たぶん、ヴィランが親らしいが。それはそれとしてヒーローの子どもの方が気苦労が多い。   作:幽 

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評価、感想ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

次で終わります。風邪でダウンしてまして、お待たせして済みません。次から死穢八斎會の辺りです。

何か、こういったの読みたいとかありましたら、ここにくだされば。何か、アンケートというか、興味です。
https://odaibako.net/u/kasuka_770


トラウマ ④

 

それは、一目見ただけで、悍ましい生き物であると理解できた。

口元にべったりとついた血が、それを表していた。

まるで、獣そのものであると。

 

 

 

 

その日、轟焦凍はうきうきしながら食卓に向かっていた。

 

「転夜姉、ほら、あーん。」

 

小さなスプーンを自分よりもずっと小さい少女に差し出した。それに自分の兄姉と母がぐっと唾を飲み込む。

焦凍の視線の先、そこには自分よりも幼い少女がきょとんとした顔をしていた。そうして、スプーンをじっと見た後、口を開いた。

それにスプーンを差し込めば、108はもむもむと咀嚼する。

 

「おいしい?」

 

それに108ははにかむように淡く笑った。それに焦凍は同じようににっこりと笑った。

 

 

お姉ちゃんが小さくなった。

それに焦凍は、だめなのかもしれないけれど、と一旦考えてしまうけれど、嬉しかった。

何せ、帰ってきた姉貴分は焦凍よりもずっと小さいのだ。

ただ、帰ってきた当初は焦凍よりもしっかりしていて、転夜姉はすごいなあと思っていた。

けれど、次の日には焦凍よりもずっと小さな子になっていた。

焦凍はそれが、だめだと思っていても嬉しく思ってしまった。

 

何せ、焦凍はこの家で一番の末っ子なのだ。

兄や姉が可愛がってくれるのは嬉しいけれど、それはそれとしてお兄ちゃんぶりたいという思いは存在していた。

そんなときに現れた、小さくなってしまった姉貴分は焦凍のお兄ちゃん心をくすぐった。

 

小さな姉貴分はとても素直だった。焦凍がおいでと言えばとてとてと付いてきてくれるし、抱っこしようが何をされようがされるがままだ。

にこっとすれば、控えめであれど、微笑み返してくれる。

 

なによりも、だ。

 

「しょーとお兄ちゃん?」

 

お兄ちゃん!

焦凍の胸には、なんとも言えないときめきが訪れる。

 

「お兄ちゃんだよ!」

「はい?」

 

なんと愛らしいことだろうか。

きょとんと自分を見上げる妹分。大好きな姉にお世話ができるというのも非情に兄心をくすぐった。

そのため、焦凍、長期休みという小学生の天国を使って姉のことを構いまくった。

 

一緒に遊ぶのはもちろん、食事をするのもおぼつかない少女にちまちまとご飯を食べさせるのも焦凍の仕事だ。

姉がいつ元に戻るのか、どうして、皆がとても不安そうな顔をするのか気になった。

 

「焦凍は気にしなくていい。」

 

そんなことばかり言われる。焦凍には不満だった。自分一人がのけ者になった気分になった。

 

「みんな、僕に何か隠してる。」

 

そんな不満を兄にぶちまけたのは、とっくに夜になってからだった。それに兄は困ったような顔をした。兄は、赤ん坊のように108を抱いている。

108はすやすやと眠っており、その腕にはしっかりとエンデヴァーのぬいぐるみが抱かれている。

 

「隠してねえよ。ただ、少し、転夜が元に戻るまで時間がかかりそうなんだ。」

「そうなの?」

 

焦凍は燈矢の膝に手を引っかけるようにしてもたれかかる。それに燈矢は開いた片手で焦凍の頭を撫でた。それに焦凍は、姉貴分によく似た笑い方でにこりと笑った。

それに燈矢は少しだけ困った顔で、それでも笑い返してくれる。

それに焦凍は嬉しくなってぐりぐりと燈矢の横っ腹に額をこすりつけた。

その仕草は普段の姉貴分の仕草によく似ていた。焦凍は、何と無しにでも大好きで遊びたくて仕方がなかった兄が、姉貴分のまねをすれば態度が軟化することを察していた。

そのため、焦凍の仕草はどんどん姉貴分に寄っている。

 

「でもな、少し、転夜は家を離れることになったんだ。」

「え!どこにいくの!?オールマイトのおじさんのところ?なら、僕も行きたい!」

「ちげえよ。ちょっと、個性解除が難しくなりそうだから。専門の病院で調べてみようかって話になったんだ。あと、オールマイトのおじさんのとこに行きたいとはお父さんに言うなよ。すねてめんどくさいんだから。」

 

燈矢は少しだけ呆れたようにため息を吐いた。そうして、家族が自分に隠れてそんな話をしていたことを理解した。

 

「・・・・僕、聞いてない。」

「ごめんな。でも、夏君と冬美ちゃんも知らなかったから。少し前に教えて。焦凍にも言わないとってなってたんだけど。でも、ちょっと、手続きが多くて言えなかったんだ。」

 

焦凍はそれに嫌だと言おうと思った。

姉貴分が入院などしてしまえば、なかなか会えなくなってしまう。それが、焦凍には不満で仕方がなかった。

けれど、長兄の物悲しげな顔を見ていると自分の我が儘なんて言えなくなってしまう。

 

「・・・・帰ってくる?」

「うん、帰ってくるよ。」

 

そう言った燈矢の言葉は、どこか自分に言い聞かせるような声だった。

 

 

 

 

轟燈矢にとっては、己の片割れが幼くなってもそこまでの動揺はなかった。彼女が、自分の前から消えるだとか、拒絶でもしない限り、燈矢にとってはさほどのダメージはなかった。

ただ、不満なのは、自分に一等に懐くわけではないことだ。

どうも、昔の相棒はそこまで銀髪に興味は無かったようで反応はすれどべったりというわけではなかった。

 

「・・・・なあ、お姉ちゃんって誰?」

 

父から、相棒が何を心底望んでいるのか聞いたとき、燈矢はそれに納得した。

 

迎えに来て欲しい、愛されているという事実を理解したい。

 

それがどんな思いか、燈矢には理解できた。

相棒の父親がどれだけひどい存在なのか、燈矢は知っている。彼女から漏れ聞く、どんな環境で生きてきたかの話を聞いてなお。

それでも、燈矢はその心境を理解できた。

 

もちろん、燈矢の父と、108の父親ではひどさの度合いがちがうのだが。それでも、自分を見てくれない存在に愛を請うことの意味を。

 

父も、母も、何故だと言ったけれど。燈矢は一人だけ、内心で嘲笑を浮かべていた。

わからないだろう、きっと、誰にだって。

目をそらされるという事実が、どれだけ恐ろしいのか。

 

「お姉ちゃんは、お姉ちゃん。」

「もっとくわしいことが知りたいんだよ。」

「・・・・お姉ちゃん、話し方とか、教えてくれた。でも、もう、会えない。」

「お兄ちゃんは?」

 

それに108は珍しく思いっきり顔をしかめた。

 

「・・・・いじわる。」

「いじわるなの?」

「お姉ちゃんに、甘えてると、怒ってくる。いじわるです。」

「それは、意地悪だね。」

 

燈矢はそれに考える。少女は話の上で、そんな誰かが出てきた事なんてあっただろうか?

 

(・・・・施設でのことは、俺にはもちろん、お父さん達にも話そうとしないからな。その時のことなら知らなくて当然か。)

 

そんなことを考えていると、少女はおもむろに絵を描き始める。そうして、あの、おそらく銀髪の髪に緑の瞳をした男女の絵が描かれる。

けれど、少女が、オトウサンの絵を描くことはなかった。

 

 

どうしようもないことは理解していた。

燈矢はその日、108がこれから検査入院を予定している病院までの見送りのためにタクシーに乗っていた。

下の子どもたち三人は、さすがにタクシーに乗りきれないからと置いてきていた。

108は入院になると言われても平気そうな顔でこくりと頷いた。ただ、エンデヴァーのぬいぐるみを持っていくことだけは希望した。

 

付き添いの冷が同じように車内にいた。

 

燈矢は別に、108が幼いままでもよかった。ただ、成長しないのは困るけれど。

幼くとも、少女が、あの日自分に手を差し出した存在であるのならば構わなかった。

ワンチャン、今から教育すれば自分に一途になるのではという企みがあったからだとかではない。

ちなみに、それを察した母から一言。

 

あの子がそんな思い通りになると思う?

 

その一言で撃沈した。

 

(でも、実際無理だろ。)

 

父母たちは少しだけ、個性解除が無理なのではと考えているようだった。故に、今回の検査は個性解除のために体を調べるのはもちろん、どちらかというと少女の体が成長しているかを調べるというのが大きい。

燈矢は相棒の体が成長しなかったときのことを考える。

 

(その時は・・・・)

 

そこでふと、少女が自分のことを見つめていることに気づいた。

どうしたの、という、そんな目で自分を見つめている。それに燈矢は淡く微笑み、そうして、そのふくふくとした頬を撫でた。

 

「・・・・・なんでもないよ。」

例えどうなったとしても、あの日、あの時、自分の元に落ちてきた星は変わらず輝かしいことに変わりなどは無いのだ。

 

 

 

全てが、ぼんやりと、それこそまるでガラスの向こう側から見つめているような気分だった。

108はタクシーに揺られて外を眺めていた。

 

君の体を調べるんだって、大丈夫?

 

己の内で、誰かがそう言った。それに108はこくりと頷いた。

少女の腕に抱かれた、赤い色の多いぬいぐるみをちらりと見た。

 

全てがよくわからない。

 

思い出すのは、狭い部屋の中でいつも通り隅のベッドの上で丸まっていたはずなのに。

何故か、気づけば乾いて、暖かくて、穏やかな空気の空間にいた。

 

いつも通りの、訓練だと思った。

 

(・・・・がっこう。)

 

誰か曰く、自分がいたのは学校という場所で、教育機関であるらしい。

 

(・・・・しせつが、かいたいされて、ここでお世話になる。)

 

それに対して特別なにも思わなかった。何せ、少女にとってその施設は地獄でしかなかったのだから。離れられるのならばそれ以上のことはない。

それが、108の中にいる誰かは嘘だと理解しても、家畜の子どもの心の安寧の方が大事だった。

これから世話になるという場所は、108にとって未知の場所だった。だからこそ、全てを、いつも通り108に押しつけた。

押しつけて、ガラス越しに世界を見つめていた。

けれど、それでも子どもが出てきたのは。

 

怒っていないよ。

 

恐そうな人だと思った。

なんだか、しかめっ面で、いつも怒っているようだった。

けれど、そう言った男は、困ったような顔で、排泄物に塗れた自分を抱きしめてくれたから。

 

なんだか、ちょっとだけ、似ていないのに。

 

(お姉ちゃん、みたいだった。)

 

お姉ちゃん、子どもが、実物の人間で唯一大切に、丁寧に扱ってくれた人。

その人が、自分のことを大切に扱うような、そんな手触りを感じたから。

 

家畜の子どもは、外に出てみたいと願ったのだ。

 

その感覚は、正解だった。

轟という家での生活は幸せだった。

 

おいしいご飯、ふかふかとした布団、甘えれば構って貰える。

 

(ごはん、おいしかった。)

 

温かくて、しょっぱくて、甘くて、たくさん食べるとみんなが褒めてくれる。

それは、家畜の子どもには言葉にできないけれど、とても、とても、嬉しいことだった。

差し出した手が振り払われることはなく、手を差し出せば抱きしめてくれる。

寂しいと泣けば、誰かが布団の仲に招き入れてくれる。

 

ほわほわと、心のどこかが浮き足立つ。

特に抱っこして貰うのは好きだ。温かくて柔らかい冷の胸も好きだが、大きくて広い炎司に抱っこされるのも、自分のことを強く抱きしめてくれる燈矢の抱っこも全部好きだ。

 

(ずっと、ここにいたいなあ。わたしが、ここにいるなら、きっとほかの子たちもおんなじような所にいるんだろうなあ。)

それならいい。

 

あの、地獄の中にいた同じ、家畜の子どもたちにも、おいしいご飯と温かなお風呂と柔らかな布団と、そうして。

 

(だっこしてくれる人、いるんだろうなあ。)

 

けれど、気がかりなことがある。

 

お姉ちゃんと、お兄ちゃん。

 

白銀の髪をした、優しい人と、意地悪な奴。

 

その人たちは、どうなってしまったのだろうか?

 

研究員たちが言っていた。

彼らは、おーるふぉーわんのところに送られるのだと。

 

その名前は知っている。108の父親の名前だ。少女の、オトウサンの名前だ。

今の生活は気に入っているけれど、それ以上に、お姉ちゃんとお兄ちゃんに108は会いたい。

 

(きっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんも、わたしみたいにしてるのかな?オトウサンに、だっこしてもらってるのかな?)

 

いいなあ、わたしも、抱っこしてほしいなあ。

 

そんなことを考える。ここはとても幸せだけれど、オトウサンに迎えに来て欲しいと思ってしまう。

 

「・・・転夜ちゃん?」

「・・・はい?」

「コンビニに行くけれど、飲み物はいる?」

「・・・あの、甘いの、えっと。」

「ミルクティー?」

 

それに108はこくりと頷いた。

タクシーが止まったコンビニで、燈矢と冷だけが降りていく。

二人とも、どうもトイレに行きたかったようだった。そのついでに、飲料を買ってこようとしているようだった。

108は車から降りなかったのは偏に、少女が未だ他人が苦手なこともあり、すぐに済む用事だとそのまま残された。一応は、タクシーの運転手も着いている。

108は持たされたエンデヴァーのぬいぐるみを高い高いでもするように上下する。

 

「・・・・エンデヴァー好きなの?」

 

運転手が、間が持たないと、それとも別の理由かそんなことを聞いてくる。それに108は少しだけ考えて淡く笑い、こくりと頷いた。

それに運転手も可愛いなあとゆるゆると微笑んだ。

 

そんなときだ。

けたたましいブレーキ音と、車の音が聞こえる。運転手がなんだと道路の方に視線を向けている。108も膝立ちでひょっこりと後ろをのぞき見た。

そこには、絵に描いたかのような、覆面の強盗達がいた。

 

流れるように強盗達は郊外のコンビニの駐車場に一台だけ止まっていたタクシーを襲った。そうして、運転手を引きずり出し、そうして乗り込んでくる。

 

「おい、子どもがいるぞ!」

「人質にしとけ!」

「くそ、ガソリン切れなんざまぬけな話だな!」

 

108は考える。

これは訓練なのだろうか?

 

(訓練なら、いいけど。でも、ちがうならどうしようか?)

 

家畜の子どもは考える。命令違反は大罪だ。勝手に個性など使うなど言語道断。そんなことを考えながら、大人たちを見ていると、一人が108に手を伸ばしてくる。

 

「ま、少し眠っといて貰うか。泣かれても面倒だしな。」

 

それと同時に、108は急激な眠りに襲われ、そのまま寝入ってしまった。

 

 

 

ふと、気づく。

108はゆっくりとまぶたを開ける。

そこは、少女にとって見慣れたと言っていい、檻の中だ。

冷たくて、寂しい、暗い、少女が殆どを過ごした場所。

 

「・・・・あれ、私は。」

 

何故か、思考がぼんやりする。自分が何をしていたのか思い出そうとする。けれど、その思考は扉が開くけたたましい音で中断される。

 

「・・・・108番。」

 

それに家畜の子どもは起き上がり、そうして、見慣れた研究員の方を見た。明かりが付いた部屋の扉を開け放つそれに、家畜の子どもは訓練の時間だろうかと立ち上がる。

 

「迎えが来た。出なさい。」

「え?」

 

扉から退くようにどけた研究員の後ろに、誰かが立っている。逆光で、様相はよく見えない。

子どもは目を大きく見開いた。見開いて、そうして、ゆっくりと男に近づく。

 

本当に?

ねえ、本当に?

 

小さく、一歩ずつ、少しずつ、その人影に近づいた。

ドキドキと胸が鳴る。足が浮き足立っている。

 

(やった!)

 

小走りになって、子どもはその男に駆け寄って。

 

「おと、う、さ・・・・」

 

掠れた声で、近づいた男は家畜の子どもを抱きしめるように手を差し出してくれていた。けれど、その顔は、まるで黒い絵の具で塗りつぶしたかのように見えなかった。

それに、家畜の子どもは苦く笑った。

 

「・・・・・そっか。」

そうだ。

 

少女の内にいる誰かが悲しそうに囁く。

 

「おかお、わたし、しらないんだ。」

 

それが、どうしようもない幻想でしかないのだと家畜の子どもは悲しそうに微笑んだ。

 

 

 

ふと、気づいた反動なのか、子どもは眼を覚ました。そうすれば、子どもの意識が戻ったのに気づいたのか男たちが声を上げる。

 

「・・・・おい、めえ、覚ましたぞ!」

「個性の効きが弱くねえか?」

「体質に寄るらしいからな。強制的に夢を見せるっつても眠りが浅いタイプだとすぐに起きるらしいし。」

「あいつ、助手席に座ってるんだぞ?」

「めんどくせえ、しばっとけ。」

 

108はそれに起き上がる。

周りを見回すと、どうやらそこはトラックの荷台のようで薄暗い。そこには、男が三人座っており、どうも奪ってきたらしい札束を数えていた。

男の一人が縄を持って近づいてくる。

 

「さあて・・・」

「あの、これ、訓練ですか?」

 

子どもの小さな声に、男達は一瞬きょとりとした顔をしたが、あまりにもその言葉が馬鹿馬鹿しく聞こえたのか嘲笑混じりに笑い始める。

 

「そうでちゅよお、訓練でちゅよお!!」

 

にやにや笑いで男は108に近づき、脅すように顔を近づける。そうして、見せつけるようにナイフを振った。

それに108はにっこりと、子どもらしい、見ているこちらが微笑んでしまうような笑みを浮かべた。

 

「よかったあ。」

そうか、これは訓練だ。ならば、好きに、どうやっても、許される。

 

そうして、家畜の子どもは何のためらいもなくその男の首元に歯を立て、そうして肉を引きちぎった。

 

 

鮮血が、舞う。

動脈を噛みちぎったらしく、噴水のような勢いで血がその場に吹き上がる。

 

「ぎゃああああああああああああ!?」

「ガキが何しやがった!?個性か!?」

 

家畜の子どもは冷静に口に含んだ血を吐き出し、そうして、自分の方に倒れ込む男が取り落としたナイフを拾い上げる。

慣れている、そんな動作さえも、ある意味で洗練されたかのように無駄がない。

当たり前だ、家畜の子どもの中にある誰かが現れるまで、ずっとそうやって生き残ってきたのだから。

そうして、その時でさえも、子どもはそれが変わることは無い。少なくとも、家畜の子どもの方が戦い慣れているが故に。

倒れ込んできた男の下に潜り込む。個性で男の重さを軽くし、自分の腕力を底上げすればだいぶ楽だ。

そうして、男の下に潜り込み、死体と床の隙間から相手をうかがう。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

不用意に近づいてきた一人に、家畜の子どもはためらいも無く持っていたナイフを投げる。飛んでいったナイフはそのまま男の額に突き刺さった。

 

「は?」

 

残った一人の呆けたような声がすると同時に、108は死体から飛び出した。狭いトラックの内側で、揺れる中、子どもは向かいの壁に飛びつくように足を付ける。

そうして、何が起っているのか理解していない最後の男の背中に飛びつき、そうして、首筋に歯を突き立て、肉を引きちぎった。

 

(・・・・・弱い。)

 

事切れた三人のことを見つめて、家畜の子どもは次の行動を考えながら口に残った血や肉片を吐き出した。そうして、顔にかかった鮮血を死体から引き剥がした衣服で乱雑に拭う。

 

家畜の少女にとって、個性に殺傷性を見いださなかったが故に、見いだしたやり方だ。

子どもにとって一番に頑丈なそれで、致命傷になり得る場所を引きちぎる。

 

人の姿をしていなかったり、個性によって肌質などを変えられなければ意味がない場合もあるがその時はその時でしかない。

家畜の子どもは考える。殺し終えたのだから、そろそろアナウンスが入るか、死体を片付ける誰かが来るのだと。

 

それに家畜の子どもに話しかけるものはいない。子どもが心の慰めに作りだした存在の声さえもシャットダウンした。

そういうことの後は、しんと、心が静まりかえって、冷たくなる。そちらのほうが楽で、そう言ったときは心が騒がしくなって欲しくないのだ。

そう思っていると、今まで揺れていた車が何故か止まる。急いで姿勢を低くして、踏ん張りながら金が辺りに舞うのを見つめる。

 

トラブルでもあったのだろうかと、外をうかがう。そうしていると、トラックが止まるような動きの後、今までの揺れが嘘のように収った。

 

(・・・・終わりかな?)

 

108がそう思っていると、トラックの扉がゆっくりと開いていく。

それに、家畜の子どもは問いかけた。

 

「だれですか?」

 

それにとても聞き心地のいい声が返事をする。

 

「・・・・オトウサンだよ、真夜。」

 

 

 

 

男が、己の部下である医者から一つの報告を受けてすぐにこみ上げてきたのは、一つの嘲笑だった。

 

けらけらと、けらけらと、子どもの願望を叶えてやれる人間は己だけであるのと、それを理解してのことだった。

 

(ざまあないな!!)

 

子ども、子ども、男の愛らしい子ども。それは、ヒーローを求めていない。子どもは只、お父さんを、男のことしか求めていないというのなら。

それは、なんて愉快なことだろうか。

そうだ、だから、男はなんの我慢もできずに子どもに会いに行くことにした。そこには何の思惑もない、なんの考えもない。

ただ、そこには己の子に会いたいだけの男がいるだけだった。

 

それは、一目見ただけで、悍ましい生き物であると理解できた。

口元にべったりとついた血が、それを表していた。

まるで、獣そのものであると。

それは、その様は、なんて魔王の子どもにふさわしい姿をしているのだろうか?

 

「ああ、そうだよ。おいで。」

 

興奮を隠しきれない男のそれに、子どもは不思議そうな顔をした。

 

「本当に、おとうさんですか?おなまえは、なんですか?」

 

疑うようにそう言った子どもは、それでも、その目は期待に満ちあふれている。その様は、なんとまあ、可愛らしいのだろうか。

うずうずと、口元がうごめく気がした。

少女によく似た目元を細めて、のっそりと微笑んだ。

 

本当に?本当ですか?うそじゃない?ねえねえ、本当に?

 

母親によく似たそれに、男は微笑んだ。

 

「私の名前は、オール・フォー・ワンだ。君の、父親だよ。」

「おーる、ふぉー、わん・・・・」

 

拙い声でそう言って、そうして、その子どもはまるで日が明けるように、春の訪れのように、弟がいつかに浮かべた笑みのように、そんな笑みで。

 

「お父さん!」

 

血まみれの子ども。人の肉を噛みちぎり、口元が血にまみれた子ども。

 

他者がいれば、おそらく、いいや、当然のように拒否し、否定し、悍ましいと刃を向けられるその子どもを。

 

その男は当然のように、その腕に抱き留めたのだ。

 

 

おとうさん。

ああ、なんだい?

お父さん、大きくて温かいね。

そうか、抱っこは好きか?

うん、大好き。あのね、ずっとね、こうして欲しかったの。

そうか、なら、これからずっとしてあげるから。

うれしいなあ。お父さんに会ったらね。たくさんね、お話ししたいことがあってね。優しくしてくれた人とか、あと、学校でね、お友達もできてね。あと、お姉ちゃんと、お兄ちゃんのこともね。

そうか。たくさんあるんだね。

うん、たくさんあって。あれ、変だな。私、学校なんて、行ったこと無いのに。

・・・・そろそろ、個性が解除されるな。

あれ、お父さん?どうしたの?どこに行くの?

どこにも。いつだって、僕はお前のことを見守っているよ。ただ、学校を卒業するまでは、という約束だから。

やだ、置いていかないで、お父さん・・・・

ああ、真夜。今度、今度こそ、迎えに来たら。ずっと一緒に、幸せになるんだ・・・・

 

暖かな熱が、優しい手が、離れていく。

それに家畜の子どもは恋しさにわんわんと泣いた。泣いて、けれど、意識はそのまま暗い底に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「お父さん?」

 

その言葉に轟炎司はふと過去の回想から帰ってきた。

 

「ああ、すまん。」

「どうしたの?なんか、ぼんやりしてたけど。」

 

炎司は目の前できょとんとした顔の二人を見る。それに炎司は軽く頭を振った。

 

「・・・・少し、考え事をな。」

 

夢意転夜が攫われた後、もちろん、エンデヴァーは少女のことを追いかけた。

乗り捨てられたタクシーが見つかり、そこには置き捨てられたエンデヴァーのぬいぐるみと一緒に半裸の少女も見つかった。

 

(・・・・身体面でも特に異常はなかった。強盗団の中に、幻覚の個性がいたらしいが。それ経由でのことか?)

 

考えるが答えは出ない。タクシーも調べはしたものの、特別証拠は出てこなかった。

強盗団も見つかっておらず、何があったのかわからないままだ。

 

転夜も、子どもだったときのことはコロリと忘れており、何を聞いてもわからないという状態だった。

 

「・・・・それで、燈矢、転夜、お前らの同時に使う有給の話だが。」

「そういや、なんで一緒に有給とんの?なんか用あったっけ。」

「どーせ、年末になって法定分の有給とってなくて大慌てするんだから。今のうちに取っておけばいいだろ。」

「そっかあ。」

 

燈矢のそれに転夜は納得したかのように頷いた。

炎司は知っている。燈矢が何のために同じ日に有休を取ろうとしているのか。

そのために、なにやらこじゃれたレストランだとかを、下調べしていることも。

 

(が、それも無理な話だが。)

「残念ながら、それについては諦めろ。」

「え、なんでさ!?」

 

それに炎司は用意していた書類を差し出した。

 

「お前達に、サー・ナイトアイからチームアップの要請が来ている。当分休めるとは思わん方がいいぞ。」

 

その、炎司の言葉に燈矢はがっくりと肩を落とし、そうして、転夜ははしゃいだように声を上げた。

 





いいの?

己の中で誰かが囁く。それに、家畜の少女は頷いた。

優しい、兄妹がいた。その地獄で、子どもに優しくしてくれた二人。それがいたから子どもは、欠片のような愛を理解した。
なのに。

おい、聞いたか?99番と100番のこと?
ああ、護送中に事故に遭って真っ黒焦げ、だろ?死体も残らないぐらいだったらしいな。
ああ、おかげで上もカンカンだ。所長の首が飛ぶかもな。

優しい記憶だ、きっと、初めて優しくしてくれた人たちだった。
けれど、もう、会えないというのならば。


それは、喪失の象徴として、子どもの胸を苛むものでしかなくなるのならば。

この記憶と、さようならするんだな?

それに家畜の少女は頷いた。



そういやさ、転夜。
何?
お前、お兄ちゃんとお姉ちゃんって呼んでた人たちいたのか?子どもになってる間、話してたけど。
えー・・・・いたかな、そんなの。
え?
いや、そんな女神か神かみたいな人たちがいたら覚えてるはずだし。まったく、覚えがないからさ。

夢意転夜は苦笑交じりに笑った。

イマジナリーフレンドみたいに。辛かった事実から逃げてたのかもね。そんなもんだ、きっと、さ。

以前、後書きにあった転夜の異母兄、本編に出そうか、それとも番外編に置いておこうか悩んでおりまして。参考程度に知りたいです。

  • 二次創作だし、いいんじゃない!
  • 一周回って見たい!
  • 番外編で留めておけば?
  • いっそ、兄弟増やそう!
  • どっちでも
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