Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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武蔵野ステークスで一話。
クラシック級もいよいよ佳境というところで、満を持してギルデッドミラーもといミロワダーレをメインで。
モチーフのギルデッドミラーはNHKマイルカップも出てますが、勝負服イベント等を考慮し当シリーズではGⅠ未出走にしました。
キャラ付けとしてはかなりクセ強なので……モチーフ馬のファンの方には申し訳ないです。

着順掲示板の画像はまめ氏作成の着順掲示板シミュレーターを使用させていただきました。
https://mamema.ldblog.jp/TurfVisionSim/turfvisionsim.html

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


The 20th Yells 意気地のエール

鏡よ鏡

いよいよ深まりゆく秋、木々の葉が彩り豊かにその身を変える。どことなく夏の名残があった秋風も、徐々に冬の色香を漂わせ次の季節の到来を予感させるようになっていた。

 今日は完全オフの日。メイケイエールは寮の自室にて、授業で出された課題に勤しんでいる。日本の歴史上の出来事を一つ選び、自身で資料等調査しレポートとしてまとめ上げる。彼女は既に一通りの書籍を揃え、リサーチも粗方完了していた。

 ――しかし、レポート用紙は全くの空白。本人は上の空でシャープペンシルを指先で弄んでいた。

「エール、らしくねぇな」

 ミロワダーレが湯気揺らめくマグカップを傍らに置いた。ココアの芳しい香りがふっと現実に引き戻す。

「ミロワ……ありがとう」

「まだ考えてんの? あんまり引きずってると走りに響くぜ」

「ええ……すぐに答えが出せるものではないと分かってはいますが。でも、どうしても考えてしまって……何のために走るのか、を」

「真面目だなぁ」

 椅子に腰掛けたメイケイエールの頭をミロワダーレが優しく撫でる。髪を乱さぬほどの柔らかい指運びで、思わず耳が両横に向く。

 スプリンターズステークスの一件、真相を知るのは身の回りの極わずかである。世間一般的には、レコード勝ちした前走との出走間隔の短さが敗因に挙げられていた。

 何故セントウルに出したのかと、河削を責める声がSNS上で少数ながら見られた。それは結果論だと擁護が多く挙がったとはいえ、実際に期待を裏切ってしまったのだから反論するべくもない。

「ベネベネさんやマシロさんはとても立派な志で走っているのに、と思ってしまうと……どうしても。私自身はとても軽く思えてしまって」

「そりゃ、あの二人が特別重いだけだって。あのレベルを基準にしちゃ中央のウマ娘ほとんどが軽くなっちまうよ。何のためにかなんて、しっかり考えてるのなんかそうそういねえし」

 答えの出ない問いを、彼女は嫌な顔一つせずに聞いてくれる。そして出てくる前向きな言葉に、メイケイエールの心も過分に沈むことなく随分と助けられていた。

「……なのかも、しれませんね」

「そ。オレも大して考えちゃいないしさ。エールの方がよっぽど立派だよ」

 ミロワダーレは部屋着から学園の制服に着替える。脱いだ衣服をきっちり丁寧に畳み、ベッドの枕元に置く。

「ちょっとトレーナー室に行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。打ち合わせですか?」

 部屋の外に向かおうとした彼女が振り返る。ミドルのボブに切り揃えた鹿毛の髪と、大半を占める白いメッシュの前髪を揺らしながら。

「おう! なんてったってもうすぐ本番だしな!」

 自信満面の笑みと共に力強くガッツポーズ。

 ダート重賞である武蔵野ステークスを控える十一月上旬。出走予定の彼女は調整の最終段階に入っていた。

 

 ミロワダーレ――現在クラシック級のウマ娘。道中は中団に待機し、最後の直線で一気に(まく)る差しのスタイルを得意とする。

 メイクデビュー戦で華々しく勝利を飾り、これでスターウマ娘への階段を駆け上る……かと思われた。

 

 サフラン賞、一番人気三着。

 

 萩ステークス、三番人気五着。

 

 GIII京都ウマ娘ステークス、五番人気二着。

 

 GIIIアーリントンカップ、四番人気二着。

 

 GII京王杯スプリングカップ、六番人気九着。

 

 健闘するも、もう一息のところで一着には届かず。

 勝負度胸は抜群、でも何か物足りない――それが彼女の評価だった。掲示板入りする実力はあるのだから、好転するきっかけを掴みさえすればGⅠでも勝負できるはず。

 ダート転向が良い起爆剤になればとファンは期待していた。

「……トレーナー。オレだよ」

 学園内にある担当トレーナー室。ミロワダーレと契約を結んだトレーナー、日村のプレートが付けられたドアを二、三回叩いた。

「どうぞ」

 扉の奥から彼の声が聞こえ、ガラリと引き戸を開ける。がっしりした体格で髪を短く刈り上げ、スポーツマン然とした青年がデスクワークの真っ只中だった。

 小耳にした噂では学生時代は陸上のトラック競技をしており、インターハイ出場の経験もあるとか。それがどうしてウマ娘のトレーナーを目指したのかは本人も語らず謎のまま。しかし経験者なだけあって走りを視る目は確かである。

「武蔵野ステークスの枠順が決まったよ」

「おぉっ、やっとか。オレ何番?」

「十一番。両隣はデュードロゥとストライクソウル」

「ふーん。まあ大外でもないし普通って感じだな」

 ミロワダーレの勝敗はラストスパートでの脚の斬れ味に掛かっている。そのためには道中控えつつ、有利な位置取りを心がける必要がある。変に内枠でバ群に押し込められてしまうより、距離的な不利が多少はあっても外目の方が動きやすい。

「今回のコースの特徴は頭に入っているね?」

「スタートから百メートルちょい芝コースでなだらかな下り。そっからワンターンで帰ってきて、最後の直線はなっげぇ五百メートルに高低差二メートルの登り坂のオマケ付き」

 淀みなく東京レース場のダートコースの特徴を答え、ミロワダーレは得意げに自らのこめかみを指で叩いた。

「オレだってバカじゃねぇし」

 芝コースと同様、東京のダートコースも最後の直線は国内有数の長さを誇る。しかも、千六百メートルに限り、スタートから暫くは芝コースを走るという唯一無二の特徴があった。

 ダート専門のウマ娘が不慣れな芝の感覚で戸惑うこともしばしばあるが、その点ミロワダーレは何の問題もない。

「うん、その通り」

「そういやトレーナー。武蔵野ステークスってアイツも出るんだよな」

 ――ライムトニック。

 明るい栗毛の髪をシニヨンにまとめ上げ、レモンのごとく色鮮やかな瞳を持つ。遅まきのデビューながらオープンレースを連戦連勝。ダート重賞初挑戦であるが、その注目度合いは桁違いだった。

「ああ。僕達トレーナーの間でも話題で持ちきりだよ。どれだけのパフォーマンスを見せてくれるのかって――ちょっとこれを見てくれないか」

 日村に誘われるがままに、ミロワダーレはパソコンのモニターを覗き込む。するとそこには、トレーニング中らしきライムトニックの画像ばかり。むしろどこで撮ったのかと思うほどにもう彼女まみれ。

「特にここ……これだ」

 ハーフパンツのトレーニングウエアで、背中を向けているライムトニックの画像。マウスを操作し、それをぐぐっと拡大した。

「この鍛えられた大臀筋(だいでんきん)。凄いと思わないか?」

 ――ライムトニックの臀部を。

(う……)

「一体どんなトレーニングメニューをすればこれほどまでに……」

 確かに鍛え抜かれた彼女の脚部。相当なトレーニングを積み重ねていることはミロワダーレにも良く分かる。しかしそれが二枚三枚、続けられる尻、トモ、ヒップの大写し。

「いや、まあ、その……オレはそういうのちょっと」

 色々と恥ずかしくなり、ミロワダーレは視線を逸らした。

「どうして? 他の走者のチェックをするのは当然じゃないか。もうレースの日が近いのだから可能な限り対策を……」

 日村はあっけらかんとしており、目を背けた理由については全くピンと来ていないようだった。

「あー……まあ、うん。そうだな。はっきり言わねぇと分かんねぇよな」

 むしろこうなる前に気づいて欲しかったが。ミロワダーレは尻中心のバックショットがいまだ飛び交うディスプレイを指さした。

「大の大人がさ、女の子の尻ばっか見てるってさすがにヤバいだろ」

 日村の視線がミロワダーレとディスプレイを行ったり来たり。そして暫し考え込む。

「あっ」

 どういう意図で言われたのか、それに気がついたのは数分経ってからのことだった。

「……言われてから気づくなよ……」

「いや――そうか。だからか」

「何が?」

「この前、河削トレーナーにライムトニックについて色々話をしていたんだけど、途中からまるで汚いものを見るような目で……なるほど、納得した」

 自問自答し、納得する答えを得て日村はしみじみと呟く。河削も河削で大概であるが、この眼前のトレーナーも別ベクトルで相当危険である。こうでもならないと中央のトレーナーというのは務まらないのだろうか。

(悪いヤツじゃないんだけどさぁ)

 せめて、年頃の女の子を相手しているという自覚は持ってほしいものだ。気兼ねなく会話できるとはいえ、最低限のデリカシーさえ持ってくれればと心の底から渇望した。

 

「――じゃ、トレーナー。またな」

「うん。レースまで気を抜かないように」

「わぁってるって」

 武蔵野ステークス前のミーティングを終え、ミロワダーレはトレーナー室を後にした。道中の位置取りやスパートを仕掛けるタイミングを整理し終え、いよいよ本番に臨むのみ。

「あれ? ミ〜ロち〜ん! こんなとこでどしたの?」

 寮に戻る途中、突き抜けて明るい声に呼び止められた。この特殊な呼び方をする者はただ一人しかいない。

「……トレーナーと打ち合わせだよ。レースも近いからさ」

「そうだよねっ☆ 私も実はおんなじでっ。初めての重賞レースだし、ミーティングは念入りにしておかないといけないよねっ」

 件のデカ尻――もとい、ライムトニック。半ば浮かれ調子である彼女が、誰もが注目する実力者ということとまるで繋がらない。とはいえ勝ち続けているのは確かであり、何を正解とすれば良いのやら。

「ミロちんもダートの重賞は初めてだったよね?」

「まあ、そうだけど」

「そっかぁ☆ じゃあお互い頑張ろうね!」

 手の指をいっぱいに広げて求められる握手。

 グイグイ来る押しの強さは嫌いではないが、それにしても随分と自分自分な感じではある。物静かなリコンスタとは対照的な印象だが、上手くやれているということだろうか。

 差し出された手を軽く握る。しなやかさと強靭さを併せ持つライムトニックの指が、ミロワダーレの手をがっしり掴む。

「――一着は私。絶対に譲らない……誰であっても、ね☆」

 不敵に微笑みながら、キラキラ輝く瞳の中にギラギラした光が灯る。ほんの一瞬ではあったが、そこに垣間見えたのは彼女の本質。

(へ〜……)

 俄然面白くなってきたと無言でやり返した。お互い力いっぱい、赤くなるまで相手の手を握り続ける。

 どちらも一歩も引かず、笑顔も崩さず。静かな争いが数分間続き、勝敗の決着を待たずに自然に離れた。

「じゃ、またねミロちん!」

 ギラギラの光は影も形もなく、またすぐにきらびやかなライムトニックの姿へ。相当な役者である。

 そしてさっと翻り、髪と同じ栗毛の尻尾を左右に揺らしながら立ち去ろうとした。

「あ……」

 ポツリと言葉が漏れたミロワダーレ。ライムトニックが耳聡くそれを聞き取り、待ってましたと言わんばかりに振り返る。

「なぁに? もしかして私の後ろ姿に見惚れちゃったぁ?」

「あー、いや……」

 彼女は自分の容姿にも絶対的な自信がある模様。向かう所敵なしで羨ましい限りだが、果たして本人に正直に言っていいものかどうか。間違いなく良い顔はされないだろう。しかし、言うまでしつこく問い質されるのは明らか。

 仕方がない。ミロワダーレは覚悟を決めた。

「お前、ケツでかいな」

「ひっどぉい!」

 顔を赤らめながら前屈み気味に、スカートの上より両手で尻を覆うライムトニック。

 一目で分かったその迫力は日村が注目するのも頷けるほど。やはりどうしても、どうしても言わずにはいられなかったのだった。

 

 夜も夜半を回り、消灯時間がとうに過ぎた栗東寮内はひっそり寝静まる。ミロワダーレとメイケイエールも静かな寝息を立てて就寝中。

 だが、パチリとミロワダーレの目が開いた。

(眠れねえ……)

 どうにも目が冴えてしまい、眠れる気配が一切ない。普段このようなことはないのだが、レース間近だからなのかもしれない。

 とりあえず、枕元に置いてあるスマホを手に取り、メッセージアプリを起動させる。この時間でも起きていそうなリコンスタにメッセージを送信してみた。

『起きてる?』

 すぐに付く既読の文字。

(やった)

          『起きてるよ。どうしたの?』

『なんか眠れなくて』

          『レース近いから?』

『かも』

 彼女には悪いが、少しの間話し相手になってもらおう。

『ダートのレース初めてだし』

『リコはダート走ったよな』

『感覚どうだった?』

 リコンスタはつい最近、ダートのオープンレースを走ったばかりだった。結果としては惜しくも三着だったようだが。

          『まあ普通かな』

          『学園のコースとおんなじ』

 ああいうトボけた形をして、彼女は案外器用である。右にヨレるという癖がなければ、芝ダート問わずどのレースにも出られただろうに。

          『それはそうとして』

          『イトちゃんから聞いたよ』

          『尻デカ女って罵られたって』

『そこまで言ってない』

 濡れ衣である。確かにお尻が大きいとは口走ったものの、そこまで口酷く言ったつもりはない。

          『まあ実際デカプリだし』

          『大根脚のくせにって怒ってたから』

          『おあいこってことで』

(大根脚は余計だろ……)

 とはいえ、発端は自分がうっかり口走ったことによるもの。若干後ろめたさもあり、文句を言える立場ではなかった。

 そういえば聞きたいことがあった。遅すぎない内に聞いておこうと、ベッドに寝転びつつ、両手の親指をスマホ上に走らせる。

『話変わるけどさ』

          『ん?』

『ライムトニックってどんくらい速いの?』

 彼女と同室であるリコンスタなら何か知っているだろうと。あまり褒められた真似ではないが、ライバルとなりうる者の情報は得ておきたかった。

 既読はついたがリコンスタから暫く返信はない。数分ほど開いた後、彼女から嘔吐するエモーションの絵文字のみが送られてきた。

 返信する指が躊躇っていると、追って彼女からのメッセージ。

          『ゲロはや』

『ゲロ』

 言いたいことは分かったが、まだ返す言葉に逡巡する。やがてその内、彼女から一本の動画を送信してきた。

          『ペルセウスの動画』

          『私とイトちゃんが走ったやつ』

          『ちょっと見てみて』

 それはリコンスタが走ったペルセウスステークスのものだった。言われるがまま送られた動画を再生する。

 普通のレース中継とは異なるカメラワークで、どうやら観客スタンドから撮影されたもののよう。

 音有りで見たかったが、メイケイエールは既に寝息を立てている。安眠の邪魔をしては悪いと、無音のまま動画を続けた。

 一斉にスタートし、リコンスタは見事なスタートダッシュで先頭から二、三番手につけた。ライムトニックは先頭集団に取り付き五番手ほどの位置取り。

(相変わらずスタート上手ぇな……)

 ゲートが開いた瞬間、するりと抜け出す姿は毎度ながら惚れ惚れする。お手本にしたいスタート巧者振りである。

 レースはそのままの状態で推移してゆく。リコンスタが前を走り、ライムトニックはその後ろでじっくり控える形。コーナーを回り、最後の直線に差し掛かった。

(相変わらずヨレんのな……)

 例の如く、右に右にヨレていくリコンスタに笑みがこぼれた。ある意味、スパート専用フラッグである。そして彼女が眼前を通り過ぎてから、ライムトニックが動き出した。

 他の出走者と一線を画する加速。瞬時に先頭に立ったかと思いきや、一バ身、二バ身と後続を離してゆく。

(マジか……)

 誰も彼女についていくどころか、追いすがることすら敵わない。最終的には四バ身は引き離したであろう圧勝劇。

 まるで役者が違う。なかなか大胆な発言をしていたライムトニックであったが、パフォーマンスを目の当たりにした今では頷ける。間違いなく実力はGⅠ級。トレーナー達から注目の的なのも当然。

          『見た?』

『見た』

『めちゃくちゃ速いじゃん』

          『ヤバいでしょ』

『ヤバい』

          『ヤバヤバ?』

『ヤバヤバヤバ』

 おどけた文面で(おのの)く絵文字を送るも、ミロワダーレの心情は非常に複雑となっていた。

 よりにもよって、か――。

 せめて別のレースであればと思えど既に遅し。ほろ苦い感情と共に、武蔵野ステークスの開催がジリジリと迫りくるのであった。

 

武蔵野動乱

 ――運命の日、来たる。空は天気晴朗にして雲一つなく。

「ん〜……」

 それに比して、ミロワダーレの心中はどんより曇り空。パドックを終えたものの、嫌な感じの緊張がずっと付き纏っていた。その証拠に、控え室では落ち着きなくウロウロし通しだったのだ。

『ん〜……』

『珍しいね。ミロワがそんな感じになるなんて』

『……ちょっとな』

『大丈夫さ。君はきっと勝てる。どんな相手だってゴール前で差し切れる』

『だといいけど』

 心にねっとりと付着し、拭っても拭ってもまるで綺麗になりはしない。レース前の緊張は珍しくもないが、今日はまた違う。

 

 ――臆しているのかもしれない。

 

 人気投票はライムトニックがダントツの一位。二位は自身も驚くミロワダーレだった。芝である程度の実績があり、ダート初挑戦ということで初物人気なのだろうが。

 走る前から、よくもまあ大きな期待を寄せてくれたものだ。ゲート入りまでに心を整えておかなければ、きっとレースもままならない。

「ミロち〜ん!」

 そんな心情を知ってか知らずか、地下バ道で声をかけてきたライムトニック。勝利を確信している余裕の表情である。

「……やったら元気だよな。レース前なのに」

「え〜? レース前だから元気にいかなくちゃ! 今日は負けないからねっ!」

 この栗毛のシニヨンの娘に不安という言葉はないのだろうか。腹立たしいを通り越して感心すらしてしまう。

(負けない、ねえ……)

 これが今、飛ぶ鳥を落とす勢いのある者。全身から眩い輝きを放っているかのようだ。足取り軽やかに本バ場へ向かっていくライムトニックの背中。それを追うミロワダーレの足取りは不安で定まらなかった。

 

 薄暗い地下バ道から陽光が燦々と降り注ぐ本バ場へ。暗と明のコントラストに視界が眩む。白いミルクの空間の中、聞き覚えのある声が二つ届いた。

「ミロワー!」

「……頑張れ〜!……」

 その方へ顔を向ける。風景がさっと色を取り戻す。

「エール、リコ……」

 地下バ道の出入口付近に陣取っていた二人。その姿を認めると、無意識にそちらの方へ脚を向けていた。

「――来てくれたんだな」

「なに水臭いこと言ってるんですか。初めてのダートが重賞レースだなんて、そんな大胆なことミロワにしかできませんよ」

 にこりと、メイケイエールの品の良い笑顔。まだ心中穏やかではないだろうに、そんなことは微塵も感じさせなかった。

「……ミロワ……緊張してる……?」

「ん。まぁちょっと? 相手が相手だし」

 ダートに活路を求めたミロワダーレ。初めの一歩で躓いてしまったら今後はどうなるか、と弱気な心が顔を覗かせる。京王杯スプリングカップで見せてしまった無様な失態、これ以上しくじる訳にはいかない。

「……じゃあそんなミロワに、イトちゃんの弱点を一つ……」

 ミロワダーレの耳がピンと立つ。きょろきょろ周囲を窺いながら、リコンスタにそっと耳を寄せた。

「……イトちゃんは……虫が苦手……」

「虫?」

 頭の中にクエスチョンの文字が埋め尽くされる。確かにそれは弱点であるのには間違いないが、だからといってレースとはまるで無関係で――。

「……部屋の中にね、蚊が入ってきただけでも……大騒ぎになるくらいで……」

「虫が苦手なのはまあ、うん。もっとなんか、走りに関するのとかで」

 藁にも縋る思い。同室のリコンスタならば、何らかの情報を持っているかもしれなかった。しかし彼女は膨れっ面でいたく不機嫌となるばかりだった。

「……らしくないなぁ……」

「らしく、って」

「……いつものミロワなら、笑って『それじゃ行ってくるぜ!』って感じになるのに……何かに怯えてるみたい」

 リコンスタの言葉が刺さる。

「べ、別に怖気づいてなんかねえって」

「……うっそだぁ……」

「嘘じゃねえよ」

「……ダート初挑戦、負けたらどうしようって考えてる……でしょ」

「それは」

 虚勢を張ってみるも、既に彼女には見透かされていた。負けたら後がないのではないかという弱気な心を。

「……走る前から負けること考えてても、しょうがないでしょ……」

 返す言葉もなかった。別に負けると決まったのではない。確かにライムトニックは強敵ではあるが、レースで走ってみないことには勝敗は分からない。

「そうですよミロワ。だって私に勝てたんですもの――自信持って。ミロワなら勝てます」

 夏の合宿、これまで背中を追いかけるだけだったメイケイエールを差し切ったのだ。砂地への適性というのは多分にあるだろうが、それでも彼女に勝てたというのはれっきとした事実。

「……大丈夫……? ごめん言い過ぎた……」

 柵から身を乗り出し、押し黙ったままのミロワダーレの顔を覗き込もうとするリコンスタ。その顔は友への後ろめたさ一色となっていた。

「いや――」

 そしておもむろに顔を上げる。

「全然平気だと思ってたんだけどさ……ガッツリ緊張してんな、オレ」

 知らず知らずのうちに雰囲気に飲まれてしまっていたのかもしれない。芝からダートへの転換、そして強力なライバルと。メイケイエールの苦悩を間近で見ていたためか、より肩に力が入っていたようだ。

 両肩をぐりぐり回し、最後に首をぐるんと一回し。凝り固まった筋肉が軋みを上げた。

「ミロワは一人で背負いすぎなんですよ」

「……そのくせ平然と振る舞いよる……」

「かもな――ありがと」

 まったく好き勝手に言ってくれる。しかし、今の今まで一人煩悶していただけにぐうの音も出ない。もしここに二人がいなかったと思うと背筋が寒くなる。

「早く行かないと試走終わっちゃいますよ」

「おう」

 初の東京ダート。以前、リコンスタは学園のダートコースと同じとは言っていた。とはいえ、既にいくつもレースが行われた後。コース状態は念入りに確かめておきたい。

「……ミロワ、ぐっどらっく(健闘を祈る)……」

「――よっしゃ! 行ってくるぜ!」

 強めのハイタッチを二つ、高らかに打ち鳴らす。そして背筋をしっかりと伸ばし、ミロワダーレは運命のダートコースへと小走りで向かっていった。

 

「十一番の方! ゲート入りどうぞ!」

 係員の案内に従い、ミロワダーレはゲートに収まる。後ろの扉が閉められると、前後左右を格子の金網で囲まれた数十平方センチの空間の完成。

 しきりに飛び交う係員の声とゲートが閉まる金属音。それらを聞きながら彼女の脳裏に顔が浮かぶ。苦境に遭っても決して負けずに前に進む友。身体のハンデがありながらも乗り越えようとする友。

 そして、既に学園から去った、かつての――。

 

 ――また勝てなかったらどうする?

 

 ぴしゃりと自らの頬を両手で叩いた。一度ならず二度三度と、乾いた破裂音が響く。

「へへ、いってぇ……」

 じんじんする頬の痛みに思わず苦笑い。

 

 ――また勝てなかったら、その時は――。

 

 ミロワダーレはゲートの中で走り出す体勢を整える。いつゲートが開いても良いよう、意識をじっと前に集中させる。

 

「――そん時は、勝つまで諦めねえだけだっ!」

 

 明鏡止水の心映え。黄金の鏡は曇り一つなく磨き上げられ、今日の秋空よりも深く清涼に澄み渡っていた。

 

 誰もが認める恵体、そして疑うことのないダートの才能。少し不遜な言動も計算の内。謙虚に縮こまるより、周囲を賑わせる方が頂に輝く星に相応しい。

 

 ――世の中は楽しさ(ポップ)で溢れているべきだから。

 

 芝の道が終わり、そして砂塵の大海原へ。明るい栗毛でシニヨンのウマ娘――ライムトニックがその一歩を踏み出した。

 前には先頭を逃げる者と左斜め前に一人、そして左後ろにもう一人。問題なくスタートを切り、内側につける三番手。

(……八……九……十……十一、順調、順調っ。さすが私♪)

 コース脇に立つハロン棒から次のハロン棒へ進む毎、頭の中で時間をカウントする。事前にトレーナーと取り決めたラップタイムを正確に守る。

 先頭の娘とはおよそ四、五バ身ほど。気持ちよく逃げさせているが、それはあくまでも今だけのこと。最後はゴール前で華麗に抜き去り、誰が主役であるのかを知らしめさせるのだ。

(スポットライトを浴びるのはこの私っ。誰にも譲ってなんてあげないんだから!)

 砂を蹴る脚に力が入る。デビューを遅らせクラシック夏のダートGⅠをも見送ったのは、シニア級のマイルのダートGⅠをことごとく手に入れるため。綿密なプランを計画し、そして完遂するために。

 

 東京レース場において、ダートコースは芝コースの内側に敷かれている。それゆえにカーブ半径も小さく、コーナーを減速せずに走るのは技術を必要とされた。

 ライムトニックは重心を移動し、遠心力を可能な限り相殺しながらコーナーを駆ける。これも幾度となく練習を繰り返してきた賜物(たまもの)

 決してまぐれでも、口だけでもないということを重賞勝利という結果で見せつけてやるのだ。頬にぴしりと当たる砂の粒を感じながら、彼女はコーナーの出口を見据えた。

 

 メモリアル60、そしてフジビューの二つの巨大なスタンドがウマ娘の帰還を待っていた。何万もの衆目を前にして武蔵野の雄が決まろうとしている。

 いまだ先頭は鹿毛のマスカットエオン。ライムトニックの目測で四バ身程度の差。既に最後の直線に差し掛かっている。

(しっかり魅せてよね――私のために☆)

 筋書きはこうだ。

 先頭を逃げるマスカットエオン。そのまま逃げ切ってゴールと思いきや、その前で華麗に(かわ)し、鮮やかにゴールを飾る。

 冷静沈着かつ華やかに。これからのことを考えると、これでもまだ地味めではなかろうか。

(さぁ――ここっ!)

 一際大きく蹴り上げ、砂塵が高く巻き上がる。栄光の一歩へライムトニックが大きく踏み出した。

 足裏の確かな感覚、着実に前との差は着実に詰まってゆく。残り四百、三百と迫りくるゴール板。必死に逃げるマスカットエオンの顔を窺った。

 口を開き、頭は高く。既に限界一杯の様相、彼女がこれ以上伸びることはないだろう。

(ご苦労さま――美味しいとこ独り占めっ!)

 苦悶の表情を眺めて浸る優越感。残すは先頭に並んで追い抜くのみ。華麗な勝利まであと一息だった。

 

 しかし。

 

「ヨソ見すんな! こっち見ろ!」

 

 右側から不意に声。反射的にそちらへ顔を向ける。

 そこには――。

 

「ありえねえって顔だな! 油断してんじゃねぇよ!」

 

『残り百五十の攻防! 先頭マスカットエオン、その外にはライムトニック! そしてまた外からミロワダーレだ! 更に外から末脚を使ってミロワダーレが迫る!』

 

 前髪の白いメッシュが目を引く、鹿毛のボブカットの娘。ミロワダーレが右から、今まさに追いつかんという勢いで迫ってきていたのだった。

(一体いつから? なんで気づかなかったの……!?)

 残り百を切る。細かく分析する余裕はない。全力をもって引き離そうとするも、彼女はじわりじわりと差を詰め、前に出ようとしてくる。

「私は! 負けないっ(・・・・・)!!」

 奥歯を噛み締め、ライムトニックの表情が歪む。

 ゴールまで残り五十。

「ンならお前の負けは確定だッ! オレは――勝ってやるっ(・・・・・・)!」

 ミロワダーレ最後の豪脚。砂を一際大きく蹴り、そして二人は横一線でゴール板を駆け抜けた。

 

『ライムトニック、ミロワダーレが横並びでゴールイン! 三着はマスカットエオン!』

 

 ライムトニックは徐々に速度を緩めて脚を止め、確定途中の着順掲示板に目をやった。

 レース運びは完璧だった。思い浮かべていた、抜け出して力を見せつけてのゴール。それがたった一つの、ちっぽけで巨大なイレギュラーによって阻まれた。

(まだ、まだ分からない……)

 自分自身が優勢だったかもしれない。すんでの所で凌ぎ切れたかもしれない。蜘蛛の糸に縋りつきたくなる思いで順位の確定を待った。

 

『第十一レース武蔵野ステークス、順位が確定しました――』

 

 着順掲示板に数字が灯る。

 

【挿絵表示】

 

「ぅおっしゃあああああっ!!!」

 湧き上がる歓喜の雄叫び。

 

『一着は十一番ミロワダーレ! 初ダート、そして初の重賞勝利! 記念すべき一勝を上げたのは十一番ミロワダーレ!』

 

 ライムトニック、ハナ差の二着――。

 何度見返しても変わることなく、着順掲示板は素知らぬ顔で残酷な結果を灯し続ける。歪む視界にぐらりと傾く上体。両腿に添えた手で辛うじて支える状態。

 喜びを爆発させるミロワダーレと、失望の底にあるライムトニック。両極端な姿を場内の大型ビジョンが捉えていた。

 

 カメラのフラッシュは歓待の花火。インタビュアーから向けられたマイクは祝福の花束。これが勝つことなのだとミロワダーレはその身で実感した。

 勝者の証、武蔵野ステークスの優勝レイを片手に、彼女は鼻歌混じりで地下バ道の帰途にいる。メイクデビューでの勝利から一年以上、やはり重賞勝利はまったく違う。

 メイケイエールは何度もウイナーズサークルに立っていたのかと思うと、彼女の方が上手であることを感じさせる。悔しくはあるが。

「待って!」

 後ろから呼び止める声に振り返る。

「お前……どうした?」

 ライムトニックだった。砂埃で汚れた顔のまま、ツカツカと歩み寄る。レース前の余裕たっぷりだった顔は鳴りを潜め、目元は心なしか(にじ)んでいた。

「泣くなよ……悪いけどレースなんだからな。ハナ差でもオレの勝ちは勝ち」

「それはいいの――良くないけどっ! そんなことより貴方に問い質したいんだけど!?」

 右手の人さし指を突きつけながらプリプリしている。ゴール目前で勝利をひっくり返されたのがいたくご不満の様子だった。

「ゴール前、私の負けは確定だって言ったのはどういうこと!?」

(あー……)

 返答に(きゅう)す。正直なところ、肌でその雰囲気を感じ取っただけであって、勢い八割のセリフである。大した考えがあっての発言ではないのだ。

「ほら、お前……負けないって言ったろ」

 あの時確かに感じたことを。思い出しながら言葉に乗せる。

「言ったわよ。それが何?」

「それだよ。負け、なんて後ろ向きな言葉が出てきた時点でさ。もう余裕がなくなってるってことだろ――オレは勝つって言った。だから勝った」

 上手く言語化できたかどうか。いずれにせよ、プライドが高いライムトニックには屈辱的なのは間違いない。両手を握り締め、肩を小刻みに震わせる彼女の姿にミロワダーレは危険を察知した。

「じ、じゃあまたライブで。遅れんなよ」

 火の粉が降りかかる前にそそくさと退散。そして残されたのは傷心のライムトニック。

「……なによ、なによ……!」

 伏せた顔、前髪が瞳を隠す。

「そんなのただの言葉遊びじゃない……ぜんっ、ぜん! 面白くないっ!」

 幼子が駄々をこねるように地団駄を踏んだ。それはとても激しく、打ち付けられた蹄鉄が火花を散らす。

 しかしすぐ、ずずーっと大きく鼻をすすって顔を上げた。湿った両の目尻をレース用ウェアの袖で拭う。

「勝つ……勝つ!」

 そして眼を真っ直ぐに。

「勝って勝って……勝ち続けるんだからっ! 絶対にっ!!」

 その言葉は誰にでもなく、自分自身に言い聞かせるかのように。ライムトニックの心が、本能が。強く立ち上がろうとしていた。

 

砂の乙女同盟

 武蔵野ステークスが終わって、ミロワダーレの脚は大なり小なり激走のダメージを負っていた。初めてのダートレースということで慣れない部分もあり、数日は完全休養を言い渡された。トレーニングは当然休み、自主トレも厳禁。いわゆるフリータイムであり、彼女はこの瞬間を狙っていた。

「授業終わりぃ!」

 一般教科が終わり、足取り軽やかに寮へ戻る。

 目的はただ一つ、とびっきり楽しみにしていた漫画を一人で、じっくりと読むために。年齢的にギリアウトかもしれないが、書店のお姉さんに頼みこんで目を瞑ってもらった一冊。それを誰にも絶対に見つからない場所に隠していた。

 今の時間ならメイケイエールもトレーニング中である。誰にも邪魔されず、自由に、憧れの大人の恋愛を追体験ができるのである。

「……あ!?」

 しかし、部屋の扉の前に見知った栗毛のウマ娘。

「待ってたよ、ミロちん」

 武蔵野ステークスで打ち負かしたライムトニック。顔を合わせるのが少し気まずい相手。

「いや……何で?」

 彼女は栗東寮でなく美浦寮の所属である。それがどうしてここに、しかも自分の部屋の前にいるのだろうか。

「ちょ〜っと確かめたいことがあって? お邪魔してもいい?」

 今日は読書に勤しむ予定だったが、だからといって無碍に追い返すのも忍びない。本を読むのはいつでもできる。

「まぁ……いいけど。お茶くらいしか出せねえよ?」

「おかまいなくぅ☆」

 何を確かめたいのは分からないが、武蔵野ステークス以前と同じ様には見える。にっこり笑顔で横にどく彼女を尻目に部屋の扉を開いた。

「お邪魔しま〜す」

 こうして遊びに来てくれるのは悪い思いはしない。ただ、レースの文句を言いに来たのでなければいいのだが。

 ライムトニックを連れて部屋に入る。今週の部屋の掃除当番はメイケイエール。彼女の細やかな仕事の前には、秋川理事長ですらも脱帽するだろう。その証拠に部屋には塵一つなく、そして自分の机の上に鎮座する――。

 

(……ぁぁァあア亜あA!?)

 

 ――秘蔵のコミック。

 

 音速の脚で机に取り付き、体を使ってライムトニックの視線から遮る。

 

 なぜ外に。

 エールか?

 どうしてバレた?

 ――というか母親みたいな真似してんじゃねーよ!

 

 急遽訪れる危機。さすがに自分の趣味を他の者に知られる訳にはいかない。どうにかしてライムトニックの目を盗み、別の場所に隠さなければ。

「どしたの?」

「え、あいや。何でも……」

 怪しまれてはいけない。注意を逸らし、その隙に引き出しの中にでも放り込むしか。

「ミロちんのルームメイトってメイケイエールさんだったよね?」

「そうだけど……」

 ライムトニックは背を向け、壁にかけて飾っていたメイケイエールの優勝レイを眺めている。

 好機。いまこの瞬間に全てを隠蔽するのだ。何というか、彼女にだけは知られたくない。非常に厄介なことになりそうな気がするから。

「ほほ〜、なるほど〜」

 後ろ手で本を探る。しかし不思議なことに、あるはずの感触がない。何度手で探ろうとも空振るばかり。

(なんで……!?)

 振り返ると、そこにあるはずの本が影も形も。全ては夢幻だったのか。いやそんなはずは。

「――やっぱり噂通り。ミロちんだいた〜ん☆」

 心臓に杭を打ち込まれたヴァンパイアの感覚。視線をライムトニックへ再び。

 持っている。

「――おぉ〜……あっ純愛派なんだね。ちょっと意外〜」

 奴が。持っている。

 一ページ一ページをじっくりと読んでいる。最初に読みたかったのは自分だったのに、彼女に先を越されてしまった。 こんなことはどうでもいい。まずは全身全霊をかけて奪い返さねばならない。この手を血で汚すことになったとしても。

 しかし、飛びかかろうとしたその時だった。

「ミロちん、BLって興味ある?」

 ピタリとミロワダーレの動きが止まる。

「――なんて?」

「BL。あ、略さない方がよかった?」

「言葉は知ってる。でも何で急に……」

 ありがとうと一言、ライムトニックが手にしていたコミックを持ち主に返した。明らかに困惑している表情ではあるも、とりあえずミロワダーレは受け取るだけ受け取った。

「ミロちんならそっちの方もイケるかな〜って。私、結構集めてて。ライトなのから――ディープなのまで」

 開いた両手を皿に見立てて上に向け、大きく傾いた天秤のジェスチャー。

「で、どう? ある?」

 再び問われる。

「ある」

 言葉は短くも、はっきりと力強く。そして大きく頷いた。

 普段よく読むシリーズにもそういったジャンルの話があり、前々から気にはなっていた。しかし書店で買うにしてもネットで買うにしても、これまでとは異なる恥ずかしさで二の脚を踏んでいたのだ。

「やったぁ! ここで会ったのも何かの縁! ってことで、お互いのコレクションを貸し借りして、一緒に楽しまない?」

 真っ直ぐな瞳に、差し出される手。

「私達は似た世界を好む者同士――仲良くしましょ!」

 それは好奇の目でも、困惑の目でもなく、一人の同士を見つけて明るく輝く希望の色。

 迷うことなく、ミロワダーレは彼女の手を握り返した。

「お前……や、ライム。よろしくな」

 予想だにしない、心置きなく語れる友がこのような形でできるとは。もう人目を忍んで一人でコソコソしなくても良いのだ。寮が離れているとはいえ、同じ空の下、コレクションの貸し借りという形で繋がっている。

 こんなに嬉しいことはない。

「えっへっへ、前にリコぴんから聞いてて気になってたんだよね〜。でもバッチリ感じたのは、合宿前に会った時だったかな?」

「合宿前っつーと、リコと一緒の……?」

「うん、そうそう! やっぱミロちんは私と同じニオイがするってビビッって来て、これは間違いないって!」

「それってダート適性ってことじゃ……?」

「ううん全然」

「マジか」

 どうやら、そっちのニオイをライムトニックは本能で嗅ぎつけたようだった。折角ならダート適性の方が色々と格好がつくのではあるが。

 しかし経緯はどうあれ。ミロワダーレは最高の好敵手(ライバル)と、そして最高の同志(ともだち)を一挙に手に入れたのだった。

 




※武蔵野ステークスのウマ娘読替え一覧
バスラットレオン→マスカットエオン
スマッシングハーツ→ストライクソウル
デュードヴァン→デュードロゥ

次話は年末にかけてのエピソード。
多分次話か、その次でクラシック級は終了。
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