転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――そうして二時間が経ち、神様の部屋に向かう。
すると、部屋の中には神様と……真っ白な外套に身を包んだ銀髪の少女がいた。
【二人とも、おかえり】
「……あ、お、お二人とも、おかえりなさいませ!」
近づくと、二人が迎えてくれる。神様はにっこりと笑いながら。少女は少し慌てた様子で振り向いて――でも、最初と比べるとよほど落ち着いているのが分かった。
……小さくなったとはいえ、教官におかえりなさいませ、なんて言われてることには強い違和感を覚えたけれど。
【説明と、準備も進めておいたよ】
神様が小さい教官の後ろに回って、肩に手を添える。そして、くるりと彼女の体をコノエとメルミナの方へ向けた。どう? と。コノエとメルミナに見せる感じ。
見ると、少女が身を包んでいる外套は旅用のしっかりした物で、裾から除く靴はこれまた旅用のブーツだった。
しかも、両方とも普通の装備ではない。強い力を感じる。神様の力だ。莫大な量の純白の力が込められているのが分かる。
【明日の朝、すぐに出られるようにしておいたから。……あと、これも】
神様は足元の鞄を持ち上げる。着替えとか必要な物は一通り揃えた、と。
そうして、メルミナにこっちに来てと手招きして……二人は、コノエから少し離れ、背中を向けて鞄を開いた。
【――これが、……これくらい】
「……それは……あった方が……」
神様とメルミナが鞄を覗き込んで色々と話している。
着替えとか言ってたので、これは自分が見ない方が良いヤツなんだろうなとコノエは思い、顔を逸らした。すると――。
「…………あっ」
「…………」
――顔を向けた先には、銀髪の少女がいた。彼女はコノエと目が合うと、小さく声を上げる。
困ったように眉を垂れさせていて、おろおろとしている。教官が決して浮かべない表情だ。揺れる銀色の髪だけが同じだった。
十歳くらいの、少女。顔は教官にそっくりで、びっくりするくらい整っていて、でも幼くて。
雰囲気も、いつもの強靭でしなやかな感じではなく、柔らかくてふわふわとしていた。
そんな少女と、コノエは数秒見つめ合う。
紫の瞳と視線が重なって……。
「…………ん!」
「……?」
……そこでふと、少女がぐっと手を握る。
そして、一歩二歩とコノエに近づいて来た。
「……えっと、アデプト様。初めまして。……あ、違うんでしたっけ。大人の私は知ってるはずで……うん? 千年って大人でいいの? いや、大人ではあるけど、それよりおばあ……ええと、そうじゃなくて、なんにせよ私はアデプト様と初めてで……」
「…………」
「……と、とにかく、初めまして! 私はレナティアリカです! ティカって呼んでください!」
――ティカ。知らない響きだった。初めて聞く呼び方。
それにコノエは複雑な、自分でもよく分からない気持ちになって、しかし自己紹介されたので、僕はコノエです、と名乗り返す。子供でも教官なので敬語だった。
すると彼女は――。
「――は、はい、コノエ様ですね!」
「……」
……様。様か、とコノエは少し眉を顰める。
コノエは、小さくなったとはいえ教官に「様」なんて呼ばれることに強い違和感があった。これまでもアデプト様と呼ばれていたけれど、名前はまた違った感覚がある。
……なので、嫌だったので。
「……別に、呼び捨てでも構いませんが」
「……へ、あ、アデプト様に呼び捨てなんて出来ません!」
首をぶんぶんと振って拒否される。様以外ありえません! と。
曰く、世界を守る偉大なアデプト様にそんな失礼なことは出来ないらしい。
「…………」
しかし、コノエは思う。
世界を守るアデプトと言うのなら、それこそ教官のことだ。教官に比べたらコノエがしたことなんて全然大したことがない。
……小さくなっていても教官なのだから、失礼とか気にしなくてもいいのでは?
コノエはそんなことを伝える。すると。
「……その、神様から聞きましたけど、それ本当のことなんですか?」
「……え?」
「私が、アデプトとか、魔王殺しとか……なんだかすごいことを沢山したって。神様の言うことを疑うなんて不敬だとは思いますけど、ちょっと信じられないというか」
私、普通の街娘ですよ? と彼女は言う。確かに武術と魔法はすごく才能があるって言われますけど、と。
「…………」
確かに、コノエが見た限りでは、目の前の少女は一般人の枠から出ていないように見えた。魔力も筋力もあまり鍛えられていない。……まあ、それでも歩くときの重心が全く揺れていないので、そこは流石だと思うけれど。
そんな少女が突然将来は英雄とか魔王殺しとか言われても、確かに信じられないのだろう。
だから彼女は眉を寄せ、本当に? と呟いていて……。
「神様からのお願いですし、迷宮は――なんとか頑張ります。……けど、そもそも、今が千年後っていうのも半信半疑ですし……。いきなり何もかも変わって、訳が分からないです。私、お母さんに頼まれてパンを買いに家を出た所だったのに」
「…………」
「突然ここに居て、千年後で、私は魔王殺し? あの十七の魔王を殺した英雄?」
「……それは」
「……コノエ様。嘘をつかずに教えてください。……全部、本当なんですか?」
コノエを見る少女の目は、不安そうに揺れていた。そこでコノエは認識する。教官が千年前に巻き戻されたのなら、彼女は――ティカは、千年後の世界に唐突に放り出されたのだと。
ここには彼女の言うお母さんはいないし、家もない。そんな場所に彼女はいる。しかも、迷宮に潜れと言われているのだから、彼女は、信じられない――信じたく、ないのかもしれない。
……神様があと二時間欲しいと言っていたのも、きっとそれが。
……でも。
「……ええ、本当です」
「――――!」
コノエには、頷くことしか出来ない。事実として、彼女は千年後の世界にいる。それがどうしようもない真実だった。
「……そう、ですか。コノエ様もそう言うんですね」
「……はい」
「……………………」
少女は俯いて、黙り込む。二人の間に沈黙が広がって、重い雰囲気があった。
彼女は唇を噛んでいて、コノエはそれを見ていることしか出来なかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あの」
「…………?」
……そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。ふと、少女がコノエを見る。
コノエを見て、少しためらうように口を開いたり閉じたりして……。
「コノエ様にとって、千年後の私って、どんな人でした……?」
「――――」
……どういう考えを経たのか、少女がコノエに問いかける。
コノエにとっての、教官とは。そういう問いかけ。
「…………」
コノエはそれに、真面目に考える。不安そうな彼女の、真剣な問い。
だから、適当に返してはいけないと思った。
考える。コノエは考える。教官。伝説の中の人。何度も世界を救った英雄。
二十五年前、研修施設で出会った人。甘い言葉でコノエを学舎に連れてきた。
――笑って倒れるまで走れと言われたときの顔を思い出す。
槍を投げつけられたときの、真剣な顔を。蹲っていると腹を蹴り飛ばされたときの、冷たい顔を。
――でも、いつだってコノエに向き合っていた目を思い出す。
上手くできたとき、一緒に喜んでくれた目を。アデプトになったとき、おめでとうと細めていた目を。
……教官。コノエを、鍛えた人。
厳しくて、苛烈で……でも、決してコノエを見捨てなかった人。コノエの――師匠。
「…………」
コノエは、考える。考えて、考えて。
そして――。
「――すごい、人です」
「――――」
――出てきたのは、そんな言葉だった。
沢山考えたくせに、たったそれだけだった。
自分でも、なんだそれはと言いたくなるような言葉で、でも、それだけしか出て来なくて――。
「――――はわ」
「……?」
「はわわ、はわわわ……」
と、いつの間にか下げていた顔を上げ、前を見る。
すると、少女は酷く驚いた顔で、はわはわ言っていた。顔が赤くて、目を泳がせている。
「……えっと、コノエ様、その……わ、わかりました!」
「……え?」
「なんというか、私、頑張ろうと思います!」
「…………え?」
彼女がいきなりそんなことを言い出してコノエは困惑する。
何故そうなったのか、コノエには全く分からなくて――。
「頑張ります!」
「…………」
――でも、まあ。元気になったのならいいのかな、とも思った。
そのうちに、メルミナと神様の話が終わって、準備が終わる。明日に備えて睡眠を取って。
◆
――その晩、コノエは夢を見た