それがもたらすのは変革か、それとも破滅か――。
という訳で、シニア級夏・名古屋編の始まり。
名古屋編はウマ娘の二次オリとして、ひいてはメイケイエールだからこその話を考えています。ざっと六、七話くらいになりそうですが…なるべく間隔を開けないようにしたいと思います。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
The 36th Yells 瀬戸際のエール
ネクスト・シーケンス
夏の盛りも何のその、交差点は行き交うヒトとウマでひっきりなし。上に目を向ければ、巨大なデジタルサイネージが新作の化粧品のPVを流している。オフィスが入った高層ビルと商業施設がひしめき合うこここそ、尾張名古屋の中心地、名古屋駅前である。
そして、賑わう市街地を一台のワンボックスカーが駆け抜ける。その車内は明るい笑い声に
「クラス替えした時、隣の子に聞いてみたの。そしたら、お姉様のファンで! すぐに仲良くなっちゃったの!」
「え、私の!? 嬉しい!」
「うん、サイン会にも行ったこともあって……お姉様のこと、すっごい綺麗で死にかけたって!」
「死!?」
メイケイエールと妹アリサは久方振りの再会である。きゃっきゃと黄色い声を弾ませ、募る思い出話に花を咲かせていた。
「若いっていいですねぇ……」
「ねぇ〜。うふふふふふふふ」
同行者である高木直は助手席に、そして母キサラは運転席でハンドルを握る。ルームミラーで後ろの様子を見ながら、
「改めて、私も泊めさせて頂きありがとうございます。ふつつかながら、暫くお世話になります……エールさんのお母様」
「い〜えっ。自分の家だと思って自由にしてくださいねっ」
長期出張といえばビジネスホテルの確保が必須である。
しかし今回、メイケイエールの実家に泊まらせてもらえる破格の待遇。宿泊費用が丸々カットとなった結果、驚くほどの低コスト化に繋がった。
現金な話、高木の企画が承認された要因の一つである。
「高木
「あ、はい……」
キサラは耳を動かして終始ご機嫌な様子である。とにかくパワフルな彼女に初対面の高木は押され気味。メイケイエールを担当する記者として、失礼がないよう控えめにしているのもあったが。
「それにしても
「まったくです。トレーナー業があそこまで大変だとは知りませんでした」
「トレーナー業っていうより。あの人自身かもしれないわね」
「それはあるかもしれません」
車は駅前の繁華街を抜け、名古屋城を背後にしながら中京レース場の方向へ。自宅までのべ一時間半のドライブである。
フロントガラスに流れていく景色を見ながら、高木はちらりとルームミラーに目をやる。
「それでね、マシロさんのサインが可愛いの! モデルみたいにシュッとした顔で、猫や犬のイラスト描いてて――」
「そうなの? マシロさんのサインまだ見たことなくて」
「大丈夫。写真撮ってあるから……ほら、これ」
「うわ! 可愛い〜!」
姉妹の会話は止めどなく。恐らく、実家に到着するまでこの調子なのは想像に
それにしても、何と自然で、等身大の笑顔なのだろう。記者の魂が
「ふふっ。ああしてるのを見ると、エールちゃんも花も恥じらう乙女って感じよねぇ」
「普段はトレーニングやレースについて話されることが多いので。本当に……どこにでもいる女の子なんですよね」
「そうよっ。走るのがちょっと速い――普通の女の子なんですもの」
その普通の女の子の背に、どれほどの重荷があるのだろうか。まるで見当がつかず、二人は自ずと口数が減っていく。しかし車内は変わることなく、楽しげな笑い声で一杯だった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
中京レース場のほど近く、閑静な高級住宅地の一画にメイケイエールの実家がある。個人宅でありながら監視カメラが複数設置されている辺り、家の格を感じさせた。
車は母屋の隣にある屋根付きのガレージへ。キサラが手慣れた様子で停め、これにて到着。
「さ、高木さん。こちらですよ」
「あ。はーい!」
「直ちゃん、お荷物は私が持っていくから置いてて大丈夫よっ」
メイケイエールには勝手知ったる実家である。やや気後れ気味な高木に寄り添いつつ玄関へ向かう。
「お帰り、エール」
「只今帰りました、お父様」
立派な構えの玄関で彼女の父が待っていた。白髪が目立つ髪をオールバックにし、やや細身で長身の体躯。ポロシャツとスラックスの組み合わせで、安定の休日スタイルだった。
「そちらの方が高木さんだね? エールがいつもお世話になっています」
柔らかな口調に人の良さそうな眼差し。どこの馬の骨とも分からぬ記者を前にしていても、その姿勢は崩れない。
「いえとんでもない! むしろ私の方こそお礼を申し上げないといけないくらいですから!」
父親が頭を下げるのと同時に高木も。同行の見返りとして密着取材を行うのは家族も同意済み。ややもするとプライバシー等の問題で待ったがかかる昨今のご時世。今回のようにサポート体制が万全なのは非常に稀と言えよう。
このタイミングを逃さない記者などいない。それ程までの好機なのだった。
「では高木さんのお部屋にご案内しましょう」
「お父様。見てもらいたいものがあるんだけど……後でちょっと、いい?」
「もちろん。どんな内容かな?」
「それは――」
メイケイエールが説明しようとした時、キサラの大きな拍手が遮った。
「ほ〜ら、直ちゃんお待たせしてるでしょ! お家の中でやりなさい!」
はーい、と同じトーンで返事をするメイケイエールとその父。やはり血の繋がった親子なのだと、高木は少しだけ安堵するのだった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「お父様、これを見てもらえる?」
「うん? どれどれ」
部屋の案内と荷物の運び入れが終わった後。リビングで一家
「河削さんに出された課題、時間がある時に少しずつ考えてみたの」
河削からの課題――必ず練習相手を見つけ、複数人で練習すること。
現在七月の半ばで、中京でのレース開催は七月末から。猶予はお世辞にも長いとは言えない。少しでも時間を有効に使うため、彼女は折を見て計画を立てていたのだった。
「ああ、なるほど。こういう路線で行くんだね?」
「はい。人を集めるにはこれしか……時間もないから」
「もう少し詳しく読ませてくれるかな? ここの記述だけど――」
「その部分は――」
父親は現役の経営者。付け焼き刃的な計画書を鍛え上げるのにうってつけの相手である。豊富な経験からもたらされる知見により、内容を更新してゆく。
その狙いは大当たりだった。父からの問いにメイケイエールが答える。答えを基に、更なる改善点や新たな気づきが次々と。
議論が白熱する様は真剣そのもの。親子というよりさながら上司と部下。高木は同じくリビングにて、少し離れた所から横顔をカメラに撮る。
レースの時ともまた違う。リラックスしながらも、引き締まった眼差しの横顔が収まっていた。
「後は……そうだね。もう少しメリットの面を大きくした方がいいと思うよ。何かプランはあるかい?」
「あるにはあるけど。待って、ちょっとお母様にも――」
二階で諸用を済ませているキサラを呼びに行く。
その間、父はタブレットの資料を幾度となく読み返した。子供が描いた絵を鑑賞するかのような、とても穏やかな表情で。
「――子供というのは、知らない間に成長するものなんですね」
高木の視線に気がついたのか、照れくさそうにはにかむ。
「自分でしっかり考えて、行動しようとしてるんですから。少し前までランドセルを背負ってたっていうのに、ですよ」
感慨深くタブレットに指を添える。トレセン学園で学び、レースで培った様々なモノ。その結実がタブレットに込められていた。
「またお父様、そんな昔の話をして」
メイケイエールが階段を降りながら茶々を入れる。彼女の後ろにはキサラと、一緒にアリサもいた。
「母さんとアリサも……呼ばれたのかい?」
「ええ。エールちゃんが話があるって」
キサラの言葉にアリサも首を縦に振る。こうして高木を含め、一家がリビングに大集合。
「さっ、それでは皆ソファーへどうぞ」
促され、各々リビングのソファに腰掛けていく。高木は手招きされてキサラの隣へ。
メイケイエールはタブレットを再び手に取る。そして、テーブルを挟んで四人の前に立った。
「えっと……」
こほんと咳払いを一つ。耳を正面に向け、家族の様子を一人一人確かめる。リビングを満たすのは一生懸命エアコンが頑張る音のみ。
「もう高木さんやお父様はご存知だと思うけど」
彼女はタブレットを体の前で構えた。両手でくるりとまわし、画面を家族の方へ向ける。
「――お願いしたいことが、あります」
この夏の一大計画。メイケイエールは家族をまっすぐ見つめ、明瞭な口ぶりで説明を始めるのだった。
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お嬢が往く!
名古屋への帰省から数日後、メイケイエールは一人でとある場所へ向かう。電車とバスをいくつも乗り継いで一時間半ほど。周囲は田畑が広がり、時折吹く風には若干潮の香りが混ざっていた。
落ち着いた桃色のブラウスと薄手のロングスカート。そして日傘を目深にさし、もう片方の肩には大きめのトートバッグを掛ける。プライベートの装いで、車が疎らに通るばかりの道路をただ歩く。
日差しは強く、ジリジリと肌を刺してくる感触。しかし歩みは止まることなく迷わずに。長々連なるレンガ塀に沿って十分ほど歩く。道路から一段奥まった塀の切れ目でメイケイエールは立ち止まった。
そこは門だった。開かれた門のその向こう。整然と樹木が並び、よく見知った感じの建物が鎮座する。レンガ調のタイルが敷き詰められた地面といい、明らかに見覚えのある光景だった。
それもそのはず、門に掲げられている銘板にはこう記されている。
――名古屋トレーニングセンター学園、と。
名古屋レース場を拠点とし、笠松と並んで東海地方を代表するウマ娘の教育機関である。
「着いた……!」
日傘を持ち直した際、明るい彼女の顔が覗く。何の風の吹き回しか、鮮やかな緑のフレームの眼鏡をかけていた。ウマ娘御用達のタイプ、こめかみで挟み込むショートテンプルで。なお、レンズは度なしのフェイクである。いわゆる伊達眼鏡という代物。
メイケイエールの視力は左右共に2.0。特に眼鏡は必要としていない。では何故かけているかというと。
(大丈夫、変装もしてるから……)
名古屋トレセンに行くのはお忍びとして。中央の現役ウマ娘が現れたとなると、変な噂が立てられるかもしれない。それを回避する方法がこの変装、という訳なのだ。
眼鏡をかけるのが変装に値するかはさておき。
『まあっ! エールちゃん似合ってるわよぉ。誰が見てもエールちゃんって分からないわ! ねぇ〜っ』
『……そうだね、お母様。うん、似合ってる』
『変装、ですか。いえ、まあ、はい』
キサラとアリサ、そして高木は概ね問題ない反応だったのだが。思い返すと、明確に太鼓判を押していたのは母のキサラだけだったようにも。大丈夫だと言っているのだから大丈夫。その言を信じるのみ。
『エール、上手くいくコツを教えてあげるよ』
そして家を出る直前、父から贈られた言葉を思い返した。
『どんな時でも笑顔で自信を持つこと。どれだけ良い話でも、自信なさげにしてたら相手が不安になるだけだからね。それに、主導権は可能な限り握ること。これくらいかな』
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
授かった金言を有効に使うため、まずは来客用の受付で記入しなければ。友人に会いに来た、という理由で果たして受理されるだろうか。そうしてまごつく間に、メイケイエールの背後にいくつかの影が忍び寄る。
「――あんた、そんなトコで何してんの? 見ない顔だけど」
「っ!!」
不意に声をかけられ、後ろへ振り返る。すると明るい柿色のトレーニング用ジャージを着たウマ娘が三人。折り悪く、外のランニング帰りと鉢合わせしてしまったようだ。
「あの、私は……」
その内の一人、後ろ髪をバレッタで停めたウマ娘がメイケイエールをまじまじと観察している。正直に中央から来ました、と言える訳がない。トラブルに発展する可能性に言葉を濁していると、また別の一人が前に出た。
「いいよいいよ言わなくて。あんた中央から来たんでしょ?」
「どうしてそれを……!」
「へへっ、顔に書いてあるって」
正に万事休す。しっかり眼鏡で変装したというのに、何故中央から来たとバレたのか。
この場から立ち去る、としても逃げ道は塞がれている。背中側は名古屋トレセンであり、完全に追い詰められた鼠。 にっちもさっちもいかず、メイケイエールはただ動揺するばかり。そのような様子を察してか、最初に声をかけた、バレッタのウマ娘が肩を抱き寄せる。
「事情があるのはよ〜く分かってっから。入りにくいよねぇ、地方のトレセン学園なんてさ」
「え……!?」
「でもさ、ウチのルールは守ってもらうかんね」
ボソリと呟くウマ娘。次の瞬間、肩を抱えられたままグイッっと校舎の方へ連れ込まれる。
「ちょっと顔貸してくれる?
「え、えぇ!? あの、何処へ……!?」
「大丈夫大丈夫。別に怖くないから」
完全に予想外で、ただただメイケイエールは狼狽するばかりだった。両脇は名古屋トレセンのウマ娘にがっしり固められ、逃げ出すことも叶わず。最早、されるがままに校舎へ連行される他なかったのである。
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明星は何を見るのか
名古屋トレセン学園生徒会室。一般の教室を生徒会用にしたもので、壁面には資料をぎっしり詰め込んだキャビネが並ぶ。荘厳な趣きがある中央と比べ、名古屋は質実剛健。お硬い事務所のような雰囲気だった。
その一室にキーボードを叩く音が響く。長く伸ばした鹿毛の髪に、前髪の一房に入る白いライン。そして小柄なウマ娘がノートパソコンに向かっていた。
赤いラインが入る上下白のセーラー服。胸元のリボンを留める星型の金具は名古屋トレセンのトレードマークである。
「……」
彼女は真剣な眼差しだった。時折傍らに置いたバインダーの資料に目を向けながら、ひたすらキーボードを叩く。
首を動かす都度、緩くカールした毛先が揺れ、インナーカラーのピンクがちらりと覗いた。更には白い星飾りがついたチョーカーを首に着け、少々奇抜な外見である。
このウマ娘こそ、名古屋トレセン学園生徒会の書記を務めるソメイアケホシ。敬愛する生徒会会長オリヒメのため、滞っていた古い資料のデジタルデータ化を進めていたのだった。
「んんっ……」
作業を続けること小一時間。一旦手を止め、両腕を大きく伸ばして背を反らした。
データ化を進めていたのは過去の名古屋レース場での重賞レース結果。十年前や二十年、さらに昔と、デジタルデータ化以前のものである。年月日、レース名、グレード、走者、順位、タイム――その他諸々。様々な情報が今だ紙で眠っている状態であり、例え骨が折れようとも進めなければならない。これまでの、名古屋トレセンのウマ娘達の記録を消さないためにも。
「なかなか終わりませんわね」
ふぅ、と息を吐いて自らの肩を叩く。
「でも、これも名古屋のため、そしてヒメ会長の御為。この程度で疲れなんていられないですわ」
目に若干の疲労感。しかしソメイアケホシは作業を再開しようとキーボードに指を乗せた。
――コンコン。
「すみませ〜ん。誰かいますか〜?」
扉をノックする音と共に、外から呼びかけの声が聞こえた。
「――少々お待ちを! 今参りますわ」
生徒会室への来客に、データを保存してパソコンを閉じる。今この部屋にいるのは彼女のみ。留守を預かるのも立派な仕事の一つである。
「お待たせいたしました。ご要件は?」
カラカラと扉を開ける。ソメイアケホシより背が頭一つ高い、トレーニング用のジャージを着たウマ娘が立っていた。
「あぁソメイさん。会長さんいる?」
「生憎レース場におりますの。副会長も同じく――急ぎの御用でしたら私がお受けいたしますわ」
オリヒメは本日レースに出走を予定している。カクトサンゴはその応援へ。高等部三年の二人だが、特にオリヒメはなおもレースに精力的である。ほぼ毎週休みなしという徹底したその姿勢に、ソメイアケホシが心の底から敬愛している。
「そっか、じゃあソメイさんにお願いしていい?」
「構いませんわ」
「どうもね、編入希望のコで」
彼女はそれで察した。
「なるほど。中央からの、ですわね」
「うん。
地方トレセンへの編入は夏の風物詩である。中央の高い壁に阻まれたウマ娘の――いわゆる都落ち。
「本人は何も言ってなかったけど。眼鏡かけて大人しそうだったし、あんま速そうな感じじゃなかったかな」
編入する理由も様々。単純な成績不振もあれば、家庭の事情による場合もある。もっとも、大半を占めていたのは中央からあぶれた者が諦めきれず、というケースであるが。
「そうですか。いずれにせよ、編入希望の方には分け隔てなく説明をするのみですわ。そのお方はどちらにおられます?」
理由に関係なく、編入や転入はおしなべて受け入れる。それが名古屋トレセンのモットーである。
「正門で一人、思い詰めてる感じなのをチームメンバーと見つけたの。今頃は練習用コースじゃないかな?」
親御様も伴わずに単身。訳ありのケースかもしれず、詳しく話を聞かなければならないだろう。
「承りましたわ。ご足労、感謝いたします」
ソメイアケホシは相手のウマ娘に深く頭を下げた。データ化の作業が滞ってしまうのは少し痛い。だが、生徒会役員の仕事を果たせずして、どうしてオリヒメに顔向けできようか。断るという単語は、ソメイアケホシには存在しないのであった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
編入希望のウマ娘は練習コースに居るのだとか。その情報のもとソメイアケホシが向かう。
名古屋レース場と同じ砂を使い、綺麗に手入れがされている学園のダートコース。最新設備の導入が遅れ気味とはいえ、走るには十二分の環境である。
「いいぞーっ! 頑張れー!」
「ほらぁ! 名古屋の意地を見せてあげやぁ!」
その中で盛り上がりを見せる一つ。制服姿、そしてトレーニングウェア姿のウマ娘が多数集まっていた。
彼女達の歓声は一様にコースの走者に向けられている。皆同じトレーニングウェアを着て、前方で競り合う二人と少し後ろに一人。
そのうちのどれかが件の中央からのだろう。しかし小柄なソメイアケホシ。ギャラリーに阻まれ、背伸びをして合間合間から覗くしかできなかった。
(なかなか……見えませんわ……!)
左右に動いてぴょんぴょん跳ねる。それでもなかなか見えずに大苦戦。暫く奮闘していると、ボソボソと生徒が話す内容が耳に入った。
「ねぇ……中央から編入するかもって娘、どこ?」
「前で競ってる外側の方。緑の眼鏡の」
「あぁ、へぇ〜」
動きをピタリと止め、両の耳をその会話が聞こえる方へ。一言一句聞き漏らさぬように全神経を集中させた。
「……ストライドずいぶん広いね。芝でやってた?」
「さあ? でもさ、併走してるの……この前の東海優駿勝った人なんだよね。それでいい勝負してるってことはさ」
東海優駿――優駿の名を冠する通り、東海地方においてクラシック級の頂点を争うレースである。名古屋と笠松、いずれかのトレセン学園に在籍するウマ娘にとって、このレースに勝つことが大きな目標の一つだった。
「う〜わ〜。それって成績不振じゃなくて訳アリの方? これだから中央の人はさぁ」
不服そうな声色に眉を
中央と地方において、ウマ娘の実力差は
しかし走る側から見れば、心穏やかでないのも確かなのだ。交流重賞で中央に蹂躙され、掲示板独占という結果も珍しくはない。学園はさておき、生徒レベルでは快く思わない者も少なからず存在していた。
「名古屋根性〜! ぶちかませ〜っ!!」
砂を打つ脚音が大きくなる。それにつれ歓声もヒートアップ。相変わらず何も見えないが、決着間近となった模様。
うわぁ、と一段と大きな声があちこちで上がった。
「どっち!? どっち勝った!」
「もちウチら! 一、二バ身くらいで!」
「さっすが優駿勝者!」
観客は名古屋側の勝利に沸き立っていた。普段は格上と仰ぐ相手に土をつけたのだから。
しかしソメイアケホシは胡乱に思った。トレーニング最中の身体ができている状態と、突然走ることになった状態とでは。その上、ダートの適性も未知数。果たして素直に喜べるものなのかと、彼女の口内が苦々しくなる。
とにかく、これで一段落がついた。
「――通してくださいませ! 生徒会です! お通しくださいませっ!」
声を張り上げ、観客を掻き分けて前に前に。練習コースに出ると、走り終えた三人が互いに労う場面だった。
「や〜、中央ちゃん速いね!? 走っててビックリしちゃった」
「い、いえ。そんな大したこと……」
「謙遜謙遜! ありがとう、楽しかったよ!」
大人しそうな感じ、らしい。背中の中程まで伸びる鹿毛のウマ娘は背を向けており、その顔は窺い知れなかった。
「失礼――」
居住まいを正し、ソメイアケホシは声をかけた。
「私、生徒会の役員を務めるソメイアケホシと申し……」
中央からのウマ娘が振り返る。
走ったばかりにも関わらず、一本一本軽やかにたなびく髪。陽光の下、鹿毛は深みのある琥珀色の如く輝いていた。そして前髪には、蕾の薔薇が一輪あるかのような流星。
――見覚えがある。
彼女は記憶の引き出しをのべつまくなしに開け始めた。
「あっ、生徒会の方……?」
理知的ながら温かみのある眼差し。言葉も身のこなしも穏やかで、育ちの良さが滲み出ていた。
やがて当てる正解の引き出し。
――メ゙ イ゙ ゲ イ゙ エ゙ ー ル゙ ゥ゙!
幾度となく見たネット記事とレース中継。
眼鏡を掛けてはいるが忘れるものか。
親愛なるオリヒメの心を乱す――不倶戴天の敵。
――どのおツラ下げてお越し下さりやがりましたかこンのウマァ!
ほんの少し、過激な発言が喉から飛び出そうになった。だがしかし、そのようなはしたない真似は言語道断。
ガソリンを投下され爆発炎上する心を抑え、平常心で頭を下げた。
「ここでは何かと人の目もありましょう。生徒会室にご案内いたしますので、まずはお着替えの方を」
「た、助かります……!」
もしここに誰もいなかったのなら。
襟首を引っ掴んで凄みを入れていたやも――。
(……まったくこのソメイとしたことが。レディは淑やかであるべきですわ)
心から安堵した様子のメイケイエールに、少しばかり溜飲が下がったのだった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
私服に着替えたメイケイエールを生徒会室まで案内する。夏休みの期間に入り、人も疎らとなった校舎を歩く。
「本当にありがとうございました。もう右も左も全然分からなくて……」
「いいえ。お困りかと思いましたので、当然のことをしたまでですわ」
「生徒会の方がいらっしゃったということは、会長さんも……?」
「ヒメ会長は不在ですわ。この私が留守役を仰せつかっております」
インタビューの記事や動画から、ある程度メイケイエールの人物像を考えていた。理想論に執着し、どこか浮ついたお嬢様という印象である。
「それにしても、いきなり併走持ちかけられてビックリしちゃいました。でも皆さんとても素敵な方達ですね」
しかし実物はさにあらず。とても素朴で、お高く止まった感じはなく、どこにでもいるようなウマ娘だった。それでいて芯に見え隠れする品の良さ。どことなくオリヒメと似た雰囲気に若干の戸惑いを覚えた。
「当然ですわ。名古屋トレセンの生徒は皆優秀ですもの。ところで、編入希望とお聞きしましたが」
「あっ、そのことなのですが。実はそうではなくて……」
先行く脚を止め、ゆっくり後ろへ振り返る。誰も居ない廊下を背景に、メイケイエールがきょとんと立っていた。
「まさか、何も気づいてないとお思いなので?」
「えっ……?」
今重要なのは、彼女が、何故ここにいるのか。編入などただの方便で、真の目的があるに違いない。
「このソメイアケホシの目を誤魔化そうなど百年早いですわ! メイケイエールさん!」
本人を前に人差し指を突きつける。真犯人を暴き、白日の下に晒す。テレビでよく見る名探偵となった心地だった。
「ど、どうして私の名を!? 変装もしっかりしてますのに……!」
メイケイエールは口元に手をやり、明らかな動揺の仕草。
「ヒメ会長からお噂はかねがね。変装としてはお粗末すぎますわ」
変装と彼女は言うが、ただ眼鏡を掛けただけ。果たして変装と呼ぶべきなのか。いや、中央で名高いウマ娘が名古屋トレセンに来る。それこそが変装と言うべきか。
それにしても。
「ええっ、気づかれてました!? 一体どこからですか?」
「最初からです」
「そんなぁ……!」
眼前であたふたし、少し間の抜けた感のあるウマ娘。本物のメイケイエールなのかと拍子抜けである。毒気が抜かれたソメイアケホシ、その後は大人しく生徒会室へと案内するのだった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
生徒会室にメイケイエールを招き入れ、応接スペースで彼女と相対する。そして本来の目的を彼女の口から聞いた。
――名古屋トレセンの方に、是非見てほしい物があると。
ソメイアケホシは冊子形式でホチキス留めされた資料に目を通す。一ページ一ページ、読み漏らしがないようにじっくりと。
その間、メイケイエールは背筋を伸ばし、ただ静かに読み終えるのを待っていた。つい先ほどまで取り乱していた人物とは思えない落ち着きよう。得体のしれない彼女にどこかやりにくさを感じていた。
「――拝読いたしました」
資料を閉じ、視線をメイケイエールへ。
「中京レース場ダートコースの一般開放、ですか」
「はい。この夏レース場で行うイベントの一環として、ウマ娘を対象にダートコースの開放を予定しています。この機会に普段と異なるコースで走るのはいかがかと思いまして。レースのない平日のみですが、きっと気分転換にもなりますよ」
本番以外でレース場のコースを走る機会など皆無に等しい。しかも中央のレース場とくれば、それだけでも興味を持つ者がいるかもしれない。
「一つ、お聞きしたいことがありますわ」
あえて上目遣いで、メイケイエールをやや睨みつける形に。少々威圧感を漂わせてみるも、彼女は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
「どうぞ、何なりと」
「何故、貴方のような方がこのような……レース場の営業の真似をなさっておいでなのですか」
「実家の手伝い、みたいなものとお思いください」
メイケイエールの実家は中京レース場の運営会社。確かに実家の手伝いとして業務のサポート、というのもなくはないだろう。
しかし彼女はトゥインクル・シリーズで活躍する現役のウマ娘である。いくら夏休みの時期とはいえ、合宿にも行かずに名古屋トレセンに顔を出す行動。少々前に安田記念で負傷したと小耳に挟んだが、それも関係あるのだろうか。
「あ、ちょっと資料の方に記載が漏れていたのですが。開放期間中、練習でお越しいただいた方にはお食事を提供しようと思っています」
「食事……」
「はい。簡単なお握り等になりますが、十分な量は揃える予定です」
名古屋トレセンから中京レース場まで、高速道路を使えば三十分強。移動にかかる費用はこちら持ちとなるが、ウマ娘に何より大切なのは食である。その部分を向こうで持つのならば、参加に前向きなチームや個人も出てくるかもしれない。
「どうでしょう。一度生徒会の方でご検討いただけないでしょうか」
内心、ソメイアケホシは唸る。正直な話、内容自体は悪くない。特に離れすぎている訳でもなく、普段立ち入れないコースを走ることができる特別感。名古屋トレセンの生徒も中央のレースに憧れを抱く者が少なからずいる。全体に声をかければ間違いなく手が挙がるはずだ。
であればこそ。
――不愉快ですわ。
癪ではあるが、メイケイエールは中央のスプリンターとしては一流レベル。それが身分を偽り、稚拙な変装まで施して。名古屋トレセンまで来たかと思えば、中京レース場の営業の真似事である。
裏があるのは間違いない。しかし、何が隠されているのかが分からない。もどかしさに口を固く結ぶばかりだった。
「率直に申し上げてもよろしいですか?」
「――はい」
相変わらず微笑みを湛えるメイケイエール。その自信はどこから来ているのか。
「私自身は、貴方を好ましく思っておりません」
視線と視線が交差する。悪意が籠もらないよう、淡々と続ける。
「敬愛するヒメ会長に気安く接しただけでも無礼千万。あまつさえその後も御心を煩わせて……ご存知でしたか? 正月からこの方、ヒメ会長は貴方への発言をずっと悔やんでいらしたのです」
「その節は……申し訳ありませんでした。私の無遠慮な行動で、オリヒメさんに大変なご迷惑をかけ、それ以降も……」
彼女は神妙な表情で、深々と頭を下げた。
何と人の良い。
反論の一つや二つ出たならば、問答無用で生徒会室から追い出す口実ができたというのに。大人しく非を認められては強硬手段が取りづらくなってしまう。
自身に渦巻く重苦しい空気。ソメイアケホシはおもむろに立ち上がる。そして、鼻息荒く淀んだモノを排出した。
「……確かに、私は貴方を好んでおりません。しかしこのソメイアケホシ、公私の混同など決していたしませんの」
資料を再び手に取る。別にメイケイエールを助ける訳ではない。生徒会の長であるオリヒメを差し置いて、物事を決めるなどあり得ないこと。
「必ず、ヒメ会長にもお渡しするとお約束いたします」
「――あ、ありがとうございます!」
もう一度メイケイエールは深々と頭を下げる。オリヒメとメイケイエール、まるで違う二人。しかし何故か、その時のソメイアケホシにはそこにオリヒメがいるかのように見えていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
星火燎原のごとくにして
既に窓の外は陽が傾き、空が鮮やかな橙色に染まる。トレーニングをしていた生徒も寮へと帰ろうかという頃合い。
「ああもう、すっかり遅くなってしまいましたわ……!」
ソメイアケホシは廊下を早足で歩く。メイケイエールを正門まで送り届けた後、学園の教師からちょっとした用事を頼まれたのだ。それがようやく片付き、急いで職員室から生徒会室へ戻る最中だった。
彼女が急ぐのには訳がある。
「もうヒメ会長がレース場からお戻りになられる時ですのにっ!」
オリヒメがレースに出る日は、生徒会室でその帰りを待つ。どれほど遅くなろうと、一声かけるまで帰らないのが必定必然のマイルール。
ソメイアケホシにとって、そこまでして当然の人物なのである。オリヒメという存在は。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
やがて生徒会室の近くまで戻る。出る際に消した照明がついていた。どうやら帰ってくるタイミングには間に合わなかったようだ。
しかし全身全霊で労うことは変わらない。扉の前で一呼吸して弾む鼓動を落ち着かせ、引き戸の取っ手に指をかけた。
「――もう、レースから身を引くわ。カクさん」
(……!?)
それと同時に聞こえたオリヒメの告白。戸を開けようとした腕が凍りつく。
「それ本気?」
「ええ。本気よ」
扉に阻まれ中の様子は窺えず。居るであろう、オリヒメとカクトサンゴの声色はいたって平静。取り乱していることはなさそうだった。
「……疲れたのよ、ただただね。走るのにもう嫌気が差したわ」
「外野なんて好きに言わせておきなよ。ここまで来て止めるなんて勿体ないと思うけど」
「カクさんも残酷なことを言うのね……悪いけど、先に寮に戻るから。心底疲れたわ」
脚音が近づいてくる。今すぐ立ち去らなければ。身を翻そうとしたソメイアケホシだったが、その場で身じろぎするばかり。足裏が廊下に張り付いてピクリとも動かなかった。
そして奮闘虚しく戸が開く。
「――あら」
「あっ……」
完全にオリヒメと鉢合わせの形。しかも会話が聞こえていたのも丸分かりであり、後味悪いことこの上なかった。しかしそれでも、彼女のために口を開いた。
「レ、レース、お疲れ様でございました……!」
いつもと同じく、頭を深く下げる。
「ありがとう、おソメ。貴方も早く寮に戻りなさい」
オリヒメは弱々しく微笑み、ソメイアケホシの肩に手を置く。手の温もりはなく、この時期というのに驚くほど冷たかった。
「ヒメ会長、今しばらく! お渡ししたい物が!」
顔を上げ、急いで生徒会室に置いていた資料を取りに入る。自分用の書類棚に入れておいたので二人にはまだ見られていなかった。
「実は、日中にメ……中京レース場の方がいらして。この資料を頂きましたの」
「中京の方? そんな予定あったかしら」
「ちょっとした行き違いだったようです」
咄嗟にメイケイエールの名を隠した。確証はなかったが、今彼女の名前を出すと事態が悪化しかねない。そのような気がしたのだ。
「……そう、ありがとう。後で目を通しておくわ」
ああは言ったものの、オリヒメの目はまるで興味なさそうな色をしていた。いつもならその場で目を通すはず。しかし受け取るだけでページをめくる素振りすら見せなかった。
「ではお先。二人も遅くならないように」
去ってゆく彼女の背中は小さく儚げだった。風が吹けば飛んでしまいそうなほどに希薄で、本当にオリヒメなのかと、我が目を疑ってしまったほどに。
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「カクト先輩。ヒメ会長に一体何が。あの御様子は……」
オリヒメ去った後、真っ先にカクトサンゴへ尋ねた。ついぞ見たことがない
「まあ、ちょっと……ね。色々あってさ」
その予想は的中していた。普段は歯切れよく話す彼女が言葉を濁す。
「おソメさ、データ打ち込みやってくれてるよね。ここ最近の名古屋の成績と集客、どう思う?」
「一地方に留まってはおりますが、少数精鋭として他の地方とも遜色ないと――」
「客観的事実で述べて」
「……かなり厳しいですわ。緩やかに右肩下がりで、下がり幅が徐々に大きくなっております」
詳細なデータに触れられる立場上、数値で見える現実は過酷の一言だった。ネットの視聴環境を重視する名古屋レース場だが、入場者数はもちろんのこと中継の視聴者数も予想を大幅に下回る結果。つい最近の東海優駿でさえも、仰々しい名の割には寂しい状況が続いているのだ。
そしてウマ娘の成績も同様。中央との差は年々拡大の一途を辿る。船橋や園田等の地方トレセン学園在籍の娘が一矢報いる場面がある一方、名古屋はその影すら踏めない有様だった。
「……ですが。それは名古屋のトレーナーとウマ娘全体の問題ではないでしょうか。ヒメ会長がそこまで気に病まれなくとも――」
「理事会の人達はそう考えてないみたいで。ほら、ヒメはさ、華々しく活躍するより地道に進むタイプだから――」
要するに、生徒会長のオリヒメの成績が振るわないため、他の生徒も伸び悩んでいるのではないか、という。言いがかりも甚だしい暴論である。
名古屋のウマ娘として、小さい頃から誰よりも多く走り続けているというのに。その姿勢は称賛されこそすれ、非難などあり得ないこと。
ソメイアケホシはようやく気づいた。握った指の爪が掌に深く食い込んでいる。皮膚を破り出血する寸前まで、全くの無自覚だった。
「他の生徒からもチラホラとね、生徒会長としてどうなのかって話も出てて。シンボリルドルフとは大違いだって」
「それは――! 知らないだけです、ヒメ会長がどれだけ身を粉にしてきたのか……!」
「そう。皆知らない」
頭を振り、カクトサンゴは大きく天井を仰ぐ。絶望に溢れ、無気力感漂う半開きの口。
「私は知ってる、小さい頃からね。おソメもそうでしょ? でも、他の生徒は生徒会長のヒメしか知らない。そんな娘達に、ヒメがどれだけ努力してたのか説いたところで……まるで伝わらない」
そして、観戦していたファンからの言葉。もう勝てないのだから、意味ないことをしないで後進に枠を譲ったらどうか、と。四方から好き勝手なことを言われ、張り詰めた糸がとうとう切れてしまったのだ。
「どうすればヒメを立ち直らせられるか……正直なとこ、完全に手詰まり」
このままでは、オリヒメは失意のまま表舞台を去ってしまうことになる。そのようなこと、彼女を慕いに慕う一人として看過できるだろうか。
絶対に、できるはずがない。ソメイアケホシは資料をもう一部出し、カクトサンゴの眼前に置いた。
「昼間、メイケイエールさんがいらして渡されましたの」
「待って、中京の人って言ってたけど」
資料に手を伸ばそうとしたカクトサンゴが、目を見開いて顔を上げる。中央所属のウマ娘が、そんなはずが。彼女の瞳がそう述べている。
しかしこれは純然たる事実。メイケイエールが自ら訪れ、この資料を託していったのだ。
「こうなれば最早、恥も外聞もありませんわ……!」
ソメイアケホシはカクトサンゴの前に身を乗り出す。その瞳には、強い決意の炎が燃え盛っていた。
「ヒメ会長のためなら、土下座もしますし泥水も啜りましょう。必要ならどのようなこともしてさしあげます!」
腹は決まった。身勝手と罵られても構わない。憧れの人が周囲の無理解で曇ってゆく様を、指を咥えて見ているなどできるものか。
「使えるものは使います。ヒメ会長は……名古屋の星なのです! 星を
生徒会室に絶叫が響いた。怒髪天を衝く勢いで、部屋に立ち込めた暗雲を吹き飛ばす。名古屋トレセンを訪れた小さな脚音が、名古屋トレセンを揺るがす大きな鳴動となろうとしていた。
次話でオリヒメ問題解決の予定。