選抜レースは特段参考にしたレースはないので、サラッと流す感じに。
基本的にストーリーはメイケイエール、河削、ミロワダーレ、リコンスタで回していく感じになります。
既存のウマ娘との関わり合いもジュニア級の終盤くらいで少し考えてます。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
カワイイあの娘は
新学期の一通りの案内が終わった昼前、学園内の食堂は生徒達で賑わっていた。年頃の女子を意識した小洒落た内装であり、生徒達の憩いの場の一つとなっている。
「――と、いうことがありまして……びっくりして思わず逃げ出してしまいました」
その食堂の木漏れ日が差し込むテラスのテーブル席にて、メイケイエールは今朝の顛末について話していた。同席するのはミロワダーレともう一人。
「……うわ、ガチ変態……」
灰色がかった髪――芦毛――を黒いリボンで頭の左側で括り、同じ黒のカチューシャを着けたウマ娘。リコンスタが低めの声を更に低く、辟易した様子でポツリと呟いた。
あまりにも身も蓋もない言い方だが、端的に表現するならそうなるのかもしれない。それにしても、あのトレーナーの台詞が脳裏にこびりついている。
『……あなたのぉ、その良い香りがするお尻をぉ、ウフフ……じっくりゆっくり嗅ぎ回したいんだけどぉ……小一時間くらい? デュフフ』
ショックが強すぎて記憶が曖昧だが、このようなことを言われた気がする。本当に自らの欲望に忠実なのだと、ある意味感心さえしてしまいそうだった。
「なぁエール……ちなみにさ、それって女のトレーナーなんだよな?」
「はい……」
「やたらスタイルが良くて美人の?」
「え? よくご存知で……」
メイケイエールが答えるなり、ミロワダーレが両手を後頭部に回して椅子の背もたれに大きくもたれる。一つ溜息をつき、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
「なら多分、アイツか……」
「……知ってるの? ミロワ……」
「直接面識はねえけど、オレのクラスでも話題になってんだよ。トレセン学園随一のくせ者トレーナーって」
くせ者と表現していいのか憚られるレベルの気もするが、いずれにせよ良くも悪くも有名人であることに変わりはない。
「あの、その方のお名前は何と言うのでしょう? お名前聞けず終いでしたので」
「確か……河削、だったような。河を削るって書いて」
「河削トレーナーさん、ですね。忘れないようにします」
にこやかな笑顔とセットの強烈な台詞。忘れようとも、忘れられないに違いない。
「……その河削って人さ……大丈夫? エールの話聞く限り、危険人物としか……」
「いや、それが結構実績あるみたいでさ。担当したウマ娘がGIタイトル獲ったりしてるらしくてよ」
「ほほぅ……」
興味を引かれたらしく、リコンスタが若干身を前に乗り出した。
トゥインクル・シリーズにおいて、レースの種類はメイクデビュー、未勝利、プレオープン、オープン、重賞の五つに大別される。シリーズの登竜門であるメイクデビュー、未勝利戦を経て、プレオープン以降のレースに挑戦していくこととなる。
更に、重賞はGⅢ、GII、GIと三つのグレードに分けられる。GIのレースは文字通り、選び抜かれたエリート中のエリートが出走する最高峰のレース。全てのウマ娘はGIタイトル獲得という至上の名誉を得るべく、トゥインクル・シリーズで情熱を燃やしているのだ。
そして、担当したウマ娘がGIタイトルを保持しているということは即ち、トレーナーにも相応の実力があるということ。
「……人は見かけに依らないのですね」
そう、良くも悪くも。それにしても、そのような実績のあるトレーナーが新学期早々に声をかけてくる理由は見当がつかなかった。
走る姿をろくに見もしない段階であり、何か裏があるのかと勘ぐってさえしまう。
「エール。もしそのトレーナーがしつこく付き纏ってきたらオレが一言言ってやろうか?」
「ありがとうミロワ。でも少し様子を見たいと思います。少なからず私に興味を持ってくださっている様子ですし、多分、悪い人では……恐らく……ないのではないかなと……もしかしたら……思うような気がしないでもないので」
「……エール、自信持って。わたしも力貸すから」
「リコも――ありがとう」
悪い人ではないと信じたい。ただただ欲望にストレートすぎるだけなのだと。とはいえ、その手のタイプの人間とは初遭遇のため、どのように対処すればいいのか不安なのも事実。いざとなったら、二人の力を借りることになるのかもしれない。
「それはそうとして……わたし、リコンスタはミロワに不満がありまぁす」
「どうした急に」
おもむろにリコンスタがテーブルに突っ伏し、唇を尖らせる。
「わたしに内緒で桜餅を買ったこと……遺憾の意を表明しまぁす……Boo〜」
「いやあれは元々エールに」
「Boo〜」
「大体リコ、お前寮がちが」
「Boo〜」
「おい」
「Boo〜」
ミロワダーレが何を言ってもブーイングを繰り返す。押し問答を繰り返した結果、最終的に折れたのはミロワダーレの方だった。
「――分かったよ! リコにも今度買ってきてやるから……どっち買ってくりゃいい?」
「かりんと饅頭」
「ンでだよ!? いや美味いけどさ」
「……カリカリの皮だけね……先に食べるのが好きなの」
「聞いてねぇよ」
独自の道を往くリコンスタ。何を考えているのか分からないこともたまにあるが、ミロワダーレと共に良き友人だ。取るに足らない話から真剣な悩みごとまで、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。
とはいえ、できれば友人の手を煩わせることがないといいのだが。いつもの二人の掛け合いを見ながら、メイケイエールは小さく溜息をついたのだった。
メイケイエールへ欲望のままに迫り、あえなく逃げられてしまった河削は自身のトレーナー室に戻っていた。トレセン学園に所属するトレーナーには必ず個室が用意される。そこで担当するウマ娘とミーティング等、様々な業務を行うのだ。
例に漏れず河削にも用意されており、彼女の部屋には大型の無骨なキャビネットが幾つも鎮座している。中は過去の資料や書籍でびっしりだが、丁寧なラベリングで綺麗に整理整頓がなされていた。
「さぁ鏡よ鏡、今朝のカワイイお嬢さんは一体だぁ〜れ?」
その我が城にて、河削はパソコンから学園で管理している生徒のデータベースにアクセスしていた。トレーナー等の限られた学園関係者しか利用できず、入学年度から契約の有無、簡単な家族関係までウマ娘一人一人の情報が記載されている。
「……へぇ。メイケイさんちなんだ、エールちゃん」
メイケイエールのデータを見つけるのにさほど時間はかからなかった。今後に備え、得られたデータは自身の手帳にも記しておく。
「であればお次は、と……」
メールソフトを立ち上げ、手早く文章をしたためる。一通り打ち終わると、宛先、件名、本文を確かめてから送信した。
椅子の背もたれに体を預け、メールの返信が来るのを待つ。十分程待ち、とりあえずコーヒーでも淹れようかと席を立った矢先にメールの受信音が流れた。
「……よしよし。こういうのは先手打っとかないといけないもんねえ」
返信の文面を見て、河削は満足げに頷いた。
翌日の午前中、河削はとある人物の元へ向かっていた。
トレセン学園において、午前中は通常の学校と同じ一般教科、午後はレースに関するカリキュラムを中心に組み立てられている。そのため、トレーナーが自由に行動できるのは午前中の限られた時間しかない。
自ずと足早になりながら、とある担当教官の個室にたどり着く。
「すみません。昨日ご連絡した河削です」
引き戸をノックし、中の人物に声を掛ける。
ウマ娘はトレーナーと契約するまでは、十人ほどのグループに分けられ担当教官の指導を受けることとなっている。入学当初からメイケイエールを知る者として、河削はまず彼女の担当教官にコンタクトを取ったのだった。
「どうぞ、開いてますよ」
「――失礼します」
担当教官は主にトレーナー業を引退した人間がその責に就く。メイケイエールを担当する初老の男性も、十年程前は一線で活躍するトレーナーだった。
「昨日、唐突に連絡してすみません。どうしてもあの娘の資料が欲しかったので」
「ははは、この時期になるとどのトレーナーも目の色が変わるからね。資料はここに準備して―それより聞いたよ。新学期早々にスカウトして逃げられたんだって?」
担当教官から様々な資料が収められたファイルを受け取った。入学してから二年間分の資料だ。ファイルを掴んだ片手に確かな重みを感じる。
「誰かに先を越されるのは癪なものですから。所で、メイケイエールのトレーニングの様子はどうですか?」
昨日の痴態がまるで幻だったかのように河削は立ち振る舞う。ファイルを眺める瞳は極めて冷静に、メイケイエールの情報を余さず読み取ろうとしていた。
「そうだね――」
メイケイエールの様子を尋ねられ、担当教官は顎に指を置いて首を捻る。
「全員でジョギングする時も、前に出て引っ張るってタイプじゃなかったね。どちらかというと集団で纏まってて、あまり目立つようなことはしてなかった」
「トレーニングへの取り組み具合は?」
「それは大丈夫。真面目に指示に従ってメニューをこなしてくれるし、覚えも早い」
粛々と、そして着実にトレーニングを重ねる姿が容易に思い浮かぶ。素行面や生活態度についても聞いてみたが、優良で非の打ち所がないとの評価だった。
「スピードは良いモノを持ってると思うよ。少しばかり地味ではあるけど……君ならこちらの娘の方が――いや」
何人かいるらしい有力候補の娘のファイルを担当教官が手にしようとして、止まった。
「君は――
「――ええ、
したり顔の河削。ちらりと白く輝く歯を覗かせていた。
「それでは、あまり長居しても悪いので私はこれで失礼します」
欲しい物は頂いた。担当教官として午後のトレーニングの準備があるだろうから、長居しては迷惑だろう。
「暫くはお騒がせするかもしれませんが、ご容赦ください」
「ほどほどに頼むよ」
頭を下げ、河削は担当教官の部屋を後にした。帰路の途中、入手したファイルを眺めてほくそ笑むのが止まらない。メイケイエールをより良く知るための下準備は無事完了。後は着々と進めるのみだった。
「エールちゃ〜ん! エールぢゃ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙〜ん!!」
「今日も来てんな、あのトレーナー」
「ええ……」
件の河削トレーナーは、担当教官によるトレーニングに一日と間を開けずに顔を出すようになっていた。ただ、詰め寄ってくるようなことはせず、トレーニング場の外から声援を飛ばすのみに留まっていた。
多少騒がしいものの、この程度なら許容範囲といった所。河削トレーナーに限らず、新規に契約を狙っているトレーナーがここ数日増えてきているのは確かだった。
誰が目当てかはさておき、メイケイエールだけでなく他のウマ娘もトレーナーからの視線にソワソワとしてしまう。
「……姿見えてる方が不意討ち遭わないからいいかも」
「まー、遠くから騒いでる分ならな。見えない方が怖え」
おおよそトレーナーに対する言葉ではないが、気がつけば背後に、ということも有り得なくもない。少なくとも河削トレーナーの真意が分かるまでは積極的に関わるのはやめておく方が良いのかもしれない。
「よし、それじゃあ三人一組に分かれてコース一周!」
担当教官の指示で、同じグループでもあるミロワダーレとリコンスタに目配せをし、三人揃ってスタート位置に移動していった。
「君は……メイケイエールだね?」
その日のトレーニング終わり、三人で寮へ戻る道すがら男性トレーナーに声をかけられた。大体三十代後半、四十代前半だろうか。初めて見かけるトレーナーであり、メイケイエールは居住まいを正して正面に向き直った。
「はい。メイケイエールは私ですが」
「急に声を掛けて申し訳ない。実は、君のお父さんには昔随分と力を貸して貰ったことがあってね――」
「まあ、そうでしたか。父がお世話になりました」
決まりきった動作で頭を下げ、丁寧に感謝の言葉を述べる。
「そこでなんだけど。もし良ければ私と契約を結んでくれないだろうか? 君のお父さんの恩に報いたいんだ」
「父に、ですか……」
目を閉じ、メイケイエールはもう一度頭を下げた。
「申し訳ありません。まだ、契約については特に考えていませんので……」
「え? ああ、そうなのか――もし気が変わったらいつでも声をかけてくれて構わないから」
すげなく断られた男性トレーナーは足早に退散していった。その後ろ姿を、ミロワダーレとリコンスタが冷めた目で眺めていた。
「エールの為と言うより……」
「アイツ、何だと思ってんだか」
「まぁまぁ。さ、帰りましょう」
不機嫌そうにプリプリとしている二人をなだめながら再び帰路につく。そういったことには慣れっこだった。
心乱れることもなく、水が流れるように変わりなく対応すれば良いだけだ。
「やっ、エールちゃん。今帰りぃ?」
正門の付近まで来た所で声をかけられ、視線を上げた。
――河削トレーナーだ。
手を振りながら歩み寄ってきたものの、ミロワダーレとリコンスタが間に割り込んで河削の前に立ちはだかる。
「おやキミ達。どうしたの?」
「どうしたのって、アンタは前科あるだろ」
「……エールはいません……」
あからさまに二人は警戒していた。非常に頼もしくはあるものの、それが新たな火種を呼び起こさないか心配になる時もままあった。
バチバチ飛ぶ火花を知ってか知らずか、河削の態度は変わらない。
「ん〜、用は特にないんだけどね。強いて言うなら――」
握った手の親指を立て、背中越しに後ろを指差す。
「ちょっとおねーさんとお話しない? 寮まで送るから」
学園から寮まで十分とかからない。会話するにしてもあっという間に終わってしまう。この場を逃げて振り切ってしまうこともできるが、そう何度も続けるというのもあまりよろしくない。前回のことがあるとはいえ。
「――エール、どうする?」
「本当にお話しだけ、でしたら……構いません」
「流石エールちゃん! じゃ、みんな一緒に帰ろうか」
他の歩行者の邪魔にならないよう、前にメイケイエールと河削の二人、後ろにミロワダーレとリコンスタの二列となる。腹の探り合いをしているかのような、ムズムズして落ち着かない空気が漂う。
「新学期始まってどう? 新しいクラス――といってもそんな代わり映えはしないかな」
「そう……ですね。基本は下の学年から繰り上がりですから」
「だよねえ。中高一貫だから高等部も基本同じだろうし」
河削から他愛もない話題を振り、それにメイケイエールが答えるという形。契約等の話題が出てくるのではないかと一瞬身構えたものの、今のところは関連する話題は出てこない。
「二人はミロワダーレちゃんとリコンスタちゃんだよね?」
河削が後ろの二人に振り向いた。話題に出てくるとは予想していなかったのか、二人は驚きつつ短く返事をした。
「よく三人一緒にいるよね。つきあいはいつからなの?」
「二人共私の入学当初からです。ミロワは一学年上でしたが」
「そういうのって運命の出会いみたいで良いね! 青春してるねえエールちゃん」
「はぁ……」
なかなか要領を得られないまま、寮の前に到着した。河削は脇に退き、右腕を広げて恭しく礼をした。
「じゃあ、私はここまでで。エールちゃん、また明日ね」
長居は無用とばかりにそそくさと河削が立ち去る。
「……え? あ、はい。また明日……」
終始彼女のペースに乗せられてしまった。遠ざかる背中を見ながら、ミロワダーレが溜息混じりに呟いた。
「ハァ……ありゃ当分毎日来るぜ」
「不気味……」
あっという間に来たかと思えばあっという間に去ってゆく。決して悪い人ではない、と思いたい。少なくとも今回は取り留めのない世間話をしただけだ。
そして、ミロワダーレの言葉通り、河削は毎日のように訪れた。
『エールちゃぁぁ〜ん! 今日もかぁいぃよぉ〜!』
トレーニング中には他のトレーナーやウマ娘から好奇の目で見られようとも声援を飛ばす。
『エールちゃんお疲れ様! 今日もちょっとどう?』
そして午後のトレーニングが終わると、帰りのタイミングで颯爽と声をかけてくる。ミロワダーレとリコンスタは若干煙たそうにしているものの、まだ常識的な範疇であるので強引に追い返すことは躊躇われるらしい。
「――でさ、学園のカフェに裏メニューあるの知ってる? 何度か頼んだことあるけど、エールちゃんも好きだと思うよ」
「裏メニュー? そんなの聞いたことありませんが……」
「トレーナーの間でしか広まってないからねえ。なら、エールちゃんには特別に――」
トレーナーというより、近所の気さくなお姉さん、という雰囲気になりつつある。
「ところでさ。アンタ、トレーナーの仕事はやってんのかよ。最近ずっとエールのとこばっかりじゃねぇか」
「そりゃもちろん朝とか夜とかやってるよ。論文や学園への報告書書いたり」
「論文? マジ?」
「マジよマジマジ。やることやんないと学園から契約切られちゃうからさぁ」
メイケイエールは知る由もないが、トレーナーもトレーナーで様々な苦労があるらしい。最初こそ河削から一方的に話すことがほとんどだったものの、徐々にメイケイエールから話し出すことも多くなり始めた。
授業のこと、トレーニングのこと、ミロワダーレが昼食を食べすぎて動けなくなり担当教官に怒られたことなど。歳上ゆえの懐の広さと言うべきか、どのようなことを話しても聞き入れてくれるような安心感があった。
「なあ、エール……」
「なんですか?」
ある日の合同トレーニングの休憩中、いつものように訪れている河削を横目に、ミロワダーレが眉を顰めながらメイケイエールに声をかけた。
「仲良くするなとまでは言わねえけどよ。ちょっと気になっててさ……」
「人の好意を鵜呑みにするのは良くない……エールの良いとこだけど……」
河削のことを完全には信用していない二人。交流の輪が広がるのは良いとしても、急速に親密になっていく様子に疑念を抱いていた。
二人が心配してくれるのは素直に嬉しい。ただ、河削をそこまで警戒する必要もないように思う。感情表現の仕方が極端なだけで、そこに他意はないのではないかと。
「一度確かめた方が良いんじゃねえか? エールとどういうつもりで契約を結ぼうとしてんのか」
「それはそうですが……」
「なあなあで流されるのはダメ……」
二人の言い分も理解できるだけに、メイケイエールは返す言葉もなかった。結局はミロワダーレが河削を呼び出し、契約を結びたい理由等を確認することとなった。メイケイエールは気づかれないように物陰で会話を聞くという算段。
「……じゃ、決まりだな――リコ、ちょっと手ぇ貸してくれるか」
「がってん」
休憩が終わり、まず二人が先に駆け出してゆく。その背中を追いかけつつ、メイケイエールは事態が悪い方向に転ばないことを祈るばかりだった。
カワイイは正義
「やー、エールちゃんは今日もカワイイなぁ」
メイケイエールのトレーニング風景を眺め、河削はいつものようにご満悦だった。彼女の他にもトレーニングを視察しているらしきトレーナーの姿も増えてきている。有望株をスカウトしようと目敏く動いているらしい。
「――なぁ、河削トレーナー。この後時間あるか?」
トレーニングも終わりの時間となり、ウマ娘達も帰り支度を始めだした。そろそろ野次馬も退散を、といった所で一人のウマ娘から声をかけられた。
「時間あるけど、なぁ〜に? デートのお誘いならいつでも大丈夫だけど?」
メイケイエールではなく、その友人のミロワダーレ。彼女はクイと顎で校舎の方を指した。
「ちょっと話があってさ――着いてきな」
「あら楽しみ」
言われるがままにミロワダーレの後を追う。普段は三人一組でいることがほとんどだったのだが、一人だけというのは珍しい。
ただ、彼女は昇降口の前を素通りし、どんどん先へと進んでゆく。てっきりどこか空き教室を使うかと思っていたがどうやら違ったようだ。
校舎の側をひたすら進み、辿り着いた所は陽が陰るひっそりとした裏手。よほど物好きな生徒でなければおよそ来ることもないような場所だった。
ミロワダーレが立ち止まって振り返る。そして物陰に潜んでいたらしいリコンスタも河削の後ろに立つ。逃げられないように前後を挟まれ、話し合いという穏健なムードは影も形もなくなっていた。
「二人いっぺんにだなんて若いっていいねぇ。おねーさんもちょっと頑張っちゃおうかな☆」
湿った草と土の匂いに混じり、そして微かに感じる桜の香り。この香りには覚えがあった。
「何の話だよ……とにかく、アンタに聞きたいことがある。答えるまでは帰すつもりはねえからな」
後ろのリコンスタがふんす、と鼻息強く両腕を組んで胸を張る。交差する腕にのしかかるように、豊かな胸の膨らみが鎮座している様がまた素晴らしく、ずっと見ていたい景色だった。
「いいよ。何が知りたいの?」
「――アンタが何でエールと契約したがってんのか。トレーナーなら……エールの実家は知ってんだろ」
「もちろん知ってるよ。社長さんの娘さんでしょ。中京レース場の運営会社」
URA所管のトゥインクル・シリーズにおいて、熱気
地元企業が出資する株式会社によって管理され、URAに施設を貸し出すという形で運営が成されている。メイケイエールはその会社社長の愛娘、いわゆる社長令嬢だった。
「社長の娘さんってだけで大変そうなのに、レース場の管理会社だもんねぇ。まあ色々あるよね」
メイケイエールの情報は粗方頭に叩き込んである。担当教官から得られた資料に限らず、眉唾な噂の裏取りまで念入りに行った。
「なら分かんだろ。オレ達はソレ目的で言い寄ってくるヤツをごまんと見てきたからな」
その話は河削も把握していた。唯一、URAの直接管理下にないレース場。しかも一地方のレース場ではなく、高松宮記念やチャンピオンズカップといったGIレースも開催されている。バ場や有力ウマ娘の情報など通常では知り得ない、トレーナーが喉から手が出るほど欲しい情報が得られるかもしれない。そういった打算でメイケイエールに接近する輩が多かったことを。
そして、その不逞な輩をミロワダーレとリコンスタが防いできたことも。
「返事によっちゃ暫く病院のベッドに寝てもらうぜ……河削トレーナー。アンタはエールの何を見て契約したいと思った?」
ミロワダーレの言葉は決して見せかけではない。彼女の瞳の奥に決意の炎が激しく揺らめく。ここで下手な回答でもしようものなら、強烈な蹴りが飛んできてもおかしくはない。
ここは正直に、本心を伝えなければならないだろう。それが彼女達への礼儀でもある。
「そりゃあ、エールちゃんがカワイイからだよ!」
河削が、心の丈を叫ぶ。
「……はぁ?」
「だってそうじゃん! 滅茶苦茶カワイイし、キレイだし! 何より、脚が長くてさ――分かるでしょう!? 他の娘と比べても腰の位置が一段違うんだよ!? とんでもないでしょ!」
事実そうなのである。メイケイエールはとにかく脚が長く、そして美しい。その脚が繰り出す、跳ぶような走り方には惚れ惚れとしてしまうほど。
「いや、まあ……分かるけどさ。本当にそれだけ?」
「もちろん。私の一目惚れだし」
「脚が速いとか、そういうのは……」
「ないね! 脚が速かろうがそうでなかろうが、私はね、私が惚れ込んだ相手と契約するってモットーだから!」
能力や才能の多寡はウマ娘によって大きな差がある。だからといって、それは選択の基準とはならない。あくまでもこの娘と一緒に走りたいか否か。河削の価値観はその一点に尽きる。
「それはそうと……ミロワダーレちゃんもリコンスタちゃんもカワ☆イイねえ!」
スカートから伸びる、ミロワダーレの両脚。太腿の半分程までの長さがある白いサイハイソックスとの僅かな肌色の夢空間。肉が少々余り気味で、ソックスのゴムの部分に乗ろうとしている所も非常にポイントが高い。
「ミロワダーレちゃんは脚がむちっとしてて最高だし――」
リコンスタも言わずもがな。願わくば、柔らかな双丘に顔を埋められますようにと。
「リコンスタちゃんはおっぱい大きくて最高だよね!」
「……ミロワ、わたし達タゲられてる……」
「エールちゃんも良いけどあなた達もどう? 大丈夫、悪いようにはしないから!」
「……尻軽だ……」
「え? 尻軽だって――?」
眉を顰めて呟いたリコンスタの言葉を耳聡く聞き逃さない。河削は勢いよく自らの臀部を掌で叩いた。弾けるような、やたらと景気の良い音が辺りに響く。
「尻が軽い方が身動き取れやすいじゃない! 尻軽上等!」
「……ミロワ〜、わたしこの人苦手……」
「得意な奴なんていねぇよ……」
呆気に取られる二人を他所に、自慢げに鼻息を荒くする河削。
「ま、そんな訳でさ。次は貴方の考えを聞きたいなぁ――ね、エールちゃん?」
不意に飛び出したメイケイエールの名に、ミロワダーレとリコンスタの二人に緊張の色が見え隠れする。
「な、何言ってんだ……」
「……エール、いない……」
「あらそう? 自慢じゃないけど鼻は結構利く方でね……あの時と同じ香りがしたんだよねぇ。春限定の桜のフレグランス――私も好きでたまに使ってるんだ。優しい香りで良いよね、エールちゃん」
メイケイエールに対しての本心が聞きたいのなら、わざわざ回りくどいことをせずにメール等を使う方法もある。それを誰にも邪魔されないような場所で、直に聞くというのはそれ即ち誰かに聞かせたいということ。
桜の残り香のこともあるが、会話の内容が聞き取れるほどの近い所に彼女が潜んでいると河削は踏んだのだ。そして、それは予想通りだった。最も太い木の幹の裏から、恐る恐るメイケイエールが姿を現した。
「や、エールちゃん。ご機嫌いかが?」
礼儀正しく会釈したメイケイエール。満を持しての主役のお出ましだ。
「――この香り、ご存知だったのですね」
「最初は微妙すぎて気づかなかったけど、トレーニング後に何回か一緒に帰ってる時にね。ああこの香りはもしかして、って」
「確かに、同じ物をお使いなら分かりやすかったかもしれません」
「そういうこと。話は変わるけど、私と契約する件……そろそろどうかな?」
本題はこれだ。メイケイエールに、こちらと契約を交わす意思があるのか問いたい。だからこそ、敢えてミロワダーレの誘いに乗ったのだ。メイケイエールは目を瞑り、深く深く思慮に耽る。
そしてやがて――頭を下げた。
「申し訳ありません。やはり、現時点では河削トレーナーさんとの契約を結ぶことはいたしかねます」
「えぇ〜?」
半分は想定していたが、やはり彼女はきっぱりと。
「これまでにお声をかけて頂いた方や、トレーニングの様子を視察してくださった方もおられます。ですので、その……今この場で契約を結んでしまっては、他の方々の機会を奪うことに他ならないのではないのでしょうか」
「なるほど。機会は平等に、というわけね」
変な所で他のトレーナーの不評を買い、今後の活動に差し障りが出るのは避けたい。もしかするとメイケイエールが乗ってくるかとも期待したが、やはり彼女は堅実派のようだ。
「ええ……今週末、春の選抜レースが開催されます。その時にまた改めて――お誘いいただければと思います」
「よし分かった。エールちゃんがそう言うなら、そうさせてもらおうかな――それじゃまたね。ミロワダーレちゃんとリコンスタちゃんもね」
「はい――またお会いしましょう」
メイケイエールと、他の二人にもウインクを送ってから河削はその場を跡にした。
しかしながらメイケイエール、御両親の教育の賜物なのか考え方が随分としっかりしていた。打ち解けてきたと思っていたが、まだまだ見誤っていたようで河削は内心で舌を出した。
『また改めて――お誘いいただければと思います』
(期待させちゃって……焦らすなあ、もう)
選抜レースを見る楽しみが一つ増えた。彼女が先頭でゴール板を駆け抜ける光景がありありと浮かぶようだった。
貴方と共に
――選抜レース。
四半期に一度開催される、未契約のウマ娘が自らの実力を証明するための檜舞台。このレースには多数のトレーナーが有力ウマ娘と契約を結ばんと駆けつける。
しかも、レースの日は学園内のレース場を一般開放し、ファン共々盛り上がるという一種の大イベントの様相を呈している。
その春の選抜レース。ウマ娘、トレーナー、そしてファン達。三者三様の思惑が絡み合い、穏やかな春の空に見えない炎が燃え盛っていた。
当然ながら、レースを見に訪れたトレーナーには河削も含まれている。トレーナーに事前配布されたレースプログラムを眺めながら、お目当てのメイケイエールが走る番を待ちわびていた。
(エールちゃんの出番は……もうちょいかぁ)
トレーナー専用に設けられた屋外の観覧席で、何組ものウマ娘達が眼前を駆け抜けていく。
見事一着になったウマ娘にはトレーナーが大挙して押し寄せ、二着三着のウマ娘には目もくれない。一着にならずともトレーナーと契約を結ぶにまで到るウマ娘も確かにいるが、それは実に少数派。
自身の育成実績を上げるため、できる限り強いウマ娘との契約を望むトレーナー達。理念は理解できないでもないが。
(――普通に失礼だよねぇ――)
レースに敗れ、涙を拭う娘には眼中になし。悲喜こもごもの選抜レースを河削はどこか醒めた目で見ている。もとより彼女の希望は一人しかいないのだから。
『続きまして、第六レースの出走ウマ娘を紹介します。一番――』
アナウンスが始まり、河削がスタート位置に注目する。第六レース、芝の千二百メートル。このレースには――。
『三番、メイケイエールです』
「キタ! 待ってたよエールちゃん!」
学園の体操服にゼッケンを身に着けた姿。やはり軽装になると脚長の彼女の姿がより際立つ。実力自体も見逃せないものがあり、各トレーナーからの評価も上位を記録している。
「やはりメイケイエールは抑えておきたいですね。中京との繋がりを――」
「走っても走らなくても、どちらでも――」
周囲から聞こえる雑音を鼻で
『――以上、出走ウマ娘六名の紹介です。さあ、各ウマ娘がゲートに収まりまして――』
今回のレースは少人数の六人立て。メイケイエールは中程の丁度いい位置だった。彼女がどのように走るのか、河削はゲート内で構える姿を瞬きすらせずに見つめる。
『スタートです! 各ウマ娘が一斉に――』
作動音と共に開け放たれるゲート。
一斉に飛び出すウマ娘。
ワッと歓声が上がる観客席。
『先頭はメイケイエール、メイケイエールです! 二番手は少し後ろ、五番――』
スタートはまずまずといったところ。意図的にハナを取ったのではなく、どうやらなし崩し的に先頭となったようだ。他の娘達が皆後方に控えたため、結果的に押し出された形となった。
「良いねエールちゃん! その調子!」
歩幅広めのストライド走法で跳ぶかのように走る。蹴り出した脚を地に着ける際の、真っ直ぐなラインが惚れ惚れするほどに美しい。惚れた者の色眼鏡かもしれないが、それでも彼女の走る姿は見る者を魅了する力があった。
『先頭は依然として三番、メイケイエール! さあコーナーを回り、最後の直線に入ります!』
競り合う相手がいない分、メイケイエールはコーナーの最内、最も効率的なコース取り。悠々と先頭を走り、余裕があるようにさえ見受けられる。
『さあ最後の直線、後ろの娘達もスパートをかける! 先頭メイケイエール、そのまま逃げ切れるか!』
後方で脚を貯めていた娘達が一斉に、弾けるように加速した。メイケイエール目掛け、我先に襲いかからんとする。
「そのままー! エールちゃんそのまま!」
二バ身、一バ身と後続との差がジリジリと詰まってゆく。
追いつかれる――。
しかし、メイケイエールが上体を屈めた。
「エールちゃ……!」
閃光の如く伸びる末脚。
『メイケイエールが前に出る! これは勝敗は決したか!』
追いすがろうとした娘を、ほんの瞬き一つで後方に置き去りに。目を見張る速さ。これは、持っているものがまるで違う。周囲の視線はいつしかメイケイエールへ釘付けとなっていた。
『そのままメイケイエール、一着でゴール! 第六レースの勝者はメイケイエールです!』
先頭でゴールを駆け抜けたメイケイエールへ、溢れんばかりの喝采が送られる。まったく危なげない、見事な勝利だった。
そして何よりも見ていて心躍るような流麗な走り。河削はいつの間にか手元の資料をくしゃくしゃに握りしめていた。改めて実感する。メイケイエールと契約を結び、一番身近な場所で彼女の走りを見ていたいと。
興奮醒めやらぬまま、河削はメイケイエールの元へ駆け出した。
先頭でゴールを駆け抜け、肩で息をしながら観客席へ深く頭を下げる。歓声と拍手が一際大きく上がり、それがメイケイエールを勝利の余韻に浸らせる。
(私……勝てたのですね……!)
選抜レースの参加は初めてだったが、予想以上にレース運びを上手くできた。まさか最初から先頭になるとは思っていなかったが、それが逆に落ち着いて走れたからかもしれない。
納得のいく走りができ、十分な結果を残せた。コースの外に出ると、先程までレースを見ていたトレーナー達に一斉に囲まれる。以前声をかけてきた人も、今日初めて見る人も様々。
「メイケイエール! とても素晴らしい走りだったよ!」
「ご覧いただきありがとうございます。私も良い結果が出せて安心しています」
「いやぁ、他のウマ娘とは全然違うね! 君には華があるよ!」
ざっと見渡すが、毎日のように話しかけていた河削の姿が見当たらない。遠巻きにしているのかと、周囲に気づかれぬよう遠くを見るも影も形もなく。
そうしている内に、宝石の原石を手中に収めるためのスカウト合戦が始まった。あのように強い勝ち方をしたのだから、誰も彼もが契約を結ぼうと躍起になっている。
「君、私と契約しないか!? 君ならきっとG1を勝てる娘になれる!」
――欲しいのは、誰にでも言えるような言葉ではなく。
「いいえ! 私なら貴方を三冠ウマ娘にしてみせるわ!」
――紋切り型の台詞でもなく。
「三冠どころじゃない……君のトレーナーになるためなら僕は全てをなげうってでも構わない!」
――気持ちはありがたいが、そういうことでもない。
溜息が出かけたその瞬間、背後から小さくもはっきりと声が聞こえた。
「やぁっぱりエールちゃんはカワイイねえ。こう……走ってるのを見るとワクワクするというか、力を貰ってるって感じがするよ」
「――!」
声のした方へと顔を向ける。視線の先には、ニコリと微笑んで手を振る河削の姿があった。
「河削……トレーナーさん!」
詰めかけるトレーナーを掻き分け、河削が後列からメイケイエールの眼前に移動する。
「エールちゃん、選抜レースおめでとう! トレーニングの時も思ってたけど、本当に身体いっぱい使って綺麗に走るよね」
頬を上気させて、満面の笑顔だった。まるで自分のことのように喜んでいる。
――この人なら、きっと私のことを見てくれる――。
「それじゃエールちゃん。あの時の約束を――」
メイケイエールを前に、河削がゆっくりと手を差し伸べる。躊躇いのない姿に、周囲のトレーナーはただ固唾を飲んで成り行きを見守るばかりだった。
「やっぱりどうあってもエールちゃんが一番だよ。どう? 私の隣で……走ってくれない?」
差し出された河削の手を、恭しく両手で包み込む。じっとりと汗ばみ、燃えるように熱い。彼女の昂ぶりが手を伝い、心に流れ込んでくる。
「はい――なにとぞ、よろしくお願いします」
こうして、メイケイエールを巡るトレーナー契約は一本釣りの如く、河削の専属契約という劇的な幕切れとなった。この人となら、トゥインクル・シリーズを一緒に走れるかもしれない。
「よーしっ! じゃあ早速契約書を書いて、その後は――私のトレーナー室でぇ、二人っきりで
「ゑ……」
いつか見た河削の
描いたばかりの明るい未来が、途端に怪しくなっていくのだった――。
次話はデビュー前の準備等がメイン。例の白いのも登場。