先ず感じたのは 触覚だった。
自身の覚醒、と同時に背中に伝わる石のような固くて冷たい感触が
真っ先に情報として送られて来ており その感触が、自分はまた生き返ったのだ。と言う自覚を与える。
取り戻した感覚、自身が選んだその選択に喜びもせず 。はたまた落ち込む事はせず。無感動を貫き、先ずは感覚を取り戻す事に専念する。
感覚を取り戻すのは危険な賭けかもしれない。たった今さっきまで
死者だった自分や既に死んでおり感覚を持つこと自体が不要になった死者たちに何の危険が有るのだと思うかもしれないが。...
だがそれは事実として、本当のことである。理由は単純であり、ただ死者には死者なりの"矜持"があるからだ。
死者の願いは記憶に留まること。自分たちを憎しむ者の怒り、自分たちを忘れずに恐る者らの悪夢。そして、自分たちを破滅させた者の呑気な笑いさえ、死者は楽しんでいると言えるだろう。
生きる者の記憶に留まるそうした痕跡の数々__ それらは、時の流れ
そのものに深く根を下ろして行き 。やがて死者は永遠の命を得るのだ
だが墓に入り意識を失えば、危険への恐怖が減るのは当然であり
その恐怖はやがて薄らいでゆく。殆どの者にとって、無感覚は不気味な寒気で包まれた墓に掛けられた一つの羽毛で出来た毛布で有るのだ。
危険を犯してまで その墓を進もうとは二度と思わない。無感覚の羽毛にくるまり、その人についての他者の記憶が萎びていくに連れて、自らもまた萎びていく。生きるモノの記憶から消え去った時、その人は無感覚に安全に身を委ねる。単にそれが、最も容易く危険が無い道なのだからだ。_____
だが 安全の道は、その道がより強固になりその安全性が高まって行く程。その道はつまらなくなっていく。そして危険がなくなって行く、
と言う事はそこから得られる物も必然的に乏しくなっていく。
決してトレジャーハンターのように宝に執着する訳では無いが、それでも得るモノが高価であればあるほど人は満たされていくのだろう。
だがその高価なモノを手に入れるには、ある程度のそれに見合った危険を冒さなければ手に入れることは出来ない。安全な道に置いてあるのは、何の価値もない石ころのようなモノなのかもしれない。
そして危険を天秤に掛けて見て 適切に危険か安全かを見計らい、それに対する策を講じる為に必要なのは、たった少しだけの好奇心である。
それは退屈にとっては正に不倶戴天の敵であり、俺は此処が何処だか
俺は誰だとか。そう言うのを無闇矢鱈に、ただがむしゃらに考えるよりも少しの好奇心を持つことを真っ先に頭に思い浮かべた。
今の俺は昔の俺よりもこの時点から、好奇心が旺盛になったのでは無いかと感じるほどに好奇心と言うのは偉大なモノなのだなと実感する。
以上の事から___ 俺は好奇心から感覚を持つことを選んだ。
そしてその感覚を取り戻す好奇心からは先ず、指の一本を持ち上げる事を選んだ。その指は自身の思いに対して動き始め、長く寝ていたからで有ろうか。その指はややぎこちなく、弱々しく動いており 肉が裂けて
骨がポックリ折らないように。指の筋肉が裂けないように 慎重に動かしていく事にする。
( ... そこそこは動くみたいだな。)
他の指も動かして見た。他の指も、最初に動かした指と同じく
弱弱しくぎこちない動きが連動して動き始め、ギターを弾くように
クネクネと指で弦を弾くように指を動かせてゆく。
最初は恐る恐るだったが、次第に幾らかは滑らかに動くようになっていき、ぎこちなさもそれとなくなって行く気がした。
指が動かせたのなら、次は腕を動かせる筈だ。そう思い立ちながら
指に集中していた感覚を、今度は腕にへと巡らせていく。
指と同じく、下手に動かせば肉が断裂するかもしれない。大袈裟な考え方かもしれないが、亡者返りを果たした自らにとって死から生き延びた経験と言うものは何とも未知数であり 腕を動かすだけでも割れ物を抱えるようにしないと安心出来ぬものだ。
( __ ... 確かに腕は動かせる ... だがこれは?)
自身の意志と共に左腕がそれに応える。肘を曲げ、腕を軽くブラブラ
と振ってみては 自身のその肉体の腕には異常が無いことは確認出来た。しかし、その腕を動かす度にガチャガチャ、と金属音のようなものが耳に届き、それがこの肉体に受肉してから始めて、聴覚を取り戻した。
( ... 鎧か?それも重装の類か。... )
ガチャリと鳴り響く鎧の金属の擦れる音だけがその空間に響き渡る。
狭い空間の中に鳴る音はもはや、それだけしか無く 。それ以外の雑音は丸っ切り聞こえずに、まるでその空間だけ自分という存在そのものが隔離されたような感覚に陥る。
( 兎に角 、起き上がらないとな ... そろそろ石の床で寝そべってせいで
背骨が痛くなりそうだ。)
腕と指の感覚は取り戻せた。触覚と聴覚をも手に入れられた。視界がまだ取り戻せていない部分も有るが、それはこの石の空間が暗闇に包まれているからで有ろう。ならば、視界を取り戻すと言う意味でもさっさと上体を起き上がらせようとした方が良いのだろう。
( 身体を動かして、筋肉が裂けるなんて事は無いだろうが .... 。
物は試しと言う奴だな。... よいしょ _____。)
そう考え 、新たに受肉した身体で上体を起き上がらせようとする。
身体を動かす、と言う試験的な意味をも込めている。どうやら上体を動かすだけならば特に問題は無いらしい。亡者としての身体としての脆さが懸念点だったがそう言う所は気にしなくても良いらしい。
しかし 、この石の空間の大きさや形状を理解していない。と言うのもあったのだろう。その石の空間が全て密閉されて居る事に気付く事は
出来ずに居て。_____
ゴチンッ!!!
自身の額に強烈な鈍痛が響き渡る。どうやら痛覚と言うのもまだ健在しているらしい。新たに受肉した肉体でも痛いものは痛いらしい。
「 痛っ ... 。 」
乾いた声が喉から漏れる。声帯、と言うよりかはノドそのものが乾き切っており。長い間、暗闇に封じ込められていただけあってか。砂塵が
喉に入り込んでいるような不快感が襲いかかる。
「 天井 ... ?否、これは蓋か ... ? 」
掠れた声で呟きつつも、自身が先程。頭をぶつけてしまった箇所を
両手で添えてみる。先程は左腕しか動かせ無かったが、右腕も左腕が動くと同時にそれに連なるようについて来ては、何処か筋肉に損傷を負ってしまった形跡は無かった。
そして、両手で石の天井のようなものを思いっきり押し込んでみる。
するとその石の天井は ズズズ ... 、と引き摺るような音と共にその位置がズレて行き、天井の隙間から少しの光が差し込める。
「 どうやら、予想は合ってたみたいだな。 」
石の天井が蓋であることを確かめ、自身の現状の筋力のままでも充分に退かせることが出来る事も確認出来たので 先程と同じように蓋を退かせようと両手に更なる力を込める。
すると、蓋は自分が力を入れた瞬間にあっけなく外れていき砂塵を落としながら、かなり年季が入っていたのだろうか。少しの段差から落としただけなのに、その石の蓋に少し罅が刻まれるのを見る。
「 ... 暗いな 。 」
ようやく、身体を起き上がらせることが可能になったので 早速上体を起こしてみる。身体は前世の肉体とはかなり掛け離れている事も有るのか、腕の筋肉や今動かしてみた箇所については所々、違和感を感じられるが それは蘇ったことによる弊害なのだろう。そして、暗闇の空間から脱出出来た事から視界の確保が可能になり長く眠っていたであろう自分の視力を段々と覚醒させていく。
「 ここは ... 。 」
視界が朧げなものから、段々と明確な物になって来るまでにそうそう
時間はかからず 、ものの数分程度で自身の視力は目の前の景色を明確に感じ取れる程にまで修復が完了している。そして、その視界に捉えた景色には 殺風景と呼んでも良いような景色しか広がっておらず。無造作に立て掛けられている松明の明かりと不気味な
墓所のような場所で有ると判断したのだった。_____
「 ... 墓所か 。やれやれ 、厄介な場所に飛ばされたものだ。 」
そう言いながらも、今は周辺の地理を確認し今後のスケジュールを組み立てると言う意味合いも有るが。兎にも角にもさっさと外に出たいと言うのが本音なので 、自らの新しい肉体がどれほどまで動けるのかが全く分からない状況では有るが 。面倒事に巻き込まれる前にさっさと逃げた方がローリスクで有ると判断し 、上半身に巡らせた神経と感覚を
今度は下半身に集中させ 、脚を動かして立とうとしてみる。
「 よっ ... ととと 。危ないな 」
永きに渡って寝ていた弊害なのか、立とうとした瞬間に足がフラついてしまい、また倒れ込みそうになるがなんとか体裁を保ち、倒れて頭を強打するなんて馬鹿みたいなことをせずに済んだ。
「 __ さぁ、さっさと脱出しないとな。 」
ガチャリ 、と鎧の音を鳴らせば 一歩。この世界に来てから、最初の一歩を踏み出してみる。鎧に包まれているからか若干、身体に重さは感じるが動きに支障をきたすレベルまでは達しておらず。まるでいつもの普段着を着ているような軽い感覚で歩けるため、本当に鎧を着ているのだろうか。と錯覚してしまうほどである。
「 此処は 、墓場 ... というよりかは 墳墓に近いのか ? 」
歩きながら辺りを見渡してみると、周りには質素な棺しか置かれておらず。その中には、自分と同じように。無造作に捨て置かれてるように弔われている皮膚が赤く爛れ、ボロ切れを着させられている亡者しかおらず、その亡者らは男は勿論の事、女子供と見られるような亡骸も数多く葬られており 。この状況を見るに、益々。自分のこの肉体の事が謎に
なってくる。_____
「 ... 何故、此奴らはボロしか着させられていないのに 俺だけこんな重そうな甲冑を? 」
改めて、自分の身体を見てみる。すると、そこに映るのは自身の肉体。
肌色になっているはずの筋肉がついた肌では無く。漆黒に塗りつぶされ
所々に黒い
まるで名誉の死を遂げた騎士のような弔われ方をしたのだろうか、と
思わせられる程だ。
「 自分の身体の筈なのに、謎が深まるのは己に関しての事ばかり ...
全く 、少しは知識を与えてくれても_____。 」
そう言いかけた途端 、鎧を着ている筈なのに肌身に感じるようなピリ付く殺気のようなものが一つ ...己の身体に入り込んでくる 。
ゾクリ
「 _____ !!!!! 」
( 何だ ... このまとわり付くような感覚は .... !!! )
粘りつくような殺気、剥き出しの殺意に泥をかけられたようなソレを
当然 、今迄の人生では感じた経験はある筈も無く。その粘りつくような殺気は 最初は自分が突き進む通路の奥に感じた筈だが じきにその殺意は 、明らかに此方にへと向かって来ている事が分かる 。
「 ... まずいな。 」
今、自分を塗り潰している感情は肉体を得たことによる喜びから打って変わり 。その未知の恐怖に対しての焦燥にへと切り替わり 。肉体を得た時から初めて、自分の額に冷や汗が溜まっていくのを直感で感じる。
(この殺気は、どうやっても"人間"が出せるようなものじゃない.... )
人間が殺気を持つ時にはチンピラ程度であらば、そんな殺気の紛い物とも取れるような安い威圧感程度には負けない自信が有る。何故ならば、
単純にそのチンピラ共が幾ら数で群れてその威圧を傘増ししてようが
自分より遥かに格下の存在で有ると、脳が"理解"しているからだ。
実際、自然界でも獅子が自分より弱い存在である鹿を喰らおうとしているように。世界には格上と格下が存在するのだ。そして、格上の者は格下の者には恐怖を抱かない。と言うのが、当たり前だったのだろう。
だがこの粘りつくような殺意は人間が人を威圧する為に使うような
脅しの拳銃のようなものでは無い_____。少なくとも、ライオンや
虎が獲物を虎視眈々と狙うような、そんな纏わりつくような視線のようなモノと例えた方が良いだろうか。どちらにせよ、あの殺気を放っている者からしたら 今の自分は、"格下"の存在で有ると認知されて居るのだ。
「 何か無いかっ ....____ 」
せめて、あの殺気から逃れようと自分の懐を弄ってみる。自分の元の肉体が本当に誉ある騎士として死ねたのなら、その肉体が生きていた頃に
身につけていた物品程度は少なからずともあるはずだ。と考えての行動だったが 、探しても探しても出て来るのは砂塵の塊だけで他に出て来るものと言えば、腐った肉の破片ぐらいであり この騎士の元の肉体は、葬られる際に全ての遺品を奪われてしまったらしい。
( マジかよ _____。)
焦燥が膨らんでいく。あの殺気に抵抗出来るモノであればなんでも良い。武器でも爆弾でも、木の枝でもなんでも良い。少なくとも、あの殺気の気配を此方から反らせる方法さえ見つかればそれで良い。そう必死に脳みそをフル回転させ何か方法が無いかと模索してみるが_____
「 だから 何でも良いから 、なんかねぇのか .... あ。 」
"あった" 。否、正直に言えば そこにあるべくしてあったと言うべきだろう。自身が騎士として葬られたのならば 、その者が最後まで闘っていた証として その身体には、少なからずとも剣一本は腰や背中に差してある筈だ。と自身の身体を触れ回していると 背中をまさぐる左手に、"柄"のようなモノが触れ、それが自分の元の肉体が背負っていた
武器で有ると確信する。_____
「 成程、こういう事ね 。.... 」
武器があった、それだけでもかなり心の余裕が出来たので 柄に触れた
左手でその柄をがっしりと掴み、右手でも柄を持ち上げる左手を支えるようにその柄を掴み、そして両手を駆使し その武器を持ち上げて、その刃となる部分を自身の眼前にへと持って来る。_____
その武器を見た時 、自分の心の中には驚きに支配された。
その剣は余りにも"大き過ぎた"のだ。大きく重く、そしてあまりにも大雑把に設計されたその剣は、正に"鉄塊"と呼ぶに相応しい程の特大剣だったのだ。_____
「 ... くく 、オレってば こんな武器使ってたんだなぁ 。 」
兎にも角にも 反撃する準備は出来た。この魔をも容易に切り裂くような鉄塊ならばどんな者が来ようとも斬り伏せられる。初めて見た筈の
武器であるにも関わらず、ソレしか頼るモノが無いのか。藁にもすがる思いでその考えを繰り返し反芻させ、額に冷や汗を流しながらその汗が
眼を通り、頬に垂れる事すら忘れ。その鉄塊を横に構え直しながら静かにその纏わりつく殺気を垂れ流しにしている者を奇襲するように、と静かに墳墓の棺が三段に置かれていた、ちょうど人一人が隠れられそうな物陰に潜みながら静かにその存在が来るのを待ち伏せていた。_____
巨大な武器を好きにならない男の子なんていないはず