展開上、小倉ジュニアSはダイジェストとしました。
メイケイエールといえばレース中のあれやこれやなので、どう表現するか色々考えつつ…。
という訳で、今話は他走者から見たメイケイエールがテーマです。
人物紹介はこちら↓
https://syosetu.org/novel/342309/1.html
期待のホープ
――天高く、ウマ娘肥ゆる秋。
厳しい暑さの夏が終わり、季節はいよいよ充実の秋を迎えた。年末に向けて秋のG1戦線真っ只中であり、学園内もどこかピリリとした緊張感が漂っている。
『じゃあ坂路二本目行ってみよう! どうぞ!』
ワイヤレスのイヤホンマイク越しに指示を飛ばし、坂路用のトレーニングコースをメイケイエールが駆ける。爪先をしっかりと坂に食い込ませて力強く登ってゆく。
元々、彼女はストライドが大きめのフォーム。そのためピッチ走法はぎこちなさが残るが、まずはそれなりのレベルにまで押し上げられれば良い。
一番の強みであるスパート時の鋭い加速を殺してしまわないよう、考慮の上で能力を伸ばしていかなければならない。
『よーし、一旦休憩に入ろうか。しっかり息を整えてね』
二本目を走り終えた所で休憩に。坂を登り終え、大きく息をついたメイケイエールの元にいつもの二人が声をかけてきた。
「おーっす。調子よさそうだな」
「……お疲れ〜」
「あら、ミロワにリコ――二人も休憩中ですか?」
「んなとこ」
コース脇のベンチに腰掛け、走り終えたばかりの脚にマッサージを施す。様々なトレーニングについていける体力が備わりつつあり、彼女自身も充実したトレーニングの日々を送っている。
何より、メイケイエールを取り巻く環境がここ数ヶ月で大きく変わりつつあった。
「……ジュニア期待の新星のエールさんに……トレーニングの手応えを伺いたいと思いま〜す……」
「リコったら……からかわないでくださいっ」
マイクに見立てた握り拳をメイケイエールに向け、茶化するようにリコンスタが訊ねる。それを苦笑いしながら掌で押し戻すも、内心は満更でもなかった。
デビュー戦で華々しい勝利を飾った数週間後、そう日も経たないうちに小倉ジュニアステークスへ出走したのだった。河削もいけると踏んだ上で、当のレースはGIII。重賞初挑戦で再びの長距離移動。疲労の問題はもちろんありつつも、最大の懸念は同じレースに出走するとある娘の存在だった。
ムーンボイジャー。未勝利戦ながら後続を十バ身以上離す大差圧勝という、メイケイエールもかくやという立派な看板を引っ提げての参戦だった。
「ま、エールが出た時点で結果は分かってたけどよ」
圧倒的な勝利をもう一度と、当日の人気はムーンボイジャーが一番。メイケイエールは二番人気だった。実力は伯仲、ないしムーンボイジャーがやや上と見られた。
しかしながら、レースの蓋を開けてみると――。
『外から八番、メイケイエールが襲いかかる! 抜けた九番ムーンボイジャーを捕まえ今度は先頭! そのままメイケイエールゴールイン!』
結果は最後の直線でメイケイエールが追い抜き、そのまま突き放してのゴール。これにて重賞ホルダーとなり、ジュニア級の有力候補として名を挙げられるウマ娘の一人となったのだ。
「……いいなぁ。わたしも重賞勝ちたぁい……」
未勝利戦やオープン戦と比較すると、GIII以上の重賞は開催が非常に限られてくる。その上、ジュニア級限定等、級特定のレースもあるため希少性は更に高くなる。GIIIといえど、タイトルを持つということは何物にも代え難いステータスとなるのだ。
特に、デビュー以後勝ちあぐねていたミロワダーレとリコンスタにとってはなおさら。
「まあまあ、二人ともそのうち勝てますから大丈夫」
「……なんつーか他人事みたいな言い方しやがって……まぁいいや。週末空いてたらさ、三人でどっか遊びに行かね? カラオケとか」
「カラオケ……ですか?」
「おう。リコが割引クーポン貰ってさ。人数が多い程割引してくれるんだと。それなら三人で行った方が良いよなって」
うんうんと、リコンスタも激しく同意している。ここ最近は暫くトレーニングやらレースやらにかかりっきりで、三人で遊びに行く機会もめっきり減ってしまっていた。
確かに今は多少余裕はあるものの、どう河削に切り出せばいいものかメイケイエールは空を仰いだ。
「――何か良いねぇ、いかにも学生って感じ」
「あ、トレーナーさん」
何を話しているのか気になったから来ちゃった、と河削がわざわざ坂を登ってやってきた。
「今週末でしょ? いいよ。なんなら一日オフにしておくから、目一杯遊んできなよ」
「いいのですか?」
「まあどこかでお休みも必要だしねえ。それに小倉でGIII勝ったから、ついでにご褒美としても」
いともあっさり河削は承諾してくれた。案ずるより産むが易し、ということかもしれない。
「じゃあ決まりだな! リコも予定開けとけよ」
「……わたしはいつでもバッチこ〜い……」
「話が纏まった所で、エールちゃんはぼちぼちトレーニング再開しよっか。二人もそろそろ休憩お終いじゃない?」
「分かりました――ミロワ、リコ、週末楽しみですね♪」
トゥインクルシリーズに参加して以来、三人で遊ぶ久し振りの機会。折角羽根を伸ばすのだからと、毎晩グループチャットで遊ぶプランについて話し合うのだった。
五人揃って
「リコのやつ遅ぇなー、まさか寝坊とかないよな」
「まだ早いですから。もう少し待ちましょう」
待ちに待った当日。好天にも恵まれて遊ぶにはうってつけとなった。学園の正門前で待ち合わせということで、メイケイエールとミロワダーレは約束の時間より少し早めの到着だった。
ロングスカートにカーディガンを合わせてシックなメイケイエールと、プリーツのミニスカートにパーカー姿でカジュアルなミロワダーレ。
「お待たせ〜」
そして、スキニーデニムとニットのアウターで大人らしい落ち着いた装いのリコンスタ。三者三様で非常にバラエティのあるコーディネートだった。
「……どう? 今日のコーデ」
両手を広げ、くるりと回ってみせるリコンスタ。その顔はいかにも自信に満ち溢れていた。それをミロワダーレがじっと食い入るように眺め、ポツリと呟く。
「お前そんなニット持ってたっけ」
「フフン……古着屋で見つけて即買っちゃった」
「へぇー、どこ? 今度教えてくれよ」
荒っぽい言動の彼女だが、だからといって着飾ることに無頓着という訳ではない。むしろ並々ならぬ興味があるといっても良かった。
「……今日、アクセ見に行くお店の近くなんだ……そっちじゃなくてこっちにする……?」
「マジ? なぁエール、アクセじゃなくて古着屋行こうぜ古着屋!」
「もちろん良いですよ。私も興味ありますし」
元々はショッピングモールでアクセサリーを見て、それからカラオケに行く予定を立てていた。それくらいの予定変更は何の問題もない。メイケイエールは快く要望に応えた。
「やった! リコ、道案内頼むぜ!」
「あ〜い」
トゥインクルシリーズでの同期となる二人。いわばライバルともいえる関係になるのだが、そんな素振りは一切見せない。今までと何一つ変わらない態度で接し、一緒に遊んでもくれる。
ジーンズがどうの、ジャケットがどうのと話題に花が咲く二人の背中を追いかけるメイケイエール。彼女の口元はにっこりと緩んでいた。
「やっぱさぁ、エールもパンツ似合うと思うんだけど。試しに買ってみりゃよかったのに」
「それは……次の機会ということで」
古着屋の試着室で臨時ファッションショーを開催し、三人は大いに盛り上がった。尻尾穴が開けられたウマ娘専用のボトムスのコーナーが設けられていて、そことトップスのコーナーを行ったり来たり。とにかく忙しなかったが、普段とは異なる装いができて良い気晴らしになったのは間違いない。
「……エールの脚すっごい綺麗なのに……もったいない……」
メイケイエールが戯れにジーンズを履いたところ、予想外に二人から絶賛の嵐。自前の服はスカートばかりなので、いざパンツを履くとなるとどうしても気後れしてしまいそうになる。手頃な値段のものはあったものの、どうしても一つ手を伸ばせなかった。
「……まあ、それはそうとして……」
古着屋からカラオケボックスへの道中、リコンスタが小走りで先回りをする。バッグから何かを取り出し、それを頭上高く掲げた。
「……割引チケットが目に入らぬか〜」
神々しいまでに輝く、割引の二文字。メイケイエールとミロワダーレの二人は彼女に恭しく頭を下げた。得意満面な表情をしていたものの、裏面に目を向けるとその顔に若干の翳りが差した。
「五人で割引率最大なんだけど……ちょっと残念」
「急に誘うのも悪いしさ、いいんじゃねえの? 安くなることには変わりないんだからさ」
確かに安くなればなるほど嬉しいが、それだけが全てではない。何よりも友人と一緒に遊べる時間はこれからより貴重なものとなるだろう。
「そうですよリコ。三人で沢山歌いましょう」
「うん、ね〜」
そうして辿り着いたカラオケ店の前。三人はピタリと足を止めた。
「マシロさん?」
「あら、エールじゃない。奇遇ね」
マシロともう一人――。
「こんにちは。エールさんもカラオケ? 偶然やね」
乱れた風の短い黒鹿毛の髪が特徴的なウマ娘――ベネベネも一緒だった。そんな二人組とカラオケ店の前でばったりと鉢合わせ。
「……お?」
リコンスタが目敏く、同じ割引チケットをベネベネも手にしているのを発見する。
「……おや?」
次いでベネベネもそれに気がつく。
「リコンスタさん、それ割引チケットやろ? 私のとおんなじの」
「……もちろん。ベネベネさん、提案なんですけど……」
「――おう、丁度よかね。私らとエールさん達で五人になるし」
話は至ってスムーズに進んでゆく。
「あの、私達は構わないのですが……マシロさん、どうですか?」
ミロワダーレも特に異論を挟まない。ここでマシロの意向を伺いたいメイケイエールだったが。
「え? 私? 安くなるんだから別に構わないわ。知らない相手でもないのだし」
と、あっさり承諾。同じデビューをした者同士、何かと顔を合わせる機会は多い。直接会話したことはなくとも、お互い面識があるのは珍しいことではない。
「なら早速受付済ませようぜ。他の人の邪魔になっちまうし」
「同感ね。早く入りましょう」
カラオケ店の前でウマ娘が五人集結。それだけでも目立つというのに、そのうち一人はただでさえ目立つマシロなのだから。徐々に野次馬の人だかりができようとしていた。
「そうやな。リコンスタさん、受付お願いできる?」
「お任せあれ〜」
よもやマシロとここで会うとは思ってもみなかった。示し合わせたかのようにリコンスタが受付を済ませ、店員から案内された部屋へ向かっていった。
年頃の少女が五人も集まればそれはそれは賑やかなもので、メイケイエールもその輪に加わってより一層話が弾む。
「……えっと、ここだね。ここ……」
充分な広さのある個室。生音配信が売りの最新機種を備えている。
「えっと、飲み物はドリンクバーがあるので……食べ物は適当に頼んで大丈夫ですか?」
「頼むわ。さて、一番は誰にすっか?」
ソファー席に各自荷物を置きつつ、歌う順番をミロワダーレが尋ねた。食べ物のオーダーで忙しくしているメイケイエールは除いて。
「……もち、わたし」
しかし、リクエスト用のタブレットは既にリコンスタの手の中に。鮮やかな手つきで、迷いもなく曲を選んでいる。
「お前かよ……ってーことは、アレか?」
「とうぜん」
「随分手慣れているのね。よく来ているのかしら」
「デビューするまで、暇を見つけてちょくちょく……今はあんまり……それっ」
マシロに返事をしつつ、トップバッターとして曲の登録を終えた。わざわざタブレットをカラオケのモニターに向けて送信する。
そうしてモニターに表示されたタイトルは――。
「――リフレインが叫んでる? 聞いたことなかね」
頭の上にクエスチョンマークが浮かぶマシロとベネベネの二人。
「テステス……まあね、1988年の歌だから。ちなみに作詞作曲は松任谷由実」
マイクの音量チェックがてら、曲の簡単な紹介を行う。当然ながら、ここにいる全員が産まれる前にリリースされている。
「古いわね。何でそんなの知ってるのよ」
「……何でかって? それはね……」
曲のイントロが始まった。リコンスタはすっくと立ち上がる。そして掌でマイクを滑るように一回転させ、ポーズを決めた。
「……わたしの魂が、リフレインを叫びたがってるから……」
「ごめんなさい。ちょっと意味が分からないわ」
「まあ、それだけ好いとるってことやろ――」
リコンスタが歌う。普段の物憂げな喋りとはまるで違い、澄んだよく通る声。レース後にライブを行う関係上、一般教科には声楽が個別に組み入れられている。しかもその道のプロからしっかり指導を受けるくらいの力の入れようで。
それにしても彼女の歌声は見事なもので、マシロとベネベネの二人は両耳を彼女へ向けて静かに聞き入っている。
「ま、初っ端から入れる曲じゃねえけどな……ベネベネさんどうする? オレ次入れたから」
ミロワダーレが入力し終えたタブレットをベネベネに手渡す。
「ああ、ありがとう。私のことはベネって、呼び捨てで構わんよ」
「お、そう? ならオレのこともミロワって呼んでいいぜ」
「なるほど、この歌……ミロワはアイドル系の歌が好きなんね?」 タブレットの送信履歴を見つけ、ベネベネは顔を綻ばす。リコンスタが入れた曲の次には、巷で話題になっているアイドルユニットの曲が入っていたからだった。
「あン? 何かいけねえか?」
「ううん。ロックとか好きそうな感じがしとったけん意外で……ミロワってむぞらしかね!」
「むぞ……?」
「可愛いって意味よ」
「かっ――!」
横からマシロが補足すると、予想外の言葉だったらしくミロワダーレは言葉に窮した。ただ顔を真っ赤に染めるのみ。
「……ベネ、茶化すのは止めなさい。困ってるでしょう」
「あはは――だってむぞらしいもんは仕方なか。私は、うん、これでいこうかな。いや、こっちもよかね……」
リコンスタが熱唱する中、羞恥に頬を染めつつも次のマイクを握って離さないミロワダーレ。曲を選ぶベネベネとマシロ。五人によるカラオケ大会はいよいよ盛り上がりつつあった。
「えっと、フレンチフライは必須として、たこ焼き、う〜ん……やだ鯛焼き!? なんということでしょう……」
しかしメイケイエールはただ一人口内を唾液いっぱいに、目を輝かせながらフードメニューとにらめっこを続けていた。
カラオケ大会もまだまだ半分といったところ、何巡目かして一旦休憩となった。メイケイエールもここぞとばかりに、新しい飲み物を求めてドリンクバーに向かう。
火照った顔を手で仰ぎつつ、アイスココアが注がれるのを待つ。さすがに五人も集まれば熱気の入り様も桁違い。彼女自身も思いっきり歌うものだから、その額にはじっとりと汗が滲む。
「エールは冷たい方なの? じゃあ私は温かい方にしようかしら」
一息ついていた所に、マシロがティーカップをセットしホットココアのボタンを押した。機械の動作音と共にココアがチョロチョロと注がれてゆく。
「ミロワさんとリコさん……貴方のお友達は賑やかで面白いわね」
思えば、マシロは二人とまともに言葉を交わすのが今回初めてだったかもしれない。三人一緒でいる時に二言三言程度はあっただろうが。
「ええ、二人とも仲良くしてくれていますよ」
笑いが尽きない日がないくらい、ミロワダーレとリコンスタの二人とはウマが合った。いずれ学園を卒業して離れ離れになるのが信じ難いほどに。
「気の置けない友人がいるのは素敵なことね。それはそれとして――」
マシロはソーサーを手に取り、ココアを注ぎ終えたカップを乗せる。そしてメイケイエールに向き直る。
「――重賞初勝利、おめでとう。エール」
彼女らしからぬ柔和な顔で、さりげなく。
「ありがとうございます――それなら、マシロさんも札幌で……おめでとうございます」
メイケイエールが小倉で勝利したその前日、マシロも同じGIIIである札幌ジュニアステークスを勝利していた。先頭でゴール板を駆け抜けるマシロを動画で見た時、まるで自分のことのように頬が緩んだ。
「ふふ、お互いにね。貴方、次はファンタジーステークスだったかしら」
「ええ……そうですが……」
マシロの質問にメイケイエールは怪訝そうに眉をひそめた。次走予定を聞くことに何の意味があるのだろう。
「私の次はアルテミスステークスよ。その後は十二月に阪神へ……貴方を、そこで待ってるから。必ず来るのよ」
真正面から見据えてくる彼女の目を見て、これは挑戦状なのだと合点がいった。年の瀬の十二月に行われる、数少ないジュニア級のGⅠレース阪神ジュベナイルフィリーズ。マシロはそこに向かうと言っている。
そして、メイケイエールを待つと。
「――っ」
コップを持つ手に力が籠もる。先のことはまだ分からないとはいえ、こうはっきりと宣言されたことは未だなかった。少なくとも、マシロの希望に応えようと口を開こうとする。
「やあお二人さん。凄かものが来たけど……ちょっと来てくれんか」
メイケイエールが言葉を発するより早く、ベネベネが声をかけてきた。
「――何? 凄いものって」
「来れば分かるよ」
凄い物の正体を明かそうとせず、含み笑いでベネベネは部屋に戻っていく。マシロは一つ溜息をつき、大げさに肩を竦ませてみせた。
「――全くもう、勿体ぶって何のつもりかしら。エール、返事はまた今度聞かせてもらうわね」
助かったと言うべきだろうか。どうするか全く頭になかったため、その場の流れで変なことを口にしてしまっていたかもしれない。
やはり一度、河削と話し合った方が良いだろう。メイケイエールは誰にも気づかれないよう、胸を撫で下ろしながら二人の後を追い部屋に戻った。
部屋いっぱいに揚げ物特有の香ばしい香りが漂う中、マシロはテーブルを前にして呆然と立ち尽くしていた。
「……何よこれ?」
「知らねえの? フレンチフライって言うんだぜ」
香りの主はテーブルをほぼ占拠する程の巨大な皿に盛られたフレンチフライ。美味しそうな黄金色の山と化していた。
「知ってるわよ失礼な。そうじゃなくて、この量は何なのかって聞いてるのよ」
「……超メガウマ盛りだけど……」
十何人分は優にありそうな量だった。それでも、ミロワダーレとリコンスタは平然とポテトを摘んでいる。
「こういうのを正真正銘山盛りって言うとじゃろうね……しかも、ミロワとリコは慣れとるようだし」
「おう、三人で来た時の定番だからな。二人も食べねえとなくなっちまうぞ」
「まぁ……そうね。五人なら問題ないわね。頂きましょう」
カラオケは一旦休憩でポテトタイムに突入。むしろポテトをどうにかしなければ飲み物のコップがまともに置けないという。全員でしばらく黙々と食べ進めていると、不意にベネベネが口を開いた。
「なあエールさん、次走はどこに行くと?」
「次ですか? ファンタジーステークスですが……」
同じようなことをマシロにも聞かれた。すると、ベネベネが興奮した様子でポテト越しに身を乗り出してくる。
「へえ! 私もだよ。楽しみやねえ!」
やはり彼女もマシロと同じ目をしている。ギラつき、獲物を狙う餓えた猛禽のような目つき。自らが勝負事の世界に身を置いていることを、メイケイエールは改めて思い知る。
「なるほどなるほど、エールさんが出るんなら……そうやねえ」
長めのポテトを一本摘み、それを中程まで一口でかじる。そうして残った部分をメイケイエールに突きつけた。
「じゃあ、私はエールさんをマークして余力残しつつ……コーナー終えるタイミングでスパートかけて一気に追い抜こうかな!」
「おっ、マークされるってよ! エールも負けてらんねえな!」
「隠しごとは好きじゃなかけん、正々堂々やらせてもらうよ」
自らの作戦を隠すことなく豪語する姿に、ミロワダーレがヤンヤと囃し立てる。誰をマークするとか、スパートするタイミングは普通隠しておくもの。それを包み隠さないということは、よっぽどの自信があるということだろうか。
「……ベネ、悪いけど」
ベネベネの隣で黙ってポテトを食べていたマシロが遮る。いたって冷静に、冷たく感じるほどにベネベネを見ていた。
「それじゃ貴方はエールに勝てないわ」
部屋の空気が一瞬で凍りつく。ポテトを貪っていたリコンスタすらも、その手を止めて事態の成り行きを伺おうとするほどだった。
「……マシロは贔屓目なしだから信頼できるけん、そうなんかもしれんけど……」
残りのポテトを口内に放り込み、咀嚼しながらベネベネがマシロに顔を寄せる。
「気に入らんね――ワケば言え」
その声は明らかに怒気をはらんでいた。鼻先を突き合わせるほど近くとも、マシロは眉一つ動かさない。息詰まるこの瞬間、メイケイエールら三人はただ黙って見守ることしかできなかった。
「単純よ。エールはいつも全力で走るんだから……そんな相手に余力を残しておくことなんかできて?」
「お? おー……」
顎に指を当て、天井を見上げながらベネベネは暫し考える。
「――そんなら、こうしよう!」
考えが纏まったらしく、握った片手で反対の手のひらをポンと叩いた。
「全力で走るエールさんを、私がそれ以上の全力で追い抜いて勝つ! これで決まり!」
とてもシンプルな結論に、若干気が抜けたような雰囲気となってしまった。リコンスタがこれまでのロスを取り戻そうと、今まで以上にポテトをがっつき始める。
「結局、作戦もクソもあったもんじゃねえな」
「これでよか。他に走る娘もいるし、その日一番の走りをしたヤツが勝つ――そんだけよ」
誰よりも速く走ることができれば勝利。とてもシンプルな答えだったが、案外これが正解に近いのかもしれない。
ベネベネのように対抗意識を燃やす娘もいれば、そうでなくただ自らの勝利を目指して走る娘もいるだろう。
果たして自らはどうであるのか――。
レースを見てくれた人を元気づけられるようなウマ娘。そのような存在になるには、やはり勝利することは必須なのだろうか。山の量が減りつつあるポテトを一本摘み、メイケイエールは控えめに口を開けて齧り付いた。
(やはり勝たなければ……伝えられないのでしょうか……)
勝利することによって注目される。それは間違いないのだろうか。いよいよもって、ファンタジーステークスへの熱が彼女の中で高まっていくのだった。
火の国産まれの火の玉娘
雲一つない、澄み切った青空の阪神レース場。ターフの芝が青々と輝いていた。
「よかねえ。絶好のレース日和やな」
手を庇にしながら、ベネベネが煌めく太陽を見上げる。燦々と降り注ぐ陽光に目を細めながら、最高の環境でレースを走れるということに心が踊った。
GIIIファンタジーステークス。パドック終了時点の人気投票では、ベネベネはメイケイエールに大きく離されての二位。これが重賞のタイトル持ちという実績の差なのかと、否応なく現実を突きつけられる結果となってしまった。
「……燃えるね。私に投票しなかったんを後悔させちゃろう」
むしろそれが逆に、ベネベネの闘争心を大きく燃え上がらせる。メイケイエールなりマシロなり、戦う相手が強力であれば強力であるほど昂る。それがベネベネだった。
「――ベネさん!」
本バ馬入りしてウォーミングアップ中、折を見てメイケイエールから声をかけてきた。何本か走った後なのか、頬がほんのり赤みがかっている。
「やあエールさん。今日はよろしく」
ベネベネから差し出した手をメイケイエールが握り返す。細い華奢な指だというのに彼女の握手は力強かった。
「こちらこそ、よろしくお願いします! 良いレースにしましょうね」
礼儀正しく一礼し、メイケイエールがウォーミングアップへ戻っていく。その後ろ姿をベネベネは手を振りながら静かに見送った。
「良いレースか。そうだね――」
ゼッケン越しの彼女の背中。上機嫌に揺れる尻尾。
(いかにもよかとこンお嬢さんやねぇ……見てみい。勝つのは――ウチや!)
ベネベネは牙を剥き出しに、そして愉しげに笑った。
『秋も深まり、絶好の晴天に恵まれたここ阪神レース場。実りの秋を迎え、ジュニア級のウマ娘達が躍進する季節となりました。GIII、ファンタジーステークス! いよいよ発走間近です!』
係員の指示の元、出走する娘が順次鋼鉄のゲートに収まっていく。ベネベネは三枠三番、対するメイケイエールは七枠十番。内と外で別れる形となった。
ゲートに収まると背後の扉が閉められた。それと間もなくして、ドローンが前方をつぅっと空中を滑るように横切っていく。機体下部にはカメラが搭載され、各出走者の映像が大型ビジョンに映し出される仕組みとなっている。
『さあ二番人気の紹介です。三枠三番ベネベネ! 前走のオープン戦では見事一位に輝きました。今回も好走が期待できるでしょう!』
腕を組んだままカメラを真正面から睨みつけ、不敵な笑みを浮かべる。とどのつまり、誰が相手であろうと自分の走りができれば勝てる。臆するところを一切見せない姿は観客の期待を高めた。
『そして、本日の主役はこの娘の他にはいないでしょう! 七枠十番、重賞ウマ娘メイケイエール! 実績と実力、共に申し分ありません!』
遠く離れたスタンドから一際大きい歓声が聞こえる。流石は一番人気。
(ま、そんなんで張り合っても仕方なか――)
人気の順位なぞ観客が勝手につけたもの。これからの勝負には全く関与しない。
パァン!
両手で自らの頬を勢いよく叩く。ジンと来る痺れと熱い痛みに心が冴える。
「――よし!」
半身の姿勢をとって走る準備を整えた。呼吸を浅く短く、いつでも出られるように。そしてゲートの僅かな開きをも見逃さないよう集中し、瞬きすら忘れる。
『――各ウマ娘、ゲートイン完了――』
力を蓄えきった脚の筋肉が、解放を今か今かと待ちわびる。そこかしこから聞こえる荒い息遣い。これが重賞レース。
これまでのデビュー戦やオープン戦とは比較にならない緊張感。
ガシャン!
「おおッ!」
『スタートしました!』
鬨の声を上げ、ベネベネは一気にゲートから飛び出した。
ベネベネを含めた三、四人が熾烈な先頭争いを繰り広げようとしていた。しかし彼女には気がかりな点があった。
最有力候補のあの娘はどこにいるのか。
(――ん?)
メイケイエールは前に上がらず、ズルズルと後ろに下がっていく。一瞬だけ見えた彼女に違和感を覚えるも、思い直して前方に向き直る。
『三番のベネベネ、スタートやや劣勢から中団の前の位置に収まりました!』
「――ちっ。抜かったっ」
気を取られたからか、思い通りの位置取りは叶わなかった。先を行く娘のすぐ後ろにつけた四番手。隣と斜め前方もコースを他の娘に取られており、内ラチ側に押し込まれる状態となってしまった。
(コーナーで外に出すしかなかか。まあ、勝てばええ!)
ほんの一秒遅れるだけでも勝敗が決まる短距離レース。刻一刻と変わるレース状況に敏感に対応しなければ。コース取りをしくじった程度で気落ちしていては、勝てるものも勝てない。
『その外、前を追って上がっていく形になります十番メイケイエール! さあ三コーナーのカーブ!』
突如、大外からメイケイエールが並々ならぬ様子で上がってくる姿が見えた。空きスペースを探しているかのように落ち着きがなく、それでいて先頭集団に食らいつく猛烈な勢いで。
「――なんやねアレは!?」
定石を逸する彼女の走りにベネベネは面食らった。ここは仕掛ける所でも何でもない。それであるのに、後方から一気に同じ位置へと進出してきたのだ。
『最後方は六番です! スタートから六百メートルは三十四秒一で通過!』
第三コーナーが終わって第四コーナーに差しかかる。このコーナーを曲がればラストスパート。
動揺している暇はない。
(――臆すな! 仕掛ける!)
カーブで横が開いた間隙を狙い、自らを奮い立たせて踏み込む脚に力を込めた。
『さぁ外に持ち出しましたベネベネ!』
加速してコーナーを曲がる。遠心力を利用して一息に外へ。
開ける視界、芝の直線。
そしてスタンドの向こうのゴール板。全てが見えた。
眼前にはお誂え向きに――。
『その前にはメイケイエール! 四コーナーカーブから直線コースに向かいます!』
すぐ斜め前方にメイケイエールが。バサバサとたなびく鹿毛の尻尾に手が届きそうだった。
――エールはいつも全力で走るんだから……そんな相手に余力を残しておくことなんかできて?
(余力なんてありゃあせんよ。それに……)
メイケイエールは脇を開き気味に腕を振る。あれでは横につけようものなら肘が接触しかねない。トレーニング時に見えた彼女のフォームは流麗の一言だったのだが――。
(んな細かいこと――)
一つ息を吐き、歯をギリリと食いしばる。
「あんたんケツぁ――齧りついちゃろうよッ!!」
コーナーが終わって最後の直線。ベネベネは渾身の力で前に。地を抉る一蹴り一蹴りに魂を込めた。
目指すは一着。メイケイエール諸共抜き去り先頭に躍り出る。
――はずだった。
『前を捉えにいったメイケイエール!』
追いつけない。
限界いっぱいまで出しているのに。はずなのに。
「――全力でも抜けんかッ!?」
ベネベネの顔が苦悶に歪む。追いつくどころか徐々にメイケイエールの背中が遠ざかる。
『その後を追ってベネベネ!』
小さくなっていく彼女の背中。成すすべなく悵恨の思いでそれを睨むばかり。
見えない手に背中をポンと押されたように、メイケイエールは更に加速して先頭へ。他の誰も、彼女を抜き去ることは叶わなかった。
『迫る後続を凌いでメイケイエール先頭! メイケイエール一着でゴールイン!』
結果はメイケイエールが一着。ベネベネ自身は五位で、辛くも掲示板入りを果たした。
「ふーっ……」
身体の中に湧き出たモノを、二酸化炭素と共に一気に吐き出す。レース結果が大型ビジョンに表示されると、スタンドが大きなどよめきに包まれた。
「まったく――」
道中は冷静さを欠きながらひたすらにペースを上げ、効率のよろしくない腕振りのフォーム。それでいて一瞬で後続を置き去りにする鋭い加速。
メイケイエールに対抗しようと息巻いていた気持ちは薄れ、不思議なほどに愉快な心境になりつつあった。まさに規格外。
大型ビジョンの着順とタイムを見て、ベネベネは半ば呆れながら吹き出した。
「ははっ――デタラメにもほどがあろうよ」
正確には、タイムの隣に燦然と輝くレコードの表示を。
『勝ちタイムは一分二十秒一、レコードです! メイケイエール、レコードタイムでの圧巻の勝利! デビューから無敗の三連勝を飾りました!』
メイケイエールはスタンドの声援に応えて手を振っている。レース中の荒れた様子とは打って変わって、いつもの淑やかな姿だった。
「エールさん、レコードおめでとう!」
ベネベネはメイケイエールに声をかけ、互いに抱き合って健闘を称えた。走り終えたばかりの彼女の身体はいまだ燃えるような熱を帯びていた。
「ありがとうございます。ベネさんも……」
「気ば遣わんでも私はどうにかの五位よ。さ、ウィナーズサークルで皆待っとるよ」
緑の舞台にて、河削トレーナーと報道陣が手ぐすね引いて勝者を待ち侘びている。レコードによる見事な勝利なだけに、インタビューもさぞかし力が入ったものになるだろう。
「はい! では、また後で……!」
メイケイエールを送り出し、小走りで向かっていく彼女に背を向け地下バ道に踵を返す。
しかし一度だけ振り返り、カメラに囲まれた姿へ静かに、しかしながら強い眼差しを向けた。
「――やられっぱなしは好きじゃなか。次は一泡吹かせてみするよ」
一度の負けでへこたれるほど軟ではない。再び愉しげに牙を剥いて笑い、ウイニングライブの準備で控室へ戻っていった。
ほころび
「お帰りなさい、ベネ――それにしても派手に負けたわね」
「おう。レコード叩き出されちゃ笑うしかなかよ」
ライブ後、阪神レース場から蜻蛉返りで寮に戻ったベネベネ。制服から着替えるのもそこそこにベッドに寝転ぶ。レースを中継で見ていたマシロは酷く淡白だったが、あれこれ言われずにむしろ助かった。
「にしても、エールさんは結構無茶するね」
「というと?」
「そりゃあ――」
仰向けの身体を椅子に腰掛けるマシロに向け、ベネベネはレースでのメイケイエールを語りだした。
その一方、河削とメイケイエールはまだ帰りの新幹線の車内にいた。現地でちょっとした祝勝会を開き、心身共に満足しての帰還。
相変わらず丁寧な受け答えをしたメイケイエールも流石に疲れたのか、健やかな寝息を立てて夢の中。そんな彼女の頭を優しく一撫でし、河削は大きく息をつく。しかしその顔はレコードで完璧な勝利を迎えたとはまるで見えないほどの浮かない表情だった。
メイケイエールが寝入っているのを見計らい、スマホでレースの動画を確認する。ゲートに収まってからゴールまでの一部始終を。
(……難しいなぁ)
動画を見終えると、額を指で抑えながら低い唸り声を上げた。
(前を目指そうってのは良いんだけどね……)
メイケイエールの強烈なまでの前進気勢。より前を目指そうとする気概に溢れているのは悪いことではない。しかし彼女の場合、ペース配分まるで無視の暴走状態に等しかった。
(トレーニングの時はそんなことないのに……本番ではトんじゃうタイプってことかねぇ)
今でこそ短距離レースが主であるものの、今後距離延長を見据えるとなると改善していかなければ。一定のペースで走って余力を残さないとスパートに入る前に力尽きてしまう。
そしてもう一つ。
(どうしても脇が開くなぁ……ベネベネちゃんとぶつかりそうだったし)
頭に血が上るからか、腕振りが途中から脇が開き気味になり、肘が外側へ出てしまう。走る力にロスが生じるだけでなく、不用意な接触が発生する恐れがある。
暴走もフォームの崩れもトレーニングでは見られなかった。あくまで本番のレース中でのみ。デビュー戦からその気は若干あったものの、レースを重ねるにつれて兆候が大きくなりつつある。
「――どうすっかねぇ」
前進気勢は言わば個性。下手に控えるようにさせて、結果持ち味が薄れてしまうことは避けたい。非常に難しい問題だった。
「……なにが、ですかぁ……?」
「ん? ううんなんでもないよ。東京まだ先だから、もうちょっと寝てて良いからね」
「えー? まさかひとりでたこやきをー……」
「うん、今新幹線だからね」
奇妙な違和感を覚えていたスタート部分だったが、寝ぼけ眼のメイケイエールの対応に追われるうちに失念してしまった。少なくとも、スタートの練習はしておくべきだろうと、その程度の認識だった。
「そう。エールが、ねぇ……」
ベネベネの話を聞いたマシロの反応はいたって冷静だった。
「うん……正直、隣で走るのはちょっと怖いね」
彼女のペースに合わせようとすれば間違いなく振り回されよう。フォームのことと良い、下手なマークでは自身が潰されかねない。
「ああ、後な。もう一つ……いや……うーむ……」
ベネベネが言い淀む。レース中に気になった、些細ながら大きな点。
「なに? 貴方が歯切れ悪いのは珍しいわね」
「確証なかけん、自信のうてね。私の思い違いかもしれん」
「構わないわ――話してみなさい」
「じゃあ、話半分で――」
ベネベネはマシロに話す。努めて冷静なマシロの顔色が、みるみるうちに動揺の色が濃くなる。椅子から前のめりになり、やがては立ち上がるほどに。
「まさか――冗談でしょう?」
「ほんの一瞬だったから確かめようがなか。もし本当だったら――」
「レースどころでは……それに、トレーナーが気づかない訳がないわ」
「やけん自信なかって言うたやろ」
マシロが口許を手で覆い、肺に溜まった重苦しい空気を吐き出す。少しばかり逡巡し、やがて首を横に振る。
「――見間違いよ。見間違いだわ」
「ああ。私もそう思うよ……よし、風呂入ってくる」
「――行ってらっしゃい」
ベネベネは勢いよく起き上がり、そのまま寮の風呂へ向かっていった。そして二人共、今日のことはそれ以上話そうとはしなかった。
次話は阪神ジュべナイルフィリーズ(前半)。
スポット登場として二名新規で登場します。