映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ『   』   作:カシ

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第8話 金矛の勇者

 

空気を切り裂く鋭い風切り音が、立て続けに鼓膜を打った。

 二体のダークが、左右から交互に巨大な黒剣を叩きつけてくる。圧倒的な質量と速度を伴った、死の連撃。

 ――見極めるなんて、不可能だ。

 今の俺にできるのは、ただその圧倒的な暴力の気配を感じ、本能のままに体を動かすことだけだった。

 ガガァァァァンッ!!

 火花が弾け飛び、凄まじい衝撃が左腕を突き抜ける。

 俺は姿勢を低く沈め、黒のダークが上段から振り下ろした刃に対し、ただがむしゃらに『ギンギン』を突き出していた。奇跡的に、盾の角度が敵の太刀筋を捉えていた。

 

『おおっ、ナイスガード!』

 

 盾の中からギンギンが声を上げる。

 俺は衝撃を殺すために後ろへ数歩滑り、すぐに体勢を立て直した。

 

 見極めたわけじゃない。ただ敵の殺気から逃れるように体が勝手に動き、ギンギンがその場所にあっただけだ。

 石化という理不尽な魔法を直接食らったショックのせいか、それとも死の淵に立ったことによるただの火事場の馬鹿力か。理由はわからないが、今の俺の体はかつてないほど軽く、本能のままに研ぎ澄まされていた。

 

「チィッ、小癪な真似を……!」

「だが、いつまで持つかな!」

 

 休む間もなく、今度は白のダークが死角から横薙ぎに切り裂いてくる。

 鉄板の床を蹴り、転がり、刃をいなし続ける。俺は完全に防戦一方だった。二対一、しかも相手は世界を滅ぼすラスボスだ。

 少しでも盾の角度を誤れば、あっさりと体が両断される。極度の集中と緊張で、全身から汗が噴き出していた。

 

『いいかい、かける!』

 

 火花を散らしながら、ギンギンが冷静な声で状況を分析する。

 

『僕は前からの攻撃だったら、絶対に防いでみせるよ! でも、ダークを倒すことはできない。しんちゃんが『キンキン』を持ってくるまで、なんとか頑張って耐え切らな―「どっっっせい!!!」

 

 ギンギンの言葉が終わるより早く、俺は腹の底から声を上げ、左腕を真っ直ぐに突き出していた。

 白のダークが、大振りの袈裟懸けを放とうと僅かに体を開いた直後だった。ほんの一瞬だけ、奴の胸元に無防備な空間が空いた。ただ防いでいるだけじゃ、いつか必ず押し切られる。

 ゴガァァァァァッ!!!

「……っぐあ!?」

 

 銀色の盾の表面が、驚愕に見開かれた白のダークの顔面に、文字通りクリーンヒットした。

 強烈なシールドバッシュ。

 予想だにしなかった『伝説の盾による鈍器攻撃』をまともに食らった白のダークは、無様な声を上げながら後方へ大きく吹き飛び、パイプの山に激突して盛大に転がった。

 

『ちょっ……! 僕、守る道具なんだけど!!?』

 

 相手の顔面に叩きつけられたギンギンが、裏側からジト目をさらに細めて猛烈なツッコミを入れてくる。

 

「このまま防戦一方じゃジリ貧だ! 少しは攻めないと! ほら、『防御は最大の攻撃』とか言うだろ!」

『逆でしょそれ! 『攻撃は最大の防御』!』

 

 俺たちの変なやり取りが響く中、戦場に奇妙な空白が生まれた。

 

「……貴様ぁっ」

 

 パイプの山から起き上がった白のダークが、顔を押さえながら屈辱で体を震わせている。そして、横にいた黒のダークも、剣を振り上げたまま完全に動きを止めていた。

 効いている。

 ダメージの話ではない。『伝説の盾を使って顔面を殴ってくる』という、およそ騎士道にもボスの矜持にも反する俺の泥臭い立ち回りが、奴らの洗練された連撃のリズムを完全に狂わせていたのだ。

 

「……よし」

 

 俺はギンギンを前に構え直し、口角を上げた。

 このまま徹底的にペースを乱してやる。しんのすけが戻ってくるまで、一秒でも長く稼げればいい。

 

 

 

 

 

 

「どっせい! どっせい! どっせい!!」

 

 無機質な鉄の空間に、俺の泥臭い掛け声と、鈍い金属音が連続して響き渡る。

 俺は完全にペースを掴んでいた。正面からの攻撃を絶対に弾く『最強の盾』を構えたまま、ひたすら前進して顔面を殴りつける連続シールドバッシュ。これが強いのなんの。

 

 防御力がそのまま攻撃力に変換されているようなものだ。アクションゲームだったら、間違いなく「盾ハメ」としてプレイヤー間で修正を要求されるレベルの極悪なボスハメ殺し戦法である。懐かしな、一人暮らしを始めてから大量にゲームを買い漁ったもんだ。施設時代から「買ってもいいんじゃないか?寄付って形にはなるけど…」と言ってた院長の顔を思い出す。あの顔は絶対売ったろって顔だった。

 

「おのれ……ちょこまかと……!」

 

 完全にリズムを崩された二体のダークが、顔を庇いながらジリジリと後退する。

 

(いける……! このまま一生シールドバッシュしてれば勝てるんじゃないか!?)

 

 調子に乗った俺がさらに踏み込もうとした瞬間、黒のダークが大きく背後へ跳躍し、俺との距離を一気に開いた。

 それに合わせて白のダークも下がり、二体が横並びで体勢を立て直す。

 ……そう上手くはいかないか。やはりゲームみたいにハメ殺すことはできないようだ。

 だが、距離を取られたなら、やることは一つ。

 

「すかさず、投げるっ!」

『またぁぁああああっ!?』

 

 俺は再び、左手のギンギンをフリスビーのように全力で放り投げた。

 だが、今度は冷静さを取り戻した白のダークが、鬱陶しそうに首を傾けてあっさりとそれを回避する。

 空を切ったギンギンは、そのまま奥の床を滑って遠くへ飛んでいってしまった。

 

「……あ、やべ」

 

 俺は冷や汗をかきながら、丸腰のまま猛ダッシュした。

 背後からダークも等速直線運動の如く追従してくるが、黒剣が振り下ろされる寸前で、スライディングしながら床のギンギンを拾い上げ、頭上で刃をガキンッ!と受け止める。

 

「セーフッ……!」

『セーフじゃないよ!!』

 

 盾の中から、ギンギンの怒り心頭な声が爆発した。

 

『君、僕を自由に使いすぎだ! 言っておくけど、僕は攻撃に使う物じゃないんだよ!』

「えー? でもさ……剣だって、敵の攻撃を防いだりするだろ? なら、盾で攻撃してもいいんじゃないか……?

 

 俺が真顔で屁理屈をこねると、ギンギンは表面の顔のジト目を限界まで吊り上げて叫んだ。

 

『全然違うでしょ!! 剣の刃と盾の『顔面』を一緒にしないでよ! さっきから僕、ずっと鼻っ柱からバケモノに突っ込んでるんだからね!? 君も自分の顔でコンクリート殴ってみなよ!!』

「……あー、ごめん。それは確かに痛いな」

『わかればいいんだよ、わかれば! ほら、右から来る!』

「うおっ!」

 

 ギンギンの警告で咄嗟に右に盾を向けると、黒のダークの強烈な蹴りが盾にめり込んだ。

 そのままの勢いで床を数メートル滑らされる。息をつく暇もない。怒りに満ちた二体のバケモノが、今度こそ確実に仕留めようと左右から迫ってくる。

 

『いいかかける、僕はあくまで盾だ! ビームを出したり、剣みたいに斬り裂いたりはできないからね!』

「わかってるよ! でも、少しは攻撃的な機能ないのか!? 例えば、敵の攻撃を反射して倍返しにするとか!」

『そんな都合のいい魔法アイテムじゃないよ! 僕はただ、どんな攻撃でも『絶対に壊れないし防げる』っていう、超絶地味だけどすっごく硬いだけの盾なんだから!』

「自分で地味って言うなよ! ……よし、ならせめて!」

『えっ、何す――うわああああ!』

 

 俺は迫り来る白のダークの足元へ向かって、ギンギンを持ったままスライディングを敢行した。盾の表面をスケートボードのようにして鉄の床を滑り、そのままダークのスネに強烈な盾当てをかます。

 

「ぐおっ!?」

『熱い熱い熱い! 摩擦! 床との摩擦が熱い!!』

「我慢しろ! 削れても絶対壊れないんだろ!」

『そういう問題じゃない!!』

 

 泥臭く、みっともなく、それでも確実に時間を稼いでいく。

 しんのすけが『キンキン』を持って戻ってくるまで、俺とこの文句の多い相棒との、ドタバタで死に物狂いの鬼ごっこは続く。

 

(……しんのすけ。原作では確かあのタンス辺りにあるはずだけど、迷ってないよな……)

 

 白のダークの大振りをギンギンで受け流し、後方へ滑りながら俺は内心で焦りを募らせていた。

 

『大丈夫だよ。あの子なら絶対に見つけて戻ってくるさ』

 

「……そうだな。……って、え?」

 

 俺は迫り来る黒剣をガキンッと弾き返しつつ、左手の盾を二度見した。

 今、俺は声に出してなかったよな?

 

「お前……ちょっと待て。まさか心が読めるのか!?」

『読めるっていうか、僕ら伝説の武具は使い手と心を通わせるために、大体の感情の波長は感じ取れるんだよ。でも……』

 

 ギンギンの表面の目が、スッと細められた。

 

『君、ちょっと特別だね。感情だけじゃなくて、頭の中で考えてる言葉までハッキリ聞こえてくるよ』

「マジかよ……! プライバシーの侵害だろ!」

『僕に文句言わないでよ、君の心の声がデカすぎるだけだ。……それにしても』

 

 黒のダークの刺突をギリギリで逸らしながら、ギンギンがしれっと爆弾発言を落とした。

 

『また奇妙な人間だね、君も。……この世界のこと、『作られた物語』みたいに把握してるじゃないか』

 

 心臓がドクンと大きく跳ねた。

 俺の最大の秘密。メタ知識。俺が本来この世界の住人ではないという、誰にも言えない事実。

 それが、こんなにあっさりと、出会って数分の盾にバレるなんて。

 

「……っ! お、お前……それ知ってて、驚かないのかよ……!?」

 

 動揺で一瞬足が止まりかけた俺をカバーするように、ギンギンが自ら銀色のオーラを強めてダークの刃を弾き飛ばす。そして、至極当然といった、気怠げな声で答えた。

 

『驚く? なんでさ』

「なんでって……俺が、普通じゃない存在だって……」

『まあ、僕もドン・クラーイの伝承で語り継がれてきた『伝説の盾』だからねー。言ってみれば、僕自身が物語みたいなものさ!』

 

 原作で見たままのあの半開きの目で、ギンギンはあっけらかんと言い放った。

 

『君がどこから来て何をどう知ってようが、僕にはあんまり関係ないよ。今はただ、僕を信じて盾を構えてる君を、僕が全力で護るだけさ』

「……ギンギン」

「感動してる暇はないよ! ほら、右から来る!!」

「うおっと!」

 

 迫り来る死神の凶刃を、俺は再び盾を突き出して正面から受け止めた。

 腕に走る強烈な痺れとは裏腹に、なぜか心の中は少しだけ軽くなっていた。誰にも言えなかった秘密を、この不思議な相棒が「そんなのどうでもいい」と丸ごと受け入れてくれたからかもしれない。

 

(……でも、心の中読むのは普通にやめてくれんかな……? ちょっとドン引きだわ……)

 

「やっぱり護るのやめようかなぁ!?」

 

 俺の失礼な念波を正確に受信し、ジト目を限界まで吊り上げてキレる相棒の怒声と共に、俺は泥臭く、みっともなく、それでも確実に時間を稼いでいく。

 

 いける。このままのペースで時間を稼げば、しんのすけが戻ってくるまで十分に持ち堪えられる!

 そう確信した矢先だった。

 二体のダークがピタリと動きを止め、無機質な黄色い瞳で互いに視線を交わした。

 

「……遊びは終わりだ」

「盾で顔面を殴られるのが楽しかったのか?」

 

 少しでも時間を稼ぐための俺の軽口も意に介さず、黒のダークが、一切のフェイントを捨てて真っ向から大上段に黒剣を振りかぶった。

 俺は迷わずギンギンを頭上に構え、その一撃を迎え撃つ。

 

 ガギィィィィィンッ!!!

 

 今までとは桁違いの重圧が、左腕を通して全身を軋ませた。

 弾き返せない。黒のダークは、自らの体重と剣の重さを完全にギンギンに乗せ、俺をその場に「釘付け」にしたのだ。

 

「なっ……!?」

「っ……! かける、横だよ!」

 

 盾の中からギンギンの悲痛な叫びが響く。

 視界の端で、白のダークが完全にガラ空きになった俺の右側面に回り込んでいた。

 剣ではない。奴は丸太のような脚を高く跳ね上げ、無防備な俺の脇腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ごふっ……!!」

 

 肋骨が嫌な音を立てて砕ける感触。

 呼吸が完全に止まり、俺の体はボールのように吹き飛ばされて、鉄の壁に激突した。

 

「がはっ……! あ、ぐ……」

 

 肺に空気が入らない。床に崩れ落ちた俺の髪を、白のダークが無造作に掴み上げて引きずり起こす。

 

ドゴォッ!!

 無慈悲な蹴り上げが、俺の腹部に直撃した。

 体が宙を舞い、鉄板の床を無様に転がる。全身の骨が悲鳴を上げ、口から血の味が広がった。

 

「がはっ……、はぁ、はぁ……」

「ただの人間が、調子に乗るからだ」

 

 限界だった。ワンミスで致命傷。こんなのに俺が勝つなんて無理ゲーだ。

 

「……ハ、ハハッ……」

 

 血まみれの口元が、自然と弧を描く。

 

「……何がおかしい」

「いや、どうやら間に合ったみたいだ」

 

「お待たせだゾ!」

 

 いつもの気の抜けた声が響き渡った。

 右手に『物差し』を握りしめたしんのすけと、その後ろから息を切らしたマタが飛び込んでくる。

 

「かける、あったよ!」

 

 マタがボロボロの俺を見て一瞬顔を強張らせたが、すぐに力強く頷き、物差しを指差した。悲鳴なんか上げない。彼女はそういう強い女の子だ。

 

「……ナイスだ、2人とも」

 

 俺は痛む体を無理やり起こし、左腕に嵌まっていたギンギンを外した。

 そして、真っ直ぐに歩み寄ってきた小さなヒーローの左手に、その『最強の盾』を託す。

 

「あとは……頼んだぞ、しんのすけ」

 

 左手には銀色の盾。右手には物差し。

 アンバランス極まりない装備で立つしんのすけを、二体のダークが忌々しそうに見下ろした。だが、その無機質な黄色い瞳が、しんのすけの右手にある『物差し』を捉えた。

 

「なんだ……なんだそれは……なんなのだ……!」

 

 本能が警鐘を鳴らしているのか、ダークがジリッと一歩後ずさる。

 その直後だった。

 しんのすけの右手に握られていた物差しが、一本の『金色の矛』へと変形した。

 

「はじめまして、しんちゃん。私は金の矛キンキンよ」

 

 黄金の剣から、凛とした、どこか優しそうな女の子の声が響いた。

 

「おぉ、ほんとにかわった」

 

 しんのすけは、目を輝かせて金色の剣をまじまじと見つめ、呑気な声を上げた。

 

「えっ気づいてたわけじゃないの?」

 

 すかさず、左手のギンギンからツッコミが入る。

 

「うーん、なんとなく……?」

 

 しんのすけは首を傾げながら、悪びれもせずに答える。確信があったわけじゃなく、ただの直感で持ち出し。

 

「……はぁ。やっぱり、君も相当お気楽っていうか、なんというか」

 

 ギンギンは呆れたように大きなため息を吐くと、盾の表面のジト目をしんのすけに向け、それから床に座り込んでいる俺の方をチラリと見た。

 

「……なんだよ」

「いや。死にかけながら僕が来るのかわからないまま叫ぶ君と、何もわかってないのに勘だけで伝説の武器を拾ってくるしんのすけ。……君達、なんか似てるね」

「似てねえよ」

「オラ、かける兄ちゃんみたいにはなりたくないゾ〜」

「なんだと、お前が来るまで命懸けで時間稼いでやってたのに!」

 

俺としんのすけが同時に言い返すと、ギンギンは「ほらね」と言わんばかりに目を細めた。

 隣では、マタが呆れたように、でも少しだけ安心したように小さく笑っていた。

 

『そこにいるのはギンギン? 久しぶりね』

 

 しんのすけの右手に握られた金の矛から、キンキンの鈴を転がすような声が響いた。

 すると、しんのすけの左手に握られた銀の盾の表面に、ほんのりと赤い赤面が浮かび上がる。

 

『1582年ぶりだよ、キンキン。君も元気そうでよかった』

 

 ……盾のくせに照れるんだよな。

 そんな感動的な武具たちの再会をよそに、両手にそれを持ったしんのすけが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 

「ほ〜ほ〜、キンキンがギンギンだゾ。えへへ〜」

 

(……クレヨンしんちゃんって、かなりの下ネタ使うよな。子供の頃は全然気づかなかったけど)

 俺は痛む腹を押さえながら、場違いすぎる下品なジョークに内心でツッコミを入れた。

 

「本当に、矛と盾が揃ったと言うのか……」

 

 ドン引きしている俺とは違い、二体のダークは忌々しそうに伝説の武器を睨みつけていた。

 

「伝説の武具など、誰も必要としておらん。お前たちはこのドン・クラーイにいらないものなのだ」

『そうね。私たちはただの道具よ』

 

 キンキンが静かに肯定する。それに続くように、ギンギンが言葉を繋いだ。

 

『僕たちをどう使うかは、それを持った人次第だ』

 

 そう言いながら、ギンギンは盾の表面の目をチラリと俺の方へ睨みつけてくる。

 うん、あの目は丸腰のまま盾を使って殴りかかり、ボロボロになりながらも時間を稼いだ俺の戦い方を、彼なりに認めてくれている視線だろうな。うん。

 

「ほう。ならば、使うのがただのガキでは意味がないな」

 

 黒のダークが、黒剣の切っ先をしんのすけへと突きつける。

 

「そのガキをやった後に、貴様らは溶鉱炉でドロドロに溶かしてしまおう」

「……っ」

 

 その本気の殺気と「ドロドロに溶かす」という残酷な言葉に、しんのすけの小さな肩がビクッと跳ね、顔を強張らせた。

 

「大丈夫だ、しんのすけ!」

 

 俺は壁を背にしながら、小さな背中へ向けて声を張った。

 

「金の矛と銀の盾は、お前にだったら力を貸せる!」

『よく知ってるわね』

 

 キンキンが少し驚いたような声を出し、そして優しくしんのすけに語りかけた。

 

『そうよ。私たちは、選ばれし者のあなたになら力を貸せる』

「……力を貸す、だと……?」

 

 ダークたちが怪訝な声を上げる。

 

『行くよ、キンキン!』

『えぇ、ギンギン!』

 

『僕が足に!』

『私が手に!』

 

 二つの伝説の武器が呼応した瞬間、俺の石化を解いた『ヘンジル』の時とよく似た、眩い光が空間を包み込んだ。

 ギンギンの力で、青白い透明な光がしんのすけの下半身を包み込む。光はそのまま大人の足のような輪郭を帯び、しんのすけの背丈をグンと引き上げた。

 同時に、キンキンの力で黄色い透明な光が上半身を包み込む。光は大人の腕の輪郭を形作り、しんのすけのリーチを劇的に伸ばした。

 光のオーラで作られた、大人の体。

 これこそが、矛と盾の真の力だ。

 

 凄まじいプレッシャーを放つしんのすけに対し、二体のダークがたまらず斬りかかっていく。だが、大人と同等の体格とリーチ、そして伝説の武器の力を得たしんのすけは、二対一という圧倒的不利な状況でありながら、完全にダークたちを圧倒し始めていた。

 キンキンが黒剣を弾き飛ばし、ギンギンのオーラを纏った足が白のダークを蹴り飛ばす。

 その攻防戦を壁際で見守りながら、俺は、なんとか原作通りの展開を迎えられたことに深い安堵の息を吐いた。

 

 だが……まだ、胸の奥に冷たい不安が残っている。

 原作の最後、追い詰められたダーク二体が放つ、あの最終奥義。

 高速でしんのすけの周りを回転し、無数の残像を作り出して、刺す瞬間までどれが本体か分からなくする回避不能の攻撃。原作でしんのすけがアレを避けられたのは、ギンギンのアドバイスがあったとはいえ、ほとんど「運」に近いおバカのミラクルだったのだ。

 そうこう考えているうちにも、目の前の戦闘は佳境を迎えようとしていた。

 

 二体のダークが、大きく後方へ跳躍し、しんのすけとの距離を取った。

 そして、白と黒の姿がブレたかと思うと、猛烈なスピードでしんのすけの周囲を円を描くように走り始めた。

 ドォォォォォォォォォォッ!!

 鉄の空間に、暴風のような風切り音が鳴り響く。

 あまりの速さに無数の残像が生まれ、しんのすけを取り囲むように、何十体ものダークの姿が浮かび上がった。

 

「もう終わりだ、もうすぐ終わりだ」

「もうもうおわりだ、もうもうすぐすぐ終わりだ」

 

 四方八方から、幾重にも重なった不気味な声が木霊する。

 

「どれが本物なの……?」

 

 大人びた光のオーラを纏いながらも、しんのすけは不安げな声で周囲を見渡した。無理もない。視界を埋め尽くすほどのダークが、一斉に殺意を放って剣を構えているのだ。

 

「しんちゃん! かける、助けに行かないとしんちゃんが!」

 

 ボロボロの俺の体を肩を貸して支えてくれていたマタが、パニックに陥り悲痛な声を上げる。

 

「大丈夫だ! しんのすけなら避けられる!」

 

 俺はマタの不安を拭うために、あえて自信満々に言い放った。

 だが、俺の内心もまた、心臓が爆発しそうなほどの不安で埋め尽くされていた。

 

(なんとか原作の展開に回帰することには成功した。でも、ここまで俺が介入したせいで、道筋はぐちゃぐちゃだ。バタフライエフェクトが起きて、しんのすけの『ミラクル』が発動しなかったら……!?)

 

『しんちゃん、心の目で見て!』

 

 キンキンの声が響き、しんのすけがギュッと両目を閉じた。

 

「で、でも!」

 

 マタが食い下がる。自分自身を鼓舞するためにも、奥歯を強く噛み締めた。

 

(運任せにはしない。俺が…全力でサポートするんだ!)

 

 俺は、立っているのもやっとの体から、残された全リソースを強制的に『両目』へと集める気持ちで超集中状態に入った。

 石化魔法を受けたからか、ヘンジルのパワーなのかいつもよりも強化されていた俺の身体能力を視覚の極限突破に費やす。

 

 ドクン、と心臓が大きく鳴り、世界の色が少しだけ薄れた。

 高速で回転する嵐が、スローモーションのように遅くなる。無数にいたダークの残像が、俺の目の中で処理され、数が減っていく。五十から、三十へ、三十から、二十へ。

 だが、それでもまだ見極めきれない。速すぎる。

 

(焦るな……。円を描いているうちは、まだ攻撃は来ない。狙うのは……)

 

 ――最後のあの瞬間。

 奴らが円運動から『直線の突き』へと移行し、突かんとする刹那、その瞬間に『本体』のみになるはずだ。

 

 血走った目で、瞬きすら忘れてその空間を睨みつける。

 極度の集中で眼球の毛細血管が切れ、視界の端が赤く滲んだ。

 その時。

 グルグルと回っていた白と黒の残像の群れが、ほんの一瞬、不自然に歪んだ。

 右斜め前と、左斜め後ろ。

 二つのポイントで、鉄板の床を強く蹴り込みを、俺の異常な動体視力が捉えた。

 残像がブレて、重なり合い、二体のダークが一直線にしんのすけの心臓目掛けて剣を突き出した、その絶対の死のタイミング。

 

「今だ!しんのすけッ!!」

 

 喉が裂けるほどの声で、俺は叫んだ。

 その合図と同時、ギュッと閉じられていたしんのすけの目が見開かれた。

 左右の完全な死角から迫る、黒剣による即死の突き。

 しんのすけは、俺の叫びを信じ切り、恐れることなく左手の『ギンギン』を前に突き出した。そして、絶妙な角度で体を捻り、左右から迫る二本の剣身を、盾の滑らかな表面で同時にいなした。

 

 ガキィィィィィンッ!!!

 

 火花が散り、強烈な金属音が鳴り響く。

 ギンギンによって完全に軌道を逸らされた二本の黒剣は、凄まじい突進の勢いを殺しきれず、そのまま互いの持ち主へ向かって滑り込んでいった。

 ズチュュッ。

 肉を断ち切る、生々しい音が響いた。

 白のダークの剣が、黒のダークの胸を貫く。

 黒のダークの剣が、白のダークの胸を貫く。

 二対の十字突きは、ギンギンの誘導によって、完璧な同士討ちという結末を迎えた。

 

「バカな、この私が……負けたのか……?」

 

 致命傷を負い、その場で立ち尽くしながら目を見開く二体のダーク。

 その白と黒の顔が、ギリギリと不気味な音を立てて、首だけを90度こちらへ向けた。無機質な瞳が、激しい憎悪に染まり、俺を射抜く。

 

「貴様さえ……! 貴様がいなければぁああああああッ!!!」

 

 世界を揺るがすほどの悍ましい断末魔の叫びと共に、二体のダークの体はドロドロに崩れ落ち、跡形もなく消滅した。

 静寂が、鉄の空間に舞い戻る。

 

「……は、ははっ」

 

 俺はその場にへたり込み、荒い息を吐いた。無事倒せたことが、まだ信じられない。

 

(ほんとに……やれたのか……)

 

 ピキッ、と。

 空気にヒビが入る音がした。

 ダークが作り出した無機質な鉄の空間が、まるでガラス細工のようにひび割れ、パラパラと崩れ落ちていく。

 ……ふわりと、畳の匂いがした。

 障子から差し込む、朝日の暖かな光。

 見慣れた天井。野原家の、いつもの寝室だ。

 

「やったぁぁぁぁっ!!!」

 

 俺がぼんやりと周囲を見渡していると、隣からマタの歓声が上がり、次の瞬間、彼女が俺の首に勢いよく抱きついてきた。

 

「ちょ、マタ! 痛い痛い痛いッ!!」

「えっ? あ、ご、ごめんよ! つい……っ」

 

 折れた肋骨と全身の打撲痕が悲鳴を上げ、俺は文字通り涙目で身悶えした。マタは慌てて俺から離れ、顔を真っ赤にしてオロオロと手を彷徨わせている。

 地獄のような痛み。でも、生きている。

 俺たちは、勝ったんだ。

 





貴様がいなければぁああああああッ!!!←いなくても負ける


1番書きたいシーンにやっと行けます…

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