地表を、灰が覆っている。それは曇天の空と地平線の彼方で混ざり合い、その境界を
彼の足元には、半世紀前に崩壊したグリッドの残骸から、真新しい戦闘の跡までが、山を成して広がっている。彼はその中から、金になりそうな兵器の残骸を拾っていた。星外企業が進駐してきて以降、彼の稼ぎは上々だ。
星外企業はもちろんのこと、
だが、多くの人間は連中と関わりたがらない。彼も、ドーザーのことは嫌いだった。安くでも買い取ってくれるならまだいい方で、脅してタダ同然に買い上げることもあれば、縄張りの通行料で稼ぎを奪っていくこともある。運が悪ければ、コーラル酔いのせいで話が通じないまま殺されることだってある。
だが、
機体のセンサーが何かを探知して、彼は顔を上げた。センサーは、近くの廃棄されたグリッドを示している。彼がそちらに視線を向けると、巨大な炎が巻き上がるのが見えた。
爆発だ。あそこで戦闘が起きている。彼は、自身の予想が的中したことを喜んだ。この辺りに、ルビコン解放戦線の部隊が逃げ込んだという噂を、彼は聞いていた。だから彼は、網を張ってここで待っていたのだ。
グリッドの中の様子は見えない。距離があるし、何より壁の向こうの様子を見る術がなかった。彼は巻き込まれないように、戦闘が終わるのを遠巻きに眺めていることにした。
そこへたどり着いたのは、彼が最初だったらしい。ほんのついさっきまで戦闘のあった廃グリッドは、爆撃にでもあったように穴だらけになっていて、大量のMTの残骸が散らばっていた。ジェネレーターの熱がまだ残っており、残り火がパチパチと爆ぜていた。
彼は、餌を待ちわびた犬のように残骸に飛びついた。彼は、そのMTにも人間が乗っていたということすら忘れて、鉄の
機体フレームはベイラム社製パーツで統一されており、頭部にベイラム社専属AC部隊「レッドガン」のエンブレムが刻まれていた。企業所属のACの残骸など、それだけで数年は暮らせるだろう
彼は、既に拾っていた
目の前の機体は、胴体に巨大な
「レッドガン」と言えば、ベイラムが誇る精鋭部隊だ。彼のような、一介の
彼は、なんとなく不安になり、辺りを見回した。穴の開いた天井から差し込む光だけでは、明かりのないグリッドの奥は見えない。
彼の乗っている探査用ACは、その名の通りセンサー類に優れる機体で、熱源スキャンによって障害物の向こうにあるものを探知できた。彼はそれを、グリッドの暗闇へ向けて実行する。赤い波が、舐めるように地面を
彼は、ヒュッと息を飲んだ。大きさは、彼の乗っている機体と同じくらいだ。お互いが存在に気づきあったらしく、熱源は物陰を飛び出してきた。
それは、彼と同じRaD製の探査用フレームを武装した、一機のACだった。銃口をこちらに向けている。彼は固まったまま動けなかった。が、機体は彼を認識すると銃口を下げ、背を向けてグリッドの破れた屋根を縫うように飛んでいった。
彼は茫然としたまま、グリッドの向こうの、既に誰もいなくなった曇天の空を眺めていた。
その夜、彼は些細な祝杯を挙げた。四脚ACの無事だったパーツ___胴体以外の外装と武装___は、案の定いい値で売れたからだ。彼はその金で、普段なら手が出ないような上等の酒と、
行きつけの店の主は、彼の注文を
主の冷ややかな視線を受けながら、しかし何も聞いてこないことに、彼はホッとした。空いている席に座り、グラスに酒を注いだ。いつもの油のような安酒とは違う、本物の酒を味わった。舌の上で、甘く
だが、久しぶりの贅沢を、彼はうまく楽しむことができなかった。あの廃グリッドで遭遇した、探査用AC。彼と同じRaD製だったが、頭部だけは見慣れない形をしていた。あれが、四脚ACを撃破したのだろうか。彼は酒を
スッキリしない気持ちでぼんやりと酒を飲んでいると、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。ガラの悪い、金髪と黒髪の二人組だ。だが、グリッドの職工には見えない。二人組の
二人の会話は、始めは取り留めのない博打の話だった。新入りが何日持つか、という賭けだったらしく、勝ったのは黒髪の方らしい。金髪の方は負けが込んでいるようだ。苛立ちを隠さずにジョッキを叩きつけるのを、黒髪が
彼は、床でのびているドーザーを尻目に二人組の話を整理した。恐らく二人は、AC乗りだろう。それも、独立傭兵ではなく企業の
汚染市街には、未だ戦闘の痕跡が生々しく残っていた。放棄された無人の建物は流れ弾で倒壊しており、街の至るところにBAWS製MTの残骸が散らばっていた。
彼は、昨晩の二人組の話を聞いてから、なぜか無性に忘れることができなかった。そして眠れぬ夜を過ごしていた彼は思い立ち、夜明けとともに汚染市街に辿り着いた。自分でもなぜここへ来ようと思ったのかは、彼自身分からなかった。昨日の稼ぎで、しばらく危険を冒す必要はなかったはずなのに。
彼はなるべく、解放戦線の兵士と会わないようにしながら進んだ。解放戦線の兵士にとって、彼のような非協力的なルビコニアンは、ルビコン3とコーラルを守る聖戦に加わらない臆病者だった。危害こそ加えてはこないが、快くは思っていない。それに汚染市街は彼らの拠点であり、部外者がフラフラしていられる場所でもなかった。見つかれば追い返されてしまうだろう。
彼は、なぜ自分がこんなことをしているのか、未だに不思議に思いながら、慎重に街を進んだ。昨日の二人組の言葉を裏付けるように、真新しい戦闘の跡がいくつもある。そしてその中には、ACの残骸もあった。
二人組は、”あいつはラッキーナンバーを背負っている”と言っていたが、そこにはベイラム社製ACが死んだように倒れているだけだった。武骨な
彼は、なぜかそれを見ても昨日のような興奮を抱かなかった。パイロットの話を聞いたからだろうか。それとも、昨日の稼ぎのせいで物足りなく感じているのか。売れば数年分の金にはなるであろう残骸を、彼は冷めた目付きで眺めていた。
せめて武器だけでも持って帰ろうと、気乗りしないまま機体を
彼は、慌てて姿を隠した。すると、地上からヘリに対して火の玉が飛んでいった。解放戦線の歩哨が、攻撃しているらしい。ヘリからすれば、豆鉄砲のような小さな武器で、健気に撃っている。そして封鎖機構のヘリは、容赦のない反撃をした。
まるで、
彼は、解放戦線の巻き添えを喰らわないかと、生きた心地がしなかった。ヘリは、彼の真上で滞空している。見つかれば、殺されるかもしれない。彼にとって封鎖機構は、自然災害と同じようなものだった。生きるも死ぬも、運次第。そんな理不尽。彼は、汚染市街に来たことを激しく後悔した。
彼の祈りが通じたのか、封鎖機構のヘリは針路を変えた。いや、何か指令を受け取ったように見えた。戦闘ヘリは、市街を見下ろせる山の方へと飛んでいった。
彼はなぜか、ふとした予感を抱いた。彼はその場を離れることなく、それどころか高い所を目指した。そしてビルの屋上に立ち、ヘリの向かった先を見た。
巨大なヘリは遠くからでも良く見えた。ヘリからは、まるで火のついた針のような機関銃の火線がいくつも伸び、ミサイルの爆発が轟いた。そしてヘリの周りを、小さい何かが、蚊のように張り付いて飛んでいた。
それはやはり、RaDの探査用フレームで組まれたACに見えた。だが、昨日見た機体とは違う、ような気がした。遠いからはっきりしないが、武装と頭部のパーツが違うように見える。
ACは、上空のヘリに肉薄していた。ヘリの土俵であるはずの空中で、逆にヘリを
美しい爆発だと、彼は思った。彼にとって、神にも等しい理不尽だった封鎖機構が、このルビコンを埋め尽くす