アリカさんは今日も元気です。   作:通天閣スパイス

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気分転換に一話だけ書いたもの。需要とか更新速度とか評価とかは度外視して、こっそり更新。


物語が始まる前に終わっていた件について

 あ、ありのまま今起きたことを話すぜ!

 

 『俺は家で漫画を読んでいたと思ったら、いつの間にかその漫画のキャラに転生していた』

 

 何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。

 

 夢落ちだとか、妄想だとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてない。

 

 もっと恐ろしい、ファンタジーよりも奇妙な現実を味わったぜ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて慌ててたのが、馬鹿らしいのぅ……」

 

 

 

 雲の上を悠々と飛ぶ、イギリスの某航空会社の飛行機の中。

 

 所謂ファーストクラスと呼ばれる席の一つに座っている俺は、そう言って一つ、短い溜め息を吐いた。

 

 

 ロンドンのヒースロー空港から日本の成田空港まで、長すぎる所要時間を完全に持て余していた俺は、航空会社のサービスを堪能するのも程々に、早々と思考の海に潜って暇を潰していた。

 

 最近の国際情勢だの、ここ数年の服飾流行だの、ロンドンで適当に買った新聞から得た情報にひとしきり思考を巡らせた後、俺が想起したのは昔の思い出。

 

 某一流半の大学の学生だった俺が漫画、『魔法先生ネギま!』の世界に転生し、その作品でも有数の死亡フラグが確立していたキャラになってしまったことに気がついた――そしてこの世界が所謂『原作』とは遠くかけ離れた世界であることに気づくまでの、俺が心底焦っていた頃の記憶である。

 

 

 細部の記憶については精神保持のために大部分を黒歴史として忘却してしまったが、大まかな行動を思い返すだけでもあの当時、俺が十五歳くらいになるまでの行動は、確実に常軌を逸していた。

 

 筋トレ、魔法の訓練、知識の収集等は言わずもがな。「子供のうちから生き急いでいる」と周囲の大人に噂されていたほど、俺は日々を自己流の修行に費やしていて。

 

 漫画で知っていた自分の未来、そして世界に降りかかる災厄からなんとか自分の身を守ろうと、必死に努力を積み重ねていたのだ。

 

 

 俺が転生した、ネギまの中でも十指に入る重要人物である、『魔法世界』と呼ばれる異世界に存在する小さな王国の王族、という設定のキャラクター。

 

 原作では主人公の母親であり、戦争犯罪人として罪を負わされたあげく処刑されかけた、悲劇の王女様――『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』に降りかかる災厄から逃れるためには、生半可の力では無理だと確信していたのだから。

 

 

 

「……ま。今となっては完全に杞憂だった訳じゃが、な」

 

 

 

 先程キャビンアテンダントに持ってこさせたシャンパンを味わいつつ、自嘲半分、呆れ半分にそう呟く。

 

 

 原作のアリカ・アナルキア・エンテオフュシアは、物語の被害者と言っていい。

 

 大国同士の大戦に祖国が巻き込まれ、戦争の隠された暗部を暴き出そうとしたら、その暗部に国王である自分の父親が関わっていることが発覚。戦争を裏で操っていた組織の影響力を削ぐため、アリカは親子の情を殺して父親を追放、クーデターを起こして祖国の権力を掌握した。

 

 しかし世界を救うために戦争の黒幕、『完全なる世界』との決戦を行った結果、世界を救うために払った代償は自らの祖国。世界を滅ぼす魔法を抑え込むため、祖国を犠牲にせざるを得なかったのだ。

 

 そのあげくには大戦の責任の生け贄にされ、完全なる世界の黒幕として逮捕、有罪判決、処刑の憂き目にあっている。

 

 処刑は寸前のところで主人公の父親に助けられたが、命は助かっても貶められた名誉が回復することはなく、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの名は魔法世界の崩壊を企んだ重戦争犯罪人として、十数年後の原作開始時点でも悪名を轟かせていたのだ。

 

 

 そんな未来が自分に待っていると分かれば、大抵の人間は防ごうと努力するか、脇目も振らずに逃走するだろう。

 

 原作のアリカ王女様なら、民の安寧のためなら喜んで自分の身を差し出しそうではあるのだが、残念なことにこの世界のアリカは俺、一般的な男子大学生の意識が入り込んだ存在だ。

 

 完全にパンピーだった前世の俺としては原作のアリカのような目に遭うのは我慢出来ないし、民衆の感情のために命と名誉を捨てるのは出来れば遠慮したい。

 

 それ故にあの頃の俺は、なんとか自分の命だけでも守れるようにと力を求め、周囲の情報を必死にかき集めていて。

 

 

 ……そんな俺の涙ぐましい努力に呆気なく『骨折り損』の烙印が押されたのは、俺が十五の誕生日を迎えた時のパーティーの席だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやあ、王女様も随分と大きくなられましたなぁ。時が経つのは早いものです』

 

『いやいや、まったく。貴女様のお父上から紹介された時がつい昨日のことのようですよ、はっはっは』

 

 

 

 俺の誕生日を祝うために催されたパーティーの、こういった催しの恒例行事とも言える、出席者への挨拶回りの途中。

 

 我が祖国である『ウェスペルタティア王国』を挟むようにして存在する二つの大勢力の中心的国家、『ヘラス帝国』と『メガロメセンブリア』の大使が仲良くしている姿を見て、二人と話しながらも口端を引き吊らせてしまったのを覚えている。

 

 

 当時は俺が十五歳になった頃、つまり西暦1881年。それは原作において『大分烈戦争』と呼ばれる大戦が始まった年であり、魔法世界が戦禍に覆われた年である。

 

 しかし現実、もといこの世界では、戦争が始まりそうな気配は全くと言っていいほど無く。むしろ戦争の原因のはずの両国は蜜月とも言える友好関係を維持していたりと、原作では考えられない状態に内心慌てまくったことは今でも記憶に新しい。

 

 それでもいずれ原作のような事態になるのではと心配していたのだが、あのパーティーの時に見た光景、酔っぱらったヘラスとメガロメセンブリアの大使が二人仲良く社交ダンスしていた光景を見て、僅かに残っていた警戒も呆気なく霧消してしまったのだ。

 

 

 いや、勿論黒幕たる完全なる世界が何かしら企んでいる、という可能性は現在であっても否定出来ない。出来ないのだが、友好条約を結んで経済と観光の交流の推奨までしだした両国を戦争状態まで持っていくには、かなりの無茶が必要であろう。

 

 そんな無茶をすればどうしても秘密裏に、というわけにはいかないし、どう頑張ったって兆候が表に出てくる。

 

 その兆候が全く見えない現在、考えられる事態としては、つまり――

 

 

 

「――完全なる世界がそもそも存在しないか、あるいは戦争を起こそうとはしていないか、か」

 

 

 

 自身で出した結論を口にしつつ、原作崩壊もいいところだと心の中で愚痴った。

 

 

 ……いや、別に、原作崩壊が嫌な訳じゃないんだ。

 

 むしろ何とかして原作ブレイクを望んでいたこちらとしては、今の状況は願ったり叶ったりと言える。

 

 戦争も起きず、黒幕も存在する気配がない、そんな日々これ平穏な生活はまさしく夢のようだ、と言っていい。

 

 

 ただ、まあ、その。なんだ。

 

 俺は原作ブレイクのために、それこそ血が滲む努力をしてきたわけで。

 

 気を扱えるようになるために毎日瞑想して、十歳の頃にやっと気の存在に気づいたり。

 

 王家の魔力と気で咸卦法が出来ないだろうかと日々努力し、しばしば制御に失敗して血へどを吐く羽目になりながら、今までに吐いた血でプールが埋まるんじゃなかろうかという時にようやく成功したり。

 

 その結果身体強化が強くなりすぎて、かなり絶妙な力加減をしないとマトモに殴り合いすら出来ず、咸卦法をかけながら生卵を割らないように掴む修行をやったり。

 

 そんな感じの一朝一夕ではない努力が全て無駄、とは言わないが不必要なものだったと分かった時の俺の衝撃は、それはもう凄いものだった。凄いものだったともさ。

 

 具体的には俺がショックのあまり寝込んで、数日間は部屋から一歩も出ず、ベッドの上でずっとふて寝していたくらいに。

 

 そして、それから数年の間――つまりはここ最近に至るまで俺の元気が少々無くなり、心配した両親が外国への視察(という名の観光旅行)に俺を行かせたくらいには、ショックだったのである。

 

 

 しかも、その旅行の目的地はただの外国ではない。

 

 俺が只今向かっているのは魔法世界の国などではなく、『旧世界』、つまり地球上に存在する国家であって。

 

 その国の一都市、地球上では数少ない魔法使いが住む都市。名を『麻帆良』というその都市が、今回の旅行の目的地である。

 

 

 麻帆良と言えば、何を隠そう原作の前半における舞台だ。

 

 原作開始時の十数年前、かつ原作が完全にブレイクしている現状では俺が原作知識で知っている麻帆良とはかなり違う可能性が大きいが、それでも原作の舞台に行けるというのはかなり好奇心をそそられる。

 

 表情にはおくびにも出さないが、それでも内心はやはり、俺も今回の旅行を楽しみにしていて。

 

 旅行を提案してくれた両親に感謝の念を送りつつ、俺はこれからの旅路に思いを馳せていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結論から言ってしまえば、俺が楽しみにしていた麻帆良訪問は、あえなく中止となった。

 

 なぜなら、そろそろ飛行機が日本上空に差し掛かろうかという瞬間、俺の周囲の景色は突然暗転して。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 今まで居た筈の飛行機内ではなく、自分以外が全て黒く染まってしまったような、一面真っ黒な謎の空間に俺はいて。

 

 

 

『――聞こえるか、“妾”よ』

 

「…………は?」

 

 

 

 自分自身と全く同じ声が、何処からともなく、周囲に響くように聞こえてきて。

 

 

 

「………………はぁっ!?」

 

 

 

 突然の事態に思考がついて行かず、思わず声をあげてしまった、その内心。

 

 心のどこか冷静な部分で、俺は再び『ファンタジーよりも奇妙な現実』を味わう羽目になったのだと、悟ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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