レッドガンの死神   作:抜殻

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プロローグ

 地表を、灰が覆っている。それは曇天の空と地平線の彼方で混ざり合い、その境界を曖昧(あいまい)にしていた。視界を巡らせれば、かつての大災害によって崩壊したグリッドの名残が、枯れた樹木のように(そび)えている。その景色は、彼が立っている瓦礫(がれき)とスクラップの山にピッタリで、そこには生命に対する否定的な印象があり、彼にはルビコン3が死んでしまっているように見えた。

 彼の足元には、半世紀前に崩壊したグリッドの残骸から、真新しい戦闘の跡までが、山を成して広がっている。彼はその中から、金になりそうな兵器の残骸を拾っていた。星外企業が進駐してきて以降、彼の稼ぎは上々だ。死体漁り(ハイエナ)揶揄(やゆ)されても、彼の仕事は資源に乏しいルビコン3には欠かせないもので、危険だが稼げる仕事でもあった。

 星外企業はもちろんのこと、BAWS(ボウズ)のような星内の大企業も、独自の鉱山などを有していることが多い。こうした廃材(ゴミ)を買い取ってくれるのは、裏社会のドーザーたちだった。連中は面倒くさがりで、地味な仕事を好まない。総じて頭のネジが緩いコーラル中毒者だが、解放戦線と関わりのない貴重な工業力でもあった。

 だが、多くの人間は連中と関わりたがらない。彼も、ドーザーのことは嫌いだった。安くでも買い取ってくれるならまだいい方で、脅してタダ同然に買い上げることもあれば、縄張りの通行料で稼ぎを奪っていくこともある。運が悪ければ、コーラル酔いのせいで話が通じないまま殺されることだってある。

 だが、RaD(ラッド)という集団は比較的まともで、ケチったりせずいい値で買い取ってくれることが多くなった。何でも五年ほど前に、統領(ボス)が入れ替わったらしい。それまでは他のドーザーと大差ない連中だったが、今では裏市場のMTはRaD製がほぼ独占している。独自のACフレームも開発しており、彼の仕事道具である探査用ACも、そのRaDの製品だった。

 機体のセンサーが何かを探知して、彼は顔を上げた。センサーは、近くの廃棄されたグリッドを示している。彼がそちらに視線を向けると、巨大な炎が巻き上がるのが見えた。

 爆発だ。あそこで戦闘が起きている。彼は、自身の予想が的中したことを喜んだ。この辺りに、ルビコン解放戦線の部隊が逃げ込んだという噂を、彼は聞いていた。だから彼は、網を張ってここで待っていたのだ。

 グリッドの中の様子は見えない。距離があるし、何より壁の向こうの様子を見る術がなかった。彼は巻き込まれないように、戦闘が終わるのを遠巻きに眺めていることにした。

 

 そこへたどり着いたのは、彼が最初だったらしい。ほんのついさっきまで戦闘のあった廃グリッドは、爆撃にでもあったように穴だらけになっていて、大量のMTの残骸が散らばっていた。ジェネレーターの熱がまだ残っており、残り火がパチパチと爆ぜていた。

 彼は、餌を待ちわびた犬のように残骸に飛びついた。彼は、そのMTにも人間が乗っていたということすら忘れて、鉄の棺桶(かんおけ)を物色した。そして、グリッドの奥、MTの残骸から少し離れたところに、目を見張る獲物を見つけた。それは、四脚ACの残骸だった。

 機体フレームはベイラム社製パーツで統一されており、頭部にベイラム社専属AC部隊「レッドガン」のエンブレムが刻まれていた。企業所属のACの残骸など、それだけで数年は暮らせるだろう大物(おたから)だ。

 彼は、既に拾っていた商品(ガラクタ)を全て捨て、浮かれ気分で四脚ACを分解しようとしたところで、ふと思うことがあった。いったい誰が、このACを撃破したのだろうか。

 目の前の機体は、胴体に巨大な杭打機(くいうちき)でも撃ち込まれたような、巨大な穴をぽっかりと開けていた。それはコックピットを完全に陥没させており、パイロットの死体はおろか肉片すら見つからないだろうと思い、背筋に悪寒が走った。

 「レッドガン」と言えば、ベイラムが誇る精鋭部隊だ。彼のような、一介の死体漁り(ハイエナ)でも存在を知っているくらいである。きっと、解放戦線のMTを殲滅したのもこのACだろう。ならば誰が、この機体を撃破したのだろうか。

 彼は、なんとなく不安になり、辺りを見回した。穴の開いた天井から差し込む光だけでは、明かりのないグリッドの奥は見えない。

 彼の乗っている探査用ACは、その名の通りセンサー類に優れる機体で、熱源スキャンによって障害物の向こうにあるものを探知できた。彼はそれを、グリッドの暗闇へ向けて実行する。赤い波が、舐めるように地面を()っていく。そしてグリッドの奥に、一つの熱源を感知した。

 彼は、ヒュッと息を飲んだ。大きさは、彼の乗っている機体と同じくらいだ。お互いが存在に気づきあったらしく、熱源は物陰を飛び出してきた。

 それは、彼と同じRaD製の探査用フレームを武装した、一機のACだった。銃口をこちらに向けている。彼は固まったまま動けなかった。が、機体は彼を認識すると銃口を下げ、背を向けてグリッドの破れた屋根を縫うように飛んでいった。

 彼は茫然としたまま、グリッドの向こうの、既に誰もいなくなった曇天の空を眺めていた。

 

 その夜、彼は些細な祝杯を挙げた。四脚ACの無事だったパーツ___胴体以外の外装と武装___は、案の定いい値で売れたからだ。彼はその金で、普段なら手が出ないような上等の酒と、燻製(くんせい)肉を買った。どちらも、星外から密輸されたものだ。地表が灰に覆われてから、ルビコン3の農業は壊滅的で、この星で育つのは、惑星植民(テラフォーミング)用の救荒作物や、コーラルが餌のミールワームだけだ。肉や酒といった嗜好品は、こうした密輸によって賄われている。もちろん、他星系ならありえないほどの高額で(おろ)されているのだが。

 行きつけの店の主は、彼の注文を(いぶか)しがったものの、詮索はしなかった。RaDの縄張りに近いこの街には、彼のような廃品回収業者(ゴミ屋)以外にも、殺し屋紛いの独立傭兵(クズ)や、酩酊状態のドーザーまで裏社会の人間(ろくでなし)が集まっており、余計なおしゃべりで殺されることもある。主は黙って、彼に望みのものを渡した。

 主の冷ややかな視線を受けながら、しかし何も聞いてこないことに、彼はホッとした。空いている席に座り、グラスに酒を注いだ。いつもの油のような安酒とは違う、本物の酒を味わった。舌の上で、甘く(とろ)ける。燻製肉は少し固かったが、よく咀嚼(そしゃく)してから飲み込んだ。普段食しているミールワームと比べれば、この固さすらも旨味に思えてくる。

 だが、久しぶりの贅沢を、彼はうまく楽しむことができなかった。あの廃グリッドで遭遇した、探査用AC。彼と同じRaD製だったが、頭部だけは見慣れない形をしていた。あれが、四脚ACを撃破したのだろうか。彼は酒を(あお)るが、生じた疑問が頭を冴えさせる。

 スッキリしない気持ちでぼんやりと酒を飲んでいると、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。ガラの悪い、金髪と黒髪の二人組だ。だが、グリッドの職工には見えない。二人組の(まと)う空気は、独立傭兵どものものと似ていた。

 二人の会話は、始めは取り留めのない博打の話だった。新入りが何日持つか、という賭けだったらしく、勝ったのは黒髪の方らしい。金髪の方は負けが込んでいるようだ。苛立ちを隠さずにジョッキを叩きつけるのを、黒髪が(なだ)めている。それから話は、今はいない博打仲間の話に移った。その博打仲間は今、汚染市街に出かけているらしい。それから話は彼らの上司への愚痴になり、口汚い単語がいくつか飛び出した後、二人組に絡んできた酔っ払いのドーザーを金髪がぶちのめしてから、二人は店を出ていった。

 彼は、床でのびているドーザーを尻目に二人組の話を整理した。恐らく二人は、AC乗りだろう。それも、独立傭兵ではなく企業の専属(いぬ)。彼らの口ぶり的に、長いこと組織に属している。日雇いの独立傭兵は上司の愚痴など言わない。それにしては、こんな場末の店に来るのも変だが。そして汚染市街に出かけたという同僚。汚染市街は、解放戦線の縄張りだ。

 

 汚染市街には、未だ戦闘の痕跡が生々しく残っていた。放棄された無人の建物は流れ弾で倒壊しており、街の至るところにBAWS製MTの残骸が散らばっていた。

 彼は、昨晩の二人組の話を聞いてから、なぜか無性に忘れることができなかった。そして眠れぬ夜を過ごしていた彼は思い立ち、夜明けとともに汚染市街に辿り着いた。自分でもなぜここへ来ようと思ったのかは、彼自身分からなかった。昨日の稼ぎで、しばらく危険を冒す必要はなかったはずなのに。

 彼はなるべく、解放戦線の兵士と会わないようにしながら進んだ。解放戦線の兵士にとって、彼のような非協力的なルビコニアンは、ルビコン3とコーラルを守る聖戦に加わらない臆病者だった。危害こそ加えてはこないが、快くは思っていない。それに汚染市街は彼らの拠点であり、部外者がフラフラしていられる場所でもなかった。見つかれば追い返されてしまうだろう。

 彼は、なぜ自分がこんなことをしているのか、未だに不思議に思いながら、慎重に街を進んだ。昨日の二人組の言葉を裏付けるように、真新しい戦闘の跡がいくつもある。そしてその中には、ACの残骸もあった。

 二人組は、”あいつはラッキーナンバーを背負っている”と言っていたが、そこにはベイラム社製ACが死んだように倒れているだけだった。武骨な大豊(ダーフォン)製の手足を持つそのACにも、レッドガン部隊のエンブレムがあった。

 彼は、なぜかそれを見ても昨日のような興奮を抱かなかった。パイロットの話を聞いたからだろうか。それとも、昨日の稼ぎのせいで物足りなく感じているのか。売れば数年分の金にはなるであろう残骸を、彼は冷めた目付きで眺めていた。

 せめて武器だけでも持って帰ろうと、気乗りしないまま機体を(かが)めた時、ふと影が差した。続く、バババという轟音。何事かと視界を上げると、そこには巨大な鉄の塊が、ギロチンみたいな刃を回転させながら飛んでいた。封鎖機構の戦闘ヘリだ。

 彼は、慌てて姿を隠した。すると、地上からヘリに対して火の玉が飛んでいった。解放戦線の歩哨が、攻撃しているらしい。ヘリからすれば、豆鉄砲のような小さな武器で、健気に撃っている。そして封鎖機構のヘリは、容赦のない反撃をした。

 まるで、癇癪(かんしゃく)を起した子どもが、人形を叩きつけた時のようだった。ミサイルの衝撃と爆音で、大地が震えた。巨大な火柱がビルを越えて登り、四散した残骸が彼の所まで届くほどだった。

 彼は、解放戦線の巻き添えを喰らわないかと、生きた心地がしなかった。ヘリは、彼の真上で滞空している。見つかれば、殺されるかもしれない。彼にとって封鎖機構は、自然災害と同じようなものだった。生きるも死ぬも、運次第。そんな理不尽。彼は、汚染市街に来たことを激しく後悔した。

 彼の祈りが通じたのか、封鎖機構のヘリは針路を変えた。いや、何か指令を受け取ったように見えた。戦闘ヘリは、市街を見下ろせる山の方へと飛んでいった。

 彼はなぜか、ふとした予感を抱いた。彼はその場を離れることなく、それどころか高い所を目指した。そしてビルの屋上に立ち、ヘリの向かった先を見た。

 巨大なヘリは遠くからでも良く見えた。ヘリからは、まるで火のついた針のような機関銃の火線がいくつも伸び、ミサイルの爆発が轟いた。そしてヘリの周りを、小さい何かが、蚊のように張り付いて飛んでいた。

 それはやはり、RaDの探査用フレームで組まれたACに見えた。だが、昨日見た機体とは違う、ような気がした。遠いからはっきりしないが、武装と頭部のパーツが違うように見える。

 ACは、上空のヘリに肉薄していた。ヘリの土俵であるはずの空中で、逆にヘリを翻弄(ほんろう)していた。それは、羽ばたくような戦い方だった。パルスブレードの(きら)めきが、ヘリを切り裂く。ヘリはあちこちから火を吹き、コントロールを失い、フラフラと飛んだあと、爆発した。

 美しい爆発だと、彼は思った。彼にとって、神にも等しい理不尽だった封鎖機構が、このルビコンを埋め尽くす瓦礫(ゴミ)の山に堕ちた瞬間だった。彼は、ただ茫然と、爆発の後に生まれた黒煙が、成仏するように霧散していくのを、じっと眺めていた。

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