レッドガンの死神   作:抜殻

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チャプター5
脱出


 薄暗い下水道の中を、レイヴンは歩いている。下水道の中は(かび)臭く、巡らされたパイプは錆びついていて鉄の臭いが充満している。レイヴンの体に影響はないのだろうかと、エアは心配になる。実体を持たないエアには、例え毒ガスだろうと無害なのだ。

 レイヴンは、自身の脳内に埋め込まれた管理デバイスから発せられている、一つの命令に従って歩いていた。どこかの座標が反復して繰り返されるだけの、単純な命令だった。エアが管理デバイスを解析した結果、ウォルターが残したものだと分かった。未踏深度へ降下する前の、調整の時に仕込まれていた。

 V.Ⅳを退けた後、地下に眠る技研都市を発見したウォルターは、レイヴンにそのままコーラル集積地点へ直行するよう伝えた。恐らくは、レイヴンの背後からは企業の追手が迫っていた。

 未だ起動していた技研製無人兵器を越え、集積コーラルを守る「アイビスシリーズ」をも倒したレイヴンだったが、その直後を追撃してきたアーキバス部隊に捕捉された。連戦で武装も機体も限界だったレイヴンは、V.Ⅱスネイルに捕らえられ、聞こえてきた通信からウォルター自身にも危険が迫っていたらしかった。

 V.Ⅱはレイヴンを殺さず、再利用することにしたらしい。レイヴンは技研都市の地下に幽閉され、再教育センターへの移送を待つ身となった。

 レイヴンが囚われている間も、エアは独自に情報を集めた。コーラルそのものであるエアにとって、肉体(レイヴン)を閉じ込められたところで意味はない。だが、エアは、情報導体としての特性を生かして人間のネットワークを自由に歩くことができるが、それは膨大なデータを閲覧できるだけであってその処理速度はコンピューターには及ばない。さらに言えば、技研都市のネットワークに接続できても、そこからアーキバスのネットワークに繋がる物理的な道がなかった。誰かが技研都市へ接続している間だけしか、エアは情報を集められない。結局、ウォルターの行方は知れなかった。

 エアにできたことは、レイヴンの独房の扉を開錠し、警報装置を停止させて脱走が発覚するのを遅らせるくらいだった。幸いにも、監視には技研都市の無人セキュリティを利用していたために、レイヴンは簡単に逃げ出すことができた。

 レイヴンは、幾分ゆっくりとした足取りで座標に向かっている。これはきっと、強化人間手術とは別に施された手術の影響だろうと、エアは思った。レイヴンは、ウォルターに買われた”商品”だとカーラは言っていた。超人的な反射神経を得た一方で、ACを操縦に不要な”走る”ための能力は失われた。それは、商品の脱走を防ぐための手段なのかもしれない。

 レイヴンは今でも、ただ一つの命令に従って黙々と歩を進めている。その無感情な顔からは、恐怖心も読み取れない。水滴の落ちる音にすら、エアが過剰に反応する中、レイヴンは振り向くことなく歩き続けている。

 レイヴンが、足を滑らせて地面に体を打ちつける。その時、エアの中に怒りと悲しみの混ざった感情が渦巻いた。自身の肉体がないことを恨んだ。彼女には、レイヴンを助け起こしてやることも、その体を支えてやることも、できないのだから。

 そうして、エアには気が気でない時間が無限に続くかと思われたが、レイヴンはようやくウォルターの示した座標に辿り着いた。

 そこにあったのは、一機のACだった。BAWS製の旧式フレームで組み上げられているが、そのほとんどの装甲板は剥げ落ちて内部がむき出しになっており、スクラップと見間違うような状態だった。至る所に錆が浮き、動くのかと疑いたくなるような機体に、レイヴンは躊躇(ちゅうちょ)することなく乗り込んだ。

 動くだけ、という代物だったが、機体は問題なく起動した。レイヴンが機体システムを最適化するサポートをしている時、エアは機体内部のメモリに記録された一つの音声メッセージを見つけた。

「レイヴン。あなた宛てのメッセージを見つけました」

 きっと、ウォルターがレイヴンに宛てて残した、最後の命令だろうと、エアは思った。この中に、彼の本当の目的が秘められている気がした。幾重の策を整え、企業を出し抜き、コーラルへ迫ろうとした男の。

「暗号化を解除、再生します」

 

『こちら、V.Ⅵペイター。警備部隊各員に通達する……』

 傍受していた通信から、レイヴンの脱走が発覚したことが分かった。地上には既に、レイヴンを捜索するためのMT部隊が展開しているらしく、上空には探査用のドローンが、四枚の羽根を回転させながら飛行していた。

「この機体で強行突破は無理です……戦闘は避けつつ、指定座標に向かいましょう」

 ウォルターが残したメッセージには、座標を示すデータが入っていた。それは技研都市内部に存在するらしく、地下水道の脱出口からそう遠くない場所にあった。

 レイヴンは、機体のレーダーやセンサー類に気を配りながら、ビルの間を縫うように進んだ。ACすらも隠れる障害物が多いここならば、このまま戦闘を避けて進むこともできるだろう。エアは、アーキバスの通信を傍受して敵の展開位置をレイヴンに伝えた。

 指定座標に何があるのかは、データには載っていない。だがきっと、技研都市から脱出する手段があるのだろうとエアは予想した。だが、そのあとは?仮に技研都市から逃げ出せたとして、そのあとはどこに行けばいいのか、エアには分からなかった。

 きっと、ウォルターも囚われの身だ。最悪の場合はすでに……。レイヴンにとって、ウォルターは唯一の拠り所だった。このルビコンという孤立無援の星で、たった一人の雇い主すら失ったレイヴンは、果たして生きていけるのだろうか……。

 いや、とエアは思考を断った。今は脱出することだけを考えるべきだ。

「レイヴン、もうすぐ指定座標に……待ってください、何だか騒がしい……」

『こちらミラージュ!敵性ACが侵入……』

 ザザッという雑音とともに、声が途切れる。傍受していたアーキバスの通信からは、異様な混乱が見て取れた。この技研都市のある地下を、誰かが襲撃している。爆発音が轟き、無線からはわずかな悲鳴が漏れて、消える。その音は、だんだんと近くなっていた。

 レイヴンの周りを飛んでいた哨戒ヘリが、飛来したミサイルに叩き落される。レイヴンが、ビルの陰から覗き込む。技研都市の上空を、一機のACが飛んでいた。ベイラムの量産フレームに、大豊製の巨大な四肢が飛び出るように付いている、大柄のAC。

『ディープダウンだ!レッドガンが……』

 ディープダウンが持っていたリニアライフルが、強烈な破裂音をまき散らしながら哨戒部隊のMTを撃ち抜いた。

『ベイラムは、撤退したんじゃなかったのかよぉ!』

 ミサイルの雨が降り注ぎ、傍受していたアーキバス部隊の通信が次々に消失していく。そして、上空を飛んでいたディープダウンがレイヴンを視認した。

『聞こえるか、G13。G2のナイルだ。救援に来た、掃除が終わるまで待て』

 レイヴンの乗っていた機体に、オープン回線でナイルからの通信が聞こえる。それは、周辺に展開していたすべての機体に向けて送られていた。

『ミシガンから、唯一と言っていい遺言を預かっていてな。曰く、”借りは返せ”だそうだ。もうすぐ迎えのヘリがやって来る。それに乗って離脱しろ』

 茫然とするレイヴンをよそに、G2は残っている敵を殲滅するために、飛び去って行った。

 




ノー〇ーク宛ての遺言
「曰く、”金は返せ”だそうだ」
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