今日中に上げたくて急ぎました。誤字など多かったらすみません。
少しの間でも日間ランキングに上げてくれた皆様に感謝を!!
野原家の玄関先。昨夜からの騒動で、すでに劇画調の家族会議を始め、
情報の整理はある程度終わっているはずだ。ひとまず、俺たちは互いに自己紹介をすることにした。
「……というわけで、俺はとき・かける。こちらのマタと一緒に、この世界をドン・クラーイから救うために来ました」
「マタ・タミです。しんちゃん、昨日はボクを封印しちゃって、びっくりしたよ」
マタが苦笑いしながら、しんのすけに笑いかける。ひろしさんとみさえさんは、俺たち二人の出現に、呆気に取られた顔をしていた。
「……えぇーっと、とき・かけるくんに、マタ・タミちゃんね。しんのすけが言ってた『ドン・クラーイ』のことは、だいたいわかったわ。でも、何であなたたちが……」
みさえが、疑わしげな目つきで俺たちを見つめる。
「俺は……まあ、ドン・クラーイの侵略を阻止するために来た、ただの高校生です」
俺は、嘘にならない範囲で言葉を選んだ。俺の心の奥底に秘めた、原作知識や最愛の推しへの感情は、今はまだ話す時ではない。
「ただの高校生……ねぇ」
みさえさんは、まだ完全に信用したわけではないようだが、
「かーちゃん、またオラのときみたいに信じないのぉ?」
横からしんのすけがジト目を向け、やれやれといった様子で大袈裟に肩をすくめる。
「うっ……! そ、そんなこと言ってないでしょ!」
図星を突かれたみさえが、気まずそうに視線を泳がせた。数時間前までドン・クラーイの話を頭ごなしに否定していた手前、しんのすけからの痛いツッコミには弱いようだ。
「と、とりあえず、協力関係は成立ね。……玄関でいつまでも話してても仕方ないわ!リビングで話しましょ」
みさえさんがリビングへ促すが、俺はここで、しんのすけに少しだけ説教をしておかなくてはならなかった。
「……しんのすけ」
俺は、一歩前に出て、しんのすけを見つめた。
「昨日、マタを封印しただろ?」
「あ、あはは。そういえば、そんなこともあったゾ」
しんのすけが、きょとんとした顔で、とぼけてみせる。
「とぼけるな。俺が居なかったら、マタは今頃、2階の部屋で『したじき』にされたままだったんだ」
俺の言葉に、しんのすけの罪の意識が、スッと顔を出す。
「オラ……オラ、あのプリリンおねいさんが、マタが悪者だって言うから……」
「騙されたんだろ。それは仕方ないかもしれない。でもな、しんのすけ。お前、過去に男同士の約束を破ったこと、あるだろ?」
俺が引き合いに出したのは、プリリンと一緒にビデオ屋に行くなよというマックから2人で逃げた時に約束した時のことだ。原作通り扉を開けないと未来が変わってしまうから結果的に助かりはしたが、男同士の約束を、簡単に破っていいもんじゃない。
「……っ!」
しんのすけが、ハッとした顔で、俺を見つめる。
「男同士のお約束っていうのは、簡単に破っていいもんじゃないんだ。漢と書いて『おとこ』と読む。漢同士のお約束だ」
俺の言葉に、しんのすけは罪の意識があるのか、少し落ち込んだ顔をして、俯いてしまった。
「……これからは、もう騙されないって、漢同士の約束、できるか?」
俺が、真剣な眼差しで、しんのすけを見つめる。
「……うん。オラ、もう騙されないゾ!漢同士の約束、だゾ!」
しんのすけが、元気よく返事をして、俺とマタを見つめる。その瞳には、もう迷いはなかった。
「……漢を感じるぞ!」
ひろしが、俺の言葉に感動し、俺を見つめて声を震わせる。
みさえも、ひろしに少し呆れながらも、俺を見つめる。
「俺は、ただの高校生ですが、漢としての約束は、守ります。マタを、絶対に守り抜いて、この世界を救います」
俺は、ひろし、みさえ、そしてマタと見つめ合い、決意を固めた。
「気に入った!かけるくん!おい!あれを、やらなきゃだなしんのすけ!」
ひろしが、しんのすけと見つめ合い、何かを予感させる。
「「「漢同士の・お約束っ!」」」
漢3人で見つめ合い、クレヨンしんちゃんのおはこでもある、あのポーズで漢気を見せて、3人で綺麗に見つめ合った。
「「「…………」」」
「……何やってんのよ、このおバカどもっ!!」
「「あ、いたぁー!」」
みさえのげんこつが、ひろしとしんのすけの頭を同時に捉えた。
ひろしとしんのすけが、たんこぶを真っ赤に腫らして、玄関の床に崩れ落ちる。
「……まったく、何が『漢同士のお約束』よ。バカバカしい。かけるくん、あなたもノらなくていいのよ」
みさえが、呆れ果てて、俺とひろし、しんのすけを見下ろす。
「……あ、あはは。すみません。つい、ノっちゃって」
俺は、苦笑いしながら、げんこつを食らったひろしさんとしんのすけを見つめる。
ひろしさんの、俺を気に入ってくれたような笑顔が、少しだけ嬉しかった。
「ほら、とりあえず上がってリビングで話しましょ。ぐりぐり攻撃も、げんこつも、玄関先じゃみっともないわ」
みさえが、ひろしとしんのすけをリビングへ促す。
「……しんちゃん」
マタが、げんこつを食らってたんこぶ腫らしたしんのすけの顔を覗き込む。たんこぶ…シュールだな…
「マタ……怒ってる……?」
しんのすけが、マタの機嫌を伺うように、涙目で尋ねる。
「大丈夫だよ、しんちゃん。かけるが居てくれたからね。ボク、絶対に諦めない。かけるの応援に応えられるように……必ず、ドン・クラーイを救ってみせるよ」
マタが、優しく微笑んで、しんのすけを見つめる。その瞳には、もう微塵も迷いはなかった。
「マタ……!ありがとうだゾ〜!」
しんのすけが、パァッと顔を輝かせ、マタの足に抱きかかる。
俺のおかげであることに触れて、俺を見つめて微笑むマタ。
俺の心臓が、またしてもドキンと大きな音を立てた。推しからの感謝の笑顔。限界突破した衝動が、完全にショートしそうになる。
「……よかった。マタ、しんのすけ。俺、生で野原一家の絡みが見れて、お邪魔できてることに感激です」
俺は、施設で見てきた野原一家の絡みを直に見れたことによって気持ちが昂り、ボソッと口を滑らせてしまった。
「……あ、いや。何でもないです。リビングへ移動しましょう」
◇
リビングに上がると、マタが改めてひろし、みさえ、ひまわり、そしてしんのすけに向き直り、説明を始めた。
「野原家の皆さんが、ドン・クラーイの影響を受けずに、ヘンジられずにいられたのは……しんのすけ君が『選ばれし者』だからなのです」
ひろしが、目を丸くして、しんのすけを見つめる。
「複雑な設定だな……」
「だから、私はファンタジーとか嫌いなのよ。何が何だか、全然わかんないっ」
みさえが、呆れ果てて、マタを見つめる。
「おいおいお前が好きだった、あの『魔法少女えみりーちゃん』とかは、ファンタジーじゃないのかよぉ」
ひろしが、みさえの過去の趣味を突っ込む。数秒の沈黙が流れ
「ファンタジーじゃないわよ」
みさえが、キッパリと言い切り、魔法使いはファンタジーではないという、独自のファンタジー観を披露する。
「……あっそ」
ひろしが、がっくりと首を折り、みさえの独自のファンタジー観に、もう突っ込む気力も失ったようだ。
俺は、生で野原一家のやり取りを見れて、感激していた。
「魔法少女えみりーちゃん」の設定まで生で聞けるなんて。これ以上の誉れがあるだろうか。いや、ない。俺は、普通に野原家の中にお邪魔できてることも、感激していた。
俺が感激に浸っていると、突然、リビングの壁がぐにゃりと歪み、周囲の空間がドロドロと溶け出すように変形し始めた。
「なんだなんだなんだぁ」
ひろしが焦りながら周りを見渡す。
「な、なによこの格好っ!」
みさえが、自分の姿を見て、悲鳴を上げ、
ひろしも、しんのすけも、ひまわりも、そして俺も、自分の姿が、ヘンジられていることに気づいた。
俺の姿は、犬の格好。白い犬の着ぐるみに、犬耳と尻尾がついている。シロと対になるような、白い犬の格好だ。
「空間をヘンジられました。敵が……来ます」
マタが真剣な表情で、戦いに備えるよう俺たちを見つめる。
だが、敵の襲来を告げるマタとは対照的に、野原一家は、能天気なやり取りをしていた。
「意外と似合ってるぜ。惚れ直した」
ひろしが、白黒タイツでネコの格好をして、黄色とオレンジのツートンカラーのキャミソールとミニスカート姿のみさえを見つめ、デレデレとしている。
「あら、あなたも男前よ」
みさえが、花のついたヘアアクセサリーをいじりながら、ネコ帽姿のひろしを見つめ、惚け顔で口元を隠す。
「そ、そうか?ニャ!」
ひろしが、ネコの格好をして、ニャ!と、ネコの声で、みさえにアピールする。
(……何やってんだ、この家族はっ!)
敵の襲来を告げるマタとは対照的に、能天気なやり取りをする野原一家に、俺は呆れ果てて、マタと目が合った。
マタも、テーブルの上に立ち尽くしながら、野原一家の態度に呆れている。お互いにため息をつき、敵の襲来に備える。
「「はぁ……」」
「ぴょんぴょんぴょんぴょん」
しんのすけが、黒タイツでウサギの格好をして、ぴょんぴょんぴょんぴょんと、ウサギのように跳ねながら、リビングを駆け回る。
「カオスだなぁ」
原作で知っているシーンではあるが、実際にこの空間にいるとマタと野原一家との温度差をより感じる。これを1人で捌いていたマタ。すげぇな…
野原一家の能天気なやり取りに俺が呆れ半分、感心半分でため息をついていた、その時だった。
「大人しくしていればいいものを。もうちょっとで、こっちはドン・クラーイのものになるのよ」
不意に、背後の……歪んだ空間の闇の中から、艶然とした声が響いた。
現れたのは、グラマラスな体に紫色のタイトな服を纏った女。プリリンだ。
「そうなれば、伝説の矛とか盾とか関係なくなるのよ」
「そんなはずない! 矛と盾はドン・クラーイを救うんだ!」
マタがすかさず前に立ち塞がり、プリリンを鋭く睨みつけて言い放つ。
「そうだそうだ、オラがお助けするんだゾ。たぶん……」
「絶対だ。俺もいる」
しんのすけの少し頼りない言葉に便乗し、俺も力強く一歩前に出た。
プリリンは俺たちを鼻で笑うと、妖しく目を細めた。
「もういいわ。選ばれし者ごと、頂いちゃうわ」
プリリンが妖しい呪文を唱え始める。
「ヘンジル…『プリリン・ザ・スピードキング』」
プリリンの下から、禍々しい口と鋭い牙を備えた、巨大なピンク色のスポーツカーが出現した。猛烈なエンジン音を轟かせ、床を削りながら俺たちへ突進してくる。
「マタ!」
「うん! ボクたちもヘンジます。走ってください!」
俺の叫びに呼応し、マタが両手を広げて呪文を紡ぐ。
「ヘンジル!」
マタの体が球体となり、俺たち野原一家ごと大きく包み込んだ。
次に視界が晴れた時、俺たちは一つの『人力の四輪車』へと姿を変えていた。
原作では前輪がひろしとみさえ、中央のガラス張りのカプセルにひまわり、そして後輪がしんのすけという三輪車だったはずだ。だが、今回は俺というイレギュラーが加わったことで、後輪が俺としんのすけの二人掛かりの四輪車になっている。
「うおおおっ、なんだこれ!?」
強制的にタイヤを漕がされる姿勢になり、俺は必死に足を回した。
背後からはプリリンの車が猛スピードで迫ってくる。少しでも気を抜けば追いつかれる極限状態だ。だが、前輪のひろしとみさえ、そして隣のしんのすけは、息の合った完璧なペダリングで凄まじいスピードを叩き出していた。
(マジかよ……いきなりこんな状況に適応して全力疾走できるなんて。俺なんかより、野原一家の方がずっと基本スペック高いんじゃないか!?)
息を上げながらそんなことを考えていると、背後のエンジン音がさらに大きくなった。
原作の倒し方は覚えている。行き止まりの壁に激突させ、自爆させるんだ。そのためには、まずひろしさんに彼女を煽って怒らせてもらう必要がある。
どうやって誘導しようかと焦っていると、まさにベストなタイミングで、前輪を漕いでいたひろしが後ろを振り返って怒鳴った。
「おい!化粧とケータイしながら音もれさせつつ、食べながら追いかけるのはやめろ! ニャ!」
真っ当すぎる交通安全の注意喚起ニャ付き。
見れば、プリリンは運転席でハンバーガーを片手にケータイをいじり、ノリノリの音楽を爆音で流しながら器用に化粧までしていた。
「うるさい! あたしの勝手でしょ〜!」
図星を突かれたプリリンが完全に逆上し、スピードを一段と上げる。
ピンクの車のフロント部分がガバッと開き、鋭い牙の生えた口が俺としんのすけの背後にガチガチと噛みついてきた。
「うわあっ! あっぶね、噛まれたら終わりだぞしんのすけ!」
「ちょっとあなた! 怒らせてどうすんのよ!」
みさえさんが前輪からひろしさんに文句を飛ばす。だが、俺にとってはこれ以上ないアシストだ。
「いや、いいです! ひろしさん! このまま全力で煽り続けてください!」
「え!? お、おう! わかったニャ!」
俺の謎の指示に一瞬戸惑いながらも、ひろしさんは漢の約束を交わした仲だからか、素直に応じた。
「おいそこの厚化粧! お前の運転、荒すぎて全然イケてないぞ! ながら運転の違反点数、甘く見んなよニャ!」
「なんですってぇ〜!? 生意気なネコごと噛み砕いてあげるわ!」
ひろしさんの煽りに完全に頭に血が上ったプリリンは、睨みつけながら顔を真っ赤にし、もはや前壁などろくに見えていないだろう。
(よし、いける!)
前方に、高くそびえ立つ行き止まりの壁が迫ってくるのが見えた。
「ぶつかる〜!」
「みさえ! 急ブレーキだ!」
「ええっ!?」
ひろしさんの叫び声に反応し、みさえさんとひろしさんが前輪のブレーキを思い切り踏み込む。
キキィィィィッ!!という凄まじい摩擦音。前輪が急停止したことで、後輪を漕いでいた俺としんのすけの車体が、慣性の法則でふわりと宙に浮き上がった。
そして後輪が跳ね上がった勢いで、今度は前輪も引っぱられるように浮き上がる。俺たちの乗った四輪車は、空中で見事な半回転の宙返りを決め、行き止まりの垂直な壁にタイヤから着地した。
そのまま壁を数メートル駆け上がる一方、後ろを猛追していたプリリンは、直前まで壁の存在に気付いていなかった。
「え? うそっ!?」
顔を上げた時には、すでに手遅れだった。
「ダーク様ぁ〜っ!!」
ドッゴォォォォンッ!!!
凄まじい爆発音と共に、プリリンのピンクの車が壁に激突し、激しい火柱を上げた。強敵の一角を、見事な連携で倒すことに成功したのだ。
「よっしゃあ!」
俺が壁の上でガッツポーズをした直後。マタの限界が近かったのか術が不安定になり、俺たちを包んでいたマタのヘンジル魔法がフッと消滅した。
「えっ」
「「「「うわあああああっ!?」」」」
重力に従い、数十メートルの壁の途中から真っ逆さまに落下していく俺たち。
異世界転移三日目で転落死か!?と覚悟を決めて目を閉じた瞬間、下からボヨンとした柔らかい感触が俺達の体を受け止めた。
「みんな、大丈夫かい!?」
見ると、元の姿に戻ったマタが自身の靴か何かを変形させ、巨大なクッションを作り出して俺たち野原一家を間一髪で受け止めてくれていた。
「た、助かった……マタ、ありがとう」
「ふぅ〜、死ぬかと思ったゾ」
俺としんのすけが安堵の息を吐く横で、スチャッ……と見事な着地音が響いた。
見れば、ひろしさんがネコの着ぐるみのまま、空中で華麗な宙返りを決めて四つん這いで着地していたのだ。
(ネココスチュームだからって、運動神経までネコになってるのかよ……)
俺は改めて、この理不尽なまでにタフな家族の底力に、心の底から戦慄と敬意を抱かずにはいられなかった。
「……やっつけたのか?」
ひろしさんの呆然とした呟きに、マタは凛とした横顔を崩さず「敵のボス、アセ・ダク・ダークが残っているはずです」と返した。
そうだ、ここからが本当の最終決戦だ。
俺の頭の中には、これから起こる展開のビジョンが出来上がっていた。
この後、巨大なドラゴンにヘンジたダークが現れる。それに対抗するため、野原一家が合体して戦うはずだ。あのふざけた格好、けれど無敵に近い家族のコンビネーションなら、必ずダークを一度圧倒できる。
俺はその隙に、二階へ走るつもりだった。
選ばれし者であるしんのすけの武器、金の矛『キンキン』と銀の盾『ギンギン』。彼らは警戒心が強すぎて、マタにすら姿を見せない。だから、イレギュラーである俺が裏方に徹し、武器を見つけ出してしんのすけに渡す。
そして最後は、しんのすけの機転と、ダーク自身の必殺技を誘導して自滅させる。それが、俺の描いた「誰も傷つかない勝ち筋」だった。
マタにはもう説明してある。俺が二階へ行く間、正面で気を引いてくれと。大丈夫、あの結末へ導ければいいんだ。
――目の前に黒いモヤのようなものが現れ、周りの世界を瞬く間に飲み込んでいく。
景色が、再構築される。
床と壁は冷たい鉄板に覆われ、無数のパイプが血管のようにのたうち回っている。その隙間を埋めるように、枯れ果てた木々が墓標のように突き刺さっている。薄暗く、歪んだ、絶望の空間。
「みなさん、大丈夫です! 俺もいるし、マタもいる! あなた達なら絶対に勝てます!」
俺は湧き上がる一抹の不安を振り払うように、声を張り上げた。背後から「そうだゾ!」というしんのすけの力強い声が聞こえ、少しだけ安堵する。
大丈夫だ、あとはドラゴン形態のダークが現れるのを待つだけ。
そう思って前を向き直った俺は、息を呑んだ。
隣に立つマタが、ありえないものを見るような驚愕の表情で、俺の背後……いや、野原一家の方を見つめて固まっていたからだ。
「マタ……? どうし――」
振り返った俺の心臓が、早鐘のように嫌な音を立て始めた。
ひろしさん、みさえさん、ひまわり。
三人の動きが、水の中にいるように極限まで遅くなっている。瞬きすら、行われていない異常な状態。
この空間に来てから、しんのすけしか言葉を発していなかったことに、今さら気づいた。
(……待て、おかしいだろ。時間を遅くされるのは、ドラゴン形態を倒した後の展開のはずだ)
思考が空回りする。嫌な汗が背中を伝った。
原作では、一度「勝った」と見せかけて油断させた後に行われる舐めプ。それがなぜ、開幕と同時に行われている?
「『ダーク!』」
思考が追いつくより早く、背後から放たれたビームが俺の心臓を目掛けて飛んできていた。
「かける兄ちゃん!」
しんのすけの叫び声に反応し、無我夢中で体を捻る。ビームの衝撃が空気を揺らし、背後の鉄板を朽ちさせる。間一髪だった。
「……大丈夫かい!」
「あぁ……大丈夫だ……」
肩で息をしながら、俺は冷や汗を拭う。
薄暗い空間の奥から、男が歩み出てくる。漆黒に染まったダーク…
「ほう。今のをかわすとは。人のわりには動けるではないか」
ダークが、歪な笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。俺はテンパる心を必死に抑え、余裕を装って言い返した。
「不意打ちなんて、卑怯だな……ラスボスさん」
震えそうになる膝を必死に抑え込み、俺は強がった。だが、頭の中はパニック寸前だ。
なぜ時間を遅くしている。なぜドラゴン形態を飛ばした。
男は、俺を見て愉快そうに鼻で笑い、
「どうやら、キレ者がいるようなのでな」
ダークの黄色い瞳が、獲物を定めるように俺を射抜く。
「感謝するがいい。始めから全力で行かせてもらうぞ」
ニタァ……と、口元を紫色の唇が醜く歪めた。
その言葉が、俺に決定的な絶望を突きつけた。
――俺のせいだ。
俺という異物が介入し、先回りして動きすぎたせいで、ダークは「舐めプ」という遊びを捨てたんだ。俺の浅はかな原作知識が、逆にこの世界の難易度を最悪の形へと跳ね上げてしまった。
足の力が抜けそうになる。未来を歪め、マタたちをより深い絶望に引きずり込んでしまったことへの激しい後悔が、真っ黒な感情となって俺を飲み込もうとした。
(……俺が……未来を壊したのか……!)
自分を責める暗い感情に飲み込まれる。俺が、俺がいなければっ…
「かける!」
ドンッ、と背中を叩かれた。マタだった。
「しっかりするんだかける! 大丈夫、ボクがいる!」
「オラもいるゾ!」
しんのすけが俺の前に立ち、小さな拳を構えている。
二人の声に、張り詰めていた心が少しだけ持ち直した。
そうだ、絶望している暇なんてない。二階への道は塞がれたが、なんとかして金の矛を取らに行かなければ。
…でもなんだ…この違和感は…何かが突っかかっている…
「所詮はガキどもの群れだ。今、葬ってやろう。『ダーク!』
」
ダークが再び指先を向け、今度はマタに目掛けてビームを放つ。
「っ!」
マタは身軽にバク転し、見事な体術でそれをかわす。
「……っ!」
そこで違和感の正体に気づいた。全身の血が凍りつく。
(まさか!?それはダメだろ!言葉の通り…だったのか…!本当に『全力』だったのか…!)
背後の闇の中に、白いダークが音もなく立っている。
奴は…奴らは…最初から分裂していたんだ。
白いダークが、空中にいるマタの無防備な背中に狙いを定め、ビームを放つ。
「マタッ!!」
考えるより先に、体が動いていた。
俺は着地しようとするマタの元へ全力で駆け込み、その細い体を力一杯突き飛ばした。
「え……?」
マタが驚きに目を見開く。その視線の先で、ビームの衝撃が俺の背中を貫いた。
痛い、というより、ひたすらに重く、冷たかった。
指先から感覚が消え、全身が灰色の重い塊に変わっていく。
「かける――!!」
地面に倒れ込んだマタが、絶望に満ちた顔でこちらに手を伸ばす。
俺のせいで最悪の状況を招いてしまったけれど、せめて、君の盾にだけはなれただろうか。
喉元まで石化が迫る中、俺は必死に声を振り絞り、まだ動く口元で、大好きな彼女へと最後の言葉を紡いだ。
「マタ……しんのすけ……大丈夫だ……。ちゃんと……『応援』してるから、な……」
視界が灰色に染まっていく。
最後に見たマタの泣きそうな顔。くそっ、そんな顔しないでくれ…
言葉を紡ぎ終えると同時に、俺の意識は深い闇へと沈んでいく。
胸元で揺れる月のネックレスが、カチンと冷たい石の音を立てた
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