転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第8話 報酬

 ――それは、五百年前の話。

 何の変哲もない夏の朝。鳥の鳴き声が聞こえ始め、葉に着いた露が日の光で照らされ始めた頃。

 

 一つの街が、唐突に終わった。

 太陽が昇っても誰一人として家から出てくることは無く、通りは静まりかえり、どこかの家の前に繋がれた犬たちの鳴き声が街に響いていた。

 

 ……その日、街の住民たちの全ては、長い長い眠りに就いた。息はしていて、体温はあって、しかし決して目覚めることのない眠りだった。

 

 異変に国が気付いたのは、それから数時間後の話だ。

 取り引きのために街を訪れた商人によって情報がもたらされ、アデプトを含む調査団たちはすぐに現地入りし、調査を始めた。

 

 しかし……。

 

『……なんだ、これは。何が起きている? 毒はない。魔力も感じない。なのに、街の住民全員が眠っていて目を覚まさない』

 

 調査団のアデプトは、己の治癒魔法を使っても目を覚まさない住人たちに愕然としながらそう呟いたと記録に残っている。

 

 敵の姿はない。おかしなものも見えない。なのに、誰も目を覚まさない。困惑の中、調査団たちは眠る住民達を街の城に集めて……。

 

 ――そして、翌日。その街の近隣の街五つの住民全員が、昏睡状態になった。

 

 それが、後に夢喰の魔王と名付けられた邪悪の始まりだ。

 この千年で生まれた、四体の魔王――不死、夢喰、極天、否定の中の一体。

 

 瞬く間に四つの国を崩壊に導いた怪物。人の夢の中に巣食う魔王。触れることも、見ることも出来ない最悪の化け物。

 

 その魔王を討伐し、世界を救ったのが――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――姉さま、姉さま、ケーキを焼いたので持って帰ってくださいませ」

「…………ああ、うん。貰うよ」

 

 ――落花の聖女、セレスティナ。

 その固有魔法の力で肉ではなく存在を斬り、形無き魔王を討ち滅ぼした英雄だ。今教官にすごい勢いで迫ってる人。とても距離が近い。

 

「姉さま、姉さま」

「…………ああ、うん」

 

 聖女様、なんかすごい人だな、と思いながらコノエは十歩ほど引いた場所を歩きながら銀色と桃色の二人を見る。

 絵本ではもっとこう、理想的な聖女様っぽく書かれていたんだけど……まあ、絵本は絵本だからそういうものなのかもしれない。

 

「……」

 

 コノエは、教官に満面の笑みで迫る女性にまた一歩距離を開ける。

 するとそこで教官が「離れなさい」と聖女様を押しのけて……一度押しのけられると、聖女様はそれ以上教官には近づかなかった。

 

 そして教官はため息をつきつつ、コノエに振り向く。

 

「……ふう。さて、そろそろ約束の時間も迫ってきてるし、少し急ごうか」

「……あ、はい」

 

 教官が懐から取り出した懐中時計を見て、少し疲れたように言う。そして先導するように走りだした。コノエはそれを追いかけて……聖女様もコノエに少し遅れて走り始める。

 

「…………」

「…………」

 

 すると、コノエと聖女様が二人で並んで走るような形になる。

 視線が合って、聖女様は走りながらコノエにニコリと笑いかける。それにコノエは少し驚いて……軽く頭を下げて返した。

 

「…………ふふ」

「…………?」

 

 すると聖女様は、静かに笑う。目を細めて、穏やかに。……その表情は、先ほどまで教官に向けていたものとは違い、なんだかとても優しいものだった。

 コノエはそんな聖女様に、首を傾げる。でも聖女様はそれ以上は何も言わなかった。

 

 そのうちに段々と黒い建物が建った大きめの浮島が近づいて来て――

 

 ◆

 

 ――そうして、浮島に到着する。

 そこには遠目で見た通り、黒い建物――古代ギリシャを思い出す、石造りの神殿のような建物が建っていた。

 

「コノエ、こっちだよ」

「……はい」

 

 教官に手招きされて入り口を潜る。

 そこには……。

 

「……お、君が新しい魔王討伐者か」

「初めまして。コノエ君、でいいかな?」

「……あ、はい。初めまして。大丈夫です」

 

 神殿の中には大きな円卓が一つ置かれていて、二人の男性が椅子に座っていた。彼らはコノエに気付くとすぐに椅子から立ち上がってコノエの方へ歩いてくる。

 身長が高くて筋肉の鎧に覆われた大柄な男性と、中背で眼鏡をかけた細身の男性で……。

 

(……うん? この二人)

 

 あれ、と。コノエは気付く。この二人にも見覚えがあった。教本に絵付きで書かれていた記憶がある。……彼らもまた魔王討伐者だ。混沌の時代に世界を救った英雄たち。

 

 国が、街が、人が魔に踏みにじられ、人の命があまりにも軽い混沌の中で、人々のために邪悪と戦った者たち。

 目の前の二人はそんな英雄だった。神様の分体がおわす十の大国で、それぞれ頂点に立っている二人でもある。

 

「コノエ君、円卓へようこそ。同じく予言を受け取る者として、これからよろしく頼むよ」

「……は、はい」

 

 コノエは次々に現れる伝説の英雄に驚きながらも、細身の男性が伸ばした手に握手で答えて……。

 ……うん? 予言? 何のことだろうか?

 

「ああ、ごめんごめん、説明の途中だったね」

「……?」

 

 そこで教官が銀色の頭を掻きながらコノエに近づいてくる。

 そして目の前の円卓と、その周りにある椅子を手で指し示した。

 

「報酬の話だよ。魔王討伐の報酬。……この円卓に置かれた十二の椅子。そこに座る権利が魔王討伐の一番大きな報酬なんだ」

「……この椅子に座る、ですか?」

「そう。……まあ正確に言うと、今はもう魔王討伐者が十二人もいないから、空いたスペースには大国のアデプトのトップが座ってるけど。……もちろん、ただ椅子に座るだけじゃないよ。コノエ、上を見て」

 

 そう言って、教官は神殿の天井に目を向ける。見ると、そこには一つの紋章が書かれていた。

 四角や丸などの図形が重なって、人の眼のような形になった紋章。それが何の紋章なのかをコノエは習っていた。

 

「……運命の神様の紋章、ですよね?」

「そう、運命神様の紋章。それで、コノエは運命の魔法がどんな力を持ってるか知ってる?」

「……ええと、たしか占いとか、だったような?」

 

 あまりその手の魔法に縁がないコノエが記憶を掘り返すように言うと、教官はそうそう、と頷く。

 

「街中だと占い師が多いよね。農村へ行くと領主に雇われて雨の予想とかしてるんだけど。……まあつまり、未来を見る魔法だよ」

 

 まあ、()()()()()()()、運命の魔法ってあまり当たらないんだけどね、と教官は言う。特に恋占いは、全然、これっぽっちも当たらないよ、と。真顔で。

  

 ――でも。

 

「人が占うんじゃなければ、話は別だ。そしてここは、人界ではなく、神様のおわす世界」

「……それは」

「つまり、どういうことかと言うと――この円卓に座るものは五十日に一度、運命神様から直々に予言を頂けるんだよ」

 

 ◆

 

 ――予言。未来を予知する言葉。

 地球ならば眉唾で終わっていただろう単語だ。しかし異世界の、それも神界の話ならば。

 

「ちなみに的中率は、回避しない限り必ず当たるくらいかな」

「……それは、また、すごいですね」

 

 教官の言葉にコノエは目を見開いて驚く。未来が分かるとかいくらなんでも凄すぎる。

 教官もそんなコノエに、とんでもないでしょう? と言いながら何度か頷いて。

 

 ……しかし。そこで教官は、ただし、と前置きする。

 

「……ただし、たった一つの例外を除けば――何を予言して頂けるか分からないから、そこは注意が必要だけどね」

「……え?」

「予言の内容は、運命神様のご意向次第になるんだよ。……前回の私は学舎の中に美味しいスイーツ屋が出来る予言だったかな」

 

 ……スイーツ屋? 思い出すように呟く教官に、コノエは首を傾げる。

 すると周りの人々も、私は屋敷の使用人が花瓶を割る予言でした、とか、俺は孫が転んで泣く予言だったな、とか、僕はお気に入りの作家の新作が出るって予言だったよ、とか。そんなことを言う。

 

「あと、予言の内容は未来を確定させないために少し曖昧な書き方になっている。だから、読み解くのに慣れが必要かもしれない」

「……ええと」

 

 ……急激にありがたみが薄れていく予言にコノエは困惑しつつ。

 教官はそんなコノエに軽く苦笑して――ふと、真剣な顔になった。

 

「だからね。基本的に、この予言が重要になるのはさっき言った、()()()()()()()だけだ」

「……例外?」

「そう。ただ一つ、運命神様が必ず予言して下さるものがある」

 

 それは――。

 

「――この円卓に座る誰かが、()()()()()()()()場合」

「……」

「そのときだけは、回避方法と一緒に教えて頂けるんだよ」

 

 ――つまり、死の運命の予知。

 それこそが、魔王討伐の報酬だよと教官は言った。

 

 

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