転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第1部 3章
第11話 メイド服


 

 ――それは、シルメニアの街から数十キロ離れた山の一角。

 木々に覆い隠されて地上からも上空からも見えないような所に、一つの洞窟があった。

 

 瘴気汚染が起きる前なら、年かさの木こりだけが偶に使っていた小さな洞窟。

 知る者のほとんどいない、山の奥の奥。人がほとんど寄り付かないような、隠れ家のような場所。

 

 そんな場所に――。

 

『――GRU……』

 

 ――今、一匹の竜がいた

 緑色の鱗が特徴的な竜。風の下級竜だ。魔物の頂点に君臨する最強種であり、空の支配者。

 

 ……コノエ(アデプト)から逃げた一匹。

 シルメニアの街を襲った二匹の竜の片割れが、そこにいる。

 

『…………』

 

 その竜は、洞窟の前の少し開けた小さな空間に伏せている。

 本来なら大空を我が物顔で飛び回っている怪物は、しかし、ほとんど身動きせず、咆哮も上げず、ただただ地に伏せている。伏せていて、ずっと同じ場所を見続けている。

 

 見つからないように、されど、見逃さないように。

 気配を殺し、体を縮め、木々のわずかな隙間から観察し続けている。

 

 ……竜は、コノエに察知されないように気配を消し、ただ街を見ていた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――不眠不休の七日間から、三日。

 つまり、シルメニアの街に来て十日目。そんな日の朝、コノエは与えられた部屋の窓際に立ち、空を見上げていた。

 

 そこにあるのは薄紫色の空だ。

 本来の青とは違い、瘴気が混ざった色の空。

 

 コノエはそんな空の様子に――。

 

(――色は、薄くなってきているか)

 

 そう思う。十日前はもっと濃い紫色だったよな、と。

 それは大気中の瘴気の濃度が薄くなってきた証だ。迷宮から新しい瘴気が漏れ出していないことを表している。

 

 ――それはつまり、この辺りを統括している大貴族が上手くやっている証拠でもあった。

 

 この世界では、ダンジョンは瘴気核を生み出すことで氾濫を始める。

 氾濫したダンジョンは瘴気と魔物を作り出し、地上を汚染する。氾濫は瘴気核を破壊するまでは終わらない。だから、人は必死で瘴気核を探し、一刻も早く破壊しようとする。

 

 しかし、ここで問題になるのは、やはりダンジョンの広大さだ。

 広く、そして三次元的な構造を取る迷宮内部。その中で一つの瘴気核を見つけ出すのは至難の業だった。

 

 つまり、時間がかかる。一日や二日で見つかるものじゃない。それを待っていたら、瘴気核を破壊する頃には被害がとんでもない範囲に広がってしまう。

 故に、死病や魔物の被害を抑えるために、入り口が開いた後、まずその入り口を封鎖する必要があった。一般的にその方法は封鎖結界と呼ばれる特殊な結界を用いたものであり、封鎖結界の手はずを付けるのが、地域をまとめている大貴族だった。

 

 ――なので、この辺りの大貴族は上手くやっているのだろうとコノエは思う。

 

(今の瘴気濃度は……大体半分くらいだろうか)

 

 ダンジョンから漏れた瘴気は、追加されなければ空気に混ざり薄まっていく。十日経った今の濃度は最初と比べるとかなり薄くなっていて――それがどれくらいの毒性かと言えば、体に害はあるけれど、予防薬を飲んでいれば死病の発症をほぼ抑えられるくらいだった。

 

 ……そう、ほぼ、だ。

 ほぼ、発症を抑えられる。ということは、つまり。

 

「――アデプト様」

「……」

「今朝の死病の発症者は十三人です。どうか治療をお願いいたします」

「……ああ」

 

 可能性は零ではない、ということでもあった。

 だからコノエは一日に二回程度、騎士から声をかけられて死病の治療に向かう。なお、死病に抗体などは出来ない。瘴気に晒されている限り死病は何度でも発症する。そういうものだ。

 

 ――なので、街に駐在し、再度死病を発症した患者の治癒を行うこと。加えて騎士団では対処できない高位の魔物の討伐。

 

 それらがここ数日のコノエの主な仕事だった。

 

 ◆

 

 まあ、後は消化試合みたいなものだよな、と、コノエは思う。

 一番大変な部分はもう終わって、後は契約の三十日が経つまで死病の治癒と魔物の討伐をすればいいだけだった。

 

 瘴気の濃度は日に日に下がっているし、患者数も減っている。ダンジョンが封鎖されている以上、魔物の数が極端に増えることもない。

 きっとダンジョン内では瘴気核の捜索も進んでいるだろうし――学舎から一人、コノエも知っている瘴気核専門のアデプトが派遣されているはずで――期日が来る頃には発見されている可能性も高いんじゃないか、とも思った。

 

 一匹残っている風の竜の行方が少し気になるものの、それだって街の復興が進めば対策できる(・・・・・)。この世界の人は、決して強大な魔物に蹂躙されるだけの弱者ではない。

 

 そして、もしその前に襲ってきた場合はコノエが討伐すればいい。それだけの話だった。

 つまりコノエにとって、この街での仕事はほとんど終わったようなものだ。

 

「……」

 

 ……だから、コノエの意識は仕事から別の所へ向かう。

 それがどこかと言うと、コノエのすぐ傍だった。

 

「――コノエ様、お茶が入りました」

「……ああ」

 

 コノエはちらりと横を見る。そこにはテルネリカがいる。

 エルフの少女。この街の領主の娘。コノエの雇い主。それが、なぜかフリルの沢山ついた服を着てコノエに給仕をしている。

 

 ……そう、なぜかメイド服を着ている。

 クラシックスタイルの丈の長い奴を。

 

「……」

 

 聞くところによると、メイド服自体は地球人が広めたらしい。

 地球人が技術目的で召喚されるようになって数十年。この世界には、地球の文化と技術が色々と入り込んでいた。

 

 それは料理やファッション、文化など多岐にわたる。

 メイド服もその一つで、デザインと統一性が評価されたこと、そして少しずつ発展してきた機械技術による大量生産などにより、今は世界中に広まりつつあるのだとか。

 

 あとは、機械式で織られた目の細かい布地には従来の手作業よりも高い値段がつき、しかし貴族は魔法繊維の服しか着ないため、結果として貴族の使用人の服に使われるようになった、とも。そんな話をコノエは学舎で小耳に挟んでいた。

 

 コノエの感想としては、メイド服はフリルが沢山ついていて大量生産には向かないのではと素人なりに首を傾げつつ、きっとどこかで誰かが情熱を燃やした結果なのだろうと。そんな感じに思っていて――。

 

「……」

 

 ――まあ、とにかくテルネリカはそんなメイド服を着ていた。

 理由はよく分からない。一度質問したところ、『私は、コノエ様のお世話をさせて頂きますので!』と、そんな言葉が返って来た。

 

 世話をするにしても、いちいちメイド服を着る必要はないのではないか。そして、そもそもテルネリカがコノエの世話をする必要があるのか。他の使用人ではダメだったのか。というか、前提としてコノエは自分のことは自分で出来るので、世話役とか要らないのでは――。

 

 ――などなど、様々な疑問はあったものの、当たり前のようにテルネリカがメイド服で傍にいるのでコノエは押し切られていた。

 

 コノエは、戦闘中のように合理的判断が必要でもない限り、そして露骨な悪意や実害がない限り、基本的に押しに弱い男だった。

 

「……」

「……コノエ様? 私に何か?」

「……いや」

 

 内心色々なことを考えつつ見ていると、首を傾げたテルネリカに問いかけられる。

 笑顔で真っ直ぐコノエを見る少女に、コノエはつい目を逸らす。

 

「なにかご要望があれば仰ってくださいね?」

「……ああ」

「私、コノエ様の為なら何でもさせて頂きますので!」

「……」

 

 本当に、何でも大丈夫ですから! とテルネリカが言う。

 それにコノエは、いやいや、それはそんな気軽に言う言葉じゃないだろうと内心で思う。

 

 若い少女が男に対して言う言葉じゃない。それも立場がある貴族の令嬢だ。もう少し危機感を持って行動をした方が良いのではとコノエは思う。

 

 特にコノエは実年齢はともかく、外見的、肉体的には二十代前半を維持している。生命魔法の力だ。そんな男に軽率な言葉遣いをしてコノエが勘違いしたらどうするつもりなのだろう。もちろんコノエはそんなことしないけれど――

 

「………………」

 

 ――しないけれど、しかし。困ってはいる。

 エルフの少女。地球では見られないような美少女。明るい笑顔。メイド服。

 

 それは全てがコノエの人生には無かったものだ。

 無かったが故に知らなくて、知らないが故に困惑している。そして逃げたくなる。でもお世話係らしいのでずっと傍にいる。というか、そもそも誰かがずっと隣にいるというのもコノエにとっては初めての体験で――。

 

「………………………………」

 

 ……だから、ここ数日のコノエは沈黙の裏で色々と困っていた。

 

 

 

 

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