一触即発の雰囲気に包まれた会談の場に、レッドは生唾を飲み込む。照明器具が古くなっているのか、室内は薄暗い。ぼんやりとした影の中に、解放戦線の兵士たちがレッドたちを取り囲むように立っている。彼らの殺意に満ちた視線に、腰の拳銃へ手を伸ばしたくなるのを、レッドはぐっとこらえた。機嫌を損ねることがあれば、いつ殺されてもおかしくない状況だが、部屋の中央に据えられた長椅子に座っているナイル副長は、落ち着いていた。
その対面に座すのは、解放戦線の実質的指導者ミドル・フラットウェル。その風貌は、宗教的教義を持つ解放戦線の幹部にしては平凡に見えたが、猛禽類のような鋭い視線には強い威圧感があった。
「今の状況は、解放戦線にとっても好ましくないように思う。競合相手である
「だから、ベイラムに肩入れしろと?レッドガン副長ナイル」
解放戦線の兵士たちがざわつく。レッドは咄嗟に武器へ手を伸ばすが、ナイルは手でそれを制した。
「ベイラムに肩入れしろとは言っていない。本社は、ルビコンから手を引いた。これは、俺個人からの協力要請だ」
「と言うと?」
「一つ。アーキバスのコーラル独占は、ベイラムにとって危険だ。存続の危機と言っていい。本社の連中は状況をよく分かっていないようだが、奴らがコーラルを星外に持ち出し、本格的に軍事利用し始めれば、間違いなくベイラムグループは潰されるだろう。その点に関して、利害は一致していると思うが」
「それで、アーキバスを退けたら後ろから撃ち、コーラルはベイラムの物、か?企業のやり口は変わらんな」
「結論を急ぐな、ミドル・フラットウェル。言っただろう、本社は手を引いたと。はっきり言おう。ベイラムに、これ以上ルビコンに手出しする余力はない。木星戦争にアイランド・フォーの動乱、そしてコーラル争奪競争と、長年続いたアーキバスとの勢力争いで、ベイラムは弱体化した。これ以上力を失えば、コーラルに関係なく負けるだろうな」
ナイルの言葉に、レッドは
「その話が本当だと言う証拠は?」
「企業に密偵を送り込んで嗅ぎまわっているお前に証拠が必要か?それともう一つ。これは、証明のしようがないことだが、レッドガンの総意として、我々はすでにコーラルに興味はない」
「ならば何が望みだ」
「俺の目的は、アーキバスにコーラルが渡らないことだ。奴ら以外なら誰が貰っても構わん。部下の多くは、ミシガンのためだ。あれは人たらしだったからな」
解放戦線側のどよめきは、絶頂に達した。もはや誰もがナイルの言葉の真偽を図り、揺れている。だが、まだどちらに転ぶかは分からない。レッドは気を張り直した。
「あくまで口約束にはなるが、ベイラムはこれ以上コーラルに関わらないと約束しよう。確約はできん。あくまで俺たちは雇われの身だ。クビを切られれば、約束も反故にされるだろう」
なぜナイルは妙なことを口にするのかと、レッドは困惑した。誠実さを伝えるためだったのだろうか。ナイルはこの場で、一度も嘘をついていないが、それが分かるのはレッドだけだ。当のナイルは、これ以上話すことはない、という風に長椅子にその巨躯をもたれかけていた。
解放戦線の兵士たちは、揺れていた。共闘を飲むべきか、ナイルの言葉を信じるべきか。首魁であるミドル・フラットウェルも、泰然自若としているナイルから目を逸らさず、考え込んでいる。
「帥叔!何を考えているんです!」
と、場を切り裂くような甲高い声が響き、室内は静寂に包まれた。全員が、一斉に声の主へ目を向ける。そこにいたのは、このような殺伐とした場にいることが似合わない、少女だった。
「こいつらに、されたことを忘れたのですか!帥父を痛めつけ……同志たちの命を奪ったのはこいつではありませんか!」
そう言って少女は、ナイルを指さした。その言葉に、解放戦線の兵士たちも火を点けられたように怒りが広がっていくのが、レッドの五感全てが感じ取った。
レッドは、少女に見覚えがあった。ナイルが主導したサム・ドルヤマンの捕獲作戦で、捕虜に取ったACパイロットだ。汚染市街の収容所で見た記憶がある。壁越えの後、ナイルからの要請でレッドも収容所防衛に駆け付けた。解放戦線に雇われた独立傭兵は撃破したが、時間を稼がれてサム・ドルヤマンを乗せたヘリには逃げられた。
兵士たちのざわつきは、今やレッドたちへの怒号へと変わっていた。それを、ミドル・フラットウェルが制した。彼が静かに立ち上がっただけで、兵士たちも静まっていった。レッドは銃に手を伸ばした姿勢のまま、唖然とした固まってしまった。
「落ち着け、同志たちよ。確かに彼らは、我々からコーラルを奪い、同志の血を奪った侵略者だ。だが、一時の感情に流されて、大義を失ってはいかん。コーラルは、我々ルビコニアンの恵みだ。それを守るためならば、かつての侵略者たちも利用してやろう。コーラルを守ること、それこそが解放戦線の教義であることを忘れたか」
ミドル・フラットウェルの言葉に、兵士たちは怒りの矛先を失った。先ほどの少女も、拳を握りしめて堪えていた。
「どうやら決まったようだな。残りの部下も連れてこよう」
そう言ってナイルが立ち上がる。レッドはハッとして、伸ばした手を元に戻した。
「それで、アーキバスを崩す手はあるのか?」
「ひとまずは物資が欲しい。ベイラムから離脱状態にある今、俺たちへの補給は途絶えたからな。作戦に関してはそちらの戦力を把握したうえで立案しよう。指揮は、そちらに任せる。
とりあえず、俺は仲間を救出に向かう。そちらにも、縁のある隊員だ」