「……どうやら無事…ではないようですね。」
「……。」
暗闇に覆われた一室に黒いスーツを着た存在と黒い靄の様なものに覆われたヒトカタがお互いを見合うように立っている。
「ご自分の名がわかりますか?あなたの求める宿願を、覚えていますか?」
「……。」
歪み、ノイズのようにブレるヘイロー、竜か悪魔のような片翼、かろうじて灰に染まった天使の片翼のみがかつての彼女を彷彿とさせる。
「随分と歪になりましたね。神秘とは貴方がたを構成する要素の一つ、他者の神秘をそのまま取り込むという事は他者の記録や肉片を受け入れるものと同意。」
黒服の男は語るように黒い靄に話しかける。
「受け入れると言えど実際はつぎはぎの様なもの、自己と他者の境界が曖昧になり、記憶、存在すら曖昧となる、今の貴方は何者でもない存在である…という事です。」
「……。」
男の言葉を理解しているのかしていないのか、聞いているのかすらもわからない、かつて少女だったものは、ただそこに佇んでいる。
「貴方の受け皿としての才能は確かに素晴らしいものがありました。…いいえ、伽藍洞だった…と言われるのはあまり喜ばしいものではなかったでしょうか?」
今やその身に多量の神秘を受け入れ何者でも無くなった少女、彼女が求めたものの結果がこれとは。
「正直な所、これ程とは思っておりませんでした。今の貴方は神秘の量、というものだけで言うならばキヴォトスでも最上位に位置するでしょう、流石は自らを含め666の神秘を内に秘めているだけの事はある。」
それほどの物を持っていたとしてもそれを扱える訳ではないのだが、故に彼女は暁のホルスと言った上位者には遠く及ばず、とはいえど彼女の能力も厄介ではあるのだが。
「本当に…残念です。生徒でありながらも”力”に対する執着、探求心は我々に近いものがあった。何れは同士とも言える立場にもなっていたかもしれません。」
もう人に戻るのは不可能だろう、彼女は必要悪の天使ではなく何者でもない一匹の獣と化してしまったのだから。
「マダムも惨いことをする。こうなると分かった上で中途半端なデータを提示するとは、…その上…。」
神秘の吸収、マダムと呼ばれた人物はそのノウハウの一部を少女に渡したのだろう。そして恐らく、神秘を奪うものだけでなく恐らく別のオーパーツ、受け皿を補強するものまで使っているだろう。そのせいで
「…ウゥゥゥゥ……。」
唸り声を上げる少女だったものの身体に満ちる神秘が暴発しそうになっているのか小さく漏れだしている、漏れ出す神秘は明滅し何かを呼んでいるかのようにも見える。
「これは…ククク、興味深い。このような状態でも力への執念はあるようですね。」
しばらく明滅を続ける少女だったもの、この場所にかつて彼女が奪った神秘の持ち主が集まろうとしていた。怨念に思考を奪われている今、その暴威を向けられるのは…
「結構、ならば最後まで見届けるとしましょう、マエストロは貴方をキマイラと呼んでいましたか。英雄の様な存在がいるならば何者でも無くなった貴方を終わらせ、救ってくれるかもしれません。」
”願い”が叶う事を祈っています。そう言葉を残して男は消え去った。唸る獣をその場に残して。
集まった生徒達と共に防衛戦を初めて少しの時間が経った。
現在の状況は停滞していて、人手が足りないこちらは攻め手に出られず、戦術も何もなく単純に突撃を続けるあちらもこちらの守りを抜けないという状態になっていた。
とはいえ、あちらの人数とタフネス、こちらの物資の限界を考えればどちらが不利かは歴然だろう、故に、こちらは援軍を待ちながら守りに徹するしかない。
敵の首謀者がわかれば一縷の可能性に掛けて私個人での突撃も選択肢に入れたが、それをやると知り合い全員に白い目で見られそうだ、流石に自重した。
十数分程前に慌てたユメ先輩が車椅子の誤操作をして警報が鳴った事以外は特に変化もなく、近付いてきた敵を追い返す事を続けていた。
「天雨さん、風紀委員長に連絡は付きましたか?」
重機関銃を敵の集団に向けたまま、私は天雨さんに状況を聞く。
「援軍を連れてこちらに向かってきているようです。おそらくヒナ委員長は先行して向かってきてくださっているとは思いますが。」
たどり着くのには流石にまだ時間がかかるだろう、同じく正義実現委員会も。徐々に敵の数が増えていっているし状況はあまりよくない。
ふと違和感を感じる、後方にまだまだ増援部隊がいたはずなのに正面の勢いは変わらない。
「天雨さん、あれ程の数がいたのに正面の状況が変わりません、構造物を破壊して突入してくるかもしれません。」
その言葉を聞くと即座に視界を取ってくれていた狙撃手に連絡を取る天雨さん、流石に動きが早い。
「…反応が…ありません…。」
その言葉を聞いて即座に”私”を繋げる、これもそれなりに疲れるので温存したかったが。
視界が広がった瞬間囲まれていることがわかる、そしてこれは、まずい!
ゲヘナ側が固めていた方に爆発音、天雨さんはそれに驚きながらも予想していたのか即座に指示を出す。
「…っ!…装甲車を盾にして応戦!こちら側を抜かせるわけにはいきません!」
流石の練度というべきか、精鋭を連れてきていたのだろう、対応が早い、がしかし。
「天雨さんっ!」
どこから飛んできたのか彼女の足元に落ちるグレネード、間に合わないと思った私は思わず重機関銃を固定銃座から引きちぎるようにして外して全速力で天雨さんの所に飛び込んだ。
グレネードが爆発する直前、私は天雨さんの腰に腕を回し私の方に引き寄せながらその場から離脱すると同時に起こる爆発。
「天雨さん、怪我はありませんか?」
「…え?あ…近…っ、いえ、ええ!だ、大丈夫です!」
天雨さんは姿勢を正すとすぐに指示を出し始める。息が少々荒いのは直前の危機に動揺していたからか。
固定銃座から外した重機関銃で応戦するも、やはりそのまま撃つと反動が強くて狙い辛い、それにこちらが崩されたことで正面の敵が雪崩れ込んできそうだ。
冷静にどうするべきかを考えていると、何かが飛来してくるような気配、私は周りに聞こえるように大声で伝えるため口を開く。
「何かが上空から落ちてきています!皆さん注意を!」
その数秒後落ちてくる飛来物はゲヘナ側に進行してきた敵の集団に向かい直撃した、舞った砂埃が落ち着くとその場には見慣れないロボットの様な物が鎮座していた。
「…このような杜撰な扱いをされるとは思いませんでしたが、機体の強度試験にもなりましたからいいでしょう…要救助者は。」
どうやらバイザーの付いた顔だけを露出した全身骨格のパワードスーツの様な機械には女性が乗っているようだ。そしてこんなものを送り込んでくる相手に覚えがあった。
「あの…もしかして、リオさんが援軍に出してくれた方…でしょうか?」
私が近付いて女性に声をかけると、少しの間黙った彼女は返答をした。
「…緊急救助アラームが鳴りましたのでその対応をしに来ただけです。私の所属や背後事情に関しては黙秘させていただきます。」
そう言いながら飛び込んでくる敵を片腕に付いたガトリング銃で振り払うように弾き飛ばす。彼女が呼ばれた要因をなんとなく察した私は、彼女にそれを伝える事にした。
「あの、恐らくユメさんがその緊急救助アラームを鳴らしたのだと思います。今はあそこの戦車の中にトリニティの後輩達と隠れて貰っています。」
そう言うと、成程、という彼女、そして周りを確認すると少し黙った後に少しだけ困った声色で返答してくる。
「この場、少々デリケートな状況の可能性があるでしょうか?あちらはゲヘナ、そしてあなたは…アビドスの結先…失礼、桐藤さん、そしてトリニティ…。」
私の事も聞いているらしい、この状況においては一応私の方で何とか出来るのでこの場は彼女に協力を願いたい。
「その事については私が援軍要請をした、という事で何とか出来ると思います。とりあえずは私の指揮下に入るという事でお願いしたいのですが。」
復帰してきた相手に向かい、手に持つ重機関銃で応戦しながら言う、そう言えば彼女の事は何と呼べばいいだろうか。
「…了解、依頼主の方からも許可が取れましたので、この機体の試験運用も兼ねて協力致します。私の事はコールサイン……エージェントAとお呼びください。機体名はアバ…いえ、これについては気になさらず。」
そう言うと彼女は小さく機体名だけは…何とか…とこぼしながら、敵の集団に機体を向ける。
「それでは…戦闘行動を開始します。」
フライングで参加した誰かの切り札エージェントAさん。ユメ先輩の危機なので依頼主もOKを出さざるを得ない。
パワードスーツは試験段階なのでまだスマートではなくロボットっぽいずんぐりしている所があります。とても丈夫、機体名称はまだ正式には決まってない模様。
こっそりまたファイプレー(ドジ)をするユメ先輩、煽った相手に助けられて屈辱()を味わうアコ上。アコ上に対してラッキースケベかましてるかもしれないナギサ氏。