Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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今話からシニア級突入です。一応、シニア級としては『もしも……』がメインのテーマになります。

もしフェブラリーステークスに出られていたら。
もしヴィクトリアマイルに出られていたら。
もしスプリンターズステークスで……。

という訳で、ここからはレースの内容も架空のものが多くなります。なるべく違和感がないよう心がけていきたいと思いますので、もう暫くお付き合いください。

そして最後の新キャラ、ヒカルアヤノヒメがモチーフのオリヒメです。
本格的な出番はシニア夏なので、今の時点では顔見せという感じです。しかし、物語終盤のキーパーソンなのでお見知りおきをば。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


シニア級:前半
The 22nd Yells 巡り合いのエール


抱負は大きく高らかに

 空気冴え渡る元旦。記念すべき一日は快晴での始まり。

「河削さん、起きてますか?」

 朝一番、メイケイエールが河削がいる客間の扉をノックする。パジャマの上から起毛素材のガウンを肩にかけ、ずり落ちないよう片手で首元をしっかり掴んでいた。

「起きてるよー。ちょっと待ってて」

「はい。もしかしてお着替え中でしたか……?」

「ううん。布団片付けてるとこ――どうぞ」

「失礼します――」

 OKが出るのを待ってから部屋の扉を開ける。河削は布団を片付け終わり、畳の上に脚を揃えて正座していた。艶めかしく髪を下ろす姿は大人の色香たっぷりで、同性ながらドギマギさせられる。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 メイケイエールも裾を直して正座となり、三つ指をついて丁寧に頭を下げた。その流れるような一分の隙のない所作に、河削本人も慌て気味に居住まいを正す。

「明けましておめでとう。こちらこそよろしくね」

 互いに頭を下げて数拍。どちらともなしに顔を上げ、ほほ笑みを交わした。

「ようやく来たね、シニア級。短いようであっという間」

「はい……そうですね」

「何はともあれ。今年も怪我なく頑張っていこうね」

 何の変哲もない新年の挨拶である。しかし、河削は握った右手をメイケイエールの前に差し出した。ゆっくりと、もったいぶるように。

「――高松宮!」

 ピンと立つ人差し指。

「――スプリンターズ!」

 次いで立つ中指。

「春秋スプリントGⅠ! 私達で(・・・)貰い受けよう!!」

 大阪杯から始まり、天皇賞春、宝塚記念と続く春のシニア級GⅠ戦線。そして天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念を終着とする秋のGⅠ戦線。しかしながら、スプリント戦線は中長距離を主とするそれらとは一線を画する。

 春の高松宮記念と秋のスプリンターズステークス。スプリントのGⅠはその二レースのみと限られている。快速自慢が数少ない王冠目当てに集まる訳だが、逆を返せば二つを獲れば名実共に最強のスプリンターと言って差し支えない。

 当然ながらそれは簡単な道ではない。しかし達成した暁には、それまでに払った労苦にお釣りが来るほどの名誉を賜ることができよう。メイケイエールも目指すことの意味と価値を十二分に理解していた。

「……はい!」

 頷く顔の、その瞳は力強い。昨年のスプリンターズステークスが不完全燃焼で終わってしまった分、今年にかける意気込みは段違いである。

「よし、じゃあご両親にも挨拶しに行かないとね」

「そうですね。お母様のおせち料理、とても美味しいのでびっくりしないでくださいね?」

「うん。知ってる」

「――え?」

「さー行こ行こ」

「あの河削さん、何で知って――?」

「さぁ〜?」

 わざとらしく素知らぬ風に振る舞う河削を追いかけて、二人はパタパタと廊下を走り、階段を降りてゆく。

「――」

 そのいかにも楽しげな様子を、妹のアリサがわずかに開けたドアの隙間から羨ましそうに眺めていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 河削にとって、新年をよそ様のお宅で迎えるというのは初めてではない。それは学生の時分であったりと、最近ではないにしてもそれなりに経験はしている。

「お父様、お母様、明けましておめでとうございます!」

「新年明けましておめでとうございます」

 しかし今回、担当しているウマ娘の実家というのはまったくの初体験。

「明けましておめでとう。二人共早いのねっ」

「明けましておめでとうございます。母さんの言う通り、ウチにいる時くらいゆっくり休んでもいいんじゃないかい?」

 キッチンで朝の支度をしているエールの母親――キサラ――と、リビングのソファーでくつろぐ父親。河削が何の違和感もなくこの一家に溶け込めているのは二人の懐が寛大だからなのかもしれない。

「居させてもらってる以上、私だけずっと寝かせてもらうというのも……」

 ましてや新年の朝である。他の家族が揃っている中、自分だけ呑気に寝ているというのも居心地がよくない。

「あらよそよそしい。トレーナーのお仕事は激務でしょうし、ウチにいる間は実家に帰ってきたと思ってノンビリして構わないわよ……ね、河削さんっ(・・・・・)

 パチリと片目を瞑ってアイコンタクトを飛ばすキサラ。すぐ横にメイケイエールがいるため、迂闊な反応もできずに乾いた苦笑いでその場を凌ぐしかなかった。怪訝な表情となる隣の彼女だが、それ以上の追及がなかったのは不幸中の幸い。

「――あら、アリサ? いつの間に?」

 そして、しれっと河削達の後ろに立っていたアリサ。声をかけづらそうに隙間から頭を覗かせているのをキサラが気づいた。

「ごめんなさいアリサ。もしかして邪魔だった?」

「ううん、大丈夫。明けましておめでとうございます、お姉様、河削さん」

 眠そうな目を擦りながらの新年の挨拶。寝起きでくしゃくしゃになっているとはいえ、茶色がかった髪は姉のメイケイエールそっくりだった。

「じゃ、皆揃ったとこでおせち食べましょ。これ運んでってくれるかしらっ?」

 とにもかくにも、これにて一家勢揃い。夢と希望と愛情がみっちり詰まったお重をテーブルに並べ、雑煮の椀に祝い箸、そして取り皿も忘れずに。

「今年はね、河削さんもいらっしゃるから特別張り切っちゃったわっ!」

「うわ、お重が沢山……張り切ってたもんね、お母様」

 アリサが長い髪を頭の後ろで括りながら、目を皿のように丸くしている。おせち料理はどれもこれもプロが作ったものと遜色ない。このクオリティを日常的に食べられるとは実に羨ましい限りである。

「さ、お雑煮が冷めちゃうからいただきましょうねっ」

「頂きます――河削さんも遠慮せずに召し上がってください。母さんの料理の腕はとびきりですから」

 父親の号令で始まる団欒。もう味見させてもらいました、とは言えなかったが、その代わりにお雑煮に口を付けた。

 出汁の香り漂うすまし汁に角餅と鶏肉、そして青菜というシンプルな内容。使っている具材が少ない分、一つ一つの味がしっかりと出汁に溶け込んでいる。優しい味わいが口の中いっぱいに広がり、飲み込むのが惜しくなってしまう。

「――お雑煮大丈夫だった? お口にあうかしら?」

「いえ、とても美味しいです。この辺りのお雑煮ってお澄まし使ってるんですね」

「場所によって具はちょっと違うけど、大体はお澄ましかしらねぇ? 河削さんのご実家ではどんなのかしら?」

 記憶の底から実家のお雑煮を呼び起こす。少なくともここ数年は帰っておらず、家庭の味というものが薄れつつあったが。

「ウチは……白味噌で丸餅入れてましたね。大根と人参、あと里芋も」

「あら!」

「滋賀なんです。実家」

 滋賀と愛知はさほど離れてはいないが、それでも餅の形や出汁からまるっきり違う。尾張の味に慣れ親しんだメイケイエール達は未知のお雑煮の姿に興味津々と瞳を輝かせた。

「お味噌使ってるんですね! どんなお味なんでしょう……美味しそうです」

 エールなら何でも美味しく食べてくれそうだなと、河削ははにかむ彼女を前にして思う。ただまあ、メイケイエールを満足させるにはかなりの量が必要かもしれない……少なくとも寸胴鍋を複数個は。

「あっ、お父さんごめんなさい。お酒飲みます?」

 やはり新年、そういうのも開放的になるのだろう。しかしメイケイエールの父はやんわりと手で制した。

「いや、今日は名古屋に挨拶しに行こうと思ってね。年明けから開いているから、あそこは」

「名古屋といいますと、やはり……」

「そう。名古屋レース場。河削さんも一緒にどうです?」

 愛知県にはウマ娘のレース場が二つ存在する。一つは言うまでもなく中京レース場。そしてもう一つは名古屋レース場。NAU――地方ウマ娘全国協会――によって管理された地方レース場の一つである。

「ぜひお願いします」

 躊躇うことなく、河削は頭を下げた。

「河削さん、お仕事はなるべくって……!」

「ゴメン。でも地方のトレーナーやレース場と交流する機会なんて早々ないからさ。これは是が非にでも行きたくて」

 メイケイエールが抗議する気持ちも分かるが、これは絶好の機会なのである。普段は担当するウマ娘を見ることにほとんどを費やすため、外部交流するタイミングは全くないと言ってもいい。

 しかも中京レース場の社長と同席できるという最高の条件。これをみすみす逃すトレーナーがいるとしたら、その者は間違いなく三流であろう。

「エールも一緒にどうだい? 名古屋レース場にはまだ行ったことがなかったよね。行ってみてもいいんじゃないかな」「確かにそうだけど……」

「いつもだとレース運びの勉強とかを兼ねてだもんね。たまには純粋にレースを見るだけってのも悪くないと思うよ」

 彼女は少々納得いかない様子だったが、それでも最終的には首を縦に振った。トレーナーと二人で自宅でのんびり、という予定だったのかもしれないが、そう上手くはいかないのが世の常なのである。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

名古屋に輝く織姫様

 名古屋レース場は伊勢湾を臨む湾岸エリアに存在している。中京レース場からは高速道路を使って三十分ほどの距離である。

「名古屋は少し前に移転が終わりましてねぇ。湾岸エリアに移って周辺に民家がなくなったので、ナイターのレースができるようになったんですよ」

 今日は海風が強めだと聞かされ、メイケイエールは防寒対策をしっかり整えてきた。ベージュのコートにコーデュロイのスカートを合わせ、その下は裏起毛のタイツにムートンブーツである。一方、河削はビジネスライクなジャケパンスタイルに身を包む。

 ハンドルを握る父親は破顔しっぱなしだった。愛娘が着いてきてくれることがいたく嬉しいようで、それを隠す素振りは一切見られない。

「昔は中京でも地方のレースをやってたんですよ。でも組織上の体制を確立させるために取り止めになってしまって……いやぁ勿体ない。ほら、中央のレースは土日だけでしょう? 地方は平日も走ってるんで、ウチとしては施設を遊ばせずにお客さんを呼べて良かったんですけども。まあ売り上げという面では少し厳しいところもあるにはありますが、採算ばかり見ていてはウマ娘のレースの本質がね。ぼやけてしまいますし――」

 とにもかくにもよく喋る。酒でも入っているのではないかと疑ってしまう。その勢いは立て板に水のごとく、河削は相槌を打つばかりで横から口を挟む隙間すらなかった。

(……エールのお父さん、いつもこんな感じ?)

 あまりに圧倒され、後部座席に並んで座るメイケイエールにそっと呟く。

(……今日は特によく喋ります)

 どうやら、メイケイエール自身もここまでのべつ幕なしに喋る父親の姿は想定外だったようだ。どう反応していいか分からずに彼女も困惑しきり。

「そもそもですね。ここ名古屋地区にレース場ができたのは明治の頃、欧米諸国に倣ってウマ娘専用の競技場を作ろうという運動が始まりでして――」

 とうとう歴史の講義が始まってしまった。これはもうダメと言う他ない。河削が話を合わせて相槌を打つ中、メイケイエールは早々にうつらうつらとしながら名古屋レース場へと一路向かっていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 名古屋レース場は移転して間もないからか、どこもかしこも綺麗で真新しい。スタンド棟の白い壁は陽の光を浴びて一層眩しく輝き、青空に際立っていた。

 そして河削とメイケイエールは父の案内の元、受付を済ませてレース関係者専用のエリアに連れられていく。途中から係の担当者に付き添われ、向かった先は広いロビー。落ち着いた色の赤い絨毯に、天井からぶら下がるシャンデリア。フロアの隅には、応接用とみられるエリアがパーテーションで幾つも分けられていた。

「理事長はあちらでお待ちです」

 係員が手で示したその先に目を向ける。革張りのソファーには整った口髭を持つスーツ姿の初老の男性がゆったりと腰掛けていた。その傍らには、同じくスーツ姿で髪を短く整えた若い男性がいる。両手でアタッシュケースを提げて直立不動の姿勢を崩さない。

「――おぉ尾藤(びとう)さん! わざわざお越しいただきありがとうございます!」

 双方同時にお互いを認識したらしい。初老の男性がすっくと立ち上がり、満面の笑みを浮かべてこちらに歩み寄る。若い男性はこの二歩後ろを控えめに付き従う形。

「いえ、こちらこそお時間いただきまして――新年明けましておめでとうございます。本年もお引き立てのほど、よろしくお願いいたします」

「何を仰る! 尾藤さんを始め、中京の皆さんには力をお借りするばかりで心苦しいばかりですよ――何やら、今年は普通の挨拶ではなさそうですな?」

 初老の男性の視線がメイケイエールと河削に向けられた。人の良さそうな感じはするが、初対面であるがゆえ悟られない程度に警戒を強める。

「またまた、もう分かっておいででしょう? 娘のメイケイエールと、トレーナーの河削さんです」

 紹介と共に二人して一歩前に。

「こちら、名古屋トレセン学園の理事長をしてらっしゃる木曽さん。後ろは秘書の長良さん」

「ち、父がいつもお世話になっておりますっ!」

「メイケイエールの専属トレーナーを務める河削と申します。新年からお目にかかることができ光栄です」

(なるほど、名古屋のお偉いさんか――)

 深々と頭を下げつつ、次の行動をどうするか考える。

 一般的に、トレセン学園といえば東京にあるトレセン学園を指す。しかしそれはあくまでも中央のトレセン学園であって、地方にはまた複数のトレセン学園が存在するのだ。

 その場所は笠松、高知、帯広、そしてここ名古屋を始めとして各地に点在している。心身共に健やかなるウマ娘の育成機関として、また地域振興を目的として。地方レース場で中央と変わらぬ熱戦が繰り広げられているのである。

「こちらこそ光栄ですよ。新年から噂に違わぬ美人のお二人にお会いできていやぁ、心が洗われるようですな!」

 木曽理事長と握手を交わす。骨張ってゴツゴツした手は見かけよりずっと力強く、バイタリティに溢れていた。多少、セクハラ気質がありそうなのには目を瞑るとして。

「それにしても尾藤さん、自分のレース場で娘さんが勝つところを見れるだなんて世界であなたくらいなものですよ! なんと羨ましいことか」

「いやいや! まぁそれほどでもありますとも! 何といっても自慢の娘ですからね!」

 顔を見合わせ、ガハハと大笑いを繰り広げるメイケイエールの父と木曽理事長。オッサン特有のノリをその周囲はただ静かに眺めるのみだった。

「――ああそうそう、木曽さん。ちょっとお願いがありまして」

「新年早々、何か込み入った話ですかな?」

「いえ、そう難しい話ではなく――ね、河削さん」

 なるほどここでバトンタッチか。場を良い感じに温めてくれたので、交渉は非常に容易そうである。

「はい。中央と地方におけるトレーナーの意見交換ができればと思いまして。しかしながら地方で活躍されているトレーナーとの接点が少ないため思うようにいかず……木曽理事長からお声がけ頂くなど、お力添えを頂ければ誠に幸甚の至りです」

 とはいえ相手は理事長である。失礼がないよう最大限に言葉を選び、再度大きく頭を下げる。

「それは素晴らしい! 私共としても技術交流でトレーナーのレベルアップが図れるのなら願ったり叶ったりですとも――長良君」

「はい」

 背後に控える秘書を指で呼び寄せる。

「今日出走する娘のトレーナーから目ぼしいのを何人かピックアップして呼びかけておいてくれ給え。中央の、そうだな――超一流の美人トレーナーと意見交流会と銘打てば食らいつくこと間違いないだろう」

「かしこまりました」

「お計らい頂きありがとうございます」

(……私は餌かっ)

 人気アイドルとの握手会のような雰囲気を出されているが、お願いしている立場であるため文句は言えなかった。少なくとも名古屋所属のトレーナーとの意見交換とコネ作りという、当初の目的が果たせればそれで良いのだ。

 しかしここで一つの問題が生じる。

 

 ――メイケイエールが完全に手持ち無沙汰となってしまうということ。

 

 トレーナー同士の話では彼女は完全に門外漢。かといって父親にずっと付き従っていても、周囲が仕事関係の大人ばかりでは気疲れしてしまうに違いない。

「あ、私はレース場を色々見て回ってますね。レースも興味ありますし」

「ごめんね、初めて来た場所で一人にさせちゃって」

「気にしないでください。河削さんはトレーナーの本分をし〜っかり、果たしてくださいねっ」

 こちらの心配を見透かしているのか、メイケイエールはへっちゃらという風におどけてみせた。言葉も通じぬ外国でもなし、一人の方がむしろ気楽に動けて気分転換になるかもしれない。

 であれば、後は彼女に任せて――。

「おや、もしやメイケイエールさんは名古屋レース場は初めてですかな? でしたら案内の者を一人つけましょう」

「いえ、そんな。私一人でも全然平気ですので……」

 好々爺のような木曽理事長であるが、ここぞとばかりに耳聡い。そして有無を言わさぬ強引さも持ち合わせており、十代半ばの小娘に太刀打ちできる相手ではなかった。

「折角お越しくださったお客様をお一人にするなど尾張人の名折れというもの。ご心配なさらずとも、メイケイエールさんをお相手するのに相応しい者に案内させましょう――長良君、オリヒメ君は今日来ていたね?」

「はい。レースの出走予定はありませんが、レース場関係者への挨拶回りということで」

「うむ! では彼女を呼んでくれ給え!」

 付け入る間もなく、エスコートされることが確定。オリヒメなる人物は一体どのような人物なのだろう。

「オリヒメ君はね、とにかく素晴らしいウマ娘でね! 名古屋トレセンのレジェンドと言っても過言ではないでしょうな」

「……あ、ありがとうございます……」

 カラカラ笑う木曽理事長とは対照的に、メイケイエールは乾いた弱々しい笑顔を浮かべるのみだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 正門から一直線の入場通路で結ばれ、名古屋レース場のダートコースとパドックに挟まれる位置に立つスタンド棟。その一階の入り口を入った所がオリヒメなるウマ娘との待ち合わせ場所だった。

(どんな方なんでしょうか……)

 スタンド棟に出入りする人達を眺めつつ、メイケイエールは相手が来るのを待っていた。館内のスピーカーからは琴の調べが流れ、合間にレースやイベント等の情報がアナウンスされている。

 正月の午前中という世間ではダラダラしていたい時間帯ではあるが、人の流れはまずまずの多さだった。待ちウマ娘は頭の後ろでポニーテールにした鹿毛に、前髪の上から下まで真っすぐ走る細い流星が特徴だという。出入り口に目を向けるが、そのような人物はまだ見当たらない。

「初めまして。メイケイエールさんですね」

「ひゃ、いっ」

 全くの油断。出入り口とは反対側から声をかけられ、締まりのない返事をしながら振り返った。

「理事長からお話を伺いました。(わたくし)、名古屋トレセン学園で生徒会長を務めるオリヒメと申します」

 そこには事前に教えてもらった通りのウマ娘が。鹿毛のポニーテールに真っすぐの流星。理知的で涼やかな眼差しは非常に大人びており、同年代だとはとても思えなかった。

 

【挿絵表示】

 

 そして何よりも名古屋トレセンの生徒会長だという。確かに粛々とした雰囲気があり、中央の生徒会長であるシンボリルドルフとはまた違った迫力を持ち合わせている。

「中央トレセン学園のメイケイエールです。申し訳ありません、生徒会長さんだとはつゆにも思わず……」

 頭を下げて感謝の念を述べつつ、ちらりと上目遣いで様子をオリヒメを観察する。

 名古屋トレセン学園の制服だろうか、中央のトレセン学園とデザインがよく似ており、膝丈のスカートにニーソックスまで瓜二つである。しかし中央の方は菫色が主で白のラインが入っているのに対し、名古屋は白地に朱色のライン。胸元で輝くリボンの留め具は蹄鉄を模したものではなく、五角の星形となっていた。

「いえ、ちょうど用事を終えたところですので」

 見た目は少々派手だが、それを感じさせないのは彼女の非の打ち所のない立ち居姿によるもの。両脚はスラリと伸び、ただ踵を揃えて立つだけでもとにかく様になる。

「何より、中央からお越しいただいたお客様ですから。名古屋のウマ娘の長としてこれくらいは当然のこと――そろそろ次のレースのパドックも始まりますし、ご案内いたしましょう」

「よ、よろしくお願いしますっ」

 思い返せば理事長が直々に呼び出すのだから、ひとかどの人物が来るのは間違いなかった。生徒会長というのは想定外だったが。

 しかし、案内してくれるのを嫌とは言えない。ポニーテールと尻尾を同じように揺らし、静かに歩くオリヒメの後ろに着いていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

そして冷涼な空はそぞろ立つ

『只今よりクラシック級Bクラス限定、初日の出賞出走者のパドックを開始いたします』

 パドックはスタンド棟から出た目と鼻の先だった。中央のレース場のパドックのようにランウェイ等はなく、一般的なフラットな舞台の様式である。

 観客席は段々状にパドックと相対する形。応援に来たと思われる、オリヒメと同じ制服のウマ娘や出走者のファンがちらほらと席に着いていた。

「実はスタンド棟の二階からパドックが見下ろせるのですが、こちらの方が分かりやすいと思いまして……寒くはありませんか?」

 メイケイエールはオリヒメの案内で、スタンド棟すぐ外にあるテラスに通された。パドックの右から左までしっかり見渡せる穴場スポットなのだそうだ。

「大丈夫です。ところで、Bクラスというのは……?」

「一つの級の中で、ウマ娘の実績に応じてクラスをAからDまで割り振って細分化しているのです。地方だけの特徴ですが、地方によっては数字やいろは、といった仮名文字を使用している場所もあります」

「では、一月でクラシックということは先月までジュニアですよね。もうBクラスになった方がいらっしゃるのですか?」

「級が上がる際はクラスは据え置きなのです。先月までジュニア級のBクラス……トップには至らないまでも、皆有望なウマ娘達です」

 地方と中央の違いに相槌を打ちながら関心する。確かに、一つの級の中でもクラスを分ければ、観戦する側には活躍度合いが分かりやすくなって良いかもしれない。

「オリヒメさんはシニア級ですか? 生徒会長をされてるのでしたらやはり……」

「シニアのCクラスです」

「……すみません。無遠慮な質問でした」

 何気ない質問のつもりだったが、予想外の気まずさにメイケイエールは顔を伏せる。生徒会長ならば文武両道、ウマ娘の長たるべきと、シンボリルドルフを見てきたが故の思い込みだった。

「構いません。それが私の今の(・・)実力ですから」

『一枠一番、メイスペースです』

『デビューしたての頃は安定感に欠きましたが、ジュニアも後半になるにつれ身体もできてきましたね。今年は更なる飛躍が期待できそうです』

 パドックに出てくる一人一人に惜しみなく拍手をするオリヒメに悟られぬよう、メイケイエールも負けじと拍手を送る。しかしその音はどこか重く、くぐもった感じで寒空にかき消えていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「観覧席はこちらです。この時期は比較的空いていますので、お好きな席にお座りください」

 メインのコースはスタンド棟を挟みパドックの反対側。一階部分は屋外、二階部分は屋内となっている。冬の寒さと時期もあってか、一階席に座る観客は疎らだった。

 しかし何よりもまず目を引いたのが――。

「スタンドのすぐ外がもうコースなのですね! 外ラチがこんなに近く……!」

 観覧席前の立ち見エリアの向こうはもう本バ場である。柵から手を伸ばせば外ラチに手が届きそうなほどに近い。中央のレース場では安全面を考慮して観覧席と本バ場は離れていることがほとんど。ここまで隣接しているのを見るのは初めてだった。

「すぐ目の前を走っていきますから。皆の足音は迫力がありますよ」

 折角なのでメイケイエールは最前列の席に着いた。レースはまだ発走準備の最中であり、スタンドから見てホームストレッチの右手奥、第四コーナーのポケットにスターティングゲートが敷かれていた。

「名古屋のコースは一周1180メートルです。これから行う初日の出賞は1500メートルのマイル戦――なのでホームストレッチの奥からスタートし一周してゴールになります」

 ホームなだけあってオリヒメの説明は淀みない。中京レース場は一周がおおよそ1700メートルで三分の二ほどの大きさ。コースもダートの一種類のみであるため、相当コンパクトに纏められたレース場という印象だった。

 

『ご来場の皆様、新年明けましておめでとうございます。クラシック級Bクラス限定、初日の出賞。発走の時刻となりました』

 

 スタンド棟正面には大型ビジョンが設けられ、ゲートに順調に収まってゆく様子が映されている。

「走る方の紹介動画……とても凝られてるのですね」

 大型ビジョンの画面は二分割され、出走ウマ娘の紹介映像も併せて流れていた。アイドルのイメージクリップといった装いで、どの娘も趣向を凝らしたものだった。

「名古屋レース場ではリアルタイム中継に力を入れていまして。今、このビジョンに流れている映像と同じ物がネットでも観られるようになっています」

「中京でもここまで整備されてないですよ。父に教えてあげたいくらいです」

「ありがとうございます。実際、そうまでしなければ――」

 オリヒメは口を手で押さえ、出かけた言葉を強引に止めた。これまで淡々としていた彼女だが、その顔にはわずかながら動揺の色が浮かぶ。

「……オリヒメさん?」

「――いえ、何でもありません。今の時代、ネット上でレース観戦できるのは当たり前ですから」

 何をオリヒメは言おうとしていたのだろうか。すぐ隣に座る彼女であるが、その間には見えない透明な壁が立ち塞がっている。初対面だからかもしれないが、他にまだ要因がありそうだった。

「ヒメ会長〜!」

「――あら」

 そのまま映像を眺めていると、長い栗毛の髪を下ろしたウマ娘が駆け寄ってきた。オリヒメと同じ制服を身にまとい、名古屋トレセンの生徒ということは一目瞭然。

 生徒会長をしているオリヒメだからヒメ会長ということか。呼ばれ慣れているらしく、ごく自然に彼女は立ち上がる。それに少々遅れる形でメイケイエールも。

「明けましておめでとうございます! ヒメ会長!」

「明けましておめでとう。貴方は今年からシニア級でしたね。お互い頑張りましょう」

「はい! ヒメ会長のように素敵なウマ娘になれるよう頑張ります!」

 ぺこりと頭を下げ、長い栗毛のウマ娘はスタンド棟へ向かっていった。

「オリヒメさん、生徒さんに慕われているのですね」

 彼女の背中を見送るオリヒメの顔はとても柔和で慈しみに溢れている。これまでの、どこか険のある顔とはまるで別人のようだった。

「そうだと良いのですけれど……私、目つきも良くないですから」

 メイケイエールですら羨む魅力があるのに、それに気づいていないのは何と罪作りなことだろう。

「そんなことありませんよ。ほら、ここに来る前にも――」

 パドックから観覧席に向かう際、見せたい場所があるとメイケイエールはスタンド棟のとある場所に案内されたのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ウマビューコリドーと銘打たれた、前面が大きなガラス張りとなった一角。屋内のバ道が一望でき、パドックからウマ娘達が本バ場へ臨む様子がありありと分かる空間だった。

『ファンが最後の最後まで応援いただけるよう、地方レース場では初めての設備だそうです』

 オリヒメの言葉通り、推しのウマ娘の内輪やタオルを持ってアピールしているファンが何人もいた。メイケイエールとオリヒメの二人は邪魔にならないよう、コリドーの一番隅に陣取った。

『ファンの方々にアピールするのもそうなのですが。こうして応援して下さってるのを直に感じることで、出走する側も再確認するのです。私達は一人ではないのだと――』

 一番手のウマ娘が前を通りかかった時のこと。

『――!? ♪♫♪♫☼☆❀!!』

 彼女はオリヒメがいることに気づいたらしく、大きく口を開けてびっくり仰天。瞳をキラキラ輝かせ、両腕をブンブン振って熱烈なアピールをしてみせた。

 しかも後続にも教えたらしく、通る皆全員がオリヒメへアピールという名の挨拶を。それを受ける彼女も、微笑みを絶やさず、全員が通り過ぎるまで手を振り続けたのだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「――あれは、生徒会長としての役割を果たしたまでですのに」

「でも、慕われてないと向こうから声をかけたりとかしませんよ? 自信持ってください♪」

「――まあ。お上手ですこと」

 誰しも、褒められて悪い気はしないもの。わずかに紅く染める頬は照れ臭さか、冬の寒さによるものか。いずれにせよ、生徒会長に支持されるだけの魅力があるというのは間違いないだろう。

 

 そして、ファンファーレが場内に鳴り響く。

 

『場内の皆様、大変お待たせいたしました。新年と共に志新たに集ったウマ娘十一名、新年一発目を勝利で飾る福ウマ娘は誰になるでしょうか』

 

 大型ビジョンには身構える十一人が収まるゲートが映される。

 

『各ウマ娘、体勢整いまして――スタート!!!』

 

 開け放たれるゲートと同時に待ってましたと言わんばかりに飛び出すウマ娘。その光景に、わぁっと観客達も席から立ち上がった。

 

『好スタート好ダッシュは三番ナンプウハヤテ! その次に九番ムーンライトビュティ! 一番メイスペースが続きます!』

 

 第四コーナー奥のポケットから、地響きを引き連れてウマ娘達が猛烈な勢いで駆けてくる。心震えるそのサウンドに、メイケイエールはありったけの檄を飛ばす。

「みなさーん! 頑張ってくださーいっ!!!」

 オリヒメは隣で微笑ましくそれを見ていた。しかし、彼女は周囲の変化に耳聡く気がついていた。

 

「ねえ、あそこにいるのってメイケイエールだよね……?」

「え――? あっ本当だ! サイン貰えるかな……?」

「すっげぇメイケイエールだ! やっぱ超美人だよなぁ……お願いしたらツーショット撮らせてくれっかな?」

「ダメ元で頼んでみようぜ!」

「ここで中央のアイドルウマ娘と会えるなんて……ウマックスで拡散拡散っと♪」

 

 周囲の観客がメイケイエールの存在に気がつき始めていた。オリヒメは緩んだ口元を引き締め、忙しなく両耳を動かし周囲を注意深く伺い始める――。




次話は帰省編後半。
少しずつメイケイエールを曇らせていきます。
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