転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第4部 2章
第7話 神界


 ――魔法陣の光に包まれた後、目の前に広がっていたのは空と雲だった。

 

「――――」

 

 コノエの目に見えるのは、視界いっぱいの(そら)(くも)

 それ以外のものはほとんど見えない。離れた場所に、小さく緑と茶色が見えるくらいだ。そして、そんなごく僅かな緑と茶色は――宙に浮かぶ、島の色だった。

 

 ……そうだ。島が、宙に浮かんでいる。空飛ぶ島。魔法があって竜がいるファンタジーな異世界でも、初めて見る光景。

 

「…………」

 

 というか、最初から気配で気付いていたけれど、今コノエが立っている場所も、そんな浮島の一つだった。

 足元を見ると城の地下にあったものと同じ魔法陣があって、魔法陣が描かれた地面は――気配を探ると、数メートルほどしか厚さがなかった。その下には空気しかない。

 

「……ここが、神界?」

 

 どこまでも広がる空に、雲と島だけが浮かんでいる世界。

 島は大小様々で、遥か遠くには巨大な建物が建った島も幾つか見えた。それをコノエの知識で表現するのなら、天空都市、と言うのが正しいだろうか。山の上ではなく、正真正銘の天空に浮かぶ都市。

 

「コノエ、こっちだよ」

「……教官」

 

 コノエが周囲を見渡していると、教官に呼ばれる。

 見ると、教官は浮島から足を踏み出して――周囲に足場が無いので、空中をすたすたと歩き始めていた。向かう方向には大きな島と建物があって、コノエも魔力で足場を作りながら、その後ろを追いかける。

 

「……ええと……橋とか無いんですね」

「必要ないからね。神界(ここ)に来るの、生命神様に印を授かったアデプトだけだから。空を歩けないわけないし」

 

 キョロキョロと周囲を見つつ問いかけるコノエに、教官は微笑ましいものを見るような目を向ける。そして、この場所について説明してくれた。

 ――神界とは、いったい?

 

「ここはね、神界(・・)という名前の通り、神様方が普段暮らしている世界なんだよ。私たちが普段暮らしている世界とは違う世界になる」

 

 まあ、ここは神界の第一層だから、神様方が普段居るのはもっと深い場所だけど、と教官は補足を入れつつ。

 

「空に浮いていても、下には人間の世界はないし、それどころか地面すらないらしいよ。一度許可を取って下りてみた人がいたけど、アデプトの脚力で丸一日全力で走っても底が見えなかったって」

「……そうなんですか」

「他にも色々違うんだよ。たとえば、神界だと太陽が空の一点から動かないんだ。だからいつまで経っても日が沈まない。ずっと昼のままで、夜が来ない」

 

 ……どうやら色んなものが、かなり大きく違っているようで、コノエは目を丸くする。

 地面がなくて太陽も動かないとなれば……そもそもの物理法則が異なっているのではないだろうか。

 

 地動説ではないし、天動説でもない。別のなにかだ。魔法があった異世界よりも、さらにもう一段階ファンタジーな世界だった。

 

「あとは時間の流れも少し違うって言ってたかな……。昔は実験好きの魔王討伐者が何人かいたからね。神界に来るたびにいつも色々やっていたものだよ」

「……なるほど?」

「昔――千年前の混沌の時代は今よりも魔王の数が多かったから、討伐者も多くて。神界も賑やかだったな……」

 

 懐かしむように教官は言う。もちろん、今の方が良いんだけど、とも言いながら。

 

 ――千年以上前の混沌の時代。

 複数の魔王が地上に跋扈していた頃。今よりも人の生存圏が狭く、死がよほど近かった時代だ。

 

 この千年で生まれた魔王は()()だが、それ以前はもっと多くの魔王がいたとコノエは習っていた。

 

「――と、それは今話すことじゃないか。それより、コノエ。そんな神界に今日君と一緒に来た理由だけど」

「……え、はい」

「ここに来る前にも言ったように、君に報酬を渡すためだね」

「……報酬、ですか」

「そう、魔王討伐の報酬だよ」

 

 教官は少し楽しそうにしていて……でもコノエは、ええと、と首を傾げる。

 だって報酬は……。

 

「……もう、論功行賞の式典でもらいましたが」

 

 山のような金貨と、毎年多額の年金がもらえる勲章だ。

 コノエが今後の人生で金に困ることは決してないだろうと思えるような額だった。目録を提示された数十日前からコノエの金銭感覚が崩壊しつつあるくらいの額。

 

 数十日前は高いなと思っていたはずの宿代が小銭に見えてきて、最近のコノエはこのままじゃマズいと財布をテルネリカに渡そうか真面目に悩んでいたりする。

 

「お金と勲章だけでしょ? ――実はもう一つ、一番大きいのが残ってるんだよ」

「……え」

 

 しかしそんなコノエに、教官はニヤリとする。

 ゆっくりと口を開いていき……。

 

「コノエ、君はこれから円た――ん?」

「……え?」

 

 ――そのときだった。コノエと教官は同時に顔を一点に向ける。

 何か近づいて来るものがあったからだ。コノエの知らない、けれどとても強い気配。

 

「……君か」

「――はい、私です!」

 

 気配は瞬く間に近づいてきて、コノエと教官の前で止まる。

 そして……。

 

「レナ姉さま。お久しぶりです。お迎えに上がりました!」

「……ああ、うん」

 

 ――現れたのは、若い女性だった。

 鮮やかな桃色の髪が特徴的な、整った顔の二十代前半くらいの女性。身長は普通くらいで、花が咲くような笑顔で教官を覗き込むようにしていた。

 

 そんな女性の顔に、コノエは……。

 

「……えっ」

 

 ……コノエは、驚く。驚いた。何故ってそれは、コノエはその女性の顔を知っていたからだ。

 人の顔を覚えるのが苦手なコノエが、それでも知っている顔。絵を何度も見た。色んなところで見た。

 

「レナ姉さま……五十日ぶりです。セレスはこの日を一日千秋の思いで待っておりました」

「……ははは」

 

 コノエは、女性の腰を見る。そこには二本の剣がある。

 桃色の剣。おそらくは、()()()()()()()()()

 

 この世界で彼女を知らないのは、赤子か、召喚された当日の転生者くらいだろう。

 なにせ、彼女の名前と偉業は絵本になっている。世界で一番売れている絵本。

 

 絵本『ももいろのせいじょさま』は、コノエが異世界に来て最初に読んだ本だった。翻訳の加護の慣らしで召喚二日目に読んだ記憶がある。

 

「レナ姉さま、私、沢山お話したいことがありまして」

「ああ、うん。でもまあ、ほら。今日の主役はこっちだからさ」

 

 ……? そこでコノエは、教官の目が自分に向いていることに気付く。

 それと共に、桃色の女性の目もコノエに向く。コノエを見て、微笑んだまま何度か瞬きして。

 

「――ああ、ごめんなさい。私ついレナ姉さまに夢中になってしまって。初めまして、新たな魔王殺しさん、お会いできて嬉しいです」

「……あ、はい。……こちらこそ」

 

 女性はにっこりとコノエに笑いかける。……というか、ずっと彼女はニコニコと笑っている。

 いつも笑っている微笑みの聖女様。絵本にはそう書いてあった。 

 

「本当ですよ? 本当に喜んでいます。……姉さまのいる国に、あなたみたいな子がいてくれてよかった」

「……は、はあ」

「姉さまを支えてくれると嬉しいです。……出来れば公私共に」

 

 ……うん? 公私?

 

「……セレス」

「あら、私ったら余計なことを。ごめんなさい姉さま」

 

 教官が顔を顰めて、女性はそれにえへへ、と笑う。

 コノエは……そんな彼女に、なんだか癖がありそうな人だなと思う。……まあ、強いアデプトはいろいろ強烈なものだし、彼女の為した偉業を考えれば当然なのかもしれないけれど。

 

「……」

 

 コノエは知っている。彼女は、千年以上の時を生き、数々の伝説を打ち立ててきた。

 世界で最も有名な三人のアデプトの一人。世界最強は誰かという問いがあれば、必ず三人目までには名前が入るだろう。

 

 ――五百年前、夢喰の魔王を討伐し世界を救った英雄。

 落花の聖女、セレスティナ。それが彼女の名前だった。

 

 

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