映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ『   』   作:カシ

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気づいたら9話で、どうせなら1番書きたかったシーンはきりよく10話で書きたいなーと、構成を変えてたら昨日投稿できなかったです。昨日できなかった分も含めて2話投稿致します。よろしくお願いします。



第9話 イレギュラー

 

 マタが慌てて身を離した後も、俺の体は悲鳴を上げ続けていた。折れた肋骨に、全身を打ち据えられたような打撲の数々。一時的に跳ね上がっていた身体能力が元の『ただの高校生』に戻りつつあるせいか、反動による激痛でまともに息を吸うことすら辛い。

 

『よく頑張ったわね、しんちゃん。私たちから、一つ願いを叶えてあげるわ』

 

 キンキンの凛とした優しい声が響くと、しんのすけとマタは顔を見合わせ、一切の迷いなく俺の方を指差した。

 

「かける兄ちゃんを治してあげてほしいゾ!」

「ボクからもお願い! かけるを助けて!」

「もちろんさ」

 

 ギンギンが静かに答える。「でも、魔法みたいに一瞬で怪我を無かったことにはできないよ。治癒には少し時間がかかる。ほら、手を出して」

 促されるまま、俺は激痛に耐えて上体を起こし、両手を前に差し出した。右手にキンキンを、左手にギンギンをしっかりと握りしめる。

 その瞬間、金と銀の淡い光が、脈を打つように俺の体を優しく包み込んだ。

 

「……あ、あったけぇ……」

 

 折れた肋骨がじんわりと熱を持ち、内側からゆっくりと修復されていく不思議な感覚。ズタボロだった筋肉や内臓の奥深くにまで、温かいお湯が染み渡るように痛みが引いていく。ゲームの回復魔法のようにエフェクト一発で全快、とはいかないが、確かな生命力が体を満たし、纏わりついていた死の気配が遠ざかっていくのがわかった。

 

「ふぅ……生きた心地がする……」

 

 浅かった呼吸が深く楽になり、俺が安堵の息を吐き出すと、隣で様子を見守っていたマタがホッと胸を撫で下ろした。

 見上げれば、朝日の差し込む野原家の寝室。死闘を終えた静かな空気の中で、マタは少しだけ躊躇うように視線を落とし、ぽつりと口を開いた。

 

「……あのさ。かけるは、知ってると思うけど……」

 

 マタは真剣な瞳を上げ、治癒の光に包まれる俺としんのすけを真っ直ぐに見つめた。

 

「ボク、本当は……あっちの世界、ドン・クラーイの住人なんだ」

 

 彼女にとっては重大な告白。だが、俺は映画の知識でもちろん知っている。そして、隣にいるマイペースな5歳児も。

 

「オラ、知ってたよ」

 

 しんのすけは、さも当然のようにあっさりと答えた。

 

「俺も知ってるけど、関係ないだろ?」

 

 俺がメタ知識からではなく、一人の人間としての本心から柔らかく笑いかけると、マタはスッと肩の力を抜き、「そっか」と短く応えて軽く微笑み返した。

 その、じんわりと温かい空気を切り裂くように。

 

『も〜〜〜っ! やぁっっっと解放されたわぁん!!』

 

 突如、静かな寝室に甲高い、強烈なオネェ言葉が響き渡った。

 俺が「お、ようやく来たな」と声のする方へ視線を向けると、空中の小さな空間の歪みから『銅鐸(どうたく)』がコロンと畳の上に転がり出てきた。

 

『いや〜ん、本当に長かったわ! ダークの奴ら、アタシの銅鐸の力を勝手に利用して時間を遅くしてたのよ! 信じられないくらい扱いが雑なんだから!』

 

 銅鐸の表面に浮かんだ顔が、ぷんぷんと怒りながら機関銃のように文句をまくしたてている。

 

「あ、もう一人、騒がしい友達が来たみたいだね」

 

 俺の左手から、ギンギンが旧知の仲に対する呆れ果てたような視線を向けながら言う。

 

『誰が騒がしいよ! アタシは銅鐸のドウドウ! これで矛と盾と銅鐸、伝説の三武具が全員揃ったってわけね!』

 

「ほーほー、なんかやかましいお友達が増えたゾ」

 

 しんのすけが物珍しそうに近づき、畳の上に転がるドウドウを指でツンツンと突いた。

 

『ちょっとぉ、レディを気安く触らないでよ! ……って、あら?』

 

 ドウドウの表面に浮かんだ顔が、しんのすけ越しに、治癒の光に包まれている俺へと向けられた。

 

『そっちのボロボロのイケメンは誰? ちょっとアタシのタイプなんだけどぉ!』

 

『彼はかけるよ。しんちゃんと一緒に、命懸けで私たちを守ってくれたのよ』

 

 キンキンが優しく説明すると、ドウドウはひときわ甲高い声を上げた。

 

『まぁ! 体張るなんて男らしいじゃない! 三つ揃ったアタシたちの力なら、どんな願いでもドンと来いよ! アンタ、なんか欲しいものないの!?』

「いや、俺はさっきこの二人に体を治してもらったから……」

「そうそう。かける兄ちゃんを治してってお願いしたのは、オラとマタだゾ」

 

 しんのすけがえっへんと胸を張る。賑やかなやり取りの中、俺の左手に握られたギンギンが、ふと真面目なトーンでこちらに語りかけてきた。

 

「そうだね、かける」

「ん?」

「しんのすけの『君を治す』っていう願いは叶えたけど……君自身の本当のお願いは、やっぱり『元の世界に帰る』こと?」

 

 その言葉に、しんのすけと、俺の様子を見守っていたマタが、不思議そうに首を傾げる。

 

「……元の世界? かける、それってどういうこと?」

 マタが目を丸くして尋ねてくる。

 

(さて、どう説明したものか……)

 

 俺は心の中で少しだけ考えを巡らせた。まさか『ここは俺のいた世界では映画の物語の中で、君たちはアニメのキャラクターなんだ』なんて事実をバカ正直に伝えるわけにはいかない。ギンギンには心の声でバレているが、アイツは空気を読んでその点には触れずにいてくれている。

 俺はゆっくりと息を吐き、痛みが引いて動くようになった体を少し起こして、マタとしんのすけに真っ直ぐ向き直った。

 

「実はさ、俺……この春日部の住人じゃないんだ。別の次元にある春日部、いわゆる『パラレルワールド』から飛ばされてきたんだよ」

「パラレル……わーるど?」

「平行世界ってやつだ。ここによく似てるけど、別の世界」

 

 マタは目を瞬かせた後、「あー……」と顎に手を当てて納得したように頷いた。

 

「ドン・クラーイみたいな、別の世界から来たってことね。ボクもあっちの世界の人間だから、そういうのがあるのは分かるよ。でも、それならなんでかけるは、ダークのこととか、伝説の武具のこととかをあんなに詳しく知ってたのさ?」

 

 鋭い。だが、その質問に対する言い訳も用意してある。

 

「俺のいたパラレルワールドでも、似たような事件が起きてたんだよ。ドン・クラーイみたいな脅威が迫っててさ。だから、こっちの世界に飛ばされてきた時も『あ、俺の世界で起きてたことと同じ現象だ』ってわかって、ある程度対処できたってわけ」

「なるほど……。かけるの世界も大変だったんだね……」

「綺麗なおねいさんがいーっぱいいるパラレルワールドなら、オラも行ってみたいゾ」

 

 しんのすけが相変わらずの調子で腰をクネクネと振る。俺は苦笑しながら、左手のギンギンへと視線を戻した。

 

「だから、まぁ……そういうことだ。俺の最終的な目標は、元のパラレルワールドの春日部に帰ることだよ」

 

 俺の苦しい言い訳を聞いていたギンギンは、盾の表面で「ふーん」というような絶妙な表情を作った。

 

(……上手く誤魔化したつもりだろうけど、僕には筒抜けだからね?)

 

 頭の中に、呆れたような念波が直接響く。

 

(……こんなの、まともに話せる内容じゃないだろ。お前も絶対に言うなよ)

 

 俺は心の中で念を返しつつ、左手に持った盾の裏側を、親指の関節で容赦なくグリグリと押し回した。

 

「痛い痛い痛いっ! わかった、わかったから! 僕の裏側をグリグリしないでよ!」

 

 突如として悲鳴を上げたギンギンに、マタとしんのすけが不思議そうに目を丸くする。

 

「ど、どうしたの?」

「いや、こいつの裏側になんかゴミがついててさ」

 

「ゴミじゃないよ! 君の理不尽な暴力だよ!」

 

 俺とギンギンのやり取りを見て、マタが呆れたように小さく吹き出した。

 俺の最大の秘密は、このおしゃべりでマイペースな銀の盾との間だけで、そっと共有されることになった。

 

ギンギンとの小競り合いが一段落し、しんのすけが「ほーほー」とドウドウを突っついて遊んでいる最中。

 ふと、俺の服の袖が、きゅっと弱く引かれた。

 

「……あのさ」

 

 振り返ると、マタがどこか所在なげに俯き、俺の袖を指先で摘んでいた。

 いつもは勝気で、ボーイッシュな彼女には似合わない、ひどく心細そうな顔。

 

「……帰ってしまうのかい? 元の世界に」

 

 上目遣いで俺を見つめるその瞳には、明らかな寂しさが揺れていた。

 思わずドキリとしてしまう。さっきまで巨大なバケモノを相手に死闘を繰り広げていたせいで麻痺していたが、よく考えればマタは同年代の、しかもめちゃくちゃ可愛い女の子なのだ。そんな子に、こんなしおらしい顔で見つめられて平静でいられるほど、俺は人生経験を積んでいない。

 

「あー……うん。まぁ、いずれはな。俺にも向こうの生活があるし」

「そっか……」

 

 マタはさらに俯き、袖を掴む手に少しだけ力が入った。

 

「……ボク、かけるには助けられてばっかりだったな。せっかく、もっと色んなことを話せると思ったのに」

「マタ……」

「だから……その。かけるが帰るまでに、ドン・クラーイの案内とか、させてくれないかな。……お礼、したいからさ」

 

 照れ隠しのように早口で言いながら、マタの耳までがほんのりと赤く染まっている。

 ……なんだこれ。可愛すぎるだろうが。

 

「案内って……お前な。ドン・クラーイはこれから、マタたちが平和な国にしていくんだろ?」

 

 俺は少し照れくささを誤魔化すように、彼女の頭にポンと手を乗せた。

 

「案内してもらうなら、お前らがちゃんと平和で明るい国にしてからじゃないと、観光も楽しめないだろ」

 

「っ……! う、うんっ! そうだね、絶対……最高の国にするから!」

 

 俺の言葉に、マタはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに俺の手を両手で握り返してきた。

 エモい。エモすぎる。

 クレヨンしんちゃんの世界で、まさかこんな青春の1ページみたいなイベントが発生するなんて。

 

「ヒューヒュー! あっちっち〜だゾ!」

 

 その時、完全に空気を読んだ、あるいは読まない5歳児が、ニヤニヤとだらしない顔で俺たちの周りを踊り始めた。

 

「ほーほー! かける兄ちゃんとマタが、イチャイチャしてるゾ〜! 春ですな〜!」

 

「ち、違うよっ、しんちゃん! これはその、戦友としての熱い誓いっていうか……!」

 

 マタがボンッと音を立てて顔を真っ赤にし、慌てて俺からパッと離れた。

 

「あらあら、若いのね」

 

 キンキンが鈴を転がすような声でクスクスと笑う。

 

「僕の使い手は、盾の裏側をグリグリするくせに、女の子には甘いみたいだね」

 

 ギンギンがジト目を向けてくる。

 

『いや〜ん! アタシもイケメンに頭ポンポンされたぁい!』

 

 ドウドウが空気を読まずに叫ぶ。

 

「お前ら……いい加減にしろよ……!」

 

 俺もすっかり顔が熱くなっているのがわかった。

 体中の痛みは、キンキンとギンギンの治癒のおかげで、いつの間にかすっかり消え去っていた。騒がしい野原家の寝室に、平和で温かい笑い声が響き渡る。

 

(……でも、元の世界に帰ったら、マタとはもう会えないのか)

 

 しんのすけにからかわれて顔を真っ赤にするマタを見ながら、俺の頭の片隅に、そんな現実的な悩みが浮上していた。

 ドン・クラーイと春日部は別世界だ。もし俺が元の春日部に帰還できたとして、次元も世界線も違うマタと再会できる保証なんてどこにもない。

 ……せっかくマタと仲良くなれたのに、このまま帰っていいのか? いや、でも向こうの生活もあるし……。

 

「……あー、一人で真剣に悩んでるところ悪いんだけどさ」

 

 ぐるぐると堂々巡りの思考に陥っていた俺の脳内を覗いて、突如としてギンギンの呆れたような言葉が割り込んできた。

 

「君を元の世界に帰すことは、どうやらできないみたいだよ」

「……は?」

 

 俺は思考を強制停止させ、左手に持った盾の表面をまじまじと見つめた。

 

「できないって……お前ら、なんでも願いを叶えられるんじゃないのかよ!」

「いや、だから『魔法みたいに一瞬でなんでもできるわけじゃない』ってさっき言ったでしょ!?」

「じゃあなんでさっき思わせぶりに『本当のお願いは帰ること?』なんて聞いたんだよ!」

 

 俺は、再び盾の裏側を親指の関節で容赦なくグリグリと押し回した。

 

「痛い痛い痛い痛いッ! やめて、話を聞いてよ! 僕だって君の心を読んでから初めて気づいたんだから!」

 

 ギンギンの悲鳴に、俺はグリグリの手を止め、怪訝な顔で盾を見下ろした。

 

「……僕達の力でも無理そうだ。いや、正確には……妙なんだ」

 

 ギンギンの声から、いつものおちゃらけたような、あるいは呆れたような気配が消え、ひどく真剣な、底冷えするようなトーンに変わった。

 

「僕とキンキンの力を合わせても、君の存在を元の次元に弾き返すことができない。まるで、僕達でも干渉できないほどの『何か別の力』が働いているみたいだ……」

「別の力……?」

 

「あぁ。君というイレギュラーをこの世界に縛り付けている、もっと得体の知れない……意志のようなもの。君のあの一時的に上がった身体能力…いや、もしかしたら、君がここに呼ばれたこと自体が――」

 

 物語の根幹に関わるような、伝説の武具ですら底知れぬ『なにか』感じるほどの、世界の真理。

 ギンギンが重大な推測を口にしようとしていたとき…

 

(……いや待てよ。帰れないってことは、合法的にマタと一緒にいられるってことか? でもこっちの世界での戸籍とかどうすんだよ。そもそもドン・クラーイに住むのか? 言葉通じるのか? いやいや、帰れたとしてもマタと会えなくなるかもしれないんだし、むしろ帰れない方がワンチャン……?)

 

「…………」

 

 俺の頭の中は、ギンギンの深刻な考察をBGMにしながら、マタとの今後のことでキャパシティを完全に埋め尽くされていた。

 

 一方でマタは、服の裾をギュッと握りしめ、縋るような、泣きそうな顔でかけるを見ていた。

 

(い、行ってほしくない……! でも、ボクなんかが『帰らないで』なんて、そんなワガママ言えるわけないし……! ああもう、ボクはどうしたら……っ)

 

「ほーほー! ドウドウ、おまたに挟むとひんやりして気持ちいいゾ〜!」

『ちょっとぉぉぉッ!? レディをどこに挟んでんのよォ! サビる! サビちゃうわぁん!』

 

 俺のすぐ隣では、伝説の銅鐸を股間に挟んでフラダンスを踊る5歳児と、それに絶叫するドウドウのドタバタ劇が繰り広げられている。

 

「……って、誰も聞いてないしッ!!!」

 

 ギンギンの、今日一番の巨大なツッコミが、野原家の寝室に空しく響き渡った。

 

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