転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
聖女様の話の後。
コノエが聖女様に頷いて返すと、彼女は嬉しそうに目を細め、ありがとうとコノエの手を両手で握ってぶんぶんと振る。
……そして、ちらりと時計を見た後。
まだ時間がありそうだし、姉さまは多分自分では言わないだろうからと、今まで教官がどれほどすごいことをしてきたのかと語ってくれた。
「姉さまの為した偉業と言えば、戦い以外ではやはりアデプトの教育制度改革でしょうか。……実は、アデプトの教育って、昔は死人がごろごろ出てたんです」
「……えっ、そうなんですか?」
「ええ、生命を感じ取らなければいけませんので、生と死の境を行き来するような修行も多かったですから。それを姉さまがこう……死なないけど生き地獄、と言うちょうどいい塩梅を見つけ出した結果、今の制度になったのです」
「…………あ、はい」
姉さまのおかげで犠牲者が減って、アデプトの数が増えたのです! という聖女様。
コノエはそれに少し遠い目をしつつ。
そんなコノエをよそに、他にも、と聖女様は例を挙げていく。
「最近あなたの国で行っている異世界召喚も姉さまとそちらの神様が主導で進めたのです。技術的な問題もありましたし、不安要素がいくつもありましたので、反対意見が多かったのですが……姉さまがどうしても、と」
「……え? 異世界召喚を、教官が?」
「はい。あれは、天蓋竜の少し後くらいでしょうか。あの戦いはアデプトの犠牲者が多かったですし、このままでは駄目だ、何かブレイクスルーが必要だ、と。それで以前から報告に上がっていた異世界の知識をかつ……よう……? あら?」
「…………?」
「……? あら? おかしいですね。何か忘れているような……?」
聖女様が困惑するように首を傾げる。上を見て、何かを思い出すような仕草をした。
そのまましばらく聖女様は天井を見て……。
「……思い出せませんね、重要なことだった気がするのですが。歳でしょうか……」
「…………」
「……こほん、とにかく、姉さまが主導で異世界召喚を進めたのです。その結果どうなったのかは……あなたの方がよく知っているでしょう」
あなたが為した成果だけで、大成功と言って間違いないです、と聖女様は言う。
他にも様々なものが入って来て、発展が加速しています、とも。
あとは、「自動車は便利ですよね、沢山物を運べますし、ぶつければ民間人でも中級を殺せそうです」とか「銃もいいですよね、民間人でも下級までなら殺せそうです」とか。
他にも「肥料が良いから食糧生産が上がりました」とか、「効率化が進んで書類が楽になりました」とか
聖女様はそんな感じで、これがよくなった、あれがよくなった、と異世界からの影響を説明して……。
◆
――そうして、しばらく時間が経った頃。
聖女様が、そろそろ良い頃合いですし戻りましょうか、と言う。
聖女様が立ち上がり、コノエも立ち上がる。
そのまま部屋から出ようと扉へ向かい――。
「――しかし、今日は良い日です」
「……?」
――そこで、聖女様がふと呟く。
見ると、彼女はコノエをじっと見つめていた。
「素晴らしい縁と出会えました。私、今日ほど人との出会いに感謝したのは数百年ぶりです」
「……は、はぁ」
「コノエさん、共に姉さまを支えていきましょうね?」
「……それは、まあ、はい」
仰々しい言い方に少し困惑しながらコノエが頷くと、聖女様はとてもニコニコとする。
何度か頷いて少し頬を染めて、もう一度、今日は本当にいい日です、と呟いた。
そして、軽い足取りで歩きだして、コノエよりも先に扉に近づく。
そのまま扉を開け、どうぞ、とコノエが先に出るように促した。
コノエは伝説の聖女様にそんなことをさせていることに恐縮しつつ、しかし押し問答をするのもアレなので、軽く頭を下げつつ扉を潜って……。
「ところで、コノエさん。これは全く関係ない話ですが……血縁のない二人の女性が同じ男性と結婚すれば――その二人は本当の姉妹になれるのですよ?」
「…………?」
◆
――そうして、コノエと聖女様は最初の円卓の間に戻ってくる。
見ると、そこにはもうコノエと聖女様を含めて十一人の人影があった。
聖女様が横で、もうすぐで予言の時間なので、もう一人はそれまでには来ます、と言う。どうやらそういうタイミングを見計らって帰ってきたらしい。
コノエがなるほどと頷いていると、教官が近づいてきた。
「おかえり、コノエ。……何か変なことを吹き込まれなかった?」
「……いいえ」
色々教えられたけど、変なことではないよなと思いつつ首を横に振ると、教官が少し不安そうな顔をする。
……しかしそれ以上は何も言わず、そうしているうちに先ほどは居なかった六人がコノエに近づいてきた。よろしく、と手を差しだして、コノエもそれに応える。
挨拶をして、握手をして。名前を名乗って、名乗り返して。
コミュ障なりに何とか会話をしていると、最後の一人も円卓の間にやって来る。学者風の格好――白衣を着た細身の男性が、「すまない、ギリギリになった」、と入って来て――コノエは気付く。その人が世界最強と呼ばれている最後の一人だ。極天の魔王を殺した、流転の英雄。
そしてちょうど時間が来たようで、ではそろそろ、と全員が円卓に移動した。どうやら予言を受け取るには、指定された時間に椅子に座っていればいいらしい。
等間隔を開けて座る。別に席は決まっていないらしく、コノエの隣には教官が座って、そのさらに向こうには聖女様が座った。
「……今回の予言は何かな、前回の美味しいスイーツ店は本当に美味しかったからちょっと嬉しかったんだよね」
「いいですね。私もそういう予言が良いです。……私は花瓶が割れるのを止められませんでしたから」
隣で教官と聖女様がそんなことを話しているのを聞きながら、コノエは天井を見る。
そこには変わらず運命神様の紋章がある。瞳のような形をした黒い紋章。
それをじっと見つめていると――紋章が、僅かに光り出す。
隣で教官が、始まるよ、と呟いた。
黒い紋章が段々と光を増していく、円卓の間が光に包まれていく。
白い光。黒い紋章でも、流石に出てくる光が黒かったりはしないんだなと思った。まあ当然かもしれない。黒い光とかちょっと意味が分からない。
「――?」
と、そこでコノエは気付く。白い光の中に黒い……蛇? のようなものが見えた。
なにか変な気配がする蛇。あれが予言をしてくれるんだろうかと思い――。
「「「「「「「――――!!!!!」」」」」」」
――でも、その瞬間だった。
穏やかだった円卓の間に緊張が走った。
コノエは咄嗟に体を戦闘態勢に移行する。頭に魔力が通る。血が雷で沸騰する。
思考が加速していく。隣にいる教官も聖女様も同じように戦闘態勢に移行している。その他の人も。
いったい何が――。
「――」
――そこで、先ほどの教官の話を思い出す。
魔王討伐の報酬。ここに十二人が集まった理由。
――死の予言。この十二の席に座った、誰かが、死ぬ。
教官は隣で天井を見ている。いや、正確に言えば、白い光の中に浮かぶ黒い蛇を見ている。
それは光の中を泳いでいるように見えた。雷の速度で巡る思考の中、蛇はゆっくりと動いているように見える。
くるりくるりと天井を回り、そして――。
「――――」
落ちてくる。黒い蛇は十二人のうちの一人に向けて落ちてくる。
その先に居るのは……。
「……教官」
――教官だった。銀の髪の中に飛び込むように、黒い蛇が落ちてきた。
教官は感情の見えない瞳で天井を見上げている。聖女様はその向こうで愕然としている。
そして――。
『――告げましょう』
――コノエの頭の中に、声が響く。
少女のような、大人の女性のような、老婆のような、そんな重なり合った声が頭の中に響く。
『――落ちた銀の灯を探すため、あなたは赤と銀片と共に深い穴の底へ向かうことになる。
きっと、あなたはそこで出会うでしょう。救いたければ、あなたは向き合わなくてはならない。なぜなら、そこに居るのは、かつてのあなたなのだから。
きっと、あなたはそこで見るでしょう。救いたければ、あなたは証明しなければならない。なぜなら、背を見上げているのは、あなたの星なのだから』