転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第14話 準備と姉

 ――それから。コノエの両目に宿る金の権能に、神様とメルミナは即座に気づいた。

 神様は少し考えるような顔をして、あわあわとしている子供教官を見て……【私が彼女と話をするね】と、子供の教官の手を引いて立ち上がる。

 

 そうして、【落ち着かせて、話を聞いておくから。そっちの話が終わったら私の部屋に来て】と子供教官と一緒に部屋から出て行った。

 部屋にはコノエとメルミナが残されて……その二人もすぐに部屋から出る。

 

 話をする前に場所を移す必要があるからだ。教官が突然ああなった以上、この部屋は安全ではないかもしれない。……というより、異変の後すぐにそうしなかった辺り、コノエだけではなくメルミナの動揺も見て取れた。

 

「…………」

「…………」

 

 二人は学舎の中でも特に厳重に結界が張られている部屋――作戦室に移動し、部屋に何か仕掛けられてないか確認した後、腰を下ろす。

 

「コノエ、どういうことか説明してくれる?」

「……ああ」

 

 コノエは、情報を頭で整理しつつ、ゆっくりと口を開いて――。

 

 ◆

 

「……なるほど、ね。このままだと、あと七日で教官が」

「……ああ」

 

 話の後、メルミナは苦虫を口いっぱいに入れて噛み潰したような顔をする。

 予言については、神界でしか話すことが許されない最上級の機密なので誤魔化しつつ。コノエは許される範囲で現状を説明していた。……なお、その許される範囲については、帰ってくる途中に教官から聞かされている。

 

「あなたと、私と、あの小さくなった教官の三人で、深い穴の底とやらに?」

「……ああ、そうだ」

 

 予言と、金の権能で分かったこと。教官の危機と期限。向かう先と人数。

 情報の共有を終えた後、メルミナは頭痛に耐えるように、指でこめかみを押さえる。

 

 なにか言いたそうな顔で何度か口を開こうとして、閉じて。

 数十秒の沈黙があって――。

 

 ――メルミナは、一度大きく息を吐く。

 

 軽く頭を振りながら、教官の危機とあっては断れないわね、と呟いた。

 目をぎゅっと閉じて、開いて。ぺちんと頬を一回叩いて。

 

 そうして、じゃあ今分かっている情報を整理しましょう、と動き出す。

 まず花弁が向かう先はどこか、と作戦室の棚から地図を取り出して……。

 

「……それにしても、あの(・・)教官をあんな姿にした邪神の悪意、か」

「…………」

 

 と、地図を開いたところで、ふとメルミナがぽつりと呟く。

 彼女は、少し唇を噛んでいて……。

 

「……厳しい戦いになりそうね」

「……ああ」

 

 ……そんな二人の声が、静かな部屋に響いた。

 

 ◆

 

 ――しばらく調べた結果。向かう先がダンジョンだということが分かった。深い穴の底、という言葉から予想していたが、やはりそうだったらしい。

 

 どうやって調べたのかと言えば、地図を使った。

 検証でも分かっていたことだが、金の花弁は地図上でも見ることが出来る。その点も便利な権能だった。……まあ、一方でメルミナのレンズ越しには見られなかったのが残念だったが。どうやら魔法が干渉しあっているらしい。

 

 ……ともあれ、問題のダンジョンは。

 

「……入り口が結構遠いな。これは転移門を使った方が良いか」

「私たちだけなら走ってもいいけど、小さい教官も連れて行かなくちゃいけないし、時間もあまり短縮できないし……転移門が無難でしょうね」

 

 それで、すぐさまメルミナがレンズを飛ばして、転移門の起動申請を出す。すると、起動は朝方になると返ってきた。……転移門は便利だが、この起動時間の長さが厄介だよな、とコノエは改めて思う。

 

「…………」

 

 七日と言う制限時間に焦りつつ、しかし仕方のないことではあった。出来る範囲で最善を尽くすしかない。ただ、移動までかなり時間が空きそうだと思い……。

 

「……そう、朝。ねえ、コノエ。この後神様の所へ行って、もし時間があったらちょっと付き合ってくれる? ……ああ、あとテルネリカとフォニアも呼んでいいかしら」

「……うん?」

 

 ◆

 

 二人は調査の後、作戦室を出て神様の部屋へと向かう。神様に期限や場所など、金の権能で分かったことを説明して、転移門の時間を報告した。

 また、逆に神様から教官の状況について説明を受ける。子供の教官は自分のことを十歳だと言っているらしい。この千年の記憶が全く無くて、完全に十歳の頃に戻ってしまったようだ。

 

 ……コノエは、改めて聞かされた教官の現状に、目を伏せる。

 神様は、そんなコノエの背中をポンポンと叩きつつ、視線を小さい教官に向けた。つられて見ると、教官は少し離れた場所から、恐る恐る、という風にコノエを見ていた。

 

 実は事情の説明にもう少し時間が欲しいの、と神様は申し訳なさそうに眉を垂れさせる。準備もしておきたいし、と。そして……。

 

【朝出発なら時間はあるから、あと二時間くれる?】

 

 そういうことになった。できれば神様と小さい教官の二人で落ち着いて話がしたい、と。

 なので、コノエは一旦神様の部屋から出て、先に頼まれた通りメルミナに少し付き合うことになった。

 

 ◆

 

 ――コノエとメルミナは、二人で夜の道を歩く。

 すでに深夜と言える時間帯。都とは言え異世界の夜は暗かった。道は疎らな街灯と星明りだけが照らしている。ブーツが石畳を叩く足音が大きく響いていた。

 

 ……しかし、そんな時間でも、辿り着いた先にあった建物はまだ明かりがついている。

 白い大きな建物。壁には神様を表す白翼十字が描かれていた。

 

「――治癒院」

「ええ」

 

 メルミナに連れられて向かった先にあったのは、治癒院だった。日本で言うと国が運営する大病院に当たるような、そんな場所だ。

 

 ……その入り口には既に二つの人影があった。

 

「コノエ様、メルミナ」

「なにかあったの?」

「……テルネリカ、フォニア」

 

 金と青の二人と合流する。……フォニアの問いには答えられないので、言葉を濁しつつ。

 メルミナは二人に、来てくれてありがとう、と礼を言い、そして、では行きましょうか、とすぐに歩き出す。

 

 そのまま四人で治癒院の入り口を潜り、そこにあった地下への階段を下りていった。

 城の地下とは違い、いくつもの魔道具に照らされた明るい階段。数十段程度の階段を下りきると、大きな両開きの扉があった。

 

 メルミナはその扉をゆっくりと押し開けて……。

 

「……姉さん、ただいま」

 

 ……扉を潜り抜けた先。

 部屋の中央に置かれたベッドの上で、一人の赤髪の少女が眠っていた。

 

 ◆

 

 ベッドで静かに寝息を立てる少女。

 彼女はメルミナと同じ赤髪で、よく似ているけれど少し違う顔をしている。

 

 ――メルミナの、姉。

 少し前に茸から魂が救出され、今は蘇生のために体を作っているとコノエは聞いていた。

 

「数日前に体が完成して、魂も体に入れたの。あとは体と魂が馴染めば、目が覚める」

「……そうなのか」

 

 もうそこまで進んでいたのか、とコノエは少し驚く。

 そんなコノエを横目にメルミナは手を伸ばし、眠る少女の手を握った。己の温もりを分け与えるように、両手で握る。

 

「魂が馴染むまで、あと十日くらい。……早ければ数日で目が覚めると聞いているわ」

「……」

「最初は百日は必要と言われていたけれど、すごく経過が良くて。……まあ、それは嬉しい反面、少し(しゃく)だけど」

「……?」

 

 …………癪?

 コノエが首を傾げると、メルミナは少し苦い顔をする。

 

「……茸よ。姉さんを三十年捕まえてた茸。あの茸、姉さんの魂を守るために力を残してたの」

「……茸が」

「ええ、ずっとあの茸が守ってたから、救出後の姉さんの魂には傷一つなかった。それに今回体に入れたときも拒絶反応が全くなかったみたい」

 

 普通は拒絶反応が出ない訳がないのに、とメルミナは呟く。姉妹とはいえ、他人を元にした体に魂を入れたのだから、と。

 ……そんなメルミナの言葉に、コノエは数十日前のことを思い出す。

 

 メルミナの魂を奪って逃げた茸。神の雷で魂の大半を焼いてもメルミナとメルミナの姉を離そうとしなかった災厄。どれだけ傷ついても、最後まで戦い続けていた。

 ……コノエは茸のことを何も知らないが、その行動だけは確かに見ていた。

 

「………………」

「それで、わざわざここにあなたとテルネリカ、フォニアを連れてきた理由だけど」

「……ん、ああ」

 

 コノエが何とも言えない感情を抱いていると、メルミナが改めて言う。

 そうして、メルミナはテルネリカとフォニアに向き直った。

 

「テルネリカ、あなたには、私が帰ってくるまで……出来れば泊まり込みで、姉さんの傍にいてあげて欲しいの」

「……私、ですか?」

「ええ、私とコノエはどうしても外せない仕事が入ったから。……目が覚めたとき、誰も傍に居なかったら姉さんも寂しいでしょうし」

 

 テルネリカは少し困惑した顔で、私でいいんですか? とメルミナに問いかけ――メルミナは、ええ、と静かに頷く。

 テルネリカは、そんなメルミナに何度か瞬きした後、頷いて返した。

 

「それとフォニア。都合がつくなら、でいいんだけど、あなたには姉さんの護衛をして欲しいの」

「……それは、都合は大丈夫だけど」

「お願い。……あなたの魔法なら何があっても安心だから」

 

 フォニアは、じっとメルミナを見て。

 ……数秒の沈黙の後、静かに頷いた。

 

 メルミナはそんな二人に小さく息を吐いて。お願いね、と笑う。

 そして、それまでより明るいトーンで、じゃあ、と言った。

 

「早速、泊まり込みにあたっての説明をするけど――」

 

 ――メルミナが二人に部屋の説明をしているうちに時間が過ぎる。

 

 ベッドに、トイレやシャワー、食事の配達など部屋のサービスについての説明があった。色々細かいサービスがあるようで……もし治癒院内のサービスが不満なら近場から出張サービスなどもお願いできるらしい。しかも、費用はどれだけ高額でも全て私が持つとメルミナが宣言する。それにテルネリカとフォニアが喜んで、メルミナはにっこりと笑う。

 

 ……でも、代わりに良かったらなんだけど、とメルミナが部屋の隅にあった机と椅子を引きずってきて、その上で山になっている書類にテルネリカの顔が引き攣る。給料は弾むから、とメルミナがテルネリカを椅子に座らせたりして。

 

 ……そんなことをしているうちに、時間は過ぎて――。

 

 ◆

 

 ――そうして、治癒員から出たコノエはメルミナと二人、学舎へと戻って来る。

 神様との約束の時間までに少し時間があったので、翌日の準備を進めることになった。

 

 コノエはメルミナと作戦室に戻り、食料や水、装備などの確認をして……。

 

「…………」

 

 ……コノエは、作業しながらちらりと隣を見る。

 先程の部屋でのことを思い出していた。眠っている姉と、その手を優しく握るメルミナの姿を。

 

 なのに、メルミナを姉から引き離し、これから地の底へ向かわなければならない。

 ……だから。

 

「……その、すまない」

「なんであなたが謝るのよ」

 

 思わず謝罪の言葉を口にしたコノエに、メルミナは苦笑する。

 何を謝ってるのかは分かるけど、別にあなたは悪くないでしょ? と。

 

 まあ、それはそうだった。悪いのは全て邪神だ。それは間違いない。

 

「…………」

 

 ……でも、コノエは、思う。作戦室でメルミナが言っていたことは――。

 

『――厳しい戦いになりそうね』

 

 ――その言葉は、きっと正しい。

 あの教官から、あそこまで一方的に力を奪った邪神の悪意。簡単に覆せる訳がない。

 

 ……本当に、()()()()()()()()()()()

 もしかしたら、もう二度と――。

 

「――いいの、いいのよ、コノエ」

「……メルミナ?」

「私だって、今回の仕事がどれほど重要なのかは分かってるわ」

 

 失敗して教官がいなくなったら、なんて考えるのも怖いわよ、とメルミナは言う。

 だから、他ならぬ姉さんの為にも戦わなければならない、と。

 

「それにね、コノエ。私、よかった、とも思っているの」

「……え?」

 

 ふと、メルミナがくるりと回ってコノエに向く。

 そして、一歩二歩と近づいてきてコノエの目の前に立った。

 

 ――メルミナが、すぐ傍からコノエを見上げている。

 

「コノエ、私はね、わがままなの」

「……わがまま?」

「ええ、だって私は、渇望を沢山持っている」

 

 メルミナは指を折りながら、数えていく。

 姉さん、開拓村、商会、従業員たち、と四本の指を折って、次に、スラムにも手を出したいし、迷宮氾濫後のサポートももう少し充実させたいし、異世界からの技術は面白いし、と呟き――。

 

「――私にはね、沢山、大切な物がある。沢山、守らなくちゃいけないものがある。沢山、したいことがある」

「…………」

「それが脅かされているのに、何もできない方が、私は嫌よ」

 

 そして――メルミナは、喪いたくない大切な物があるの、ともう一度言って、コノエの瞳をじっと見つめる。

 四本、指を折っていた手をぎゅっと握って。

 

 ……だから、とメルミナは微笑む。

 

「――コノエ、あなたは、私をどこにだって連れて行ってもいいの」

「…………」

 

 何度か瞬きするコノエ。それにメルミナはくすくすと笑う。

 楽しそうに笑って、冗談っぽく、「ほら、美少女な私がいた方がやる気も出るでしょう?」なんて言う。

 

 コノエはそれに――確かに、君がいた方が嬉しいな、と思いながら小さく笑って。

 

「…………」

「…………」

 

 ……そのまま、二人は準備を進めていった。




二巻が一か月後に発売です。よろしくお願いしますね……。
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