魔王城九割引   作:ハソユア

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エピローグ・後

 フアナの言葉が途切れる。アデライーダは何も答えない。お互いに無言のまま、ただじっと見つめ合う。

 先に耐えられなくなったのは、アデライーダのほうだった。フアナの視線から逃れるように顔を背ける。黄金竜のブレスを霧散させた大魔王が、ただの人間の視線に耐えられない。

 

「フアナ、私はね。

 伝説に残るような魔王と勇者の戦いが好きだったの」

「え…………?」

 

 アデライーダが話し始めた答えの意図を、フアナは理解できなかった。

 アデライーダ自身、遠回りな話の切り口だという自覚がある。そんな話になった理由は単純だ。結論をいきなり述べる勇気を出せず、前置きから話して時間を稼ぎたかったから。

 

「魔物の頂点と人間の頂点が時代ごとに遺す、華やかなりし決闘。

 人間たちはこれを勇者の伝説として語り継いできたんでしょう?

 魔物だってそう。魔王の伝説としてだけど、同じように語り継いできた。

 私はその伝説が好きだった。

 私たちにとって、一番守らなくちゃいけない古式。受け継ぐ必要がある伝統。

 それはきっと、伝説に残るような戦いを勇者と繰り広げることなんだって思ってた。

 腐ったような陰謀とかそういう事はせず、城を突破してくるくらい強い人間と力を競い合う。

 混沌に還った方々に顔向けできるように、私も魔王としてそういう戦いをしたかった」

 

 そこまで話したところで……ふと、アデライーダは寂しそうな顔をした。

 フアナはその表情に見覚えがあった。商館でパンを食べていた際に、断食について話した時の顔。昔のことには誰も興味がない、と呟いた時の顔だ。

 

「でも、私の考えはやっぱり時代遅れで……

 今の世の中じゃ、魔物も人間も古臭い伝説に見向きもしない」

「そ、そんなことないですっ!」

 

 思わず、フアナは叫んでいた。商館の時とは違って、叫ぶことができた。

 彼女が身につけたままの鞘が揺れる。机の上に置かれたままの聖剣がより強く輝く。主に同意するかのように……伝説は、ここにあると。

 

「わ、私は……絶対、お父さんとお母さんのことを、勇者の伝説を忘れません!」

 

 フアナの言葉に、アデライーダは頷いた。ようやく、フアナの顔を真っ向から見つめ直した上で。

 

「――うん。

 だからこの旅は楽しかった。

 人間たちがフアナの存在に勇気付けられて、魔王に立ち向かってくれて嬉しかった。

 勇者の伝説は過去のものじゃなくて、今の時代でも通じるものなんだって」

 

 アデライーダは、目を閉じる。

 彼女の脳裏に蘇る、フアナとの旅路。人間の視点では、一方的にフアナに助けを与え続けただけのように見える行動。だが、アデライーダがフアナから受け取った対価は確かにあったのだ。勇者としての素質を見せたフアナ、そのものが対価。

 だから。

 

「人間たちが古式と伝統を守ってくれたのなら。

 私も、魔王としての古式と伝統を守らないと」

 

 アデライーダはこの国を去らなくてはいけない。

 勇者の伝説が蘇ったのであれば、なおさら大魔王であるアデライーダはこの国に留まるべきではないのだ。

 

「フアナ。

 もし私に恩返しがしたいって言うのなら、立派な勇者になって。

 そしていつか私が本気を出せる状況になった時、私に挑んできて。

 過去の伝説に劣らない……新たな伝説になるような戦いを勇者と繰り広げることが、大魔王としての私の望み」

 

 それが、アデライーダの答えだった。

 無理難題を言っているのはアデライーダにも自覚がある。結局のところ、今回の戦いで黄金竜を討ち取ったのはアデライーダだ。人間たちだけでは黄金竜には勝てなかっただろう。にも関わらず、純粋な実力で言えば黄金竜よりも上の大魔王に挑めと言う。自殺を強要しているも同然だ。

 だから、アデライーダはこの答えを口に出したくなかった。できない、と返されてしまうのが怖かったから。今の時代において魔王の伝説は夢物語だと、フアナに証明されることだけは嫌だったから。

 アデライーダは目を開けて、フアナの顔を見つめた。案の定、フアナはどう返答するべきか言い淀んでいる。しかし、実際には……フアナが気にしていることは、実力差ではなく。

 

「わ、私は……」

 

 アデライーダさんとなんて戦いたくない。ずっと一緒にいたい。フアナが飲み込んでいたのは、そんな言葉。

 勝てないから戦いたくないのではない。好ましく思っているから、戦いたくなかった。

 それでも、フアナはその言葉を告げない。大魔王の表情は本当に、夢見るようで。彼女はそのためにずっと人間を、フアナを助けてきたのだとわかってしまったから。

 ならば、フアナがアデライーダに恩を返したいと言うのであれば……口に出すべき言葉は。

 

「……わかり、ました。

 私は、弱くて……本当に弱くて。

 アデライーダさんを満足させられるみたいな、勇者になれるのかわかりませんけど。

 いつか必ず、倒しに行きます」

 

 たどたどしく、絞り出すように……けれど最終的には、はっきりとした声を紡いでフアナは答えた。

 それを聞いたアデライーダは、静かに微笑む。恋するように、焦がれるように。

 

「待ってる」

 

 アデライーダがそう言った途端に、風が吹いた。思わずフアナが瞬きをすると、部屋の中にはもうアデライーダの姿はない。

 

「アデライーダさん……」

 

 呼びかけに、答える者はいない。

 フアナは無言で机に近付いた。聖剣は机の上に残されたままだ。フアナが手を伸ばすと、聖剣の輝きが穏やかな光へと変わっていく。本来の主を受け入れるかのように。

 

「私が……使いこなせるようにならなきゃダメ、なんだね」

 

 聖剣を鞘に納めて、フアナは開け放しのテラスを見た。

 風は既に止まっている。風が吹いた理由はアデライーダを迎え入れるためだ。彼女がここから去った以上、もはや大気が動く理由はない。何の音も立てず、痕跡を一つも残さずに、大魔王はこの国から姿を消した。

 

「――勇者として」

 

 けれど、約束だけは残っている。

 勇者と魔王という立場で、戦いを挑む形であろうとも――再会を誓った。

 

 結局のところアデライーダは、どこまでいっても大魔王だ。

 アデライーダの望みは、人間が魔王に立ち向かう強さを持つこと。勇者と魔王が真っ向から競い合うこと。その戦いが作り出す伝説。

 

 だから。

 いつか勇者として大魔王に挑むことが、フアナにできる唯一の恩返し。




これにてこの物語は完結となります。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
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