波の竜と地の竜が激突。一瞬の油断も敗北に繋がってしまう高度なやり取りが幾度と無く繰り広げられ、地震に隕石と、災害レベルの現象が発生していた。
一方でソウに同行していたウェンディ。
時は戻り、数分前に突如現れた謎の少女、サンディーに手を引かれたその先でウェンディは二人の戦闘風景を目にするのであった。
◇◇◇
観戦の間。
「な、何でしょうか………これは………」
小さい部屋のような場所。
状況が飲み込めないまま赤髪の活発少女に手を引かれたのは数分前。魔法の扉をくぐった先でウェンディはその光景を目にした。
何もない宙に画面が映し出される。二人の魔導士が画面いっぱいに動き回る映像がひたすら続いた。
ソウとジュン。
初めて目撃する兄の戦闘する姿。本来であれば、勇ましいその背中に憧れを抱くのが妹として有り得る可能性の一つとしてある。
だが、現在のウェンディは呆然としていた。
理由は至極単純。見えない。
映像に映るソウらしき人影は画角に入れば、一瞬の出来事のように画面外に出てしまう。ジュンも同様。フレーム自体も常にぶれぶれに揺らぎ、この映像だけではとてもじゃないが向こうの戦況が分からない。
それだけではない。轟音があちこちから轟き、衝突音も間髪なく鳴り響いていた。
災害以上の光景がそこにあった。
「え?これ?
「い、いえ………そうではなくて………」
「中身の方?ソウとジュンが戦ってる様子を中継してるんだよ。あっ、被害は此処にいたら絶対に来ないから安心して!」
サンディー、と名乗った彼女。
先程のやり取りで自分は上手く説明の任を果たせたと自信が付いたのか、ふふんと小さく鼻息を漏らしていた。
と、気が付けばサンディーは魔水晶映像の観戦に集中し始めた。ウェンディはそっと彼女を観察する。
冷静に改めて見れば、サンディーもまた竜の匂いがする。少なくとも滅竜魔導士かそれに近い存在だとは断言できる。
「あの、そろそろ………」
「ん?」
「いえ………何でもないです」
奥手な自分に嫌気が差す。
もっと詳細な情報を要求したいが、夢中になって映像を観るサンディーの邪魔をするのは億劫になってしまうウェンディ。
この静かな冷戦は映像越しのバトルが開始されてからずっとである。
「もうそろそろ私達もかな」
ひやりとした空気が流れる。
物騒な呟きをしたサンディーは無邪気な笑顔と一緒にウェンディの側に近寄る。
ウェンディは一歩引いた。
「初めまして!私の名前はサンディーだよ!見ての通り、海の滅竜魔導士でもあるからよろしくね!」
「サ、サンディー………さん」
「サンディー!呼び捨てで呼んで?折角の女の子同士なんだし」
「わ、分かりました………」
「敬語も駄目!」
「う、うん!!」
ピシッと伸びた指先。
ウェンディの口元に当てられる。素直に頷く他選択肢はない。
「貴女の名前は?」
「えっと………ウェンディです。天空の滅竜魔法を使います………」
「ウェンディだね!よし覚えた!」
「うわっ!!えっ!?えっ!?」
両手を握られた。
そのまま上下に振られてしまい、何をすれば正解なのか不明なまま、ウェンディはあたふたとする。
そして、それは数分続いた。
ようやく解放されたかと思えば、サンディーは魔水晶を指差す。不思議に思いながらウェンディもそちらに視線を向けた。
「ソウからは何処まで聞いてるの?」
「あの、聞いてる、とは?」
「あれれ?私が間違ってるのかな?」
正直に答えたウェンディ。
その返答はサンディーにとって想定外だった。頭を傾げては情報の差異が起きた原因を探し始める。
一方で。
ウェンディは様子を伺う事しか出来ない。
ギルドを出た瞬間にワープ現象に遭遇したのだから、説明する暇がないも同然。現に自分のいる場所すらも謎のままなのだ。
真っ白に囲まれた部屋。唯一ある扉は方角的には北に位置する。それ以外家具らしき物は一切ないという寂しい配置となっている。
テレビ代わりの魔水晶は戦闘風景をずっと中継している。
「まぁいっか!さて、ウェンディ!」
「ふぇ!?」
急な大声にウェンディが驚いた。
既に難しい事は御免、とばかりにサンディーは原因解明を放棄していた。
「ソウから説明を任せられてたから簡単に言うね!まずはこの場所についてかな。ここは魔法によって造られた特別な場所。部外者が侵入する事は絶対に無い不可侵領域でもあって、こちらから招待しない限り、ここには来れないんだよ」
「はぁ………?」
「その魔法を使える人は今は居ないけど、ソウとウェンディは招待されたってこと!」
「私達が招待されたのは何となくですけど分かりました。でも、どうして私とソウさんが?」
「敬語!!」
「ご、ごめんなさい!私とソウさんが選ばれた理由が知りたい………かな?」
「理由?それもソウから聞いてないの?」
ウェンディは思考する。
ふと思い描いたのはギルドから二人で旅をする理由となった、あの一言。
『記憶を取り戻しに行こうか』
これ、では無いだろうか。
確証はない。が、ウェンディはそっと口にその言葉を出してみる。
「記憶………」
「うん。そうだね」
「ソウさんの記憶があるの!?」
だとすれば。
ソウが戦闘に力を入れるのも分かる。ソウが過去に無くした記憶が目の前にあるのだから。
「その件に関しては私もあまり知らな~い。教えてもらえないし。でも、これだけは言えるよ」
「はい」
「ソウの記憶………それを取り戻す鍵となるのはこの空間を造った人、つまり"師匠"だってこと」
「そんな人が………」
「悪役とかじゃないよ?私も普段からお世話になってるし、優しい人だから安心して?………多分」
「サンディーはその人を知ってるの?」
「うん。というかウェンディの後ろに居るよ?」
「えっ!?」
慌てて振り返る。
と、ウェンディの背後には着物を着こなす小さな銀髪少女がこちらを見ていた。
不敵な笑みを浮かべる少女の存在にウェンディはサンディーが指摘するまで全く認識すら出来ていなかった。
「ふふ………何を隠そう妾が―――」
「師匠だよ!」
「ふがっ!?大事な所をとるでないわ!どうしてくれるんじゃ!!」
「わぁ~!ごめんなさ~い!!」
「えっと………」
手に握る扇子でピシピシと。
本人の名乗る場面を見事に奪い取ったサンディーの頭に幾度と無く振り下ろされている。
サンディーよりも一回り小柄な師匠。
それでもなお扇子が頭に届くのは師匠自体が宙に浮かんでいるからでもある。魔法らしき跡は見えない。
蚊帳の外へと追い出されたウェンディ。
サンディーが涙目になるぐらいにはやり遂げた師匠はウェンディへと視線を向ける。
「ウェンディとやら、すまんの。この阿保が悪いのじゃ」
「阿保って言った方がアホー!」
「黙っとれ」
「ふぎゃあ!!」
「そんなこと無いです!!………って、あれ?私の名前………」
「妾が知ってるのがそんなに不思議かの?当たり前じゃろ。お主らをここに呼んだのも妾なのだぞ?」
「あっ………」
すっと納得する感覚。
「さてと、妾が目を離した隙にはもうあの馬鹿ども二人は闘っておるし。どこから話したんもかの………」
「だったら、まずはソウの記憶について教えたら?」
「何じゃと?ソウのか?」
師匠は目を瞑り、唸る。
ウェンディもうずうずとその様子を見守る。兄の記憶が戻るという成果が何よりなのだ。
「はい。その為に私達は来ました」
「そうかい………まさかそんな副作用があったとは。じゃとすれば、今のソウは何処まで覚えとるか分かるかの?」
「えっと、恐らくここ数年は覚えてるそうですが、それ以降は………」
「覚えとらんと。意外と面倒じゃの」
「何で?師匠が持ってるんじゃないの?」
「やっぱり、お主は阿保か。人の記憶など人が管理出来る訳がなかろう」
「ぶぅー!師匠ならやっててもおかしくないもん!」
事は複雑に。
師匠の口から漏れた副作用という言葉も少々気掛かりではある。
残念ながら師匠だけで解決への糸口は無いそうだ。だが、全ての道が閉ざされた訳ではない。
「ウェンディ」
「は、はい!」
「真にソウを思うのであれば、妾は止めたりはせん。じゃが、これだけは覚えとれ」
―――記憶の在処。
「ソウが記憶を取り戻したとなれば………その時、世界はソウの手によって滅びるかもしれん、とな」
あまりにも嘘染みた師匠の助言に嘘とは思えない師匠の雰囲気。
物語はより深い闇の方へ。
ウェンディは返事が出来なかった。
3-4 へ続く。
裏設定:ソウの記憶
→無駄に伏線を張ってはいますが深くは考えないで良いです。回収する前にバレるのが恥ずかしいので。ヒントは時々ちりばめときますけども。