映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ『   』   作:カシ

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マタ好きは絶対読んで欲しい話
『二つ』


 

 

 そうして俺たちは無事我が家、いや、居候先である野原家に帰り着き、ようやく一休みしようと思ったのだが――まだ、大きな問題が一つ残っていた。

 

 玄関で靴を脱ぎながら、俺は改めてマタに向き直った。

 

「マタ。本当に助けてくれてありがとう。マタが来てくれなかったら、俺、今頃どうなってたか……」

 

 俺は深く頭を下げて感謝を伝える。

 

(しかも、忙しいだろうに家まで着いてきてくれるなんてな…そろそろ帰らないといけないよな…次はいつ会えるだろうか…)

 

「いいんだよ。それに、君はすぐに無茶をするから……もう危ないことに巻き込まれないように、これからはボクがちゃんと一番近くで見張っているからね!」

「あぁ、気をつけるよ。離れてても見守られてるみたいで気が引き締まるな。……マッピ・ルーマの王様の叔父さんにもよろしく言っといてくれないか?」

 

(帰っても俺のことをそんなに気にかけてくれるのか。やっぱり好きだ…)

 

 と、俺は一人で勝手に感動していた。

 

「ん? ああ、でも叔父さんには当分会えないから、次に会った時にかけるの口から直接言ってやっておくれよ」

「ん?ああ、そうか、まあ、お互い色々忙しくなるだろうし。……マタも、王女様としての仕事、あんまり無理するなよ?」

「えっへへ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫! 今は『一番大事なこと』に専念するって決めたから、そっちは完全に放り投げてきたんだ!」

「そっか、一番大事なことか…大変そうだな」

 

(放り投げてまでやらなきゃいけないことがあるのか。王女って大変だな)

 

 と、俺はさらに深く感心し、名残惜しさを隠して優しく微笑みかけた。

 

「じゃあ、気をつけてな。次はいつ会えるのかわからないけど、ゴタゴタが片付いたら…だよな……本当に、今日はありがとう」

「……うん? つぎ?」

 

マタが、きょとんとした顔で小首を傾げた。

 

「何の話をしているんだい?」

「え? なにって……そりゃ、マッピルーマに帰ってからーー」

「ん? ボク、帰れないよ?」

 

 ん…?

 

「……え、どういう意味?」

 

(それは、気持ち的な意味だろうか? 俺を置いて帰りたくないとか、そういう……いやまさかそんな…)

 

 などと、俺の脳内は瞬時に都合の良い自惚れを展開した。というか、ほぼ願望だ。

 しかし、現実はもっと物理的だった。

 

「マッピルーマとこっちの世界を繋ぐ扉は、そう頻繁には繋げられないんだ。一方通行で、一回繋いだら次繋ぐまでは一月はかかるね」

「……ひと月!?」

 

 俺は思わず大きな声を上げてしまった。

 

「一応、マタって王女様なんだよな? ダークの後処理とかもあるだろうし、1ヶ月も国をあけて大丈夫なのか?」

 

 俺が焦って尋ねると、マタは後ろで手を組み、少し前のめりになるような体勢で俺の顔を覗き込んできた。

 

「うーん、大丈夫じゃないかもね?」

 

 えへへ、と誤魔化すように笑うマタ。いや、笑い事じゃないだろ。

 

「まあ、普通に考えたらだめだよね」

 

 マタの背後からギンギンがひょっこり顔を出し、やれやれという口調で続ける。

 

「ある程度残党は片付けてるから、国民達の不安は減ってるとは思うけどさ。マタは国中の大人や子どもから絶大な人気があるからねー。初めは『視察に出てる』とかで誤魔化せるとは思うけど、一ヶ月も姿を見せないとなると流石に気づかれるからね。王様、裏で大変なんじゃない?」

「アハハ、叔父様ごめんね!」

 

 こっちの世界に来ているこの二人はどうやら完全に他人事である。もう来ちゃったものは仕方ない、あとはよろしく! みたいな潔さすら感じる。

 

「……」

 

(いや、本当にいいのかそれ……王様ぶっ倒れないか?)

 

 俺が深刻に悩んでいると、どうやらその心配が顔に思い切り出ていたらしい。マタが少しムッとしたように頬を膨らませた。

 

「だって、かけるが心配だったんだよ! ギンギンから君が大変なことに巻き込まれてるって聞いてから、日に日に不安が膨らんでいって……なにかあったらどうしようって思ったら、もう居ても立っても居られなくて!」

「マタ……」

 

 そこまで本気で心配してくれていたのか。

 嬉しい反面、王女としての立場を放り出させてしまったことへの「ごめん」という罪悪感が湧いてくる。

 しかし、感傷に浸りかけた俺の前で、マタの表情がスッと怒りのそれに切り替わった。

 

「どうせ無茶をするんだろうなとは思っていたけど……まさか、腕の骨を綺麗にへし折るまで無茶をするとは思わなかったよ」

「いっ! 痛い痛い痛いですマタさん! 治りたての左手をつねらないで……!」

 

 笑顔のまま静かに怒るマタに左腕をギュッとつねられ、俺は涙目で許しを請うた。

 ひとしきり俺をつねった後、マタはふっと力を抜き、うつむいた。

 

「……それに、もし…ボクの到着が数秒でも遅れてたら……君は……」

 

 最悪の事態を想像したのか、俺の腕から離れたマタの小さな手が、微かに震えている。

 

「マタ……」

 

 俺はたまらず、その震える手を自分の右手でそっと包み込むように握った。

 マタがハッとして顔を上げ、至近距離で視線が絡み合う。玄関の静寂の中、またしてもあの気恥ずかしくも甘い空気が流れ始め――。

 

「……お二人さん? 再会してからずーっと何回もそんな感じだけど、うちの玄関でも一生やり続けるつもり??」

 

 みさえさんの呆れたような声が、俺たちの甘い空気をバッサリと断ち切った。

 

「あ、す、すいませんッ!」

 

 俺とマタは慌てて手を離し、顔を真っ赤にしてそそくさと家に上がった。

 居間のテーブルにつくと、どっこいしょと座布団に腰を下ろしたひろしさんが、ふと現実的な問題に気づいたように顎をさすった。

 

「しっかし、マタちゃんまで一ヶ月帰れないとなると……うち、部屋足りないよな?」

 

 そう、そこなのである。

 野原家はすでに、居候である俺が一部屋、ひろしさんの書斎を借りてしまっており、もう空いている部屋がないのだ。

 かと言って、俺の借りているあの狭い書斎で、マタと二人で寝泊まりする?

 

(いやいやいやいや! 無理だろ! 同じ部屋なんて俺の理性が耐えられないし、流石にマタだって年頃の女の子なんだから嫌に決まってる!)

 

 俺は一人、顔から火を吹きそうになりながら、居間の畳の上で内心激しく頭を抱えた。

 

「えっ、ボクもこの家に泊まらせていただけるんですか!?」

 

 マタがパッと顔を輝かせ、座布団から身を乗り出すようにして前のめりで聞いてきた。どうやら、部屋が足りない以前に、そもそもこの家に泊めてもらうという発想自体がなかったらしい。

 

(じゃあ1ヶ月どこで寝泊まりするつもりだったんだ……?)

 

「え、いや、だから部屋が無いーー」

 

 俺が現実的な問題を突きつけようとしたが、マタはそれを食い気味に遮った。

 

「部屋があればいいんですね? だったら大丈夫です! かけるが今使ってる部屋って、どこだい?」

 

 なにやら自信ありげに、やる気満々の笑顔を浮かべるマタ。

 

「に、2階の書斎の部屋だけど……」

「2階の書斎ね……よし。『ヘンジル』」

 

 部屋の場所を聞くや否や、マタは「よっこいしょ」くらいのめちゃくちゃ軽いノリで『ヘンジル』と唱えた。

 ポンッ、という小さな音が響いただけで、特に光が溢れたり煙が立ち込めたりすることもない。

 

(え、もしかして……)

 

 全員が同じことを考えた。しかし、居間を見渡しても何も変わっていない。

 

「今、なにかしたの?」

 

みさえさんがキョロキョロと辺りを見回しながら不思議そうに聞く。

 

「はい。2階に行ってもいいですか?」

 

 マタは満足げに頷き、立ち上がった。

 俺たち全員でぞろぞろと2階に上がり、俺がいつも寝起きしている書斎の扉を開ける……と、そこには。

 

「……え?」

 

 見覚えのない、木製の新しい扉が壁にポツンと追加されていた。

 

「ボクのア法で、部屋を一部屋追加しました」

 

 マタがそう言って、その新しい扉のドアノブを回して開ける。

 中を覗き込むと、広さや壁紙、窓の配置まで、俺の借りている書斎を丸々コピーしたような部屋が広がっていた。ただし、間取りだけが鏡に映したように左右逆になっている。

 

「「「おぉ〜っ!!」」」

 

 俺と野原一家から、思わず感嘆の声が漏れた。

 

「すごいゾー! マタ! あの時のあいつらみたいなことができるんだ〜」

 

 しんのすけが目を輝かせて言う。

 

『あの時のあいつら』というのは、マックやプリリン、そしてダークのことだろう。

 確かにそうだ。マックたちが野原家を物理的に隔離したり、世界の構造を歪めたりしていたように、マタも『空間そのものをヘンジル』ことができるようになったんだ。

 

「一応、頑張って修行してね」

 

 俺たちの驚く顔を見て、マタが「えっへん」と誇らしげに胸を張る。

 しかし、この異世界の奇跡を目の当たりにしても、野原一家のブレなさは健在だった。

 

「だったら〜、そんな部屋じゃなくてぇ〜、綺麗なおねいさんがいーっぱいいる部屋を作って欲しいゾ〜」

 

しんのすけが顔を赤らめ、体をクネクネとよじらせながらマタにすり寄る。

 

「あ、ずりぃぞしんのすけ! 室内ゴルフ用の広い部屋とか作れたりしない!?」

 

ひろしさんが目を血走らせて身を乗り出す。

 

「私も私も! ……どうせなら、さらにリビングを広く増やしたりできないかしら!?」

 

みさえさんまでもが、便乗して目をギラギラと輝かせ始めた。

 

(……ここぞとばかりにガメツイな、野原一家!!)

 

 俺は思わず内心で盛大にツッコミを入れた。せっかく頑張って修行して空間魔法を習得したのに、こんな欲望まみれの要望をぶつけられるマタが可哀想だ。

 

「す、すいません、まだこのぐらいの広さの部屋を一つしか増やせないんです……」

 

 大の大人二人に詰め寄られ、二人の圧倒的なガメツさに完全に気圧されたマタが、少し引きつった呆れ顔で後ずさりしながら答えていた。

 

 そんなこんなでマタのア法によって部屋無い問題が解決し、時刻は夕方。

 俺の本来の部屋である2階の書斎では、ギンギンがさも当たり前のように床の上でくつろいでいた。

 

「いや、お前だけ帰れたりしないの?」

 

 俺が心底邪魔だなぁと思いながらジト目で聞くと、ギンギンはふわりと空中に浮き上がりながら答えた。

 

「うーん、こればっかりは力とかでどうにかなる問題でも無いからねぇ。世界の決まりっていうか、一回繋げたら1ヶ月はなにやってもうんともすんとも言わないんだよ。お手上げだね」

 

(まじか……邪魔だなぁ……)

 

 盾と同部屋で暮らすなんて、と俺が本気で頭を悩ませていると、その後ろから鶴の一声ならぬ、嵐を呼ぶ5歳児の一声が響いた。

 

「クロの小屋、まだ庭にあるゾ? 折角作ったのに勿体ないゾ」

 

 なるほど、その手があった。

 ということで、あの時と同じように、この1ヶ月間ギンギンには再び『クロ』になってもらうことになった。

 

「盾がプカプカ浮いて喋ってるのを近所の人に見られたらまずいしね」

 

 というマタの尤もな後押しもあり、ギンギン自身も

 

「まあ、何も考えずに犬として日向ぼっこするのも結構気持ちよかったし、別にいいよ」

 

 とあっさり承諾した。

 さっそく黒犬の姿に変化したギンギンが庭に出ると、久々の再会を果たしたシロが尻尾を振って出迎える。二匹はお互いに見つめ合った末、くるんと丸まって同時に「わたあめ」のポーズを披露し、すっかり打ち解けていた。

 

 キッチンからは、みさえさんが夕飯の準備をするトントンという包丁の音と、いい匂いが漂ってくる。

 居間のちゃぶ台では、ひろしさんが

 

「あー……明日会社に出勤して、休んでた間の無断欠勤をなんて言い訳するか……『オカマと魔人と戦ってました』なんて言ったら絶対クビだ……」

 

 と頭を抱えて唸っている。

 テレビの前では、しんのすけがアクション仮面を見て「ワーッハッハ!」と大ウケしており、その横でひまわりがスースーと爆睡している。

庭では、シロとクロがわたあめを解除しじゃれ合うように芝生を転げ回っていた。

 俺は縁側に座り、そんなドタバタしつつも温かい、何気ない日常が戻ってきたことに一人しみじみとしていた。

 施設で育った俺には、こういう『家族のいる風景』というものがずっと縁遠かった。だからこそ、この野原家の騒がしさが、今はたまらなく心地いい。

 それに……俺には、こ、恋人という存在もできたわけで……。

 

「こういうのって、良いものだね」

 

 勝手に一人で照れていると、いつの間にか隣に座っていたマタが、オレンジ色に染まる夕陽を眺めながら柔らかく微笑んだ。

 その横顔が綺麗で、俺はまたしても顔を熱くしてしまう。

 俺の視線に気づいたマタが、不思議そうにこちらを向いた。

 

「かける、顔が少し赤いよ?」

「えっ!? い、いや! ゆ、夕陽のせいじゃないかな! オレンジ色だし!」

 

 俺が慌てて誤魔化そうとするが、マタは真剣な顔で眉をひそめた。

 

「いや、熱があるんじゃないのかい? かなり無茶をしてたし、急に疲れが出たのかも……」

 

 本当に心配してくれたマタが、身を乗り出して俺のおでこに手を当てようと腕を伸ばしてくる。

 

「い、いや本当に大丈夫だから!」

 

 焦った俺が、その伸ばされた手を優しく払おうとした――その瞬間。

タイミング悪く手元がズレて、俺の指先が、マタの柔らかい唇に触れてしまった。

 

「あ……」

「……っ」

「ご、ごめんっ!」

「い、いや、大丈夫だよ……っ」

 

 お互いに弾かれたように手を引っ込め、パッと顔を逸らす。

 一気に静寂が落ちる。さっきまで聞こえていたはずのテレビの音も、ひろしさんのうめき声も、なぜか遠くに感じられた。

 お互いの頭をよぎったのは、別れ際のあのキスだった。

 あの時、俺は目を閉じていたし、マタにとっても勢い任せで、恥ずかしくて一瞬の出来事だったはず…。

 顔を逸らしたまま、それでも引力に引かれるように、俺たちは再びゆっくりと視線を交差させた。

 夕陽に照らされたマタの瞳が揺れている。

 

――ちゃんとしたキスを、

 

 互いの想いが、磁石のように引き寄せ合っていく。

 そっと伸ばした俺の手に、マタの小さな手が重なる。指と指が、ゆっくりと、ほどけないように絡み合った。

 マタが、ゆっくりと目を閉じる。

 夕陽の光を帯びて微かに震える長いまつ毛。少しだけ上向いた、形の良い唇。

 俺は、マタの吐息が頬に触れるほどの距離まで顔を近づけ――すべてを委ねるように、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく自然で、ひどく優しいキスだった。

 重なり合う二つの感触。

 言葉なんていらない。互いの温もりが、唇から直接心へと流れ込んでくる。

 1秒、2秒。時計の針は確かに進んでいるはずなのに、まるで永遠のようにも感じる時間。

 ずっとこうしていたい。ずっとこのままでいられそうなほど、頭の芯がじんじんと甘く痺れていく感覚に、俺たちはただ深く沈み込んでいった。

 

「……っ」

 

 不意にハッとして、俺たちはゆっくりと体を離した。

 

(まずい、見られたかも……!)

 

 急激に現実へと引き戻され、二人してバッと部屋の中に視線を戻す。

 しかし――しんのすけは相変わらずアクション仮面に夢中だし、ひろしさんは頭を悩ませたままで、みさえさんはキッチンで火の前に立っている。

 みんな自分たちのことに忙しくて、縁側の隅で起きた出来事には、どうやら誰も気づいていないようだった。

 ホッと、二人で同時に安堵の息をつく。

 

「……しちゃったね」

 

 マタが小さな声で呟き、はにかむように微笑んだ。

 

「……見られてなくて、良かった」

 

 照れくさくて、でもたまらなく愛おしくて…。俺たちはもう一度見つめ合い、声を出さずに静かに笑い合った。

 

 縁側に落ちる夕陽の影が、二つ並んで長く伸びている。

 そして庭の隅では、丸まって寝ているシロとクロの頬っぺたが、夕陽の赤とは違う色で、ほんのりと真っ赤に染まっていた。

 

 






読んでてドキドキハラハラしてもらえるように考えたんですが、どうでしょうか。

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