Blooming☆Yell!!   作:ルブク

33 / 38
遠雷響き、嵐の予感。

当シリーズはアプリの育成シナリオの流れを踏まえてますので、今回はシニア春のファン感謝祭。短めにしようと思ってましたが、いざ蓋を開ければいつも通りの文量に…。
シニア前半ももうすぐ終わりということで、これから色んな意味での山場が来る予定。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


The 30th Yells 遠雷のエール

はるかぜとともに

 舞い散る桜へ別れを告げると共に、緑葉との出会いの季節。春も一段落というタイミングであるが、トレセン学園の生徒は一息つく暇もない。

 

 ――春のファン大感謝祭。

 

 毎年春と秋の年二回、学園全体で執り行われる一大イベントである。この時に限り学園内は一般開放され、近隣住民ならびに数多のファンが訪れる。まさに『お祭り』という表現に相応しい賑わいであり、推しのウマ娘と触れ合えるまたとない機会なのだ。

「相変わらずすっげえ屋台の数だよなぁ」

「……焼きそば、はちみー、にんじん一本焼き……」

 メイケイエールとミロワダーレ、リコンスタのいつもの三人が連れ立って学園の中庭を訪れた。広場を囲むように屋台が並び、どこも行列ができているという盛況ぶり。

 屋台の近くを通ればソースが焦げた香ばしい香りに、カステラが焼ける甘い香り。鼻腔をくすぐる芳香が止めどなく襲いくる。

「練習コースの方にマルシェも開かれているみたいですよ。行ってみませんか?」

「あーわりぃ。この後◯✕クイズに参加するからさ」

「……わたしも……チーム対抗のパン食いレースだから……」

 これまでは観る側だった彼女達もシニア級となり、参加する側に回ることとなった。企画されている様々な()し物の内、一つは参加必須という条件が課されている。

「そうですか……じゃあ一旦ここで別れましょう」

「おう。昼頃? 昼過ぎ? そんくらいになったらまた合流しようぜ」

「……あふぁ〜まてぃ〜ぶ……」

 せめてもう少し、屋台やマルシェを三人で見て回りたかったところだが。しかし他の二人も予定があるのだから致し方なし。

「とりあえず、時間までぶらぶらしましょうか」

 ついでに、美味しそうな屋台があれば軽くつまんでしまおう。メイケイエールは右から左へ、人の流れに逆らわないよう気をつけながら屋台を覗いてゆく。

 ファン含めた一般客の他にも、中等部や高等部の生徒達もよく見かける。春の陽気につられて歓談に花を咲かせている真っ只中。普段のレースではライバル同士であっても、レース場から外に出ればノーサイド。仲の良いクラスメートに過ぎないのである。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

「あっ、河削さん! 河削さーん!」

 次はマルシェの方に脚を向けようとしていたところ。メイケイエールは偶然にも河削を見かけ、手を振りながら声をかけた。

「――エール?」

 振り向く際のほんの一瞬、異様に暗く沈痛な表情が窺えた。

「どしたの、いつもの二人は?」

 しかし目の前にいるのは普段通り、自信に溢れる姿の彼女である。光の加減でそう見えただけなのかもしれないと、ひとまずは納得することにした。

「ミロワもリコも参加する演目が近いようですので。河削さんもお一人ですか?」

「うん。トレーナー室で色々と用事があってね〜」

「そうだったのですね。呼び止めてしまってすみません」

 赤いシャツに黒のネクタイ、パンツタイプのいつものスーツ。キッチリ仕事のスタイルで、感謝祭へ遊びに来たような感じではなかった。一緒にお店を回りませんか――迷惑になってしまいそうで、その言葉を飲み込んだ。

「ううん、全然大丈夫。むしろエールに伝えたいことがあったから丁度いい感じ?」

「私に?」

「そ。次のレース、安田がいいかなと思って」

 ――GⅠ、安田記念。

 六月初旬、上半期のマイル王者決定戦と位置づけられたレースである。

「私が、安田記念に――」

 言わずもがな、集まるのは生半可な娘ではない。それこそマイルを得意とする者が集まり激戦は必至。高松宮記念はこれまでの短距離路線の総決算であったが、しかし今回は。

「ですがマイルは桜花賞から……」

 マイルのレースは桜花賞で一悶着を起こして以来、忌諱(きい)するようになっていた。流石にあの時のようなことは起こらないだろうとはいえ。

「うん。でも走れないことはない。ジュベナイルフィリーズとチューリップ賞で結果出せてるんだから、今のエールならいけると思うんだ。高松宮は悔しかったけど……でもお陰で力は示せた」

 なおも河削は熱心に説く。

 高松宮での良い感覚を秋まで寝かせておくのは勿体ないと。頭と身体に色濃く残る今だからこそ、距離を延長してでもGⅠに挑戦する価値があるのだと。

 それにはメイケイエールも異存はない。ただ漫然と短距離に絞るのではなく、可能性は広げるべきだとは思う。ただ一つ、彼女には懸念が一つあった。

(河削さん、焦っているような……)

 これまでの出走レースの勧め方とは少々違い、有無を言わさず押し付けてくるような感覚だった。高松宮の後のコメントの通り、後一歩の所で届かないもどかしさ。トレーナーである彼女も強く感じているに違いない。

「これまでの経験もきっと活きてくるよ。東京も京王杯で走ってるから初めてじゃないし、挑戦してみよう」

 走るべきか、回避するべきか。しかし回避した所で目ぼしいレースがある訳でもなく、スプリンターズステークスへ直行となるだろう。数ヶ月もの間を無為に過ごして良いものかどうか……。

「……すみません。少し、待っててもらってもいいですか……?」

 メイケイエールは答えを出しあぐねた。

 距離も経験のある1600メートルではある。ただ、これまでスプリントを主眼としていた中でマイルへ目線を変えるとなると。距離が変われば走り方も変わる。極端な変更ではないとはいえ、その負担は決して軽くはない。

「それはもちろん! でも悪い話じゃないと思うから、前向きに考えてくれると嬉しいかな――それじゃ感謝祭、私の分も楽しんでおいで!」

「ありがとう、ございます……」

 河削はそのまま自分のトレーナー室へ向かっていった。別れ際に大きく手を振り、上機嫌な様子で。

 ただ、彼女の振る舞いには若干の違和感が拭えなかった。それに心なしかやつれているようにも。今後のプランなど考えるべき点が多いのは想像に難くなく、トレーナーとしての悩みというのも多いのだろうか。

 気分転換としても、少し強引にでも誘えば良かったかもしれない。反省しつつ、メイケイエールはマルシェが開かれている方へ向かっていった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

ココロ合わせて

 マルシェのエリアは威勢の良い売り文句が飛び交う広場とは雰囲気ががらりと異なっていた。ハンドメイドのアクセサリー、雑貨、手作りの焼き菓子やジャム。賑やかながらどこか柔らかな活況に包まれ、どのブースを覗いても心が籠もる素敵な一品が並ぶ。眺めるだけでも胸が躍りそうだった。

 参加する演し物までまだ時間がある。何か買っても良さそうだと、トレーニングパンツのポケットにある財布を取ろうとした時である。

 

『感謝祭プログラムに参加する方へのご連絡です。二バ三脚に参加予定の方は、一番コース前の待機場にお集まりください。繰り返します――』

 

 アナウンスが響き、伸ばしかけた手を引っ込める。いつの間にか、もうそのような時間となっていたようだ。

「……終わったら、また来ましょう」

 せめてもう少し見て回りたかったが仕方ない。足早に待機場へメイケイエールは向かう。

 

 ――二バ三脚。要するに二人三脚のウマ娘版である。ややもすると転倒するリスクもあるがソコはソレ。余興の一環であり全力疾走することはまずないが、それでも距離は500メートル。ヒトのものと比べると迫力は正に段違い。

 

「二バ三脚参加の方はこちらへ! 走者の組み合わせと出走順の紙をお配りしてま〜す!」

 待機場には既に何人ものウマ娘が集まっていた。学年も異なれば適正距離もバラバラである。そして、その中心では係員である学園職員が紙の束を片手に声を張り上げている。

 メイケイエールは職員から一覧表の紙を受け取った。出走順と走者の組み合わせの記載を、指で上からつつっとなぞってゆく。

 そして見つけた自分の名前。隣にはペアの名前も。

「あっ」

 そこにあったのは思わぬ人。視線を感じて顔を上げると、前に立っていたのは――。

 

『ご来場の皆様、お待たせいたしました! これより一番コースにて有志によるファン感謝祭特別レース、二バ三脚を開始いたします!』

 

 仮設のスピーカーからレースの開始が告げられる。コースを囲む土手の上や斜面は即席の観客席となっており、レジャーシートを広げた家族連れが団欒(だんらん)を楽しんでいた。

 

『普段は互いに(しのぎ)を削る間柄、しかし今日は違います! 互いに手を取り脚を取り、心を一つに目指すはゴール!』

 

 向こう正面のスタート位置には走者のペアがスタンバイしている。ペアでそれぞれ異なる色の紐で、互いの足首をしっかり結わえていた。

 

『それでは第一レースの走者を紹介します。一番、小さな身体に大きな闘志! なるか一着、ビコーペガサス&ハルウララペア!』

 

 アナウンスの度に、走者のファンや友人達が声援を送る。ウマ娘が力を合わせて走るという、普段見ない光景にカメラのシャッター音が途切れることなく聞こえてくる。

 

『――六番、観客沸かせれば日本一! 古今無双の個性派コンビ、トレセン学園でも轟くかターボエンジン! ツインターボ&ナイスネイチャペア!』

 

「よーっし! ターボ頑張るぞ!!」

「……あの〜、アタシも居るんですけどねぇ」

 様々な意味で観客を魅了してやまないチーム・カノープスの二人。申込み時にペアで出していれば、そのままの組み合わせでの出場が可能となっている。単独で出せば運営側によるランダムでのペア決め、という訳である。

 

『さあそしてラストの七番! 立てば芍薬座れば牡丹、走る姿は胡蝶蘭! この組み合わせはまさに必然か、尾張と陸奥(みちのく)から来たりしターフを駆ける妖精! メイケイエール&ユキノビジンペア!』

 

 白い耳覆いが特徴的な、明るい茶色の栗毛の髪。メイケイエールのペアの相手、それはユキノビジンだった。顔馴染みであり、この場においては非常に心強い。

「ちょっと言い過ぎなのでは……?」

 歯が浮くような(うた)い文句に苦笑いしながら、歓声に応えて手を振るメイケイエール。

「んだなはん。なンだか背中がむず痒くなるべ……」

 しかし一方、ユキノビジンは恥ずかしさが勝るようだ。頬を赤く染め、所在なさ気な様子ではにかむばかり。それがファンの心をくすぐるらしく、彼女へ向けて男女問わず温かい声援が送られる。

 

『第一レースは以上七組の出走です! さあ、どのペアが一着でゴールするのか……皆様ご声援のほど、よろしくお願いいたします!』

 

 メイケイエールは膝を曲げてかがみ、互いの足首を結ぶリボンを今一度確かめた。やはり出るからには一着を獲りたいもの。そして怪我をしないためにも入念なチェックは必要である。

「ユキノさん、頑張りましょうね」

「はい! けっぱって皆さ良いとこ見せるべ!」

 状態は万全だ。スタート位置として引かれたラインの上に並び、身構える全七組。普段のレースとはまた異なる緊張感が身体を包み込む。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

 コース外にスターターが立つ。その手には電子式のスターターピストルが握られていた。ゲートではなく発砲音でのスタートという、ウマ娘の、というより体育祭のソレである。

「位置について! よーい――……」

 かけ声と共に、ピストルが上空へ向けられる。ユキノビジンと事前に打ち合わせた通り、踏み出しは結んだ脚の側。ただ速く走れば良いのではない。相手と息を合わせることが最も肝要であり――。

 

 パァン!

 

 空高らかに発砲音が響く。

 その合図を皮切りに、一斉に駆け出すウマ娘達。

「ぎゃっ!」

「ぅわっ!?」

 しかし、ただ一組のみを除外して。

 

『さあ各ペア一斉にスタート、できません! 一歩目からツインターボ&ナイスネイチャペアが転倒! 大丈夫でしょうか!?』 

 

 出す脚を間違えたのかタイミングが狂ったか。スタートラインを跨いでバタリと倒れ込んだ二名。

「ちょっとターボ!? 最初の一歩はアタシは左脚、ターボは右脚って決めたでしょ!」

「ターボ分かんないっ! 右ってどっち!? 左!?」

「お箸持つ方だって!」

「おハシどっちでも持てるもんっ!」

「……何で変なトコ器用なのよ……」

 立とうとしても歩調が合わずに七転八倒。やいのやいの騒ぎつつ、しかし一向に進めそうな様子もなく。結局チーム・カノープスのトレーナーからタオルを投げられ、惜しまれつつレース中止と相成るのだった。

 

『しかしそれ以外のペアは順調。先頭はメイケイエール&ユキノビジンペア! 期待に応えて快調に走ります!』

 

 互いに声をかけ、タイミングを合わせて左右の脚を運んでゆく。歩幅が広いメイケイエールがユキノビジンに揃え、走りやすいように。

「ユキノさん! 私達先頭です!」

「んだ! こンまま行くべ!」

 背中に手を回し、身体をぴったり密着させる。頭半分ほど背が低いユキノビジンの息遣い、鼓動が伝わってくるようだった。

 先頭を走るのも久方ぶりだった。誰もいない視界、ゴールまでどこまでも続くターフ。もしここが中山レース場なら、中京レース場であったのならば。そうであればどれほど良かったかと、メイケイエールの心が遠く霞んでゆく。

「――エールさんっ!」

 頭の横でユキノビジンの声が響く。白みがかった意識が急速に色を取り戻した。

「かけ声出てねぇですよっ」

「あ――あ、はいっ!」

 気を取り直し、呼吸を合わせていち、に、と繰り返す。その声に合わせ、ユキノビジンと一心同体へ。

 

『先頭は依然メイケイエールとユキノビジン! 安定した走りでこれは盤石か!」

 

 目指す先のゴール板。追いつけるペアはなく、ただただ先頭で風を切って突き進む。

 もし――なら――。

 頭の片隅に残る焦げ付いた汚れ。そのこびりつきはどれほど擦っても落ちることはない。

 

『メイケイエールとユキノビジン、そのまま一着でゴール! 見事後続に付け入る隙を与えませんでした!』

 

 危なげない様子で、どの組よりも速くゴール板を駆け抜けた。勝者に贈られる無数の拍手と歓声。しかしメイケイエールの身体は透き通り、それらは虚しくすり抜けてゆく。

「やったぁエールさん! 一位ですよ一位!」

「え、ええ。やりました、ね……」

 屈託のないユキノビジンが一層眩しく輝く。そこまでのエネルギーの源泉はどこにあるのだろう。半分羨みながら、取ってつけた笑顔を返すのだった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

わたしとあなた

『――以上をもちまして、ファン感謝祭特別レース、二バ三脚を終了とさせていただきます。ご観戦の皆様、出走ウマ娘に今一度温かい拍手をお願いいたします!』

 

 以降のレースも終わり、二バ三脚はつつがなく閉幕を迎えた。二人一組になって走るだけでも笑いあり興奮ありと、なかなか見応えのある一幕となった。

 さてこれから何をするかとメイケイエール。ひとまずミロワダーレとリコンスタの二人に連絡し、合流してマルシェ巡りの再開だろうか。

「あの……エールさん」

「ユキノさん。どうしましたか?」

 人で賑わうレース会場から少し離れ、木陰でユキノビジンがおもむろに声をかけてきた。どうやら、人が居なくなるタイミングを窺っていたようだった。

「実は、ちっとだけ気になることがあったンですけど……いいでがんすか?」

 心配一色の瞳で見つめる彼女。一体何が気がかりなのか見当がつかず、メイケイエールはただ頷く。

「さっき一緒に走ってる時、エールさんなンか上の空だったんで……」

「――!」

 メイケイエールの耳が緊張でピンと立つ。ユキノビジンから注意――注意というレベルでもないかもしれないが――された時のことである。もしやその続きなのかもしれないと、無意識に身体が強張る。

 しかし、ユキノビジンはそのような人ではなかった。

「もしかして悩みごとがあるんじゃねぇかなって。あたしじゃ力になれねぇかもしンねぇですけど……えがったら話、聞きますよ」

 注意するでもなく、純粋に心配してくれる彼女の言葉に心が揺れる。何を言われるのだろうと身構えた自分に恥ずかしさを覚え、顔を直視することもできなくなる。

 メイケイエールとユキノビジンとは共通点がある。彼女なら悩みを理解してくれるかもしれない。

「その……どれだけ応援していただいているのに全然結果が出せないような時。どうすれば良いのでしょう……どうすれば乗り越えていけるのでしょうか……」

「それって、こン前の高松宮記念の……」

「――はい。もっと前のジュベナイルフィリーズや桜花賞も、なのですが」

 手が届きそうになりながらも、さっとすり抜けていくGⅠの勝ち星。その悔しさ、無念さは千の言葉、万の言葉を以ってしても足りないだろう。

「期待さ応えられねぇ悔しさと、もどかしさをどうすっか……ですよね?」

 そしてユキノビジンなら、彼女なら同じ感覚をきっと味わっているはず。ティアラ戦線を走り、桜花賞とオークスでそれぞれ二着。特に桜花賞では、一着のウマ娘とタイム差なしという後一歩の惜敗だったのだ。唇に指を当て、うーんと唸りながらユキノビジンが考える。

「あくもでも、あたしが思うことなンですけんど……」

 役立つ助言が得られることを期待して、メイケイエールは次の言葉を待った。

「……走るしか、ねぇと思います。あたしは、あたし達は、ウマ娘ですから」

 答えはとても簡潔だった。

「辛くても苦しくても、走って。走って。走って……走るンです。応援してける人達のため、なりてぇあたしになるために」

 シチーガール――キラキラ輝くシティーガールを目指すため、盛岡からはるばる上京してきたユキノビジン。どれほど逆境であっても、諦めずに走り抜く強い気持ち。それが大切なのだと強く説いた。

「あたしは器用じゃねぇですから。いつシチーガールになれるか分かンねぇけど、ひたすらまっすぐ走り抜くしかねぇって思います」

 彼女の瞳が強く輝く。メイケイエールはその光を正面から受け止め切れず、視線を落とす。

「ひたすら、まっすぐ……」

 ――似た者同士だと思っていた。

 似ているようでユキノビジンは違う。確かな目標を持ち、そこへ進むための十分な力を持っている。

 それはレースの実績においても、である。GⅠレースで連続して連対したユキノビジン。素朴で愛らしい外見ながら、それに留まらない力強い走り。ファンを魅了してやまないのも納得だった。

 一方、メイケイエールは暴走による自滅など、まだ胸を張れるようなGⅠ実績が残せていない。それどころか他の走者を危険な目に遭わせることすらも。ファンは皆頑張っていると応援してくれるが、頑張っているだけ(・・・・・・・・)では駄目なのだ。

「……エールさんごめんなさい。あまり参考になンねぇで」

 内心打ちひしがれたメイケイエールを察したのか、ユキノビジンが頭を下げる。

「い、いえ! すみません聞いていただいたのに――ありがとうございました」

 外から見て分かるほどに落胆した表情をしてしまっていたのだろうか。いや、そのように心配させてしまった時点でメイケイエールの手落ち。つくづく情けなくなり、溜息が出そうになった。

「――エールさん」

 そうしてユキノビジンとの別れ際。彼女は最後に振り返る。

「今はゆるぐなくても、報われる時がきっと来ますよ。努力は、裏切らねぇですから」

 ゆるぐない――しんどいの意の盛岡弁。

 今が本当にしんどい時なのかは定かではない。しかしながら、走る以外に何か良策があるかと聞かれたら言葉に詰まる。やはり彼女の言葉通り、遮二無二(しゃにむに)走るしかないのだろうか。

 ユキノビジンの背中が雑踏に消えていくまで見送り、メイケイエールはその場に一人残された。吹き通る春風が不安に揺れる心を(もてあそ)ぶ。

 現状を変えるにはどうすれば。選り好みしている場合ではないのだろうか。それこそ、ひたすらに走らなくてはならないのでは。

「河削さん……」

 メイケイエールはスマホを手に取り、震える指で河削にメッセージを送った。

 安田記念への出走を決めたメッセージを。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

タイムリミット

 自身のトレーナー室にて、河削はモニターを睨みつけながら時折キーボードを叩く。これまでのメイケイエールのトレーニングやレースの動画をツールに解析させ、走行フォームを細かく調べようとしていた。

 身長や筋肉量は日に日に変わってゆく。更に、彼女は蹄鉄をスパイク付きに変更している。脚へかかる負荷が最も少なく、効率よく走るための模索は常に考えなければならない。

(エールの実力はこんなもんじゃない。もっと、もっと……)

 全てはウマ娘を何の不安もなく、最高のポテンシャルを発揮してもらうように――それが、トレーナーの最大の仕事である。

 

 であれば、今の自身はトレーナーとしての職責を果たしているとは言い難い。

 

「ぅぐっ……!」

 何本目かの動画の解析を始めた時、腹部に鋭い痛みが走り、顔を歪めてうめき声を上げた。身体の内から、何本もの鋭利なスパイクが皮膚を突き破ったような。筆舌に尽くし難い苦痛が襲い、ついで激しい嘔吐感。

「っ……!」

 口元を手で覆い、身を屈めて流しにすがりつく。さして暑くもない室温の中、脂汗で前髪が額にべったり張り付いていた。

 そして胃薬の瓶へ手を伸ばし、慌ただしく蓋を開ける。勢い余って蓋が掌から滑り落ち、床をからんからんと転がってゆく。

 顧みている余裕はなかった。小刻みに震えながら瓶を傾けるも、手元が狂い一回量の何倍もの錠剤が飛び出した。しかし河削は躊躇うことなく、出た錠剤全てを口内に押し込む。水で一息に体内へ流し入れ、這々の体で青色吐息。

「ゥう……っ」

 状態は殊の外悪化してきている。メイケイエールに勘付かれそうになったものの、まだ気付かれていない。それもいつまで続けられるか、最早時間の問題となっていた。

(せめて今年……いや秋まで……秋まで保ってくれれば……そうすればエールは……っ!)

 目は血走り、歯を食いしばって痛みに耐える。このような姿、誰にも見せられるものか。

 

 ――♪♫♪♫

 

 デスクにあるスマホから、メッセージの着信音が鳴った。

「ふぅ……っ」

 こんな時に誰から。

 薬が効くまで時間を要する。倒れ込みそうな身体をどうにか支えながらデスクに戻り、メッセージを確認した。

 

 メイケイエールから。

 

『安田記念、出走させてください。お願いします』

 

 激しい痛みが嘘のように引いてゆく。この言葉をどれほど待ち望んでいただろうか。

「あぁ……エール……!」

 デスクに突っ伏した体勢のまま、スマホへ指を走らせる。

『オッケー! それじゃあ出走の申請しておくね! マイル用のトレーニングメニュー考えておくから、週明けから一緒に頑張ろうね!!』

 メッセージと一緒にサムズアップをするキャラクタースタンプを送信し、脱力して手足を弛緩させる。しかし休む間もなく身体を起こした。安田記念に出ると決まれば、のんびりしている余裕はない。

 スプリントからマイルへの転戦。道中の展開やスパートのタイミングの調整が必要である。残り二ヶ月、万全を期した状態でメイケイエールを送り出してやらなければ。

「大丈夫……エールなら勝てる……エールなら、絶対に……!」

 鬼気迫らせ、取り憑かれたようにキーボードを叩いてゆく。メイケイエールならば必ずGⅠを勝てると、心の底から信じて疑わずに。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

賽は投げられた

 季節は皐月。ゴールデンウィークの旅行疲れもようやく一段落という時候である。じわりじわりと近づく梅雨を控え、新緑が色づく穏やかな空。

 学園のカフェテリアはいつも通りに賑わう。しかしテラス席の一画だけピリリとした緊張感が漂っていた。丸テーブルの席に着くのはメイケイエール、ミロワダーレ、リコンスタの三名。

 そしてテーブルの中心にはスマホが一台置かれている。言葉を発するでもなく、彼女達はじっとスマホを凝視していた。

「……!」

 不意に、真っ暗だったスマホの画面に着信の表示。発信者は――。

 

 おかあさん。

 

「えっと、お母様……リコの?」

「……ううん。白石トレーナー……」

「なんつー登録名だよ。ほらリコ、出ろ出ろ」

 テーブルに置いていたのはリコンスタのスマホ。待っていたのは白石トレーナーからの連絡。

 リコンスタはスピーカーモードで通話に出た。通話音をできる限り小さくし、テーブルの三人は等しく聴き耳を立てる。

『もしもし。リコちゃん、今平気かしら』

「……うん。大丈夫……」

『ああ良かった。いい? 落ち着いて聞いてほしいんだけど……』

 白石トレーナーの低い声色に、メイケイエールとミロワダーレの二人は顔を見合わせた。まさか、と。

「……うん、ありがとう……」

 心配そうな眼差しを受けながらも、リコンスタは飄々としていた。表面上かもしれないが、少なくともそう見えた。

「……また頑張ればいいだけだから……諦め」

『ちょっと!』

「!?」

 諦めずに、と言い終わる前に白石トレーナーが遮る。

『早合点しないの! 人の話は最後まで聞きなさい!』

「……いぇす、まむ……」

 電話越しに叱られ、耳がしょげるリコンスタ。なるほどこれはおかあさんだと、妙な説得力に唸るメイケイエール達。

『獲れたのよ、最後の一枠滑り込みで! 出るわよヴィクトリアマイル!』

 緊迫していた空気がたちどころに緩む。リコンスタは友人二人の顔を順々に見つめ、ゆっくりと力強く頷いた。

 今日はGⅠヴィクトリアマイルの出走ウマ娘の発表日。いち早く情報を手に入れるため、白石トレーナーはURAの事務所へ直接赴いていた。

 リコンスタのレース実績はお世辞にも十分とは言えなかった。優先出走権を得られるに至らず、同じような実績のウマ娘と抽選で枠を争うという状態だったのだ。

『これから忙しくなるわ……すぐ戻るから詰めのトレーニングよ、いいわね?』

 出走者の発表は本番の数日前。そこから枠順が決められ、前日取材が行われる流れとなっている。限られた時間でどこまで仕上げられるか、ここでレースの結果が左右されると言っても過言ではない。

「……おっけー……」

『よろしくね。それじゃまた』

 通話を終え、大きく深呼吸するリコンスタ。

「……Tobe、or not to be(生きるべきか、死ぬべきか)……」

 戯曲の一節を呟き、にたりと笑う。

「……ま、大した問題じゃないね……」

 吸い込まれそうな深い紫の瞳。その奥に深謀遠慮が隠されているとはつゆ知らず、メイケイエールとミロワダーレは素直に友のGⅠ出走を祝したのだった。




次話はヴィクトリアマイル(if)前半。
ちょっとスプラッタな雰囲気になるかと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。