「どうぞこちらに、お茶はいりますか?」
「はい…いただきます。」
部屋にあった椅子に浦和さんを座らせてお茶の準備をする。まだ入学式からそれほど経っていないのにもかかわらずこの憔悴具合、相当に酷い状況なのだろう。
お茶をいれながらちらりと浦和さんの表情を見る。椅子に座りながら膝に置いた手は握りしめられており、俯いた顔からは悲壮感すら感じる。彼女を追い詰めているのは彼女の優秀性だというところが本当に辛い所だと思う。
トリニティの高級店の私おすすめのお茶とお茶菓子を持って彼女の机の上に置く、家具が無いのでちょっと申し訳ない。
「どうぞ、お口に合えばいいのですが。」
「はい…ありがとうございます…。」
礼の言葉と共に軽くお茶に口をつける浦和さん。動作も綺麗でそう言った事も優秀なのだということがわかる。
「それで、セイアさんにここを紹介されたと言っていましたが…彼女から何か聞いていますか?」
彼女を守って欲しい、と言っていたので恐らくいろんな組織に振り回されている彼女を私が匿う事で干渉してこないようにしようという事だとは思うのだが。
「その…ナギサの傍なら相手も強硬的な手段を取らないだろうからと言ってここを紹介されたんです。」
彼女ならもう少し物事をはっきり言ってくる印象があるのだが、言葉を選んでいるというか気を使っているというか…。
「そうですか、それならいくらでもここにいてくださってもかまいませんよ。何かしたい事があれば私に出来る限りで叶えて差し上げますが。」
「いえ、ここで匿ってもらうだけでも十分です。」
警戒されている訳ではないのだが壁を感じる。成程、
セイアさんも助けたくても助けてあげられない自分の立場に苦悩していただろう。自分が手を出せば自分の派閥に彼女を引き込むことになる。結局は浦和さんに望まないものを押し付ける結果になっていただろうからだ。
セイアさんの行動には確かに打算はある。けれども自身の派閥に引き込むのではなくあくまで友人として相手の気持ちを尊重して友人付き合いをしているのだ。正直に言って相手を気遣い続ける彼女の姿勢は相当に大変だと思う。彼女に甘える相手はいないだろうに、今度私が甘やかしてあげてみようか?
おっと、話がズレていた。つまりセイアさんは彼女の心も守って欲しいと思っているのではないだろうか?その為にすべき事は。
「浦和さん、これから私と遊びに行きませんか?」
「えっ?」
彼女と友人になる事だろう。
そうしてトリニティの街へと向かった私達は、他愛もない日常的な話をしながらショッピングなどを楽しんでいた。
初めは遠慮がちだった彼女も普通の女の子である。可愛い服や小物、アクセサリーなどを眺めれば気分も上向きになるだろう。
そしていま彼女といるのは下着売り場、アレコレと眺めてはうーんと首をかしげている。
「何かよさそうなものは見つかりましたか?」
私は浦和さんに近付きながらそう尋ねると、浦和さんは困ったような表情で答えた。
「その…実は成長期なのか買い換えてもすぐにサイズが合わなくなってしまって…それにサイズが大きいものってあまり可愛らしいものが無くて…。」
…成程、それは確かに死活問題である。それに関してもユメ先輩が同じような悩みを持っていたし、1年もすれば浦和さんもユメ先輩に並ぶレベルのものを手に入れそうだ。私は今のままでいい、バランスも大切なのだ。
「そうですね…全部を望んでしまうとオーダーメイドになってしまいますし…オーダーメイドの下着なんて作った日にはかなりの高額になってしまいますからね。」
私がそう言うと意外に思ったのか少々驚いた表情をする。ああそうか、彼女も桐藤家の事は名家だとは知っているのか。
まぁ今は両親にカードを持たされ、いくらでも使ってくれていいとは言われているのだが、少し前まで割と庶民的な生活をしていた為に大金を使う事に二の足を踏んでしまう。持っているものは市場にお金を落とさないといけないと分かってはいるのだが。
「とはいえ、お金も大事ですが可愛らしい衣類も女の子にとっては大切ですからね。今度ちょうどいいお店を見つけておきますね?」
そう言って買い物もそこそこにミカさんから教えて貰ったおすすめのカフェに向かう事にした。
その途中で浦和さんからあっ、と声が聞こえて振り返る。
「どうかしましたか?」
「あの、桐藤先輩。これ…落としまし…」
「そ…それは!!!!!」
浦和さんから私が落としたものを受け取ると、通りかかった少女が大きな声を出したので少々驚いた。何事だろうか。
「こっ…これ、何だろう…見たことない。嘘…発売されているグッズは全部確認しているはずなのに…。」
そう言いながら私が落としたものを見て目を見開く少女。私が落とした物が物である為、この反応を見て彼女が誰か何となく分かってしまった。
私が落とした物はとある事業でアビドスとミレニアム、正確にはネフティスとミレニアムだけれど、合同事業を行ったその際にモモフレンズが関わることがあり、それで作られたグッズなのだが、これは一応非売品である。
その名はミレニアムキングペロロキーホルダー。メカチックなボディに身を包みファラオの冠の様な被り物をしたペロロ様、事業に関わったとしてセミナーとアビドス生徒会に送られてきたのだが、生徒会メンバーが誰もいらないと言ったので私が受け取ることになった。欲しそうな子に当てがあったのでまぁいいかと思い貰ったのだが。
「これは非売品なので一般的に出回っていないものですね。…欲しいのならあげましょうか?」
「い…いいんですか!?こんな貴重なものを本当に!?」
あまりの勢いに若干引いてしまう、浦和さんまでも少しだけ引いていた。
「は…はい、私が持っているより心から欲しいと思っている人の手に渡った方が良いと思いますし。それで喜んでくれるならば私も満足です。」
そう言うと浦和さんから視線を感じる。じーっと見つめてきているのだが、なんだろうか?
「ありがとうございます!この御恩は絶対に忘れません!次に会った時に必ずお礼をしますので!」
そう言って相手の名前も聞かず、自分の名前も名乗らず去っていくペロロ愛好家の少女。恐らく貴重品を手に入れたことで名乗りもすっぽり頭から抜けてしまっているのだろう。
その内出会う機会もあるだろうと思い、彼女を見送った後、気を取り直して私達はカフェでお茶をすることにした。
お茶を済ませた後、初めに出会った時と比べて表情も顔色も良くなってきた浦和さんは帰り道の途中で口を開いた。
「桐藤先輩。嫌な事から逃げる事はいけない事でしょうか?」
”アビドス”からやってきた留学生”桐藤”ナギサ、それはすでに憶測などが飛び交っていて正確な情報から勝手な妄想まで色々な話が飛び交っているようだった。
その中でも浦和さんは少ない情報から限りない正解に近い答えを導き出しているように思える、だからこそ私に聞いてきたのだろう。
「逃げてもいいと思いますよ。」
その言葉を聞いて俯かせた顔をこちらに向けた浦和さん。その顔は何を考えているのか無表情だった。
「人には絶対に向き合わなければならない時が来るでしょう、私もつい先日その一つが解消したところです。」
浦和さんの表情は動かない、彼女の優れた頭脳は今何を考えているのだろうか。
「私はそれに10年かかりました。少し話し合えば解決した問題を10年先延ばしにしました。」
だから拗れたんですけどね、と苦笑する。キヴォトスに来てすぐにでも本当なら解決できたことなのだ。それを逃げて先延ばしにしたのは自分自身。だから逃げちゃダメなどとは言えない。
「あなたは今あなたの意思とは関係無しに雁字搦めにされています。それはとても窮屈で辛い事だと思います。だから。」
この言葉はセイアさんにも言ってあげたい。けれど彼女はそれを望まないだろう、彼女は選択してあそこにいるのだから。
「少しだけお休みしてゆっくり答えを出す。それでいいんじゃないでしょうか?疲れていては正解の答えなんて導き出せないでしょうから。」
「…ずるい考え方ですね。」
そう言いながらも無表情だった顔はほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。ほんの少しだけでも気持ちがすっきりするならばいくらでも悩みを聞こう、それが私の役目だから。
「そうですね。少しだけ休ませてもらおうと思います。だからしばらくお邪魔しますね?」
その言葉を発した彼女からは壁が消えているように感じた。どうやら何とかなったようだ。
と、そこで終わっていたならば綺麗なお話だったのだが。
「…見つけたっ…!!」
そこに現れたのは私のかわいらしい友人。何故か顔を赤くしているがどうしたのだろうか?
「ナギちゃん!!ナギちゃんは桃色の髪と、お…おっぱいがおっきい子が好きって本当なの!?」
いったい何を言い出すのかこの脳内ピンクお嬢様は。
普段ならば溜息を吐きながら何か言いだしたな、程度で済むのだが今はとてもタイミングが悪かった。
ちらりと今日一緒に遊びまわった少女に目を向ける、彼女は私を見ると腕で胸を隠すかのようなしぐさをする。やはり誤解されたじゃないか。
「あのですね。浦和さん。それは誤解です。ですからそんな目をこちらに向けないでください。」
少しだけ冷えた目をこちらに向けた浦和さん。ミカさんも浦和さんの存在に気が付いたのかそちらに視線を向けると驚いた顔をしていた。
「…え…?そんな、嘘だよね?ナギちゃんがこんなに手が早いだなんて…。そ…それに私と同じくらい…ううん私よりも…?」
ぶつぶつと俯きながら何かつぶやいているミカさん、こちらの誤解も解かないと大変な事になる気がする。
「あの、ミカさんこれは誤解で―――。」
「うわーーーん!!ナギちゃんの桃髪キラー!おっぱい星人!」
意味の分からない事を口にしながら走り去るミカさん。その場に残された私達は気まずい空気にを感じていた。
「…その、桐藤先輩…今日はありがとうございました。ここまで送ってくださってありがとうございます。」
私に対して違う意味での警戒心を感じる目でこちらを見た浦和さんはそう言って去っていった。
……どうしてこうなった。私はそう思いながら空を仰いでその場にしばらく佇んでいた。
ハナコと出会って初日でデートするナギサ様。しかも家に送っていこうとしてます。どっかの先輩の影響を多大に受けてますねぇ…。
何気にナギサの交流相手にピンク髪が多くなってしまったのでミカに突っ込んでもらいました。ちなみにミカに変な事を吹き込んだのはホシノです。