映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ『   』   作:カシ

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第4話 バナナ

 

 原作を知っている俺が、なぜこんな無様な姿で捕まっているのか。

 ちょっと、その経緯を説明させて欲しい。途中までは、しっかりストーリー通りだったのだ。深夜のカーチェイスからの、ひろしさんのトイレ休憩。原因はビールの飲み過ぎ。

 

 そこで追っ手に追いつかれて、よねさんと一緒に車外に放り出されるのも、完全に原作のままである。

 二人がここで離脱する展開には、正直心が痛んだ。痛んだんだけれども。下手に手を出して未来を歪めるわけにもいかず、俺はギュッと目を瞑るしかなかったのだ。その後はワゴン車で夜を明かした。

 オカマ三人が朝イチで頭をシェーバーで剃り上げるのを眺めるのも、やっぱり原作通りだ。

 ここまで何も問題はない。

 原因は、やはりあのスーパーマーケットだ。

 ひまわりのオムツが切れて、買い足すために立ち寄った場所。ここで珠黄泉族に襲われることも、俺の記憶には完璧に刻まれていた。

 なんなら、襲撃に備えて早めに逃げられるよう、オムツを先に見つけて買っておいたくらいだ。慣れないスーパーで目当ての物を見つけるのって、地味に大変だからね。

 ひまわりとしんのすけがカートごと連れ去られる。それをローズ、レモン、ラベンダーの三人が取り返す。

 うん、そこまでは良かった。

 オムツをレジに通していた俺は、騒ぎに気づいてそちらへ向かった。

 

「始まったか」

 

 ……なんて、ちょっと呟いてみたりして。

 見れば、みさえさんがホステスに絡まれていた。おまけに、しんのすけにチューブのわさびを発射されて顔面に被弾している。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 発狂したみさえさんが、ホステスを見事に蹴り飛ばした。

 (……やるな、みさえさん。)

 俺は買ったばかりのオムツを持って駆け寄り、みさえさんに素早く手渡す。

 

「ムーミーのMサイズです! 早く逃げましょう!」

 

 伊達に野原家に居候しているわけじゃないのだ。

 みさえさんが特売スーパーという名の戦場に向かう時、ひまわりの子守りを任されていたのは俺である。ひまわりのお気に入りオムツくらい、バッチリ把握しているっての。

 

「えっ、ありがとうかけるくん!」

 

 驚きながらも、みさえさんはオムツを受け取ってくれた。これでオムツコーナーに寄り道してカートを走らせる必要はなくなる。

 かなりのショートカットだ。

 これで確実に逃げられる。そう確信していた。

 ラベンダーとレモンが、俺たちを逃がすために原作通りしんがりを務めてくれる。

 

「先に行って!」

 

 みさえさんが先頭で走り出した。ローズがそれに続いて出口に向かう。

 よし、俺もついていこう!

 そう思って床を蹴ろうとした、その瞬間だった。

 ――視界が、スローモーションで宙を舞った。

 

 ……は?

 

 なんだ? なんで俺、スーパーの天井を見上げてるんだ?

 状況が全く把握できない。背中を強く打ち据え、仰向けで倒れながら辺りを見渡してみる。俺の横に落ちていたのは、黄色いアイツ。

 バナナの皮だった。

 まじかよ……。

 そう、俺はバナナの皮で見事に滑って、盛大に転んだのである。

 

「そんなばなな」

 

 ……なんて、呑気なダジャレを言っている場合じゃない。

 原因は分かっている。ラベンダーがチーママを止めるためにバナナを原作通り投げ込んだのだ。チーママが見事にそれを踏んだ。そこまではいい。

 だが、チーママが踏み抜いたバナナの皮がどうなったか。

 無情にも俺の足元にスパーン! と飛んできたのである。

 そして不運にも、俺がそれを全力で踏み抜いてしまった……というわけだ。

 避けられる訳がない。

 

(マジで……「そんなばなな」で片付く不運じゃねぇんだけど……。)

 

 

 ……とまあ、こんな感じである。

 夜の街道の彼方へと消えていくワゴン車。

 それをスーパーの出口で立ち尽くしたまま見つめながら、俺は深く、それはもう深くため息を吐き出した。

 

「くそっ、こんな奴らじゃ人質にもならねえか」

 

 チーママが心底忌々しそうに舌打ちをする。

 

「おい、早くこいつら連れてけ。オカマ二人とバナナで滑ったガキなんて、近くに居たくないんだよ」

 

 喚き散らすチーママ。

 あまりの理不尽さに、俺はつい捻くれたジョークで煽り返してしまった。

 

「……俺は、あんたが踏み飛ばしたバナナの『お下がり』を処理しただけなんだけどな。あの華麗なスッ転びっぷり、芸術点満点でしたよ」

「んだとコラァァァッ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてくるチーママ。

 その甲高い声をBGMに、俺は完全に虚無の顔になっていた。

 はぁぁぁ……。

 あんなにやる気満々だったのに。ヘクソンに向けて、バチバチに気持ちを作っていたというのに。

 ちょっとくらいならいいかと思って、オムツを先に買ったりしてさ。

 スーパーで『始まったか……』なんて、調子に乗って呟いたりして。

 その結果が、バナナで滑って捕まる、である。

 もう捕まったらやりようがない。映画の知識もクソもないのだ。

 いいよもう。

 俺の心の中から、凄まじいスピードでやる気が消失していくのが分かる。

 

「ごめんなさいね……私が投げたバナナが……」

 

 隣で同じく捕まっているラベンダー。

 彼女が、本当に申し訳なそうに謝ってきた。

 

「いいんですよ……俺はバナナです」

 

 もう適当である。

 思考回路が完全にショートしていた。

 

「拗ねてる……」

「拗ねてるわ……」

 

 ラベンダーとレモンが、同情するような目でヒソヒソと囁き合う。

 

 (拗ねてねぇし……)

 

 こうして俺たちは捕まり、珠黄泉族の黒のセダンへと運ばれていくことになった。

 はぁ、縛られたまま車に乗るのとかやだなー。エコノミークラス症候群になりそうだし、解いてくれたりしないかなー。

 なんて、脳内で現実逃避をしていると。

 ……って、え?

 ちょっと待って。俺、トランクなの?

 ホステスたちに引きずられていく俺たち。

 ラベンダーとレモンは、ギュウギュウに後部座席へと押し込まれた。

 なのに。俺だけなぜか、パカッと開いたトランクの方へと誘導されている。

 

 「ちょっと!その子まだ高校生よ!!私がトランクに入るからその子を後部座席にしなさいよ!」

 

 ラベンダーさんが身代わりになってくれようと声を荒げる。

 が、それも虚しく。

 

 「さっさと入れ」

 

 ドンッ、と。

 無造作に背中を押された。

 

 「いや、ちょっと! トランクに人入れて運転するのは普通に道路交通法違反の犯罪ですって……! ちょ、待って!」

 

 バタンッ!!!

 

 俺の必死の抗議も虚しく。

 無情にもトランクの扉が、重い音を立てて閉められた。

 完全な暗闇。

 ガソリンとホコリの匂いが充満している。

 ……この閉鎖空間で、銀座まで向かうのかぁ……。

 ブルルンッ、と響くエンジンの振動。

 それを背中で直接感じながら、俺のテンションはマリアナ海溝よりも深く沈み込んでいった。

 

 暗闇の中だと、嫌でも考え事が捗る。

 このまま敵の本拠地に連れて行かれるわけだが、その場合、最大の脅威であるヘクソンとは対面することになるのだろうか。

 映画の記憶を必死に手繰り寄せる。ラベンダーとレモンがスーパーで捕まった後、彼女たちがどう扱われていたのか。確かなのは、最終戦で『変なでかい置物』にぐるぐる巻きに拘束され、人質にされている状態から再登場したということだけだ。それまでの間、どこでどう拘束されていたのか、そんなシーンは映画には描かれていなかった。と思う。

 

(もし、ヘクソンと同じ部屋で拘束された場合は、状況はかなり、いや絶望的に厳しくなる)

 

 読心術を持つ男と同じ空間にいて、心を読まれでもしたら。

 俺の持つメタ知識が、文字通り筒抜けになってしまう。

 丁度本拠地に着く今のタイミングなら、ヘクソンはこれから青森に向かうところだから、すれ違いで不在だろう。だが、問題はあいつが『ひまわりを攫って帰ってきてから』だ。

 いや、問題はまだあるか……。

 考え事が捗れば、もちろん心配事もぽんぽんと数珠つなぎに出てくる。

 

(あそれ山の未来……俺がいないことで、変な方向にズレてないよな?)

 

 本来なら、俺が同行して少しのズレが生じたら道筋を直さなきゃいけなかったのに、当の俺はバナナで滑ってこの様だ。本当に大丈夫だろうか。万が一、俺がいないせいで村から死人が出たりしたら、俺は……。

 

 そんなふうにぐるぐると最悪のシミュレーションを繰り返していると、不意に車のエンジン音が止まり、停車した。

 ガチャリ。

 トランクが開け放たれ、朝の明るい日差しが一気に差し込んでくる。

 

「うっ……」

 

 ずっと暗闇にいた目には、あまりにも眩しすぎる。

 

「ほら、トランクの中は楽しかったか?」

 

 見上げると、チーママがニヤニヤと意地悪な嫌な顔でこちらを見下ろしていた。

 

(こいつ……さっき煽られた腹いせに俺をトランクに入れたのか)

 

 だが、トランクの中の数時間なんて、この世界で公園の遊具の冷たい床で四日ほど野宿して過ごした時に比べれば、比較にならないほどマシだ。

 俺はチーママの煽りを完全に無視し、無言でトランクから這い出た。相手にするだけ無駄だ。終盤にサタケさんにボコボコにされちゃえばいいんだ、こいつは。

 そのまま、俺とラベンダー、レモンの三人は、ロープで数珠つなぎに引かれながら、ビルの上層階へと向かうエレベーターに乗せられた。

 

「……大丈夫? かけるくん」

 

 ラベンダーさんが、俺の顔色を伺いながら優しく気にかけてくれる。

 

「ええ、慣れてますから」

 

 俺が真顔で即答すると、ラベンダーさんとレモンは「慣れてるの……?」と困惑した顔を見合わせた。

 心配させて申し訳ないが、仕方ない。実際、この世界でひどい目に遭ってきているから、『慣れている』のだ。

 やがて、長かったエレベーターがようやく到着を告げる音を鳴らした。

 

(高すぎるだろ、このビル……)

 

 扉が開き、連行された先の一室。

 そこには、和服姿のナカムレが静かに椅子に座り、こちらを見つめていた。

 ナカムレの前には立派な楕円形の机が置かれており、その机の上には、『一枚の地図』が広げられている。

 

(……!!)

 

 これは、まずい。

 明らかにこの部屋は、映画の中でヘクソンが超能力を使って玉のありかを探っていた、あの部屋だ。

 ということは、ヘクソンは青森から戻ってきたら、確実にこの部屋にやって来る。

 

「ほれ、そこへ大人しゅうしてなはれ」

 

 ナカムレの指示で、俺たちは部屋の奥へと追いやられた。

 俺は嫌な汗をダラダラと垂らしながら、オカマ二人と共に、記憶の通りあの『変なでかい置物』へと背中合わせにきつく縛り付けられたのだった。

 

幸い、俺たちが縛り付けられている変な置物は部屋の隅っこにある。この声量なら、ナカムレたちに話は聞かれないだろう。

 

「ラベンダーさん、レモンさん。……お願いがあります」

 

 俺が小声で囁くと、背中合わせに縛られている二人がわずかに顔を向け、耳を傾けてくれた。

 

「これから数十分後か、数時間後か……珠黄泉族の血を引く移民の子孫であり、超能力者である『ヘクソン』が、この部屋に来ると思うんです」

 

 俺の言葉に、二人が息を呑む気配がした。いくらなんでも超能力者なんて、流石に半信半疑だろう。

 

「なんでそんなことを知ってるかっていうのはこの際置いておいて…。もし来たとして、なにをするの? 特攻でもすればいいわけ?」

 

 レモンさんが訝しげに聞いてくる。

 

「いえ、して欲しいのは……」

 

 俺は、ヘクソンの厄介すぎる能力と、それを逆手に取った『対抗策』を二人の耳元で手短に説明した。

 

 

 

 

 

 

 長いエレベーターに乗り、上層階への到着を待つ。

 箱の中には静寂ではなく、鼓膜を突くような赤ん坊の泣き声が響き渡っていた。

 

「ふぇぇぇぇんっ!! あぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 ヘクソンは、そのうるさい泣き声に対して怒りの感情を抱くことはなかった。ただ、『親から離れ、見知らぬ自分に連れ去られたのだから泣いているな』と、至極当然の事実を機械的に認識しているだけだった。

 チンッ、と無機質な音が鳴り、エレベーターが到着する。

 静かに足を踏み出し、ナカムレたちが待つ部屋へと入る。

 

「玉を回収した」

 

 ヘクソンは短い報告と共に、泣き叫ぶ赤ん坊を片手で摘まみ上げるようにして、前方へと突き出した。宙ぶらりんにされた赤ん坊の泣き声が、さらに激しさを増す。

 ――その瞬間。ヘクソンの脳内に、強烈な他者の感情が割り込んできた。

 

『絶対ぶっ飛ばす…!』

 

 直球で純粋な、煮えたぎるような怒りの感情。

 その鋭さに少し気圧され、ヘクソンが感情の持ち主を探ろうと視線を動かすよりも早く、相手は自分から飛び出してきたようだ。

 

「おいてめえ!! なにしてやがる! 赤ん坊にぐらい優しくしやがれ!!!」

 

 怒声を上げ、ナカムレの隣に立っていた巨漢の用心棒――サタケが、ずんずんと大股で近づき、ヘクソンの手から引ったくるようにして赤ん坊を抱き抱えた。

 

「あぁ〜、だいじょうぶでちゅよー。こわかったでちゅねー、よしよしー、べろべろべろばー!」

 

 先ほどの怒号が嘘のように、サタケが満面の笑みであやすと、赤ん坊の泣き声は止み、ヒックヒックとしゃくり上げる程度に収まった。

 

(……見ていられないな。不快だ)

 

 ヘクソンは無表情のまま、冷たい視線を送る。

 

「玉を回収する。浣腸の道具を持ってこい」

「てめっ……だめだ! 自然に出るのを待つべきだ!!」

 

 ヘクソンの冷酷な指示に、サタケは赤ん坊を大事に抱え込みながらきっぱりと言い放った。

 

 ヘクソンの脳内に、『赤ん坊には絶対に手出しさせねぇ』というサタケの強固な意思が流れ込んでくる。

 二人の間に、睨み合いが続く。

 

「まあまあ、サタケ。お前が子供好きなのはわかってますけどもな」

 

 ナカムレが宥めるように間に入った。

 

「じゃあ昼、昼まで待ってください!」

「しゃあないなー、お昼までやで」

 

(……よしっ!)

 

 ナカムレの許可が出た瞬間、サタケから安堵と喜びの感情が爆発するように読み取れた。

 

(気持ち悪い奴だ)

 

 ヘクソンはサタケの思考の奥底へ少しだけ潜る。過去のベビーシッター時代の知識を引っ張り出し、どうにか赤ん坊に負担をかけずに異物を排出させようと必死に考えを巡らせているのが見えた。

 

(こいつは…いずれ裏切るな)

 

 ヘクソンは確信する。ここまで甘い人間は、悪には徹しきれない。いずれ珠黄泉族側から離反するだろう。だが、まあいい。こいつが歯向かってきたところで、自分の敵にはなり得ない。

 

「あぁぁぁぁぁぁ〜ん!」

 

 赤ん坊がまた泣き出す。

 

「ごめんね、こわかったでちゅねー。べろべろばー!」

「たややあっ!」

 

 次はケラケラと笑う赤ん坊。

 

「お前、この仕事向いてねぇんじゃねぇの?」

 

 呆れ果てたチーママが、サタケに毒づいた。

 玉さえ取り出せれば、赤ん坊も、サタケも、ナカムレたちも用済みだ。どうでもいい。昼までに出せなければ、力尽くで浣腸するだけのこと。

 そう考え、浣腸の道具の準備をしようと部屋を出ようとした時。ふと、部屋の隅にある『変な置物』へと意識が向いた。そこに、三人の人間が縛り付けられている。

 

「あれが、捕まえた奴らか?」

「そうどす。オカマ二人と、バナナで滑ったマヌケな高校生だそうでっせ。グフフフフ」

 

 バナナで滑ったという滑稽な報告に、ナカムレが口元を隠しながら気味悪く笑う。

 

(心を読んでおくか)

 

 ヘクソンは歩みを止め、置物に縛られている三人へと意識を向けた。

 スッ、と彼らの表層心理にアクセスした、その瞬間――。

 

『あら、良い男ね……食べちゃいたい。いや……食べて欲しいわ……♡』

『このままハニートラップ仕掛けようかしら……かかってくれそう……♡♡』

『ひまわ……』

「……ッ!!」

 

 ドクンッ! と、ヘクソンの脳髄を『粘着質で極彩色に塗れた強烈な情欲』が乱暴に殴りつけた。

 手前のオカマ二人から放たれる、ヘクソン自身に向けられたあまりにも生々しく、ドギツイ欲情の波。三番目の少年の思考を読み取ろうとした時には、すでにオカマたちの思考のノイズがヘクソンのキャパシティを破壊していた。

 

(なんだこの……おぞましい思考は……ッ!!)

 不快だ。吐き気がする。激しい頭痛が襲い、ヘクソンは思わず片手で自身の額を強く押さえた。

 やめだ。これ以上、こいつらの思考に触れるのは不快すぎる。

 

「あら、ヘクソンはん。どちらへ?」

 

 顔をしかめたヘクソンに、ナカムレが声をかける。

 

「……気持ちの悪い奴らが多いのでな」

 

 忌々しげにそれだけ言い残し、ヘクソンは足早に部屋を出ていった。

 

「なんや、愛想のない男どすなぁ。……わてらも、お茶でも飲んできまひょか」

 

 ナカムレが立ち上がると、チーママやホステスたちもそれに続く。

 

「ほな、見張りは頼んだで」

「あ、ハイ」

 

 部屋には、赤ん坊をあやすサタケと、隅で縛り付けられた三人のみとなった。

 

 

 

 

 

 

(……危なかった)

 

 ヘクソンとナカムレたちが部屋を出て行ったのを確認し、俺は密かに安堵の息を吐き出した。

 

 ひまわりを「玉」と言い放ち、ただの物のように雑に扱うヘクソンを見た瞬間、俺の奥底から怒りの感情が沸き起こり、つい奴にぶつけてしまったのだ。本気でぶっ飛ばしたくなってしまった。

 

 ヘクソンは確実に感情のノイズに気づていた。だが、誰の思考か探るよりも一瞬早く、タイミングよくサタケさんが代わりにキレてくれたことで、俺の怒りは彼の怒声に紛れ、どうにか誤魔化せたようだった。

 

(本当によかった……折角二人に作戦を実行してもらっていたのに、俺のせいで無駄になるところだった)

 

「ラベンダーさん、レモンさん。もういいですよ」

 

 俺が小声で声をかけると、背中合わせの二人がほうっと息をついて肩の力を抜いた。

 

「本当に来るなんてね…でも、こんなので出し抜けたの?」

「部屋に入ってきたら、あいつに対してとんでもないセクハラの妄想をし続けてください……なんて」

 

 ラベンダーさんとレモンさんが、どこか不安そうに尋ねてくる。

 

「正直、確証が得られないのでわかりません……うまくいってるかは、祈るしかないです」

 

 俺は正直に答えた。

 先ほどのヘクソンの露骨に嫌そうな反応と頭痛を堪える仕草を見る限り、作戦はうまくいってそうだったが、確証はない。こちらも相手の心が読めれば答え合わせができるのに……なんて都合のいい願望が頭をよぎるが、無駄な考えだな。

 

「心を読めるなんて、どうしても信じられないけど……」とレモンさん。

「今は信じなくてもいいです。でも、今俺たちがやれる対抗策はあれぐらいなので……本当に助かりましたよ」

 俺が感謝を伝えると、二人は「まあ、アタシたちの妄想力がお役に立てたならいいんだけど」と苦笑した。

 

 その時、部屋に再び赤ん坊の泣き声が響き渡った。

 

「ふぇぇぇぇんっ!」

「あわわっ! ひまわりちゃーん、ごめんねぇー、だいじょうぶでちゅよー」

 

 サタケさんが、その巨体を丸めるようにして必死にひまわりをあやし始める。

 俺たち三人は、その微笑ましくも不器用な光景を、置物に縛られたままじっと見つめていた。

 

「……何見てんだお前ら!」

 

 視線に気づいたサタケさんが、照れ隠しのように怒鳴り声を上げた。しかし、そのドスの効いた声に反応して、ひまわりが火のついたようにさらに激しく泣き出してしまう。

 

「ああっ、ち、ちがうんでちゅよー! 怒ってないんでちゅよー!」

 

 慌てふためく最強の用心棒を見かねて、俺は声をかけた。

 

「俺があやしましょうか?」

「はあ? 何言ってやがる、お前は人質だぞ!」

 

 サタケさんが険しい顔で睨んでくる。

 

「こんな十六歳のガキ、あなたならいつでもすぐ制圧できるでしょ。俺はその子の…ひまわりの家に居候していて、ひまわりの世話もよくやってます。俺が抱っこした方が、ひまわりも安心してくれると思いますが?」

 

 俺はできるだけ刺激しないよう、淡々と諭すように言った。

 

 サタケさんは「ぐぬっ……」と顔をしかめて悩んでいたが、腕の中で涙と鼻水まみれになっているひまわりの泣き顔を見て、ついに決断した。

 サタケさんがこちらに近づき、ひまわりを片手で器用に抱えたまま、俺を縛り付けているロープだけをスルスルと解いていく。

 

「……誰にも言うんじゃねぇぞ。もし誰か来たら、すぐに縛られたフリしとけ。バレても『お前が勝手に脱走した』ことにして、絶対に庇わねぇからな」

 

 サタケさんは、わざとらしく凄むように低い声で警告してきた。

 

(本当に……この人は。こんな状況なんだから、もっと自分の優しさに正直になればいいのに……)

 

 悪役に徹しきれない不器用な背中を見つめながら、俺はロープから解放された両手を擦る。そして、泣きじゃくるひまわりをそっと受け取ると、サタケさんに一つお願いをした。

 

「サタケさん。ひとまず、ガラガラ買ってきてくれません?」

 





無理やりな展開が多いとは思いますが、目を瞑っていただけると…
これでも頭を悩ませてます…

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