35th Yellsの舞台裏その①です。
元々はキャラ三名エピソードを一話に纏める予定でしたが、かなり文量がかさばりそうなので分割しました。
高木の下の名前はアドリブです。某直線王が飛びつきそうなモノになりましたが…漢字一文字+中性的な名前にしたかったのでこれはこれで。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
梅雨の湿り気を吹き飛ばす宝塚記念の熱気。がらんとした空に、
雑誌記者である高木の仕事も一段落――。
「う〜ん、やっぱちょくちょく整理しとかないとダメだな〜」
――とはいかなかった。
オフィスのデスクへ座り、パソコンのモニターと睨めっこ。これまで撮った写真データや取材メモ等、種々のデータの整理に追われていた。
その最中、わずかな誤操作。メイケイエールの写真ファイルを開いてしまった。モニターに大写しになる彼女にマウスの動きが止まる。
(エールさん……)
URAからもたらされた一報。河削が体調不良で病院に搬送され、一ヶ月ほどの入院治療が必要であるとのこと。正念場の秋に向かおうとしていた時のことであり、影響が甚大なのは火を見るより明らかだった。
また、風の噂で二人が仲違いした話も小耳に挟んでいた。正確な状況を把握したかったのだが、他の取材等もあり行えずじまい。どうにもいかずヤキモキする日々だった。
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「高木ぃ、ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか?」
少々腹が出た中年男性が声をかける。高木が所属する取材チームを纏めるチーフだった。彼女は作業の手を止め、相手の方へと向き直る。
「ああ。大した話じゃないんだ。ほら……夏の企画コンペ、何か良い案あるかなって」
「あ〜、夏の……」
チーフからの問いかけに、高木は腕組みをしながら天井を仰いだ。
夏という季節が問題なのである。春のように大きなGⅠレースが幾つもあるわけでもなく、ウマ娘の多くは合宿か休養かのどちらかに入る。
確かに夏はメイクデビューや、地方を中心としたサマースプリントシリーズが目玉とされている。しかし話題のインパクトとしては今ひとつであり、他誌と被る可能性もあった。
「他のチームから幾つか企画案が出てるみたいでさ。ウチのチームとしても何か出したいんだが……イイ感じのある?」
要するに、他誌を出し抜き
「う〜ん、ちょっとパッとは思いつかないですね〜」
魅力的な話ではあるが、言われてすぐに思い浮かぶものではない。温めていたネタならまだしも。
「そっか。良いの思いついたら声かけてくれよ」
それはチーフも織り込み済みだったようだ。執着を見せることなくさらりと引き下がる。
「ちなみに、企画書の締め切りは何日ですか?」
「週明けの昼まで」
「え〜!? 今日金曜じゃないですか〜」
高木は思わず非難めいた声を上げた。数日かそこらで企画書を作り、更にはチーフのレビューを通さなければならない。まっさらな状態からのスタートではどだい無理な話であった。
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作業の合間、高木は社内の休憩スペースで一休み。ソファ席でくつろぎながら背中を伸ばす。
それにしても気がかりなのはメイケイエールの動向。河削が病で倒れた以上、夏合宿の参加も難しくなるはず。悲願のGⅠ勝利が遠のきかねない緊急事態である。
いっそのこと本人にコンタクトを取るべきか。そのように考えていた時のことだった。テーブル上の自分のスマホが静かに鳴動し、メールの着信を知らせる。
「河削さん!?」
発信者は河削。驚きのあまり声が漏れ出た。倒れたと聞いていたが、果たして大事ないのだろうか。
何はともあれ、高木はメールの内容に目を通す。初めはお決まりの時候の挨拶。その次が――。
「ちょっ、これ。えっ、マジ……?」
読み進めれば進めるほど、正気の沙汰とは思えない内容だった。何かの間違いか。いや、冒頭の宛名には高木様としっかり書かれている。
――♪♫♪♫♪♫♪
「ぅわっ!」
返事にまごつくのを見越していたのか、今度は通話の着信である。発信者は言うまでもなく――。
「もしもし河削さん?」
『ご無沙汰〜。今大丈夫?』
「大丈夫ですけど……河削さんの方こそ、お身体の具合は……」
件の河削その人。病で伏している割に、電話越しの声は特に変わりないようだった。
『お陰様で全然大丈夫。まぁ一月ちょい入院することになっちゃったけど』
「それって大丈夫って言いませんよ」
『あっはっは。まあそうね』
ひとまず元気そうで胸を撫で下ろす。それにしても河削は病気とは無縁の人だという印象を持っていたが。人生一寸先は闇という言葉を痛感した。
『ところでさ。メール読んでくれた?』
「読みました読みました。ちょっとあれ……本当なんですか? 七月後半から八月末までの間、エールさんの帰省に着いていってくれって」
『ホントホント』
直前に河削から送られたメールの内容。それはトレーナー代理として、メイケイエールに同行してほしいとのこと。期間はおおよそ七月後半から八月の終わりまで。
要するに夏合宿期間、自身の代わりに保護者となってほしいというのである。様々な事情やメイケイエールに課した条件等、メールの内容は嘘偽りではないだろう。だからこそ、大役を任されることへの戸惑いが強かった。
「だからって何で私なんですか? 確かに何度も取材させてもらってますけど、他のトレーナーの方でも良かったんじゃ」
気になるのはそこである。同業者でなく、わざわざ記者である自分を選んだ理由。トレーニングメニュー等は全て本人に任せるらしいが、責任重大であることに変わりはない。
『高木ちゃんならきっと受けてくれると思って』
「そんな風に思っていただけるのは嬉しいですけど。でも一ヶ月以上のお休みは厳しいですよ。できて一週間くらい……」
学生は夏休みだが、社会人にとっては平日である。普段の業務をほっぽり出す訳にはいかない。
だが、河削はそれすらもお見通しだった。
『――欲しくない? 夏のネタ』
「っ!!」
『勿論ボランティアで、なんて考えてないよ。エールに着いていってもらう間は密着取材してもらって構わないから』
電話の向こうで彼女がほくそ笑むのが分かった。相手は普段から接するトレーナー。こちらが何を欲しているのか把握していて当たり前だった。
ごくり。
音を立てて生唾を飲み下す。ウマ娘以前の問題として、彼女達は未成年の学生だ。法で
それがトレーナーの許可の元、メイケイエールの様々な魅力を世間に広められるのだ。一ファンとしてまたとないチャンスだった。
『無理なお願いっていうのは百も承知だけど――』
高木の心は右に左に。やじろべえの如くゆらゆらと揺れる中、均整を破る一押しの言葉。
『エールには貴方の力が必要なの。どうか……よろしくお願いします』
河削の懇願に言葉が詰まる。電話の向こうで頭を下げる彼女が見えた。担当ウマ娘を他者に委ねる、それは並々ならぬ判断ではなかったはず。
信頼されることの誇らしさ。そしてその裏に隠れる、かつてない重圧。身じろぎ一つも取れない状態で、身も心も凝固する。
「――もう、イヤですねぇ。私とお二人の仲じゃないですかぁ」
しかし、そのようなことはおくびにも出さなかった。河削は必死の思いで頼ってきたのだ。病床の中でさえ、ただひたすらにメイケイエールのことを考えて。
「この不肖高木、役目を精一杯務めさせていただきます! そしてエールさんの魅力をより多くの方に広められるよう、取材もバッチリと!」
であるならば。ここでその想いに応えなければ何とする。高木の覚悟が、分厚い壁を打ち破る。
「あ、すみませんが少しだけ待ってもらえますか? ちょっと社内で企画の調整とか、長期出張の手続きとかあるんで」
『宿泊先なら確保してるよ、エールの実家。ご両親にお話して、空いてる部屋を使わせてもらえることになったから』
「……マジですか」
密着どころか、一つ屋根の下で寝食を共にする状態。まだ見ぬメイケイエールの家族に思いを馳せ、それはそれでプレッシャーだと高木は身構えるのだった。
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何はともあれ特別企画のネタができた。チーフには口頭で頭出しをして了承を得、土日のスケジュール調整に急いで取り掛かる。
幸いなことにどれも調整可能なものだった。怒涛のリスケジュールやキャンセルによって、土日の予定をまっさらに。後顧の憂いをなくしたところで、高木はパソコンにかぶり付いた。
――このコンペは絶対に勝ち取らなければならない。
ただの密着取材ではない。メイケイエールというウマ娘の外面と内面を、そして更に魅力的な姿へと昇華させるために。コンセプト、テーマ、目的……その他細部に至るまでひたすらにキーボードを叩く。
気がつけばとっぷりと日が暮れ、夜半も更けようという時間。オフィスに残っている社員は高木を含めて数人だった。彼女はちらりと時計を眺める。
(終電かぁ……)
サイドキャビンの一番下の引き出しをガラリと開けた。勤務終了で直ちに帰れるよう、通勤用のバッグをここに収めているのだ。引き出しを開けた手がそのままバッグに向かう。そして勢いよく取り出し、慌ただしくデスクを後に――と思いきや。
高木はバッグからポッキーの箱を出したのみだった。銀の包装から一本摘んで口に咥える。
(今が勝負!)
帰る時間すら惜しい。100%、いやそれ以上の完成度で。他のチームの企画書と比べられるようでは不十分。満場一致で、完全無欠でなくてはならない。
――メイケイエールとは。
――デビューから続く輝き。
――誰も見たことのない素敵な素顔を。
――そしてファンが望む戴冠。
書けども書けども筆舌に尽くし難く。
写真とデータも織り交ぜ、そしてありったけの情熱を。
全身全霊、一意専心、それでも二度三度と書き直す。
夜が更け、日が昇り、そしてまた夜が更け。納得できる物が仕上がったのは、更に日付が変わった日曜日のこと。これなら誰に出しても恥ずかしくはない。
「で、き……!」
企画書の完成。辛うじて繋ぎ止めていた意識がここに至りプツリと途切れた。そのまま高木はデスクに突っ伏すように倒れる。
うわ言を二言三言呟き、泥のように眠りに落ちていった。
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誰か、隣に。眠りの中で違和感に気づく。
(な……)
最早、自分が寝たという感覚すらなかった。気がつけばデスクに頭を乗せていたという。頭もろくに上げられず、ただ違和感のする方へ顔を向ける。
ぼんやりとした視界の中、誰かが隣にいる。スラックスに半袖のワイシャツを着て、隣の席でノートパソコンを立ち上げている。
「――ふ〜ん。ちょっと主観強めだがモノとしちゃ悪くないな」
チーフ。
チーフだ。
チーフがなぜ。
一瞬、思考が止まる。確か、土日は出社予定ではなかったはず。
だということは。
「ぅわ゙ぁ!」
所々乱れた髪を振り上げ、勢いよく頭を上げた。隣に座っていたチーフは驚きながらもそれを見る。
「い、いまげつようびですか!?」
「日曜の朝だよ」
「そっかにちようび……」
月曜日でなくて良かった。高木は安心しながら、デスクに再度突っ伏す。これで心置きなく安眠を――。
「チーフがぁ!?」
「うるせぇ」
とはいかず。
フロアに響き渡るほどの声を上げて飛び起きた。他に出社していた数名の社員が何事かと反応する。
「……きょ、今日って出社予定でしたっけ」
「いや? アホみたいな時間外申請が出てて肝冷えたぞ」
「スミマセン……」
自宅へ帰ることなく深夜を跨いで長時間勤務。どうしても間に合わせるためとはいえ、お世辞にも褒められる勤務ではない。
「企画書はレビューして赤入れとくから、月曜の午前中に仕上げてくれりゃいい。まず高木は家帰って寝ろ。ろくに風呂も入ってないだろ」
チーフの言葉を受け、シャツの首元に指を引っ掛けた。そしてわずかに空いた胸元の隙間から、立ち上る匂いを嗅ぐ。
――汗が
若干ツンとくる刺激臭。この時期に風呂にも入らなかったのだから当然ではあるが。しかしここで一つの疑問が浮かぶ。
何故そのことをチーフは知っているのか。
「……まさか嗅いで?」
よもや、よもやよもや。高木は疑惑の眼差しをチーフへ向けた。そのようなことをする人だとは思いたくない。が、万に一つということも。
「できるか! んなクタクタな格好してりゃ誰だって分かる!」
「ですよね〜」
至極ごもっとも。金曜から同じ服を着たきりであり、ぐうの音も出ないとは正にこのこと。
「ま、とりあえずだ。プレゼンも企画者本人がやる決まりだから今日はもう休め」
「はい……」
そうだ。企画書を作るのがゴールではない。最終的に企画の了承を得られなければ何もかも水泡に帰してしまう。
「これだけ熱が入ってんだ。しかもメイケイエール――当代きっての個性派で話題性も十分」
チーフはノートパソコンに視線を移し、企画書のレビューを再開する。
「しかもトレーナーから直々の依頼だろ? それだけ信頼されてんだから――応えない訳にはいかないもんな」
記者の原則として、取材対象には近づきすぎないことが求められる。主観が入りすぎると公平な記事が書けないというのがその理由。
それは理解していた。しかし一ファン、一個人として手を貸さないという選択肢はハナからなかったのだ。メイケイエールがGⅠという、最高の檜舞台のウイナーズサークルに立つ姿を。
現実でこの目に焼き付けたい、ただその一心で。
「ちなみに、企画書のタイトルはこのままでいくのか?」
「はい! そのままで!」
疲労困憊ながらも、高木の笑顔は朝日に負けない輝きだった。
そして来たる月曜日。
各々の企画のプレゼンが終わり、協議の結果承認された企画が発表される。役員のお眼鏡に叶った幾つかの企画に、確かにその名が載っていた。
『メイケイエールの夏休み:企画者 高木
残りの番外編二話もこんな感じに、間を空けずに書いていきたいと思います。