あくる日にティーパーティーホストであるナギサに一言断りを入れてからテラスを後にした彼女は、大きめの紙袋を複数個抱えながら目的地へと小走りで歩を進める。
着いた先は正義実現委員会が所有する建物があり、彼女は迷うことなく扉を数回ノックして応対を待っていると、ゆっくりと扉が開かれて前髪で目元が隠れた少女が顔を覗かせる。
「はい、どちら様でっ――――ってフェリ様!!?」
少女は相手がティーパーティー補佐であることを視認すると驚愕した声を上げ、慌てて身嗜みを確認すると扉を開け放って彼女を迎え入れる。
「いつもよりお早いですねっ、今日はどうされたんですか?」
「ハスミさんに用事があって、早めに来たんですけどおられますか?」
そわそわと落ち着かない様子で質問の答えを口にする彼女を見つめていた少女は、困ったように眉を下げながら緊張した面持ちで返答する。
「ハスミ副委員長は今しがた、騒動の鎮圧に向かわれました。でっ、ですがすぐに戻られると思いますので中でお待ちくださいっ!」
「あっ、だったら先に渡しておくね?他の委員の子達と分けて食べて、少し作りすぎちゃったから」
そう言って抱えていた紙袋の何個かを彼女が手渡すと、恭しく受け取った少女は中身を確認すると目を輝かせる。
「これは、お菓子ですか?ありがとうございます!ってあれ?今作りすぎたって、もしかしてこれ・・・フェリ様の手作りですか!?」
「えっ、うん。ハスミさんに作ってきたんだけど、張り切りすぎちゃって・・・余らせるわけにもいかないから、消費を手伝ってくれないかな?」
「ぜひっ!ありがとうございますっ、家宝にします!!」
「できれば食べてほしいかな?」
少女の発言に苦笑を浮かべながら建物に足を踏み入れた彼女は、他の委員の少女たちから視線を向けられていることに気付いて軽く手を振って見せる。
「えぇっと、フェリ様っ!いつも通り応接室で待っていてください、案内しますっ!」
少女たちが黄色い声を上げる様子を不思議そうに眺めていた彼女は、遠慮がちに袖を引かれたのでそちらに顔を向けると首を傾げつつ口を開く。
「応接室なら場所はわかってるから、大丈夫だよ?」
「わかりました、こちらです!」
「・・・あれ?」
応対してくれた少女の申し出をやんわりと断った彼女だが、それを意に介さず紙袋を他の委員へと手渡した少女は彼女を手招きして先導を始める。
自身に向けて視線を向け続ける少女に根負けした彼女はついていく形で応接室へと足を踏み入れると、促されるままにソファに腰を下ろした彼女は視線を感じて少女に顔を向ける。
「えぇっと、私の顔に何かついてる?」
「へっ!?いえそのっ、そういうわけではなくてですね・・・!」
言い淀むように口元をもごもごと動かす少女に疑問符を浮かべていると、グッと口を固く結んだ少女が覚悟を決めた様子で重々しく口を開く。
「フェリ様は今週末、空いてますか?」
「今週末・・・はまだ用事はないかな、それがどうかしたの?」
彼女の返事を聞いた少女は不安気だった顔を明るく綻ばせ、少しだけ前のめりになりながらも逸る気持ちを抑えつつ声を掛ける。
「でっ、でしたら今週末は私とお出掛けしまっ「その日は私と用事があるから、無理っすよ?」――――へ?いっ、イチカ先輩!?」
突然背後から割り込むように声が掛けられたことに少女は疑問符を浮かべながら振り返ると、自身の組織の上司である『仲正 イチカ』の登場に驚愕の声を上げる。
「? イチカさん、そんな予定あったっけ?」
「何言ってるんっすか、この前買い物に付き合ってくれるって言ったじゃないっすか」
「え?でもその日程はまだ・・・」
「今、決まったんすよ」
不思議そうに問い掛ける彼女に歩み寄ったイチカは、ニッコリと笑みを深めながらそう告げると少女に向き直る。
「そういうわけっすから、フェリとのお出掛けは諦めてほしいっす」
「な、なるほど・・・それなら、仕方ないですね」
シュンッと落ち込んだ様子で声を漏らす少女の姿に少しだけ胸が痛んだイチカがフォローしようと口を開く前に、俯きかけていた顔を上げた少女は胸の前で握り拳を作ると声を上げる。
「でしたら来週、それが駄目なら再来週は空いていますか!?」
「あっ、割とタフっすね・・・さすがはウチの後輩っす」
逞しい後輩の様子に苦笑を浮かべながらも、負ける気はないと自身の心を奮い立たせるイチカであった。
イチカに来賓の応対を引き継いだ少女が会釈をして応接室を後にするのを見送った彼女は、隣に腰掛けたイチカに視線を向けると笑みを深めて肩が触れ合うほど身を寄せられる。
「イチカさん・・・近くない?」
「そうっすか?これぐらい普通っすよ・・・まぁ、下心がないわけじゃないっすけど」
「? あっ、そういえばマシロちゃんたちを見なかったけど・・・ハスミさんと一緒に騒動の対処に向かったの?」
ポツリと呟いた言葉を聞き取れずに首を傾げていた彼女は、ふと疑問に思ったことを口に出してイチカに尋ねる。
「・・・・・・マシロはハスミ先輩と一緒に向かっていて、ツルギ先輩は待機しているはずっすけど?」
「そうなの?でも姿が見えなかったけど、どうしたんだろ?」
別のことに意識を向けていた彼女は気付けなかったが、薄っすらと瞼を開いて捕食者のような鋭い視線を向けるイチカの変化に・・・
「先輩たちはすぐに戻ってくるからいいじゃないっすか、それよりも今は目の前にいる私を見てほしいっす」
「ちゃんと見てるよ?イチカさんがいつも頑張ってるのも、こうして私の側で退屈させないように一緒に居てくれる優しさも・・・気付いてるつもりだったけど、違った?」
真っ直ぐに真剣な表情を向けてくるイチカに、彼女も引き締めた顔で向き直って嘘偽りのない返事をする。
「っ――――はあぁぁ~っ・・・そういうところっすよ、ほんとにもうっ」
彼女の真剣な瞳と言葉に心臓が跳ねるのを自覚したイチカは頬を朱に染めて顔を逸らし、頭を掻きながら彼女に対してのタメ息を吐いて顔に集まる熱を冷まそうと試みる。
「え、えぇ・・・?私何か変なこと、言ったかな?」
それを耳にして呆れられたと勘違いした彼女は困惑したような声を上げ、その姿を目にしたイチカは自然と口角が上がるのを認識して笑いを零す。
「まっ、フェリだから仕方ないっすよね・・・そんなフェリだからこそ、惹かれてるんすけどね」
「むぅ・・・なんだか、釈然としないっ――――うんっ?」
納得していない様子で声を漏らしていた彼女だが、応接室の扉が叩かれたことに気付いてそちらに顔を向ける。
「すみませんっ、遅くなりました・・・!ってあら、イチカ?どうして貴女がフェリさんと一緒に?別の騒動の対処に向かったのでは?」
応接室に足を踏み入れた正義実現委員会の副委員長であるハスミは、彼女の他に人影があることに気付いて思ったことを問い掛ける。
「えっ、あぁ~・・・そうだったっすね、忘れてましたっす。それじゃあフェリ、今週末楽しみにしてるっすよ」
視線を逸らしながらそう言い残して足早に応接室を後にするイチカを見送ったハスミは、思うところがあるが今は一旦置いておいて来賓へと意識を戻す。
「イチカのことは後ほど考えるとして・・・フェリさん、例の物はご用意いただけましたか?」
「はいっ、こちらです」
傍らに置いていた紙袋を持ち上げて差し出す彼女に、ハスミは軽く頭を下げながら受け取ると中を確認して頬を緩ませる。
「ありがとうございます、最近スイーツを食べすぎてそのっ・・・ともあれこれで我慢せずに済みます、本当にありがとうございます。フェリさん」
「カロリーが控えめなだけで、食べ過ぎるとあまり意味がないですよ?・・・聞いてますか、ハスミさん?」
楽しみに胸を躍らせるハスミの耳には彼女の声は届いておらず、その様子に苦笑を浮かべつつ委員の上司であるツルギがどうにかするだろうと考えて口を噤むことにした。
応接室を後にした彼女はハスミから報告書などを受け取り、正義実現委員会の建物を出ようとする彼女に気付いた愛銃の手入れをしていた委員の一人の『静山 マシロ』が声を掛ける。
「あっ、フェリ先輩。さっきイチカ先輩が走って出て行きましたが、何かあったんですか?」
「お仕事があるのを思い出した、って言っていたけど?」
彼女の言葉を聞いて全てを察したマシロは納得したように頷きを見せ、愛銃の手入れを中断して応接室から彼女と一緒に出てきたハスミが浮足立っている様子を一瞥する。
「・・・ところでフェリ先輩、今お時間大丈夫ですか?」
「ナギサ様に許可は頂いているので、まだ少しだけ時間には余裕があるから大丈夫だよ?」
「でしたらいつも通り、正義についての話し合いをしませんか?フェリ先輩の作ってくれたお菓子を食べながら、どうでしょうか?」
「うん、いいよ。それじゃあ紅茶を淹れようか?」
彼女の言葉にマシロは嬉しそうに顔を綻ばせると、愛銃の手入れを手早くしっかりと済ませて彼女との会話に花を咲かせる。
「フェリ」
マシロと正義談義から近況報告などに話題が変わってきた頃、自身を呼ぶ声に顔を向けた彼女の視線の先には正義実現委員会の長であるツルギの姿があった。
「ツルギさん、ひゃわわっ・・・何か、あったんですか?」
無意識の内に彼女の頭に手を伸ばして優しく撫で回していたツルギは、ハッと気を取り直すと彼女の髪を手櫛で整えながら口を開く。
「フェリ、あまりハスミを甘やかさないでほしい」
そう口にして手に持っていた紙袋を彼女へと手渡したツルギに、首を傾げながら紙袋を受け取ると中を確認して苦笑を浮かべる。
「食べ過ぎたら意味ないって伝えたんですけど、あはは・・・」
「これは・・・お菓子、ですか?先程委員の子たちが食べていたものと同じですけど・・・あ」
紙袋一杯に詰まっていたお菓子が三分の一にまで減っていることに乾いた笑いを漏らし、隣から紙袋を覗き込んだマシロは何かを察した様子で声を漏らす。
「それで、ハスミさんは?」
「奥の部屋で反省させている、少しは堪えているといいが・・・」
「それは・・・」
言いにくそうに言い淀む彼女の様子に同じ気持ちを抱いていたツルギはタメ息を吐き、穏やかな心を取り戻すために再び彼女の頭を撫でる。
「とにかくまたハスミに頼まれても、断ってくれると助かる・・・キヒヒッ」
「んぅっ・・・わかりました、極力断ることにしますね?」
「そうしてほしい・・・キヒャッ、キヘヘヒャヒャヒャッ!」
くすぐったそうに身を捩りながら了承の返事をして微笑む彼女に、気持ちの昂ったツルギは笑い声を上げながら少し乱暴に彼女を撫で回す。
「(多分フェリ先輩がハスミ先輩のお願いを断るのは、無理だと思うんですけど・・・)まぁ、なるようになるか」
二人のやり取りを眺めていたマシロの予想通り、ハスミの困っている姿に絆されて手作りお菓子を手渡してしまいツルギにまたもお叱りを受けてしまうのだが・・・それはまた別のお話である。
正義実現委員会の建物を後にした彼女は、手に持った紙袋へと視線を向けると顎に指を当てて思考を巡らせる。
「(ナギサ様たちにはすでにお菓子は渡してるけど、さすがにあれ以上は食べられないと思うし・・・かといって私だけで食べるにしても、多いよね)・・・うぅーんっ、どうしよう」
独り言を呟きながらティーパーティーの待つテラスへと足を向ける彼女は、考え事が纏まらないままに目的地に向かって歩みを進めるのだった。
一方その頃、トリニティ・テラスでは――――
「フェリ、遅くない?」
「さっき出て行ったばかりだろう、束縛しすぎると嫌われるよ」
彼女の手作りお菓子を口に運びながら零したミカの呟きに、呆れた表情を浮かべつつ言葉を返したセイアは紅茶に口をつける。
「束縛については、セイアさんも人のことを言えないのでは?」
「そういうナギサもだろう?っというか、私たち三人はお互いのことをとやかくは言えないか・・・時にナギサ、君・・・紅茶を飲み過ぎじゃないかい?」
指摘を受けたナギサはキョトンとした様子で口をつけていたカップをソーサーに戻し、顎に手を当てて少し思考を巡らせてから疑問符を浮かべつつ口を開く。
「そうでしょうか?いつもと変わらないように思えますが・・・」
「さすがにそれは無理があるだろう・・・フェリのお菓子が紅茶に合うのは認めるが、一つにつき一杯はさすがに飲み過ぎだ」
「その点は問題ありません、このフェリさんお手製のお菓子はカロリーを抑えめに作られているそうです。ですから、少々食べ過ぎても問題ありません」
少しだけ胸を張りながら告げるナギサを尻目に、セイアとミカは視線を交差させると呆れた表情を浮かべてナギサに向き直る。
「さすがに限度があると思うよ、ナギちゃん?」
「お風呂上りに体重計に乗って、絶望する姿が目に浮かぶよ」
二人の呆れを含んだ声色を聞き流しつつティータイムを楽しんだナギサは、数時間後の自室で悲哀の籠った叫びを上げることになったのは言うまでもないのだった。
フェリ:ティーパーティーの面々を支えるために家事スキルも備えている、手料理を他組織に振る舞うこともある。
正義実現委員会:委員長は彼女のことを小動物のように可愛がり、副委員長は自身の為に行動してくれる彼女を妹のように想い、イチカは静かな捕食者のように虎視眈々と彼女の気持ちを振り向かせようと狙い、マシロは先輩たちを応援しながら狙撃手のように密かに彼女の心を狙っている。
ティーパーティー:カロリーが控えめだからと言って、食べ過ぎたら意味ないんだよ?