Blooming☆Yell!!   作:ルブク

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※流血、欠損描写注意
一世一代の大舞台――芦毛の少女はすべてを賭ける。

ヴィクトリアマイル(if)前半です。
ベースは2022年のものとなります。リコンスタもといリフレイムは出走していないため、ifとしてローザノワール代替としています。
奇しくも成績が割と似通っているのはなんともはや。

ちなみにデアリングタクトも出てますが、作中では『居るけど名前は出さない』方針にするつもりです。
ネームドキャラを新たに出すと色々ごちゃごちゃになりそうなので…。

人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html


The 31st Yell 決意のエール

希望という名の絶望

『さあ第三コーナー大ケヤキを通り過ぎ、各ウマ娘第四コーナーへ!』

 

 東京レース場名物、大ケヤキ。緑の葉に色づく大樹を潜り抜け、十八名のウマ娘がホームストレッチに突入する。

 轟く足音と徐々に近づく歓声。全ての観客がターフ上、あるいは大型ビジョンへ熱視線を向けていた。

 

『――先頭は十番リコンスタ! なんとリコンスタだ! 三バ身後ろでマシロが追いかける!』

 

 正に大番狂わせ。これ以上ないジャイアントキリングが起きようとしていた。飛び交う歓声はもはや半狂乱で、誰もがリコンスタの名を叫ぶ。

 その声は空を切る彼女の耳にも届いていた。ガムシャラに、そして無我夢中に。死力を尽くし、肺の空気を限界まで使い切る。

 

『さあそして右に右にとヨレていくが――後ろは追いつけるのか!? ゴール前の坂、一番乗りはリコンスタだっ!』

 

(……いける……まだいける……!)

 

 高くそびえる芝の壁。東京レース場名物、高低差2メートルの急坂である。徐々に右へと逸れながらも、ただひたすらに彼女は脚を動かす。マシロはまだ来ていない。ここを乗り切れば逃げ切れる。

 一歩一歩踏み出すほどに高まる確信。それは走るリコンスタも、観る観客も、追うマシロ達も同じ。そして坂の終わり、遠くに見えるゴール板。

(……見えた……!)

 奥歯を噛み締める顔へ、にわかに光が差し込んだ。苦難に満ちた紫の瞳に灯りが灯る。希望の灯火が瞳から顔へ、顔から芦毛の髪の一本に至る全身へと移り渡ってゆく。

 

『外ラチに寄りながらも坂を登り切るリコンスタ!』

 

 残りは数百メートル、阻む者は何もなし。

 これで、イロモノと言われるようなこともなくなる。

 

 ――しかし、彼女は見つけてしまった。

 

 坂の終わりの進路上。芝が抉れて穴が開いている。

 

『勝負は最後の直線だっ、ここで決まってしまうのか!?』

 

 リコンスタはその穴をじっと見た。勝者を喰らわんと悪魔が口を開けている。踏んでしまえば確実に脚を取られてしまうだろう。

 そうなれば転倒は必至。速度は時速60キロメートルあまり。

(……!)

 転べばどうなるか誰にも分からない。少なくとも、子供の擦り傷で終わるような話ではないのは確かだった。 

 避けなければ。しかし意に反し、脚は穴へと真っすぐに。まるでそれが運命づけられているかのようだった。

(転ぶ……)

 

 ターフの一本一本がはっきり見えた。

 興奮で色めき立つ観客席。

 穴に吸い込まれる視線。

 飛び込む右脚。

 曲がる脚首。

 崩れる身。

 芝が。

 

(――っ!)

 突如として世界が回る。鈍い衝撃と共に、視界の端へブーツのようなものが飛んで行く。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

 抗いようのない奔流(ほんりゅう)に身体が(もてあそ)ばれる。二回、三回、それ以上に空とターフの間を転げ回る。

 

『あァ!? リコンスタがバランスを崩し転倒! 転倒です!』

 

 脳内をつんざく耳鳴りが響き、何も音が聞こえない。

 リコンスタは土と血に塗れた顔を上げた。頭を守るため、腕は創傷だらけとなっていた。そのおかげでどうにか命は繋がったのだから安いものだ。

 一位はもう難しい。ならばゴールだけでもと、全身の痛みに耐えながら右脚を改めて踏み出した。

 

 ――がくん。

 

 姿勢が崩れ、手を地面につく。踏み出した右脚をじっと眺め、リコンスタは深く重い溜息を吐き出した。そしてもう一度、右脚を引きずりながら歩き出す。

 

『転倒したリコンスタ、レースに復帰! しかし脚を怪我しているようです……!』

 

 相変わらず何も聞こえない耳。実況の声はもとより、観客の声援ですら。

 観戦エリアの最前列に陣取っている観客が口々に何かを叫んでいた。血の気が失せ、恐怖に慄き、必死にリコンスタへ何かを伝えようとしている。

(……うるさいなあ……)

 リコンスタは既に気づいていた。彼らが何に反応しているのかを。

 

『リコンスタ、右脚を庇いながらゴールへ向かいます。怪我の具合は……いえ右脚が、これはっ……!?』

 

 緑の芝に点々と連なるおびただしい血痕。それを追いかけていくと、行きつく先は――彼女の右の脚首だった部位。

 ブーツは既にそこになく、無惨にも引きちぎれた皮膚と筋肉が覗くのみ。流れ落ちる血液は止めどなく、誰もが最悪の結果となったことを察した。

 

 ――ガタガタ言うなよ。もげたくらいで――。

 

 徐々に聞こえ始めたスタンドからの悲鳴と絶叫。リコンスタはそれをまるで意に介さず、血混じりの額の汗を腕で拭う。そして、ゴールまで100メートルあまりの距離をぎこちなく進んでいった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

 ――数年の月日が経ち、リコンスタは日本から離れていた。大規模なトウモロコシ農家である祖父母の元で、仕事を手伝いつつ大学のオンライン講義を受講する日々である。

 既に彼女の右脚は膝より下が喪われていた。ヴィクトリアマイルでの転倒後、無理して走ったために傷口から細菌が入ってしまったのだ。感染症を防ぐためにやむなく膝下から切断する他なかった。

 左右いずれも見渡す限りのトウモロコシ畑。その合間の農道にて、荷台を幌で覆ったピックアップトラックが走る。

「Country roads,take me home〜♪」

 運転席にはリコンスタが座っていた。古いカントリーポップスを口ずさみながら、ハンドル捌きも慣れたものだった。

 

 ――あの後、URAは前代未聞の大事故に激震が走った。

 一人のウマ娘の競走能力が喪われたのみならず、全国ネットにその一部始終が流れてしまったのである。世論は荒れに荒れ、一時はウマ娘のレース自体が存続の危機に晒された。関係各所が議論を重ねた結果、非常に痛ましい事故として処理され、辛うじて事なきを得たのだ。

 当事者となったリコンスタは針の(むしろ)。世間のみならず他のウマ娘からも辛辣な言葉が浴びせかけられた。一人のウマ娘に背負わせてはいけないという意見もあったが、とばっちりを食らった側には関係なし。

 メイケイエールやミロワダーレ等の極一部に挨拶はしたものの、逃げるように学園を、そして日本国内を去ったのだった。

 

 やがて、リコンスタはトラックを停め、健全である左脚から地面に降り立つ。いつしか真っ白となった芦毛の髪はベリーショートに短くしており、往時のサイドテールの面影はどこにもなかった。

 義足の右脚はそれと思わせないほどに滑らかに動き、荷台の幌を外す手並みも鮮やか。覆われていた農薬散布用の大型ドローンが露わとなり、飛行する準備を進めていく。

 だがふとした瞬間、顔を見上げ、後ろを振り返った。

「……お手洗い行きたいから……起きてもいい……?」

 その瞬間。

 空が、畑が、地面が、虚空に掻き消える。そして全てが暗転し、あの光景が戻ることはなかった。

 

 じっと見上げる、寮の天井。目覚まし時計が示す時間は朝の四時半、起床するにはいささか早すぎる。寝間着姿のリコンスタはベッドからゆっくり起き上がり、おもむろに右脚から立ち上がった。

「……ん〜……」

 背中を伸ばし、次いで左右の脇腹を。半開きの眼のまま、部屋のトイレに向かう。その途中、はだけていたライムトニックの掛け布団を直してあげながら。

 そして用を済ませ、至って平然と手を洗う。あまりの夢見の悪さであっても、ポーカーフェイスはそれを一切感じさせない。

 手を洗い終え、鏡に映る自分と目が合う。何を考えているのかまるで分からない顔だ。リコンスタは洗い終えた右手を鏡に向かって上げ、鏡の向こうのもう一人の自らを指差した。

「……思い通りになるかよ……ばぁ〜か……」

 ふん、と不満げに鼻を鳴らす。物言わぬ自らを暫し睨みつけ、やがてベッドへと戻っていった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

「いやちょっと待って。その話本当?」

 ヴィクトリアマイルの合同前日会見。控室で準備をしている最中、リコンスタは中年女性のトレーナー、白石にこの前の夢のことを話した。

 勝負服の準備を進めていた彼女だったが、当然ながらその手が止まる。

「……うん。リアルだったよ……」

「リアルすぎて笑えないわよ。最近ずっとそんな夢ばかりじゃない。今日ならカウンセリング受けられるけど……」

「……ん〜、いいや。慣れっこだし……」

「慣れちゃいけないのよ、そんなのに」

 ウェーブがかった髪を揺らしながら首を振った。自身が血みどろになる夢などただの悪夢である。白石トレーナーのような反応がごく自然だった。

「……ここ数日は特にグロくて。ま、別に血は平気だし……」

「何なのかしらね。レース前の緊張感とかかしら」

「……さあ? とりあえず勝負服ちょうだい……」

「ん? ああ、そうね。ちょっと待ってて」

 リコンスタに催促され、白石はクローゼットから衣装カバーがかかった勝負服を取り出した。パターンオーダーではなく、完全オーダーメイドの一着。どうにかヴィクトリアマイルに間に合わせることができたのだ。

「はいどうぞ。着方の説明書きも入ってるから、分からなくなったらそれ読んで」

「……は〜い……」

 更衣室でいそいそと着替え始めるリコンスタ。衣擦れの音とベルトのバックルらしき金属音が、控室に暫しの間響いた。

 その間、白石はこれからのタイムスケジュールを確認し、流れの再確認と整理を行う。

「……うっわっ……」

 ふと、カーテンの向こうから絶句するのが聞こえた。

「リコちゃん? ちょっとどうしたの?」

「……これ、背中がら空きじゃん……」

「そういうデザインになるけど良いのかって聞いたじゃない。ホルターネックってそういうものでしょ」

「……肩が冷えると凝っちゃって凝っちゃって……」

「年寄りみたいなこと言っちゃって! ほら、ふざけてないで着替えたんならカーテン開けるわよ」

 有無を言わさず白石はカーテンを開ける。その向こうには、自身に仕立てられた勝負服に身を包んだリコンスタが立っていた。

 背中が大きく開いたホルターネックの黒のトップスに、ボトムスは白いスパッツの上から紫の巻きスカート。そして袖口が金具で飾られたトップスと同じ色のアームカバーを着けている。

 

【挿絵表示】

 

「……どうかな……」

「あら、似合うじゃない」

 彼女はその場でくるりと回り、拍手で白石が称えた。華やかさと機能性を両立したデザインで、いよいよGⅠレースだということを実感させる。

「……う〜ん……」

 しかしリコンスタは物思いに耽りながら姿見に映る自身を眺める。

「なに? どこか気になる?」

 白石の問いかけにも答えず、頭のてっぺんから爪先までしげしげと。菱形に空けられた胸元からは深い谷間が覗き、そこに指先をつうっと沿わせる。

「……谷間、見えるの嫌なら隠せるわよ。それ用のパーツも入れてもらってるから」

 これまでのレースの衣装はレース用のシンプルな半袖のシャツとハーフパンツである。その上からゼッケンを着けるので肌の露出は限定的だった。

 しかしこの勝負服ときたら、下はともかく上は背中丸見えで胸の谷間も大顕(おおあら)わ。身体のラインにぴったり沿うデザインのため、リコンスタの大きいバストの形がくっきりと浮き出ていた。その様は小柄な体躯にあどけない顔と相反して扇情的ですらある。

 ぴょんと、彼女は軽く跳ねた。

 

 ――ゆさっ。

 揺れる。

 

 次は二回。

 

 ――ゆさゆさっ。

 揺れに揺れる。

 

「……い〜や〜ら〜し〜……」

 口を手で覆い、どことなく恥ずかしさを漂わせ、それでいて面白がりながら振り返る。

「はしたないことしないの! アンタ女の子でしょ!」

「……うへぇ……」

 しかしピシャリと白石トレーナーに叱られてしまう。

「ま、そんくらい余裕ってことね――そろそろ時間よ」

 白石トレーナーは自身の腕時計を指で軽く叩いた。合同取材が始まる時間である。サイドテールを括るリボンを今一度整え、準備は万端。

「念のためおさらいしておく? 受け答えの内容とか」

「……大丈夫。ありがとう……」

 リコンスタはドアノブに手をかけた。しかしすぐには回さず、後ろにいる白石トレーナーへ振り返る。

「どうしたの? 不安になった?」

「……ううん。むしろ……」

 ニヤリと口の端を上げる。

「……ぶちかましちゃおうって感じ……」

 目を合わせて二人静かに頷く。そして決意新たに会場へと向かっていった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

布石を打つ

 取材用のブースが設けられた会場には各メディアの記者が大勢集まっていた。既にGⅠの出走経験がある者には見慣れた光景だが、リコンスタは見る物触る物全てが新鮮だった。

「……すっごい……」

「でしょ? これがね、GⅠってやつ。リコちゃんの言葉が全国に向けて送られるのよ」

「……おぉ〜……」

 司会による進行で、一番目のウマ娘から取材が始められていく。それぞれ異なる勝負服を身に着け、数多のカメラのフラッシュを浴びる姿にリコンスタは目を輝かせた。

「どう、初めての会見に臨んで」

 その最中、白いノースリーブのロングドレス姿のウマ娘――マシロが声をかけてきた。

「……お、マシロちゃ〜ん……」

 彼女と同じレースを走るのも今回初。GⅠ常連だけあって、実に堂に入る佇まいである。

「緊張してる……訳でもなさそうね」

「……実感ないかも……」

「今はそうかもしれないけど。でも少なくとも、ここにいる十八人は熾烈(しれつ)な競争を潜り抜けてきたのだから。貴方も気後れせずに胸を張ればいいのよ」

「……オープンしか勝ててないけどね……」

「問題ないわ、結果を出しさえすればね。そんな例今までに幾つも出てるのだから――できない理由はないでしょう?」

 GⅠ二勝の輝かしい戦績を誇るマシロ。確かに直近は苦しい戦いが続いているものの、それまでに積み上げてきた実績は本物である。彼女がそう言うのなら、リコンスタも不思議とその気になってしまいそうだった。

「……マシロちゃんてさ、印象変わったね。初めて会った時はツンって感じだったけど……」

「ジュニアの時の?」

「……そ。カラオケ行った時……」

 メイケイエール、ミロワダーレ、リコンスタの三人と、マシロ、ベネベネの二人。カラオケ店の前で偶然鉢合わせし、意気投合して五人一緒に歌った時のことである。

 マシロは右手で髪をかき上げた。憂いを帯びた瞳でどこか遠くを見ながら。

「懐かしいわね。あの頃はGⅠで勝つことが第一だったから。それに――」

『――それでは続いて五番、マシロさんブースにお願いいたします』

 何かを言いかけたが、次回のアナウンスでかき消された。

「――話の途中でごめんなさい。順番だわ」

「……ううん、声かけてくれてありがと……いてら〜……」

 手を振って別れた彼女は、少し離れた所で待機していたトレーナーの元へ戻っていった。二言三言と言葉を交わし、揃って取材用のブースに向かう。

「こうして見ると、皆普通の女の子なのよね」

 白石はしみじみと呟く。リコンスタとマシロの何気ない世間話だったが、それが琴線に触れたようだった。

「……トレーナーさん……」

「ごめんごめん。感傷に浸ってる暇はないわね。さ、他の娘のインタビュー見てお手本にするわよ」

 何はともあれ初めてのGⅠなのだ。他者の振る舞いから学ぶ点は大いにある。

「……うぇ〜い……」

 無数のカメラやマイクを向けられてもなお、毅然とした受け答えをしているマシロをじっと眺めた。GⅠタイトルを獲ればああいう風になれるのかと、頭の中でその姿を思い浮かべる。

 しかし現れたのは不自然なまでに直立不動で立ち、ぎこちなく応えるばかりの自分。そういうガラじゃないなと苦笑いしながら、自分の順番が来るのを待った。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

『――十番リコンスタさん。ブースの方へ――』

 待つこと幾ばくか。名を呼ばれたリコンスタは白石を伴い取材用のブースへと赴いた。身体が火照るほどの照明に、ここが檜舞台(ひのきぶたい)の玄関口であることを実感する。

「……よろしく、お願いします……」

 しかし呆けてはいられない。記者陣に一礼していよいよ取材の始まりである。

「リコンスタさん。今回初めてのGⅠ挑戦、意気込みの程をお願いします」

「……やっと、ここまで来れたって感じです。東京は走り慣れてるので……まあいつも通り、みたいな……」

「勝負服のコンセプトがありましたら是非一言!」

「……シックで大人っぽい感じ……だったかな……? このままお出かけもできそう……ちょっと目立つかもだけど……」

 多数の質問にも危なげなく回答していく。もしもの時には間に入るべく構えていた白石も胸を撫で下ろす。

 そうして一通りの質問が終わり、そろそろ交代の時間が近づいてきた時のこと。

「すみません、もう一つだけ!」

「……どぞ……」

 男性記者が手を挙げた。時間がまだ残っていることを確認した上でリコンスタは促す。

「リコンスタさんといえば代名詞の斜行ですけども、今回もやはり……そうですか?」

 ピクリと彼女の耳が動く。視線を横に移し、白石が小さく頷くのを見逃さなかった。

「……実は今回、ヴィクトリアマイルに向けて必殺技(・・・)を編み出しまして……」

「ひ、必殺?」

 必殺技という、予想外にも程がある単語。面食らった記者陣は急に慌ただしくなった。ボイスレコーダーのマイクをより近づけるなど、一言一句逃さぬように構える。

「……絶対に勝つための必殺技。それは……」

「それは――?」

 息を呑み、リコンスタの次の言葉を待つ記者陣。それは彼女も認識しており、左から右へ視線を巡らせて一人一人の反応を伺った。

「……それは超スタート。トップスピードでスタートして、最初から最後まで先頭でゴールしようかなと……」

「ということは逃げをなさると? これまで前目に付ける先行策がメインでしたが、今回はそれを変えると?」

「……ま〜そんなとこです……コリィ先輩やマシロちゃんいますけど……負けません……」

 この発言には会場が大きくどよめいた。お世辞にも実績があるとは言えないリコンスタが事実上の勝利宣言である。しかも当日の作戦を公表した上で。

 相当な自信があるのか、それとも情報戦の一環か。また、彼女のキャラクター的なものもあり、まるで真意が掴めない。それでも記者陣は手元のメモへ筆を走らせるのだった。

「……わたしなりに頑張るので、ファンの人達にはそれを見てもらいたいな〜と……」

「さ、先程の超スタートについて詳しくお聞かせ……!」

 大きな波紋を生じさせたリコンスタの発言。質問攻勢が始まりかけたところ、横で静観していた白石が割って入った。

「申し訳ありませんが、具体的な内容についてのインタビューはお答えしかねます。持ち時間もそろそろ終了ですので、当日の彼女の走りを見てもらえればと思います」

 ピシャリと締めるトレーナーの一声。これ以上の追求は無理だと悟ったのか、記者陣から更なる質問が挙がることはなかった。

「……では、ありがとうございました〜……」

 そして終わりの一礼。

 同世代の中でも随一の個性派リコンスタが、GⅠレースで何事かを企てている――。

 どの記者も、そしてその場にいたウマ娘達も、彼女を気にせずにはいられなくなったのであった。

 

「……取材……そこそこできたかな……」

「ええ、打ち合わせた通りよ。初めてとは思えないくらいバッチリ」

 自分の番を終えたリコンスタは、白石と共に会場の片隅へと移動していた。超スタートなる謎の必殺技が飛び出したが、記者陣はなおも続く取材の方にかかりきりである。

「……じゃあこの後は……着替えて帰るって感じ……?」

「そうね。ストレッチやるくらいかしら」

「……あ〜い……」

 今日はゆっくり休み、明日の本番に備えなければ。ウマ娘の中には毎日走らずにはいられないタイプもいるが、彼女はそこまでの勤勉さは持ち合わせていなかった。

「――リコンスタさん!」

 それでは帰り支度を、と移動しようとした時、コリエンテスが翠のスカートを翻しながら足早に駆け寄ってきた。彼女も出走者の一人、高松宮記念からヴィクトリアマイルへとGⅠ連戦である。

「……コリィ先輩……」

「ふふ、急に名前呼ばれてびっくりしちゃったわ。それにしても、凄くダイタンなこと言っちゃうのね? 逃げて勝つだなんて」

「……すみません、つい咄嗟(とっさ)に……」

 これまで、リコンスタはコリエンテスとあまり接点がなかった。共通点を挙げるとしたら、マイルの距離を得意として先行策を取ることが多いことだろうか。

「ぜ〜んぜん構わないわ。むしろ今から楽しみが増えたくらいよっ」

 マシロはともかくとして、彼女からは文句の一つも言われてもおかしくなかった。相手が寛大で非常に助かったと言えよう。

「それじゃ、お互いに頑張りましょうね」

 コリエンテスはにこやかに右手を差し出した。レース前の友好的な一幕であり、リコンスタもごく自然に握手を交わそうとする。

 しかし。

「――!」

 その瞬間、骨が軋む勢いでコリエンテスがリコンスタの手を握り締める。

「よ・ろ・し・く・ねっ」

 握り潰さんばかりの勢いで、しかしにこやかな微笑みは絶やさない。なるほどこれがGⅠなのだと、リコンスタはポーカーフェイスを保ちながら実感する。

(……おっかねぇ〜……)

 負けじとコリエンテスの手を力一杯握り返しながら、GⅠという名の魔境を再認識する彼女だった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

 東京レース場、リコンスタの控室。ヴィクトリアマイル発走をいよいよに控え、レース場の空気全体が緊張感を帯び始めていた。

 しかしその中でいてリコンスタは平常運転。控室の一角にヨガマットを敷き、柔軟のストレッチを余念なく行っていた。

(……調子は、バッチリ……)

 勝負服に身を包んだまま、マットの上で180°の開脚。そのまま上体を前に倒し、べったりと上半身をマットに着ける。

 この身体の柔軟さも日々の鍛錬の結果である。リコンスタは姿勢を変え三点倒立に移行した。真っすぐ伸びた脚を前後左右に広げるが、体幹は全くブレることがない。

「――リコちゃん? 入るわよ?」

 二、三回のノックと共に白石が控室に戻ってきた。パドックの時間となる前に、コースコンディションの調査や他者の動向について情報収集へ赴いていたのだ。

「……おかえり〜……」

 帰るなり出迎えたのは、逆立ちのまま大股開きのリコンスタ。しかし白石もその様は見慣れており、特にリアクションもなく手早く扉を閉める。

「――もう慣れちゃったけど。他の人には見せられない光景ね」

「……そっかな〜……?」

 そう零しながら両脚をパカパカ開くリコンスタ。当然ながら巻きスカートはめくれ上がり、その下のスパッツも丸見えである。

「色んな意味でね。それはそうと人気投票の結果が出たわよ」

「……何位……?」

「驚かないで。一位よ」

「……おぉ……トップじゃん……」

「下から」

「……ぉお……ドベじゃん……」

「ま、人気投票なんてそんなものよ」

「……ね〜……」

 要するに十八人中十八番目。実績からすれば当然ともいえ、彼女自身織り込み済みである。最下位だろうが所詮は人気投票。それだけでレースの結果が決まる訳ではない。

 両脚のストレッチを終え、リコンスタは逆立ちからおもむろに戻った。

「おいで。髪を結び直してあげる」

「……あ〜い……」

 鏡台の前に座り、白石に身を委ねた。黒のリボンを解き、艶のある銀に似た芦毛の髪へブラシが入ってゆく。

「……そういや息子さんは……?」

「今日はサッカーの練習試合。見られんの恥ずかしいから来ないでくれって」

「……おぉっ、思春期だぁ……」

「一丁前に大人ぶってんのよ。親からすればまだまだ子供なんだから」

 二人の姿はまるで母娘。我が子の髪を()くかのように、白石の指が優しく撫でる。ブラシの歯が通る度にさらりさらりと流れる髪。それを愛おしく眺めていた。

「だから、ね」

「……うん……」

「絶対に帰ってくるのよ、絶対に――良いわね?」

「……あいさ〜……」

 頭の左側で髪を纏め、黒いリボンで蝶結び。ちょいちょいと前髪を整えて準備は無事に完了した。

「よし、じゃあこれで――作戦は大丈夫よね?」

 リコンスタの両肩に白石が手を乗せながら語りかける。

「……基本はプランA、チェックポイントの時に状況に応じてプランB、最悪プランC……」

 指折りしながら作戦を思い返す。誰にも悟られてはならない極秘中の極秘。今日のために二人で練り上げた作戦であり、忘れようがなかった。

「その通り。問題なさそうね」

「……もちろん……」

「そうこなくちゃね。その調子でパドック、行ってらっしゃい!」

「……あふぁ〜まてぃ〜ぶ……」

 ポンと背中を押され、リコンスタは控室を後にする。昨晩見た夢のことを言うべきかどうか迷い、そして結局言えずじまいだった。

 言っても無用に心配させてしまうだけだ。特に、ロクでもない夢なのだから。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

眠れる芦毛の少女(スリーピング・グレイ)

『さあパドックを終えたウマ娘が続々と本バ場入りです! 東京レース場本日のメインレース、ヴィクトリアマイルの発走も間近となりました!』

 

 例えGⅠのレースだろうがリコンスタは平常運転。うつらうつらとして職員に手を引かれながらの登場だった。彼女のファンにとっては既知の姿だが、初見の者には多大なショックをもたらしたのである。

 それでもどこか、いっぱいの拍手で温かい雰囲気となったのはとどのつまり。

(……にぎやかしってやつ……?)

 地下バ道を進む顔はいつものポーカーフェイス。しかしながら内心は釈然としないものが渦巻いていた。レースの趨勢(すうせい)に関わるのは難しいとハナから思われているのだ。

 リコンスタは鼻息を荒くする。マスコット的な評価を一変させる千載一遇の機会、おのずとと気合が(みなぎ)る――ことはなかった。

 普段と変わらない、少々とぼけたような雰囲気で歩みを進める。GⅠレースであっても気負わず普段のままに。

 

 ――いつも通り(・・・・・)だと思わせるのだ。

 

 観客だけでなく、他のウマ娘に対しても。リコンスタはあくまでもリコンスタであるのだと。そう見せかける(・・・・・)

 薄暗い地下バ道から輝く白日の下へ。芦毛の少し不思議な少女が躍り出た。

 

『さあそして! 並び立つ者はなく、当代一の個性派ウマ娘! 今回も観客を魅せてくれるのかっ、五枠十番リコンスタッ!』

 

 アナウンサーの紹介文句と共に、四方八方から押し寄せる歓声の波。その猛烈な勢いに銀色の髪が巻き上がる。

 これまで経験したことのない熱い感情の波が押し寄せた。肌を伝って通り過ぎる熱波の感覚に、陶然としながら瞳を閉じる。

 後ろを振り返ると、地上から最上階まで観客で埋め尽くされたスタンドがそびえていた。拍手が、歓声が、色とりどりの思いが届く。リコンスタが両腕を大きく広げて振ると、わっとスタンドに花が咲いた。

「頑張れリコンスター!」

「今日もいい走りを見せてくれよ!」

「リコちゃ〜ん! 応援してるからねぇ〜!」

 耳に飛び込むファンの応援。メイケイエールやミロワダーレと同じ場所にようやく立てたのだと、リコンスタはひとしお感じ入る。

(……ぃよっし……)

 しかし感動するのはそこまで。青々と輝くターフに降り立ち、ゲート入りの時間まで試走を始める。外ラチいっぱいに寄り、観客側を向きながら走るいつものルーティーン。

 スマホや手持ちのカメラを観客が一斉に向ける。観客席の間際まで来るのは彼女くらいで、ファンにとって絶好のシャッターチャンスとなっていた。

 撮影に夢中になっている観客に混じり、メイケイエールとミロワダーレ、河削と日村の両トレーナーの姿を認める。

(……頑張るね……)

 小さくガッツポーズを作ってアイコンタクト。二人ともそのサインに気づき、同じポーズで頷いた。

 ――リコ、健闘を!

 ――バッチリ見てるぜ、ぶちかましてこい!

 心強い応援を背に受け、リコンスタは時間が許す限りコースのコンディションを確かめていった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

 発走時刻も間近となり、ウォーミングアップを切り上げてゲートへ向かう。その途上、同じように向かうマシロの背中を見かけた。

 白毛の髪と尻尾を優雅に揺らしながら。気品溢れる佇まいは後ろ姿だけでも明らかだった。

「……マシロちゃ〜ん……」

「あら」

 声をかけ、横に並ぶ。白毛と芦毛が連れ立って歩く姿はターフの上で衆目を集めていた。

「……エール達、来てたよ……」

「ええ、私も見たわ」

「……そうだ。一つ、聞いていい……?」

「構わないけど、何かしら」

 今が良い機会。リコンスタは前日の取材の際、マシロが何を言おうとしていたのかを尋ねた。GⅠでの勝利を最優先としていた頃から、何が変わっていったのかを。

「――ああ、そのことね」

 マシロは肩の前に下がった髪を後ろへ優しくかき上げる。

「私達はこうしてこの場に立てているけど。でもこの脚元にはレースに出たくても、走りたくても走れない人達が大勢いるということを考えると、ね……勝ち負けに拘るのがバカバカしくなってきたの」

「……それってベネの……?」

「そうよ。ベネも寮や学園でレースを観てるかもしれない。皆の期待、というのかしらね。それに応えるため、悔いが残らないよう全力を尽くすことに決めたの」

 ベネベネの状況はメイケイエールから伺っているし、何なら本人からも聞いている。コースに出ると脚が(すく)み一歩も動けなくなるという。

 

 ――ウマ娘が走れんなんて、なっとらんね。

 

 彼女は苦笑いをしていた。心配をかけまいとする姿が問題の深刻さを浮き彫りにし、尚のこといじらしさを強く感じさせた。

「……そっか。凄いモノ背負ってるね……」

「ふふ、これしきで音を上げるほどヤワじゃないわ。リコさんは何のために走るのか聞いてもいいかしら」

 続いて話はリコンスタへ振られる。

「……ん〜、そだねぇ……」

 流石に相手に話させておいて自分はパス、というのは無理な道理である。

「……分からせてやる、ためかな……」

「分からせてやるって――相手は? 見返したい人でも……」

 リコンスタは要領を得ない回答をし、口角を上げて不敵な顔をするばかり。困惑するマシロへ答え合わせをするかのように、ゆっくりと自分の手を左胸に置く。

「……わたしに(・・・・)わたしを(・・・・)……分からせてやるの……」

「待ってさっぱり分からないわ。もう少し詳しく……」

「……今はヒミツ。また後でね……」

 食い下がろうとするのを手で制し、悠然とゲートへ向かってゆく。その後ろ姿に剣呑なモノを感じ取り、マシロはただ追いかけることしかできなかった。

 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲

 

『さあいよいよ役者が揃いました。マイルの女王の称号はどのウマ娘に輝くでしょうか! 東京レース場メインレース、GⅠヴィクトリアマイル! 間もなく出走です!』

 

 ファンファーレが鳴り、アナウンサーの前口上が響く。係員が慌ただしく動き始め、指示のもと順次ゲートに収まってゆく。リコンスタも観音開きの扉を前に、脚首を入念に動かしていた。

 

『出走者十八名、皆気合いは充分! ゲートに収まり態勢整いました!』

 

 大型ビジョンに放送するカメラを積んだドローンが、つつっと前方を横に滑ってゆく。その姿を目で追いつつ、彼女は白石に伝えられなかった昨晩の夢のことを思い出す。

 

 ――ゴールすることも叶わず。頸があらぬ位置で折れ、糸が切れた操り人形の如く横たわる自らを。

 

 どうやら、何としてでも走らせたくない者がいるらしい。まったく小癪な真似である。しかしリコンスタは意に介さぬ様子で息を吐いた。

(……やれるもんなら、やってみろってんだ……)

 そして下半身は半身の姿勢を取り、上半身を大きく下に曲げる。クラウチングスタートとプールの飛び込み姿勢を足して二で割ったような特異な構えだった。

 自然と頭も下を向くがまるで問題なし。目ではなく耳で視て、耳ではなく肌で聴く。呼吸のざわめきも遠のき、集中するのはただ一点――事の起こりを捉えるために。

 

 カチリ。

 

 どこかでスイッチが押された。次いで来たるは鉄の(きし)み。

 両の爪先に力が籠り、芝を巻き込み地面を喰らう。前方に身体が倒れていくと同時に、脚の筋肉を限界まで収縮させる。

(……ここ……!)

 そうして迎える臨界点。迷いなく解き放つのとゲートが開かれたのは同時だった。 

 

『――各ウマ娘が一斉にスタート! おっとリコンスタが素晴らしいスタートです! 好スタート好ダッシュで宣言通りにハナを突き進む!』

 

 銀色の弾丸がいの一番(・・・・)に飛び出してゆく。

 東京レース場、左回り芝1600メートル――戦いの火蓋が今まさに切られたのだった。

 




次話はヴィクトリアマイル(if)後半。
メタネタ、パロディ多めになるかも…。
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