たぶん、ヴィランが親らしいが。それはそれとしてヒーローの子どもの方が気苦労が多い。   作:幽 

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評価、感想ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

次で終わります。めっちゃ長くなってもうた。

何か、こういったの読みたいとかありましたら、ここにくだされば。何か、アンケートというか、興味です。
https://odaibako.net/u/kasuka_770


トラウマ ③

 

 

(ああ、こんな時に!)

 

108は目の前に現れた、己の保護者という男の存在に頭を抱えたくなった。

 

 

その日、108は夜中に目を覚ました。というのも、理由は簡単でただ単にトイレに起きたのだ。

寝る前にトイレに行っておけばよかったのだろうが、残念ながら108にそんな習慣など存在しない。

 

(・・・トイレって、ないか。)

 

自分のいた、それこそ独房といえたそこは基本的にトイレの時間が決まっていた。

それ以外でトイレに行きたい場合はどうするのか?

答えはなんてことない、おまるがあってそこにしていた。

 

(トイレぐらい部屋に作れば。いいや、個性の起点になるものはできるだけ少なくしたかったろうし。私たちを管理できる範囲はできるだけ広げたかったのか。)

 

ぼんやりとそこまで考えて、なにやら限界を感じ始めた膀胱の気配に108は立ち上がった。昼間に散々に構い倒されたせいでぐったりする。

 

(この家の人間は、善良すぎるというか。あそこまでかまってこなくてもいいのに。)

 

そんなことを考えて、そっとふすまを開けようとした。けれど、108がふすまを開けることはなかった。

早く、開けなくてはいけない。そうだ、部屋を出て、トイレに行けば、いいのに。

けれど、体は動かない。

彼女の手は、一つの事実で止まってしまう。

 

部屋から出ることは、禁じられている。

 

それだけで、108の思考は止まってしまっていた。

 

 

 

轟炎司はため息を吐きたくなった。何せ、おねしょだ。

やらかされたというのだろうか、できれば親としては夜には出会いたくない事実だろう。

 

(実年齢はわからんが、これぐらいの子どもならあり得るか。)

 

炎司はともかく、子どもの濡れているだろう衣服の処理などを考える。

妻がしばらくの転夜が使いそうな衣服などは用意して、客間の隅に置かれた小さなタンスに放り込まれているはずだ。

炎司は部屋の明かりを付けて、暗がりになれた目を幾度か瞬きさせた。そうすれば、どうも、布団から出たものの間に合わなかったのか畳の上にできた水たまりの上に立った転夜を認識できた。

臭ってくるアンモニアの臭いで全てが察せられる。

 

(ともかく風呂に入れるか。)

 

これでも長男や長女の世話のおかげでこういったときの処理は慣れている。特に、燈矢は父親にべったりだったせいで共に寝ているときにやらかしたこともあるのだ。

炎司はそのまま108に手を伸ばした。

 

「転夜・・・・」

 

風呂に入るとぞ、そう言おうとしたとき。

108は尿の上であることなど気にもせずに、その場に蹲った。

 

「おい!」

 

不衛生だろうと呆れて声を荒げた。けれど、108の様子に炎司は動きを止めた。

 

その幼子は、自分がどこにいるのかなど気にもとめずに、その場に蹲り、がたがたと震え始めた。

頭を手で守るように庇い、かすかに、何かを言っていた。

それが、何と言っているのか、耳を澄ませてようやく理解した。

 

ごめんなさい、と。

 

子どもは、ただ、震えて、排泄物の中だろうと気にもとめずに頭を庇い、縮こまり、そうして、赦しを請うている。

己に伸ばされたその手を、何よりも、恐れて。

 

その仕草に、炎司は理解する。

その子どもは、粗相によって自分に襲ってくるだろう暴力に怯えているのだ。

 

炎司はそれに、かすかな動揺が浮んでくる。

 

子どもは、いつだって何かを恐れるなんてことをした覚えはなかった。

自分の怒りにも、当たり前のように繰り出される暴力性にも、それは怯えることはなく真っ向から立ち向かってくる。

静かな、老いた目を、覚えていて。

故に、己に振われる暴力に怯えるその様に炎司は動揺した。

あまりにも、その様子は、男の知っていた少女とはかけ離れていた。

 

炎司はそれに思わず後ずさった。

己に怯える子ども、あまりにも普段とは違いすぎる子ども。子どもが、泣いて、ごめんなさいと言っている。

 

その声は、どこか、いつかの、子どもたちに、似ていて。

自分に怯え、責め、憎む、子どもの泣き声と。

 

己を見てと言われて目をそらした。

関わりさえもせず己を怯えてみる目を無視した。

自分を憎むそれを気にもとめなかった。

非難する目を無理矢理にねじ伏せた。

 

何故だろうか、今、蹲って震える子どもがどんな目をしているのか。

どんな目で、自分を見てくるのか。

知りたくないと、そう、思ってしまった。はじかれるように手を離し、後ずさる。

ごめんなさいと、泣く子供。

思い出すのは、泣いている己の子どもたち。

(冷に、任せて・・・・)

 

己は触れてはいけない。泣いている子供、傷ついている子ども、触れては、きっと、いけないと。

子どもが興味を惹かれている冷ならば、きっと、ずっと、いいはずだと。

そう、思ったのに。

なのに。

 

「・・・・いよお。」

 

少女の、泣き声が。

 

「こわいよぉ・・・・・」

 

か細い、助けを求める声に、我に返った。

震える子ども、何かを怖がる子ども。

 

(違う。)

 

少なくとも、自分はその子どもを傷つける気はない。助けを求める子どもが、ここに、いる。

エンデヴァーは、子どもの近くにそろりと近寄り、そうして跪いた。己の近くに来た存在に子どもは怯えて震える。

エンデヴァーは、そっと、子どもの背を撫でた。一段と震える冷たい体にエンデヴァーは何を言えばいいのかわからない。

子どもを慰めた事なんてない。恐怖に震える子どもを向き合った事なんてない。

 

(俺は・・・・・)

 

フラッシュバックする、子どもたちと妻の怯えた顔。

ずっと、自分は目をそらして来たから。

口を開いて、迷うように息を吐いて、そうして、怯えるその様に言葉が自然と漏れ出た。

 

「・・・・・怒っていないよ。」

 

ゆっくりと、穏やかに、エンデヴァーはその子どもの体に手を伸ばした。

蹲った形の子どもの腹に手を滑り込ませ、持ち上げる。それに子どもの体は余計に震えた。

 

轟炎司は子どもの尻辺りに片手を添えて自分に胸に背を預けさせた。服がじっとりと濡れる感触はあったが気にはならなかった。

向かいあうことはできなかった。けれど、温かな手で子どもの腹を撫でながら、できるだけ静かに、今まで散々に少女に言われた、柔らかな声を出した。

 

「怒っていない。」

 

それに子どもは何も言わない。けれど、少しだけ震えが収まった気がした。

 

「・・・・汚れてしまっただろう。だから、キレイにするぞ。」

 

 

炎司は子どもの着替えを出して、そのまま風呂に連れて行った。

さすがに湯船にお湯を溜めるのは時間がかかるとシャワーだけですませることにした。排泄物で汚れた衣服を脱がせて洗面所に放り投げた。

そうして、裸になった108を抱えて風呂場に向かう。108は自ら動こうとせずにじっと炎司のことを伺っている。

シャワーから勢いよく出るお湯に108はびくりと体を震わせた。

 

(なんでだ!?)

 

炎司は慌てる。抱えようと、服を脱がせようと、怯えた様子などなかったのに何故かシャワーで怯えられる意味がわからなかった。

 

(・・・・子どもが怯えるとき。)

 

それを考えると、やはり、苦い記憶が浮んでくる。そうして、炎司は小さく息を吐くと、湯気の出るシャワーを触った。

 

「温かいだけだ。触ってみなさい。」

 

その言葉に子どもは自分のことをじっと見つめる。それに不思議な気持ちになる。その目は、どこか、いつも見ているあの瞳でないように見えた。

いつもの、濡れたような、子犬のようにキラキラ光る目ではない。まるで、霧でもかかったかのように光の宿らないがらんどうの瞳。

炎司はそれに、ああと思う。

これは、今まで自分に生意気な口を利いていた子どもではなく。

 

108は恐る恐る、お湯に触れた。そうして、少しだけ顔を緩めた。

 

「・・・あったかい。」

「そうだ、ただのお湯だ。これで汚れを洗うだけだ。」

 

そう言えば、子どもは小さく頷き、了承した。

 

子どもの体を一通り洗い、そうして、新しい服を着せた。エンデヴァーはその服に度肝を抜かれた。適当に肌触りのよさそうなものを持ってきたと思ったが、それは驚くことに自分をモチーフとしたパジャマだ。

 

おそらく、この世の親御さんがお世話になる可能性の高い、光るパジャマである。

 

(まだ残ってたのか、これが!?)

 

幼い頃の燈矢が消し炭になる勢いで着倒していたパジャマの存在は未だに炎司の中にもしっかりと刻まれている

いや、どう見ても真新しい様子からして、もしかしたら試作品として贈られてくる物の中にあったものを冷が引っ張り出してきた可能性も考える。

子どもは不思議そうに着せられたものの裾をいじっている。炎司はそれを横目に、急いで子どもが粗相した衣服を洗いながら、ふと思い立ったことに冷や汗を流していた。

 

(・・・俺はこいつの裸を見、おまけに股まで洗ったが大丈夫なのか!?)

 

コンプラだとか、セクハラだとか、そんなことが頭の中を駆け巡る。

 

(・・・・記憶は残らないらしいが。いや、言っても幼児だぞ!?いや、それよりも、俺は燈矢に殺されないか!?)

 

そんなことが頭の中をぐらぐらと考え、手洗いを済ませたそれは一旦籠に入れておく。

 

ともかく子どもを床につかせようと炎司は子どもの方に振り返った。そうして、先ほどのことを思い出して子どもと視線を合わせるように屈み込んだ。

 

「転夜、もう寝るぞ。」

「・・・・怒っていないの?」

 

か細い声を子どもは出した。それに炎司は何か、とても、ひどく、悲しくなった。悲しくなって、ぎこちなく笑みを浮かべた。

 

「怒っていない。」

「なぜ?」

「怒る理由がないだろう。お前ぐらいの子どもは粗相をする。寝る前に、トイレに促さなかった俺たちの責任だ。お前だってしたくてしたわけじゃないだろう?」

 

それに子どもは視線を床にそらしてこくりと頷いた。

 

「だが、そうだな。どうして、トイレにいかなかったんだ?一人ではできないか?」

「できる。でも、部屋の外に、出るのは、禁止、されている。」

 

言葉がたどたどしいといえども、しっかりとした文脈で子どもは答える。それに炎司はもう少し、子どもの状態を聞けばよかったと後悔した。

 

「そうか、今度から部屋の外には自由に出ても構わない。ほら、もう寝るぞ。」

 

炎司はそう言って子どもの脇に手を滑り込ませて抱き上げた。子どもは不思議そうな顔をしてされるがままになる。

そのまま胸に抱いて、部屋に連れて行き、無事だった布団の上に降ろそうとした。けれど、子どもは炎司の服を掴んだままだ。

力は弱い、それこそすぐに手を解くこともできただろう。けれど、炎司はそれに思うところがあった。

 

「・・・一緒に寝るか?」

 

それに子どもは伺うように炎司を見たあと、かすかに、本当にかすかにこくりと頷いた。

それに炎司は了承し、客間の片付けをした後子ども用の小さな布団を抱えて寝室に戻る。

 

(・・・・潰しは、しないはず。)

 

炎司は自分の寝相がいいことをにほっと安堵の息を吐いた。

 

 

 

「・・・・お前ら、なにしとるんだ。」

「あ、お父さん!」

 

帰宅した炎司が居間に入れば、そこには子どもたちが円になるように集まっていた。炎司のそれに子どもたち全員の視線が集まる。

 

「・・・・なんだこれは。」

「えー!可愛いでしょ!」

 

そう言った娘はどこかるんるんとした口調で炎司に答えた。燈矢の膝の上に、鏡餅のきぐるみのようなものを着せられた108の姿があった。

 

 

「・・・・しかめっ面でどうしたの?」

「・・・・転夜のやつ、子供らのおもちゃになってないか?」

 

その言葉に冷は108の格好を思い出したのか、ああと苦笑した。

おねしょの一件の後、無口で大人しい子どもになった。促せば行動はするものの、殆ど動かずに周りを伺う、それこそ置物のような子どもだった。

その様子に、子どもは慌てて病院に連れて行かれた。元々、個性で子どもになったこともあり、検査の予定があったたため丁度良かった。

身体面では特別事情はない、ただ、栄養失調気味ではあるとのことだ。そうして、最終的に連れて行かれたのは、子どもの心理関係、元々世話になっていた精神科の医者だった。

 

医者曰く、だ。

 

「あの子の、幼児期が、これですか。」

「・・・・いったい、どんな状態ですか?」

「養育状況の事を考えれば、ですが。以前、お話ししましたかね。子どもは、反応がなければ泣くことも止めると。それと同様に、あの子はおそらく他者へのコミュニケーションを極端に取られずにいたため、というのが一番でしょう。抑圧があった故に、殻に閉じこもってしまっている。」

「・・・・あの子の、その、俗に言うと二重人格のような?」

「話を聞く限りは。環境から考えれば当然ですね。当人ができないことを他の人格が習得している例は多くありますので。」

「今後はどうすれば?」

「彼女の反応として、おそらく、ある程度の信頼は持っているようなので。このまま、できるだけ構って信頼関係を築いた方がいいですね。ただ、もしも、個性が解除されたら、分裂した人格については、もう一度調べた方がいいですね。」

 

経過観察とのことで、轟邸に帰ってきた108ではあるが、特別面倒を起すことなく過ごしている。

何せ、子どもは特に何かをしたがることはない。

幸いなことに、学校は丁度長期休みに入ったことだろう。そのせいで、子どもたちは家におり、せっせと108に構うことになった。

 

特に、燈矢は108のことを可愛がり、暇さえあれば抱っこしている。108は抱っこされるのは好きなようで大人しくその腕に抱かれている。

時折、にっこりと笑うこともあり、燈矢のスマホのフォルダのデータ容量を圧迫しているようだ。

 

「転夜ちゃん、着せ替え人形になってるものね。エンデヴァーのなりきりパジャマとか、燈矢が着せてるから。」

「あいつも拒否せんからな。だからといって、なんだ、あの餅は・・・・」

「でも、可愛いのはかわいいから。」

(そういえば、転夜の笑い方が何かに似ていると、なんだ、あの、小さく、可愛い?みたいな名前の、あれは・・・・)

 

なんてことを考えていた炎司に冷は苦笑交じりにお茶を注いだ。時間は丁度深夜だ。仕事が終わって、少々遅くなったのだ。

普段は寝ているように言っている冷は起きており、夜食の用意をしてくれた。そう言った時間は基本的に炎司が冷から家であったことを聞く時間になっている。

子どもたちはすでに寝てしまっている。

 

「でも、あの子を連れて外に出ると、燈矢のことを思い出すわ。」

「ああ・・・・」

 

普段は男子小学生の名前をほしいままにしている少女であるが、それはそれとして見目は整っていた。そんな存在が子どもになれば、それは目を引くものだ。

道行く人間が赤ん坊に目を引かれるのを見ると、赤ん坊だった頃の燈矢を連れていたときのことを思い出す。

 

「オールマイトさんも喜んでたんでしょ?」

「仕事が終わらんと嘆いていた。」

 

もちろん、世話をしていた少女の珍事にオールマイトは食いついた。一応は知らせておくかという炎司の想像通りだった。

心配は心配なのだろうが、それと同時に絶対可愛いだろう少女に構いたいという感情も透けて見えた。

けれど、悲しいかな。

どうも、長期間必要な仕事で当分帰って来れないと嘆く男に呆れながら、炎司は武士の情けといやいやではあるが、オールマイトのなりきりパジャマを着た少女の画像を送ってやったのだ。

 

オールマイトは嬉しがった、ひどく、それはそれは嬉しがった。その嬉しがりに炎司は引いた。

サー・ナイトアイもどうしても時間が空かないらしく当分は無理だとのことで、同じように画像を送って感謝された。

 

「転夜ちゃんの検査、結局別の病院に頼んだの?」

「ああ、なんでも、見識の広い医者がいると。」

「ええっと、名前が、がら・・・・」

「冷・・・・」

 

そんな会話をしていると、ふと、まるで思い立ったかのように炎司が口を開きそれを遮る。冷は不思議そうな顔をしていたが、炎司は視線を下に向けているせいで見えていない。

 

「・・・・お前は、俺と離婚することについてどう思う?」

 

放り投げたその言葉の先の女の顔を、炎司は見ていなかった。

 

 

 

108と過ごすようになってわかったことは幾つかある。そうして、明らかに子どもらしからぬものがあった。

例えば、幼児言葉、わんわんが犬を、にゃーにゃーが猫を表すことを理解できていないのだとか、オノマトペについてもわかっていないこと、食器の使い方を理解していないことなど。

 

そのくせ、話をするときの文脈や言葉選びは明らかに大人で、幼いときの扱われ方がどんなものか明確に表していた。

 

そうして、何よりもだ。

子どもは、誰かに頭を触られるような仕草をするとき、体を震わせた。それがどんな意味を持つのか、炎司にだって理解できた。

 

それは、子どもが頭を撫でられた事なんてなくて、散々に暴力に晒されていたことを表しているのだと。

小さな体だ。

炎司が頑張れば、両手で包んでしまえるほどに小さな体で、それはどれだけ手ひどく扱われていたのだろうか。

自分がすれば、殴り殺せてしまうほどに小さな体で、それは。

 

そんなことを考えて、炎司は改めて自分がしてきたことを直視した。

自分が、末っ子にどんなことをしてきたのか。

それを、改めて直視したのだ。

目の前の女のことを考える。

華奢で、そうして、小さな体だ。個性を使わなくても殺すことなんて容易い、そんな女に自分が何をしたのか。

 

108と、管理番号しか存在しなかった子どもの人生を考えて、そうして、ふと炎司は己がしたことを改めて再認識したのだ。

 

自分が、どんなことをしたのか。

燈矢が泣いている顔も、冬美と夏御が怯えている様も、冷の苦痛に歪んだ顔も、焦凍の、憎悪に塗れた目も。

轟炎司は覚えている。

 

あの子は、うちにいるよりも専門機関で治療を受けるなどをした方がいいのではないか。

 

子どもの精神面について炎司は、担当していた精神科の医者に問いかけた。

それに医者は首を横に振った。

 

「いいですか、あの子が轟さんのところで生活するようになって夜泣きをするようになったのは、それは轟さんのおうちがあの子にとって安心できる、信頼できる人である証です。入院は、確かに療育や、精神面でのケアはすることはできます。ですが、病院では愛を与えてあげることはできないんです。」

 

愛と、言われたとき、炎司は心底困惑した。愛などと、きっと、轟炎司にはあまりにも遠いものだった。隣で医者の話を聞いていた冷が口を開く。

 

「・・・・あの子にとって、私たちの元は良い場所でしょうか?」

「お話を聞く限り、抱っこを求める仕草はするのですよね?」

「ええ、それは。」

 

少女は特別何かをしたがるようなことはないが、唯一、他者に腕を伸ばして抱っこをねだるときがある。もちろん、冷も炎司もいつも抱っこができるわけではないが、すでに十分に体格の育った燈矢が嬉々として抱き上げるので満足しているようだ。

誰もいないときは、燈矢に渡されたエンデヴァーぬいぐるみの端をおしゃぶりのごとくしゃぶっている。

冷が苦笑交じりに洗濯しているのを炎司も見ている。

 

「あの子が暴力を受けたのは確かです。ですが、それをあっても誰かとまだ接触を求める、甘えているだけで十分にあの子は愛を与えられているという自覚を持っていると思いますよ。」

 

いいですか、轟さん。親から子への愛ではなく、子から親に向ける愛こそが無償の愛なのです。子どもは、親に愛されたいと思わずにはいられません。それを断ち切るのは、それ相応の覚悟と痛みが必要なんですよ。

 

 

そんな言葉を聞いて、炎司は、考えるのだ。

散々な地獄のような目に会った子ども、今まで愛されたことしか無いような振る舞いしかしなかった少女の痛みに怒りを覚えると同時に、男は、自分の罪について考えたのだ。

 

「・・・・もちろん、子どもたちの親権についてはお前でいい。不自由しないように生活も整える、だから。」

「あなた。」

「燈矢については、本人の意思を聞いたほうがいいだろうが。」

「あなた!」

 

荒げられた妻の声に炎司は話すのを止めた。じっと、机に視線は向けたままだ。

 

「・・・・こっちを見てください。」

 

それに炎司は、鉛を飲み込んだような気分で顔を上げた。そこには、ひどく、あきれかえったような、子どもを叱るときのような顔をした冷がいた。

 

「どうして、そんなことを考えたんですか?」

「・・・・俺は、お前や子どもたちを、手ひどく扱った。」

 

元々、あやふやなままになっていたのだ。

転夜というイレギュラーが家庭内をかき回し、炎司の髭を引きちぎった結果、家の中はひどく安定した。

けれど、炎司は、改めて子どもたちに、冷に、はっきりと謝っていなかった。

改めて、考える、赦されてはいけないことをしたのだと。

 

「普通に考えれば、そうするのが順当のはずだろう。俺は、いい父親ではなかった。いい、夫でもなかった。お前も、俺のことを赦せないだろう。」

 

苦み走った言葉を吐き捨てて、炎司は改めて机に視線を降ろした。それに、冷は小さく息を吐き、そうして、炎司の手に己の手を重ねた。

冷たい、けれど、心地の良い温度だった。

 

「・・・・顔を上げてください。」

 

その言葉に炎司はのろのろと顔を上げた。そこには少しだけ厳しい表情を浮かべた妻がいた。

 

「・・・・あの時、怒りはありましたよ。燈矢のことから目をそらして、逃げるあなたを恨んだわ。でも、赦せるかという話をするのなら、私だって同罪よ。」

「お前はただの被害者だ。」

「いいえ、本当に子どもたちを助けたいのなら、虐待の証拠を使って離婚するぐらいのことをしなければならなかった。けれど、私はしなかった。それが答えです。」

 

炎司は違うだろうと言葉を重ねようとしたけれど、冷の静かな目に黙り込んだ。

 

「・・・私は、あなたとの結婚の条件を承知していました。その時点で、私とあなたは共犯者よ。ねえ、あなた。先生の言葉を覚えている?子どもは、親を愛さずにはいられないって。」

「ああ。」

「夏雄や冬美、そうして、焦凍がね、あなたの話をとても楽しそうにするの。他愛もないことでも、あなたの活躍だって楽しそうに見ててね。あの子たちは、あんなことがあっても、あなたに愛されたいのよ。」

 

子どもたちにとって、父親とは負の感情が特に強い存在だった。燈矢は苛立ち、冬美は嘆き、焦凍は怒り、そうして、夏雄は空しそうだった。

子どもたちでも、炎司の変わりように不信感を持っていたのは夏雄だろう。

ある程度自意識がしっかりしてなお、彼は炎司に構って貰う機会はほとんどなかった。

 

変わった理由がわかりやすく明示されているが故に、それでも、変わらないとふてくされていたのを冷は知っている。

転夜という少女から聞いたことがあった。

けれど、それでも、子どもたちは炎司が関わってくる時間が長引けば、だんだんとそれを嬉しがるようになった。

 

「・・・・あなたがひどいことをしたのは事実よ。でも、それでもね、あなたは変わったわ。変わって、向き合えたの。だから、もう一度だけ、家族としてやり直したいと願うのはいけないこと?」

 

知っている、冷は、知っている。

男は変わった。

一人の少女の叱咤と、願いと、そうして物理的な諸諸で。それを、冷は見てきた。家族だってそれを理解している。

確かに離れるのも一つの選択肢としては存在する。けれど、それでも、変わった父親の在り方にこのままであることだって選択肢の一つだ。

 

「あなたは、私たちと離れたい?」

 

その問いかけに、炎司は力なく首を振る。そうして、自分に手に重なった、その冷たい手を握り返した。

そうして、机に視線を降ろして、か細い声で囁いた。

 

「・・・・冷。すまなかった。」

 

か細いその声に、冷は、そっと男の背中を開いていた片手で撫でた。夫にとって、その言葉がどんなものか女には理解できていたから。

 

 

 

「・・・・・転夜、それは誰だ?」

「・・・・・お姉ちゃん、と、兄ちゃん。」

 

冷と話をした後、炎司は少しだけ落ち着いた。腹の中でくすぶる何かはそのままであれど、ある程度飲み下す決断をした。

 

そうして、108が子どもになって数日経ってなお、未だに個性が解除される見込みはない。

その日は、珍しく、子どもたちの内、焦凍しか家にいない日だった。

108は自ら自主的に動くことはしなかったが、段々と周りに興味を持つようになり、遊ぶという仕草をするようになった。

その日も、理解できていなかった、絵を描くということをしていた。

転夜が座っている横には、炎司が座り、それを眺めていた。焦凍はというと昼寝の真っ最中で驚異的な寝相の悪さで部屋中を縦横無尽に転がっている。

炎司は一種の諦めでそれを放置している。何かにぶつかりそうになったら止めようと、それだけを考えて。

 

そんなとき、初めておそらく、人の絵を描いていた108のそれに炎司は気づいた。

髪の色からして、おそらくは冷か、燈矢であろうと思っていたが、ふと気づく。

その瞳が、緑色であることに。

転夜という少女が語る、誰かの話に緑の瞳の存在などいただろうかと炎司は考えた。

 

炎司の問いかけに、108はじいっと見返す。その子どもはそんな仕草をよくした。

子どもは炎司に特別甘えると言うことはしなかったが、じいっと不思議そうに見つめてくることはたたあった。

 

そうして、返ってきた答えに炎司は困惑する。

 

「姉、や兄がいたのか?」

 

それに108は考えるような仕草をする。おそらく、文章を組み立てているのだろう。

 

「・・・・施設では、ときどき、他の管理番号と、組みます。そうして、行動を、共にさせます。」

 

何故、と問いかけたおそらく子どもは知らないだろうと察して黙り込む。そうして、108は少しだけ口をつぐみ、炎司に言った。

 

「訓練、しませんか?」

「・・・・前も言ったが、管理している側の方針が変わった。訓練はなくなったんだ。」

 

表に出てきているらしい主人格らしい少女が理解しやすいだろう建前を口にすれば、108は明らかにしょげる。

炎司は疑問に思う。子どもにとって、訓練とは、苦痛だろうことは108の以前の様子から察していた。なのに、子どもの彼女は何故、そんなことを思うのか。

子どものトラウマの解除条件が訓練であるのならば、最初に雄英高校で暴れたときに解除されてもおかしくはないはずだ。

そうでないのなら。

炎司は、その理由に、個性解除の願望があるような気がした。

 

「どうして、そんなに訓練がしたいんだ?」

「・・・・おじさんには、おとうさん、いる?」

 

出鼻をくじかれるような気分だった。それに、子どもはたたみかけた。

 

「おじさんも、お父さんのために、あの子と訓練しているのでは?」

 

訓練というのが、稽古を意味していると察して、炎司は口の中に広がる苦みに歯を食いしばった。

 

「・・・・いいや、俺が訓練をしているのは、自分のためだ。父は、俺が個性を鍛えるのには反対していた。」

「?なら、どうしてするんですか?」

「・・・・習慣だ。父は、優しい人だったが。祖父母は厳しい人たちでな。個性の暴走を、母の死のせいで、特に嫌ってな。結果を出さなければ、それこそ。いいや、俺のことはいい。」

 

炎司は何かを振り払うように軽く首を振る。そうして、108を見た。

嫌な、予感がした。

 

「お前は、お父さんのために、訓練をしているのか?」

 

その言葉に、108は少しだけはにかむように笑った。とても、子どもらしい、愛らしいものだった。けれど、炎司は自分の背を冷たい汗が流れ落ちていく感覚だった。

 

「・・・・施設の、大人の人が、言ってました。」

 

笑う、笑う、子どもが笑う。

 

「訓練で、いい、成績。個性を、鍛えられたら。」

 

施設にいた人間達が、どれだけひどい嘘を吹き込んでいたのか。

 

「おとうさんが、迎えに、きてくれるって。」

 

子どもが、これ以上ないほど、嬉しそうに笑うから。だから、炎司は理解する。子どもの、個性解除のトリガーになった願いがなんなのか。

その地獄にいた子どもが、きっと、日々を生きるために、必死に抱えた希望が、なんなのか。

 

「お姉ちゃんも、兄ちゃんも、お迎えが決まったんだって、聞きました。一緒に、迎えに来て欲しいから。」

だから、訓練を、たくさんしたいです。

 

その子どもは、己を地獄に突き落とした父親からの迎えをずっと待ち続けているのだと。

 





・・・・・おっちゃんの誕生日祝いのSNS用の写真どうするべ?
いつも通りお父さんの一枚写真は?
いや、エンデヴァーの誕生日で、本人の写真っておかしくない?
他人が祝ってる感のある写真がいいってこと?
そうそう、ホークスなんかない?
そうやねえ。なら、こういうのは?

エンデヴァー君、エンデヴァー君!これなに!?可愛いんだけど!?
何を騒いでる!?五月蠅いぞ、オールマイト!
コレ見てよ!君の誕生日の時のSNSの投稿!すごい拡散だったんだから!知らないの?
興味ない!何を騒いでいるんだ・・・・

投稿内容
今日はエンデヴァーの誕生日!若手からのお祝いです!みなさんもどうぞ、よき一日を!
画像内容
ホークスの赤い羽根を口ひげに見立てて、口元に付けている、腰に手を当てて尊大に見える姿勢のホークスとアシストとブルーフレイムの画像


ほら!かわいいよね!私もこういうの撮って欲しいな!
・・・・こんなことをしているならヴィランの一人でも捕まえろというのに。


その時、オールマイトはしっかりとエンデヴァーがその画像を保存しているを目撃した。けれど、彼の性格的に指摘すればものすごいめんどくさいことを理解してお口にチャックをした。


後日、オールマイトの誕生日には、ホークスの羽根を黄色く塗り、額にVの字に見えるようにひっつけた三人の写真が投稿された。




以前、後書きにあった転夜の異母兄、本編に出そうか、それとも番外編に置いておこうか悩んでおりまして。参考程度に知りたいです。

  • 二次創作だし、いいんじゃない!
  • 一周回って見たい!
  • 番外編で留めておけば?
  • いっそ、兄弟増やそう!
  • どっちでも
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