転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
コノエはメルミナと別れ、教官と二人訓練場を出る。
そして、訓練場前の長い階段を上りながら、話とは何だろうかと教官を見ると……。
「もちろん、十日後の論功行賞の話だよ?」
「………………はい」
表情を読んだ教官にそう言われ、コノエは内心げんなりしながら頷く。
コノエはその話じゃなければいいなと思っていたけれど、やっぱりその話だった。
「…………」
――論功行賞。
七十日ほど前、コノエとフォニアとあの男とテルネリカと、アーキノルカの人々が成し遂げた魔王討伐。その功績を称え、褒賞で報いるための式典が、もう十日後まで迫っていた。
……そう、世界中から王族やお偉方が集まって盛大に執り行うらしい式典が。
「………………」
「あのね、そんなに遠い目をしないの。開催は君も頷いたことでしょ?」
「…………はい」
開催に頷いた。それは確かにそうだった。教官はコノエのことを知っているので、一番最初に拒否権をくれた。どうしても嫌なら断ることもできると。
……けれど、コノエは、そうしなければならないと思った。だから、頷いた。
「………………」
……でも、自分で頷いたのは承知の上で。なんだか大変なことになってるんだよな、とコノエは遠い目をする。
よく分からないコノエがなにもかも丸投げにしているうちに、気付けばとんでもない規模になっていた。
出席者が色々すごいことになっているのを始め、本を作るとか、世界中に新聞をばらまくとか。
先日下見に行った会場――神国の王城はすごく豪華になっていたし、当日着る予定の服もすごいことになっていた。コノエの語彙力では全部すごいとしか言えないくらいすごいことになっていた。
そして、極めつけは――
「……でもまさか、神様が……分体の神様だけでなく、生命神様自身が出席されるとは思いませんでした」
「まあ、魔王討伐の功績はそのくらい大きいってことだよ。――最高神様に、お言葉を直接頂ける。それが魔王討伐者の特権だから」
昔、私も魔王討伐者としてお褒めの言葉を頂いたよ、と教官が言う。
どうやら普段は神界にいる生命神様の本体が神像に意識を下ろし――万が一の危険を考えて、体は降臨しない――出席するらしい。しかも意志ではなく言葉を掛けてもらえる、と。
……なんだか大変なことになっている気がして、コノエは胃の辺りが痛くなってくる。当然アデプトである以上、そんな気がするだけではあるけれど。
「…………」
正直に言って、コノエは論功行賞の式典なんて最初から出たくなかった。
コノエには名誉欲なんてないし、目立つのは嫌いだ。儀式や式典などの堅苦しいものは今までずっと避けてきた。
しかも、論功行賞ではコノエが魔王討伐者として称えられることになっているけれど――コノエにとって、今回の功績は自分だけの力で成し遂げたことではない。
コノエ的には自分よりもあの男やテルネリカ、フォニアや過去の継承者たちの力の方が余程大きい。それなのに、自分が誰よりも賞賛されるのは如何なものかと思うからだ。
「………………」
……しかし、一方で。だからこそ。
コノエはそれと同じ理由で、論功行賞から逃げるわけにはいかなかった。
あの魔王討伐が自分だけでなく、多くの人々の力があってのモノだからこそ、その功績を称える式典を己一人の好き嫌いで取りやめるのは間違っていると思ったからだ。
それは、自分以外の――あの男やフォニア、継承者たちが為した功績を否定することだ。彼らの意思を、願いを、犠牲を軽んじることだ。少なくともコノエはそう思った。
彼らはその一人一人の名前が、コノエの横に並ぶことになっている。
新聞や本には彼らの名前も載り、最高神様からのお褒めの言葉は全員に及ぶ。
だからコノエは、彼らの代表として、論功行賞に挑もうと思っていて――。
「ほら、コノエ、やると決めた以上はもっと胸を張りなさい。誉なんだから」
「………………はい」
――でも、それはそれとして。
真面目に、真剣に取り組むと決めた上で。性分として、人前に立つのが苦手なのは変わらないんだけど。
「……一応聞いておくけど、緊張してるわけじゃないよね? 緊張を抑える魔法は教えたよね?」
「…………まあ、はい」
そこに関しては、その通りだった。アデプトが戦闘時緊張して戦えませんでした、ではお話にならないので、いざという時に緊張状態を抑える生命魔法はコノエもしっかりと修めている。
そして、失敗を恐れている訳でもない。戦闘時は百分の一秒単位で行動し、髪の毛一本分以下の精密さで武器を振るうのがアデプトだ。油断しているのならともかく、注意して行動する以上失敗などありえない。その程度の鍛錬だったのなら、コノエは既に百度は死んでいる。
……というか、そもそも当日の予定にそんなに難しいものは無いし。
基本は立っているだけだ。なので、今コノエがげんなりしているのは緊張したり失敗するのが怖いからではなく――ただただ、目立つのが苦手だからだった。
「……まったく君ってやつは」
「…………」
早く終わって欲しいような、ずっと来なければいいような。
そんな気持ちを抱えつつ、コノエは苦笑する教官と一緒に階段を上って行った。
◆
――そうして、コノエと教官は学舎の一階まで戻ってくる。
そこで教官は会議室の鍵を取ってくると事務室へと向かった。
なので、コノエは一人、玄関のホールで待ってると……。
「…………?」
そこで、コノエは己に向けられた視線に気づく。知っている気配。敵意はなく、ただ己を見ている。
コノエはなんだろうかと思い、そちらを見た。
「…………!」
「……フォニア」
すると、玄関から少し入ったところにある部屋、その入り口に青い色がある。
青い竜人の少女――フォニア・アーキノルカが、コノエをじっと見つめていた。
彼女はコノエと目があったかと思うと、ぱっと部屋の中へと姿を隠す。
……数秒間の空白があって。
「………………」
……フォニアは、おずおずと顔を出す。そして、ゆっくりと近づいてきた。
そんな様子に、コノエは……なんというか、本当に変わったなと思う。
アーキノルカから神国に帰って来てしばらく。何度も彼女とは会っているけれど、ずっとこんな感じだった。以前の無表情が嘘のようで……きっと、それだけ魂が戻ってきたということなのだろう。よかった、と改めて思う。
「…………」
「…………」
そして、そうしている間に、フォニアは近づいて来る。
目の前にやって来て……。
「……ん、コノエ、その、久しぶり」
「……うん?」
フォニアの挨拶にコノエは首を傾げる。
それは何故って……。
「……久しぶりって、五日前に会議で会ったような」
先程まで悩んでいた論功行賞の会議だ。
フォニアは継承者の代表として出席することが決まっているので、最近は頻繁に神国とアーキノルカを往復していた。
「え? うん、だから、久しぶり」
「……?」
……? ……だから?
何かズレているような気がして、コノエは首を傾げる。
「……その、それでコノエ」
「……? ああ」
「実は、あなたに報告があって」
そんなコノエに、フォニアはちらちらと視線を向けながら言う。
体の前で指先を絡め、翼が小刻みに揺れていた。
「私、近いうちにこっち――神国に一時的に拠点を移すことになった」
「……そうなのか?」
「うん。魔王から解放されて、熾天結界の内部も色々変わったから。力の使い心地も、消費する魂の量も変わって……一から検証することになった。それで学舎にって」
「……ああ」
……なるほど、とコノエは思う。
「……検証なら、学舎の地下訓練場だからか」
「うん」
固有魔法は、その性質や渇望の関係上、詳細を他人に知られない方が良い。
なので普通、検証は結界で閉じられた空間で、ついさっきまでコノエがやっていたように信頼できる
しかし、ここで問題になるのが、その実験場所だった。アデプトが固有魔法を全力――検証である以上全力が出せなければならない――で使える場所など、限られている。
広い空間があって、アデプトが暴れても壊れない強固な結界に守られている場所。それは世界広しと言えども、生命神の分体がおわす十の都、十の学舎の中にしか存在しない。
コノエは気軽に使っているが、実は学舎の地下訓練場は全世界で十しかない特別な場所だった。
「それで、コノエ、あなたに検証を手伝ってほしくて」
「……? 僕でいいのか?」
「……うん、あなたが良い。あなたじゃなきゃダメ」
「……え、あ、ああ、わかった」
唐突なあなたじゃなきゃダメという言葉に、コノエは面食らいつつ頷く。
そんな気軽に言わないで欲しいというか……いや、まあ、同期に検証を頼むこと自体は不思議ではないけれど。訓練生時代、検証は互いをよく知っている同期同士で行うことが多かったからだ。
「お願い。お礼は、沢山する。頑張る。……あと、コノエ。もう一つ」
「……うん?」
「……えっと、私、あんまり神都を知らないから。あなたに二人で案内してほしい」
…………神国の案内?
フォニアは少し斜め下を見ながら、瞬きするコノエにチラチラと視線を向ける。そして、訓練生時代は必死に訓練してて外に出たことがない、とか、アーキノルカでは私が案内した、とか言う。
コノエは確かにアーキノルカを案内してもらったなと思い、しかし……。
「……いや、実は僕も神都のことはあんまり知らない」
「……? そうなの?」
「……僕も訓練生時代は、街に下りたことなかったから」
アデプトになって、宿の周辺と……あと数か所くらいは巡ったがそれくらいだった。
なので、コノエは少し考えて……。
「……僕では案内は出来ないと思う。もっと詳しい人の方が――」
「――それはダメ」
フォニアは、コノエの言葉を遮る。一転してむくれた顔になる。
それにコノエが驚くと、むう、と小さく唸って。
「むう……あんまり知らない、ってことは、ちょっとは知ってる?」
「……え? ……それは、ちょっとなら」
「じゃあ、そこを案内して。それでいい」
フォニアはじっとコノエを見つめる。
コノエは何度か瞬きした後……まあそれなら、と頷いた。
「ん、じゃあ約束」
するとフォニアは今度は嬉しそうに言う。
楽しみにしてるからと笑って、そして、くるりと回って去って行った。
「…………」
残されたコノエは、フォニアをただ見送って――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………………………………」
――そんなコノエの後ろで。
少し前に事務室から帰って来ていた教官は。
二人の様子に、おやおや? という感じの顔をしていたりした。