友人との約束、そしてトレーナーとの間に入りゆく見えないヒビ割れ。
シルクロードステークスまで入れるとちょっと長くなってしまうので、キリのいいとこで分割しました。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
再逢の五つ星
白い吐息にかじかむ指先。冬休みを名残惜しくも終えた生徒達が学び舎に戻る時合がやってきた。
実家に戻って羽を伸ばした者、自主トレに
そして、その中で再起を願った少女が一人――。
「や、みんな。あけましておめでとう」
昨年の秋頃に足を骨折し、熊本の実家で自宅療養を送っていたベネベネ。新学期のタイミングで学園に復帰を果たしたのだった。
「ベネさん、あけましておめでとうございます! 本当に、戻ってこられて――」
「折れたトコはどんな感じ? やっぱまだ走んのはダメか?」
始業式後の空き時間を利用し、メイケイエールを始めいつもの五人が中庭のテーブルに集う。話すことは様々あれど、やはり話題の中心はベネベネだった。
「いつもん生活を送るとは問題なかよ。治ったトコがまだ微妙やけ、走ったり患部に負荷かけんのはいかんって」
「……そっか。でも良かった……また皆で集まれて……」
自販機で買ったカフェオレの缶を両手で包み、リコンスタが安堵の声を漏らす。言葉には出さないが、メイケイエール始め誰もが同じ想いだった。
「うん。リコさんや皆もちょくちょく通話してくれてありがとう。マシロだけやと堅苦しゅうてたまらんけん」
「ちょっとベネ。毎日通話してたのに酷い言い草じゃない」
「ん〜? 一人じゃ寂しい寂しいって何度も言いよったやろ」
「……おやぁ……熱烈なラブコール……」
「良いじゃない。寂しいものは寂しいのよ」
からかわれながらも嬉しさを隠さないマシロ。特にルームメイトだけあり、ベネベネの復帰を一番喜んだのは彼女に違いない。
レースへの出走はまだ遠いものの、身近にいるというだけで心の支えとなってくれるのだから。
「あの、ベネベネさん。これ、お返しします――」
メイケイエールは花柄で小さめの紙袋をおずおずと差し出した。
「ん、ああ。これは……」
ベネベネが紙袋の封を解くと、中からは真っ赤な赤襷が。彼女がスプリンターズステークスの直前にメイケイエールへ託したものだった。
「わざわざ手渡ししてくれたんや。郵送でんよかったんに」
「どうしても、直接渡さないといけない気がしまして」
ベネベネに託された想いと、彼女から継いだ気持ち。それに応えることができなかったのが、唯一にして最大の心残りだった。絶好調だったはずのメイケイエールの不調――ファンの間では未だに謎の敗戦と噂されていた。
「すみません。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや、あれはエールさんにいたらんモン背負わせたウチが悪かと。謝るんなウチん方やけ、顔ば上げて」
互いに相手を思いやるがゆえのバツの悪さ。ベネベネもメイケイエールも全ての責任は自分にあると考えており、だからこそ譲れないのである。
もし譲ってしまったら、相手にも落ち度があったと認めてしまうことになる。生まれも性格も様々違う二人だが、根本の部分は似た色をしているのだ。
「なんだよ、新学期からなんか暗ぇな」
にっちもさっちもいかない状況。それを破ったのはミロワダーレだった。席から立ち上がり、メイケイエールの肩に手を乗せた。
「今日はみんなオフなんだろ? カラオケ行こうぜ、五人で久々にさ!」
歯を覗かせながらにいっと笑う。
「……おぉ……良いね……」
「マシロはどうよ? 行ける?」
「飲食物が持ち込みできるお店ならいくつか把握しているわ。買い出ししてから行きましょう」
「よーしでかした! さすが白毛なだけあるよな」
「白毛関係ある?」
ミロワダーレの音頭の元、カラオケ行きがあれやこれやと決まってゆく。そうなるように彼女が仕向けたのもあるだろうが、湿った空気がカラリと晴れやかになるのには十分すぎるほど。
「エールとベネも座ってねえで行こうぜ!」
善は急げとばかりに席を立った三人。残っていたのはメイケイエールとベネベネだった。二人して顔を見合わせ、少し困ったかのようにはにかむ。
「今行きますから――さあ、ベネベネさんも」
「そうやね」
メイケイエールが差し出した右手をベネベネが取り、 先を行くミロワダーレ達の後を追っていった。
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新学期が始まってはや数日、学園内はいつもの賑やかさを取り戻している。特にシニア級に上がったウマ娘にとって、出走可能なレースも増える正念場。早々からハードなトレーニングを課すことも珍しくなかった。
「私達もとうとうシニア級ですね」
昼食後のまどろみのひと時。パンケーキやパフェ等の食後のスイーツをお供に、カフェのテーブルに集まるメイケイエールとミロワダーレ、リコンスタの三人。
「いつの間にか、な。オレなんか来年卒業だから進路も考えねえといけねえし」
シロップを溺れるほどかけたパンケーキを口に運びつつ、しみじみとミロワダーレが零す。
ジュニア級、クラシック級に続き最上位級であるシニア級。心身共に充実を迎えた数多のウマ娘が集うため激戦は必至。これまで華々しく活躍していた者がシニア級では低迷するのも珍しくなく、その逆もしかり。まさにトゥインクル・シリーズの花形であり、全てのウマ娘が目指す到達点でもある。
「……今のトコ、希望する進路は……?」
「いや特になんも」
「……ぅぇぃ……」
春から高等部三年となるミロワダーレ。ヒトと同じく、学園卒業後の進路を考えなければならない。大学に進学するか、一般企業に就職するか、あるいはプロリーグであるドリームトロフィーリーグに移籍するか。
「進路のことなんかまだ先だろ先。今はシニアのGⅠレースの方が大事だっつーの!」
「……それは確かに……」
いずれにせよ、悠長に進路のことを考える暇はない。年が明けたその瞬間から勝負は始まっているのである。
「でさぁ、オレ達三人で勝負しねえ?」
「勝負? 京王杯みたいに同じレースに出るのですか?」
「いや、そうじゃなくてさ――」
ぐいっと顔を寄せるミロワダーレ。それにつられ、メイケイエールとリコンスタもプリンを掬うスプーンを止めた。次の言葉を勿体ぶって溜めに溜める。
「オレ達三人、誰が先にGⅠ獲れるか勝負しようぜ!」
「GⅠタイトルを……?」
「おうよ! リコもGⅠ出られるだけの実績できたしさ、もう残すはそれくらいしかないんじゃね?」
「……まぁ、わたしも一応ね……」
十二月の中頃、ダートのオープングレードのレースで勝利を飾ったリコンスタ。重賞勝ちはないものの、GⅠレースへの登録要項を満たすまでにコツコツ実績を重ねてきたのだ。
メイケイエールは言うまでもがな、武蔵野ステークスを勝利したミロワダーレも同様。やはり欲しいのはGⅠタイトルただ一つ。
「確かに、それなら緊張感もあっていいですね」
「だろ? まぁ可能性的にオレが来月勝って即終了、なんてこともあるかもしれないけどなっ」
「……うわ、このヒト分かってやってる……」
「へへっ」
シニアのGⅠ戦線は早々に二月から始まる。中旬に行われる東京レース場でのダートマイル戦、フェブラリーステークス。ミロワダーレの言葉はそれを指している。
「ライムのヤツも出るから、んな簡単じゃねえだろうけど。まずはオレのチャレンジってことで」
「もうフェブラリーステークスに直行ですか?」
「いや。今月末の根岸ステークス挟んでから――しばらく遊んでられなくなるかな」
両手を頭の後ろで組み、背もたれに寄りかかる。メイケイエールが目指す高松宮記念は三月後半。前走から少し間隔が空いてしまっているが、どこかオープンレースでも挟むのだろうか。
「なにはともあれ、さ。誰がGⅠ勝っても恨みっこなしだぜ?」
「はい、もちろん」
「……うぃ〜……」
「じゃあ決まりだな! くれぐれもケガしないように気をつけようぜ」
さながら桃園の誓い。もしかすると本当に、ミロワダーレがGⅠタイトルを獲得してしまうかもしれない。それを実現させる実力も、勢いも持ち合わせているのは確かである。
高いハードルに挑戦しようと躍起になる二人に比べ、一歩離れた感覚にメイケイエールは陥る。GⅠタイトルの獲得競争は望むところであるが、何度も挑戦しては跳ね返されてきた高い壁。
「ミロワもリコも、お互い頑張りましょうね」
その身を以て実感している、一筋縄ではいかないGⅠレースの勝利。その想いを内に封じてにこやかな笑顔を振りまくのだった。
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Equipment
普段なら午前の一般教科が終われば、それ以降はトレーニングの時間である。しかしこの日ばかりは異なっていた。
「トレーニング前に勝負服の調整、ですか……」
メイケイエールの勝負服は完全オーダーメイドの逸品。高松宮記念まで余裕があるこのタイミングで、勝負服を手がけた荻野に一度見てもらうこととなったのだ。
ジュベナイルフィリーズ、桜花賞、スプリンターズステークスと幾つものGⅠを駆け抜けてきた。これからを踏まえ、そろそろメンテナンスの時期である。
――コンコン。
「河削さん。メイケイエールです」
「どうぞ〜」
トレーナー室の扉の向こうから、いつも通りの軽い返事が響く。なんの気もなしに扉を開けて部屋に入る。後ろに振り返って扉を閉め、前に向き直り――流れるような一連の動作。
「エールさん、ご無沙汰しています」
中には荻野が既に仕事を始めていたようだ。
パリッとした一分の隙もないスーツ姿で、トルソーに掛けられた勝負服の上下一式をつぶさに観察している。時折写真を撮り、破損部分の記録を残しているようだった。ジャケットの袖ぐりからスラックスの内股に至るまで、職人の目は微細な傷にも目を光らせている。
「荻野さんどんなもんです?」
「そうですね――」
河削からの問いかけに、立膝でチェックしていた荻野がゆっくりと立ち上がった。手にしているメモ帳のページをパラパラめくりながら視線を左右に動かす。
「それほど大きな傷や破れはありません。裾や袖といった末端部分に少し傷みが見られるのと、ジャケットのボタンホールが引き攣れて広がっていますね。後は刺繍に少しほつれがあるくらいです」
「三月までに間に合います?」
「高松宮までですね? 一ヶ月ほど頂ければ問題ありませんが……折角ですのでサイズ調整もさせて頂けないでしょうか」
「私はしてもらっても良いかなと思いますけど――エールはどうする?」
河削の視線がメイケイエールに向けられる。確かに、このタイミングで勝負服の調整もしてもらう方が良いかもしれない。荻野も他のウマ娘を担当しているだろうし、そう何度も呼べるとも限らない。
「いい機会ですし、見ていただこうかと」
「かしこまりました。ではサイズを見ますので――」
仕事道具が詰まった黒く重厚な革の鞄。留め具をバチリと外し、中からリボン状のメジャーを取り出した。それをサラリと肩にかけ、背筋を真っすぐに伸ばす。
「――勝負服のご着用、お願いいたします」
十歳も違わないであろう荻野。しかし彼女の瞳は間違いなく頼りになる職人のモノだった。
身体にフィットする黒の上下一式。自身の勝負服に身を包んだメイケイエールがその場に立ち、荻野が鋭く目を光らせる。
「お身体触りますね」
彼女の手が勝負服越しにメイケイエールの身体を検めてゆく。肩周りから腰周り、特に両脚は入念に生地のたわみや張りを確かめていた。
「上半身は胸周りを少し広げれば問題ないですね。お尻と腿周りもサイズのお直しが必要ですが、成長される分を見越していましたので三月半ばまでにはお渡しできるかと」
荻野の言葉には迷いがなく、実に頼りがいがあった。彼女がそう言うならきっとそうなのだと。その腕前のほどはメイケイエールが一番良く知っている。
「あの、荻野さん」
「何でしょうか」
――やはり荻野さんも、担当するウマ娘に勝ってほしいのでしょうか――。
「――勝負服、よろしくお願いいたします。仕上がりを楽しみにしています」
ほんの一瞬躊躇い、荻野にペコリと頭を下げる。
口に出して良いものかとはばかられ、喉の奥に質問を飲み込んだ。折角来てもらっているのだから、困らせるような話はするべきではない。
「お任せください。前より更に、メイケイエールさんが走りやすいよう調整してみせます」
彼女の言葉に、メイケイエールはお決まりのスマイルで答えてみせた。その笑顔は幾度となく繰り返され、既に顔に張り付くようになっていた。
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「じゃあ勝負服のことはこれで良し、と――」
荻野を送り出し、トレーナー室にはメイケイエールと河削の二人が残る。
「今年の大まかな目標としては二大スプリントGⅠの制覇。それはエールも認識してくれてるよね」
「はい。伺っています」
湯気が立つカフェオレのマグカップを両手で包み、メイケイエールは静かに頷く。昨年のリベンジの意味合いもあり、スプリントのGⅠタイトル獲得は是が非にでも成し遂げておきたい。
「この前エールのお父さんに聞いたんだけど、今年のスプリンターズステークスは中京で代替らしくて。年末に向けて中山がリフレッシュ工事するらしくて」
ピクリとメイケイエールの耳が動いた。それ即ち、春秋スプリントGⅠの開催を中京が独占することとなる。スプリント王者の冠を地元で戴くという至上の名誉――ゴクリと喉が鳴り、生唾を飲み込む。
「だからシミュレーションとして、中京で幾つか走っておいた方がいいかなって。今んとこの候補は今月末のシルクロードステークスかなぁ。昨年から中京だし」
芝1200のGⅢレース。例年は京都レース場での開催だが、京都レース場の整備に伴い、昨年から一時的に中京で執り行われている。三月末開催の高松宮記念へレース間隔が開きすぎず、前回の様な過密スケジュールでもない。
「シルクロードで良い感じに勝って高松宮って流れが理想的だと思うんだけど、いいかな」
「はい。特に問題はないかと……」
GⅠレースを主眼とするといっても、ソレだけを狙うのではレース感が鈍ってしまう。程よい緊張感を維持できるのが理想的であり、河削の提案を拒む理由はなかった。
「じゃあシルクロードに出走登録しておくね。後はちょっと、エールに試してみてもらいたいものがあるんだけど。いいかな?」
河削はデスクの引き出しを開け、長方形で無垢の桐箱を取り出す。下から両手で支えるように持ち、メイケイエールの前に
「構いませんが、それは?」
「まあまあ。中を見てからのお楽しみってやつ」
テーブル上の桐箱は少し大きめのタブレットと同じくらいのサイズ。蓋には刻印等もなく、何が収められているのか不明のままだった。試す、ということはアクセサリーの類ではなくシューズ等のように考えられるが。
「ちょっと見てもらえる?」
勧められるがまま、メイケイエールは蓋を両手でゆっくり外した。蓋と箱との隙間から赤いベルベットの布が覗く。
「あっ――蹄鉄ですか」
桐箱に納められていたモノは丸みを帯びたU字の金属――蹄鉄だった。見慣れた形状そのものであるが、U字のカーブ部分、
「少し出っ張っていますけど……」
指を沿わせてみると、蹄尖部分の前縁を沿うように盛り上がりがある。普通の蹄鉄ならこのような突起はなく、フラットに作られているのだが。
「うん。スパイク蹄鉄だからね」
片方の蹄鉄を河削がひょいと手に取る。
「名古屋のトレーナーさん達と話した時、腕のいい職人がいるって聞いてさ。その人スパイク蹄鉄も得意らしくてサンプルをお願いしてみたの」
「スパイク……これ、大丈夫なのでしょうか」
ミロワダーレやリコンスタはおろか、周囲にその様な変わり種の蹄鉄を使っているという話は聞かない。確か使用可能な蹄鉄の仕様もURA規則として定められていたはずだ。
「規定では2ミリまでの突起ならOK。このスパイクは1ミリだからそこはクリアしてるよ」
メイケイエールは蹄鉄を横からまじまじと見つめる。ほんのわずかではあるが、しっかりと存在を主張するスパイク。
「スパイクの効果でより強く蹴り出せるようになるから。その分、脚への負担は今までより大きくなってしまうけど……エールのパワーと頑丈な身体なら使いこなせるはず。クラシック級を一年走り抜くって、実はそうそうできないことなんだし」
昨年は間隔を大きく空けることなく、五つのレースに出走した。しかもGⅠ二つを含んで全て重賞レースである。レースがない月も日々のトレーニングもしっかり行っており、身体のタフさでは同学年でも五本の指に入るレベルだった。
「確かに周りで使ってる娘はいないと思うけど、前例がない訳じゃない。ルールはしっかり守ってるから、後ろめたく思う必要はぜ〜んぜんないから」
河削の瞳が爛々と輝く。トレーナーとして、担当するウマ娘を勝利に導こうというのはまったく間違っていない。情報を集め、こうして様々に手を尽くしてくれている。むしろ素晴らしいトレーナーと言ってもいいだろう。
「今年は勝負の年だよ。他の娘と少しでも差をつけて、最速スプリンターの看板を貰っちゃおうじゃないの!」
照明の明かりを遮り、彼女の顔に影が差す。両の瞳の妖しい輝きは一層強くなり、烈火の如く激しく揺らめく。
「そ、そうです、ね……」
その雰囲気にメイケイエールは抗えなかった。狂気をにじませるほどに勝利に燃える河削。彼女が囚われている何かに、形容しがたい恐怖を覚えるのである。
シルクロードステークスまで入れるとちょっと長くなってしまうので、キリのいいとこで分割しました。
作中ではスプリンターズSを中京で代替開催としましたが、当然ながら現実は異なるので完全ifのレースです。
そしてスパイク蹄鉄に関しても演出としての創作です。
一応、ディープインパクトが使ってたって情報はあるのであり得ない話ではないようですが…。
次話はシルクロードステークス。
名古屋トレセン生徒会の面々登場。