二部構成にするとちょっと長いかなと思ったので、まずは導入として短めに。
アプリやアニメでは夏合宿はわりとこじんまりとした描写でしたが、多数の生徒が在籍する関係上それなりの規模になるのではないかと。
なので、当シリーズでは夏合宿は大規模な臨海学校のようなイメージで描写しています。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
The 13th Yells 朱炎のエール
きらめきの夏
季節は正に夏。真っ青な蒼空が厚くどんよりした雲を彼方に追いやり、肌に突き刺さりそうなほどに太陽が眩しく輝く。生きとし生けるものが待ちに待った瞬間がやってきたのだった。
そんな中、大型バスが何台も連なってキャラバンを組み、高速道路をひたすらに走行していた。そのキャラバンの先頭を走るバスの運転席上方、参加団体の表示は――日本ウマ娘トレーニングセンター学園御一行様。
「なぁエール、海ってまだ見えねーの?」
「えーと、そろそろじゃないですか?」
その内の一台にメイケイエールとミロワダーレは乗り合わせていた。隣同士の席で、前後左右の席に座るクラスメートとお菓子交換をしながら旅情を楽しんでいる。
しかしその一方で、どことなくピリピリした空気を含む車内。なぜならば、彼女達がこれから向かう先は夏の二ヶ月間を共に過ごす合宿所。
友でもあり、ライバルでもある間柄だ。気にならないのが嘘というもの。
「海で遊ぶ時間あっかな〜。せっかく海の近くなんだし遊ばねえとさ」
「ミロワったら、思い切り遊ぶ気マンマンじゃないですか」
「だってさぁ。夏だろ? 海だろ? なら遊ぶしかないだろ! 学園に居残りなんてありえねぇって」
キノコを模したチョコレート菓子を口に勢いよく放り込み、目を輝かせるミロワダーレ。合宿の目的は心身の飛躍的な向上であるが、クラシック級に上がった娘らは合宿初参加。そのため海のレジャーを期待する面も否めなかった。
「夏ならサマーシリーズに出るというのも……」
クラシックおよびシニア級のウマ娘が選びうる、夏の定番ルートはおおよそ三つに絞られる。一つ目は学園の夏合宿に参加すること。二つ目は地方レース場主体で開催されるサマーシリーズへの参加。三つ目は学園に留まり調整メインでレースに参加するというもの。
「まぁそれもいいけどさ〜。でも合宿なら海行けるんだぜ? う〜み〜だ〜ぜ〜?」
どれが定番という訳ではないが、この時期だけの学園行事として夏合宿への参加者が例年多めとなっている。中には二ヶ月間フルの参加ではなく、途中での合流や地方レース場に向かうため中途離脱、というパターンも存在する。
「エールだって楽しみにしてんだろ? 夏ま――」
「あったけのこ! たけのこください!」
ミロワダーレの言葉を遮るかのように、メイケイエールはクラスメートより筍を模したチョコレート菓子を受け取った。それをすぐさま口内に放り込む。
「――えっと、なんのことでしたっけ?」
唇にほんの少しチョコレートを付けたまま、わざとらしく惚ける彼女。
「誤魔化し方が雑すぎだっての。ま、何にせよどんなとこか楽しみだよな――おっ、海だ」
二人は揃って車窓に視線を――メイケイエールは口をティッシュで拭いつつ――向ける。高速道路の防音壁がずっと続いていた退屈な景色が一変、青空の色が溶け込んだ大海原が広がった。その水平線はどこまでも果てしなく、遠く遥かにまで続く。
車内のあちこちで黄色い歓声が上がり、夏合宿への期待が加速度的に増していくのであった。
バスに揺られること数時間、メイケイエール達夏合宿の参加者はようやく目的の合宿所に到着した。多数の生徒が寝食を共にする場だけあって、傍から見るとちょっとした温泉旅館のような佇まいをしている。
事前配布されたパンフレットによれば、浴室は源泉かけ流しの大浴場らしく、むしろ温泉旅館そのものかもしれない。
「いや着いた着いた! 座りすぎて腰が痛ぇ――っと」
バスから降りるなり、曲がった背中をグッと伸ばすミロワダーレ。既に車内で部屋割りや合宿期間中の決まり事の説明を簡単に受けていた。詳細については到着してからだそうだが。
「……エ〜ル〜、ミロワ〜……」
別のバスに搭乗していたリコンスタも、キャリーケースをゴロゴロ引きつつ合流する。
奇しくも部屋割りはメイケイエールとミロワダーレ、リコンスタとも同じ部屋だった。部屋割りには他にも何度か一緒のレースを走った娘やベネベネの名もあり、同世代で纏める意図が感じられた。
「……二人も合宿? 奇遇だね……わたしも合宿で今着いたとこ」
「奇遇も何も最初から分かって言ってっだろ」
「……むふ〜……」
「んだよその反応」
リコンスタは鼻息荒く、心なしかテンション高め。この夏合宿に期待を寄せている一人らしい。
「やぁやぁ君達! 遠路はるばるお疲れさま」
次いで声をかけてきたのは河削だった。先行して現地入りしており、既にトレーニング用のラフなスタイルに着替えていた。
「トレーナーさん」
「エールちゃん、バス移動疲れちゃってない? 大丈夫?」
「はい、問題ありません。大丈夫です」
前日は早めにベッドに就いた。体調は至って良好であり、今すぐにでもトレーニングを始められるくらいには。
メイケイエールの返事を受け、これはしたりと河削は満足そうに頷いた。
「よかったよかった。まぁ初日は身体を慣らすって感じだから軽めにやって、本格的な始動は明日からね。合宿期間中は私が三人の面倒見るのでヨロシク!」
「そう……なのですか?」
てっきり合宿もマンツーマンで行うとばかり。予想外で二人の顔をきょろきょろと、交互にメイケイエールは見やる。
「おう。トレーナー研修があるっつって他の人に引き継ぐって」
「……同じ〜く……白石トレーナーは……息子さんの合宿に帯同するって……小学校の地元サッカークラブ……」
「そゆこと。事前に引き継ぎは受けてるし、知らないトレーナーと特訓やるより良いじゃない?」
それならせめて言ってくれれば良いのにと、メイケイエールは言葉にはせずとも頬を膨らませた。とはいえ、一人で黙々と行うより、何人かで一緒の方が気持ちとしては断然楽になる。
ましてや、気心知れた間柄であればなおさらで。
『到着したらまず大会議室に集合してくださーい! 夏合宿の注意事項を説明してから部屋に移動でーす!』
拡声器片手に学園職員が声を張り、到着して歓談に花を咲かせていたウマ娘達は一斉に耳を向けた。
「――だって、ほら行っといで」
「はい、ではまた後で」
「うん。二人もまた後でね〜」
手を振る河削に見送られ、メイケイエール達は移動する流れに混ざり連なって歩いてゆく。三者三様の想いを抱え、夏合宿が今まさに始まろうとしていた。
しくじりの夏
夏合宿の注意事項のあれこれを聞き、荷物を部屋に置いて一段落――とはいかず、早々にトレーニングの時間が始まった。
「……場所ってここでしたよね?」
「多分、間違いねぇはず」
事前に伝えられたトレーニング場所――そこは広い砂浜の一角だった。敷地内には似たような砂浜が幾つもあり、内地には練習用コースや坂路まで備えている。おまけにプールを備えたトレーニング棟まで宿舎に併設されている。森の中を駆けるも良し、海を泳ぐも良し、屋内で鍛えるも良しと、トレーニングに集中できる環境が整っているのだ。
メイケイエール達は、ドリンクのボトルやタオル等を詰め込んだバッグ片手に河削が来るのを待ちわびていた。
「あづい」
燦々と降り注ぐ陽光にジリジリ頭頂を焼かれ、リコンスタが潰れた蛙のような声を出した。砂浜でのトレーニングということもあり三人は水着のスタイル。
「もう少しでいらっしゃると思いますけど」
「あづい」
「ヤベェな、リコが限界だ」
「あづい」
もっとも、遊びが目的ではないため、紺地に白い肩紐のタンクトップにセパレートのショートパンツという学園指定の水着だが。そして足元は砂浜でも走れるようマリンシューズで固めている。
準備は万端。後は河削が来るだけの状態。
「お〜ま〜た〜せ〜! ごめんねちょっと準備しててさ!」
そのまま待つこと幾ばくか。ようやく河削が姿を現した。トレーナーバッグを肩に、ファスナー付きのグレーのパーカーに身を包む。ボトムスは夏らしくショートパンツという大胆なスタイルだった。
ようやく来たか、といった具合にメイケイエール達は顔をほころばせる。
――だがしかし。
確かに惜しげもなく露わにした脚線美は見事なもので、美の女神もかくやというほど。それでもなお強烈な違和感を覚え、三人の表情が強張った。
パーカーの裾から覗くショートパンツはどこかで見た濃紺。更に肌にピッタリ張り付くような生地。彼女が近づけば近づくほどに疑惑はグレーからブラックへ。
三人の心の中でチャンネルが繋がった。
(おい……あれって)
(ええ……恐らく)
(…うん……だよね……)
三人の意見は瞬時に一致する。
(エール、特にリコ……反応するなよ? 絶対だからな! フリじゃねぇからな!)
(……
間違いなく河削は着ている。
自分達と同じ水着を。
(私達、どういう顔すればいいのでしょう……?)
(どんなも何も、見なかったことにするしかねぇって。ちょっとでも反応すれば喰らいついてくんぞ間違いなく!)
(……野生動物へのエサやりは……厳禁……)
どことなく白々しい笑みを浮かべつつ、それでいて心中ではやり取りの激流が。
露出度の高い派手なモノの方がまだマシだ。それなら、どうして一人だけリゾート気分だの何だのとまだ突っ込みようもあるが。
れっきとした成人女性が、自分達と同じスクール水着を着ているという事実。あまりにも生々しすぎであり、形容しがたいどどめ色の感情が湧き立つ。ちょっとした拍子で出てしまいかねないソレをメイケイエール達は必死に抑えていた。
「皆お待ちどう! 待たせちゃったね」
当の本人はそんな苦労をつゆ知らず、まさに良い気なものである。
「大丈夫です待ってません始めましょう」
「早く始めようぜ何から始めんだいつでもイケるぜ」
付け入る隙を与えないよう、メイケイエールとミロワダーレは捲し立てる。矢継ぎ早にトレーニングへ移行することで河削の目論見を阻もうというのだった。
「おっ、随分やる気だね! でもまずは合宿のメインの目的を簡単に説明するから……大雑把に言うとね、全体的なレベルアップってところかな」
ファスナーの金具を弄る河削の手つきが気になって仕方がない。できるのなら杞憂に終わってほしいところでもある。
「後は個々人のウィークポイントとかを合宿中に見定めて、克服していこうかなって感じで。何か質問ある?」
三人は首を横に振る。
「うん。じゃあ始めようか! お待ちかねの――」
トレーニングが始まってしまえば一安心。
そう思った矢先だった。
不意打ちにファスナーを一息に下ろし、河削はパーカーの前を開け放った。そして威勢よく砂浜へと放り投げ、両手を腰にしっかと据える。
「――夏合宿!」
この間一秒ほど。
静止する間もなく、学園指定の水着姿が露わになった。固く凍りついた表情の三人はその場で身動きすら取れない。
確かに彼女のプロポーションは同じ女性の立場から見ても大変に魅力的である。魅力的ではあるが。
「フふん、さすがは学園指定……私が着られるサイズもしっかりこの通り。ちょっと尻尾通す穴のとこがスースーするけど」
デコルテから腰までにかけて手を滑らすようになぞる河削。その顔は満足感に満ち満ちていた。
「ね! 私もまだまだ十代としてイケるんじ――」
パッと笑顔を向けられるも、困惑しきりのメイケイエール達。本人はどういう反応を期待していたのかは分からない。
「え? えっと……う〜ん?」
あまりにも渋い顔をしているのに気づき、今更ながら河削は狼狽し始めた。この夏空の下、大分前から暗く淀んだ空気が立ち込めていたというのに。
「――ミロワちゃん?」
何かを期待してミロワダーレへ視線を投げかけた。
「――もう少し大人の分別は持ってると思ってたぜ……」
しかし、彼女はすげなくそっぽを向く。
「その……リコちゃん?」
助けを求める河削は更にリコンスタへ。
「我々ウマ娘を指導する立場を利用し且つ自らの精神的欲求を満たす事のみ考えた自己満足極まりない企みであり我々ウマ娘の健全たる心身を著しく侵害した非道卑劣な行為に対し
「誰!?」
河削には一瞥もくれず、どこかの政治家のように言い放ち拒絶する。これで一縷の望みはメイケイエールのみとなった。
「えっ、と……イケる……よね?」
顔を引き攣らせながら懇願の眼差し。何も言わずとも、助けて欲しいとその目が物語っていた。
できる限りそうしたいとはメイケイエールも思う。しかし脳裏にはあの姿が焼き付いて離れない。似合ってますねとは言い難く、さりとて真正面から否定するのも気が引ける。八方塞がりの状態で彼女は無意識に片手で口を覆い隠した。
「ヤダ、無理」
「――っ!?」
困惑の末の一言。決して他意があった訳ではないのだが、結果的に河削の心の最も柔らかい部分を強烈に抉り取る。
最後の望みだった蜘蛛の糸が儚くも断ち切れ、河削は地獄へと真っ逆さま。二、三歩後ずさると膝から崩れ落ちた。
「もうちょっと……もうちょっとさ、あるじゃない……?」
手元の砂を強く握り締め、指の間から零れ落ちるのも厭わずにその手を掲げた。さらさらと落ちていく砂はまるで心の涙の如く。
「いったい何考えてんだとか! へんだいだ〜……とか! もっとあるじゃん、ノリが良い黄色い反応が! そんなガチに嫌がんなくてもイイじゃない!」
結局は堪えきれず落涙止めどなく。大粒の涙が砂浜に零れ落ち、陽炎と化して消えてゆく。
「泣くなよ……」
「いいや泣くねッ! 自慢じゃないけどスタイルには自信あるから若い子にキャーキャー言われたいじゃんッ! 褒められたいのッ! 褒めてッ!!」
「開き直んな!」
「……し ぬ が よ い……」
どこを切り取っても煩悩しか出てこない悪夢の金太郎飴状態。何か特別な理由があるならまだしも、一個人の邪な感情でこのようなことをされては同情の余地まるでなし。
ミロワダーレとリコンスタはおろか、メイケイエールからも白い目で見られて河削は万事休す。暫くは粘っていたものの、やがて形勢不利は覆せないと諦めたのか、頬を涙で濡らしたまま勢いよく立ち上がる。
「――分かったっ! 着替えてくれば良いんでしょ、満足なんでしょ!? ええ着替えてきますとも!」
脱ぎ捨てたパーカーの元までツカツカ歩いてゆき、拾い上げて砂を払う。イタズラを咎められ、不貞腐れた子供のように頬を膨らませながら。
「――じゃあその間ストレッチよろしく! 全身をゆっくり、念入りにねっ!!」
そのままパーカーをはおり直し、河削はストレッチの指示を捨て台詞として残してもと来た道を戻っていった。
「……んで最後には逆ギレかよ……合宿、本当に大丈夫なんだよな?」
砂浜を踏み荒らしながら戻る背中をただ見送りつつ、ミロワダーレが心配そうにメイケイエールの方へ顔を向けた。
「ちょっとノーコメントで――」
良いとも悪いとも言えず、また心理的なダメージから回復しきれていないメイケイエール。力なく垂れた耳に虚ろな目のまま、こう答えるのが精一杯だった。
次話は夏合宿前半。主なトピックとしては…本格化するトレーニング、メイケイエールvsミロワダーレ、お肌とお肌の触れ合いの三点になる予定。