転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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※※※注意※※※
※※※書籍版三巻を読んでここに来た方へ※※※
書籍三巻と、web版第三部は、少し異なっている部分があります。
その中でも、web第三部エピローグには、後に大きく関わるけれど書籍三巻では載っていない情報が載っています。(続巻が出れば、書籍版では違う形で情報を提示します)
なので、web版を読み進めるつもりの方は、先にweb版第三部エピローグを読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。


第4部 1章
第1話 穏やかな日々


 なんとなく宿の天井の模様を見た。

 そして、ここにもだいぶ慣れたな、とコノエは思った。

 

 神都の宿。長期宿泊の契約をしてから、もう百日は超えたか。

 最初はベッドで横になる度に天井の模様に違和感を覚えたものだが、今ではすっかり慣れて、当然のものとして受け入れている。

 

 同じようにソファの座り心地にも慣れたし、窓からの光景にも慣れた。部屋に付いている数人のホテルマンを全員覚えて、それほど躊躇わず話しかけられるようになった。

 

 ――人は、慣れる生き物だ。

 最初はパニックになった異世界にも慣れたし、アデプト候補生の苛烈な訓練にも……まあ、慣れたと言えるだろう。とてもとても辛いのは変わらなかったけれど。

 

 どんなに異常なことでも、繰り返していくうちに、いずれは当然のモノになっていく。それが人間の順応性というヤツだった。

 

「………………」

 

 ……そして、そこまでつらつらと考えて。

 コノエは少し遠い目をしながら――では、今のこの状況もいつかは慣れるのだろうかと、そう思った。

 

「では、どうぞコノエ様!」

「……あ、ああ」

 

 現在、コノエの目の前にはテルネリカがいる。金のエルフの少女。あの日、黄昏時の部屋で共に居ようと約束をした人。

 そんな彼女が……コノエに向かって、両手を伸ばしている。伸ばして、少し開いて。腕の中に迎え入れるようなポーズ。

 

「どうぞ!」

「…………」

 

 玄関の前。アデプトのコートをきっちりと着こんだコノエは、目を泳がせながらテルネリカと向き合っていた。

 外出の準備を終え、あとは、あること(・・・・)をして、部屋から出るだけの状況だ。

 

 ……そう、あること(・・・・)を。

 

「…………」

 

 コノエは、無言のまま一歩足を前に出す。テルネリカの方へ、おずおずと。

 少女に近づいて、かがみこむ。……二人の目線が、同じになる。

 

 すぐ近く、お互いの瞳が良く見える距離。

 コノエは、そこで一瞬止まって……。

 

「………………」

 

 ……でも、それでも。さらに動き出す。

 なぜって、コノエはこれが()()()()()だと知っているからだ。

 

 顔と顔が接近していく。躊躇うように何度か停止しながら、しかし止まらない。段々とコノエの視界に映るものが、テルネリカだけになっていく。

 そして――。

 

「…………」

「…………えへへ」

 

 ――コノエとテルネリカの額が、コツンと触れ合う。

 すると、少しの空白があって……。

 

 ……触れ合った場所から金色の光が発生する。それは、魂の力の移動に伴って、僅かに漏れ出した権能の残滓だ。

 

 これが、あること(・・・・)、だった。

 ここ数十日の、二人の日課。テルネリカの固有魔法をコノエが使用するために必要なことだ。

 

 ――祝福『御許に咲く、聖花のように』

 

 祝福。固有魔法を他者に譲る権能。その力によってテルネリカの固有魔法の使用権はコノエに譲られている。だから、コノエはテルネリカの金の権能を自由に扱えるし、少し前には魔王討伐を成し遂げた。

 

 しかし、ここで重要なのは、祝福で譲られるのはあくまでも使用する権利だということだ。金の権能はテルネリカの持つ力であって、テルネリカの魂の力で発動している。

 

 つまり、どういうことかと言えば……祝福は、コノエの魂の力では発動できない。コノエが金の権能を使用するためには、テルネリカに魂の力を貰う必要があって――。

 

「…………」

「…………」

 

 ――その魂の力の譲渡作業こそが、現在二人がしていることだった。

 額を合わせて、魂の力を譲渡する。寄り添って、触れ合う。あの日、アーキノルカの宿の屋上でそうしたように。

 

 ……ただ、互いの額を、合わせる。

 息遣いが伝わってくるような距離で、目の前の人の頬が上気しているのを見ながら。

 

「…………っ」

「…………ふふ」 

 

 ――そうして、しばしの時間の後に。

 金の光は薄れ、力の移動は終わる。

 

 ……コノエはゆっくりと、テルネリカから離れる。

 屈んでいた体を伸ばし、半歩体を回転させ、赤くなっている自覚のある顔を掌で隠す。

 

「…………」

 

 ――人は、慣れる生き物だ。

 この世界にも、訓練にも、宿にも、コノエはもう慣れた。

 

「……その、じゃあ、行ってくる」

「はい! いってらっしゃいませ!」

 

 ……でもやっぱり、この日課だけは。しばらくは慣れる気がしなかった。

 

 ◆

 

 ――その後、コノエは己の気配を薄くしつつ、一人宿を出る。

 生命魔法で赤くなった顔を平常時に戻し、今日の目的地――学舎に向けて歩き出した。

 

「…………」

 

 なお、気配を薄くしているのはコノエが少し前に魔王殺しで有名になってしまったからだ。普通に道を歩いているとすごく目立つようになったから。

 ただ歩いているだけで視線を集めたり、軽い騒ぎになることもあって、それで、最近のコノエは気配を薄くして街を歩いている。気配が薄ければ、視界に入っていても認識されなくなるから。

 

 ……まあ、全く気配が無いと店員にも気づいてもらえなくなるので、ちょうどいい薄さに調節しなければならないけれど。

 なので、無視はされないけれど、自分が誰かは気付かれない、くらいのちょうど良い塩梅(あんばい)が必要で……それをコノエは、先日教官から教わっていた。聞くところによると教官も街に降りるときはいつもこうしているらしい。

 

(……あの人は僕なんかより遥かに目立つだろうからな)

 

 世界を救った英雄も大変だなと思いつつ、コノエは顔を上げる。

 すると、青い空が広がっていた。いい天気だ。

 

「――――」

 

 ――アーキノルカから神国に帰ってきて、四十日ほどが過ぎたか。

 色々とあったものの、コノエは元の日常に戻ってきている。

 

 テルネリカは変わらず隣にいるし、気配を薄くしていれば普通に過ごせる。

 アデプトとしての仕事も問題は無いし……。

 

(……いや、仕事に関しては、むしろ)

 

 ……そうだ、仕事はむしろ、以前よりも余程落ち着いているくらいだった。

 数日前メルミナに頼まれて受けた、少し厄介な災害級の討伐任務。それが――。

 

 ――なんと、何事もなく終わった。

 最初に指定されていた災害級を見つけて、討伐して、終わり。

 

 実はその災害級が固有魔法持ち、なんてこともなかったし、その裏に黒幕がいたりもしなかった。当然魔王が出てきたりもしない。

 契約書通りの敵を倒して、普通に任務完了。学舎に帰ってきた後、本当に終わったのかとコノエが疑心暗鬼に囚われる程にあっさりだった。いつまでも警戒を続けるコノエを、教官がうわぁ……と言う感じの目で見る一幕もあったりして。

 

「……」

 

 なので、そういうわけで、最近のコノエは穏やかな日々を過ごしていた。

 トラブルは起きていないし、迷宮の氾濫も起きていない。少し前のように金に困ったりもしていないし、他の国からの誘いも時期を過ぎたので来年までは無いはずだった。

 

 今日学舎に向かっているのも、騒動とは無縁の用事ではあるし……。

 

「…………」

 

 ……まあ、そんなことを言いつつ。

 ……トラブルはなくても、気が重くなるようなことが一つ、十日後に迫ってはいるけれど。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐きながら、コノエは学舎の門を潜り、建物の中に入る。考え事をしているうちに到着していた。そして、今度は学舎中央にある階段を下り始める。

 長い階段を下って行って、その一番下に辿り着いて。そこにある訓練場の扉を開けると――。

 

「――あら、おはよう、コノエ」

「……おはよう、メルミナ」

 

 訓練場には、既に赤い少女の姿がある。

 メルミナの間には机が一つあって、上にはコップや小さいボール、お菓子などが積まれていた。

 

 日夜苛烈な訓練が行われているアデプトの訓練場にはあまり似合わない物であって……しかし今日の実験(・・)には、必要なものだった。

 

「じゃあ早速、今日も祝福の検証を始めましょうか」

「……ああ」

 

 メルミナが机の上の道具を手に取って……コノエは、その両目に、金の光を宿す。

 

 ――第五回、金の固有魔法検証実験。

 それが、今日コノエが学舎に来た理由だった。

 




二巻の発売が六月に決まりました。よろしくお願いします。
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