規則正しい靴音を鳴らしながら廊下を歩く。私に休む暇などないとばかりに気持ち早めで私は歩く。
このところ”夢”を見ない為に体の調子はいい、”夢”を見ると眠った気にならないから睡眠をとったと言ってもいまいち体を休めている気がしない。
彼女…ナギサの活躍で正義実現委員会は実際の数値上で見ても大きな成果を上げていた。
私がしたお願いはそこまでのものではなく、ハスミの心にゆとりが出来たならと思っていたのだが、思った以上にナギサは成果を出していた。
正義実現委員会から新装備、戦術を揃えた実験部隊の正規配備。そして、犯罪率の低下によりハスミの負担が減り、以前のような失敗が無くなったそうだ。
頼りにし過ぎてはいけないと思っていてもつい、頼りにしてしまう。前にそれでハナコに怒られたというのに…と小さく笑いが漏れる。
ナギサの存在は私にとって日に日に大きくなっていく、今では彼女がいない事は考えられないと思うほどに。
そういう思考を浮かべ、私ははっとする。ダメだ、これではハナコの事を何も言えない。依存は良くないと必死に頭の中から妙な考えを消す。
ミカやハナコを筆頭にナギサを慕う人間はトリニティ内でも多い。甘背テマリもそうだし正義実現委員会の中でもハスミもナギサを勧誘したいと思うほどには興味を持っている。あのツルギも興味を持っているとか。
他にも元A・R隊の元隊員も彼女を慕っている。どのような繋がりがあるかはわからないがあの蒼森ミネの部下も視線を向けていたと聞く。
私が時間と苦労をしながら作り上げたものを短時間の間に作り上げている彼女に嫉妬が無いわけではないが…そもそも私は元々人付き合いが得意ではない、必要に迫られて多くの人と関わっているだけだ。
今度何かナギサにお礼をしないとな、と思いながら廊下を歩いていると視線の先に見覚えのある姿の少女の後姿が見える。
ふらふらと揺れながら歩く姿に少々心配になり小走りで近付いていき、声をかける。
「テマリ、大丈夫かい?今にも倒れそうな程フラフラしていたが…。」
「……あら?百合園様ではありませんか…、お気になさらず。最近は常にこんな感じですので、特に問題ありませんわ。」
とこちらに振り向く少女、甘背テマリ。その顔は以前よりもさらに青白く、左目に医療用の眼帯まで付けていた。
「…以前は眼帯を付けてなかったはずだが…。大丈夫なのかい?何かしらの病気を患っているとか…。」
「いえ、もう痛くはないので大丈夫ですわ。慣れるまで時間がかかっただけですので。」
数年前から会うたびに姿が少しずつ変化しているように見える彼女、以前は白い髪ではなく普通の茶髪だったしもっと顔色もよかった。
立場上仲良くするのは良くない相手とは言えど同じ学校に通う生徒同士だ、変わっていく姿を見て多少の心配もする。
「少し休んだ方が良いんじゃないか?君は派閥の長だし、倒れられると後程大変な事になりかねないと思うのだが。」
私がそう言うと、テマリは眼帯に覆われていない方の目を小さく見開く、何だろう、私がそんなことを言うのは意外だっただろうか?
「…ご心配をかけてしまったようですわね。大丈夫ですわ、こう見えて意外に丈夫ですから…それよりも百合園様に聞きたい事があるのですが。」
彼女が私に聞きたい事?派閥内の話せない事でなければ答えてもかまわないが、何の話だろうか?
「あなたはトリニティをどう思いますか?」
「…なかなか難しい話だね。」
さて、ここで正直に言って私の立場を揺らがす情報を彼女に与えるのは良くないとは思う。後ろ暗い話がそこそこにある少女であるし、これまでの苦労を無駄にしかねないと思う。
だけれど彼女の視線は思った以上にまっすぐで…だからこそつい本音が出た。
「…個人的には好まないかな。外見煌びやかなではあるが、実際はドロドロの権謀術数をめぐらす者たちが集まる場所。あの抗争で更に厄介な所が大きくなった。」
軽くお前の事だと釘を刺す。この程度の事はトリニティでは普通の事である。こんなことを普通だとは思いたくはないけれど。
それに対して彼女はくすくすと笑う。彼女も裏にある嫌味は理解しているのだろう。
「正直に言いますわね?まぁ、あの抗争の中心にいたのはわたくしですから仕方がありませんけれど。」
そちらも正直に言うものだ、言ったところで明確な証拠がない以上、彼女に対して強くは出れないのだが。
「が、一番の問題はそこじゃない。私にとって重要なのは大切な友人と楽しく日々を過ごせない事だ。ここキヴォトスでは子供も社会の縮図の一つだとは言え、子供らしく過ごしたいと思うのも間違いではないと思うのだけどね。」
これも本心だ、寧ろこの為に私は灰色の生活を送っていると言っていい、誰もが望みそして過ごしているだろう平凡な日々、私はただそれだけの為に動いている。それが尊いものだと知っているから。
「…わたくし、また勘違いしておりましたわ…本当に人を見る目がありませんわね。」
独り言のようにつぶやく彼女、彼女が何を思ってその言葉をつぶやいたかはわからない。
「百合園様、もう一つお聞かせください。…あなたは自身の派閥以外にもいろいろ方とお付き合いしておりますわね?それは、その方を利用する為ではないのでしょうか?」
本当にはっきりという子だと思った。本当にこの子に色々と翻弄されているのかと疑うほどに。普通そういうことは黙っておくものだろうに。
「…ゼロ…とは言い難いね。だけど彼女たちの事も大切な友人だと思っている。」
この子とは化かし合う相手だというのに本心からの言葉を口にする。何故かはわからないがこの場で嘘や誤魔化しは悪手だと感じたから。
「…百合園様はわたくしと似ていると思っておりましたわ、自身の為に他者を利用する側の人間だと。あなたも桐藤様に近い考え方を持つ方なのですわね。」
ナギサのようだと言われると少々くすぐったく感じる。彼女は私にとって大切な友人だというのと同時に尊敬する人でもあるからだ。
「最後の質問です。あなたにとって桐藤様はどのような方ですか?」
これは先程考えた事と一緒だ。これからも一緒に過ごしたい大切な友人。
「ナギサは私にとって大切な友人で尊敬する人かな。」
まっすぐに本心を伝える。するとテマリは見えている片方の目を細めながら、成程…と呟いた。
「あの方を友人と言えるのは素晴らしい事ですわね…わたくしにとってあの方は不思議な方、手の届かない方…でしょうか?」
手の届かないとはどういう事だろうか、そのまま彼女は話を続ける。
「あの方はわたくし達とは別の視点を持っているように思えますの、わたくしの知り合い…彼が言うには特殊な精神性、生徒という役割を貼られながらその役割に縛られないイレギュラー。わたくしから見れば生徒という子供を見守るような大人…そんなようにも見えますわ。」
テマリは思った以上にナギサを理解しているのだろうか…確かにナギサにはそういう部分が見えるような気がする…。生徒でありながら
一瞬何かが頭をよぎった気がした、それが何かは分からない。”夢”の中にいたような、そんな感じだった。
「そうだね、だけれどナギサはナギサだ。私の友人で大切な人…それだけでいい。」
そう言うと目を瞑りながらそうですか、というテマリ。満足の行く答えを返せただろうか?
「ありがとうございます。本当に…あなたと桐藤様、聖園様がティーパーティーの長であったならよかったのに…。もう遅いのですけれど…。」
そう言いながら彼女はスッと冷えるような視線をこちらに向ける。
「賽は投げられましたわ、わたくしはいずれ明確にあなた方の敵になるでしょう。あなた方の願いがわたくしの執念に打ち勝つことを願っておりますわ。」
明確に敵と呼ばれたことよりも彼女がまた何かを企んでいる事に対して体が震えた、あれ以上の事を起こす気なのだろうか。
それと、と言葉を続ける彼女、眼帯を押さえながら口を開いた。
「わたくしは誰でしたでしょうか?」
その言葉に背筋が震えた、彼女は何を言っている?
「君は…甘背テマリだろう?」
「……ああ、そうでしたわね。今日はいいお話を聞けました。それでは。」
そう言って背を向けるテマリ。ゆらゆらと揺れる彼女は本当にそこに存在しているのだろうかと思いながら、その背を私は見送っていた。
実は一度目に名前を呼ばれた時、テマリさん自分が呼ばれたと思ってない模様。
ハッキリとボコボコにされたい宣言したからマゾ子さんでええか…。無敵かな?