友人にブルアカを勧めたとき、お題を出してもらったところ、出てきたお題が「便利屋でバイトするアリス」でした。その結果がこれです。なおその友人も今やミリカという名前で絵描きをしているので良ければ見に行ってやってください。
「……」
「……」
「……」
普段は(様々な理由で)騒がしい事務所だが、現在は気まずい沈黙に包まれている。
そして、この場にそぐわない、きれいに制服を着こなした満面の笑みを浮かべる少女が一人。
「えーと、もう一度聞いてもいいかしら?あなた……アリスといったかしら?何をしに……」
「はい!アリスはバイトをしに来ました!先生が教えてくれたので!」
困惑するアルの問いかけにも動じず、はきはきと答えるアリス。一方で、便利屋の間には混乱が広がり、目線での会話が始まる。
(どどど、どういうことなのー!?)
(いやいやアルちゃん、私に聞かれてもわかるわけないじゃん……。)
(ど、どうしましょうアル様!?ひ、ひとまず撃ちますか?殺してから考えますか!)
(先生が紹介したって言ってたんだし、それはやめた方がいいんじゃないかな。でも、どういうことなのかは聞かないと。)
(そ、そうよね!先生がーって言ってたんだし、ひとまずは詳しく聞いた方がいいわよね!)
(……くふふ、なんだかおもしろいことが起こりそう)
「アリスちゃん、もう少し詳しいお話を聞いてもいいかしら?突然すぎて、何が何だか……」
「説明イベントですね!コホン、これは数時間前の出来事――。」
数時間前、ゲーム開発部部室
「食らえ、モモイスペシャル-!」
「隙ありです!ここでガードから必殺コンボを発動します!」
「え、ちょっとー!?アリスはジャスガ禁止だってばー!そんな入力精度ずるだよずるー!」
「お姉ちゃんは読みあい放棄で大技撃つからわかりやすいんだよ……。それに、アリスでずるならユズはどうなの。」
「YZQeenはもう存在がチートだからいいの!」
「チートはダメだってユズが言ってました!……あれ、でもユズがチートなら、ユズがダメって事に……」
「アリスちゃん、お姉ちゃんのいうことは話半分で聞いていいから……」
それは、いつも通りのゲーム開発部の光景。青空も暖かい日差しもなんのその、健康的な光をカーテンの向こう側に追いやり蛍光灯とディスプレイの光で満たされた騒がしい部屋。今日は国民的格闘ゲームをやっているのか、普段よりも一段とアホの子の声が響き渡っている。
そんな中。
ガタガタガタ!
部室に備え付けられた、掃除用具入れのロッカーが激しく揺れ、音を立てる。
「あれ、ユズ?どうしたの?」
「何かあったんでしょうか……。」
ゲームに熱中していた二人もポーズ画面を開き、振り返る。すると、ロッカーの中から、慌てた様子のユズが飛び出してきた。
「た、大変……!最近ゲーム制作のほうで忙しくてチェックできてなかったけど、今期の予算が……!」
「「「ええーーーーっ!?」」」
再び、便利屋事務所
「というわけで、みんなでクエスト:バイトをすることになりました。そこでアリスは、先生にヒントをもらいに行ったのです。するとイベントが進行して、ここを紹介してもらいました!つまり、クエスト開始です!」
「なるほど、わか……るわけないじゃない!なんで私たちのところをバイトに紹介するの!?断りもなく!?先生はどういうつもりなの!?というか、この子の不思議なしゃべり方はなんなの!?」
「や、やっぱり消しちゃいますか!?」
「う~ん、でもこの子、すっごい強そうだよ?すごーく大きな銃背負ってるし。……いや、そもそも銃なのかなぁ?」
「落ち着いて、みんな。あとハルカはその爆弾をしまって。ここで爆発させたら事務所が大変なことになるよ。」
冒頭の沈黙はどこへやら、やっぱり騒がしい事務所だった。そこで、アリスがふと思い出したかのように声を上げる。
「あ!そうでした!アリス、先生からキーアイテムを預かっているんでした!危うくクエスト進行不可能になるところでした……。」
そういって、彼女は一つの封筒を取り出した。白いシンプルな封筒には、「便利屋のみんなへ」とだけ記されている。
アリスが差し出したそれをハルカが受け取り、アルのデスクまでもっていくと恭しく手渡す。アルが、やはり困惑を隠せぬまま封を切り、中の手紙を広げると、ムツキとカヨコも気になるのか後ろから覗き込んだ。
『便利屋のみんなへ
久しぶり、元気かな。最近便利屋の名前を良くも悪くも聞かないから、ちょっと心配してたんだ。そこで、二つ依頼をさせてもらおうと思う。一つ目は、突然のお願いで悪いけど、ちょっとだけアリスをバイトさせてあげてほしいんだ。気になるなら、詳しい事情は本人に聞くといい。
そして二つ目は、最近、私物の紛失が増えているんだ。注意力が落ちてるのかなとも思ったんけど、どうやら体に異常があるわけでもないみたいでね。そこで、原因の調査と、可能なら紛失したものの発見をお願いしたい。アリスのバイトも、この依頼の間だけで大丈夫。報酬はアリスの分含めて50kクレジット。
断られちゃうとちょっと困るけど、報酬の相談には乗るつもりだよ。引き受けてもらえるなら、紛失物の詳細を話すためにもシャーレに来てほしい。
先生』
「これ、正式な依頼じゃん。報酬も悪くないし、なにより先生の依頼だからあまり変なこともなさそう。問題は、このアリスって子だけど……どうする、社長?」
「フフッ、便利屋はお金さえもらえるのならどんな依頼もこなすアウトローよ?受けるに決まっているじゃない!」
「さすがアル様、かっこいいです!」
「いいねいいね~!それにしてもアルちゃん、ずいぶん張り切ってるね。久しぶりに先生に会えるのが嬉しかったり?」
「そ、そんなことあるわけないじゃない!アウトローの私がちょっと先生に会えないのが寂しいなんて言うわけがないわ!」
「くふふ、そうだよね、そんなわけないよね~。じゃあ、私先生のところに行ってくるからアリスちゃんって子をどうするか考えておいてね~。」
「あ、ちょ、待ちなさいムツキ!こういうのは……そう!連携の面から考えても、全員でやるべきよ!」
「もう、しょうがないなぁ」
相も変わらずニコニコと笑みを絶やさないままきれいな姿勢で座っているアリスを横目に、手紙の内容を読んだ便利屋の面々は方針を定めるのだった。
「……ふぅ。」
目の前の画面から逃れるように体をそらしつつ、一つ息を吐く。たとえ事件が起きていなくても、シャーレに寄せられる仕事の量はすさまじい。大人は、いや社畜はつらい生き物だ……。
そんなことを考えながら天井を見上げていると、不意に視界に影が落ちる。同時に、銀色を孕んだきれいな白い髪がカーテンのように周囲の光景を遮る。
「先生、もう3時間26分も続けてお仕事をされていますよ。集中力も切れているようです。休憩を取られてはいかがでしょう?コーヒーをお淹れしようと思うのですが。」
そういって、こちらをのぞき込むのはノアだ。そういえば、今日のシャーレの当番は白髪っ娘に揃えてたんだな、などと思いながら体を起こす。あのままだとノアの髪のいい匂いがしてなんとなくあぶなかった。何がとは言わないが。
「ありがとう、そうさせてもらおうかな。ノアのコーヒーって、同じ豆を使ってるはずなのにおいしいんだよな。……それに、スマホもかなりの通知が来ているみたいだし、こっちもチェックしておかないと」
「わかりました。16時9分、先生が休憩に入る……記録も問題なし。」
「……なんかタイムカードを思い返すなぁ……。」
「それと、コーヒーをおいしく淹れる秘訣ですが……いえ、これは言わないでおきましょう。私が淹れる時だけの愛の魔法、ということで。」
逐一こちらの行動を記録するノアは、キヴォトスに来る前の嫌な記憶を想起させるので、やめてほしい気持ちもある。だが、満足そうに手帳に描き込んでいるノアを見ると、そんなことは言えなくなってしまう。まあ、最後に彼女が言い放った思わせぶりな言葉も視線を向ける理由ではあるのだが。
手帳をしまったノアがこちらの視線に気づいたのか、人差し指を唇に当ててウインクしてから踵を返し給湯室に向かっていく。……本当に、細かいところで上手なのだ、彼女は。
コーヒーと一緒に食べるべくスイーツを探していると、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開く。見てみれば、書類の束を持ったヒナが立っていた。
「先生、こっちの書類に関してなんだけど……。」
「お疲れ、ヒナ。ちょうど休憩にしようとしていたところなんだけど、どう?」
「……そうね、一緒させてもらう。でも、今日中にこれは終わらせてもらわないと困る。……私はあまり、シャーレの当番はできないから。」
「ヒナが忙しいなか来てくれてるのには本当に感謝してるよ。ノア、ヒナの分のコーヒーも頼める?」
「そういうことじゃないのに……。」
「えぇ、構いませんよ。しかし、風紀委員長さんのコーヒーの好みはまだ記録できていませんのでお口に合うかはわかりませんが……。」
ヒナの分のコーヒーも頼んでみると、ノアは快諾してくれた。しかし、その返事を聞いて、ヒナが目を丸くする。
「待って。あなたは相手の好みを覚えて味を変えているの?」
「ええ、記録は私の本領ですから。一度覚えたことはめったに忘れませんよ。」
「……それは、ずいぶんと大変なことね。」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。ですが、これで助かったことも少なくはありませんし、あまり気になさらずとも大丈夫ですよ。」
……困った、私を他所に二人がよくわからない話をしている。私、頭が悪いわけではないはずなんだけどな。
優秀な二人の意味深な会話に置いてけぼりにされて少し落ち込んでいると、スマホが軽快な着信音を発した。見れば、ユズからだ。
今朝方、ユズからゲーム部でバイトをすることになったことを聞いた際、同時に相談も受けていたのだ。ユズは極度の人見知りであるため、みんながやっているようなバイトは難しい。故に、どうすればいいのだろうか、と。
そこで私は、書類仕事を楽にしてくれるプログラムをいくつか組んでもらう、というバイト……いや依頼を出したのだ。彼女はかつて一人でゲームを作ったこともあり、この辺りは詳しい。また、プログラミングなら人と接する必要もあまりない。ユズも喜んで引き受けてくれたのだが、そのプログラムが完成したという報告が今来たのだ。まさか一日とかからず終わらせてくれるとは思っていなかったため、驚いた。
「先生、コーヒーです。」
スマホに意識を取られていて気付かなかったが、いつの間にかコーヒーが出来上がっていた。ヒナもすでに席に着き、クッキーに手を伸ばしている。……って、あれはこの前奮発して買ったクッキーじゃないか。
「どうしてこっそりと買ったクッキーがばれているのか、という顔をしていますね、先生。」
ノアが見事に心中を言い当て、自分の分のコーヒーを持って隣に腰を下ろした。
なるほど、ノアが出したのか。ノアはユウカと同じセミナーに属しているし、ユウカが領収書を見てノアに話していてもおかしくはない。
「あら、怒らないんですね?」
「まあ、もとより独り占めしようとしていたわけでもないしね。いつも頑張ってくれている二人へのご褒美、ということで。……ところでノアさん、ちょっと距離が近くはありませんか?」
「しかし先生、この机もソファも大きくはありませんし、座れる場所は限られてしまいます。それに、人にはパーソナルスペースというものがありますから。あまり親しくない風紀委員長さんを困らせてしまってもよくありませんし。」
「そうなんだけどそうじゃないんだよなぁ……。」
どうしても一枚も二枚も上手なノアに反論できずにいるものの、ヒナからどことなーく居心地の悪い視線が送られてきているため気が気じゃない。……あとでヒナの頭でもなでてあげれば許してくれるだろうか。ついでに多少吸ってもいいだろうか。
少々不埒なことを考えてしまったのがいけなかったのだろうか。唐突に、激しい音とともにドアが勢いよく開いた。
「……敵襲!?先生、私の後ろに下がって。セミナーの書記は援護を。」
「了解です。そちらの動きに合わせます」
先ほどまでの緩んだ空気とは一転、素早く臨戦態勢に入る二人。ついでのように、私の視界はヒナの羽で覆われる。彼女が私の前面を羽で守ろうとしてくれているのだろう。伸縮自在でかっこいいな……じゃなくて。
果たして、彼女らが銃を構える先にいたのは。
「パンパカパーン!襲撃イベントです!先生、今日のアリスはアウトローですよ!……あれ、なんでアリスはヒナとノア先輩から睨まれてるんですか!?」
「ちょっと、アリスちゃん、もうちょっと静かに……って、ヒヒヒヒ、ヒナ!?全員撤収!撤収よー!」
どや顔で扉をあけ放った態勢のまま、困惑で固まるアリスと、ヒナの存在に気づいて全力で踵を返す便利屋の面々だった。……そういえば、便利屋のみんなにシャーレに来てほしいって言ったけど、あの時はヒナもいることを完全に失念してたな。
「……逃がさない。アリスはちょっと待ってて、あいつらを捕まえたらゆっくりと話しましょう。」
「アリスちゃんでしたか。ごめんなさい、急にすごい音がしたものですから、先生に何かあってはいけないと思って……。」
「えっ、えっ。……うわーん、先生、アリスはどうすればいいでしょうか!」
「ひとまず全員落ち着いてくれるとうれしいな……。」
飛び出していったヒナが便利屋を全員捕まえて連れ帰ってくるのに、そう時間はかからなかった―――
「……というわけで、少なくとも今回便利屋は悪いことしてないから見逃してあげてくれないかな。というか、見逃してもらえないと私が困る。」
「そうです!今日の便利屋のみんなはアリスのパーティーメンバーです!ヒナに連れていかれちゃうと、アリス、クエストの達成ができません!」
「……二人ともその言い方は、少しずるいと思う。まあ私も面倒くさいことを増やしたいわけでもないし、今回だけは先生に免じて見逃してあげることにするけど。」
気を失って仲良く縛られ、床に転がっている便利屋を開放すべく、ヒナに事情を説明すると、少し顔を赤らめながらもわかってくれたようだ。……なぜ顔を赤らめているのか、コレガワカラナイ。
それはともかくとして。
「さて、どうやって起こそうか……。」
「無駄に丈夫な連中だから、もうすぐ起きると思うけど。……あ、起きたみたい。」
ため息交じりにヒナが言うが、起きたようには見受けられない。……いや、アルが冷や汗だらだら流しながらプルプル震えていた。狸寝入りしてるな……。
数秒待ってみるものの、狸寝入りをやめる気配はない。震えはだんだんひどくなり、伴ってヒナの目もだんだん怖くなってくる。そろそろ起こしたほうがいい気がするな。
「アル、そろそろ仕事の話したいから起きてくれるかな。というか、起きてくれないとヒナがちょっと怖い。ほかのみんなも起きて、大丈夫だから。」
もはや生徒の一人や二人のヘイローを自壊させられるのではないかと思うほどのオーラを放つヒナからかばうように、便利屋の面々を起こしていく。ちなみにヒナはノアがなだめており、少し落ち着いたようだ。さすがはノア、いつも魔王をなだめているだけある。
「先生、今のはきちんとセミナーのほうに記録しておきますね♪」
「待って私今口に出してないよね?心を読むのやめてくれる?私のプライバシーは?」
「ん、そんなものはない。」
「どっから出てきたシロコ!?」
「先生、どうしたんですか?シロコさんはここにはいませんよ?」
「ごめんねアリス、どこからか幻聴が……。」
「幻聴ですか?アリス、知っています!ほかの人には聞こえない声ですよね!強化イベントの合図です!」
「残念ながら先生にあるのは強化イベントじゃなくて老化イベントだけなんだよ、アリス……。」
「先生、おしゃべりはその辺にして。便利屋が起きた。」
ヒナの声で現状を思い出し、便利屋のほうに振り返ると、確かに全員起きていた。若干一名、今すぐにでも再び気絶しそうな社長がいるが、まあ立派なアウトローらしいので大丈夫だろう。
「さて、便利屋のみんなが来てくれたってことは、あの依頼は引き受けてもらえるのかな?」
「請負人を縛ったまま話を進めないでもらえるかしら!?」
「そーそー。それともぉ、先生はカワイイ生徒を縛るのが趣味なのかなぁ?」
「記録の象徴みたいな人がいる場所で言っていい冗談じゃないんですがムツキさん……?」
「これで先生の失言は305個目ですね」
「勘弁してくださいノア様……。」
「ふふっ、冗談です。それより、縄をほどいてあげてはいかがでしょう。私は先ほどの騒ぎで冷めてしまったコーヒーを淹れなおしてきます。もちろん、便利屋の皆さんの分も。」
こんな時でも、いやこんな(くだらない)時だからこそか、冷静なノアが状況を落ち着かせてくれる。気が回る生徒が当番にいてくれると本当に楽で助かるな。
ノアがコーヒーを淹れてくれている間に、便利屋のみんなの縄を解いてソファに座るよう促す。4人が反対側に座ったのを確認して私も席に着くと、ヒナが隣に座ってきた。
「ヒナ?」
「先生のいうことは信頼しているけど。でも、便利屋が本来取り締まるべき対象であることに変わりはない。念のため、いつでも先生を守れるようにしているだけ。それだけだから。」
やや早口にそう言いつつ、羽で私を包むようにして密着するヒナ。誰も何も言ってないじゃないですか、という言葉と、ついでに吸いたい衝動を飲み込む。
すると、アリスが私の膝の上に座った。普段あの馬鹿でかいレールガンの反動にびくともしないからだとは思えないほど軽く、華奢に感じる。
「そうです!先生は弱いので、何かあってはいけません。先生のHPは1なので、何か当たったらゲームオーバーです!なので、アリスも先生を守ってあげます!」
「……ありがとうね、アリス。」
前言撤回。なんで守るのに武器の一つももってないんだとか、膝の上に座る意味はあるのかとか、そんな発言を許さないほど無垢な笑顔とそこから繰り出される無自覚の口撃は効くからやめてほしい。事実だからこそ反撃できないことも、アリスが善意100%で言っていることがわかってしまうのもダメージを増やしている。
もうこれは受け入れるしかないのだとあきらめた私は、引きつりそうな笑顔を必死にとどめつつ、アルたちに依頼詳細を話すことにした。
「以上が、近日先生が紛失されたものです。」
結局、ほとんどのことはノアが説明してくれた。さすが、記録は任せてくださいと言っているだけある。
「まぁ、そんなわけで。なくなった原因と、できるなら回収をお願いしたいんだ。アリスも一緒にね。」
「ハンカチにボールペン、靴下の片方、領収書、捨てようとしていた肌着……ねえ先生、これ本当にただのうっかりで無くしたわけないのよね?酔ったついでに捨てたとか、そういうわけじゃないのよね?」
「アルがそう思う気持ちもよくわかる。私もそう思ってお酒を控えてみたりもしたんだけど、あまり変わらなくてね。」
「そうなのね。あと、アリスちゃんのバイト先でウチを選んだのはなぜなのかしら。」
「それについては色々と理由があるんだけど、話すと長くなっちゃうからなぁ。簡単に言うなら、アリスと便利屋のみんなはお互い別の環境で過ごしているわけだし、せっかくなら交流を通じて学ぶものがあったほうがいいなと思ってね。それに、アルのことは信頼しているから。」
下手なところに送り込むとアリスがよくない知識をインプットして帰ってくる可能性が高いし、かといって大人の元でバイトさせるのは、アリスという生徒の特殊性を鑑みるにあまりいいとは思えなかった。それに、便利屋のみんなにも、アリスとの交流を通じて得るものがあるだろうと踏んでの依頼ではあるが、まあこれは私の独りよがりな考えの可能性もあるし言わないでおくのが吉だろう。
そんなことを考えていると、腕にちくりとした痛みが走る。驚いてみてみると、ヒナがわかりづらくむくれて頭を寄せているせいで彼女の角が当たっていたのだ。うーんかわいいな。そして正面ではアルが顔を真っ赤にしながら何事かつぶやいている。……あれ?
「ヒナ、別にヒナ率いる風紀委員を信頼していないってわけじゃないんだ。特にヒナはすごく頼りにしているしいつも助けられているし感謝している。ただちょっと、アリスとゲヘナの相性が少し悪いというかなんというか……。」
「……そう。」
「せ、先生が……先生が私を頼りにしてるって……頼りに……英語で言うとレター……。」
「それは便りでしょ。しっかりして社長。」
「もー先生ったらぁ、女たらしなんだから。」
「アル様!?返事をしてくださいアル様!」
「先生は女たらしのジョブを持っていたのですか?酒場でエンカウントする女たらしは人類共通の敵だってモモイが言ってました!」
「全人類というか全女性かな……?」
なぜか少し会話を挟むだけでカオスな雰囲気になりかける便利屋withアリスだった。ノア、ヒナ、助けてくれ。
そんな祈りが通じたわけでもないだろうが、改めてノアがコーヒーを淹れてきてくれた。……祈りが通じたわけじゃないよね?さっき心読まれたから不安だな?
カップを置いてくれるノアに礼を言いつつ横目で窺うと、偶然か視線が重なる。ノアも少し驚いたようだったが、「ふふっ」と余裕のある笑みを見せ、便利屋の面々のコーヒーを運び始めた。………本格的にノアには隠し事ができないと思ったほうがいいかもしれない。
「アリスちゃんにはミルクティーを用意しておきました、どうぞ」
「ノア先輩、今日のアリスはアウトローです。裏社会の住人なのです。なので、コーヒーを所望します!」
「あら、そうですか?わかりました。ではコーヒーを淹れ直してきますね。それでは、このミルクティーはどうしましょうか……。」
ひそかに戦々恐々とする私を尻目にほのぼのとした会話を繰り広げるミレニアム組。というか、アリスはコーヒー飲めないのか。確かに普段飲んでるところを見た記憶がないな。アリスに限らずゲーム開発部全員。
「まあまあ、コーヒーがアリスの口に合うかどうかわからないし、残しておいてもいいんじゃないかな。もしいらないようであれば私がもらうよ。」
「わかりました。では、そのようにします。その時は、先生のコーヒーをいただきますね。」
「ありがとうございます、先生!」
一方で、ゲヘナ組はコーヒーとクッキーを楽しんでいた。
「あら、このコーヒー美味しいわね!私の好みにぴったりよ!」
「本当だ。先生の好みなのかな。」
「コーヒーもおいしいけど~、このクッキーもおいしい!これちょっとお高いやつじゃなかったっけ?」
「わ、私なんかがこんなものいただいてもいいんでしょうか……。」
「あなたたち、もう少し静かにできないの?私としてはいつあなたたちを捕まえてゲヘナに連れ帰ってもいいのだけど。」
「くふふ、そんなつもりない癖に~。そ・れ・に、先生に頼まれちゃったんだから仕方ないじゃーん?」
「……今回の件が片付いたら覚悟しておきなさい。」
……楽しんでいるんだよね?
本日何度目とも知れないヒナの威圧オーラに内心冷や汗を流しているのは私だけではなかったようで、アルが強引に話を振ってくる。
「せ、先生!とりあえず、依頼の詳細は分かったわ!アリスちゃんと話しておかなきゃいけないこともあることだし、実際に動き始めるのは明日からでいいかしら!」
「うん、構わないよ。あと、もし張り込みとかをするなら、シャーレの居住区を使って。住む人もほとんどいないのに無駄に広いから、好きな部屋を使ってもらって大丈夫。」
「わかった、そういうことなら後で荷物をまとめておかないとね。」
「せっかくだし、面白いものもってこよっかなー?くふふ、何がいいかなぁ。」
「い、いえ、私なんかがシャーレにお邪魔するなんて……わ、私は外で過ごしますので!」
「いや、それはダメだよハルカ。大事な生徒を一人だけ外で寝かせたなんて話が広まっちゃったら私は『先生』を続けられなくなっちゃう。それに何より、ハルカに風邪をひいたりはしてほしくないんだ。外で寝かせるなんて私自身許せないしね。」
「へあっ、えっ、あっ……。……ありがとう、ございます。」
「アリスもハルカとお話ししたいです!一緒にマリナカートをやりましょう!」
「わ、私でいいんですか……?本当に……?」
「何その革命的戦車でひたすら突撃しそうなレースゲームは……?」
ここにはいないレッドウィンターの保安委員長を思い起こさせるタイトルだった。
実は、アリスの純粋な姿勢は、主にハルカに影響と変化をもたらしてくれるのではないかと期待して便利屋を紹介した側面がある。目の前で行われているやり取りは、その目論見がうまくいく可能性を示しているように思えた。このままうまくいってくれればいいが。
「うわーん、コーヒーが苦いです!この飲み物は闇属性です、アリスにはダメージです!」
「あら、それでは砂糖を少し多めに入れてみますか?あちらのサイドテールの彼女もかなり砂糖を入れているようでしたし、今日のアリスちゃんでも大丈夫だと思いますが。」
「うぅ、属性転換アイテムを使うしかありません……。……。あ、甘くておいしいです!」
「よかったですね、アリスちゃん。……それでは、私は先生のコーヒーをもらいますね♪」
結局、この後便利屋の面々とアリスは一度帰っていき、私は再び仕事に忙殺されることになった。夕方ごろに大量のゲーム機を担いだアリスや不穏なものを持ち込むハルカとムツキがやってきてキヴォトスで噂の種になったらしいが、それはまた別のお話。
to be continued……