真正面から受け止める。

「……調子、よくないでしょ……」

 懐がちくりと痛んで目を逸らした。パドックで寝てしまうなど相当なのんびり屋ではあるが、こういったことになると実に聡くなる。

「まぁ、ちょっとな……走りゃ良くなるかもと思ってたけど、全然でさ。走っても走っても、脚が重くなってくだけというか……」

 言い当てられたからといっても取り繕わない。ミロワダーレは包み隠さず打ち明ける。

「今となってはだけど、あの時の気持ちも分かるというかさ。エールは重賞いくつも勝ってるし、リコもこの前勝ったし。勝ててないのはオレだけで……ああこんな感じだったんだなって」

「……前のルームメイトの人だね……」

 ミロワダーレにとって、メイケイエールは二人目のルームメイトだった。一人目のルームメイトとは入学早々に打ち解けたものの、彼女は周囲のレベルの高さに挫折してしまった。そして一年もせずに学園から身を引くことに。

「自分がどれだけ努力してても、周りは同じかそれ以上努力してるってことだろ? それで結果も出せないんならまあまあシンドいよな」

 嫉妬というほどではないが、それでも一人取り残されている感は否めない。遅れを取り戻そうと躍起になっても、むしろ結果は後戻り。

 近いうちに追いつけないくらいに離されてしまうかもしれない。そういった恐怖感が、知らず知らずのうちにミロワダーレを支配しつつあった。

「……う〜ん……ならーー」

 リコンスタが何か発しようとしたその時だった。

 

「リ〜コ〜ぴ〜ん! みーつけたっ!」

 高く通る声。ドタドタと足音けたたましく、一人のウマ娘が駆け寄ってきた。

 頭の後ろでシニヨンにまとめた、明るいオレンジ色の栗毛。人懐こそうな檸檬色の大きい瞳は幾らばかりか幼さが感じられた。

「……お〜、イトちゃ〜ん……」

 唐突にやってきたウマ娘とハイタッチをするリコンスタ。特に驚いた様子もなく、いたって自然な振る舞いだった。

「こんにちは! 貴方はーーなるほどミロちんね! はじめまして、お話はかねがね!」

「え? あ、ああ……はじめ、まして……」

 シニヨンヘアのウマ娘はさも親しげに話しかけてくる。まるで自分のことを知っている口振りだが、ミロワダーレ自身には面識が一切なかった。ミロちんという、珍奇な呼ばれ方も含めて。

「……イトちゃんね、わたしのルームメイト……」

「おっと失礼! 私、リコぴんのルームメイトやってますライムトニックです! よろしくね、ミロちん!」

 やたらとフランクな様子で握手を求めてくるライムトニック。とりあえず、悪いウマ娘ではないようなので、おずおずと差し出された手を握り返した。

 細く白い指ながらも、握手は力強く。その間、興味津々な瞳がミロワダーレを余すことなく観察していた。

「うん、なるほどーー」

 握手が終わるなり、無邪気な顔を眼前まで近づける。純真無垢な子供のようでもあり、また底しれぬ迫力を感じて戸惑うばかり。

「やっぱりミロちん、私とおんなじニオイかも! 面白そう

!」

「ニオイ……?」

「あっごめ〜ん、今お話中だったよね? 邪魔しちゃ悪いから私はこれで! お先に寮へ帰ってるからね!」

「……またね〜……」

 嵐の勢いのまま立ち去っていったライムトニック。色々問いただしたいところはあったが聞けないままで。 

「なあ、さっきのって……」

 既に誰もいなくなった方角へ指を差す。

「……うん、イトちゃん……ラ()()ニックで、イトちゃん……」

「にしても随分キャラ強いなオイ。そういや聞かねえ名前だったけど」

「……デビューがジュニアの十一月で遅かったから……それにダート専で……」

 遅まきのデビューを迎え、その後はオープン戦を連戦連勝。その実力から、次のダート界の顔と一目置かれている存在だとリコンスタから聞いた。

 

『ーー私とおんなじニオイかも!』

 

 ダート専門であるライムトニックの言葉が去来する。あの時は理由も分からずスルーしてしまったが。

「じゃあ同じニオイって、そういうことなのか……!?」

 日村からも提案があった通り、ダート転向が真実味を帯び始めた。停滞する現状を変える一手になるかもしれないと、にわかに視界が明るくなるのを感じるのであった。

「……いや、それは別の……う〜ん……まぁ……いっか……」

 だがしかし。

 何やら引っかかるところがあるようで、リコンスタは一人複雑そうな表情を作った。それも三秒後には元通りだったが。

 

夏に惑う白

 ようやく期末テストも終わり、いよいよ夏休みを迎えるのみとなった学生達。クラシック級のメイケイエール達にとっては初めての夏合宿ということで、緊張と期待半々になりながら準備を進めていた。

「で、準備はできたと?」

「前もって聞いてたから、特に漏れはないはずよ」

 寮の自室で、荷物を詰め込んだボストンバッグを軽く叩くマシロ。その一方で、ベッドに腰かけるベネベネはリュック一つという手軽さだった。

 ティアラ路線の初戦、桜花賞で見事勝利を飾ったマシロ。次戦のオークスで更に二つ目をと期待されたが、蓋を開けてみれば掲示板入りすら叶わない八着。満を持してのレーゾンデートルに大きく離されての敗北だった。

 これまで勝利を続けてきた彼女にとって初めての屈辱でもあった。この雪辱は必ずや三戦目の秋華賞で。

「チーム・シリウスのトレーニングに帯同させてもらうやなんて、随分思い切ったことばするね」

 確実を期すために、マシロはチーム・シリウスの夏合宿への帯同を申し込んだ。チームメンバーはすべからくGⅠのタイトルホルダー。学園でも三本の指に入るトップクラスのチームに参加することで、心身共にレベルアップを図ろうとしていたのだ。

「二着や三着ならともかく、八着よ? この私が……そんなこと絶対に許せないわ。三戦目では勝つわ。絶対にね」

 ましてや一番人気を担ってあのザマである。これまでの最長が千八百メートルのところ、格段に距離を延ばして二千四百メートル。適正距離が合っていないという話もあったが、それはただの結果論に過ぎない。

 少なくとも今のところの目標は秋華賞。二千メートルの距離で、改修工事により京都から阪神へ。ジュベナイルフィリーズ、桜花賞と阪神はまさに得意の場である。

 だからこそ勝利は必須であり、必定でもあった。

「まぁ、鼻息ば荒うして足元掬われんようにね」

 ベネベネは桜花賞では大敗を喫したものの、翌月の葵ステークスでは二着に入る健闘を見せた。短距離路線へと舵を切り、目指すは九月のスプリンターズステークス。

「だから合宿は貴方とは行けないわ」

「構わんよ。お守りが要る歳じゃなか。それにCBC賞に出てからやけん、直接現地入りするつもり」

 チーム・シリウスともなれば移動から別行動。合宿する場所は他の生徒と同じとはいえ、広大なエリアとなるため顔を合わせるかどうかも分からない。

「ええ、そうね……」

 マシロはバツが悪そうに眉をひそめた。しかし、ベネベネと共に夏合宿へ行けないからということではない。

「ねえベネ、ちょっとお願いがーー」

「断る。自分でやれ」

「まだ何も言ってないでしょ!」

「ああ? どうせエールさんの様子ば見てきてほしいとか言うとやろ。自由時間のないわけやなかと、やけん自分でやれってこと」

 無下なく断るベネベネに食って掛かったマシロだったが、図星を突かれて言葉に詰まった。立ち尽くして言葉を失った彼女に、ベネベネが立ち上がってお返しとばかりに人差し指で胸元を小突く。

「大体、桜花賞であんな啖呵切ったんはマシロやろうに。それで顔向けしづろうなっとると。自業自得ん何物でんなかろ。違うか?」

 暴走して他者を危険な目に遭わせ、レースへの資質が疑われかけたメイケイエール。その矛先を少しでも逸らすための強攻策として絶交宣言を行ったのだが、その副作用はあまりにも大きかった。

「バクシンオー先輩と並んで立っとる時なんか挨拶で自然にヨリを戻せたろうに、物陰でずっと見よるばっかりだったし」

「だって……」

 再び胸元を小突く。マシロの上体がぐらりと傾き、一歩二歩と後ずさる。

 新聞や雑誌等に大きく取り上げられてしまってから、どうにもメイケイエールに近づきづらくなってしまったのだ。迂闊に近づこうものなら、またあることないことを書き立てられそうな気がして。

「自分が蒔いた種なんに、他人にどうこうさすっとはお門違いじゃなか? そもそもーー」

 ベネベネははたと言葉を止めた。俯いたマシロの肩が細かく震えているのに気づいたからだった。

「ーーごめん、言い過ぎた」

 そのままマシロの後頭部と肩に腕を回し、そっと優しく抱き締める。

「……だって……」

「うん、そうやな……変にエールさんに声ばかけて、悪か風に思われたくなかよね。萎縮さしてしまうかもしれんし……」

「だって、だって……!」

「分かっとう、分かっとうよ。あんままだとエールさんだけが悪う言われそうやけ、守ったんよなーー大丈夫。きっとエールさんも気づいてくれとるよ。優しか人やけん」

 赤子をあやすように、白いマシロの髪を緩やかに撫でる。小さくしゃくり上げる声に時折鼻をすする音が混じる。ベネベネはそれ以上何も言わなかった。

 やがてマシロが落ち着きを取り戻したのを確認すると、肩に手を置いてゆっくりと引き離した。

「……ウチもどれくらい時間が取れるか分からんけど、ちょっと声かけてみるけん。マシロも様子ば見に行くくらいはできるね?」

 マシロは赤くなった鼻を大きく一すすり。そして両の目尻をぐいと手で拭って息を静かに吐き出した。

「……ありがとう、ベネ。やってみるわ」

「どういたしまして。にしてもーー」

「何よ」

 鼻に赤みが残るマシロを前に、握り拳を口に当ててくくっとこらえ笑いをしたベネベネ。憮然と抗議の視線を向けられようが、むしろ逆効果で笑いが止められない。

「ーーいや、一人で何でんこなせるマシロが、エールさんのこととなると不器用になっとがまあ面白うて」

 純白の女王と評されるほどの彼女ではあるが、何故だかメイケイエールの前ではやたらと対抗してみたり、無駄に突っかかっていくなどが多い。

「だって仕方ないじゃない……おしとやかで可愛いくて。あんな風になれると良いなってーーエールには秘密よ。絶対に」

「ーー誰にも言わんよ。任せい」

 気になる子にちょっかいを出す男子小学生じゃないんだからーー。

 そう言い出しかけ、ベネベネは言葉を飲み込んだ。両手の人差し指をつんつんさせ、純粋に恥ずかしがっているマシロの様子を、余すところなく眺めていたくなったのだった。

 




次話は夏合宿。もしかしたら二話分割になるかも。

なお、着順掲示板の画像はまめ氏作成の着順掲示板シミュレーターを使用させていただきました。
https://mamema.ldblog.jp/TurfVisionSim/turfvisionsim.html
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