それは暴走か、作戦か。
懊悩(おうのう)としながら走る先に待つものとは。
シルクロードステークスで一話、これで勝鞍網羅です。今回、顔見せとして名古屋トレセンの面々を解説役として出してみました。本格的な出番はシニア夏になるので、まあこんなキャラ達だと思ってもらえれば。
主要人物紹介も更新済みです。
着順掲示板の画像はまめ氏作成の着順掲示板シミュレーターを使用させていただきました。
(https://mamema.ldblog.jp/TurfVisionSim/turfvisionsim.html)
※シルクロードステークスのウマ娘読替え一覧
カレンモエ→スウィートレーヴ
ナランフレグ→ダライサエン
ルッジェーロ→オートヴィル
ビアンフェ→ヒエノーア
サヴォワールエメ→ティアーモ
ジャンダルム→アイガー
レッドアンシェル→ピンクウラノス
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
イビツなスパイク
年が開けたと思えば、瞬く間に睦月の終わりに。正月気分がようやく抜けきる頃合、メイケイエールと河削は中京レース場に赴いた。
GⅢシルクロードステークス。例年は京都開催だが、昨年に続き中京での代替開催である。芝の1200メートル、シニア級の始動戦にはまずまずのレース。スプリンターズステークス以来、鈍った勝負感を研ぎ直すのが主目的だった。
「エールは……二番人気かぁ。前のレースに引きずられちゃったかなぁ。レーヴちゃん映えるし」
控室にて、河削はタブレットでレース場の情報やファンの投票結果を確認している。一番人気はスウィートレーヴ。艶やかな長い芦毛を持つウマ娘である。抜群のプロポーションも相まって、アイドル然とした見栄えで非常にファン人気が高い。
「ま、ダントツなのはエールだけどね」
一番人気は譲ったものの、実績ならば文句なくメイケイエールが筆頭候補。重賞五勝は伊達ではないのである。
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鼻息荒くする河削の一方、メイケイエールはハンマー片手にシューズの蹄鉄をチェックしていた。靴底を目線の高さと水平に上げ、蹄鉄が浮いていないか等の異常がないか再度検める。
(スパイク――)
蹄鉄のぷっくりした盛り上がりをまじまじと眺めた。地面への抵抗を増やし、前進力を増加させる効果のあるスパイク蹄鉄。当初は眉唾だったが、いざ使ってみるとその効果を実感した。
ほんのわずかな突起だが、蹴り出すと身体が力強く前に進む。確かに重い感覚はあるが、河削が勧めるだけのことはあるようだった。
「後、気になるのはダライサエンちゃんくらいかな? まぁエールなら今日のエールは楽勝でしょ」
ふふん、と鼻を鳴らした河削の言葉にメイケイエールは顔を上げる。普段なら何気なく流す言葉だが、今の彼女の心には歪に引っかかった。
――楽勝でしょ。
恐らく、河削にとっては何気ない一言だろう。しかし幾度となくレースで走ってきた身にとって、楽なレースなどただの一度もなかった。
メイケイエールの中で、河削に対して初めての感情が湧き起こる。黒く澱んだ沼からボコボコとあぶくが弾け、重苦しい空気が体内を満たしてゆく。
「簡単に言わないでください。走りもしないで気楽でいいですね」
吐き捨てるように呟いた。まったくの無意識であり、彼女自身その言動が現実のものかと疑ってしまうほどだった。
そして、言い切ってからはたと気づく。河削に対して何という言葉を吐いてしまったのか。
「いえ、あの……っ!」
取り繕うとしてももはや手遅れ。河削はタブレットを操作する手を止め、ただ呆然としながらメイケイエールを見つめている。
「そうだね……ごめん」
河削は申し訳なさそうに頭を下げた。
「走るのはエールなのに、トレーナーの私が言っちゃいけないね。無神経なこと言っちゃってごめん」
「い、いえ……」
気まずい沈黙が流れる。何をどう言い繕えば良いのかも分からず、ひとまずシューズを履いて靴紐を結ぶ。
――言いすぎました。
――今のは変な意味があったのではなくて。
――ただの冗談ですよ。
どれもこれも酷い言い訳だ。自分自身の言葉であることに変わりなく、ならば何のつもりで言ったのだろう。取り繕えば取り繕うほど沼にはまる未来しか見えず、ひたすらに押し黙るしかできなかった。
「ね、ねぇエール」
「わっ、わたし!」
河削の方から声をかけてきたが、反射的にメイケイエールは立ち上がった。視線は不自然に浮つき、目を合わすこともかなわない。
「――パドック、行ってきます!」
脱兎のごとく、急いで控室から飛び出すメイケイエール。
理由など何でも構わなかった。息が詰まるあの空間から抜け出すために。ただその一心だった。
奥歯を強く噛み締め、パドックへ小走りに向かうメイケイエール。そして部屋に一人残され、無力にも天井を見上げる河削。
互いに、鉛よりも重い一言を吐き出すのみだった。
『私……何をしているんだろう……』
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尾張評定
名古屋トレセン学園生徒会のモットーは質実剛健である。今あるものを有用に、そして有効に。資源はすべからく有限であるからこそ、生徒会は日々名古屋トレセンの生徒のために粉骨砕身――その身を粉にして働くのだ。
無機質なキャビネットが壁にびっしり並ぶ生徒会室。本来は休日であるはずだが、生徒会長であるオリヒメと他二名が忙しく働いていた。リース品のノートパソコンのキーボードを叩きつつ、時折傍らの資料に目を通している。
「――ヒメ」
その内の一人、茶色の――栃栗毛――のショートヘアのウマ娘がオリヒメに声をかける。大人びた佇まいで、もしスーツを着ていたならば社会人と見間違えてしまうほど。
「クラス委員の子が纏めてくれた要望書、チェック終わったよ。サーバーに上げたから目を通しておいて」
「ありがとう、カクさん」
――カクトサンゴ。オリヒメの親友であり、生徒会副会長を務めている。仕事が一段落ついたのか、ノートパソコンを閉じて背中を大きく伸ばした。
「――ちらほら声が増えてきてるけど、どうする? 中央との交流」
ゆるっと脱力し、テーブルに上体を預けたカクトサンゴ。その体勢のまま切れ長の瞳をオリヒメに向ける。
「考えてはいるのですが、計画書を作成するまでには至っていません」
オリヒメもキーボードを叩いて書類仕事。各所から上がってくる報告書や嘆願書の内容を検め、承認しなければならない。地味ではあるが、名古屋トレセンを支えるためには欠かせない業務であった。
「あちらさんは一年中忙しいからね」
「ええ。それに誰でも良いという訳でもありませんから。お互いに実のある交流にすることを第一とすると、クリアすべき条件が多いのです」
地方と中央のありとあらゆる差。
組織も違えば個々のレベルも違い、知名度はおろか資金面でさえも。
「交渉相手は”皇帝”シンボリルドルフ、か……話持ちかけても鼻で笑われるのがオチかもね。向こうにまるでメリットがない」
力のある者は地方ではなく中央に向かう。そして力及ばなければ地方への転校という名目で戻る。この時点で中央が上という図式が成立しており、その差は年々拡大の一途を辿っていた。
一地方のトレセン学園の生徒会としては、羨望の眼差しで中央を見上げるだけの現状に憂慮している。しかしながら、何か良い手立てがある訳でもなく。
「分かっています。なので私達の世代で、ほんのわずかでも土台を築いておきたいのです」
「それは私も同意見。でもこればかりはハードルが高すぎで……」
カクトサンゴがパイプ椅子の背もたれに寄りかかった。ギシリと軋む音と共に天井を仰ぎ見る。
「メイケイさんとこにツバ付けといた方が良かったかもね。今更だけど」
「――」
オリヒメは絞り出したような唸り声を返した。
新年の挨拶回りでメイケイエールと偶然出くわした彼女。生徒会には即席握手会の手伝いをした経緯を報告したものの、その後の会話についてはひた隠しにしていた。
初対面の相手に言うべき言葉ではないのは明白。しかし何故そのような発言をしたのかは自分自身定かではなく、後ろめたさもあり口をつぐんだのだった。
「もうカクト先輩! ツバを付けるだなんてお行儀がよろしくありませんわ!」
仕事をしていたもう一人――毛先がカールした鹿毛のロングヘアの娘――が抗議しながら立ち上がった。テーブルに着いた手を支えに勢い激しく。
縦に一直線に走る前髪の流星が揺れ、後ろ髪からはピンクのインナーカラーが顔を覗かせる。
「まったく信じられませんっ。それに、ツバを付けるのでしたら――このソメイの――」
恍惚としながらツンとした瞳を細め、親指を自らの下唇に沿わせた。グロスを塗らずとも艶やかな唇がわずかに歪み、桃色の吐息が零れる。もう片方の腕が情動を抑えきれず、大きな星の飾りがつく黒いチョーカーへ、そして小柄で未成熟な身体へと伸びていき――。
「おソメお茶淹れてきて。休憩するから」
カクトサンゴの唐突な要請に、あからさまに眉をひそめた。
「……私はお茶汲みではありません。お茶をお飲みになるのなら先輩がご自分で――」
「私からもお願いするわ、おソメ。いいかしら?」
「♡ は゛い゛よ゛ろ゛こ゛ん゛で ぇ゛!゛♡」
カクトサンゴのお願いは渋っても、偉大なるオリヒメならばそれは別。両手を頬に当て、全身で悶絶しながら喜び勇んでお茶を淹れに向かう。
「後輩にお茶汲みさせちゃうんだ。ワルい生徒会長さんだこと」
「……喜んでいるので良いではないですか」
からかってくるカクトサンゴを平然といなすオリヒメ。上も下も、一筋縄ではいかない曲者ばかり。それが名古屋トレセン生徒会なのである。
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ソメイアケホシがお茶を用意している間、オリヒメは部屋のモニターに自身のノートパソコンを接続した。
「ちょっと失礼……」
ブラウザを立ち上げ、レース中継の配信を専門としているWebサイトに接続する。現在、過去と様々なレースの動画がある中、ライブ中継と表示されている一つの動画を選択した。
『これよりシルクロードステークス、出走者のパドックを開始します。一枠一番、ピンクウラノス――』
モニターに映し出される、シルクロードステークスのパドックの光景。まさにこれから一番手のウマ娘が現れるところだった。
「珍しいね。ヒメが中央のレース中継見るなんて」
「ええ、少し興味が」
「シルクロード……中京か。向こうは賑わってそうね」
オリヒメとカクトサンゴが静かにモニターを眺める。そうこうしている内に、ソメイアケホシがお盆にお茶と茶菓子を載せて戻ってきた。
「♡ヒメ会長♡、カクト先輩。お茶を淹れて参りました。今回のお茶請けは金時の甘納豆ですわ」
程よい温度の緑茶からゆったり湯気が立ち昇り、それぞれの丸い小皿に琥珀色の甘納豆が飾られている。滑らかかつ優雅な身のこなしで、オリヒメとカクトサンゴの前に配してゆく。
「おソメもレースどう? 一緒に観ない?」
「はい。ご相伴に預からせていただきますわ。その前にお盆を――」
お茶を配り終え、ソメイアケホシがひとまずお盆を戻しにモニターに背を向けた時だった。
『二枠三番、メイケイエール。本日二番人気です』
からぁん。
お盆が手から滑り落ち、床の上でぅわんぅわんと唸る。
「メイ、ケイ……エール……?」
腹の底から響くような低い声。ゆっくり振り返ったその顔の、煌めく瞳は大きく見開かれ深淵を映し出す。震える手で口元を押さえ、もう片方で大写しのメイケイエールを指さした。
「こンの……ドロボウウマぁ!」
背中から炎が噴き上がらんばかりの激昂。正に怒髪天を衝く勢いである。
「ここで会ったが百年目ですわァ!」
「ヒメはあの子から何も盗られてないでしょ」
「い〜えぇ! ヒメ会長にお時間を使わせた時点で大・罪・人! あまつさえ小間使いのように手伝わせるなんてキィィィィィェ!」
全身を使って悔しさを表現するソメイアケホシ。オリヒメを絶対的に崇め奉る彼女がゆえ、中央から来たウマ娘が付き従わせるようなことをさせたのはとても容認できなかった。
実際はオリヒメの方から協力を申し出たのだが、そんな事実などどうでも良かった。彼女のビジョンでは、偉大なるオリヒメが付き人の真似事をさせられているのである。それは屈辱以外の何物でもなかった。
「モニター越しでなければっ! このソメイが鉄槌を下して差し上げるというのにぃぃぃ!」
淑やかな雰囲気などかなぐり捨て、ひたすらに
「――じゃ、観るのやめとく?」
カクトサンゴの言葉にピタリと動きが止まる。そして何事もなかったかのように席に座り、落ち着き払って茶をすする。
「まずは相手をよく知らねばなりません。お手並み……いえ脚並み拝見と参りましょう」
三人の視線はモニターへ。綺麗な動作で一礼するメイケイエールが大きく映されていた。
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絹布の華は開くのか
『中京レース場、GⅢシルクロードステークス! いよいよ出走者の本バ場入りです!』
場内アナウンスに誘われ、硬い地面の地下バ道を進む。パドックを終えても河削とのぎこちなさは拭いきれず、どうしても後味の悪いものとなってしまった。
蹄鉄のスパイクがカツン、カツンと床を打ち鳴らす。ルール上なんら問題はないとはいえ、心の片隅に残る罪悪感に似た感情。言いようのないモヤモヤとした気持ちと共に、明るく広がる本バ場に踏み出した。
『――続いては二枠三番、メイケイエール!』
肌を突き刺す一月の寒風に、いっぱいの観客がもたらす熱気が入り混じる。力強く手を振り、大きな声援を送る彼等。
――今は、迷っている時ではない。
メイケイエールは小さく頭を振り、こびりついた疑念を振りほどく。ここはレース場。何かを考えるとしたらその後だ。
『スプリンターズステークスでは悔しい結果に終わりました。高松宮記念に向けて心機一転、立て直しが図れるでしょうか』
乾いた芝を踏み締めて試走を行う。蹄鉄のスパイクが芝を噛み、身体を前に前にと押し出してゆく。
『メイケイエール、情報によると今回より蹄鉄を従来のものからスパイク蹄鉄に変えたそうです』
『スパイクがある分前進力が増す一方、脚部への負担も増加しますね。高松宮に向けての試金石、これは彼女自身にとっても重要なレースとなるでしょう』
場内のアナウンスと解説を背中に受けながら、黙々とウォーミングアップを繰り返す。すれ違う他の出走者からそこはかとなく視線を感じ、それでもひたすらに前を向いて。
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係員の指示に従い、出走者は粛々とゲートに収まってゆく。内枠であるメイケイエールは早いゲート入りであるが、彼女にとっては既に慣れたもの。呼吸を整えつつ、じっと前を見据える。
『十八名、ゲートに収まりまして――GⅢシルクロードステークス、態勢整いました』
白く濁る吐息。
研ぎ澄まされる意識。
――そして、世界が解き放たれる。
「ふッ!」
『スタートしました! 揃って綺麗なスタートとなりました十八名!』
地面を蹴り、寒空を切り裂いて進む。スパイクの効果か出足の勢いが想像以上に強く、身体が若干ふらついたがまずまずのスタートだった。
左手側はすぐに内ラチが迫る。普段通りに先行策を取り、有利な位置取りを維持しつつスパートで突き放す流れ。だからこそ、序盤の位置取り争いは何としてでも制さなければならない。
『さあ、誰が行きますか――まずは好スタートの
オートヴィル、内から長い芦毛のスウィートレーヴも続きます』
メイケイエールの肌がピリリとそばだつ。視界の右に入る芦毛のウマ娘――スウィートレーヴ。彼女がピタリと合わせるかのような動きを見せていた。
(――!)
スウィートレーヴの更に外から前に出ようとする娘も捉える。メイケイエールは瞬間的に危機を察知した。考えるよりも早く、スピードを一段上げた。
『更にその内からメイケイエールが――おっとスタートを決めて先頭に立ちます! もう前に誰もいません!!』
ぐんぐんと伸び、たちまちに集団の先頭へ。スタンド席が歓声混じりのどよめきに包まれた。実況が
少し控えたところで、他の娘が追い抜いていった。それを横目で見ながら小さく息を吐き、今の位置取りを維持する。
『600メートルを33秒6で通過して第四コーナーが近づいています。先頭はオレンジ色の耳飾り、ヒエノーアに変わりました!』
コーナーを回りながら、メイケイエールは先頭を臨む三、四番手に付けていた。序盤で思い切って一気に前に出たのが功を奏したのか、いつでもスパートをかけられる理想的な位置取り。
(まだ、まだ。まだこらえて……)
一番手、二番手が並ぶ形で前を走り、その後ろのメイケイエールには進路が塞がる形。内か外のどちらかに寄ることもできたが、そのままコーナーを回りきる。
『リードは首ほど、並びかけようとアイガー、その外からティアーモ! その後にメイケイエールです!』
見て右側、二番手の娘がスタンド側に動く。
ぽかりと目の前が開いて、見えた坂の向こうのゴール板。
――ここ!
身を低く、鹿毛の長い髪が集団を割って飛び出した。
自身が持つパワーと、スパイクの効果。地面を一蹴りする毎に身体が前に
『間からメイケイエールだ! メイケイエールが早くも先頭に変わった! リードは身体半分、一バ身、一バ身半! 大外からダライサエンも突っ込んできたがッ!』
メイケイエールはちらりと横目でスタンドを見やった。両手を挙げ、熱狂に波打つ観客達。
――行けぇ! メイケイエール!
河削か、それともファンの一人か。威勢のいい声援が耳に届く。
奥歯を噛み締め、なおも前へ前へ。後ろから来る足音に飲み込まれるより先に。
『メイケイエールだ! メイケイエールだ! 最後はメイケイエールです!』
メイケイエールは先頭でゴールを駆け抜けた。後続に一バ身の差をつけ、全く危なげのない勝利である。
着順掲示板に表示された確かな証拠を、上がる息を整えながらじっくりと噛み締める。
『やりましたメイケイエール! 人気に応えてこれで重賞六勝目! 高松宮記念に向けて最高の結果を出しました!』
積み重ねてきた勝利。その一つ一つの重みを確かめながら、いまだ興奮冷めやらぬスタンドに手を振って応える。
勝てた。
しかしながら背中が重たくなるのを感じた。辛くも届かなかった者、実力を発揮できなかった者――それらの悔しい念が背中に取り憑くかのよう。
両手を大きく振り、纏わりつくモノを振り払いながらメイケイエールは歓声に応えていった。
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モニターを静かに見つめる三組の瞳。視線の向こうにはウィナーズサークルでインタビューを受けるメイケイエールがいる。
「――おソメ」
オリヒメ、カクトサンゴ、ソメイアケホシの三人とも微動だにしない。顔も視線もモニターの向こうにいる彼女へと注がれていた。
「はい」
「レース振り返って」
言葉短くカクトサンゴは要求する。それを受け、背筋を伸ばして姿勢を正すソメイアケホシ。コホンと小さく咳払いの後に淡々と言葉を紡いだ。
「――スタートはまずまずですわ。好スタートで最初からリードを作っておきたいところですが、あの方の脚質を考えると十分でしょう」
「では、序盤で一気に前に出たのは何と見ますか?」
続いて、同様にオリヒメも問う。
「実況ではかかって暴走したような口ぶりでしたが。内枠であることと、すぐ右から他の方が並びかけられておりました――であれば、進路が塞がれるのを回避したとするのが妥当でしょう。スプリント戦で身動き取れなくなるのは致命的ですから」
メイケイエールをとにかく毛嫌いしていたソメイアケホシだが、観察眼は至って冷静だった。ふん、と鼻を鳴らしながら自らの髪を払う。
「あの場面で抑えず、一息に前へ出たのは慧眼ですわ。もし躊躇っていたらそのまま内に押し込められていた可能性も考えられます」
「続けて」
「それに何より、ラストスパートでの加速は目を見張りますわ。トップスピードへの入りがとにかく早く、名古屋トレセンでも同等の者はそうそう居ないでしょう。さすが重賞タイトルを持っているだけのことはありますわね……口惜しいですが」
「うん」
納得した様子でカクトサンゴが頷いた。しなやかに伸びる脚を組み、オリヒメに顔を向ける。
「ヒメはどう?」
「私も概ね同意です」
「♡ああっ! 私とヒメ会長は以心伝心、相思相愛なのですねっ! 光栄ですわぁ!♡」
身悶えるソメイアケホシをあえて無視し、オリヒメはまじまじとモニターのメイケイエールを見つめた。
見事勝利を挙げ喜ばしい反面、どこか居心地の悪そうな佇まい。ぎこちなさを感じる笑顔でインタビュアーに応える様子はまるでレースの勝者とは思えなかった。
(メイケイエールさん。勝ったのですよ、貴方は……)
次話はバレンタインデーのイベントとフェブラリーSに向けて。
ユキノビジン再登場予定。