吹き飛ばされた黒獣は、巨大な質量をぶつけてきた相手に警戒しながら、自身の目的の相手、恐怖と神秘を内包する者に近付こうとする。
「おっと、そっちに行くなら邪魔させてもらうよ。まったく…おじさんを無視するだなんて、ナギサはこんなのにまでモテて大変だねぇ。」
そこに立つのは小さな体躯の少女、小さいながらもその存在感は圧倒的だった。最近は後輩が張り切っている為に完全装備はしなかったものの、今回は例外だ。
「ホシノ先輩。あれを相手にすればいいの?」
「そうだよー、シロコちゃんはあのレベルの大物初めてだろうから、無理はしないでおじさんの後方から援護お願いね…。後、連れてきたあの子は?」
「ん、ギャグ漫画みたいに爆発で吹っ飛んでいった。ちゃんと直前で飛び降りてたから大丈夫だと思う。」
ホシノ達を無視してナギサの方に向かおうとする黒獣の鼻先に強烈な弾丸を叩き込みながらホシノはあちゃー、と溢した。
「お金を払ったとはいえ、かなりの強行軍に付き合わせちゃったからねえ。ちょっと申し訳が無いね…まぁ、あの子も思った以上に実力あるし大丈夫でしょ。」
そう言いながら、目の前の脅威に対して圧をかける、その間にも黒獣の側面から猛攻を仕掛ける正義実現委員会の剣先ツルギ、そして。
「援護、感謝するわ。アビドスの生徒会長。」
「ん?…おー、話には聞いてるよー。ゲヘナの風紀委員長ちゃんだよね?」
近付いてきたヒナに軽い口調で返しながらホシノは黒獣が振るう剛腕に対し盾を構える。獣の腕が盾に触れる瞬間薄い膜の様な物をホシノが展開し、攻撃を受け止め、お返しとばかりに反撃の銃弾を攻撃した腕に向けて撃った。
そのショットガンの一撃はすさまじく、当たった部位を消しとばしていた。ヒナはそれを見て息を飲む、攻撃力、防御力共に現状の自分自身を上回っていることを確信したからだ。
「んー…、爆発したのにダメージ薄いな、とは思ったけど…再生してるのかぁ、厄介だね。」
「小鳥遊ホシノ、あなたならあれを倒せる?」
共に黒獣に攻撃しながらヒナはホシノに尋ねる。
「…十分な弾薬と時間があればいけるかな。けど、休まず攻撃当て続けないといけないし現実的じゃない。ナギサが復帰するのを待って一気に仕掛けた方が確実だね。」
黒獣は目の前のホシノを脅威と感じたか、排除しようと攻撃を仕掛けるも突如飛んでくる手榴弾による爆発に妨害される。
「シロコちゃん、ナイスだよ。…取り敢えず時間稼ぎをしよう、大丈夫、ナギサは絶対に戻ってくる。」
それは、深い信頼による確信だった。
どうしてあそこで躊躇ったのか、その結果が今、目の前に存在していた。
顔にまで流れる赤い線、意識はあるものの朦朧としているようで視線は定まっていない。
彼女の意識があることを確認し、ホシノが来た時に”私”から身体の操作権は返されており、今は”私”は沈黙している。
ミカさんが攻撃された瞬間、私よりも”私”の方が大きく動揺していた。基本、裏方に回り必要なとき以外に表に出てこない彼女が強引に体を動かすくらいには。
「ナギ…ちゃん?」
聞き洩らしそうになるほどに小さな、弱弱しい声でミカさんが口を開く。
「ミカさん…っ、ごめんなさい…私が…私がっ…躊躇ったから…。」
「うん、頭がくらくらするくらいだから、大丈夫…気にしないで。私が…勝手にしたことだから。」
私を気遣うミカさんの言葉を聞いて思わず彼女を抱く力を強くする。
「ん…、ねぇ…ナギちゃん。」
ミカさんはゆっくりと私の頬に手を伸ばし優しく撫でる様に触れる。
「ナギちゃんは…悩んでるんだよね?アレを…ううん、あの子を傷つけるんじゃないかって…そして。」
「あの子を助けたいって。」
戦いの最中あの黒獣は私を執拗に狙ってきていた。つまりはあの獣は意思があり感情がある。
なんとなく、あれが生徒のなれの果て、そして私の事を知っている相手なのではないかと、そう感じたのだ。
「ミカさんも…彼女が、人間だと、そう感じたのですか?」
そう言うと、少し顔を顰めながら不満そうにしたミカさんは口を開く。
「だって、執拗にナギちゃんの事狙ってたし、なんとなくだけどナギちゃんに重い感情を持った相手なんじゃないかなー…って思ったよ。」
話しながら視線はゆらゆらと揺れる、意識が曖昧なのだろう。本当ならこうなっていたのは私だったのに。
「ね…ナギちゃん。」
つ、と流れるミカさんの血液が私の手に触れる。
「セイアちゃんもだけどさ…もう少し我儘になっても良いと思う、いつもみんなの為に、誰かの為に色々やってるのは分かるよ。」
苦笑いを浮かべながら優しい口調でミカさんは続ける。
「ナギちゃんの思うままに、好きなようにやっていいんだよ。ナギちゃんがどんな選択をしたって私はそれを受け入れる。」
「だって、ナギちゃんは私の大切な友達だから。」
勿論セイアちゃんもね、と言いながら笑顔を浮かべる、痛いだろうにそれを感じさせない表情で。
その時、ふと後ろから突然気配を感じた。私はミカさんを抱きしめたまま振り返る。
「桐藤先輩!…み…聖園様!?大変!今すぐ処置を!」
そこにいたのはミカさんと少し違った桃色の髪の少女、私服姿ではあるが何故か救急箱を持っている、そんな彼女、鷲見セリナがなぜここに?
「えっと…鷲見…セリナさん…ですよね?どうしてここに?」
「あ…えっと…、ぐ…偶然近くを通りかかって…。」
私の質問から目を逸らしつつミカさんの手当をしていく手際は流石の一言だった。
「…ここではなくもう少し安全なところで安静にして欲しいのですが…。」
少し離れたところから銃撃と獣の咆哮が聞こえる。確かにここにいると巻き込まれる可能性があるだろう。
「取り敢えず聖園様の応急処置は済みましたが、脳震盪を起こしているようです。後で病院には行って欲しいですが、取り敢えず大事には至らないかと。」
「…わかりました。鷲見さん、ありがとうございます。」
大丈夫、と聞いてホッとする。セリナでいいですよ、と笑顔を向ける彼女とミカさんを安全な場所に移動させる為、取り敢えずあの子はホシノ達に任せ、移動することにした。
ミカさんの負担にならないよう、所謂お姫様抱っこのような形でミカさんを抱き上げる、その時にミカさんからあっ…という声が聞こえた、急に動かしたから痛かったのだろうか?
その場から移動しようと獣がいる逆方向を振り向くと、そちらから物凄い勢いで走ってくる見覚えのある戦車が。
「ハナコさん、ヒフミさん…。」
なぜ彼女達が…と思うものの、今、この状況からすれば助かったと言わざるを得ない。取り合えずあの戦車にミカさんを預けようとそちらに向かう事にする。
…何故か戦車の上にリオさんの部下であろうパワードスーツを装着した彼女と、砲塔に引っかかった見覚えのない少女に首をかしげながら。
自分は普通の女の子であるという認識を持っていた。かわいいもの*1が好きなどこにでもいる平凡な少女だと。
そんな私に戦車の運転に才能があるとも思わなかったし、戦車の運転について右も左もわからない私に教えてくれたナギサ先輩、初めは距離を感じたけど一緒に過ごしていくうちに笑顔が増えたハナコちゃん。はっきり言って外部交流会に入ろうと思った時は下心があった。けれど今は。
「…どうやら、先輩達が戦力を削いでくれたのもあって、こちら側もだいぶ優勢になったようです。問題は…。」
バイザーを付けているからか、はっきり表情は見えないものの、ハナコちゃんが顔を顰めているだろうことはなんとなくわかる。
こちらも初めは慌ただしかったものの、今は静かだ。正義実現委員会の羽川先輩とゲヘナ風紀委員会の銀髪ツインテールの少女が睨みあいをしたなんてこともあったけど、それどころではなかったからか今ではお互いに補い合うように協力し合っている。
「あんなものが、存在するなんて…。」
恐らくドローンでナギサ先輩達の様子を見ているだろうハナコちゃんが小さく呟く。
…これでいいのだろうか。
今まで普通の女の子として、常識の枠から外れるようなことはしてこなかった。けど外部交流会に所属してからいろいろな事があった。
ナギサ先輩の本来通っているはずだった学校、アビドス高等学校に行ったりもした。そこで会った十六夜ノノミちゃんとモモフレンズの話題で盛り上がった。そんな彼女は今、アビドスから来た護衛…って言っていた人と一緒に防衛戦に参加している。
色々な噂のせいでちょっと怖かったけど、私とナギサ先輩を再会させてくれた人、多分本当は優しい人。
聖園ミカ様、彼女はナギサ先輩と一緒に精鋭部隊に参加している。
スタイルが良くて、美人さんで頭も良くて。一見完璧だけど結構悪戯好きなハナコちゃん、彼女もこの戦車の装備でお手伝いをしている。
そんなハナコちゃんと私を見守るようにいてくれる人、暖かくて優しい人。
ナギサ先輩、綺麗でいかにも深窓の令嬢…と言った見た目なのにとっても強いらしい人、彼女からは貰ってばかりだった。新しい友人との出会いも、居場所も。
出会いからしてもそうだった。非売品の貴重なグッズを譲ってくれた。再販されてないレアものグッズを探しにブラックマーケットに行くとこっそり付いて来てくれる頼りになる人。
沢山貰っているのに何も返せてない、そのことに申し訳なさを感じる。
だから。
「ハナコちゃん。」
「…?どうかしましたか?ヒフミちゃん?」
「ナギサ先輩はここで待ってて、って言ってたけど…私、ナギサ先輩の助けになりたい。」
普段あまり自己主張が激しくない私が言った事が意外だったのか、ぽかんとした様子のハナコちゃん。
「こんなことになっちゃって、私も怖いけど…でも皆が怪我をしたりする方がもっと怖い。」
貰ってばかりだった、そしてここに来ても守ってもらっていた。
「だから私も、守りたい!」
あそこで戦っている、聖園様を、ナギサ先輩を。
ハナコちゃんは息を飲んでいるかのようにこちらを見ている。そして何かを考えているようだった。
「いいんじゃないかな?」
一緒に乗っていて今まで静かにしていた梔子さんが口を開いた。
「ナギサちゃんはいつも一番前に行こうとするの、危ない事があれば誰よりも先にって、その隣には大抵ホシノちゃんもいるんだけど…。」
あはは、と苦笑いしながら。
「アビドスが人手が足りなかったってこともあるけどね。私が頼りなかったから仕方がないんだけど。」
でもね、と。
「だからこそ、手を伸ばしてあげないとって思うんだ、内に溜め込んで一人で悩んじゃう子だし。」
懐かしそうに過去を思い出しているのか優しく笑う梔子さん。
「行ってあげて、こっちは私達でなんとかするから。」
私は戦力にならないけど、と苦笑し、ノノミちゃん、降りるから手伝って―!と声を張り上げる。
ノノミちゃんの手を借りて戦車から降りながら、梔子さんはそうだ!と手を叩く。
「エージェントさんも手伝ってあげて?私は大丈夫だから!ノノミちゃんの護衛さんはね、とっても強いんだよ、私はその子に守ってもらうから。」
近くにいたエージェントAさんにそう言うとエージェントAさんは困ったようにしていたが。
「…という事なのですが…ええ、はい。成程、データ採取…と。了解。」
しばらく誰かと話をしている様子だったエージェントAさんが口を開く。
「私もお供させていただく事になりました。よろしくお願い致します。」
話が纏まったのか同行してくれるようだ。彼女はとても強いらしい、頼りになる人が来てくれてよかった。
「ヒフミちゃん、ナギサ先輩の事…よろしくお願いします。」
梔子さんを降ろす手伝いをしていたノノミちゃんの声が聞こえる。私はうん、と返した。
周りから人がいないのを確認しハンドルを握る。
「お願い、あなたもナギサ先輩の助けになりたいでしょ…?だから!手伝って!」
この戦車にはAIが宿っているらしい、私の言葉に答えるかのように、今まで静かだった車体から唸るような音が響く。
戦車と一体になったかの様な感覚、使いこなして見せろとでもいうかのように手に握るハンドルが軽くなった気がする
「ヒフミちゃん、皆で無事に帰りましょう。」
ハナコちゃんの声に小さく頷き返し私は戦車を発進させる。
そして、私達の意思に答えるかのように、初速から凄まじい速度で戦車はナギサ先輩達の下へと向かった。
戦車に向かった私達は砲塔に引っかかっていた少女…どうやらホシノ達が乗ってきたあの爆発したトラックに乗っていたらしい。吹き飛んだ先が猛スピードで走る戦車の砲塔だったようだが…それで怪我が無いのは凄い。
その少女の名前を聞いて私は驚いた。
「陸八魔アルよ、今回は傭兵として参加させていただくわ。」
と言った後、メガネを持ち上げるかのようなしぐさをした、そこにメガネなどなかったが。
そして私が抱いているミカさんを見ると大きく目を見開いた。
「その子…聖園ミカ…さん…?」
「え?…ええ。知り合い…ですか?」
なぜゲヘナ生である彼女がミカさんの事を知っているのだろうか?
彼女は傷だらけのミカさんの様子を見て口を開く。
「ふぅん、やったのはあそこで暴れてるデカブツ?」
黒獣の方向を向いて目を鋭く細める、その姿は確かに未来の女社長の風格を感じる。彼女はうちの未来の社員候補に、いい度胸じゃない。と低く小さな声で言葉を口にした。
「あんなのと戦うのは想定外だけど…まぁいいわ。」
彼女は…持っている銃からしてスナイパー…戦車から援護をお願いすることにする。動く戦車から狙う事になるだろうが…彼女なら恐らく大丈夫だろう。
そしてエージェントA。
「アビドスからの護衛が到着したとの事なので、護衛対象はそちらに引き継ぎ、私はあなた方の援護をすることになりました。よろしくお願い致します。」
彼女の火力は頼りになる、正面を請け負ってもらう事になるだろうか。
「ね、ナギちゃん。」
ミカさんはふらつきながらも、もう自分の足で立てるようだ。そして私の手に手渡されるものは、銃のマガジン。
「アレ、使って。ナギちゃん自分の銃どこかに飛ばされちゃったでしょ?今の私が居ても足手纏いだから。その代わりに。」
指を指した先にあるのは彼女の愛銃、私に使いこなせるかは分からないが…今は時間が惜しい。使わせてもらう事にする。
そこに足を進める私、背後からミカさんの声。
「あなたの心の思うがままに、きっとそれがあの子の救いになるから。」
祈るように手を合わせたその姿は絵画の聖女のようだった。
役者は揃いました。次回決戦。
信頼により絶対に復帰すると確信を持ってる相棒、ホシノ。
普通の少女を自称する、心に主人公の様な輝きを持つ後輩の少女、ヒフミ、一応ユメ以外のアビドスメンバーとは出会ってるという事で。それと普通の少女はブラックマーケットに行きません。
ギャグ漫画のような登場ながら義に熱いアウトロー(仮)、アル。
なんかヒロイン力が増加してしまったお姫様、ミカ。
次回辺りで事件解決まで行きたいです。