『オレの名前は【モラグ・バル】 、かの十三英雄と共に魔神を討ち倒した英雄、とでも言えば良いのか? まぁ、こっちも宜しく頼むぜ 。これから、殺し合う者同士なんだからよ━━━━━━━』
... その言葉を聞いた時、私の頭は真っ白になった。何も考えられなかったんだと思う。今の私にとっては一番聞きたい言葉であり、または一番聞きたく無かった言葉だったのかもしれないからだ。彼の出す声や表情、喋り方までもが。全て昔の、.... 影の英雄と呼ばれたあの時の彼と同じだったのは。仲間を失なった記憶を失くそうとしていた私にはとても、辛いものだったからだ。もし彼が偽物で、似たもの同士で。はたまたあのヤルダバオト、とか言う悪魔の手先と手を組んでいたら。なんて
馬鹿な考えすらも過ってしまう程。彼の事になったら、いつもの冷静さが失われる事は自分ではわかっていた。だが....だがこれは___ !!! 。
「 ___ ...あ .. 、あぁ ... 」
声が出ない、当然だろう。目の前に居るのは 死んだ筈の英雄、私を最期まで守り続けた筈の死人が立っているのだから。これは、死に際の私が。ヤルダバオトに殺される前に差し向けられた幻覚なのかもしれない。死ぬ前の走馬灯、という奴だろうか。だが、今はそんな幻覚にも縋り付きたいほど。彼の背中を_____ 、モラグ•バルの姿を見るだけでも。私の心が暖かく溶かされてしまうようだった。
「 もら ... ぐ .... 。 」
無意識に、一粒の涙のようなモノが仮面の中で流れて。地面に落ちてしまう。だがそんな私の言葉は彼には届いていなかったのか。彼はすぐさま、ヤルダバオトの元へとその身の丈を超えるほどの大剣を構えて突っ込んでいってしまった。そして、モラグとヤルダバオトは程なくして激闘を繰り広げるのだったがその闘いの様子は、まるで烈火の如く激しいものとなっていて。互いの一挙手一投足には人間が到底辿り着けぬようなものばかりであった 。
「 ... 凄いな 、やっぱり ... いつ見ても、....な 」
彼の身体の動き、剣の動き。ヤルダバオトの攻撃をいなし続けながら
即座に反撃を行う頭の回転の速さ 、その全てが昔の彼のまんまであり
私を守るようにして その鉄の塊を彼は縦横無尽に振るっている。
( ... やっと見つけた、)
なんだろうな。この胸の高鳴るような感覚は ... 。この心臓が、あの時からもう動く事は無い筈なのに。それでも尚、突然。私の胸に現れたかのように。その脈動が響いているような感覚になってしまう。だがそんな事はもうどうでも良い。この、私の心を蝕んで来た孤独を。また再び、彼が 。癒してくれるのかと思うと 。思わず、その顔が綻んでしまう_____。
「 .... 私の 、騎士様 。 」
新たにアダマンタイト級となった、漆黒の英雄 ... よりもずっとずっと凄い。私の 、私だけの騎士であり、ただ一人の英雄。悪魔に取り殺された筈の亡霊でも構わない、今もこうして。昔と変わらず、私を守ってくれる。その事実だけでとても、心が暖かくなっていくのを感じたのだった。
『 それでは、行きますよ━━━━━━?』
彼がヤルダバオトと激戦を繰り広げている最中、その悪魔は空へとその背中に悍ましい翼を生やしながら優雅に空へと飛び上がり。その翼は軈て、黒い鱗に覆われたような翼から、槍の穂先のように鋭い触手へと変わり果ててモラグの元へと射出された。だが射出された触手が狙うのは彼だけでは無く、彼の背後に居る私もまたその触手に狙われており_____ 。
「 しまっ___ 。 」
彼は自身の触手を捌き切るので精一杯だろう、対して私はヤルダバオトとの戦いで疲弊していたのか。彼の背後から、彼の闘いを見てる事しか出来ずに居て。それに加えて、その触腕の槍が迫り来る速度は恐ろしく早く、私が魔法を放つ前に来てしまう。それほどまでに速く、その触手は風を斬って居たのだが 、..... 。
ザンッッ"!!!!
触腕の槍が、私の元へと迫りこようとした瞬間。その触手が、私の身体を貫く事は無く。代わりに私の周りに転がるのは触腕の残骸。そして見上げると、満月の光を反射する彼の鉄塊が妖しく煌めいており。
『.... 怪我がねェんだったら、それで良い。』
彼は、私の方を見ればそう一言だけ言い残しながらまた再度。ヤルダバオトの方へと向き直った。彼の背中ばかり視界に捉えていた私にとって
彼の顔を僅かながらにでも見れる、のは少しばかり刺激が強かったのか。後に出る言葉が妙に痞えるようになってしまう。
「 __ .... あ、あぁ 。ありがとう ...な。 」
私はその場に崩れ落ちながら、また彼の背中を見る。ヤルダバオト相手に無傷で、それでいて誰かを守りながら。対等に渡り合えるのは 、私が知る中で彼しか居ないだろう。そして、彼にまたこうして守られてからと言うもの 、仮面で隠されて来た私の顔が冷徹を貫いて来たような表情から段々と熱を帯びていくのを感じ_____。
( ... な、なんだ ... !? 、かっ ... 顔が熱い ... ! )
今だけ、この仮面を付けてて良かったと思った。仮面の奥の表情を知るのは私だけだ。こんな幼児のような顔を見せてしまったら彼になんて言われるだろうか。だが、彼はそんな事も気にせずと言った様に鉄塊を握りしめたままで居て、幸い、私の頬が朱に染まる様子を見ては居なく。
仮面の中で必死に照れ隠しをしようとする私を咎める者も誰も居なかった。
___________________
豪魔の巨腕を受け止めたからか、腕の痺れが取れない。触腕の翼から
あの少女を守った時も、腕が自由に動かなかったのを感じる事から、ヤルダバオトが想像以上に手強い相手だと改めて認識され、モラグは額に冷や汗を一つ。薄ら笑いの中に浮かべ_____。
「 お見事です、彼女を無傷で守り切るとは ... 。どうやら、貴方は他の冒険者達とは一回りも二回りもお強い様ですね。 」
ヤルダバオトは依然として平静を保っている。その橙色のスーツには傷一つ付けられておらず。その顔に張り付けられた道化の仮面も落とす事無く、自身の顔を秘匿している。対する、モラグも無傷。だがヤルダバオトの猛攻を受け切ったからか。その身体には少しの疲弊が現れており、軽く息が上がっているようだ。
「 本当はそう思ってねェ癖に ... 、良く口が回る野郎だな、よっぽど上質な脂が塗られてるな? 」
モラグとヤルダバオトは互いに再び距離をとりながら、闘いの前の張り詰めた空気を作り出す。再度、展開される一触即発の空気 。モラグは息が詰まるような感覚になりながらも、必死に精神を安定させるように鉄塊を握り直す。
( ... 今、本当に闘ったら 。それこそ
モラグは心の中で舌打ちを一つ弾きながらも、鉄塊を右手にへと預け。
イビルアイの元へと足を一歩後退りしながら赴きながら、空手となった左手で彼女の肩から腰にへと手を伸ばし━━━━━━━。
「 ... ちょっと我慢しててくれよ 。 」
一瞬、彼女から声が漏れ出たような気がするが。モラグはそんな事を気にも留めずに。右手で彼女をヒョイ、と抱き上げる。彼女の華奢な体躯をまるで割れ物を扱う様に、丁寧に。されど器用に、抱き上げていく。
右手の掌は彼女の脚を掴み、肩から下の腕の部分は彼女の背中を支えるような背凭れとしての役割を与えられる。俗に言うお姫様抱っこで有る。
「 ... これで合ってんのか分からねぇけど、落ちねェようにしっかり
掴まってろよ 。首でも顔でも何処でも良いからよ。 」
そう言うと、彼女は迷わずにその細い両腕をモラグの首に通し、倒れないようにしっかりと掴み、モラグはそれを確認した後、再び右手に預けていた鉄塊をヤルダバオトに向かってその刃先を差し向ける。
「 ━━━━ そんで?そろそろ、始めるか? 」
鉄塊が鋼鉄の鈍い光を放つ、ヤルダバオトの悪魔の爪も妖しく照らしながら。その鋭い刃を胸に当てながら。仮面の奥からでも分かるような無表情を貫いているのが余計に不気味で、悍ましい雰囲気を醸し出している。
「 ....いえ、この辺りで此処は退かせて貰います。私どもの目的は、アイテムの回収なので。.... あなた方の命をいただけない、と思うと非常に残念ですが。 」
その瞬間、今までその姿からは強者の雰囲気と憎悪の感情しか感じなかったヤルダバオトの身体に悪魔本来の悍ましさや恐ろしさを混ぜたような本能的に警鐘を鳴らさずを得ないような不気味なオーラが放たれる。
そしてその悪魔はその広げていた鋭利な爪が残っている掌を握りしめ、胸に当てながら言葉を紡ぐ。
「 __ これより、王都の一部を炎で包みます。 」
「 ... もし、侵入してくるというのであれば、煉獄の炎があなた方をあの世に送ることを約束しましょう。 」
ヤルダバオトはそう告げると、踵を返し。モラグ達に背中を前にして
軽やかな足音と共に、夜の帷にへと消えてしまう。モラグは逃がさんとばかりに鉄塊を握りしめながらヤルダバオトを追おうとするが、自身の腕には一人の少女が抱えられており、モラグはこの少女を守りきりながら、あの悪魔と闘うのは無理が有る。と考えたのか、一時の感情よりも理性が勝り。追おうとしていた足が自然とビタリ、と動きを止める。
「 .... まぁ、トンズラこいてくれたのは理想通り...かもな。 」
モラグはそう呟きながら、周りに敵対勢力が居なくなった事を確認すれば。力いっぱい握りしめていた鉄塊を地面に突き刺さし。臨戦態勢を解く。安堵の息を一つ吐きながら、ふと未だ腕の中に抱えている少女に目をやれば .... 。
「 ... 大丈夫だったか 、お前 。 あんな化け物と一人で殺り合ってたんだろ? 」
モラグは少女を腕の中から、再び地面に降ろしながら話しかける。仮面を被っているので彼女が今どんな表情をしているのか分からないので、此方に向けられている視線が妙に冷ややかに感じてしまう、気のせいだとは思うが。矢張り、いきなり見ず知らずの男に抱き抱えられるのは嫌だったのだろうか。
「 ... あぁ 、大丈夫 ...だ。私の方は特に怪我は無いっ ... お前が来てくれたから 私の命も奪われずに済んだ ... 。 」
少女の声は、妙に上擦っている様な。震えているかのような声のような印象であり。モラグは悪魔に殺されかけてたから気が動転しているのだろう、と考えていたからか。特に気にも留めずに突き刺さした鉄塊を回収し、また再び自身の背中に差し込もうとした━━━━その矢先の事だった。
「 .... ___ ありがとう 、"モラグ " 。また、私は ... 助けられてしまったな .... 。 」
イビルアイが そう言った直後 、彼女は赤に染まり切ったフードを降ろし 、その素顔を覆い隠してしまいそうな仮面を外す。何を思い立ったのか。それはモラグが知るところでは無かった。だがイビルアイの仮面の外した姿はとても美しく。目にかかってしまいそうな長い黄色の長髪に、鮮やかな血の色をした眼窩で此方を見つめていた。
「 は_____.... ? 」
その姿を見た瞬間、モラグは困惑した。そのイビルアイの隠された素顔を見るのは、初めてだ。ましてや、この英雄の肉体に刻まれた記憶にも彼女の様な者の姿は映っていない。なのに ... 、どうしてこんなにも。彼女に対して、"既視感"が有るのだろうか。
( .... 一体、どう言う事だ ... 。オレは何で、此奴の顔を知って ...... !!!! )
その瞬間 、モラグの肉体に刻まれた記憶が凄まじい勢いでフラッシュバックしていく。その反動なのか、頭には割れんばかりの頭痛が響き渡る。そして 、モラグの頭の中にはその肉体にすら見られなかった。この肉体に刻まれた、"失われた記憶"が再生していく。_____
━━━━ 下水道の中で出会った一人の少女。
━━━━ 亡国の吸血姫と成った、自分と共に旅をした少女。
━━━━自分が身を呈して守った、吸血鬼の彼女。
━━━━"頑張れ、"と最後に言い遺した、今にも泣き出してしまいそうな少女の姿
━━━━その少女の名は_____ 。
「 .... キーノ・ファスリス・インベルン 。 」
その名を言い放った瞬間、イビルアイの目が見開いて行く。まるで、その言葉を聞きたかったかのように。ずっと、探していたものが見つかった幼児の様に。フラフラとした足取りで此方に近付いて来る。そしてモラグは再び口を開く_____。
「 .... .... ずっと、... オレがあの時。お前を庇ってから..... 、一人で生きて来たのか ... 。 」
モラグがイビルアイにそう問いを掛けると、イビルアイは黙ってコクリと頷きながら。その手に持っていた仮面を落としながら。モラグの前にへと、互いの手と手が触れ合えるような距離にまで近付いて来ては ...。
「 ... そうか 、_____ 。それは .... 大変だったな、 」
思い出した記憶の中には。イビルアイ....もといキーノを庇った記憶が流れていた。恐らく、自分が死んでしまった原因はそれだろう。眼前に移っていたのは、悍ましい悪魔達の肉の海、それに己の身体一つで立ち向かった。と考えるだけで、この少女の思いはどんなに辛い思いをしていたのだろうかを察するには余りにも容易であった。
「 ... " 良く、頑張ったな。キーノ。お疲れ様 " 」
そのモラグとの労いの言葉と共に、イビルアイの両眼には涙が溜まる。
そしてそれが流れる、と同時にモラグの胸を思いっきり抱き締め、その瞬間、彼女の震えた慟哭にも似たような声が届く。
「 ___ .... 私っ ... もう ... もらぐが死んだかと思って.... !!!
もう ... 二度と会えないんじゃないかと思って .... !!! 」
彼女の慟哭に、モラグは何も口出しせずに黙って聞き入れる。一番身近に居た人を喪う悲しみは、どれだけ重いものか。モラグはそれをこの場にいる誰よりも一番理解していた。だからこそ、彼女が泣き止むまで。
モラグは彼女の頭を優しく、漆黒に包まれたゴツゴツとした金属の籠手に纏われた手で彼女の頭をゆっくりと撫でながら待つ事にしたのだった。
「 ... ... まだ、お前に伝えてない想いもあったのに、勝手に逝かないでよ ... 馬鹿っ_____ ... 」
最早、彼女の声色には純然たる少女の本質しか残っておらず。恐らくこれが。彼女の___ 、イビルアイとしてでは無く。キーノ、と言う一人の吸血鬼としての素なのだろうか。震えながら放っている声には、幼くも可愛らしいような少女の雰囲気が残っており、モラグは微笑みを浮かべながら。イビルアイを優しく包み込むのだった 。
( .... ん?、想い_____ ? )
イビルアイの口から放たれた、"想い " と言う言葉。別にそれ単体には深い意味は込められていないのだろうがもし自分があの時。彼女が伝えようとしていた事を聞き入れられなかったのなら、それは自分の落ち度だ。せめて、この再会した瞬間に全て聞き入れようとモラグが耳を傾けると ..... 。
「 ...... ずっと、探してた 。もらぐ___ ... 。私の"大好きな"騎士様っ____! 」
ピタリ、とモラグの動きが止まる。優しく微笑みかけながら彼女の頭を撫でていた手は動きを停止させ、岩のように動かなくなり .... 、そして
ぎこちない動きで首を下に向かせれば 。モラグの視界には、目に涙を留めながら、頬を朱色に染めながらにこやかに笑っている可憐な少女の姿がそこにはあり_____ 。
( ....... ぇ、ぇえええええええ〜!?!?!?!? )
唐突、余りにも唐突に告げられたその言葉に。モラグの頭が思考を停止させ。次に出たのは、心の中にだけ留めておいた .... 木々が割れんばかりの叫び声だったと言う。