Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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ようやくクラシック夏合宿終了です。
都合三人+αのエピソードが必要になる分、思ってた以上に文量が多くなりました。
クラシック級も後半に入り、いよいよ一回目の山場が近づいてきた訳ですが。じっくり丁寧に表現したいと思います。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


The 17th Yells 祝祭のエール

あたん相手はこんウチやけ

 夏合宿も残り僅かとなったものの、メイケイエール達はようやく夏休みらしい時間を過ごせるようになった。ある時は海水浴で輝く波間に身を委ね、またある時は山間の遊歩道で森林浴に興じたりと。もちろんクールダウンメニューの一環として、ではあるが。

 しかしながら、過酷なトレーニングをやり抜いた肉体が、一日経つ毎に超回復を成し遂げているのを実感していた。間違いなく、合宿開始直後とは見違えるほどの力が備わっているはずだ。

 

 そして夏合宿終了も近い日曜日。

 メイケイエールといつもの二人、そして河削の四人で宿舎のロビーにあるソファー席に集合していた。花柄で可愛げのあるカバーに、ふかふかの座面で座り心地も良好。

 テーブルには飲み物と適度に摘める菓子類が置かれ、ミーティングという雰囲気ではない。そして、全員の視線は大型の液晶テレビへ集まっていた。さながら映画鑑賞でもするかのような雰囲気で、めいめい雑談に花を咲かせるなどしていた。

「あっ、始まりますよ」

 メイケイエールがモニターを指さす。程なくして軽快な旋律のファンファーレが始まり、テレビに表示される『テレビ西日本賞 北九州記念(GIII)』のタイトル。

 今日は他でもないベネベネのレース出走日。九州出身の彼女にとって地元への凱旋でもあるという、グレード以上の重みを持つレースだった。

 

『小倉レース場、メインレースはGIII北九州記念! 芝千二百メートル、出走メンバーはフルゲート十八名となりました』

 

「……ベネ映ってる……?」

「あいつ何番だったっけ」

「十七番です。大外枠なので――画面の奥の方になりますね」

 テレビには出走者がゲート入りする所を映していた。ベネベネがいるかどうかを探したが、見つける前に画面が切り替わってしまう。

 

『昨日から雨が降っております。若干小降りになったようでもありますが……バ場は稍重の発表です』

 

 画面越しに映る空は厚い雲に覆われていた。暑さ極まる中、この雨を恵みの雨と捉えるか、それとも試練の雨と捉えるか。

 

「ベネのやつ、足元悪くても大丈夫だったっけ」

「苦手と聞いたことはありませんね」

「……むしろめっちゃ好きそう……」

「あー分かる」

 あれやこれやと雑談しながらレース開始を待つ三人。その反面、河削は口数少なく中継を眺めていた。

 北九州記念は夏の祭典、サマースプリントシリーズの一つに挙げられている重賞である。しかし、最も重要なのはこのレースのもう一つの位置づけにある。

 

 ――スプリンターズステークス前哨戦であるということ。

 

 もう一ヶ月と僅かでスプリンターズステークス開催となる。レース感を損なわない適度な間隔で、なおかつ距離が同じ千二百。このレースの勝者が本番に上がってくる可能性は実に高く、出走者の状態のチェックはパドックで抜かりなく行わなければならない。

 既に有力候補を数名に絞り込んでいる。一人目は卓越したスピードで強力な逃げを誇る十二番ズーパーファキュラ。二人目は好バランスなスピードとスタミナで長く速度を維持できる六番プライムアーム。

 そして三人目が――。

 

『本日の主役はやはりこのウマ娘、十七番ベネベネ!』

 

 やはり彼女。言わばホームグラウンドである小倉の地で気合も相当に乗っているに違いない。それに持ち前の勝負根性が合わさればどうなるか。

 

『この天気にも関わらず、地元のファンの方々が彼女の応援に駆けつけています。九州出身、重賞初勝利をここ小倉で成し遂げられるか注目の一戦です』

 

 画面が切り替わり観客席へ。ベネベネのイメージカラー――白地に赤いクロスのライン――のタオルを掲げていたり、自作の推しうちわで熱烈にアピールするファンが多数映る。

「おぉ、やっぱ地元だとファンすげぇな」

「……エールも中京だと……これくらい? もっと?」

「え〜っと、どうでしょう……」

 ベネベネのように慕ってくれるファンがいてくれればいいなと思うも、小恥ずかしさにメイケイエールは頬を搔いた。

 

『さあ最後に十八番ボンヴィアージョ、ゲートに収まりまして……ゲートイン完了。十八名、体制整いました』

 

 いよいよスタート間近。居住まいを正し、ゲートが開く瞬間を固唾を飲んで見守る。自らがそこにいるかのように、その時を待つ。

 

 開き、一斉に飛び出す。

 

『スタートしました! 揃ったスタートを切っています』

 

 半拍遅れるアナウンサーの実況。

 視線は先頭集団に注がれる。

 

『好ダッシュ十二番ズーパーファキュラ。やはり行きました、半バ身リード』

 

「こいつスタート上手いな。エール見習っとけよ」

「えー……」

 予想外のダメ出しに辟易として声を上げるメイケイエール。スタートが不得手なのは確かではあるが。

 

『二番手六番プライムアーム、三番手十七番ベネベネです』

 

 内ラチ越しに疾駆する彼女達がカメラに捉えられている。そつなくスタートしたベネベネは三番手の好位へ。外側の位置取りではあるが、逆に内側だと進路が塞がれる可能性がある。

「ベネ良いトコに着けてんな」

 躊躇って中途半端な位置にいるより、えてして思い切った方が良い方へ転ぶものである。特にバ場の内側が荒れている今の状況では。

「……みんな外寄りかな……?」

「最初は位置取り争い激しいから。荒れてるコースは大体避けたがるね」

 半歩後ろで見ていた河削も顔を揃えた。

「スパートに入る時に通るのを内か外か、どっちを選ぶかが戦術だよ。覚えておいてね」

 頷きつつ、メイケイエール達は熱い視線をテレビに向ける。先頭から最後尾まで一通りの紹介を終え、カメラが前へと戻っていく所だった。

 

『三、四コーナー中間に向かっていきます。前半六百メートル過ぎまして、タイムは――三十三秒二の通過です』

 

「トレーナーさん、このタイムは……」

「千二百でしょ? 稍重だしまあまあってとこ」

 依然としてズーパーファキュラが単身逃げる中、いよいよ四コーナーの終わりに差し掛かる。

「ベネ、ベネどこいる?」

「プライムさんの隣です。外寄りで」

「結構外回ってんな。追いつけんのかよ」

「……ファーちゃん速いよ……」

 荒れた内側を回避しているのか、ベネベネは大外を回りながら三、四番手の位置だった。コーナーからいよいよラストの直線。観戦するメイケイエール達の握る手がじっとりと汗ばんでゆく。

 好位置につけている。つけてはいるのだが。

 

『第四コーナーから直線に向かい――おっとここで十二番ズーパーファキュラが内を突いて抜け出した! リードは三バ身!』

 

 先頭で逃げるズーパーファキュラがなおも脚を使い、後続集団を突き放す。パワーに自信があるのか、荒れた内側を物ともせずに猛進する。

「ここで仕掛けたかあ。やっぱあの娘上手だね」

 このままでは逃げ切られてしまう。かぶりつく勢いで身を前に乗り出す。

 カメラが引き、コースの左右いっぱいに広がった状態が映し出される。ベネベネはコースの真ん中辺り。いつでも先頭を狙える位置で、虎視眈々と狙っているかのよう。

「ベネ逃げ切られるぞ! 早く早く!」

「まだ大丈夫です! 直線入ったばかりですから!」

 そしていよいよ。

 

『大外、十七番ベネベネが追い込んでくる!』

 

 大外から果敢にも先頭に迫るベネベネ。

「……きたぁ……!」

 他者の目があるロビーにも関わらず、その勇姿にメイケイエールは大きな声を上げた。その盛り上がりに興味を持ったギャラリーが一人また一人と集まり、熱戦の行く末を固唾を飲んで見守る。

 

『更には六番プライムアーム、その後ろに九番レッドコランダム、十四番ピンクウラノスですが――』

 

 ゴールまで数百メートル。渾身の力を振り絞り、先頭に躍り出ようとするウマ娘達。その中でただ一人、ベネベネが。

 

 笑っていた。牙を剥き出しにして。

 もう一段頭を低く。そして烈火のごとく激踏(げきとう)を。

 

『外から十七番ベネベネだ! 捉えきるぞっ!!』

 

 閃電(せんでん)瞬き、(ほとばし)る末脚は電光石火。かくも鮮やかなゴール直前の逆転劇。

「ぅぉお差せ! ベネ差せーっ!」

「いけます! いけますよ!」

 全員立ち上がり、宿舎のロビーは興奮のるつぼへ。誰も彼もがテレビの向こうへ大きく声を上げる。メイケイエールもじっとりする拳を握り、口から唾の飛沫(しぶき)を飛ばした。

 

『十七番ベネベネ、そのまま差し切ってゴールイン! やりましたベネベネ、九州出身ウマ娘が見事故郷に錦を飾りました!』

 

 わあっと、一際大きい歓声。自然と拍手が湧き起こり、メイケイエールは自身が息苦しいのに気がついた。

 息もつかせぬゴール前の攻防に、無意識に呼吸を止めてしまっていたのだ。胸を押さえながら、溜まりに溜まった熱い息を吐き出す。

 ロビーの雰囲気も一旦は落ち着き、レース中継は勝利者のインタビューに移行する。

『ベネベネさん、重賞初勝利おめでとうございます!』

 マイクを向けられ、頬を赤く染めながらはにかむベネベネ。

『ありがとうございます!』

『地元九州出身ということで、今回はかなり気合が入ったのではないですか?』

『はい。地元の友人や親戚も応援に来てくれて……パドックでも声をかけてくれましたし。とても力になりました』

「……標準語だぁ……新鮮……」

 普段は熊本弁が入り混じるのだが、さすがに公共の場では切り替えるようだ。ハキハキと喋る様子はどことなく別人の感があった。

『やはりこの次はスプリンターズステークスでしょうか?』

『もちろんです。そのためにトレーニングを積んできましたから』

 ロビーが感嘆とどよめきの声に包まれる。見事なまでの勝利を飾り、最高の状態で次戦を迎えることとなるだろう。

 メイケイエールの胸中が熱く燃え盛る。それは苦しさを覚えるほどだったが、不思議と苦痛ではなかった。ふつふつと沸き上がる感情に身を委ねる。

『次戦も期待しています。それでは最後に、全国のファンへ何か一言お願いします!』

『はい――』

 改めてベネベネがカメラに向き直る。背筋を伸ばし、視線を真っすぐに。

『見よったね? そっち(・・・)行くけん待っとってな!』

 人差し指を向け、素敵な笑みを浮かべる。彼女の指先がどこへ向けられているか、メイケイエールは既に分かっていた。

「――手強い娘が来るね」

 後ろから河削が肩に手を乗せる。

「――はい」

 ニコッと笑った河削を一瞥し、視線を再度テレビの中のベネベネへ。強く燃える彼女の瞳を、一秒たりとも逸らさず真正面で受け止めるのだった。

 

燃やせ! 乙女魂

 夏合宿最終日、参加した全てのウマ娘が中途離脱することなく予定通りに迎えることができた。

 本日は完全オフ日ではあるが、明日には学園に戻る都合上、まずは宿舎の掃除やら諸々の後片付け。それらが終わってからようやく憩いの一時となる。

『ねえねえ、今日行くよね?』

『もちろん! トレーナーさん誘っちゃおうかなって』

『わっ大胆! 私はね――』

 今夜、近所の神社で例大祭が行われる。参道には屋台が立ち並び、近くの砂浜では打ち上げ花火の催しまで。ウマ娘達の間では誰と行くか、何をするかで持ちきりとなっていた。

 嘘か真か、夏祭りで親密になったトレーナーと担当ウマ娘が卒業後に……という伝説もあるほど。色恋沙汰に敏感な彼女達は互いの事情に探りを入れつつ、相伴の相手を見定めようとしていた。

 

 しかしながら、それを全く意に介さない者もいる。

「なぁリコ、祭りの屋台でまず何食う?」

 夕焼け空から(よい)の入り、深いカラメル色の空に星々が瞬く頃。人気がすっかりなくなった海岸線をミロワダーレとリコンスタが並んで歩いていた。

 もともと担当トレーナーが所用で夏合宿不参加ということもあるが、恋愛っ気など皆無な二人。純粋に夏祭りを楽しみにしながら、夏祭り会場への近道を通っていた。

「……ケバブかな……」

「また変化球だな。食ったことないんだけど美味いの?」

「……お肉がお肉しててお肉だよ……」

 独特な表現を交えながら、リコンスタが手で口元を拭う。芦毛の髪が月明かりの下で銀糸のように輝き、誰もが振り返る高貴な佇まい。その実、このような会話をしているとは夢にも思うまい。

「良く分かんねえけど。とりあえず美味いってことは分かった」

「……それでおけ……」

 左手側にはコンクリートが盛られた堤防が続き、それを隔てた向こうはゴツゴツした岩場と砂浜が広がる。打ち寄せる波のさざめきと共に歩くと、やがて明るく照らし出された鳥居が見え、とんつく軽やかな笛太鼓の調べが潮風に乗って聞こえてくる。

「……あ――に――」

 不意に混じるノイズ。

 ミロワダーレが耳(ざと)くそれをキャッチし、手を頭頂の耳に(かざ)して辺りを窺った。目を瞑り、右へ左へ、しきりに耳を動かす。

「……ミロワ、どしたの……」

「しっ! 何か聞こえたんだよ」

「……ん〜……?」

 気のせいではない。確かに、ほんのささめきごとだが聞こえたのだ。堤防のすぐ前まで移動し、砂浜の方へ意識を集中する。

『凄い。本当にここでするんですね……』

(っ!!)

 聞こえた。声は堤防を下りた岩場の影から。

 ミロワダーレは更に全神経を聴覚に注ぎ込む。潮の香りも、肌を撫でる風も、先程からしきりにリコンスタが肩を叩いてくるのも。そのことごとくが意識の闇へ消えてゆく。

『私……外で、こんなことするの初めてなんです……』

(……マジか!?)

 張り裂けんばかりに胸が脈打ち、顔全てが瞬間で真っ赤に染まる。

 開放的な夏。

 夏といえば夏祭り。

 夏祭りといえば男女の出会い。

 男女の出会いといえば一夜の思い出。

 一夜の思い出といえば――。

 瞬間、ミロワダーレの顔が更に赤く、赤熱化して燃えだすのではないかと思うほどに。

 様々なイメージが脳内を駆け巡り、理性よりも本能が事態を認知した。

「リコ……オマエも聞こえたよな?」

「……何のこと……?」

「……いるんだよ! 岩場のとこ、多分カップル……」

 気づかれないよう、声を抑えて(ひそ)やかに。火を吹く勢いのミロワダーレとは打って変わり、リコンスタは異常なまでに冷静だった。元々、感情をあまり出さないタイプではあるのだが。

「……え? ああ、ここって……」

「な、な? 向こうにさ、降りる階段があるから……ちょっと覗いてみねぇ?」

 恐怖心よりも倫理観よりも好奇心。目が若干血走り気味になりながら、聞く耳持たずに堤防の階段をゆっくり降りてゆく。その後ろ、リコンスタは自身のスマホをちらりと確認した。そのままポケットに収め、平然とした様子で階段を下る。

 声のした方へ、そろりそろりと中腰で。砂を踏む音をも出さないよう、繊細なる足捌きをもって進む。

『随分乗り気だね? か〜わいい』

『だってこんな星空の下じゃないですか……普段こんな時間に出歩けませんし……』

 両の耳が期待と興奮で全力でそそり立つ。近づけば近づくほどに会話の内容が明瞭となり、それにつれミロワダーレの心臓が激しく燃え上がる。

(女同士……!)

 堤防にいた時点では気がつかなかったが、女性の声が二人分。一人は若く、もう一人は大人びた落ち着きの声色。

 想像と違った。しかし今は多様性の世の中、どうということはないのである。

「……ね〜、早く行こうよ……」

 リコンスタが袖を引っ張るもお構いなし。情動に突き動かされ、なおも距離を縮めてゆく。

『トレーナーさんも……楽しみにしてたのでは?』

『まあね。一夏の思い出を作る良い機会だと思うし……』

 心臓が胸を突き破って飛び出しそうだ。片方がトレーナーだということは、もう一方はつまり――。

 なんとけしからんことか。これはこっそり覗かずにはいられない。ミロワダーレがおずおずと顔を出そうとした時だった。

『ね、エールちゃん』

「エッッッ……!!??」

 

 咄嗟に口元を両手で覆い、言葉が飛び出るのを防いだ。それにしても口から心臓どころか、身体ごと裏返ってしまいかねない衝撃が走る。

 同じウマ娘どころかルームメイトである。大人びて、(しと)やかなあの娘がこのような破廉恥な……見過ごすか、見咎めるか。天使と悪魔が一歩も引かずにせめぎ合う。

「……やっぱいるのエールじゃん……」

 煩悶するミロワダーレ。しかしその背後から、何の遠慮もなくリコンスタが近づいてゆく。

「いや、ちょっ!」

「……なあに?」

「ほっほら、お楽しみというか……じゃなくて! 邪魔しちゃいけない……でもないんだけどさ! 心の準備とかそういうものがお互い必要な訳で……!」

「……まあ、言いたいことは分かった……」

 直接的に表現するのも憚られ、苦しくもリコンスタに留まるよう要請する。どうにか伝わったようで、ホッと一息とばかりに額から流れる汗を腕で拭う。

「そっか。じゃあちょっとそっとしてやろ――」

「だ が 断 る」

 嗚呼(あゝ)、無慈悲リコンスタ。

「おっ、ちょあっ!?」

 スタスタと二人の元へ歩いてゆき、これまでの配慮や分別も灰燼(かいじん)に帰す。腕にしがみついてでも止めようとしたが、そもそも中腰の姿勢でまるで届かない。

「リッ、リコやめろ――!」

 悲しくも空を切る手の向こう、リコンスタはメイケイエールと河削の空間へ闖入(ちんにゅう)せんとしていた。

 

「……おばん〜……」

 つんざく悲鳴が聞こえぬよう、耳を手で伏せた。

「あらリコ、早かったですね」

「いらっしゃ〜い。もう神社覗いてきたの?」

「……ううん、これから……」

 しかし予想を覆し、反応はとてもあっさりしたものだった。何かがおかしい。ミロワダーレもその目で確かめようと後を追った。

「お、ミロワちゃんもようこそ〜」

 そこには間違いなく、メイケイエールと河削がいた。岩場の合間に大きめのビニールシートと折りたたみ式のテントを設営して。

 シートの上にはLEDランタンと虫除け、更にはたこ焼き、焼きそば、ベビーカステラ等の料理の数々が。また、シートの片隅に重しとしてクーラーボックスが置かれていた。

 どこからどう見ても、これはレジャーの雰囲気。

「……なに、してんだ? こんなとこで」

「こんなとこ? あっ、さてはDM見てないね? プチ女子会するって伝えたじゃん!」

 慌ててスマホでメッセージを確かめると、河削の言う通りプチ女子会開催のお知らせが来ていた。開催場所と思しきマップもご丁寧に送付されている。

 リコンスタの顔を窺うと、彼女はこくりと頷いた。

「……なぁんだよぉ、もぅ〜……」

 複雑な心境だが、想像していたことではなくてよかった。緊張の糸が解け、ミロワダーレは砂浜の上にへたり込む。耳も力なく垂れ、心底安堵している証拠だった。

「ミロワ?」

「えっ、なにどうしたの?」

 この二人は知らなくていい。否、知られると非常にまずい。二人のあらぬ事態を想像して胸膨らませていたなどと、どうして明かせようか。

「……いやちょっとな。大したことじゃねえよ」

 冷静沈着に切り抜けるべし。さすれば活路が拓かれよう。

「……え〜、カワイイカワイイミロワちゃんは……」

 しかし非情。芦毛の悪魔リコンスタがそれを許さなかった。

「……岩陰でカップルがいちゃいちゃしてると妄想して……乙女心に火をつけていたのデェス……」

「かっ!!!」

 極々自然に暴露され、ミロワダーレは身体を強張らせて耳をピンと張る。折角隠しておこうとしていたのに、何ということをしてくれるのだろうか。

 それを受けた二人の反応たるや。河削はニヤニヤニタニタを極め、メイケイエールは頬を染めながらも意外にも落ち着き払っている。

「へぇ〜、まぁお年頃だもんねぇ。そういうの興味津々だよねぇ? ぅん?」

「……ちなみに……オトナの恋愛漫画(レディコミ)を集めるのが最近のシュミで……」

「おやぁ、か〜わ〜い〜い〜ねぇ」

 ここぞとばかりに河削が食らいつく。それにしても、だ。なぜリコンスタがプライベートでセンシティブな秘密を知っているのか。

「あ、集めてなんかねぇし! たまたま読んでる雑誌に載ってるだけだし!」

 しかし、動揺真っ只中のミロワダーレに落ち着いて判断できる余裕はなかった。まずは目先の難敵をやり過ごそうと、使い古された言い訳を切り出す。進んで読んでいるのではなく、ただ偶然目に留まっただけ。そういう方向で。

「ふ〜ん? そうなのぉ?」

「そうもなんも、どこで買うっつーんだよ。買ったとこで部屋の中に置き場所ねぇし」

 グレーではあるが、黒ではない。どうにか回避できそうな感覚だった。

 しかし隣で静観していたメイケイエールが小さく咳払いをし、低い声で静かに言葉を紡ぐ。

「……ベッドの下に隠している収納ボックスと、二重棚にした本棚の奥の段に沢山ありますよね」

「ピッ!!??」

 言葉すら出てこず、奇妙な破裂音を発したミロワダーレ。

 完璧に隠しおおせていたはずのコレクション群。それがまさか、この最悪のタイミングで詳らかにされてしまおうとは。

 何よりもまず、河削に知られてしまったのが致命傷であった。

「ぅはははは! マジ、マジ!? 中坊がやるエロ本の隠し方じゃん!」

 大きく手を打ち、涙をうっすら浮かべながらの大笑いである。

「……書店のお姉さんと仲良くなってね……それでこっそり取り置きしてもらったりとか……涙ぐましい努力をね……」

「や〜、もう本当にスキなんだねぇ」

 だからなぜそこまで知っているのか、最早突っ込む気力も起こらない。ほんの数分の間であるのに、普段のトレーニングの何倍もの疲労感。

「……んだよ、読んじゃ悪いのかよ……」

 砂浜の上で胡座をかき、ぐったりと頭を垂れる。その一方で、缶チューハイを手にした河削の表情はキラキラ輝いている。旨い肴を手に入れて上機嫌のようだった。

「うん、分かる、分かるよ! 未体験の世界には興味津々だもんねえ。それなら、人生の先輩である私がリアルな体験をあなた達に――」

「いやそういうことじゃねぇんだよ」

「えっ」

「……身近すぎて……エグい」

「すみませんが倫理的にも」

「あっ、うん……なんかゴメンね」

 危険な話題に移ろうとしたのを集中砲火で押し留めた。あくまで空想の中で、甘く煌めくトキメキの一時が良いのであって、その向き先は現実世界では断じてないのである。

 

「……えっと何だっけ。そうそうプチ女子会」

 カオスな雰囲気は気まずいの一言。そもそも何をしに来たのかすらも曖昧になりつつあった。

 しかし河削は飄々(ひょうひょう)としながら自身の財布を手にし、一万円札を二枚取り出した。

「……おお……渋沢ダブル(おう)……」

 それを一枚ずつ、ミロワダーレとリコンスタに手渡す。

「なあ、これ……」

「じゃあ二人も合流したし。それで好きな食べ物買ってきておいで! 三十分後くらいでプチ女子会始めるから!」

 消沈気味だったミロワダーレも上昇傾向へ。二人して顔を寄せ合い作戦会議を始めた。

「……オレが甘いの攻めるから。リコは甘くないヤツで」

「……おけ……」

 変に言葉を重ねるより、こういった即物的なものが案外効果があるのである。大金を宴のために惜しげもなく投入し、額面以上の効果を得る。河削にとっても数万の出費は決して軽くはないだろうに、平然として呵々と笑う様は頼り甲斐のある大人の姿だった。

 

星彩の契り

 喜び勇んで買い出しに出かけた二人が戻るのを、メイケイエールはゆったりと寛いで待っていた。

 河削が手にした缶チューハイを時折あおり、艷やかな吐息を漏らす。それを横目で見ながら機会を伺う。夏合宿が終わればレースやらトレーニングやらで忙しくなる――尋ねるとしたら今が最良。

「あの、トレーナーさん」

 まごついていても何も始まらない。力が入りすぎないように、自然体な形でメイケイエールが口火を切った。

「ん、なぁに?」

 ベビーカステラを口に放り込もうとした手を止める。

「ちょっとだけ、お聞きしたいことがあります」

「――いいよ。何でも言って」

 河削も河削で何か感じ取ったようだ。缶を置き、崩れた脚を正してメイケイエールに向き直る。ほろ酔い具合で頬が桜色に染まっていたが、瞳は曇り一つなく澄み渡る。

「本当に、私で良かったのですか?」

「というと?」

「いえ――最初に目をかけていただいて、色々と手を尽くしてくださって。私自身も結果は残せてると思いますが、それでも肝心な所でご迷惑かけてばかりで……」

 阪神ジュベナイルフィリーズや桜花賞。それ以外のGIIやGIIIでは勝ててはいるが、GⅠでは自省が利かないほどに掛かり自滅している。

 それだけでなく、他の走者と接触し重大な事故にもなりかけた。河削と直接謝罪に出向いたものの、その結果としてマシロにも要らぬ苦労をかけさせている。本当にこのままでいいのかと、足元の軸の部分が揺らいでいだ。

 だからこそ、彼女の見識を今一度確かめておきたかったのだ。それが負の方向に作用するかもしれないことを織り込み済みで。

 

「――そうだね」

 河削は動揺することもなく、実に淡々としていた。

「まあ、トレーナーからすれば素直に指示に従ってくれて、レースも問題なく動けて勝てる娘っていうのがベストだよね」

 座ったまま一歩メイケイエールに擦り寄り、顔を前に出す。

「ここだけの話なんだけど。トレーナーがウマ娘を評価する基準の一つに性格面があってね。能力はさておき、従順で反発心が低い娘は評価にイロ(・・)がついたりするんだけど……」

 それはそうだろう。指導する側とされる側。言うことを聞かない、聞いても改善できない者が忌諱(きい)されるのは理解できる。そして自分自身はどうであるのか、これまでの経験で痛いほど実感している。

 俯き気味になったメイケイエールが視線をふと上げた。

「私さ、そういうのマジで大っ嫌いなんだよね」

 そこにはあぐらをかき、両手を背中の後ろで仕えにして仰け反るようにする河削がいた。笑っているような口元に、冷たい色の瞳。そこはかとなくだが、怒気のようなものも感じ取れた。

「だってさ、大人の言いなりになってくれる娘が良いってことじゃない。そりゃあ持ち前の能力次第で例外はあるけど……大人の都合全開でさ、言うこと聞かなくなればポイって操り人形じゃないんだから」

 傍らに置いた缶チューハイを一気に飲み干す。

「エールちゃん。あなたのクラス……何人いなくなった?」

「え……あの、六人です」

 ジュニア級からクラシック級に上がった一年間で、何人ものクラスメートが学園を後にした。それは家庭の事情や成績不良もある。

 しかしトレーナーと上手くいかず、契約解除後に再契約相手が見つからないまま、失意のうちに去るというケースも。

「理由は色々あると思うけど。それでも……あなた達もウマ娘である以上に一個の人間なんだから。トレーナーとウマ娘は一蓮托生だって私は思ってる。だからエールちゃんを最高に輝かせるためなら私は何でもやるし、やってみせるから」

 河削の力強い視線がメイケイエールの心を穿(うが)つ。打算も何もない、力強い温かさが全身を包み込んだ。

「ま、ぶっちゃけエールちゃんの顔がめっちゃ好みで、この娘が! っていうのはあったんだけど――」

 顔ですか、と出かけた一言を飲み込む。

「良いじゃん波乱の一つや二つ。平坦なんて逆につまんないし、私とエールちゃんで高波ぶち破ってこうよ!」

 本人の佇まいからは全く想像できない、少年のような弾ける笑顔。時折見せるその表情に、メイケイエールは河削がトレーナーであることを忘却する。

 

 彼女はまるで――近所のお姉さん。

 

 困っている時は親身に相談に乗ってくれ、正さねばならない時は有無を言わさない厳しさで。そして喜ぶ時は自らのことのように全力で。

 この人ならば共に。メイケイエールはそう確信した。

「一つ、お願いしてもいいですか?」

「お、なぁに? 何でも言っちゃって!」

 河削はニコニコと上機嫌である。今の彼女なら、無理難題でも二つ言葉で引き受けてくれるだろう。

 

 しかしメイケイエールの願いは、ほんのささやかな取るに足らないことだった。

「エール、と呼んでくれませんか……ちゃん付けではなく」

 可愛がってくれるのは悪い気はしない。ただ前々から気にはしていた。薄壁一枚で隔てられている微妙な感覚にもどかしくもあった。

「私もトレーナー、いえ……河削さんと呼ばせてください」

 壁を破り、世界を一つに。ほんの些細で大切なお願いを河削へと託す。

「そうね。超一流のウマ娘をちゃん付けのままっていうのもね」

 無垢な願いを受け取り、彼女はそれに色彩を。

「いいよ――エール。一緒にてっぺん登り切ろう」

「――はい!」

 子供っぽい笑顔から大人の微笑みへ。同じ女性ではあるが、本当に河削は表情が多彩である。ギャップというものにここまで心くすぐられるものだとは。

 とにもかくにも、これで心残りもなく夏合宿を終えられる。実りの秋の道筋がうっすらと見え始めていた。

「お〜い! 買ってきたぞ〜!」

「お帰り! 何買ってきたの?」

 タイミングが良いことに、手提げ袋を両手に買い出し組が帰ってきた。シートの上にそれぞれの成果を広げてゆく。

「……炭火の鶏モモ焼き、鮎の塩焼き、イカ焼き……」

「オレはクレープいくつかと、ホットク、たい焼き、イチゴ飴に――」

 レジャーシートの上がみるみる内に、祭り屋台のフルコース。右に左に目移りする魅惑の空間が完成した。

「二人共良いチョイスじゃない! じゃあエール、飲み物渡してあげて」

「はい。河削さんは二本目何にします?」

「あ、ビールちょうだい」

 クーラーボックスからジュースを二本、ミロワダーレとリコンスタに渡す。そして河削には、嬉しげに耳と尻尾を動かしながらビールを。

 ――何かあったな。

 ――何かあったね。

 聞くのは野暮だろうと、二人は視線で会話する。何かと気を使いがちなメイケイエールが上機嫌にしているのだから、きっと良いことに違いない。

「じゃあ飲み物も渡ったね? じゃあ改めて――」

 その場の全員が姿勢を正し、河削に注目する。

「皆、夏合宿お疲れ様! 一人も抜けることなく最後までできて私もホッとしてるよ。ハードワークをやり抜いて――」

 

 ドン!

 

 言葉の途中で夜空が大きく弾けた。打ち上げ花火が夜空を縦横無尽に駆け巡り、時として眩く輝き、夜空を彩り豊かに染めてゆく。

「――今更こんな話も退屈だね。ま、丁度いいし……乾杯っ! 祭りだ祭りっ、夏祭りっ!」

『かんぱーい!』

 満天のスクリーンに映し出される花火の演舞。過ぎゆく夏と、これから来たる秋を噛み締める。それは熾烈を極める秋の戦線の始まりを告げるものでもあった。

 メイケイエール、ミロワダーレ、リコンスタ。それぞれ口には出さないものの、並々ならぬ情熱が三人の内で燃え(たぎ)っていた。

 




次話はvsサクラバクシンオー、セントウルS、スプリンターズS直前、といった感じで。

※北九州記念のウマ娘読替え一覧
ボンボヤージ→ボンヴィアージョ
モズスーパーフレア→ズ―パーファキュラ
ファストフォース→プライムアーム
シゲルピンクルビー→レッドコランダム
レッドアンシェル→ピンクウラノス
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