ナギサに許嫁がいた話 作:ナギサ様には曇らせが似合う
セイア様の口調、難しい…難しい…許して…
これ以上は無いです。
私のお兄ちゃんは、不思議な人だった。良く言えば、博愛主義者。悪く言えば、世間知らずの楽天家。パテル分派の家の生まれにも関わらず、ゲヘナに偏見や嫌悪は無く、むしろ仲良くなりたいと願う。そんな人だった。でも、私はそんなお兄ちゃんが好きだった。
お兄ちゃんが言うのなら、ゲヘナの角付きとも仲良く…は無理だけど、当たり障りなく付き合って行ける、そんな風に思ってた。
奴等にお兄ちゃんを殺されるまでは…
ティーパーティーにて
「エデン条約……トリニティ・ゲヘナ間の不可侵条約ね……正気?ふざけてるのかな?ねぇ?セイアちゃん…どうなの?答えなよ」
セイアちゃんの話を聞いて、思わず拳に力が入った。そんな私の様子を見てか、何時もの遠回しで胡乱な言い回しは成りを潜め、セイアちゃんにしては選んだような言葉が返ってくる。
「……勿論、ふざけてはいないよ、ミカ。昨日、連邦生徒会長より提案された条約だ」
「トリニティ・ゲヘナ間の緊張状態は高まりつつあり、いつ戦争が起こってもおかしくはない。実際、自治区の境界では小競り合いも増えている。私もそうだが、連邦生徒会もこれは由々しき問題だと認識した。そして、その解決の為にこの条約が提案されたのさ」
それを聞いて、わかってないなと、思わず嘲笑する。それを見たセイアちゃんは、少しムッとしたようだったが、何も返しては来なかった。
そして、嘲笑のままに続ける。
「あの野蛮な角付き共の事だよ?裏切られて、踏みにじられて…背中を刺されるに決まってる。奴等が卑劣で悪辣だって事は、
そう。どうせ、裏切られるに決まっている。
お兄ちゃんは奴等と手を取り合えると信じた。でも、その信用は、裏切られた。それも、最悪な形で。
だから奴等は、信用も信頼もできない。
「認める、認めない以前に既に決定事項だ。サンクトゥス分派は元より、フィリウス分派もこの条約に賛成している」
まさに寝耳に水だ。ちらりとフィリウス分派の代表であり、私と同じはずのナギちゃんを見やり、聞く。
「……なに、それ?どうなの?ナギちゃん」
「……これ以上のゲヘナとの衝突は、フィリウス分派としても看過できません。緊張緩和の為にも、条約を締結すべきだと判断しました」
嘘。いや、嘘ではない。けど、真実でもない。まだ隠してることがある。
「……それだけじゃないよね?」
「…エデン条約の締結は、あの人の夢の実現になると、そう考えました」
あの人?なんて小首を傾げるセイアちゃんを尻目に、深く溜息を吐きながら、ナギちゃんへと歩を進める。
私が近付いて行くと共にナギちゃんも椅子から腰を浮かせ始める。私がナギちゃんの下へついた頃には、ナギちゃんも立ち上がり、こちらを見据えていた。
私を見据えたまま、まんじりともしないナギちゃん見て、言い放つ。
「お兄ちゃんの仇と手を組もうなんて、ナギちゃんもお兄ちゃんを裏切るんだね☆」
瞬間、頬に痛みが走った。
目の前には、手を振り抜いたナギちゃんが居た。どうやら、平手打ちされたらしい。
「!!ナギサ!」
慌てたセイアちゃんの声が聞こえる。ナギちゃんが暴力に走る事はめったにないから、驚いたみたい。
そんなセイアちゃんを無視して、ナギちゃんは口を開く。
「……そう言うミカさんも、あの人の意思を、願いを裏切り、踏み躙るのですね」
その言葉を聞いて、完全に頭に血が昇った。
「あの卑怯卑劣な畜生共と、手を組む?一緒に平和を守る?──ふざけないで!?なんでよりにもよって、奴等と…お兄ちゃんを殺した奴等と組まないといけないの!?馬鹿にするのもいい加減にして…!!」
「馬鹿になどしていません。それに、あの人は手を取り合えると信じていました!それを、私が信じないでどうするのですか──私が、私だけでも信じていないと……じゃないと…じゃないとあの人も報われないではないですか…」
「報われない?報われないのはナギちゃんの方でしょ?いい加減認めたら?お兄ちゃんの夢は所詮、妄想だったんだよ!!現実はそんなに甘くないだよ!!いつまでもそんなのに縋って無いで、現実を見なよ!!」
「妄…想?───今、あの人の夢を妄想と言いましたね?そう言うミカさん、貴女はどうなんですか?ゲヘナを、何時までも悪の巣窟だと、思い込もうしている貴女こそ、都合の良い妄想に縋っているんじゃないですか?いい加減、現実を見るのは貴女の方じゃないんですか!?」
「言ったね?」
「えぇ言いましたとも」
「ふ、2人とも、いったん落ち着いて…」
『
その怒号を最後に、ヒートアップしていた場が冷めてゆく。目の前には、息を切らしたナギちゃん。
これ以上続けても埒が明かない。ただ、怒りと疲労が積み重なるだけだ。そう判断する。
「………とにかく私は、パテル分派は、エデン条約なんて絶対に認めないから」
私はそう言い残して、退出した。
自室にて、独り考える。
連邦生徒会長…あの蛇、ナギサちゃんとセイアちゃんを誑かして……どうしてくれる…?いや、それよりも今は、条約の阻止が先決か…。どうしたらいい?どうしたら、阻止できる?
クーデターでも起こす…?でも、パテルだけじゃ無理。すぐに抑え込まれる。
だからといって、サンクトゥスは論外、フィリウスも無理で、正義実現委員会も同じ。
シスターフッドは政治には関わらないし、仮に関わってきたとしても、味方にはならない。そもそも、歌住サクラコは胡散臭くて信用できない。背中を刺されるのはゴメンだ。
ヨハネと救護騎士団は、蒼森ミネの方針的に賛成寄りの中立だろうし、こちらも味方にはならない。
無所属を抱き込むのも厳しいだろう。そもそも、クーデターに参加する気概があるなら、無所属じゃない。
他の雑多な派閥は、抱き込んだ所で盾になるかすら怪しい。
ダメだ、詰んでいる。考えれば考える程に、詰んだ現状が理解できる。でも、あんなふざけた条約は認められない。
だから、考える。考える。考える。
そうやって、考えを巡らせている内にふと閃いた。
アリウスだ、アリウスを使おう。
まだ数回しか会っていないけど、アリウス生はかなり鍛えられていた。それこそ、
協力を得られれば、大きな戦力になる。
それに分裂したとは言え、アリウスも元はトリニティ。角付き共は憎いはずで、きっと協力してくれる。
まず、アリウス生を何人かトリニティに引き入れ、セイアちゃんを襲撃してもらおう。別に殺すわけじゃない。少し脅かして、監禁するだけ。
次に、ナギちゃんも同じ様に監禁する。そうしたら、晴れて私はティーパーティーのホストになれる。
後は、邪魔なサンクトゥス分派やフィリウス分派の生徒達をティーパーティーから排除して、そこにパテル分派の生徒やアリウス生を充てがおう。
そうやって全ての準備が整ったら、あの憎きゲヘナに奇襲をかけよう。
羽沼マコトと空崎ヒナを吊るし首にしよう。
連中を一人ずつ、殺して回ろう。
ゲヘナの全てを破壊し、燃やし尽くして、焦土にしよう。
罪には罰を。
奴等の罪は、奴等自身の血によってのみ贖える。
そうとなれば、早速準備をしなくてはいけない。
あぁやる事がたくさんある。
でも、今はそれが楽しくて愉しくて仕方がないと、自然と頬が吊り上がる。
「待っててね、お兄ちゃん。もうすぐ、奴等に償わせるから」
あぁ私は今、
ミカ様のゲヘナへの増悪は、半分八つ当たりに近いです。
本来、増悪を向けるべき相手はもう既に矯正局入りしているので、その矛先をゲヘナへ向けているに過ぎません。
その事は、ミカ様自身も薄々気が付いています。必死に目を逸らしているだけで。
セイア様は、聖園■■■の事件についてはよく知りません。ちょろっと話を聞いた事あるな程度です。ですが、ミカ様がゲヘナを異様に嫌っている事は知っています。ですのでまず、ナギサ様とだけでエデン条約について話し合い、半ば既成事実を作りました。