マタが出てくるまではポンポン更新したいなと思っています。
逃走中のワゴン車の中。新宿のネオン街が窓の外を後ろへと流れていく。
「これで分かったでしょ? あんたたち、追われる身なのよ。赤ちゃん、奴らに渡したくないでしょ?」
ハンドルを握るレモンの後ろで、対面席に座るローズが前を見据えて言った。現在進行形で襲撃を受けたのだ。この事実は、言葉で説明されるよりも何倍もわかりやすかった。
「当たり前じゃない!」
みさえさんが、ひまわりを抱きしめたまま食い気味に叫ぶ。
「で、どうすんだ。これから」
ひろしさんが、面倒なことに巻き込まれたと顔をしかめ尋ねた。
「そうねぇ……」
ローズが口元に手を当てて思案する。俺は知っている。次に行くのは――。
夜の闇の中にライトアップされた巨大な看板が浮かび上がるーー
『ニコニコ健康ランド』
「おい……良いのかよここで。健康ランドだぜ?」
駐車場に車を停め、困惑気味に看板を見上げるひろしさん。
「そうよー、ここの割引券持ってるの思い出したの!」
ローズが紙切れを取り出し、呑気に笑う。
(ここを経由する意味、あったのかな……)
俺は映画の知識を脳内で反芻しながら、密かに疑問を抱いていた。追われている身なのだから、もう直で珠由良族の本部に向かう方が合理的な気がするんだけど、と。もちろん、口には出さないが。
「まぁ、いいわ。下手に夜の街を動き回るよりは安全かもしれないし……入りましょ」
ラベンダーの言葉に促され、一同は健康ランドの入り口へと向かっていく。
その背中を見送りながら、俺は一人クルリと引き返し、駐車場に停められたワゴン車へと向かった。
スライドドアを開けると、後部座席でポツンと丸まっていた白い毛玉――今回の映画において、不遇なほどに車内に放置されまくることになる愛犬シロが、不思議そうにこちらを見上げた。
「ほら、シロ。さっきのスナックから、こっそりつまんできたビーフジャーキーだ」
俺がポケットから取り出した肉の欠片を差し出すと、シロは「はふっ、はふっ」とありがたやーという風情で貪り食った。
「お前……今回、出番も少ないし放置されまくりでめっちゃ大変だろうけど……頑張ろうな」
俺が哀愁漂う声で頭を撫でると、シロはジャーキーを咀嚼しながら「くぅぅん?」と小首を傾げた。
「かける兄ちゃーん! 行くゾー!」
入り口の方からしんのすけの声が響く。
「あー、すぐ行く!」
俺は急いでドアを閉め、みんなの後を追った。
「せっかく来たんだから、お風呂入らなきゃね。じゃ、またあとで宴会場でねー」
着くなり、またしても呑気なことを言うローズ。
しかし、それに文句を言う者は誰もいなかった。逃亡劇で汗もかいたし、何より健康ランドに来たらお風呂に入りたいというのは日本人のサガだ。俺も死ぬほど入りたい。
男湯と女湯ののれんの前で解散……となった瞬間、しんのすけが流れるような足取りで女湯の方へ吸い込まれようとした。
「やめとけ、しんのすけ」
俺はすかさずしんのすけの手を引き、物理的に阻止した。
「あぁーん! もうちょっとで見れそうだったのにぃ!」
「あのなぁ、モラルとマナーはこういう場ではちゃんと守らなきゃダメなの!」
俺は軽く叱り飛ばした。
(時代のせいだろうか、今じゃ五歳児でも女湯に入れるかはかなり怪しいラインだぞ……)
「ほうほう、モデルさんとマナーモードですな」
「……お前、絶対わかってないだろ」
呆れながら、俺たちは男湯の脱衣所へと入った。
「はぁ〜……疲れた」
カゴの前に座り込み、ベルトを緩めながらひろしさんが深い溜息をつく。
「大変だねぇ、とーちゃんも」
「誰のせいだ、誰の!」
しんのすけの他人事のようなコメントに、ひろしさんがガミガミと噛みついた。
――その時だった。
「きゃあああああああああっ!!」
壁を隔てた女湯の方から、みさえさんのつんざくような悲鳴が響き渡った。
「どうしたみさえ! 大丈夫か!」
ひろしさんの顔色が一変する。珠黄泉族の追っ手が来たのか!? と言わんばかりの勢いで、ひろしさんは服も脱がずに女湯の方へと駆け出していった。
(あー……そういえば、こんな展開あったな)
その勇姿を見送りながら、俺の脳裏に映画のワンシーンが蘇る。
『キャアー!』『痴漢よーっ!』『いやぁぁぁっ!』
「うわぁっ! す、すいませーんっ!」
数秒後、女湯から女性たちの悲鳴と桶が飛んでくる音と共に、ひろしさんが涙目で逃げるように飛び出してきた。
「なんなんだよ、みさえー……」
のれんの隙間から顔を覗かせたみさえさんに、ひろしさんが抗議する。
「ごめーん。体重計乗ったのぉ」
みさえさんは、半笑いで照れ隠しをするように頭を掻いた。
「……増えてたのか……?」
「わかるわぁ。私も体重計乗ってしょっちゅう悲鳴あげたくなるわぁ」
ひろしさんの後ろから一歩前に出てみさえさんの手を握り、ローズが共感の声を上げる。
「ったく……なんでこんな時に計るんだよ……」
とぼとぼと肩を落として男湯に戻ってくるひろしさん。俺は苦笑しながら彼を出迎えた。
その時、ひろしさんの後ろを通り過ぎるようにして、一人の女性が女湯へと歩いていくのが見えた。
茶髪の長い髪を揺らし、緑色のジャケットを着たスタイルの良い女性だ。
「今日の変わり風呂、なにかなぁ…」
彼女は独り言を呟きながら、のれんの奥へと消えていった。
(あー、そうか。思い出した)
俺は、彼女の緑のジャケットを目で追いながら、一人静かに納得していた。
メタ的な視点になるが、なんで追われている最中にわざわざ健康ランドなんて寄ったのか疑問だったが、そういうことか。
(この先の展開で絶対に必要になる重要人物……『グロリア』さんとエンカウントするための、この健康ランドか)
やはり、物語の引力というものは侮れないらしい。
やっと脱衣所。
カゴの前に立ち、Tシャツを脱いで服を畳んでいると、背後からねっとりとした視線を感じた。
「あらぁ……かけるくん、服の上からじゃ分からなかったけど、結構良い体してるわねぇ」
「無駄な肉がなくて、 アタシ好きだわぁ」
「ちょっと触らせてくれない?」
ローズ、ラベンダー、レモンの三人が、ジリジリと距離を詰めてくる。男湯の脱衣所である以上、彼女たちも当然ここでは男性側のスペースにいるわけだが、中身が乙女なだけにその視線は完全に肉食獣のそれだ。
「セクハラはやめてください!」
俺は呆れながらキッパリと言い放ち、バスタオルを腰に巻くと、ロッカーの扉をバンッと勢いよく閉めた。
「はぁぁぁ…………極楽だぁ……」
広い湯船に肩まで浸かり、俺は魂が口から抜け出るような声を漏らした。
(最高すぎる……。ドン・クラーイでの死闘の疲れが、温泉の熱と一緒にじわーっと溶け出していくのがわかる……)
泥臭い戦闘、やっとの思いで終わったのに、さらに怒涛の展開。常に張り詰めていた神経が、ニコニコ健康ランドの広いお風呂によって強制的に弛緩していく。
隣の湯船では、しんのすけが「ケツだけ星人」の状態でぷかぷかと浮きながら、ローズたち三人に『ケツだけ泳ぎ』のコーチングをしている。
「違うゾ、もっとこう、ブリブリ〜ッとだゾ!」
「こうかしら? ブリブリ〜」
「あらやだ、結構腹筋使うわねコレ」
(……気にしない。俺は今、お風呂を満喫するんだ)
俺は目を閉じ、視覚からの情報を完全にシャットアウトした。
「はぁ……ひどい目に遭ったぜ……」
俺の隣で、ひろしさんがタオルを頭に乗せながらボヤく。
「かけるくん。せっかくウチでゆっくり休めるはずだったのに、こんなトラブルに巻き込んじまって……本当に悪いな」
ひろしさんは申し訳なさそうに苦笑しながら、お湯をパチャパチャと掻く。
「ひろしさんが謝ることじゃないですよ。俺も今は野原一家の一員として居候させてもらってますから。いざって時は、遠慮なく俺のことも頼ってください」
俺は真剣な顔でひろしさんの方を向き、念を押すように言った。
俺の言葉に、ひろしさんは少し驚いたような顔をした後、嬉しそうに目尻を下げた
「ああ。頼りにさせてもらうよ、かける兄〜ちゃん」
二人で笑い合っていると、目の前の水面を、しんのすけを先頭にした
『ケツだけ泳ぎ四連星』がブリブリブリ〜ッと横切っていった。
「…………」
「…………」
俺とひろしさんは無言で顔を見合わせる。
「……なぁ、かけるくん。あのおバカ四人、ちょっと沈めてきてもいいか?」
「俺も手伝います。大外刈りでいきましょう」
俺たちが立ち上がった瞬間、ひろしさんが容赦なくしんのすけの突き出た尻を平手でスパンッ! と叩いた。
「あひぃんっ!」
しんのすけの間抜けな声が、男湯の広い天井にこだました。
◇
お風呂上がり。健康ランドの大宴会場。
畳敷きの広いスペースの一角に陣取った俺たちのテーブルには、気づけばジョッキのビールとジュースが並んでいた。
「カァーーッ! たまんねぇなぁ!」
キンキンに冷えたビールを喉に流し込み、ひろしさんが満面の笑みでジョッキを置く。
その隣で、みさえさんが「んんっ」とわざとらしく咳払いをし、ジト目でひろしさんを睨みつけた。
「……なーんて、言ってる場合じゃーないと……」
妻の無言の圧力に屈し、ひろしさんが慌てて真面目な顔を作る。
「で、この後はどうするんだ?」
「そうねぇ……とりあえず、焼き鳥の盛り合わせでも頼みましょうか」
メニュー表を開きながら、ローズが暢気に答える。
「おっ、いいねぇ! 塩とタレ、両方頼もうぜ」
「オラ、レバーいらな〜い」
「じゃなくて!! これからどうするかって話をしてんだよ!!」
ボケにボケを重ねるオカマと息子に、ひろしさんが激しくツッコミを入れる。
(隙あらばボケるなこの人たち。よく疲れないな……)
「冗談よ」
ローズがメニュー表を置き、真剣な顔つきに変わる。
「お風呂で考えたんだけど……やっぱり『珠由良族本部』へ行くのがいいと思うの」
(出た。ついに行くのか)
俺はウーロン茶の入ったグラスを握りしめながら、密かに息を呑んだ。
「「本部?」」
ひろしさんとみさえさんが首を傾げる。
「やっぱりそうなるわね」
「あそこなら安全だし」
ラベンダーとレモンが頷く。
(安全…じゃないんだよな……あそこが一番の修羅場になるんだから)
「どこなの? それ」
「青森県、あそれ山」
「「青森ぃ!?」」
ひろしさんとみさえさんが揃って声を上げる。
「恐山なら知ってるけど……あそれ山なんて聞いたことねえぞ」
「あそれ山は私たちの故郷。もう一つの玉はそこにあって、珠由良の戦士たちが守っているの」
「あそれ山にいれば、珠黄泉の女たちが襲ってきても大丈夫よ」
(女たち『だけ』なら大丈夫だろうな。でも……来るのはあの男だ)
俺の脳裏に、ヘクソンの顔がよぎる。
俺が一番本腰を入れて立ち回らなければいけない最大の難所。いまだに「心を読む相手」にどう対処していいか、明確な答えは出ていない。
「あそれ山に行きたい人ー?」
ローズが挙手を促す。
「「「「はーい」」」」
ラベンダー、レモン、しんのすけ、そして俺の手が、ピッとまっすぐに挙がった。
(行くしかない。行かなきゃ未来がズレて対処不能になる。結局は原作通りに進めないとだめなんだ…)
終盤の戦闘で「俺を楽しませろ」などと抜かす変態超能力者が、俺の存在によって何をしでかすか予測できない以上、下手なことはできない。
「ハイ、賛成多数で決定ね」
「わけもわからず手ぇ挙げるんじゃねぇよ!」
ひろしさんがしんのすけに声を荒げる。
「かけるくんも、なんで手挙げちゃうのよ……」
みさえさんが呆れたように俺を見る。
「いやー、まぁ、」
俺が苦笑いしながら弁解しようとした、その時。
俺の背後から、不意に声が掛かった。
「ちょっと、いいかしら」
「ん? あら、なにかしら?」
ローズが首を傾げて女性を見上げる。そこに立っていたのは、先ほど脱衣所ですれ違った、緑のジャケットの女性だった。
「千葉県警の者よ。そこの坊主頭三人組に聞きたいことがある」
「あ、あらぁ。アタシたちがなにかしら?」
ローズがしらじらしく返すが、女性の目は鋭い。
「成田空港で暴れたオカマの三人組を追っているんだが…」
(……出た。映画には必要不可欠な人材でありながら、作中で一番イカれてる人だ)
俺は冷や汗を流しながら、彼女――東松山よね、もといグロリアを見つめた。
「あんた、本当に警察の人? 証拠はあるの?」
ラベンダーが疑わしげに尋ねる。
「手帳はロッカーだ……。でも、これでわかってもらえるかしら」
よねは迷いなく服の内側に手を突っ込み、何かを探り始めた。
「ほーら、これでどうだッ!」
よねが勢いよく突き出したのは、鈍く光る鉄の塊。……拳銃だ。
(……これだよ。民間人の、しかも宴会場のど真ん中で拳銃を抜くんだ、この人は。手帳の代わりに拳銃で身分を証明しようとするのが、まず根本的におかしいだろ……)
「それ、本物ぉ? リアリティないわよね、最近のおもちゃは」
ラベンダーが鼻で笑う。そりゃそうだ、普通の本物の警官がこんな場所で銃を出すわけがないと誰もが思う。
だが、俺だけはこの後の展開を知っている。俺はそっと、両手で耳を塞いだ。
「本物よ!」
よねが力んだ、その瞬間。
――バァァァァァァァァンッ!!
宴会場の喧騒を完全に切り裂く、乾いた、それでいて重い破裂音。
銃口から火を吹き、焼けた硝煙の匂いが一気に立ち込める。
俺たちのテーブルの真ん中に、ぽっかりと黒い穴が空いた。隣のテーブルの酔っ払いおじさんのビールの中に、キンッ、と音を立てて熱い薬莢が飛び込む。
「おい! ねえちゃん! こんなところでモデルガンなんか振り回すなよな!」
おじさんが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「ごめんなさーい! すぐに新しいビール瓶、アタシが頼んでおくから許してちょーだい!」
ローズが即座に愛想笑いで気を利かせ、騒ぎを力技で収めようとする。
(……やばすぎるだろ。普通撃つか? 健康ランドだぞ、ここ……)
俺は耳から手を離し、呆然とする。
「ね、ねえ、わかったから。アタシたちの話も、ちょっと聞いてもらえないかしら……」
よねの狂気?に気圧されたローズが、珠由良族と珠黄泉族の因縁、魔人ジャーク、そしてひまわりのお腹にある玉のことを、かいつまんで説明した。
「……信じてもらえるかしら?」
ローズが恐る恐る尋ねるが、返ってきたのは、よねの震えるような歓喜の声だった。
「……やっと。やっと、銃を抜けるような事件に巡り会えた…!」
「やだぁ、この人変!!」
「な、何をそんなに楽しそうにしてんだよ! さっきみたいな調子で撃たれたらたまんねぇぜ!」
みさえさんに続いてひろしさんも悲鳴に近いツッコミを入れるが、よねは無慈悲にも手に持った銃口をひろしさんの方へ向けた。
「ひぃっ!? あ、あーごめんなさいごめんなさい!」
ひろしさんが慌てて両手を挙げて降参する。
「私の銃は人殺しの道具ではない。悪を討つ正義の銃よ。弾は悪人にしか当たらないから安心しなさい」
よね――グロリアは、キリッとした表情で、どこか遠くを見つめながら言い放った。
(……ハリウッド映画に憧れてて、拳銃を出し、公衆の面前で発砲し、さらに民間人に銃口を向ける……。作中屈指のヤバい人だよ、この人……)
「おぉ〜、かっこいいゾ〜!」
「ステキ〜!」
しんのすけとオカマ三人がパチパチと拍手を送っているが、ひろしさんとみさえさんは顔を引き攣らせて固まっている。
(……でも。この人、後の展開ではめちゃくちゃ大活躍するんだよな……)
俺は得意げにしている彼女を見つめながら、これから始まる、さらにハチャメチャな逃避行を覚悟して深くため息をついた。
よねさんがしんのすけたちから拍手喝采を浴びていたその時、それを遮るように、宴会場のステージから太鼓の音が鳴り響いた。
ゆっくりと、ステージの垂れ幕が上がっていく。
そこに立っていたのは、見慣れた浴衣姿に身を包んだ、異様な集団――珠黄泉族の一同だった。
「……あいつらだ」
ひろしさんが低く唸る。
「奴らか?」
よねさんが鋭い声で尋ねると、「そうよ」とローズが頷いた。
♪〜〜ッ
突如として、ステージ上のスピーカーから陽気なイントロが流れ始めた。
『こんにちは〜、こんにちは〜、西のくにから〜』
珠黄泉族の面々が、ナカムレを筆頭に満面の笑みで『世界の国からこんにちは』をフルコーラスで踊りきっていく。
(……マジで異様で怖いんだよな、このシーン)
襲いにきているはずの人たちが、宴会場のステージで一糸乱れぬラインダンスを踊っている。その不気味なギャップに、俺は背筋が粟立つのを感じた。
「ふーん……しょせん銀座の女のショーなんて、この程度よ!」
しかし、オカマのプライドに火がついたのか、ローズは腕を組んで納得のいかない表情で鼻を鳴らした。
「そーだそーだ! 三波春夫が泣くゾ!」
しんのすけがそれに続いて野次を飛ばす。
(この曲、三波春夫さんが一番有名らしいんだよな。当時の俺には全然わからないツッコミだったけど……)
と、俺が一人でメタな思い返しをしていると。
「そんなこと言うてる場合か!」
みさえさんが、ハリセンでも持っているかのような鋭さで二人にツッコミを入れた。
「警察だ。お前達全員逮捕する。抵抗する場合は撃つ!」
ここで、よねさんが前に進み出た。両手でしっかりと拳銃を構え、ステージ上のナカムレたちに銃口を向ける。
「おやおや、新しいお仲間でっか? わてらがほしいのはその弾でのうて、別の玉どすえ」
ナカムレが気味の悪い笑みを浮かべる。
「どいてなねーちゃん。ケガするぜ」
ステージからサタケが巨体を揺らして一歩前に出た。よねさんはその言葉に反応し、すぐさま銃口をサタケへと向け直す。一番でかくて一番厄介だと本能的に察知したのだろう。
「サタケ、あれで撃たれると痛いのんとちゃいますか?」
ナカムレがわざとらしく心配してみせると、サタケは鼻で笑った。
「どうせハッタリですよ。撃てやしませんって」
「試してみるか?」
よねさんが、まるでハリウッド映画の主人公さながらのキメ顔で凄む。
(……この人、『撃て』はするんだよね……。全然当たらないけど……)
原作を知っている俺は、確信を持って心の中で呟いた。
「オラぁ! いくぞぉ!」
サタケが咆哮と共に、ステージから飛び降りようと身構える。
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
鼓膜を破るような発砲音が、立て続けに四発鳴り響いた。
硝煙が漂う中、サタケがハッとして自身の巨体をペタペタと触り、弾痕を確認する。
……かすり傷一つない。一発も当たっていないのだ。この至近距離で。
「下手くそ」
サタケが心底馬鹿にしたように吐き捨てる。
「あれー?」
よねさんが、自分の銃をマジマジと見つめながら本当に不思議そうな声を上げた。
(よねさん……)
「あらー、使えないわあの娘」
ローズがキッパリと見切りをつけたように言い放つ。
「逃げるー?」
しんのすけが暢気に尋ねると、ローズは「そうね」と即答した。
俺たちが背を向けて逃げる体勢を取ったことに気づき、サタケやホステス軍団たちが「逃がすか!」とステージからわーっと追ってこようとした。
「ストップ!」
その瞬間、ナカムレの鋭い声が響いた。
サタケもホステス軍団も、俺たちも、まるで魔法にかけられたかのようにピタッと動きを止める。
「こんなとこで暴れたら、他のお客さんに迷惑どす」
ナカムレは周囲の酔っ払いたちを一瞥してから、俺たちに向かって言った。
「着替えて、表出て続きやりまひょか?」
「賛成〜! たまにはいいこと言うじゃないオバさん」
ローズがパッと顔を輝かせて同意した。
(……常識があるのか無いのか、本当にどっちなんだこの人たちは)
極道の抗争のような状況で「他のお客さんに迷惑だから外でやろう」という提案がすんなり通る。この世界のシュールなルールに、俺は頭を抱えたくなった。
「ほな、着替えて玄関前で集合どす。それまで手ぇ出したらあきまへんで」
ナカムレがルールを再確認するように忠告する。
「ヨーイドン!」
ナカムレの号砲を皮切りに、敵も味方も関係ない、全力疾走のお着替え競争が幕を開けた。
◇
男湯と女湯の間のロビー。
猛スピードで服を着て飛び出してきた俺たち男陣とオカマ三人の隣には、同じく異常な早着替えを済ませたサタケが一人で腕を組んで立っていた。
(……なかなかに気まずい)
敵の最強戦力と並んでお着替えの到着を待つという、あまりにもシュールな時間。
そこに、女湯ののれんを揺らして、みさえさんとよねさんが走り寄ってきた。
「お待たせ!」
「こっち全員ね。じゃ、先行ってるわ〜」
ローズが隣のサタケを意地悪く煽るように言い残し、俺たちは一斉に健康ランドの出口へと駆け出した。
「おいっ! こっちの女共はなにやってんだ!!」
背後から、置いてきぼりを食らったサタケの情けない怒声が響く。
(あの人も、ホステス軍団やマイペースな頭領にいいように振り回されまくってて大変だよな……)
俺は敵ながら少しだけ同情してしまった。
お着替え競争での圧倒的なアドバンテージ。このまま難なく逃げ切れるかと思ったが、思わぬトラップが待ち受けている。
「ああっ! 〇〇産業の部長さんじゃありませんか!」
「やあやあ、野原くんじゃないか。こんなところで」
健康ランドの出入り口での『ひろしさんの取引先との遭遇』である。
名刺入れを取り出し、深々と頭を下げて挨拶を交わすひろしさん。その間に、着替えを終えた珠黄泉族のホステス軍団とナカムレたちに完全に追いつかれてしまった。
だが、彼女たちは手を出してこない。
『サラリーマンの名刺交換は神聖な儀式。邪魔しちゃあきまへん』
という、ナカムレの謎のルールによる指示で、ひろしさんの挨拶が終わるまで全員で律儀に待機してくれたのだ。
――そして数分後。
店の外の駐車場。夜の静寂の中、俺たちと珠黄泉族はお互いに向かい合って対峙していた。
「ママ、武器の使用許可を」
チーママがナカムレに恭しく問う。
「まあ、よろしおす」
武器。その物騒な単語に皆んなが身構えた、次の瞬間。
ホステス軍団が一斉に懐から取り出したのは――クルクルと宙を舞う、新体操で使うような色鮮やかな『リボン』だった。
「「「「…………」」」」
全員が、完全に困惑して固まる。
「どうだ! このホステス軍団は新体操格闘術の使い手。恐れ入ったか! ホーッホホホ!」
チーママが腰に手を当てて自慢げに高笑いする。
しかし、あまりにも意味不明すぎるその武器に、皆んなの緊張の糸は完全にぷつんと切れてしまった。
「……今年のセ・リーグはどうかな?」
「やっぱ巨人じゃない?」
ひろしさんとラベンダーが、完全に敵を無視して全然関係ない野球の雑談を始め、みさえさんたちも他の雑談に花咲かせる。
(……時代を感じる雑談だな。やっぱり90年代の空気だ)
俺が一人で感慨に耽っていると、無視されたチーママが顔を真っ赤にしてキレた。
「関係ねぇような顔してんじゃねぇよ!! これはただのリボンじゃない! これを見ろ!」
そう言ってチーママがどこからともなく取り出したのは、立派な一本の『大根』だ。
「こっちも見ろ!」
それに張り合うように、しんのすけがみさえさんの太ももを腕全体でバーンとアピールした。
「どういう意味よ!!」
正真正銘の大根足いじりである。
「ぶふっ……!」
俺はこらえきれず、つい吹き出してしまった。
「かけるく〜ん?」
みさえさんが、口角だけを上げた全く笑っていない目でこちらを振り向く。
「す、すいません。つい……」
「ついってなによ!」
(すいません……俺、映画のこの大根足のシーン、かなり好きなんです……!)
俺が心の中でみさえさんに平謝りしていると、痺れを切らしたチーママが手に持っていた大根をふんっ! と宙に放り投げた。
すかさず、リボンを持っていたホステスの一人がステップを踏み、大根に向けてリボンを鋭く振るう。
シュパパパパッ!! という風切り音と共に、大根は空中で完璧な『輪切り』にされ、別のホステスがスッと差し出したお皿の上に見事に重なって着地した。
「「「「おぉー!」」」」
敵味方関係なく、一同から感嘆の声が上がる。
「輪切りしかできまへんの?」
隣から、まるで深夜のテレビショッピングのサクラのようなナカムレの問いかけが入る。
「とんでもない! 手首の使い方ひとつでイチョウ、短冊、サイの目、どんな切り方だってオッケー!」
チーママがカメラ目線でドヤ顔をキメた。
パチパチパチパチッ!
全員から惜しみない拍手が送られる。
「あら〜便利」
「欲しいわ〜」
「これは買いですな」
みさえさん、ローズ、しんのすけが、完全に通販番組の主婦のノリで感心している。
「さて、気になるお値段は……」
「なんぼ? わても欲しおす」
「じゃなくて!!」
チーママがノリツッコミを入れた、まさにその時。
キキィィィィィィッ!!
俺たちの背後から、ハイビームの車のライトがチーママたちを照らし出した。
いつの間にか駐車場でワゴン車をスタンバイさせていたレモンが、ホステス軍団のど真ん中へ向けて猛スピードで突っ込んできたのだ。
「「「きゃあああっ!?」」」
蜘蛛の子を散らすように避ける珠黄泉族。
その隙を突き、スライドドアが開いたワゴン車に俺たちは次々と転がり込んだ。
「じゃ、そゆことで〜」
しんのすけが律儀にホステスたちに手を振り、レモンがアクセルをベタ踏みする。
これで逃げ切れる――そう思った瞬間。
「逃がすかぁぁぁッ!!」
凄まじい初速で飛び出したワゴンの横に、野獣のようなスピードでサタケが追いついてきた。そのまま、まだ閉まりきっていないスライドドアの縁に、巨大な両手でガシィッ! としがみつく。
「最初はグー! じゃんけん、ぽん!」
が、車内のしんのすけがサタケに向けて唐突な合図を出した。
「おわっ!?」
サタケは条件反射で、なぜかグーではなく『パー』を出してしまい――当然、ドアから両手が離れた。しんのすけは、ちゃっかり『グー』を出している。
「あー、まけちゃったぁ」
遠ざかるサタケを見ながら、しんのすけが悔しそうに漏らす。
『はっはー! 俺の勝ちだぁーっ!』
夜の駐車場に置き去りにされながら、じゃんけんに勝ったサタケの嬉しそうな声が遠くから響いてきた。
(……ほんと、どこまでも良い人だな、あの人は)
俺は安堵の息を吐きながら、サタケさんの人の良さにまたしても同情してしまった。
「追ってくるわよ! 掴まって!!」
運転席のレモンが叫んだ。
後ろを振り返ると、健康ランドの駐車場から、チーママとホステス軍団を乗せた二台の黒いセダンが猛スピードでこちらを追走してくるのが見えた。
「くそっ、しつこい女たちだぜ!」
ひろしさんが後部座席から後ろを睨みつける。
深夜の国道。二台のセダンは左右に展開し、俺たちのワゴン車を挟み撃ちにしようとジリジリと距離を詰めてくる。
「舐めないでよね!」
レモンが不敵に笑うと、ステアリングを激しく切った。
ワゴン車はタイヤを軋ませながら、大型トラックがひしめく交差点の隙間を縫うようにして強引なドリフトターンをキメる。
「「きゃああああっ!」」
「ひぃぃぃぃ!」
車内は遠心力で阿鼻叫喚の嵐だ。俺もシートベルトを握りしめ、窓ガラスに顔を押し付けられそうになるのを必死で耐える。
後続の二台は、レモンの神がかったコーナリングについてこれず、一台はトラックの陰に阻まれて急ブレーキ。もう一台は勢い余って路肩のカラーコーンの山に突っ込み、見事にスピンして停車した。
「ふぅ……! どうにか撒けたみたいね」
バックミラーから追っ手の姿が消えたのを確認し、レモンが息を吐く。
「ひどい目に遭ったゾ……」
目を回したしんのすけが座席に倒れ込んでいる。それを横目に、俺は一人、暗い車内で静かに拳を握りしめていた。
(いよいよ珠由良族の本部……青森の『あそれ山』が近づいている)
来る。あの心を読む最強のバケモノ、ヘクソンが。
俺の知識が奴にどこまで通用するかはわからない。だが、原作の知識と、ドン・クラーイで培った死線の経験のすべてを懸けて、必ずヘクソンを出し抜いてみせる!
(やってやる……! 待ってろよヘクソン――!)
俺は燃えたぎる闘志を胸に、決戦の地に向けてこれ以上ないほど意気込んでいた。
◇
(――なんて。……あんなにも熱く、闘志に燃えていた時代が、俺にもありました)
「あぁん、キツく縛られすぎて腕がうっ血しそう〜」
「ちょっとアンタたち! レディに対して扱いが乱暴すぎるわよ!」
場面は変わり、深夜のスーパーマーケット・鮮魚コーナー出口。
俺は、ラベンダーとレモンと共にしんのすけ達の乗るワゴン車を見送りながら、太いロープで後ろ手をぐるぐる巻きにされ、無様に捕まっていた。
グロリアさん以上にイカれた味方側の人いるかな。
見返してたらひろしに銃向けてて、えぇ…ってなりました。
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