ソウ対ジュンの激しいバトルが行われる一方でウェンディは今回の目的である人物との接触に成功していた。
だが、決め手となる情報は無い。だが、その手掛かりとされる情報の入手には成功したのであった。不安な要素もまた一緒に。
◇◇◇
観戦の間。数分後。
「おっと………バトルが終わったようじゃの」
画面が静寂に包まれる。
やがて、地面に仰向けに寝転んだ二人の姿が表示される。どちらも全身ボロボロだ。
ソウの口がもぞもぞと動いた。小さいので音声としてはこちらまでは届かない。
「え?もう?」
サンディーの本音が漏れる。
それもその筈。戦闘時間にしては約五分程度しか経過していない。あんなに派手な暴れていたのにも関わらず、だ。
そんなサンディーとは対称的とばかりに師匠に驚いた気配はない。あっけらかんとした態度を見せている。
「両方とも最初から魔力全開でやってたからのう。力尽きるのも一瞬じゃ」
「うわぁお」
画面がくっきりと映し出される。
寝転ぶ二人から一定の範囲を外に出れば、寸前の記憶が跡形もない景色となっていた。元々何もない空間に戦闘の残骸が大量発生していた。
そして、二人はそんな場所に居ながらも笑っていた。笑顔を浮かべていた。
「あれも毎回じゃの」
「見てる方は険悪な感じになるかひやひやするだけなのに結局は仲直りだもんね~」
「どういう………?」
「昨日の敵は今日の友!」
「そもそもあやつらは何の為にやっておるんだったかの?」
「それは………ソウさんの記憶を取り戻す手伝いをしてもらおうと………」
「だとしたら、無駄足じゃったの」
「え?」
「え?―――じゃなかろうが。お主にはもう伝えた筈じゃ。妾にはソウに過去の記憶を思い出させる手立てはないとの」
「と言いつつ、知ってる事はちゃんと教えてくれる師匠はやっぱりツンデレ!」
「………こうじゃな」
「痛ぁい痛ぁい!!ごめんなさぁーい!!」
師匠はきっぱりと告げた。
だが完全に無駄足ではない。師匠はあくまで参考程度と前置きを立てつつも有力な情報らしき物も幾つか提供してくれていた。
一つ。ソウの記憶について。
記憶自体が消失した可能性は低い。所謂、金庫に記憶を入れられ外から鍵を掛けられた状態のような物だと。
二つ。鍵となる存在。
明確に形として実在するとは限らない。あやふやな定義だが、何かしらの行動や景色、または魔力でふと記憶が戻る場合もある。
三つ。最有力候補。
手っ取り早いのはソウの過去において印象深い場所を訪れる方法。中でも、ソウの育て親であるドラゴン所縁の地がギルドからは少々遠出となるが、存在するとのことだ。
「ありがとうございます。これだけでもう十分過ぎる程です」
「………ソウが記憶を失ったのも妾が関与してるせいかもしれんからな。気にせんで良い」
「い、今、何と………?」
正確に聞き取れなかったウェンディ。
だが、師匠は再び同じ台詞を口に出す様子はない。
「妾はあいつらの元に行くが、来るかの?」
「私も行く!!勿論、ウェンディも付いてくるよね!?」
「う、うん!!」
情報共有は大切だ。
一刻も時間は無駄にはしたくない、とそそくさに移動を始めた師匠とサンディーの背中を追うウェンディ。
と、唐突に歩みを止めた。
ウェンディの頭にとある疑問が過ったからだ。このままソウの記憶を追い掛けても良いのだろうかと。
師匠は言った。ソウの記憶が世界の安栄と関わっているらしい。他人の言葉を鵜呑みにするのは不味い。だが、師匠が嘘を付いているようには思えない。
自分を思い出してくれるのはとても嬉しい。一方で、多くの人々が危機的状況の到来ともなれば躊躇せざるを得ない。
―――自分か、世界か。
天秤にかけるには不平等な二つ。
ソウと過ごした日々は今でも鮮明に振り返れるウェンディにとっては悩ましき問題。
「ウェンディ~?」
「ごめんなさい!今行きます!」
目まぐるしい思考も一旦、中断。
あそこからワープでもするらしい。懸命に手を振って居場所をアピールしてくれるサンディーの元にウェンディは駆けていくのであった。
◇◇◇
戦闘の間。
「そっか………ここに無いんだな」
短絡的に告げたソウ。
そこに落胆の姿はあまり見られず。まるで予感でもしていたかのようにすんなりと返事していた。
記憶について、ウェンディは話したのだ。
一言一句、言い忘れがないよう慎重に、先程の知りうる全てを吐き出すかのように。無論、世界の危機に関わる可能性についても。
そして、聞き終えたソウは多大な消耗によって疲労困憊であったのでまずは息を整える。
次に言ったのは―――
「帰るか、ウェンディ」
「は、はい!―――え?帰るんですか!?」
元気よく返事したのは良かったが。
ふとその言葉の意味を理解し直して、ようやく気付く。既にソウにとって、この場所にいる意味は無いらしい。
「ジュン」
ソウが呼ぶ。
「おう?」
対して、ジュンも視線を向けた。
「分かったら、教えてくれ」
「………そっちこそな!」
不敵に笑ったジュン。
嘘偽りのない満面の笑顔にソウも軽く頬を上げる。
ジュンが右拳をつき出す。
ソウも拳を出し、こつんと合わせた。
「ところで最初の約束の件はどうすんだ?」
「うん?あぁ………それか。無しで」
「んなっ!?何故だ!?」
「ジュンの力を借りなくとも、ウェンディが代わりにやってくれたから。つまり、お前はもう用済み」
「くっ!!その手があったか………!!」
仰向けにジュンは寝転ぶ。
今回の目的はソウの記憶の情報収集。
そして、それを知っている可能性のあった師匠にアポを取るつもりで訪問した。その道中でジュンに助力を頼む予定だった。
だが結果は、ソウの代役が記憶に関する質問を師匠にしており、簡単に回答が返ってきてしまった。こうなれば、ジュンの手を借りる必要は微塵もない。
そもそもジュンの協力者である筈のサンディーが即座にウェンディの援護に回ってた時点でソウとジュンの戦闘する理由は消滅していたに等しい。
別にジュンかサンディー、どちらでも良かった。師匠と話さえ出来れば、満足なのだから。
「まぁ久しぶりに魔力を発散出来たから満足だよ、俺は」
「だな。オレもだ」
「流石にこれをあっちでやる訳にはいかないもんね………」
「程ほどにしとくんじゃの、お主ら」
二人のバトルは壮絶を極めた。
その惨状ぶりは少し前まで何もない空間であった此処がまさに証明している。
クレーターがあちこちに発生。ひび割れてもなお人間以上の大きさを誇る岩石が無数に放置されている。軽く見ても、街一つは崩壊していそうなレベルだ。
サンディーはたまらず息を飲む。
師匠はやれやれとばかりに首を振った。
「ソウよ。やはり、もう帰るのか?もう少しぐらいゆっくりしていけば良いではないか」
「嬉しい提案ですが………残念ながら、今回は遠慮させて貰おうかと。今はとにかく時間が惜しいので」
「そうかい」
「すみません。折角、来てくれたのにも関わらず」
「いいや、これぐらい構わん。時間がないのなら、妾からは一言だけ。その子は必ず守るのじゃぞ」
師匠とソウの会話を端から眺めていたウェンディ。唐突に名指しされ、肩がビクッと震える。
ソウとウェンディの目が合った。
数秒間、固まる。そして、ゆっくりとソウが瞼を下ろす。
「えぇ、勿論」
再び見開いたソウの瞳。
迷いなど微塵もない、決意に全てを任せたかのような真っ直ぐな瞳であった。
見届けた師匠。どこか怪しい雰囲気を醸し出し始めた。
「なら、用意はもう完了じゃな?」
「用意………?」
「お願いします」
ふとした疑問も余所に。
行くぞ、と師匠が口にした瞬間、ふわりとウェンディは浮遊感を感じた。
慌てて視線を足元に向ければ、先程まで踏み締めていた地面が消失。
代わりにあったのは真っ暗闇の穴。
「へ………?」
そして―――浮遊感。
「きゃぁぁああ!?」
「ウェンディ、俺の手を掴んでくれ」
「は、はい!!」
覚悟を決める暇すら与えない。
無慈悲な急行落下に悲鳴を上げるウェンディであったが兄であるソウが冷静にすぐに右手を差し伸べる。
ウェンディがその手を掴むと同時にソウはぐいっと自らの体に引き寄せた。優しく、それでいて力強くウェンディを包み込む。
「はわわわ………」
理解不能。ウェンディの目がぐるぐる。
気持ち悪い浮遊感に襲われたかと思えば、ソウに抱えられているという謎の状況なのである。
昔から知る懐かしい匂いにホッとしている場合ではない。
「普通に帰してくれたらいいのに。これ、毎回なんだよな………」
ソウのぼやきを最後に。
二人は真っ暗闇の底知れぬ穴へと落下していくのであった。
◇◇◇
地上。
「んしょ、と」
視界が空けた。消えた光が元に戻る。
奇妙な浮遊感を味わってたウェンディであったが、ふとその感覚が消失した事に気付く。
何事かと、目を開ければ。
「ここは………?」
「マグノリアからちょっと離れたとこかな。こっちに帰還する時は人目につかないところに出されるから」
「あっ、本当ですね………」
ソウの説明に納得する。
見覚えのある景色にウェンディは一先ず安堵の息を吐いた。
そして―――あれ?と首を傾げる。
記憶の最後ではハグのまま落下した筈。なら、何故私はお姫様抱っこの状態なのだろうか。
「あ、あの………!!」
「ん?」
「その、下ろして頂けると………はい」
「あっ。すまんな」
すんなりと足を地に立つウェンディだが頬はちょっと赤みを帯びつつある。
彼に見られないようにと適当な動作でその場を誤魔化す。
「さて、ウェンディ」
「は、はい!!」
「そんなに緊張しなくても………大丈夫?」
「私は全然平気だよ?」
「なら、良いけどさ………」
腑に落ちない様子のソウ。
でも、それ以上の追及はしないみたいらしい。我がギルドの方へと歩みを進める。
「妖精の尻尾に帰るか」
「はい!!」
波瀾万丈の出逢い。
これが後にとある事件の中で重要な鍵となる事実をこの時は誰も知らないのであった。
-3- 終
*次から原作に戻ります。