私には姉がいたらしい。
私より小さい頃からとても所作が綺麗で勉強もできる完璧な淑女と呼ばれていたと使用人から聞いていた。
一度お父様とお母様に姉の事を聞いた時、とても悲しそうな顔をしたから聞けなかった。
どうしていなくなったんだろう、どこにいるのだろう。会う事のない人物に思いを馳せても仕方ないと思いながらも私の姉はどんな人なんだろうと気になっていた。
姉というと思い浮かぶのは、小さいころから遊びに来てくれた綺麗で優しくてかわいいお姫様みたいなお姉さん、ミカお姉さま。ミカお姉さまは小さいころから私と遊んでくれた優しいお姉さまだ。
ミカお姉さまも4年くらい前にキヴォトスという学園都市に行ってしまって別れの日にはいかないでと泣いて縋ってしまった記憶がある。少々恥ずかしいけれど今も手紙でやり取りしているし、少し寂しいだけだ。…たまには会いたいけれど。
そして、いつも通り淑女としての勉強などの日課をしながら過ごしていたある日、桐藤家にとって大きな事件が起こった。
ミカお姉さまの家から届いた一枚の手紙、その手紙の送り主がナギサ、私の姉であったという事。
お父様は震える手でその手紙を読むと心から嬉しそうに微笑んだ、あんな顔は私でも見たことがなかった。
お母様は何度も手紙をボロボロになるまで読み直していた。涙を堪えきれずに何度も泣きながら。
お父様もお母様も、もしかしたら私よりも姉の方を愛しているのではないか?
姉はとても優秀だったらしい。たったの6歳で未来の当主として期待をされていたほど。
姉が生きていた事は良い事なのだろう、なら私はどうなるの?
自分の心に醜さを感じた、家族が生きていたという話を聞いてまず自分の事を考えたから。
家にたまにやってくる親類は言う、もしもナギサ様がいたならば桐藤家は安泰だったと。
…じゃあ私は?
直接的に言われた訳じゃないけどお前はスペアだと言われているみたいで嫌だった。
私は小さい頃からお医者さんになりたいと思っていた。自分の体が丈夫でなかった事もあるけれど病気がちなお母様を助けてあげたいという気持ちが始まりだった。
でも今の私は未来の桐藤家の当主としての勉強をしている。この勉強も全部無駄になる?自分がしたい事を諦めてまでしてきた勉強を?
不安だった。今までの自分を否定されることがこれほど怖いとは思わなかった。
そんなある日、姉からお父様に直接連絡が届いた、そして家族皆で会いに行く事になった。
お父様もお母様も楽しみにしていた。私は正直な気持ちを言うと楽しみじゃなかった。
憂鬱な気持ちを胸に秘めながらもその日がついにやってくる。
学園都市キヴォトスのトリニティという場所にある別荘、そこに私たち家族は到着し姉を待つことになった。
緊張を抑えようと深呼吸で息を整えようとしてもうまくいかない。きちんと挨拶できるだろうか?嫌な顔をしないように出来るだろうか?
そして扉から響くノック音、お父様の入室を許可する声とともに開かれる扉。
一目で理解出来た、この女性との血の繋がりを。
私と似ているけれど、私よりも少々切れ長である瞳は凛々しさを感じる。顔立ちは綺麗で体付きはすらっとしていてモデルさんのようだ。清楚なワンピースを着たその姿はまさに完璧なご令嬢と言った風貌だった。
その彼女が目の前でお母様と抱擁を交わしていた。なんとなく自分の居場所を取られたようなそんな気持ちになった。
お母様との抱擁を終えた彼女はこちらを見てきた。お父様が私の事を紹介する。私も自己紹介しないといけないのに、桐藤家の人間として恥ずかしくないようにしないといけないのに。
「初めまして、私はナギサと言います。よろしくお願いしますね。」
「…ッ!!」
私はその場から逃げ出した、お父様の声が聞こえたけれどそれも無視して。
今までお父様の言う事に反抗したことはなかった、初めて反抗した。
部屋を飛び出すと驚いた使用人がいて、その使用人から逃げるも捕まってしまった。そして案内された部屋で休んでいてくださいと言われた。
姉と両親が団らんしているあの部屋に戻るつもりはなかった。勝手だとは思うけれど両親が私を追いかけずに姉を優先しているようでそれも嫌な気持ちを大きくした。
しばらく部屋に置いてあるソファに身体を沈めていたけれど、やってしまった事に後悔をし始める。
もうあの人と仲良くなれないかも知れない、お父様とお母様もがっかりするだろう。
両親とあの人が笑い合うその場所に私はいない、そう考え始めたら怖くなった。この場所に居たくなくなった。
私は部屋の窓に近付き開けてそっと外を見渡す。
外に通じる門には誰もいないようだ。誰にも見つからないように窓から外に降りて門から外に出た。
ここは知らない場所だけど少しだけ一人になりたかった。誰もいない場所に行きたかった。
知らない場所を歩き回りたどり着いた路地裏。さっきいた場所のみたいに綺麗じゃないけれど人がいない場所。
そんな場所に行ったことがいけなかったのだろう。座り込んでいたら影が出来た。誰だろうと上を見れば私と違う黒い翼と頭の角。
「お嬢ちゃん、どこから来たのー?こんな所に一人で来たらダメだって家族に教わらなかったー?」
「おい、こいつトリニティのガキじゃね?羽白いし、キレーな服着てるし。」
私が世間知らずでもわかる。この人たちは善良な人じゃない、そう言う人には近付くなと言われていた…けれど。
「お金持ちの家の子じゃね?アジトに連れてって身代金とか要求しようよ。トリニティの奴だし別にいいでしょ。」
「さんせー、風紀委員も動いてないし最近は好き勝手出来て最高だよねー。…おっと、逃げたり大声を出したら撃つから。キヴォトスで銃を持ってないのは自殺行為だよ?勉強になったね?お嬢ちゃん?」
銃を突き付けられて声も出せない、身体は震えて相手に従う事しかできなかった。私は助けを呼ぶことも出来ず悪い人たちに連れられて行った。
連れられて行った場所は沢山の倉庫のような建物が並ぶ場所。そこに16人程の先程の人の仲間らしき人達がいた。
その人たちはお金が入ったら打ち上げだー、とか何を買う?などと言って盛り上がっている。この人たちは誘拐を悪い事とは思っていないのだろうか。
怖くて震えながら私は桐藤の令嬢として粗相をすることはしなかった。桐藤家の一員として悪人の前でそれだけは。
そう思っていると私の視線の先、少し離れたところから人影が見える。徐々に近づいてくる人に周りの人たちが気付く。
「おい、ここは私達の狩場兼縄張りだよー、それ以上近付くと怪我しても知らないよー?」
一番前にいた集団の1人が近付いてきた相手に銃を向ける。その人は銃を向けられても歩みを止めずに近付いてくる。
その人が誰だかわかると私は目を見開いた。その人は私が知っている人だったから。
清楚なワンピースと片手には拳銃、私に向けた笑顔とは全く違う無表情。その人は私の姉、ナギサだった。
「聞こえなかったー?それ以上近付くと―――。」
「あなた達が捕まえているその子は私の妹なのです。返してはいただけませんか?」
悪い人の一人の言葉を遮りながら姉…ナギサさんは口調は丁寧ながらも有無を言わせないような雰囲気で言葉を返す。
「馬鹿じゃないの?たった一人相手に、しかもそんな拳銃一丁のお嬢様が私たちを相手しようっての?」
悪人がそう言うと4人ほどが前に出る。私はナギサさんの他にも誰か来ていないかと見渡すも誰もいない、その事に絶望を感じた。
「今はゲヘナ、トリニティ間であまり諍いを起こすことは良くないのです。ですから大人しくその子を返してください。これは警告でもありますよ。」
あくまで平坦な余裕のあるような声に苛立ちを感じたのか悪人たちは一斉に銃をナギサさん向ける。ナギサさんはその様子を見て携帯端末を手に取り眺める。
「どんな状況かわかってんの?その余裕ぶったツラかわいい妹ちゃんの前でボコボコにしてやるよ!」
そうして聞こえる銃声に思わず目を瞑る。私のせいでナギサさんが傷つくことになってしまった。その光景を見たくなかった。
そして場違いのように鳴る何かの端末の通知音の様なもの、その瞬間4回の銃声と共に悲鳴が聞こえた。
私は恐る恐る目を開けると目を開けた先に無傷のナギサさんの姿。そのナギサさんは悪人を睨みつけながら口を開いた。
「許可が出ました、申し訳ありませんがあなた達をゲヘナ風紀委員に突き出します。もう一度言います…その子を返すなら”私側は”見逃しましょう。これが最終通告です。」
呆然とした悪人達は怒りの声と共にナギサさんに発砲する。動きにくそうなワンピースを着ているのに相手の銃撃はナギサさんに当たらず、お返しとばかりに返す2回の銃声がすると相手を吹き飛ばした。
私を捕まえている悪人が、ちっ!あいつやべぇ!と言いながら銃を私に向けてくる。私の口から悲鳴が漏れる。
「おい、可愛い妹ちゃんに痛い思いさせたくなかったらその拳銃を捨てろ。」
ナギサさんは無言で銃を放る。その姿を見ながら悪人は笑った。
「はっ!武器が無ければこんなや…ガハッ…!」
瞬きの間に私からナギサさんへと銃を向け直した相手の目の前にナギサさんが現れて手のひら…掌底というのだろうか?を相手の顎に打ち付けると打ち付けられた人は数メートル打ち上げられそのまま地面に叩き付けられる。
そのままナギサさんに私は抱き寄せられると私にしっかりつかまっていてくださいと声をかけられたのでギュッとしがみついた。
私というお荷物を抱えながらナギサさんは途中で放った銃を拾いながら悪人に近付き、手に持った銃で打ち据えて昏倒させる。そこまで行くと相手からは恐れのような声が上がり始めた。
背を向ける相手に対し問答無用で発砲するとその弾も外れることなく3人を撃ち抜く。
そのまま次の相手に向かって駆け出そうとした瞬間何かを察したかのようにぴたりと止まるナギサさん、すると目の前に銃弾が着弾する。
どうやって気付いたのかがわからないが、くるりと振り向いて倉庫のような建物の屋根に潜んでいた相手に向かって銃を撃ち命中させる。
ひらりと相手の攻撃を躱しながら鋭い攻撃で倒していくその姿は綺麗でかっこよかった。物語の英雄のように悪を倒すその姿を見ていると胸が熱くなるのを感じる。
ひえええ、と言いながら仲間を見捨てて逃げる悪人達、しかし唐突に銃声が聞こえて全員がぱたりと倒れる。
そして現れる数人の女性。
「ご協力感謝するよ。こいつらは私達が引き取るからトリニティ側は何もなかった、という事でお願い。」
現れた女性の中でも一際怖い雰囲気を出している前髪の一房だけが黒い白髪の女性がナギサさんに向かって言葉を発した。
「私側としては家族が無事なら構いません。…あなたは風紀委員の?」
「ううん、私はただの手伝い。同級生が人手が足りないって泣きついてきてね、報酬貰う代わりにしてるアルバイトかな。」
そうですか、と言いながら首をかしげるナギサさん。あの人のこと知っているのだろうか?
「ゲヘナも大変なのですね。あのようなことがあれば仕方がありませんが。」
「今回はトリニティが上手だったって事でしょ、うちの万魔殿と風紀委員会のトップが失脚して治安維持の方も情報部がやってる始末だよ。統制も取れてないしゲヘナ史上最悪の治安なんじゃないかな今。」
政治的なお話だろうか?私には何もわからない事だけれどナギサさんは難しい顔をしていた。
「それではありがとうございました。今度会った時にお礼をしますね。」
「礼なんて良いよ別に。私も最近面白そうなことに声をかけられててね、そろそろアルバイトもやめようと思ってたんだ。」
それじゃあね。と言いながら大きなトラックのような車に先程の悪い人たちを積み込み終わったようでそのまま威圧感のある人はその場を去っていった。
「私たちも帰りましょうか、…ミナミ。」
私の名前を呼ぶときに少しだけ言いよどんでいたナギサさん…いや、お姉様。そう言えばと抱かれていたままだったのを思い出し私の顔が熱くなった。でも自分の足で立とうとしても足ががくがく震えて歩くことがまともに出来ない状態なのでどうしようも出来ない。
お姉様はふむ、と一言呟くと私の背中と膝裏に手を入れてその…所謂お姫様抱っこと言われる事を行った。恥ずかしいけど動けないから仕方がない。
そのまま別荘に向かいながら私は気になることをお姉様に尋ねる事にした。
「お姉様、そう言えばお一つ聞きたい事があったのです。」
「なんでしょう?私に答えられることならなんでも答えますよ。」
そう、家からいなくなった理由、それが知りたかった。当主がやりたくなかったからなのか他に理由があるのか。
「どうして桐藤家に戻らなかったのですか?」
「…言い訳を言うとすぐに戻れなかった理由がある事と色々やる事が出来てしまったから…なのですが…。はっきり言ってしまいましょう、両親に失望されるのと
驚いた、というか意外だった。私と同じような理由で家出をして今に至るという事だろうか?気まずくて家に顔を出せなかったと?
そう思うと急に親近感がわいてくる、お姉様も完璧な超人ではないという事、姉妹揃って似たような事をしていただなんて。
「そうだったのですか…。あの…ごめんなさい、逃げたりなんかして。こんなご迷惑もかけてしまって…。」
そう言って本気で申し訳ないと思って謝ったのだが、お姉様は苦笑しながら口を開く。
「キヴォトス…というか数年前のアビドスもこんなこと日常茶飯事だったので大丈夫ですよ。怪獣の様な機械の化け物とか私の親友とかアバンギャルド君デストロイヤーと比べれば全然マシです。」
一部よくわからない単語があったけれどキヴォトスはとても危ない所らしい。将来私が来ることになったらと思うと少々怖い。
その後キヴォトスの事を色々聞いたりしていたらいつの間にか別荘の前にたどり着いていた。門の前にはお父様とお母様の姿。
別荘に入る前に最後に聞きたい事があった私はお姉様に聞くことにした。
「お姉様は正式に桐藤家に戻るのですか?当主に…なりたいと思っていますか?」
私にとって今後を決める大事な事だ、私は意を決してお姉様に聞くことにした。
「その事も今後は家族として話し合いましょう、私はもう逃げないと決めました。お互いに言いたい事もあるでしょうし悩みもあれば聞かせてください。」
そして、そのまま家族の前に行くと、両親に抱きしめられ叱られた。お姉様はそれを優しげな表情で眺めていた。
この日、私に新しい家族が出来た。強くてかっこよくて優しいお姉様。まだぎこちない関係だけど、これからは家族としてやっていけると思ったのだった。
やってることが似ている、流石は姉妹。
姉→ナギサさん→お姉様。吊り橋効果かつヒーローの様な大立ち回りでなんとか好感度が上がって家族になれました。よかったよかった。思いっきりぶん殴ったら大変なことになるので妹の手前手加減はしています(一応)。
アバンギャルド君デストロイヤーは生産費用度外視で作られた超高スペック機です。それを作ったことでリオ自身の財布が軽くなりヒマリに呆れられていたそうな。
補足、抗争の件でゲヘナの雷帝失脚という事にしました。